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2009年11月07日

ひとつのブランドで複数の作品、そのラインナップ【「アーマープラス 烈火のリョウ」(2009年 バンダイ)】

 さて、今回は2009年に発売されました「アーパープラス 烈火のリョウ」です。



 『かつての聖闘士聖衣大系(セイントクロスシリーズ)が現在の技術で『聖闘士聖衣神話』に昇華されたように、今までのコレクターズ事業部の各商品で培かわれたノウハウにより、当時のファンが本当に欲しかった烈火のリョウをヨロイギア(アーマー)の着脱可能な可動フィギュアとして、遂に立体化します。』
(魂ウェブより一部抜粋)
 
アーマープラス第二弾として登場したのは、鎧伝サムライトルーパーより烈火のリョウ。
 
素体となる真田 遼はアンダーギアの状態を表現。表情は「キリッと引き締まった表情」と「叫んでいる表情」の二つ。稼動域の広さと表情の交換により、アンダーギアでの活躍も再現する事が出来ます。
 
鎧ギア・烈火は、鎧召還における状態を再現。劇中では黒く抜けている状態であった兜内部を独自に解釈。日本の鎧にある面当てを召還用人形の顔としています。
鎧を装着させたその後は、やはり鎧をまとう…という事でしょう。
 
アンダーギアの遼に烈火の鎧を装着させれば、仁の心で悪を討つ、烈火のリョウが誕生というわけです。
 
 
 
 待ちに待っていた商品が発売されました。アーマープラス第二弾。鎧伝サムライトルーパーから烈火のリョウがまさに見参です。
過去にも記事を書きましたが、この作品。放送当時のメインスポンサーはタカラであったわけです。当然、玩具はタカラから発売されていました。
しかし、その売れ行きは…。紆余曲折があったにせよ、決して誉められた状況ではなかったようです。
 
そう言う意味ではまさに今回も紆余曲折と言った方が適切なのかもしれません。何故なら、今回発売されたアーパープラスはバンダイから出ているわけです。これはとても考えられない事でした。その考えられない事が実現をした。それはファンにとって待ちに待った形でのトルーパー玩具の登場であったと言っても決して過言ではないのです。
 
ただし、そうは言っても、それは今の技術があればこその話です。
 
それだけ数多くの同じような玩具を手がけてきたバンダイの研鑚があればこそ。当然、タカラにしても路線は違えども、同じように研鑚し、結果をだした玩具があるわけです。タカラで出していたとしても、それはかなりの結果で発売される事になったのだろうと思うわけです。
 
何が言いたいのかと言えば、それは「人形は顔が命」と言う事なのです。
 
玩具業界ではそうした部分がこれまでないがしろにされてきたというのは、決して言い過ぎではありません。技術云々というよりも「ギミック」にとらわれてきた過去が間違いなくあるわけです。ロボットではない、等身大のヒーローでも同じようなことが行われたいました。
 
昨今では、そうした造詣=形も重要視されています。これは良い傾向であると思うわけです。何故ならば、キャラクターも大きく括れば男優女優なのです。
やはり顔で商売している部分が多かれ少なかれ、あるのだろうと思うわけです。
 
今後も、様々な作品がアーマープラスの商品として出てくる事でしょう。劇中のギミックの再現もそうですが、やはり、そのキャラクターたちの素顔にもより力を入れていただきたいと思う次第なのです。
 
 
 
 と言う感じで思うところとしては「ラインナップ」と言う事で一つ。
 
このアーマープラスというブランド。実のところ、鎧伝サムライトルーパーだけのブランド名ではありません。もし、そうであれば、鎧擬亜大系とでもなるのでしょうw
これまで数多放送されてきたアニメや特撮における鎧、アーマーをまとったヒーロー・ヒロインのためのブランド名です。
 
第1弾はマクロスフロンティアの早乙女アルトとEXギア。そして第3弾は宇宙の騎士テッカマンブレードの主人公、テッカマンブレードであります。となれば、例えば天空戦記シュラトや超音戦士ボーグマン、機動警察メタルジャックなど、これまでこうした玩具になりにくかった商品ラインナップが考えられるわけです。
 
…と、言いましても、やはりその作品。特に自分の好きな作品のラインナップを期待するのは当然の話でしょう。
 
こうした様々な作品がひとつのブランドで出てくる場合、消費者がメーカー側に期待させるのが、一番の手段であると思うわけです。その期待とはやはり売上になってくるのでしょう。
やはり、自分の作品がしっかり出されないと思えるようなラインナップであると、寂しい思いをするのは消費者側であるのは間違いない話なのです。メーカー側も残念とは思うのでしょうけど、それでも売上につながらない物を商品化する必要があるのかどうか。そこは言わずもがなという話ですよね。
 
また、その商品を盛り上げるのも方法として必要なのでしょう。
最近ではブログでレビュー記事を書かれている方も多いので有効な手段であるのだと思います。
 
後はアンケートにも積極的に参加するのも手段としては必要です。
 
こうしたブランド品の場合、やはりある程度消費者にも努力するのが必要であるのは今の世の中からしても、そうなのだろうと思います。メーカーと消費者を近づける結果になった、ネットという媒体は消費者の動向を探るには良い媒体ですからね。
それを逆手に取る事によって、自分の欲しいラインナップが早く商品化される機会がくる…のかもしれません。
 
 
ちなみにですけど、私はこの鎧伝サムライトルーパーをどんどん出していって欲しいのです。
 
烈火から始まりましたから、金剛、光輪、天空、水滸ときまして、鬼魔将、闇魔将、毒魔将、幻魔将、そして阿羅醐に迦遊羅。出来れば、妖邪兵に剣舞卿もラインナップにいれて欲しいのです。
さらに言えば、五人に関しては、OVAメッセージ版の鎧も出して欲しいですし、あの幻の新・鎧伝サムライトルーパーの五人の鎧に、魔将の鎧、そして聖天衆の鎧も出して欲しいと思っているぐらいです。
 
当然、輝煌帝に黒い輝煌帝も忘れちゃ行けません。
 
…と、暴走出来るのなら、恐らく、上記の文章量と同じぐらいに要望出来るわけですけど…今回はこの辺で。またの機会があれば、そうした話も記載してみたいものですね。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2009年08月22日

安価であるからこその挑戦【「ムゲンバインG 幻闘士」(2009年 バンダイ)】

 さて、今回は2009年に発売されました「ムゲンバインG 幻闘士」です。

 究極の危機が現実のものになろうとしている今、ムゲンシンオウとムゲンジーファントムの出会いが伝説の聖剣ムゲンブレードを解き放つ!!
 
「ムゲンバインシリーズ」が遂にガシャポンで発売!!1つで単体ロボ、3つで3体合体ロボ、5つで5体合体ロボ、さらに武器形態へと変形合体可能!!
5体合体ロボ「ムゲンジーファントム」は、全長約215mmのビックサイズ!!
さらに、変形合体させた武器形態、「ムゲンブレード」は、玩具菓子のムゲンシンオウ(別売り)の武器として合体可能!!脅威の17体合体が楽しめます。ムゲンに集めて、ムゲンに合体!!
 
 
 
 一般的な玩具から玩具菓子へとその舞台を変えてきたムゲンバインが、遂にガチャポンに登場しました。
 
基本5種にそれぞれ2カラーで全10種になっています。それぞれの5種が合体して、ムゲンジーファントム。そして、それが変形しムゲンブレードになるのです。
 
ムゲンブレードは先に発売されているムゲンシンオウ(ムゲン幻聖獣+風龍騎バインズ)にもたせる事を前提にしているのか、そのカラーリングも青となっています。
別カラーである赤は、ムゲンシンオウの前に発売された、ムゲンエンオウ(ムゲン闘神獣+炎龍騎バインズ)にピッタリです。
 
ガチャポンという事もあり、10回回して全部が集まるというのは、難しいのではないのでしょうか。
しかし、そこはムゲンバインという特製を活かし、複数出てしまったムゲンバインはそれも合わせて合体させてみては如何でしょうか。
 
低価格でその展開を広げているムゲンバイン。更に低価格玩具でありながら…いえ、だからこその展開を期待するものです。
 
 
 
 と言う感じで思うところとしては「低価格玩具」と言う事で一つ。
 
ムゲンバインは当初、通常の玩具と同じ様な展開で成されていました。千円代が通常の売値であったと記憶しています。
重量感や電池を使った駆動など、組み合わせるだけではなく、ギミックも凝ったものになっていきました。しかし、結果的に現在は玩具菓子が主流になり、今回はガシャポンでの展開も始まりました。
 
こうした低価格玩具のメリットは、やはり価格の一言に尽きるのでしょう。
 
もし、同じ様な遊びが出来るとするのであれば、低価格の方が手にしやすいのは当然の話です。考えてみれば、これはバンダイが売り出したアニメスケールのプラモデル商品にも言えた話であるわけです。
そう、1980年代に爆発的ヒットを出した、機動戦士ガンダムのプラモデルです。
 
1/144スケールで300円というのは、手に取りやすく、また色々な意味でいじり易いというのがありました。
 
例えば色を塗る、改造をしてみる。こうしたそのプラモデルに手を加える事は、場合によっては取り返しのつかない状況にしてしまう可能性もあるからです。その際に、高価なものであれば、そのショックは大変大きな物でしょう。
別に手を加えなくても良いんじゃなかったのか…などと後悔するばかりではなく、今後そうした手を出しにくくなるものです。
 
そうした手を加えるために…言い方を替えますと、練習用として低価格玩具は適当であると言えるわけなのです。
 
玩具菓子にはシールで色を加えるというのが多いわけですが、色を筆で載せて見るというのも、こうした玩具菓子商品ならしやすいのではないのでしょうか。
 
最近のこうした商品は、価格に見合わないほどの動きが出来るものも少なくありません。それを素体にして大幅な改造をし、まだ商品化されていないキャラクターやロボットを創り出す事も可能です。
これも、安価であるからこそ、出来る事ではないのでしょうか。
 
…とは言うものの、塵も積もれば山となるという言葉もありますし、気が付けば結構投資していた…という状況になりやすいのも、玩具菓子の特徴では有るのですけどね。
全てはほどほどにという事なのかもしれませんね。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2009年08月22日

色々と見えてくる事があります【「nanoblock」(2008~年 河田)】

 さて、今回は2008年より発売されております「nanoblock」です。

 「nanoblock(ナノブロック)」はダイヤブロックのカワダがお届けする、驚愕のミニサイズブロックです。その大きさは1つのポッチがわずか4mmというミニサイズ…従来のダイヤブロックの半分の大きさしかありません。
しかし、大きさは半分でもダイヤブロックの持つ特長をすべて受け継いでおり、機能は全く劣らないのです。
 
完全日本生産ならではの精密で、形は普通のブロックでも大人が没頭できる全く新しいホビーアイテムです。
 
 
 
 ダイヤブロックという1962年より発売されている商品をご存知でしょうか。コマーシャルではレゴブロックが有名なのですが、このダイヤブロックは、日本が誇るブロック玩具の第一人者・河田社が製作販売しているブロック玩具なのです。
 
その河田が新しいブロック玩具を発売します。それがnanoblock(ナノブロック)です。
 
基本となる4ポッチ正方形のブロック、そのサイズは、縦8m×横8m×高5mという小ささ。しかし、その小ささであっても従来のだ言うやブロックと同じ様にしっかりと互いを組み合わせ、保持していく能力が備わっているのです。
 
現在発売されているのは…
 
 ☆Standard Color Set
 ☆Mono Tone Color Set
 ☆Dark Tone Color Set
 ☆戦艦 大和、航空母艦 赤城
 ☆姫路城、パリのセーヌ河岸、サグラダファミリア、白川郷の合掌造り、南国の大きな木、
  東京タワー、古都奈良の五重塔
 ☆nanoblock コレクション
   北海道犬、皇帝ペンギン、カクレクマノミ、アルパカ、
   キリン、ニホンアマガエル、セキセイインコ、バンドウイルカ
 ☆mamelog
   プレゼント、I LOVE YOU、ハウス、バースデイ、ベビー、ウエディング
   (※カラーバリエーションです)ホワイト、イエロー、ピンク、ベージュ、
   スカイブルー、ライトグリーン、オレンジ、レッド、ダークグリーン、
   ダークブルー、ブラウン、ブラック
 
…と、実に多岐にわたるラインナップになっているのです。また、コラボ展開として、もやしもん7巻限定版にnanoblockが付属しており、それでA.オリゼーを作る事が出来ます。
 
ブロック玩具は子供のもの…ではなく、大人に向けての卓上に表現できる小さくて大きなブロック作品。それがnanoblockなのです。
 
 
 と言う感じで思うところとしては「組み上げる」と言う事で一つ。
 
こうしたブロック玩具には基本的に完成品の図面はあっても、その分解図というのは、まずないものです。その理由は考えながら組み上げることに意味があるから…そう、これらは知育商品であるわけです。
 
とすれば、今回のレビューをしております。、nanoblockなどは中高齢者が行なうのに十分良い商品ではないのかと思うわけなのです。
 
ボケ防止にはゆびさきを動かす事が大事だと言われています。ブロック商品は、指先を動かすだけではなく、自分の思い描いた設計図に沿って、立体を完成させて行く、努力が必要になってくるわけです。
指先も使い、頭も更に使う。しかも、そこそこに小さなブロックですから、その取り扱いも気を付けなければならないわけです。注意力も鍛えてくれる事でしょう。
 
想像する事を創造する。それを成し遂げられた時の喜びは、次の作品への期待と不安につながります。そのストレスは適度なものですから、免疫力の向上になるのかもしれないわけです。
ストレスフリーと言いますけど、まったくストレスに晒されない状況は、あまりよろしくはない状況なのだそうです。
 
ブロック玩具は一度作り上げても、また分解し、別のに組みたてられる。資源を回収し、再利用する。エコ商品であったわけですw
 
さて、こうした組み上げるという事。先ほども言いました通り、その設計図はあくまで自分の頭の中にしかありません。なので、何を組みたいのか、というよりも、どう組んで良いのかを悩む事が多いのではないのでしょうか。
最近では、ブログなどに作品を紹介する例も増えているわけですけど、同じ様なもんが作りたい…という要望に実力がついてこず、挫折する初心者が多い様に思えます。
 
一つ言えるのは、千里の道も一歩から、紆余曲折があって楽しめる玩具であるのは間違いないわけですから、自分の想像を創造してみるのに活用してほしいものです。
 
ブロック玩具で物足りなくなってきたら、身の回りにある廃材を使って組み上げてみるのも一興かと。
 
何を作りあげるのか、どのように工夫するべきなのか、道具を使うとしてどのように使うのか。「物」の正しい有り方も見えてくるのではないのかと思うわけです。それこそ、間違った使い方をさせない教育の一歩になるのではないのでしょうか。
 
つまり、大人が作り、子に教える。その第一歩にこうした玩具を利用するのも、一つの方法であると思うわけなのです。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2008年07月26日

言葉の乱れ…?【「古代ロボ ゴダイガー」(1982年 青島文化教材社)】

 昨日の記事でしたか、日本語が乱れているという話がありました。しかし、その原因、本当に若者側にあるのでしょうかね?



 さて、今回は1982年に発売されました「古代ロボ ゴダイガー」です。




 1/460スケール アニメ・ロボというスケールで発売されましたプラモデルです。元々は同社の合体ロボ ニューアトランジャーのおまけロボのようについてきたものを元にし、後に同スケールの合体ロボとして、そして、今回ご紹介しているアニメ・ロボという区分での発売となりました。
 
ニューアトランジャーの兄弟ロボとして紹介されているものですが、それは完全に後付の設定。でも、それはそれでOKなんですよね。
 
 
数多くの合体ロボを世に出してきたアオシマですが、一番の驚きであるのは、その合体ロボが版権物でも行われていたという事でしょう。ですがそれ以上に驚いたのは、この商品ではそれを行っていないという事。
 
この商品が発売されるそれまでに他社から多くのアニメロボットのプラモデルが発売されてきました。中でも機動戦士ガンダムは、各企業にとって驚愕のものであったのでしょう。
いわゆる、ガンプラは、それまでの玩具の既成概念を吹き飛ばしてしまったのです。
 
それはリアリティです。
 
ガンダムはそれまでの、ある種なんでもありのスーパーロボットとは異なり、兵器としてのロボットをかなり意識した商品でした。アオシマやイマイ、童友社、タカラなどは玩具の延長でロボットプラモデルを考えていましたから、それと実物に存在する戦車(や、それに関係する商品)が利用できる1/144スケールのロボット物を出してくるとは思わなかった事でしょう。
 
模型雑誌がそうした…今で言うリアルロボットをディオラマで作っていった事が、それまで単に組み立て、シールを貼るだけで終わっていたプラモデルを更に加工する事を示したわけです。
 
 
それから後に出てくる数多くのリアルロボット。そのプラモデルを良い意味で真似たものが、合体ロボではないゴダイガーであり、アトランジャーではなかったのかと思うわけです。
 
思えば、1982年に超時空要塞マクロス。1983年に機甲創世記モスピーダなどを当時発売したのですから、オリジナルのスーパーロボットもリアルロボットのように発売してみたらどうなのだろう…として発売したのかもしれません。
 
 
さて、実は今回のレビューを記載する上で間違えて覚えていた事があります。それは、ゴダイガーという名前そのものであります。
古代ロボなのだから、コダイガーじゃなかったっけ?と不安を覚えて検索してみますと…あれ?そうか、ゴダイガーであったのか…。記憶が曖昧なのは困ったものですね。
 
プラモデルの出来といえば、それは良い悪いの話ではなく、手足の稼動は全く考えていない、単なる棒立ちの姿…それだけではなく、パッケージとの色がまったく違うというのにも、驚かされました。
これは強烈に覚えているショックな出来事でしたね。思えば、塗装すればよかったのですが、何しろ、そのショックで頭がそこまで回らず、何故かこれはこれで良いんだと納得する始末。そこは子供の頃の脳内変換が勝ったのではと、思うわけです。
 
他にもレビューされている内容を見ますと、そんなストーリーがあったのかぁと思うのですが、そんなのは一切覚えていません。単にニューアトランジャーの兄弟機もしくは、胸の宝石に不思議な力が云々とあやふやな記憶だけです。
 
 
ただ、こうした商品が昨今、少なくなったのには、本当に残念でならないわけです。キオスクにも若干置かれている場合があるのですが、それでも、数はめっきり減りました。食玩でもオリジナルが少なくなっているわけですが、こうした商品の利点は、やはり勝手気ままに設定を考え遊ぶ事が出来るのです。
 
強さも敵も目的も背景も、それは遊ぶ側の自由。原作なんかは関係ねぇ!と言わんばかりに想像できるわけです。胸から不思議なビームが出てくるのも、角から不思議なビームが出てくるのも、目から不思議な…以下略。
そうした楽しみを、今こそ大人に対して出してみても良いのではないのかなぁ…というのは、わがままなお願いなのかもしれませんね。




 言葉とは本来、口から口へ紡がれていくものです。文字を持ってそれを記したのは、比較的最近の話。それまでは口伝といって、物語を覚えて伝えていったわけです。当然、その際に言葉の意味も覚えなければいけないわけで、あまり難しい表現はなかったわけです。
ですが、文字が発明されますと、言葉に対して文字が当てられ、複雑な意味を持つようになりました。そして、現在…考えるに、その文字の意味はこれまで、間違った伝わり方をしていないと言い切れるのでしょうか。
 
言葉は生き物に例えられます。
 
最近の例で言いますと、三つ、挙げられるのではないんのでしょうか。
 
 
一つ目は「雰囲気」。
これは「ふんいき」と読みます。決して「ふいんき」ではありません。では、どうしてそうなったのか、それは音による区切りに問題ああるのではないのかと思うわけです。
 
「ふんいき」の場合、「ふん」「いき」と二つに分かれてしまいます。
しかも、偶数同士ですので、そこに刹那の間が空いてしまうのです。「雰囲気」とは、その場の様子…今風に言えば、空気を読むという事でしょうから、その様子に間があっては説明しづらくなるわけです。
それは昨今の受け答えが昔よりも早くなってる事にも起因しているのかもしれません。
 
一方「ふいんき」の場合はどうでしょう。「ふ」「いんき」と音としてわけられるだけではなく、「ふい」が「ふぃ」と、流れるように発音できる事も、より一つの言葉として発しやすいのでしょう。
そうなりますと「ふぃんき」…文字ではどうかと思いますが、実際に発音してみると、まさに雰囲気で聞こえてしまうわけです。もちろん、この言葉のみで「ふぃんき」と発音すれば、おかしな結果になるでしょうが、文章として組み込んだ場合、少しとちったのだろうと思われるぐらいではないのでしょうか。
 
こうした間違いは、決して多いわけではないのでしょうが、意外に自分の使っている「並び」が間違えている事があるのは、こうした「音の区切り」によるものがあるのだと思います。
 
 
二つ目は「全然」
これは本来「全く~ではない」つまりは完全否定の意味に使われるものです。しかし、そのように使われなくても意味が通じるようになっているのです。つまり全然OKなのです。
 
…「全くOKではない」…?いいえ、この場合は、「OKなのだから、全く気にしなくても良い」という意味になっています。つまりは、肯定の意味で使われているわけですね。
これは、考えるに「全然」の本来の意味ではある否定の度合いが強いものであるからではないのかと思うわけです。即ち、肯定として使う場合でも、その意味は強い肯定の意味で使っているわけです。
 
全然問題ない…「微塵もその問題を気にする必要はない」。つまりは100%の事なんだよという意味になります。
 
では、どうして全然が使われるようになったのか。それは、日常会話の中からの変化ではないのかと推察できます。似た言葉ではないのかと思うのに「美しい」というものがあります。これは今で言う所の「可愛い」という意味ですが、今では「可愛い」は「可愛い」、「美しい」は「美しい」と分けていますね。
 
当初は可愛いもの指して「美しい」とのでしょうが、その概念は人によって変わって来るもの。それを知らない人が見て、現代の「美しい」と思う事を「可愛い」という意味で「美しい」という言葉を聴いてしまったら…ややこしいのですが、つまりは、そうした勘違いが常識のようになっていったもの…つまりは、言葉は生き物であるというのを体現したものではないのかと思うのです。
 
然るに「全然」に関しても、同じ様にその強い口調を捉え、つまりは強調するときに使うものだと思い込んでしまったとしたら…。
恐らく、それが原因ではないのかと思うわけです。
 
 
そして三つ目。これは実際に今の世の中で一番乱れている事ではないのかと思うのですが、無用なカタカナ読みです。
最近の言葉で、正直、腹が立ったのは「コンプライアンス」=「法令遵守」です。
 
私たちは日本人です。何かにつけ、話す言葉は日本語であり、英語ではありません。しかも、最近の英語と思われているものの中にはカタカナ語=和製英語が沢山含まれています。本当に世界で通用する英語を利用するのであれば、何も問題はありません。勉強にもなるのでしょう。
しかし、ある業種だけ、ある業界だけに使われている事が、さも全ての常識のように使われるの=発信されるのは、これは無意味です。
 
「コンプライアンス」はその際たるものです。これでは、どんな意味なのかわかりません。しかし、「法令遵守」…実にわかりやすい。しかも、美しい言葉ではありませんか。
 
さて、この言葉、若者が使い始めたのでしょうか。いいえ、そんな事はありません。しかし、これは知っておくべき常識として伝わっています。
こうした状況であるのに、一方では日本語が乱れていると平気で言っているのが、今の大人の現状なのです。
 
それでいて、何故、子供たちの言葉が乱れていると一概にいえるのでしょう…一蹴するのでしょうか。こんなものは大人の傲慢さでしかないのです。要するに、自分たちが新しく覚えたくはない、その代わりに、自分たちが考えた事を押し付けたいだけの現れに過ぎないのです。
 
だから、子供たちは反発するのです。当たり前の話です。そんな大人の勝手な言い分に、何故、子供がつき合わされなければならないのでしょうか。筋など一本も通っていない状況なのです。だから、彼らは彼らなりに賢しくならなければ、生きていけなくなるのです。
 
 
言葉は変化していくものです。特に、これだけ異文化を受け入れる国においては、その速度は目覚しいものがあるのでしょう。
その中でも、一本通った言葉=母国語を大切にしたいのであれば、それは先達たる人が、見栄や思いあがりなだけで、言葉を容易に使わない事が大切なのです。
 
更に言えば、方言を大切にするべきでしょう。標準語も必要なのでしょうが、それは各地に方言あっての話なのです。それがなくなれば、標準語などあっても意味をなしません。
食物における地産地消が謳われているわけですが、言葉に関しても、地産地消が必要ではないのかと心より必要であると思う次第です。
 
なくなった言葉は、まず戻る事はないのですし、それは同時にその文化を消す事になってしまうのですから。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2008年07月19日

玩具にワクワク感を感じること【「超合金GC-32 忍者戦士 飛影、DX黒獅子、DX鳳雷鷹、DX爆竜」(1985年 バンダイ)】

 最近の玩具は、それこそ昔あったトンデモ変形すら可能になってきたわけです。それはそれで、面白いとは思うのですけど…。



 さて、今回は1985年に発売されました「超合金GC-32 忍者戦士 飛影、DX黒獅子、DX鳳雷鷹、DX爆竜」です。



 物語の後半で主役機(それまでは、どこかから来て、なぎ倒し、どこかへ去っていく。某ゲームでは経験値&金銭ドロボーと不評)である「飛影」と彼(?)が変形して合体するサポート機(実際にはこちらが最初から目立っていた)である「黒獅子」「鳳雷鷹」「爆竜」の玩具です。
 
※イメージは超合金 飛影のパッケージです。
 
超合金シリーズである飛影に対して、黒獅子、鳳雷鷹、爆竜は超合金として発売されてはない、珍しいシリーズであるかと思います。
 
飛影は合体に重きをおいた商品であり、また、三体は合体後のバランスを重視しています…というより、実際の話、黒獅子以外は、合体時にあまり各部を稼動させている描写が無く、つまりはポポージングだけでそれなりに見栄えが良くなるという所を狙っているのかもと邪推してしまいます。
 
では、変形後のスタイルがそれほど良かったのかと言えば…実際には良くも無く悪くも無くといった所で、探せば荒は見つかるが、それを指摘するほどでもないという所です。
 
例えば、黒獅子が獣魔になった時に、鬣の一部分がひっくり返らないとか。
例えば、鳳雷鷹が空魔になった時に、妙に大きさに違和感があって、寸詰まりのように見えたとか。
例えば、爆竜が海魔になった時に、頭がすこーし大きめになってコミカルに見えるとか。
 
…ようするにバランスが微妙におかしいという話なのです。
 
これは仕方がありません。当時の技術で、これ以上のものを求めるというのがおかしな話なのです。獣魔に関しては、忘れてしまったのか、もしくはそれを組み込むことによってコストが上がるのか、もしくは元々は付いていなかったのか。空魔にいたっては、大きさを考えるよりも、飛影自身のバランスや稼動域を考えると、仕方がない話ではないかと思うわけです。
 
もう少し、飛影の股関節に稼動域があれば、カッコよく出来たのではないかと思うのですけど…やはりコスト的に難しいでしょう。
 
海魔はそれこそ、爆竜の時とのバランスがアニメの方では二次元の嘘で賄っています。いいかえれば、そこにはゲッター理論が使われていますので、玩具でこれだけ再現できたと喜ぶべきでしょう。
 
 
最近では超合金魂で数多くのロボットが復活していますが、飛影もそのうちやってくれるものではないかと思うわけです。その際には、恐らく比べると懐かしさが蘇るような、驚きの機構が組み込まれる事になるのでしょう。
最近ではそうした驚きをゴッドマーズで体験したわけですが、それは当時のアニメはあくまで玩具ありきであったから、今の技術で再現できるものが多いといえるのかもしれません。
 
多くのアニメスポンサーをしていたバンダイ、タカラは、玩具の技術をそれこそ二十数年で飛躍的に進歩させてきました。
中には独自の解釈でプロポーションを重視して作られた商品もありますが、やはり現代にこうして次々と蘇るのであれば、期待は尽きぬものです。
 
 
とは言いまして、思い入れという点では、当時の玩具に勝てるものではありません。
好きだからこそ、言ってしまえば痘痕も笑窪。思い出は美しいものなんですよねぇ。



 超合金魂やらリボルテックなどの玩具商品シリーズ。本当に昔なら考えられないものばかりです。素材や機構など切磋琢磨し精錬してきた結果が商品として確立した要因なのはわかります。
 
ただ、自分としては昔の玩具にそれでも魅かれているものがあるわけです。
そこにはその当時の玩具の面白さがあり、その形態であるからこそ、出来うるものであるという仕組みも少なくはないのです。
 
 
自分の好きな作品でああります聖闘士星矢の聖衣大系など、その一例としては良いものではないのでしょうか。
 
ロボットではありませんので、そのスタイルは重視されますし、更に言えば格闘物(という事にしておいてください)なので、動き…少なくとも、劇中のポージングが出来るようにするべきでしょう。そして、何より作中で最も出てくる顔が似ている必要があります。最後に、商品名ともなっている聖衣がしっかり着れるものでなくてはなりません。
 
結果、放送当時に発売されていたのはどうだったのでしょうか。
 
まず、顔は玩具独自の物になっていますし、何より髪型はペッタリ。これは、ヘルメットを被らせるための措置であったわけですが、初期の物に関しては、ヘッドバンドのような形状に出来なかったために、普通のヘルメットになってしまったわけです。それにあわせて、アニメ版の聖衣が作られたぐらいですから、あくまで玩具先行であったわけですね。
 
聖衣を着ない状況であれば、ある程度動けたものも、着せると固まるわけで、あくまで聖衣を着せる事が主目的となってしまったわけです。
 
そんな商品も今となっては…聖衣神話大系では、表情からしてアニメに近しいのは一目瞭然。また、髪型もその一部を外したりする事で、聖衣のヘッドパーツも無理なく着せる事が出来るようになっています。
少し細身であると思っていた身体も、聖衣を着せれば十分な体格となりますので、迫力も十分。なにより、ガシガシと動かせるのは素晴しいものです。
それだけではなく、そのシリーズの人形も発売を重ねる事によって進化していくわけで、その完成はまだまだ見えてきそうにはありません。
 
 
これは何も、この玩具だけで起こっている事ではなく、超合金魂のシリーズでは、毎回驚きの技術が提供され続けているのです。
 
ただ、先ほども記載しましたが、こうしたリニューアル玩具も元々は、玩具を発売するために放送されたアニメでの活躍がイメージ的に離れていたからであるわけです。
 
 
例えば、ゴッドシグマの玩具資料を見てみますと、元からアニメのような動きは期待できるものではないというのがわかります。
特にビッグウィングが合体した後は、肩、動かせないだろう…と突っ込みを入れてしまうほどです。ですが、アニメではガシガシ動いています。
 
すると、今、新しい玩具として出された場合は、当然、そうしたアニメでの動きも再現される結果になるわけです。
 
つまり、玩具⇒アニメ⇒玩具とう奇妙な段階が踏まれて、新しい玩具は世の中に登場しているわけです。となると、つまり、幼少の頃に見た玩具は何なのだろうと、ふと思ってしまう時があるわけです。
 
想像を働かせ、動きが取れない動きを遊びの時に脳内補正し、それでも自分が操縦しているような感覚を味あわせてくれた玩具。玩具とは本来そうであるべきであり、アニメの中のリアルをどこまで再現すれば良いのかという事ではないように思えるわけです。
 
今リアルタイムで放送されている玩具も、それこそ大人向けに新たに作られた商品もあります。ならば、子供向けは子供だましで良いという事なのでしょうか。
ある意味そうであり、ある意味違うと思うわけです。
 
そうである部分はそれはあくまで玩具であり、なりきりアイテムであるという事。ですが、違うと言う部分は、やはり劇中で出来る事は再現できるようにするのが当然ではないのかという事。
 
大人向けの懐かしいもしくはギミックのスゴイ玩具が発売されているわけですが、それでも基本としてリアルで楽しんでいる子供たち…自分が子供の時に感じたワクワク感を、同じ様に味あわせて欲しいと思うわけなのです。
 
 
なので、ガンプラばっかりとか、ゲームばっかりじゃなく、様々な「なりきりアイテム」の充実を望む次第なのです!
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2008年02月23日

その媒体は宣伝につき【「鎧伝サムライトルーパー(玩具)」(1988~1999年 タカラ/童友社)】

 今日も元気に毒でも吐きましょう。瞬間的にムカツク事があったわけでもなく…あ、あったわ。でも、その話はまた後日、もしくは別の場所で毒を吐く事としてまして、今回は、「アニメ及び特撮という媒体に関して」のお話。
 
こうした作品においては、テレビで放送する際に、当然の事ながらスポンサー(提供)がつくわけです。それは何故か。単純に言えば、それを通じて(もしくは利用して…つまり版権を用いた製作物)利益を得ようと言うのが目的であるからです。更に当然の話、スポンサーはその番組に投資するのですから、利益も含めて回収できなければいけません。
 
その利益というのは…。



 さて、今回は1988~1999年に発売されました「鎧伝サムライトルーパー(玩具)」です。

この作品は、腐女子向けアニメ(当時に言葉としてあったのかは疑問ですけど…出始めの頃でもあったような…)であったわけですが、その当時のアニメは当然の如く「玩具を売るための宣伝媒体」であったために、こうした玩具が売れるかどうかが成功・失敗の目安でありました。当然のように失敗=売れないアニメにはスポンサーからのテコ入れ、もしくは降板=打ち切りが当たり前のようにあったわけです。
 
このサムライトルーパーにはメインスポンサーであるタカラが組み立て済の玩具とゴム製の玩具、童友社がプラモデルを発売しておりました。
(※画像は童友社のプラモデルのパッケージです)
 
で、売上げはどうであったかと言えば、散々なものであったわけです。顔も似ていないし、体形に至っては全員がぷっくり。で、プラモデルは女性で作れる方など、現在に比べて確実に少ないわけですし、ゴム製にいたっては、販売数自体が少なかったわけです。
 
実際の話、トルーパーにおける売上げで一番であったのはアニメイトから発売していた各種商品、そしてスターチャイルドのCDであったわけです。今ならば、ありえないようなファンのつき方でありましたから(一作品で作画監督ごとにファンが付いた作品で人気があったのは、聖闘士 星矢とトルーパーぐらいではないでしょうか)、描き下ろしの商品が多かったアニメイト商品は確実に売れた商品であったはずです。
 
さて、この玩具版ですが、実は初期設定が多分に残る商品展開となっていました。当初、トルーパーは星矢の日本版(舞台設定の話、星矢がギリシャに対してという意味)として製作されるはずであったのですが、それが巡り巡って、侍そのものとなってしまった。一番困ったのは、玩具に採用したギミックです。
 
弾動力。実は、バネの力を利用した玩具の形になっているのですね。だから弾むという言葉が使われ、なおかつ、そのバネと手足のロック機構を使ったオリジナルの技を説明書に書き記しているわけです。
そう、玩具の一番の遊び所というのは、実はヨロイギアを着せることではなく、アンダーギア同士のくんずほぐれつであったりするわけです。
 
また、どの玩具も顔を似せようと努力しているとは思いますが、結果的には遠く及んでいないまま。これでは、メインとなってしまった女性層が飛びつくわけもありません。
 
造形的に売れたのは、敵の大将、アラゴであったというのも頷けるもの。あれ、人の顔を似せる必要ありませんし、鎧の造詣だけ気にすればいいわけですから。
 
ちなみに、私が保有しているもので、唯一つだけないのは、タカラから出ていたゴム製の烈火のフィギュアだけ。大好きな番組であったからこそ、それだけそろえましたが、未だに取説を読むとフッと苦笑いが出てくるのは仕方がないのかもしれないと自分に言い聞かせています。
今の時代まで余波が続いていれば、聖闘士聖衣神話クラスのヨロイギアが出ていたのかなぁ…。
 
 
※補足(…というより、むしろコッチの方がレビューっぽいぞ!)
 
タカラ発売
 
 <超弾動シリーズ>
 バネ仕込みのリョウたちトルーパーや四魔将、さらにはアラゴ様がアンダーギアでくんずほぐれつのグランド技を掛け合う事の出来る玩具。また、どう見ても黒豹の白炎王もラインナップに入っていた。
更に、玩具の箱についていた紋章をはがきで送ると、金と銀の輝煌帝が当たるキャンペーンもやっていたが、そのどちらかがそれぞれ何十か何百名にあたるはずなのが、そのどちらも当選。当時、物凄く喜んだが、今にして思えば、それだけ応募が少なかった事の証明ではないかと。
 
 <マルチアクションフィギュアシリーズ>
 …と銘を打ちながらもこれ以降のタイトルは不明。材質はゴムでありながらも、肩、腰などの数箇所の動きしか出来ず、なおかつ鎧を着せるとその稼動範囲も減少。更に自立が困難なために台座が付いているという、どうアクションさせれば良いのかかなり悩む商品。
どうやら初期ロットのみの発売だったらしく、商品の品薄感がもっとも激しい商品でもあった。
ちなみに、自分のコレクションで烈火だけが未だに手に入っていない。
 
 <サウンドアクション 烈火拳>
 実はこの商品、同じタカラスポンサーの電脳警察サイバーコップのジュピターアームの焼き直し品。音もほぼ同じ。で、この商品の素晴らしい所は実際に烈火拳の玩具の音が劇中で使われ、キチンと効果を発揮したという事。その一番の回は32話「地霊衆、恐怖の作戦」。この音が地霊衆を苦しめるという風に使われたが、その後、烈火拳という名称は劇中にも頻繁に登場。この玩具のためなのだと推察される。
 
 
童友社発売
 
 <バトルアクションシリーズ 1/12>
 サイズ指定があるわりには、結果的に全員の大きさが同じという設定ド無視の荒業を繰り出している。しかし、さすがはプラモデル。いろいろ加工しやすさでは群を抜いている。しかし、実際にこうした商品を望んでいたのは女性ファンの方であり、なおかつ、完成形を望まれていたのは当然の話。残念な事に、選択幅の少ない商品であった。
ちなみに、個人的に再販を一番望んでいるのは、このシリーズである。売られていたら、各三セットずつは購入するだろう…値段と相談であるのは当然であるが…。
 
 
※一応、立体物であるので、玩具菓子も入れておきます。
 
カバヤ発売
 <チョコボール 50円>
 消しゴム製の人形。もっとも生産数が少なかったとか。
 
 <ピーナッツチョコ 100円>
 プラ製の人形。ラインナップは烈火、金剛、水滸、天空、水滸、シュテン、ナアザ…までは確認。正確な情報は現在も収集中。
 
 <ピーナッツチョコ 200円>
 ゴム製の人形にプラ製の鎧ギアの人形。ラインナップは烈火、金剛、光輪、天空…何故か、水滸はいないそうです。
 
 <チョロイデン チャムライトルーパー>
 トルーパーのSD版として登場。人気があったために別企画(その当時、SDが強かったのはタカラの方。バンダイのSD路線はその後にガンダムで大ヒットとなる)。しかし、玩具菓子のみで他の企画は頓挫。
各キャラの名称も、おまぬけになっており、花火のリョォ、マメ電球のセージ、石コロのシュー、しずくのシン、ため息のトーマ。で白炎はひゃくえんで、輝煌帝烈火はきこーてぃれっか、白炎王はひゃくえんおう。
アラゴは荒誤塾長、んで四魔将は、シュッテン、アニュビス、ニャーザにラチュラ。
玩具のラインナップはリョウ(烈火&輝煌帝烈火)、シュウ、セイジ、シン、トウマ、アラゴ、シュテンの8つ。



 最近、そう聞かれなくなりましたが、「作品は誰のものであるのか」という話。一部にはファンのモノとした意見がまかり通っているわけですが、ならば、そのファンのモノをファンがどのように扱おうが自由であると言う話になります。しかし、現実にはそんな事はありません。法律の中でしっかりと製作者のモノとして守られているわけです。
 
そうなると、製作者というのは誰になるのかと言う話になるわけですが、先に答えを言えば、資本を出してくれる人のモノであるわけです。
 
それはおかしい!製作している人の権利は…はい、ごもっともな話。しかし、製作には多少なりとも金銭が必要なのはご存知でしょうか。まったくの無一文で製作できる、もしくは自分の動かせる範囲の金で製作できるのならば、それは製作者(個人であっても集団であっても)の純粋な作品となるのでしょう。
 
しかし、厳密にはスポンサーがいなくては運営が出来ません。作るだけでは人は賄えないのです。
 
今ではロボット物が少なくなりましたし、また、玩具の売れ行きも激減していますから、そうでもないのでしょうが、その昔のアニメや特撮は玩具を売るための媒体であったのは間違いない話なのです。ガンダムにして、国力のなさそうなジオン軍があれだけのMSやMAを繰り出せたのは、物語にそうした設定が最初からあったからではなく、メインスポンサーが次々に売り出すための商品のネタを欲していたからであるわけです(MSやMAがあって、そこに物語を載せていったというのが正しいのかもしれません)。
 
なんという事だ…そんな放送は正しくない…いえ、正しいやり方です。
 
ただし、その玩具が売れるような描き方をされているのかどうかと言うのは、また別問題であり、それがきちんと成されていたという作品は数少ない事でしょう。今の技術だからこそ出来る方法があって、例えばボルテスやガイキングなどが発売できたわけですが、リアルタイムの放送時には、玩具が出来る事をアニメで表現した事など多々あります。むしろ表現しつくせない機能まで入っている事もあります。
 
本当に今だからこそ、後に発売されるDVDなどの収益で運営できるようになったわけですが、しかし、それはたった一本の綱渡りをして歩いているに過ぎないと言う事に気付くべきなのです。
 
玩具は子供のものという時代は終わりました。実際に、少子高齢化云々というより、玩具で遊んだ世代が自分の自由になるお金で玩具を買い漁る時代に既に入っているのです。番組の当初より、大人向けの玩具(卑猥な言い方ですが、意味が違うのわかりますよね。エロの意味じゃありませんよ)、そしてそれを売るための番組を制作する事も有りなのではないのかと思うわけです。
 
番組が進んでいく、そして新しいアイテムが登場するドキドキ感、それを玩具という形で実際に手に出来るワクワク感というのは、いつでもいつまでも味わってみたいものではないのでしょうか。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。



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