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2009年07月04日

また一つ、リアルがマンガに追いつきましたよ!【「JO-ZERO」(2009年 姫路ソフトワークス)】

 さて、今回は2009年に発売されます「JO-ZERO」です。

 二足歩行ホビーロボットの源流である名作漫画「プラレス三四郎」。その作者神矢みのる氏がデザイン監修した二足歩行ロボレスラー「JO-ZERO(ジェイ・オー・ゼロ)」が、今ここに誕生!
「かっこよさ」「速さ」「人間らしさ」をモットーに開発されたJO-ZEROは、デザイン性・運動性能を高い次元で融合。スピードと力強さを備え持つ機体と初心者ユーザーにも優しい専用アプリケーションとのパッケージングで、あなたをかつて夢見たロボットバトルの世界へといざないます。
 
 
 
 今回は、レビューではありません。
 
現在、週刊少年チャンピオンにて同誌創刊40周年を記念に、縁のある作家陣の描き降ろし作品を1作品ずつ掲載していくプロジェクトが進行中なのですが、遂に今週、プラレス3四郎が掲載になりました。先に作品のレビューをしている事からも、私はこの作品が大好きですので、当然雑誌を購入。その中表紙にこのような文面があったのです。
 
『科学がマンガに追いついた!リアル・プラレスラー遂に登場!!』
 
文面にも驚きましたが、その風貌を見て二度驚き。誰がデザイン案を提出したのかなど、説明の不要というやつです。

価格は12万ほどするので容易に手に入れられる物ではありません。こうしたロボットは既にROBO-1という競技に準拠した製品も発売されておりますし、中には自作で付くっていらっしゃる方もいますので、遂に時代が作品に追いついたとするのも決して間違いではないのだと思います。

こうしたロボットの基本はホンダのASIMOであり、現状においてはモーターによって各関節どうしが直接連結されている状況であるのも仕方がない話ではないのかと思います。

ただ、こうした商品が部品販売され、地道に小遣いを貯め購入し、完成に近づいていく。その昔のラジコンのような楽しみを復活させてくれるとしたなら、それは本当にプラレスという新しい遊戯の誕生に一歩近づく事になるのだと思うのです。

このJO-ZEROもKHR-2 HVやMANOI AT01などと同じ様に、そして更に飛躍して実際に漫画であったようなプラレスが楽しめるように進化しつづけて欲しいものです。
 
 
 
 と言う感じで思うところとしては「身近になっていくロボット」と言う事で一つ。
 
こうしたロボットの進化は目覚しいものがあるわけです。最近では動画投稿サイトの普及により、既存のロボットではなく、改造品やフレームを自作したロボットなども見る事が出来ます。
 
確かに進化はしているのでしょうが、しかし、実際に人の動きと比べればどこかしら不自然な部分があるのは否めないわけです。
 
まず、歩きにしてもヨチヨチ歩き…いえ、しっかりと地面から足が離れているのかも疑問な歩き方をしているのが現状ですが、それも仕方がない話かもしれません。何せ、ASIMOでさえ人の歩き方をしっかりと模倣できているとは現状では言えないのですから。
 
その一番の理由は、やはり骨盤の動きが再現できていないからなのでしょう。
 
人の重心は臍の下…俗に丹田辺りにあると言われています。また、バランスを計測している器官…三半規管は耳の奥、つまり頭部にあるわけです。それだけ不安定な状況において、姿勢を正す計算を逐一しているわけですが、それをコンピュータがしようものなら、今の性能でも追いつかないのだとか。それだけ人の脳や感覚は優れていると言っても良いわけです。
 
そのバランスを保ったままで歩くという事を行なうのには、更に計算が必要になるのは言うまでもない話でしょう。
 
実際、人は今の一歩と先の一歩、前の一歩の幅や位置は違っていると言います。
それもそのはずで、目、足の感覚によって人の刻む一歩の幅など大きく違っているのです。同じ平面であったとしても、その起伏のナンと多い事か。アスファルトの上であったとしても、決して真平らではないのです。それを逐次確認して転ばないように歩く。そのためには、大腿骨を持ち上げる事も大事でしょうが、それを固定のままで…つまり、腰の回転がないままでの動きでは、どうしても一歩一歩を踏みしめる様にしか歩けないという事になってしまうわけです。
 
実際、ASIMOの歩き方を見れば、そろりそろりと歩いているのがわかります。その一歩の動きを早くすれば確かに走るようにもみえるのでしょう…が、それは人の走りではなく、歩く行為を走っているように見せかけているだけに過ぎません。言ってしまえばそれは進化ではなく、進歩でしかないという事なのです。
 
今、ASIMOのような膝を曲げたままで立つのではなく、膝を伸ばして立ち、そして歩くロボットの研究開発が成されています。そこには、股関節や腰に該当する部分がしっかりとあり、その動きは自然な人の歩き方に近くなってきています。
 
それでも、一歩を確かめながら踏みしめていく動作であるのに近しいのかもしれませんが、こうした研究が重なり現物となっていく事によって、静歩行からの脱却が見られるようになるのかもしれません。
その時、こうした技術が玩具や介護、生活にもに使われるのを望んでなりません。
 
人を楽しませる技術が決して人を苦しめる技術にならないように…それはまさにプラレス3四郎にて言われた世界とならないように、私達は見守り、そして狙っている者たちに諭していく必要があるのだと思うわけです。
 
あなたは未来の国に友人としてのロボットを望みますか?それとも、人の代わりとなって傷つけあうロボットを望みますか?
 
人の手によって生み出される新しい「命」をどう扱うのか…それは、まさに私達の「倫理」が問われる瞬間でもあるのです。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2009年06月20日

ロボットが教える「生きている」という事【「PLEO」(2006年 ユーゴビー社/ビジネスデザイン研究所)】

 さて、今回は2006年に発売されました「PLEO」です。

 『『PLEO』は、ファービー開発の中心人物であるケイラブ・チャン氏、 NextSport社元CEOのボブ・クリストファー氏、ルーカスフィルムの元プレジデント、 ゴードン・ラドリー氏らを中心に各界の一流が集結しスタートしました。 2006年春先には米国で一旦は発売日が告知されましたが、 「ライフフォーム(新しい生命体)と呼び得るレベルの商品を提供する」というスタッフの信念により何度も発売延期が繰り返されたのです。 その間YouTubeや世界各地のインターネット・サイトなどで『PLEO』の情報がリークされるにつれ期待は高まり、 全米では予約開始してすぐに予定台数に達するという現象が起こりました。 そして07年末、いよいよ全世界で『PLEO』のデリバリーがスタートします!
 
本物の生き物のようになめらかで自然な動きをします。 それだけでなく、 生まれた直後から少年期までを成長します。 その間、世話の仕方や接し方、環境によって、性格や行動が変化します。
それはPLEOが周囲を認識し、学習し、感情を持って自分で行動するからです。
その成長には、生誕、幼少期、少年期の3段階があります。
 
UGOBE(ユーゴービー)社が開発した「LIFE FORM(ライフフォーム)」は、 あたかも生きている動物のように1.認識能力 2.感情表現力 3.学習能力 4.性格 5.成長する、という特徴を持ち、 その中枢となるのが「LIFE OS(ライフオーエス)」という最先端のプラットホームです。 「LIFE OS」は『PLEO』の知能システムを一体化したもので、『PLEO』を生き物のように動かします。』
(※公式サイトより抜粋)
 
 
 
 と言う感じで今日はいきなり、思うところとしては「生き物」と言う事で一つ。
 
今回、ご紹介しているPLEOは、ライフフォームという新しい枠として登場したわけですが、その動きには不思議なものを感じます。それは生きているという事です。
 
生きているというのは、どういう事なのでしょう。このPLEOには、その答えの一つがあります。それは、反応です。
 
同じように人の言葉(音)、人の肌(色)、手や足、身体を触る事(接触)によって、反応するロボットがいます。CB2というロボットがそうです。
このロボット、実にユニークな動きをします。
 
まず、声がする方向に視線を向けます。視線だけではなく、そちらの方を向こうとするのです。何があるのか、気になるわけです。
また、人の動きも気になります。日本人の肌の色に反応するようにしてあるのだとか。
そして、触れられた際に反応します。無理やり動かそうとすれば、イヤという意思表示をします。
 
これらは全てプログラムによって動いているものです。この事はPLEOも同じです。
 
しかし、その反応を見ていると、まるで、そのロボットたちが自分で考えているかのように動いているのではないのかと錯覚してしまいます。
この感想は半分が正解であり、半分は間違いです。
 
では、考えるというのは同いう事なのでしょうか。
 
考えるという事は、それまでの経験においての予測とも言えます。1+1が2になる事を知っているのは、それを経験しているからであり、その事が間違いのない事実であるとも理解しているからこそ、計算し実証する事もなく、2という答えを導き出せるわけです。
私達が1+1の答えをまず間違えない事、同時に誤った答えを勘違いしてしまう理由はここにあるわけです。
 
PLEOやCB2も同じように経験=プログラムを実行します。しかし、彼らには間違いはありません。それが間違いである行動であったとしても、それはプログラムされた事であり、それ以上の事を教えたとして間違いをする所か、覚える事をしません。
覚えるというのは、プログラムが追加されていく事であり、それは経験とは少し異なります。
 
人の経験は状況をパズルのように覚える傾向にあります。連鎖的に記憶するわけです。
赤く、丸く、甘く、食す。これだけの事で何を想像しますか?りんご、もも、さくらんぼ、飴玉。いずれも正解です。これが、人が連鎖的…連想的に記憶する事です。先ほどの赤や丸といった言葉は、それを思い出させる=反応させるための触媒であるという事もできます。
 
PLEOやCB2には、そうした行動はできません。連想をする事を苦手としているからです。
 
しかし、もう一度記載します。彼らには意思を感じられるのです。
 
 
人の赤子は未完成の状態で生まれてきます。凡そ、自然界では考えられないような機能です。未完成である…少なくとも、他者から逃げるためには走れるようになっていなくてはならないでしょう。
しかし、人が走れるようになるには、数年の年月が必要であるわけです。
 
当然、目も耳も舌にしても未発達です。では、どうやって赤子は生きていく術があるというのでしょうか。それは反応です。
 
基本的に不快な反応で意思を示すのが赤子です。人を見て笑うのは、その相手が敵意を持っているのかどうかわからないからです。笑う事によって、相手を安心させる。それが赤子にとっての笑うという事です。
 
赤子は観察をします。その行動は、実に一生懸命です。同じようにCB2もPLEOも観察します。自身の周囲を観察する事によって、自分の立場を確立しようとしているわけです。
 
 
そう、彼らは赤子と同じなのです。言いかえれば、それは生命の何たるかの始まりに到達したのかもしれません。
 
 
生きるという事が様々な反応によるものである場合、その反応が複雑になれば、より生命に近づいていく事になるわけです。人の反応はそれほど単純ではありません。それを人は決断力といいます。
言いかえれば、人は常に決断を迫られて生きているとも言えます。こうしたロボットが生命の神秘を解きほぐす時、かれらはどのような決断をし、その結果を私達に伝えてくれるのでしょうか。
 
その日もそれほど遠くはない所まで来ているのかもしれませんね。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

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