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2009年08月10日

人生を抱え込む覚悟【「兄弟拳バイクロッサー」(1985年 東映)】 ※再掲載記事

人の泣かせ方にも様々ありますが、最近のあの系統のニュースでは泣く事も出来ないことでしょう。



 さて、今回は1985年に放送されました「兄弟拳バイクロッサー」です。



 子供の泣き声を聞くと口からダイヤモンドを吐き出す魔神ゴーラ。それを手に入れたドクターQはどうにかして子供の泣き声を手に入れようと、怪人たちを繰り出してくる。
それを防ごうと銀河系の守護神ペガサスは、水野兄弟に超能力とスーパーメカを与える。そしてバイクロッサーとして戦い、子供たちを魔の手から守るようにと託した。
 
兄である拳、そして弟の銀次郎は、バイクロッサーケン、そしてバイクロッサーギンとしてドクターQの世界制服の野望と戦い、子供たちを守っていく。
 
 
子供の泣き声を聞かせればダイヤモンドを吐き出す…なんとも凄い設定です。しかし、これが実際の子供たちへの親近感になる…はずでした。実際には、そうでもなかったようです。
 
オーソドックスな特撮ではあったのですが、その当時の玩具の売れ行きは低迷していたのは事実。こうしたオリジナル(つまりは、仮面ライダーやウルトラマンなどのネームバリューのない作品)に関しては、売上げ不振につき、打ち切りが当然のように行われていました。
特撮は一年間行うのが当然の世の中であったからなのですが、それだけ製作者サイドにも販促関係にもプレッシャーであったのは間違いない話でしょう。
 
出来る限り低予算で。しかしこれは、その当時にだけあった話ではなく、東映の特撮作品には共通の命題であったと言っても過言ではありません。そのために、スークアクターの身体を張った演技が、作品に大きく関わっていたわけで、今のようにCGを簡単に使うのではなく、映像テクニックと合わせて肉体で表現する時代であったとも言えるのです。
 
この作品、意外に知られている部分としてOP・EDが取り上げられるのではないのでしょうか。
何故なら、その歌を歌っている人こそ、あの水戸黄門でうっかり八兵衛役として有名な高橋元太郎さんなのです。実に良い声で歌っていらっしゃるのですが、ソレもそのはず、元々からして歌手だったのです。役者はその後の話。そして、忘れていけないのは、ソロ活動における有名なアニメのOP、「マッハGoGoGo」を歌っている方でもあるという事です。
 
 
実はこの作品で最も好きなのは、バイクロッサーの必殺技、ブレイザーカノンを撃つくだりです。これが一番の見せ場であると個人的には思っています。
 
ブレイザーカノンはギンの乗るギンクロンというバイクから発射される太陽光エネルギーを収束させた波動砲であります。まず、お約束として、必ずケンがギンに「ブレイザーカノンだ!」と言うと、親指を立てて「OK!」と遠くに停めているギンクロンに向かってギンが走っていく所から始まります。
そして、何気にケンがジャンプし、ギンクロンが走ってくる方向に背を向け立つ。その姿をあおり加減に回り込んで映していくのがカッコヨイのです。
 
そして、ギンクロンが迫ってきて、ジャンプ!するとケンはおもむろに振り返り、なんと、ギンクロンをギン搭乗したままで肩に担いでしまうのです。
そう、ブレイザーカノン砲は、ギンクロンそのものであるのです。
 
そして「ブレイザーカノン発射準備完了!」とギンが叫び、「OK!」と言って、そこで改めて相手を確認し、そして初めて照準をセットするケン。その間、敵はボーッとしているのはお約束。
ラストは二人同時に「シューティング!」でチュドーンと敵爆破。
 
お約束というのがあるのは当然ですけど、中々強引なお約束がステキな作品であったと思うわけです。




 他人を泣かせて金品など大切なものを奪う犯罪に詐欺があります。思うに最近、犯罪として認識されていないのではないのかと思うご時勢になってまいりました。
例えば、企業の内定取り消しも言ってしまえば詐欺に近しいものではないのかと。当然、年金などは国を挙げての詐欺だと言われても仕方がない状況になっておりましたし。その火消しに躍起ですけどね。
非正規社員の大量解雇など、企業の詐欺が露呈してきた状況ではないのでしょうか。バブル自体が詐欺のようであったのを知っていながら、いざなぎ景気超えの状況でも、何の手も打ってきませんでしたし。
 
日本企業における危機意識の低さは、事ある毎に記載している話です。まぁ、こんなレビュー記載など見てくれるわけではないのですが、それでも記載せずにはいられません。
 
企業とは何ぞやと言う話ですが、勘違いしていてはいけないのが、企業が残る事が正義ではないのです。企業が雇用を養っていける事が正義なのです。その為に仕事があり、業績があるのです。
例えば、私は個人サークルをやっています。これを起業した場合、社員一人である以上は、全て私の責任になります。やめる場合にも、続ける場合にも、私に社会的責任が起こってきます。ですが、一人でも社員を獲得した場合、これは話が変わってきます。その社員の命運を握る事になるのですから。
 
まずは教育も必要でしょうし、何よりその社員に給与を払えるようにしなければなりません。それが経営者としての責任であり覚悟です。社員の数など問題ではありません。多かれ少なかれ、その社員の命運を握っているのは、間違いなく企業であるからです。
当然、正規雇用か非正規雇用か、そんな分け方に意味はないのです。
 
雇う事。これは経営者が事業を見据えて行う事でありますが、同時にそれは、その人の人生を預かる事でもあるのです。
 
 
経済は需要と供給によって賄われています。極々自然な当たり前の話です。
では、安易に雇用を切った場合、その需要がどうなるのかを考えた事があるのでしょうか。ない袖を振ることなど誰も出来ないのです。
 
貧乏人を相手にしない、それでも結構な話です。ですが、どのような形であれ、雇用すると言う事。それは経営者一人で売上げを上げる事が出来ないという事であるのです。それを忘れてはいけません。
大企業でリストラと簡単に言いますが、その大企業にしてきたのは経営者一人であるのであれば、雇用など必要ではありません。する方が間違っています。では、雇用しそれを脈々と続けてきたからこそ、大企業になった場合、経営難にしたのは誰の責任になるのでしょう。
 
誉れは経営者、非難は従業員。これで企業が賄われているのであれば、そんな企業は潰れるのが吉です。
少なくとも、そんな企業との付き合いをしようものなら、約束を守りそうにありませんからね。企業の状況によって、直前にそっぽ向くに決まっているのですから。
 
 
要するに覚悟もなく、理念もなく。人を雇う事の意味も知らずで給与を貰っているのですから、恐れ入るばかりです。
そうした企業が中核を成している以上、日本景気は必ず誰かのせいにし、そして他人任せで回復を待つだけの状況であるのは間違いない話なのでしょう。
売上げだけではなく、雇用においても経営の責任を取れない経営者など、電動の招き猫以下だと知るべきなんですけどねぇ。
 
右手で招いても金は集まらず、左手で招いても人も集まらず、結果的に両手を挙げ続けているだけ。要するにバンザイしているだけという事ですな。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

 
 
 
※こちらの記事は、以前に掲載していた記事です。しかし、スパムコメントの削除がままならない理由より、再掲載として記載いたしました。

2009年02月07日

あるべき正義という系譜【「仮面ライダーG」(2009年 テレビ朝日/石ノ森プロダクション)】

 さて、今回は2009年に放送されました「仮面ライダーG」です。



 2009年…世界各地でテロが多発。日本政府は対テロ組織としてシェードを創設。あらゆる分野の精鋭が集められ、相当な成果を挙げた。だがしかし、人間を洗脳し兵器化する改造実験計画が発覚し、組織は解散。その創始者である徳川清山も逮捕された。
 
しかし、ある日のテレビ朝日にて事件が起こる。
 
いきなり振ってくる人間。そして、平和な日本には不具合な装備を身に付けた男たち。その場にいた人々は、テレビ撮影であるかのように沸いていた。警備員が駆けつけ、問いただす。だが、彼らに向けられた銃口より出てきたのは本物の銃弾。それは演技などではなく、本物のテロ集団…いや、テロ組織と化したシェードの精鋭部隊であった。
 
ある番組の収録スタジオに彼らはやってくる。
そこで行われていたのは、ワインの紹介。そして、そこにいたのは、一人の女性であった。
 
シェードの精鋭部隊はそのテレビを通じて犯行声明を読み上げる。それを任された一人の男、No.5。その顔を見た瞬間、女性は声を詰まらせた。その顔、それは自分に愛を語ってくれた男性であったからだ。
 
犯行声明を読み上げたNp.5。しかし、その鼻をくすぐる豊潤な香り…振り返ると、そこにあったのは、グラスに注がれたワインであった。女性は叫ぶ。そのワインを口にして…と。
訝しげに見つけるNo.5であったが、何かに誘われるかのように、そのワインを手に取り、口に運んだ。
 
その瞬間、自分の置かれた状況がありのままに浮かんでくる。洗脳、改造手術。だがそれ以上に、彼は思い出したのだ。愛する女性を…No.5、いやゴローはシェードから逃げ出すことを決意したのだった。
 
 
 
 テレビ朝日50周年の記念番組、SMAP★がんばりますっ!!で行われたコーナーの一つ、SMAPチャレンジで、稲垣悟郎氏が行ったのが、仮面ライダーになる事。そして石ノ森プロ全面協力の下で生まれたのが仮面ライダーGです。
 
奇しくも、今年は平成仮面ライダーの10周年(平成仮面ライダーとは、仮面ライダークウガより以降を指します)。番組としては仮面ライダーディケイドを放送しているわけですが、それとは別のライダーとして放送されました。
 
ですが中身は実に昭和テイスト。1号、2号ライダーの臭いがしてくる内容でした。
 
平成ライダーの大半は、肉体の生物的変性もしくは機械的武装の装着が前提のもので、仮面ライダーGはそのどちらでもない改造手術をうけた改造人間であるのが特徴です。
シェードという組織の中で法を逸脱した行為として行われていた改造手術。最初から悪の組織でなかったにしても、悪の組織として結果出てくる所も、最近の仮面ライダーではありませんでした。
 
当然、改造手術を受けているのですから、普通の人間ではありえない身体能力を発揮します。それは変身前でもそうである…そういう描写もきっちりありました。
 
変身後はそのパワーは遺憾なく発揮できるわけですが、変身シーンは今の平成ライダーの様相でした。ベルトにちっちゃなワイン瓶を装着するというのが面白かったです。
 
武器も使いますが、その武器もソムリエナイフを模したものであったり、必殺技であるキックにもワイン好きな主人公が伺える名称が付いていました。
その必殺キック。その名称を叫ぶ仮面ライダーは本当に久しぶりではないのでしょうか。
 
「スワリング・ライダーキック!」
 
ワイングラスを回して、より香りを立たせるものなのですが、確かにライダーGが回っておりました。
 
さて、この仮面ライダーG。この企画のためのライダーであるわけですが、しかし、石ノ森プロは懐が広い。平成仮面ライダーの系列にきちんと入っている正式な仮面ライダーなのです。その証拠をいえる場面も劇中にあります。
最新のディケイドを始め、これまでの平成ライダーが一同に介するシーンがしっかりあるのです。しかも、仮面ライダーGの名付け親が彼らであるのだから、確実ではありませんか。
 
出来れば、この仮面ライダーG。また、どこかで活躍して欲しいものだと、心から思うのです。ディケイドも劇場版やるようですし、そこに出演してもらえれば、嬉しい限りですね。後、敵の総帥がVシネマに沢山出演している哀川翔氏がやっているのですから、ビデオでの販売というのもありではないかと。
CSの東映チャンネルの放送でも良いかナァ…など勝手に希望を出してみたくなるライダーでありますね。
 
 
 
 と言う感じで思うところとしては「勧善懲悪」と言う事で一つ。
 
この仮面ライダーGは実の所、完全な勧善懲悪ではなく、元々は日本政府の立ち上げた機関の一部が暴走。要するに手綱を引く事が出来なかったと言う事になります。
 
このような話は至る所にニュースとして毎日のように伝えられています。
本来であれば、悪を取り締まるべきもしくは諌めるべき人自身が取り締まられているのが問題ではないのでしょうか。
 
そうなりますと、この世の中に勧善懲悪はないと言う話になってきます。
 
それはその通りだ。宗教や資源などの関係からすれば勧善懲悪などありえるはずがない…その通りです。同時にそれは正義ではありません。それを指し示すのは都合という言葉であるわけです。
 
では正義とは何なのでしょう。
それは単純明快。人のためになり迷惑にならない事。それだけしかありません。
 
戦争は他国に迷惑をかけるのですから、先ほど記載したように、正義ではなくあくまで都合であるという事になります。つまり正義の戦争というのは、その国の都合で行う戦争の勝手な呼び名でしかないと言う話になります。
言い換えれば、それは大人の都合でしかなく、そうした事が結果的に次世代に正義が何かという疑問と疑心だけを残していくのであれば、そこに正義を伝えていく事が本当に出来るのかといわれれば、それは無理な話でしょう。
 
そうした大人の都合が結果的に矛盾を作り、それが山のように積もっていくのですから、的確な説明など出来るわけがないのです。
結果、子共に対して諦めのように勧善懲悪など存在しないという事になっていき、正しいことの意味も不明瞭になっていくわけなのです。
 
諦めるのは大人の勝手です。しかしそれを、次世代に残していくことは身勝手ではないのでしょうか。
その灰色の連鎖をとめられるのは、今、大人である人たちの覚悟であるのかもしれないと思うのです。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2008年05月24日

リメイクというよりもインスパイア【「時空戦士スピルバン」(1986~1987年 テレビ朝日/東映/旭通信社)】

 最近、海外でのリメイクが多いジャパニメーション作品。当然、特撮もその中に入るわけですけど、基本的に日本とアメリカではその作り方が異なるようで、リメイクされる中でも驚きが多いのが特徴です。



 さて、今回は1986~1987年に放送されました「時空戦士スピルバン」です。

 守護神ワーラーを奉り、宇宙を渡り、真水を根こそぎ奪っていくワーラー帝国。クリン星もそんなワーラーによって狙われた星のひとつであり、そこから脱出したクリン星の人々は銀河を漂流していた。しかし、残りの水はわずか…それを幼いスピルバンとダイアナにたくし、彼らを戦闘母艦グランナスカに乗せ、自らは自爆し果てた。
 
そして、12年。グランナスカが目指したのは太陽系第三惑星地球。
 
その豊かな水を狙って来たのは、ワーラー帝国。ここに、スピルバンとダイアナの復讐が始まった。
 
 
前作、巨獣特捜ジャスピオンに続くメタルヒーロー五部作の最後として登場したのが、このスピルバンです。
 
基本的には宇宙刑事三部作と同じ構成を行い、ジャスピオンのように刑事ものではないにせよ、そのパターンは同じという作りになっています。
また、登場人物も集大成にふさわしく、歌と劇中に出てくるスピルバンの父親に水木一郎氏、スピルバンの姉に宇宙刑事シャリバンで女刑事役のアニーを熱演した森永奈緒美さん、敵役にして女王パンドラには、特撮の女王である曽我町子さん。そして主人公であるスピルバンには宇宙刑事シャリバンのシャリバンこと伊賀電、巨獣特捜ジャスピオンではブーメランを演じた渡洋史氏を起用。
 
物語は基本的に勧善懲悪ではあるのですが、その中に家族愛を入れる事でそれまでの作品との差別化を図ろうとしていました。
 
スピルバンの父であるベン博士がワーラーにさらわれて、洗脳・改造されたのが、ドクターバイオというワーラー帝国のバイオ軍団を率いる幹部であったり、また、姉であるヘレンにも強制的に変身し、悪の戦士ヘルバイラになるように手術をされていたり、そしてそのことを知ったスピルバンの葛藤や、救おうとする努力など、今までのように単純に拘束されたりしていない事によるスピルバンの葛藤が描かれていたわけです。
 
また、時間という概念もつかった話も後半には良く出てきます。
 
例えば、ワーラーの子孫(スピルバンによってなくなった帝国から生き延び、細々と、何故か23世紀の東京で生き延びていた)を呼び寄せ幹部にしたり、何より、最終回で地球が実は…というまるでバルディオスのような話であったりと何でも有り!と言わんばかりの状況が作り出されていました。
 
 
これまでの作品では、いわゆるヒロイン(女性パートナー)は変身まではしましたが、彼女自身がスーツを着て戦うと言う事はありませんでしたが、この作品ではダイアナもスピルバンと同じ様に結晶(ハイテククリスタルスーツをまとう事)し、ダイアナレディとして戦います。しかも、後々、救い出したヘレンも同じ様に結晶し、ヘレンレディとして一緒に戦うのです。
 
そう、それまで一人であったのがいきなり三人にまで増えた、稀有な作品でもあるわけです。
 
しかしながら、最後の必殺技というのは、あくまでスピルバン一人のもの。それがツインブレードをつかった、アークインパルス。ワーラー帝国の雑兵キンクロンが数体出てきた際にも、それを一気にけちらし、敵に止めの一撃を加える演出が成された時もあったのですが、その格好良さは、今までのメタルヒーローの中では群を抜いています。
 
 
一応、ここでメタルヒーロー(同じ様な作風という意味で)は終了するわけですが、その後、仮面ライダーやウルトラマンに属さない東映特撮ヒーロー作品はこのカテゴリーに含まれていくことになるわけです。場合によってはそれが例えロボットであったとしても…なのですが、単純にそれ単体の作品カテゴリーでも良いような気がしなくもないのですよね。



 とある映画を見に行った時、その特報で「SPEED RACER」が流れていました。原題は「マッハGOGOGO」です。
 
マッハGOGOGOは、デジタル加工され、日本人である主人公がアメリカ人として放送された作品であります。日本ではそういうことはまずありえませんが、アメリカでは日本の作品を放送する際であっても、加工する場合があります。
 
あくまで正義の人はアメリカ人でなければならないわけですね。最近では契約の関係でそういう事も少なくなったようですけど(漫画の方ではまだまだありますけが…)
 
同じ様に、日本では単体で戦うヒーローをアメリカではあまり好みません。スパイダーマンのように単体のヒーローもいるじゃないかと思われるのでしょうが、スパイダーマンも決してその世界を一人で守っているわけではないのです。
基本的にアメリカンヒーローというのは、正義の味方が多数で広いアメリカを守っているとするのが正しいわけです。
 
そうなりますと、放送し終わった特撮のスーツや映像素材を貸し与える場合、不思議な現象が起きます。
 
まず、単体ヒーロー同士が仲間を組み始めるのです。今回レビューしているスピルバンも、まったく世界観の関係ないメタルダーと一緒に登場する事になります。VR TROOPERSがそうです。しかも、変身ヒーロー物なので、超人機=アンドロイドであるメタルダーまで強化服という設定になってしまうわけです。
 
もう一つ、面白い状況としては、内容がこなれてくると必ずパワーアップを果たすと言う事です。身体を鍛えるもしくは何かを装備するというわけですが、大抵は後者である場合が多いのです。
その一番の理由は玩具展開のためなのですが、こうしたパワーアップはそれ単体で発売される事が多く、既に前のバージョンを持っていたとしても、それに組み合わせるという、「二つの玩具があれば表現できるよ」というものではなく、「ほら、新しい方が強いよ」という売り方になるのです。
これでも売れてしまうのですから、日本とは土壌が違うと言う事なんでしょうね。
 
これまで長く続いている戦隊物のリメイク作品(もうすでにオリジナルと言っても良い出来ですが)「パワーレンジャー」は、かなりこなされており、まだまだ勢いが続いていく様子です。
CSでも見る機会がありますので、見ていますが、アメリカンコミックヒーローのような様子になってきたと思えますし、そろそろ、オリジナルのスーツでも出てくるのかもと期待できるようにもなってきました。
 
そうなると、日本&アメリカオリジナルの戦隊ムービーなどが作成できるようになるわけで、楽しみが増えていくなぁと勝手に思っているわけです。
 
最近の情報では「仮面ライダー龍騎」がリメイクされるらしいのですが、やはりそこはアメリカ。あのライダーバトルを行うのではなく、協力して敵を倒すという作品に仕上げるようです。恐らくはそれぞれのライダーは全く互いを認識していない、マーブルヒーローズのような関係ではないかと。
当然、ライダーになれば、その情報(もしくは感覚)で理解出来て、共闘するようになる。その間にはそれぞれの人間ドラマがあって…となるのではないかなと。
 
日本ではなかった戦闘員が出てくるわけですし、それは向こうのオリジナルになるわけですよね。
 
兎にも角にも、日本では少なくなってしまった勧善懲悪を良くも悪くも続けているアメリカンヒーローというのは、ある意味、本当に子供が楽しむためのエンターテインメントを追求していると言えるわけですね。
なんだかんだとリアリティを追求する方向性を日本は、何か斜になりすぎて考えているのではないのかと思ってしまうのです。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2008年05月17日

正しい事をしてください【「巨獣特捜ジャスピオン」(1985~1986年 テレビ朝日/東映/旭通信社)】

 今回ご紹介する番組の主題歌のサビに「俺が俺が俺が正義だ~♪」というくだりがあるのですが、当然、それはドラマの中だけの話。現実的に俺が正義だ!なんて事になれば歪が出てきて当然…なのですが、どうもそうではないらしい状況です。



 さて、今回は1985~1986年に放映されました「巨獣特捜ジャスピオン」です。

 ひとたび目覚めれば宇宙が滅びるという予言に記された、暗黒宇宙の巨神サタンゴース。その予言は現実となり、宇宙に存在する巨大生物・巨獣を凶暴化させ、宇宙を荒らし始めた。
惑星エジンに住む、宇宙の仙人エジンは銀河聖書に書かれた予言の通り、宇宙が荒らされているのを知り、自身の惑星に住むジャスピオンにサタンゴースを倒せと命じる。
 
大自然に育ち、大自然を愛するジャスピオンは、宇宙が得体の知れない悪に侵略されるのを黙って見ているわけには行かない。
 
エジンは自身の開発した強化装甲服メタルテックスーツに戦闘母艦ダイレオン、そしてサポート用の女性アンドロイド・アンリを渡した。画して、ジャスピオンとサタンゴースの戦いの幕が切って落されたのだ。
 
 
 いわゆる宇宙刑事シリーズが三部終了した後に、路線変更によって打ち出された最初の作品が、この「巨獣特捜ジャスピオン」です。
 
基本的には宇宙刑事ものとスタンスは変わりませんが、しかし、スピルバンの立ち位置はあくまで「刑事」ではなく、「ヒーロー」であるわけです。当時の記憶を掘り起こせば、確かに、マンネリ化し始めた宇宙刑事ものとは違った特撮物を期待する声もあったのですが、一方では、宇宙刑事ものを続けて欲しいという声があったのも事実。
 
その事を踏まえてか、後々、ギャバンから続く一連の作品を仮面ライダーやウルトラマンのように区分けするかの如く、メタルヒーローシリーズと呼ぶようになります。
 
さて、このジャスピオンですが、個人的な感想からしますと、「おぉ!影の軍団!」と思ってしまったわけです。
そう、この方、JAC(今のJAEの前身)に所属していた俳優さんだったのです。影の軍団も好きでしたので(一番好きなのは4なんですけど…と、その話はまた別の機会にでも)…。
 
通常、それまでのアクションというのはアクション専門の方がやるわけですが、この方たち自体がアクション得意ですから、迫力のある映像も顔をしっかり映しながら撮影できるわけです。それを見た子供たちは、まさに彼自身がジャスピオンだと思うわけですねぇ。
 
思えば、仮面ライダーも一号は実際にやってらっしゃったわけですし、ある意味、その系統をしっかりと受け継いでいる作品であるとも言えるのかもしれません。
 
もう一つ、俳優ネタで。実は、この作品で一番好きだったのは、なんと悪側の一人でありました。それは何故かといいますと、ダイナマンではダイナブラック、そしてゴーグルファイブではゴーグルブラックを演じていた春田純一氏がサタンゴースの息子であるマッドギャラン役であったのです。
そして、やっぱりカラーは黒。この方には黒が本当に似合います。
 
何故、好きになったのか。そのわけは人間体からの変身にあります。普段からサングラスをしている人間体のマッドギャランはジャスピオンが現れると、その正体を現すのですが、そのときにサングラスをサッと取る。すると、目が輝いて本来の姿に瞬転するんですよ。
もう、カッコイイったらありゃしない。
 
その黒いメタルスーツのような身体も、カッコよさを引き立たせているのです。
 
 
 物語としては、当初、サタンゴースに対して戦っていたジャスピオンでしたが、実はサタンゴースを完全に倒すためには、光打たれし勇者でなくてはならない事がわかります。その光打たれし勇者こそ、ジャスピオンであり、サタンゴースを倒す事が出来る唯一の存在であるとわかってきます。そして、ジャスピオンと同じように光に打たれた五人の子供、そして一人の赤子。計七人の光の子供たちが集う必要があったわけです。
ジャスピオンと、赤子を除いた五人は黄金の鳥を呼ぶことが出来、その黄金の鳥は巨大な黄金の剣へと変化します。それを手に取るダイレオン。ジャスピオンをダイレオンと共に、戦うのですが、しかし、やはり最後の一人を見つけ出さない事にはサタンゴースを倒す事ができません。
 
ですが、最後の一人…光に打たれし赤子は、意外な場所から姿を現します。それは地球自身がその危機につかわしたかのように…。
 
 
…と最後につながっていきます。
 
さて、最後にもう一つ俳優ネタで。実はこの作品には、この次の作品に登場し、また、宇宙刑事シリーズにも登場した俳優さんが出てきます。その方こと、渡洋史氏。インターポール所属の兄がマッドギャランに殺されたのをきっかけに、復讐を誓った一匹狼ブーメラン役で出ています。
 
まさか、この作品が終わると同時に、また見ることが出来るとは思いませんでしたけどね。



 道路特定財源。よく知られる事になった暫定法が10年延長されることになりまして、そのことに都道府県知事が紛糾していたのは記憶に新しいわけですが、当然、この暫定法。問題が全く無いわけではなく、むしろ問題だらけの話であるわけです。
 
その一番の問題は、やはり使い道。
 
結局、何の是正もされずに一般財源化を歩もうとしているのですから、そうなってくると道路以外にも使って良い=今までと同じで委細問題なしというお墨付きを与える結果になってしまうわけです。
だからこそ、道路族議員は何にも慌てていないのだろうと思うのです。
 
 
さて、同じ様な話で賑わっている(?)のが大阪府。
 
府知事vs市町村の対立が目立って放送されている中で、大阪市職員の大量処分の話は、正に暫定税の使われ方と同じ事であると思うわけです。
 
つまりは無駄遣い。
 
思い出すと、京都市職員の不正問題があったわけですが、これもある意味無駄遣い。同和出身者の選考基準も含めて、全く市民のためになっていないということになります。
 
 
ちなみに、京都市に同和出身者が優遇されているのは、あくまで無駄遣いとは異なり、市制における体質の問題です。というよりも、根性の問題と言うべきかも。
本当に情けないのは、そうして優遇されるべきと考えている方々と、見て見ぬ振りを決め込む役所の方々。
 
これは言ってしまえば人権問題。ですが、人権はあくまで権利。そして法治国家である以上、責任と義務を果たした上で、権利を主張するべきであるのに、それも果たさずに差別を語るとは笑止千万。むしろ、自分たちの主張が己が立場を危うくしている事を理解するべきでしょう。
 
歴史を消す必要はなく、事実を消す必要もなく、むしろ知らしめるべきは知らしめる事が大切ですが、それを持って結果、無用な金銭の利益を得るのであれば、それは正に無駄遣い。いいえ、その存在が無駄であるわけです。
 
苦労の歴史など、現状を省みて語るべきでしょう。役職に付くも仕事をせずに高級車を乗りまわして差別を受けてるとは言語道断。犯罪以外の何物でもないのです。
 
 
大阪市長は府知事に対して言いました。削減だけでは夢が無い。
 
ですが、現状の状況から考えれば、削減あって然るべきとしてもいたし方がありません。何故なら、これほどの処分を受ける状況であるわけですから、それだけ無駄に出費があったとするのが当然であるからです。
 
また綱紀粛正を考えれば、賃金返上、または削除もやむなしではないのでしょうか。
 
そうした予算の切り盛りを経て、なお、予算の削除をされる事が苦しいのであれば、大阪府知事も無情な政はされないのではないのかと思うわけです。
 
 
何にせよ、大阪市、京都市だけの問題ではなく、こうした状況は全国で行われているのは容易に想像できる話です。北海道夕張における財政破綻をみればわかるように、また、日本の借金を考えればわかるように、本当に必要であるのは、無駄遣いに対する実直な対策と対応です。
 
その上で必要な予算を要望するのは仕方が無い話なのでしょう。もちろん、それにも精査する必要はあるのですが。結果的には嘘偽りのない政が必要なのは当然の話なのですが、そう指摘しなければならない事が残念でならないわけです。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2008年03月31日

予防の責任は警察にある?【「宇宙刑事シャイダー」(1984~1985年 テレビ朝日/東映/旭通信社)】

 最近、残忍な事件が多いわけですが、どうにも警察の責任ばかりを追及しているようで、何ともはやと思うわけなのです。
 
確かに警察が犯人を追いかける、この部分に関しては問題ない話ですが、実のところ、警察組織は「予防のために存在しているわけではない」のです。



 さて、今回は1984~1985年に放送されました「宇宙刑事シャイダー」です。

 地球で考古学を専攻していた沢村大は、銀河連邦警察からスカウトを受け、バード星で訓練を受ける。その頃、不思議界フーマが銀河系宇宙を次々と消滅させる事件が勃発。銀河連邦警察は訓練生すらも動因せざるをえない状況となる。
 
そうした中で地球もフーマに狙われている事を知ったコム長官は、沢村大にシャイダーのコードネームを与え、地球警護の任務に就かせる。同じ訓練生のアニーと共に、バビロスを駆って地球へと赴く沢村大ことシャイダー。
 
その敵である不思議界フーマは大帝王クビライが率いる集団で、かつてはムー帝国の帝王であったという。
 
コンバットスーツを焼結し、地球を守るためにシャイダーは戦う。
 
 
宇宙刑事シリーズの三弾として登場したシャイダーは、それまでの作品とは大きく違う事で知られています。
 
その一番は、それまで主役級の人物をアクション俳優から起用していたのですが、このシャイダーでは一般俳優をオーディションで選択したのです。しかもその俳優は東映にとってはライバルである円谷の御曹司。これは当時の特撮ファンの間で話題になったものです。
 
確かに、それまでのギャバン、シャリバンとはアクションの質がどうしても落ちてしまいます。
 
しかしこれは、意味のあることで、実はギャバンのシャリバンもみっちりと訓練をこなして任務についているのに対して、シャイダーは訓練生で任務につかざろうえなかったのです。それは未熟な部分があっても仕方がない話。そこがかなりマッチしていたと言える作風でありました。
 
ですが、では今までの作品と違い迫力がないのかと言えば、それは違います。やはり一年一年の積み重ねでココまで来ているのですから、それまでの作品を上回る迫力を出していました。
 
何より、その不思議な感じを出すために音楽がすばらしいものでした。
 
不思議ソング。ダラスゥテトゥルサラ、シギシギシギシギ♪で始まる音楽はまさにシャイダーの敵、不思議界フーマの世界をよく表現していると思います。一度聞いたら結構耳に残りましたし。
 
また、最終話(正確には特別に組まれたおまけの一話)にはギャバン、シャリバン、シャイダーの三役揃い踏みによる、変身~口上までをやってくれたというものがありまして、それはゾクッとくるぐらい嬉しいものでしたが、同時にそれで終わりという寂しさもあったものです。
 
 
この作品を最後に宇宙刑事シリーズは以後作られていませんが、メタルヒーローシリーズとしての枠を作り出していく事になります。そのきっかけとしての三作品は、後の特撮作品にも大きな影響を与えたものであるとも言えるわけです。
 
ちなみに、この宇宙刑事に使われているメタルブレードの音楽や演出はその後のアニメ作品にもインスパイアされている事が多く、それだけ印象に残るものであった事がうかがい知れるわけです。それだけ格好良かったのですから当然といえば当然でしょう。



 警察の存在はあくまで、起きてしまった出来事の後処理であり、その本来の目的と思われている予防ではありません。予防はあくまで一人一人が行うものであり、その責任は全てその私たちにあるわけです。
 
例えば、警察が予防の組織であった場合、私たちの生活に自由はなくなります。何故なら、彼らの主観において危険と判断されたものを監視するようになるからです。誰も危険なものを向き身で持ち歩くような事はしませんし、何かを企んでいる人がそれを公言するなどありえません。
 
つまりは、誰もが怪しく見えるようになってしまうと言う事です。
 
となれば、結果的にそれは国家としての束縛になります。これが予防というものです。危険であろう事を危険がないように予測するとうのは人では不可能な事です。だからこそ、事件は起こります。こうした予測不可能な事を警察に任せるわけにはいきません。というよりも、警察だって困ってしまうわけです。
 
当然、何かしらの問題が起きた場合には警察が動くべきですし、それが予見される事であれば真摯に受け止めるべきなのでしょう。
 
そのためにも、警察に対しての情報提供は必要になってくるわけです。
 
ところが、その昔にありました向こう三軒両隣は、今となっては個人情報の保護に劣ってしまっているために、隣は何をする人ぞというものに変わってしまいました。
 
こうなると、例えば潜伏している逃亡者にとっては都合が良くなってしまいます。これを予防してくれ…というのは無理な話ですね。
 
せめて隣が何をしているのか、ぐらいは知っておくべきなのでしょうが、隣人トラブルにもなりたくないという事から敬遠してしまうのも仕方が無い話なのでしょうか。
 
結局、危機回避の基本は自分で身の回りをよく観察する事、これに尽きるのかもしれません。しかしながら、相手を最初から疑ってかかるのも寂しい話です。それは逆に言えば自分が疑われている可能性があるという事。
 
そんな疑いの眼差し同士で笑顔を作っても、可愛く見えるはずないのです。だからこそ、相手を疑わないようにそして自分も疑われないように生活をしていく必要がある…結果的には道徳のような話になってしまうと言う事なのでしょう。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2008年02月02日

立ち向かうべきは何か【「宇宙刑事シャリバン」(1983~1984年 東映/テレビ朝日)】

 昨年における漢字一文字が示す虚偽は、恐らく、その企業が恐怖に立ち向かわなかった結果であると思うわけです。それは企業成績の不振における恐怖…しかし、それを見せないための虚偽は結局、信用の不振になったわけです。
 
本当に立ち向かわなければいけなかったのは、経営者が持っていた自分自身への弱さであったのではないのでしょうか。



 さて、今回は1983~1984年に放送されました「宇宙刑事シャリバン」です。

 宇宙犯罪組織マクーとの戦いの最中、当時地球に派遣されていたギャバンこと一条寺 烈は、森林パトロール隊の伊賀 電を助ける。彼は恐るべきダブルモンスターに果敢に立ち向かい、負傷を追うものの、バード星で治療を受ける。その際にその勇気をかわれ、宇宙刑事へのスカウトを受ける事になる。
 
ギャバンによってマクーの脅威がさり、そして、月日が流れ、伊賀 電はコードネーム「シャリバン」として地球に帰ってきた。それは、新たなる戦いの幕開けとなった。
謎のエスパー軍団・宇宙犯罪結社マドーが地球を狙っていると言う情報が銀河連邦警察に入ってきたのだ。その担当としてシャリバンが選出されたというわけである。
 
そんな戦いの中、シャリバンは自分の秘密を知る事になる。それは、シャリバン自身がイガ星の出身であり、そのイガ星もマドーによって滅ぼされたと言う事であった。
 
そして、シャリバンはマドーの壊滅とイガ星の復興を誓うようになった。
 
 
宇宙刑事シリーズの第二弾として登場した本作品は、その前作より登場の気配を散らばらせるように演出をしていたのが印象に残ります。それまでの負傷者はバード星に送りませんでしたし。しかし、伊賀君だけは特別待遇であったのが、不思議であったわけですが、なるほどというのは、ギャバンの最終話近くにはたと手を打ったものです。
 
この作品で印象に残っているのは、OPの夜の風景、コンバットスーツの赤、そして赤射の難しさです。
 
ギャバンもそうですが、コンバットスーツを召喚の際、その一連の動きは残像処理されるわけです。その動きを画面で毎週見ているわけですが…結構難しい。右腕が、左、いや体の動きがこうで、などとやってみるものの、まるであや取りが絡まるように出来ないのです。その当時、それは大変悔しいものでした。何故なら、特撮の変身から決めポーズまで、おおよそ理解できている時代に、それがわからないものがある。それが悔しくてならなかったのです。
 
未だに、シャリバンの赤射を見るたびに目を皿のようにしてみる癖がついているのです。
 
物語としては、実はシャリバン役の渡洋史氏が後にメタルヒーローとして主役を張る、スピルバンの印象が強く、よく覚えていないというのが本当の所です。しかし、最後のギャバンとの共闘は先輩後輩のダブルヒーローが出てきた=仮面ライダーの最終回と被り、燃えた記憶があります。
 
同じ時間軸で活躍しているヒーローなのですから、共闘して欲しいというのは、やはり燃えるシチュエーションなのですよね。また前作であるギャバンからの良い意味でのマンネリズムも、このシリーズでは大切な要素の一つであったと思うわけです。



 偽装というものは、その昔からよく特撮において使われた、悪の組織が世の中を混乱させる手法でした。その大半は、資金の獲得もしくは組織への介入であるわけですが、現実問題においては、見栄から来るものがほとんどのようです。
 
そうした見栄が結局、自滅への道へと向かうわけですが、それも時と場合に寄りけりなのかもしれません。食品に限っての事かもしれませんが、老舗であればあるほど、その偽装に対する存在が消えることを惜しむようです。その証拠に、老舗料亭がそのトップを変える事なく開催した時も、それを待ってましたとばかりに客が殺到したわけです。
 
ここが少し思考の足りない所ではないのかと思うわけです。
 
一体、それまでにどのような発言があったのか。またどのような態度・対応をしてきたのかをしっかり見ていたのでしょうか。見ていれば、決してトップの変わらない状況である状況をそのまま迎える事はしないと思うのですが…。
 
何にせよ、こうした風潮は企業の体質と共に是正するべき事ではないのかと思うわけです。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2007年08月26日

連作の連続性【「宇宙刑事ギャバン」(1982~1983年 テレビ朝日/東映)】

 番組における連作というのがあります。機動戦士ガンダムや、仮面ライダー、ウルトラマンはその代表例というものでしょう。こうした子供向け作品には一つの通例があります。それは連作は3つまでと言うものです。

例えば機動戦士ガンダムはガンダム、Zガンダム、ガンダムZZ。これでテレビ枠を一括りとします。今回紹介しているギャバンもその後にシャリバン、シャイダーですし、アニメに戻りますが、エルドランシリーズもやはり三作がテレビで放映され、最新作と呼ばれるのは別媒体での紹介に留まりました。

 これはいわゆる二番煎じ以降の玩具展開の問題が絡んでくるわけです。つまり、最初の作品は売れるかどうだか試してみよう。二番目は最初の勢いもあるから売ってみよう、三番目は最後の力を振り絞って売ってみよう。大まか、こんな感じでしょう。

確かに、三作品以降で売れた作品などウルトラマン、仮面ライダーでも難しい話でありました。あれだけ人気のあった作品でも難しいのです。スポンサーとしてのメーカーが挑戦しずらいのも当然の話なのでしょう。


 さて、今回は1982~1983年にテレビ朝日系列にて放送されました「宇宙刑事ギャバン」です。

 広がる大宇宙。そこには地球では考えならない恐るべき犯罪者集団も数多く存在する。それを逃さず、宇宙に平和をもたらす為に奮闘するのがバード星に本拠地を置く、銀河連邦警察である。そこに所属するギャバンは地球担当という事で、地球へと一路向かっていた。だが、その地球に恐ろしい魔の手が迫っている。

宇宙犯罪組織マクー。首領であるドン・ホラーの元、様々な惑星の様々な資源を強奪し独占するために暗躍する組織である。

それを防ぎ、地球を守り抜くためにギャバンの戦いは始まったのだ!


 大変、単純にして明快なヒーロー物ですが、今までと異なるのは、やはり吹き替えを多用していないという所ではないのでしょうか。それまで(というかこれが主流ですが)ヒーローには人間体と着ぐるみ体がおり、気ぐるみ体にはアクション専門の吹き替えの方が、そして、人間体であっても危険な場合はやはり吹き替えの方が演技していらしたわけですが、一番の問題は、やはり吹き替えでは表情が撮れないという事であります。

着ぐるみはいざ知らず、人間体ではやはり出来るだけ主役となる役者さんの表情まで撮ってみたいもの。それまでのタブーを打ち破るようにこの作品では数々の挑戦が始まりました。

爆発などは当然の事、鉄橋でのロープワーク、車のスタントアクションもこなしました。その結果、主役である一条寺 烈は間違いなく、人間体でもヒーローになった数少ない主人公となったのです。

過去、こうした例は最初の仮面ライダーが記憶としてありますが、一番恐ろしいのはやはり怪我である事も同時に教えてくれた作品であります。幸いな事にギャバンはそれほど大きな怪我もなく順調に進んでいった作品であります。それはスタッフの方にとっても良い経験を与えた事ではないのでしょうか。


 以降、この作品を皮切りに宇宙刑事として三作品、メタルヒーローとしては更に続編を作っていく事になります。それまでの仮面ライダーやウルトラマンなどとは違う、新しいジャンルを開拓したと言う点でも画期的な作品であるのは間違いない話なのです。

ただ、昨今の作品にはこれに連なる作品が出てきていないのも事実。正直、渇望する声があるわけですが、やはりこの作品もあくまで玩具があっての物。スポンサーとして強力にして協力的な方が出てくれば復活もされるとは思うのですが…。


 ある意味、最初が完全なオリジナル作品とすれば、二作以降はそのパロディと言っても差し障りありません。問題は、それをどこまでオリジナルとして見せれるのか…という話になっていたのは相当昔の話です。ギャバン以降に関しては、むしろ、系列作品としてみせる努力をしていました。

基本的に一つの作品は一年で終了するのが普通です。番組もその方向性を持って制作されます。しかし、人気があるのであれば、それは商売のチャンスであり、そこで止めるのはもったいない話です。

そこで、チャレンジしたのは物語の連続性というものです。例えば、作品の最終回、もしくはその付近に新しいキャラを登場させる。それは次回作の主人公であった!という感じの演出をするわけです。すると、視聴者の目には、まだ続く物語の延長に見えるわけです。これは見事にヒットしました。未だに、そのパロディが各所で使用されているのがその良い例なのでしょう。それだけ印象に残る作品に仕上げれたわけです。
(最近ではケロロ軍曹にもそのパロディが出ていますね)

案外、めちゃくちゃな状況になりやすい連作物を、こうしたもの覚えの良い作品にまで仕上げたスタッフの方々には本当に脱帽します。こうした所にプロの意気込みを見てしまうのです。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

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