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2008年11月15日

身近にある万魔殿【「ドルアーガの塔」(1984年 ナムコ)】

 古今東西、様々な悪の巣窟があるわけですが、それは決してお話だけの存在ではないのです。



 さて、今回は1984年に発売されました「ドルアーガの塔」です。



 IN ANOTHER TIME. IN ANOTHER WORLD...
THE BLUE CRYSTAL ROD KEPT THE KINGDOM IN PEACE...
BUT THE EVIL DEMON DRUAGA HID THE ROD AND THE MAIDEN KI IN A TOWER...
THE PRINCE GILGAMESH WORE GOLD ARMOR AND ATTACKED MONSTERS TO HELP KI IN THE TOWOR OF DRUAGA.
 
悪魔ドルアーガ…その姿は濃緑にして四対の腕と四本の脚。目は複眼にして黄金の輝きを持ち、口は顔の両端にまで裂けそこから牙を除かせている。だが、その姿が本当にそうであるのかは定かではない。ある勇者の前にあっては魔法使い、ある勇者の前にあっては龍、そしてある勇者の前にあっては騎士の姿で現れたという。
 
その姿を暴くためには、聖なりし防具、剣そしてアイテムが必要となる。それは、ドルアーガの存在する塔に隠されているという。
 
勇気を力にする黄金の鎧をまといギルは、その勇気を力に変えて塔へと入っていく。其処に待ち受けるだろうモンスターたち、そしてドルアーガの力で邪悪な意思を植えつけられた聖龍クオックスや騎士たち。
さらには、封印するために入っていったカイを助け出し、そして聖なる光を放つブルークリスタルロッドも確保しなければならない。
 
ギルはその試練に打ち勝つ事が出来るのか。そして、最上階に何があるのか…それは、その場所に行く事でしか解けない非情な謎であった。
 
 
ある意味画期的な、ある意味非道なゲームとして知られるドルアーガの塔です。
 
それまでのゲームは終りがありませんでした。永遠にループをし、残機数がなくなるまでゲームできるという代物であったわけです。
カンストと言う言葉があるのですけど、その意味するところはカウンターストップ。例えば点数であったり面数であったり。それをマックスにすることが一つのステータスであったわけです。
 
ところが、そのゲームシステムと異なるものが、このドルアーガの塔でした。
 
ドルアーガの塔には明確なゲーム目的があり、その目的を達成するとそこでゲームが終了するシステムを採用していたのです。その目的とは悪魔ドルアーガを倒し、そしてカイを助け出してブルークリスタルロッドを最上階に掲げる事。
ですが、それが非道なゲームであるといわれた原因でもあったのです。
 
このゲーム、RPG的要素を踏まえたもので、ゲーム中に出てくるアイテムでパワーアップをしたり、パワーダウンをしたりします。その効能は獲得してみるまでわからないのではなく、大半は獲得してもわからないものなのです。
しかも、最終的にドルアーガを倒すのに必須となるアイテムがあるのですが、そのアイテムも明記されていないのです。
 
トドメに、そのアイテムに関する事で最も非道な事と言えば、アイテムが入れられている宝箱の出現条件は、プレイヤーで探し出しましょうというものでした。
 
ゲーム発売当初、即ちゲームセンターに設置当初にそのような事がわかるはずもありません。多くのプレイヤーが途中で挫折したわけですが、その情報をいち早く全国に知らせたのは電波新聞社のマイコンBASICマガジン…略してベーマガでした。
其処に載せられた情報によって全国のプレイヤーが、いわゆる解き方を競い合うように研究していったのです。そうした経緯の中には、他のプレイヤーが盗み見しないように、ダンボールで画面を隠すゲームセンターも出てきたほどです。
 
最終的にはその攻略法が世に出回ったことで、一応の解決を見たように見えました…が、問題はその出現パターンを覚える事ができないという事です。
何せ、ドルアーガの塔の階数は全部で60階。その中から必要なアイテムを覚えるというのは、無理と言うもの。結果的に、メモ帳を作ったり、ゲームセンター側が用意したりと言う、ある種のお祭り騒ぎであったゲームと記憶しております。
 
 
その後にファミコンやPCエンジン、パソコンにも移植され、そして今ではオンラインゲームやアニメ化までされたわけですけど、その当時よりメディアミックスはされていたゲームでもありました。
今では名称としても見当たらないゲームブックス。ナムコが家庭用として出す際に使用していたナムコットのブランド名で出されていたボードゲームもありました。また、大阪で開催された国際花と緑の博覧会において屋外型施設として作られたこともありました。
 
時代を経ていくと、その姿を何かに変えて展開していくドルアーガの塔。この先、まだまだその姿を変化させていくような気がしてならないわけですが、どのようになるのでしょうか。楽しみな事です。




 何かとんでもなく、限りなく黒い訝しげな場所の事を万魔殿(パンデモニウム)と呼称しますが、決してこれは異次元や魔界の話ではなく、現実世界の話。しかも、身近に存在する場所に対するお話です。
 
というのは、昨今の税金に対する政治家や役人の対応がどうなっているのかという事。
 
例えば裏金問題。これは日本全国で勃発している問題で、使い切らなければならないというおかしな理論から来ているものです。別に税金を使い切らなければ、それで次回の予算に廻せば良いだけの話。
使い切っていないのだから予算いらないんでしょ?という話もおかしなもので、状況と言うのは日々刻々と変化するものです。
 
要するに現場を何も見ていない典型的な事柄がこうした問題を引き起こしてるのは明白。
ソレに繋がるのは、岡崎の洪水における話でしょう。市の設備でありながらも水門の整備を全く行っていなかった。別に現在の方だけが問題なのではないのは当然ですが、それまでの市制が問われるのも当然の話なのです。
 
また、ダム問題もこれに類する話になるのでしょう。
徳山ダムなどその典型的例かもしれません。実際に見てきたわけですけど、広大なダム湖の役割として大きいといわれる川の氾濫の防止。少なくとも十年以上は揖斐川で川の氾濫など起こっていないはずです。それよりも、そのダムが出来た事による揖斐川の水位が下がった事による問題は、大きいのではないのかと危惧しております。
 
東海において長良川に代表される鮎漁。揖斐川でもやながあるわけですが、本当に鮎が帰ってきたのか心配になりました。
 
有明海の水門の問題もそうですね。
当初の予定では農地確保、それが工業用用地と用水確保、最終的には防災となりましたが、その結果、希少な財産を多く失う結果になりました。
 
結果的にこうした使わなければいけない、やらなければならないとする背景には何があるのでしょう。それは利権です。何かしらの徳を見出せるからこそ、躍起になっているだけです。
戦後から数えて六十数年。これ以上の公共事業が本当に必要であるのでしょうか。当然、中には必要としている場所も当然あります。ただ、その計画がそのままでも資金が回収できるのかという問題も孕んでいるのは間違いない話です。
 
高速道路などはその典型的な例でしょう。無料化をするために料金徴収を行っていたはずが、結果的には無料化できない状況になっています。それは補修などの費用の徴収が必要になっているからだとしています。本当の所はどうなのかわかりませんが。ガソリン税の二重徴収とも言われる暫定税率の問題もありますし。
 
九州地区には新幹線…いえ、高速道路すらも通っていない。それどころか、道路整備の面から見ても、決して利便性が高いというわけでもない状況であります。山間部というよりも、都会から遠く離れた場所、もしくは行きにくい場所における観光地ではない場所、そこは率先して省かれてしまう場所なのでしょう。
むしろ、そうした場所には公共事業は必要であると思っています。ですが、いつまでも公共事業があるのかと言われれば、それはあり得ないと答えるべきではないのでしょうか。
 
公共事業に頼っている建設企業があります。私からすれば、何故?と疑問を投げかけたくなるわけです。
そして、現状における公共事業の削減に嘆いています。何故?それは先が見えていないだけの話ではないのでしょうか。
 
こうした返答における内容として、公共事業がなければ食っていけないという話があります。おかしな事です。公共事業をする場所は公共…つまり、国民が利用するための物としての建設事業です。それを成しただけでは意味がなく、そこから利用することによって資金の回収が出来る目処があってこその公共事業でなくてはならないはずなのです。
ところがそうではなく、困窮している人たちのためだけの公共事業がなされているようにしか思えないわけです。これは国もしくは地方の役所の有り様に問題があるとしか思えません。
 
本来、そうした人たちにおける支援で必要なものは、国の事業に頼らないものでなければならないはずです。それが自立支援としてあるべき姿なのです。となれば、国や地方の役所がするべきことは、その地方における状況を把握し、支援するための税金や人材の投入と精査でなければなりません。
最近では地産地消を謳っておりますが、公共事業に肩入れしている地域、その地方に誇れるものがあるとでも言うのでしょうか。
 
万魔殿は悪徳と背徳に塗れた負の象徴として言われるわけですが、問題は「ソレがあるからこそそうなっている」のではなく、「そうしてしまったからこそそうなった」という考え方の変化ではないのでしょうか。
つまり、それは税金の使い道にもいえる話であり、「使わなければもらえない」とするのではなく、「使わない状況を実行してみた」「今回は大丈夫、でも次回は異なる」「どうしても必要になる部分がある、そのためには必要となる」といった、その意味の中にくくられてしまっている様々な状況をしっかりと見聞きし考え実行する責任が必要ではないのかと思うわけです。
 
足りないものは覚悟と責任。日本における美徳といわれたその二つであるのは間違いない話なのです。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2008年06月07日

ばら撒かれる爆弾の必要性【「スカイキッド」(1985年 ナムコ)】

 このサイトでは先に何をレビューするのかを決め手から、上下にある文章を考えます。今回選択した作品は何が特徴なのか…今の世情にも照らし出して考えていくのですが、中々難しいものであったりするわけです。
 
で、今回はどうするのか…本当に悩みました。結果的に…続きは下段にて(逃



 さて、今回は1985年に発売されました「スカイキッド」です。

 バードランドに住む若き飛行機乗り、バロンとマックス。彼らは愛機に乗り込み、敵を倒しまくる!中には基地、巨大飛行艇、母艦などがあるが、途中で補給される1発の爆弾で見事沈めるのだ!
バードランドに平和を!
 
 
強制横スクロールシューティングで、操縦する機体は基本的にゆっくりと動くようになっています。上下ではそれぞれ、機首を上下に動かしながら動きます。メインの武器は機関銃ですから、機首の方向へ真っ直ぐ飛びます。その距離は短いのですが、それは相手も同じ事。
 
その機関銃で戦車や飛行機を倒しながら画面を進んでいきます。
 
このゲームの最も特徴的な動きは宙返りでしょう。敵の弾を宙返りでかわしたり、また、相手の後ろを取ったりと戦術としてはかなり重要な動きです。
ただし、爆弾を補給すると、宙返りボタンは爆弾投下ボタンへと変わりますので、目標撃破までは基本的に我慢する必要がでてきます。
 
また、敵の弾に当たると急降下していくのですが、それを何回かは回避できます。レバーを上に上げながら、ボタンの連打!連打!連打!あまり打ち落とされてしまうと、それも出来なくなり地面に激突、一機失う事になります。
 
最終面に待ち受けるのは巨大戦艦。これを見事に倒してクリアとなります。もちろん失敗すれば、残機は減ります。
 
 
それぞれの面、開始時のダッ!ダカダッ!ダカダッダダガダガダッダッピー--ッ!という音楽が印象的なゲームです。ドット絵ながらも、その可愛さはしっかり伝わってきます。ゲーム難易度的にはかなりシビアなんですけどね。
 
思うに、こうしたゲームが出てきたとしても、それほどの売上げが上がらなくなった時期ではなかったかと。その理由は発売された枚数です。
 
大小関わらず、ゲームメーカーと称する所が、ソフトを有象無象に出していた過渡期ではないでしょうか。出せば売れる。そこに現実問題として、ゲームバランスもしくはキャラクター性が求められた時期でもありました。そして、ゲーム自体が大型化の時期に向かっていた時でもあります。
 
こうしたテーブルゲームより、よりダイナミックに動く筐体が徐々に出てくるわけで、平面の世界から立体の世界へ向かうはしりであったとも言えるのかも知れません。
 
また、この時期、画期的な家庭用ゲーム機が発売されました。任天堂のファミリーコンピュータ、通称ファミコンです。
スカイキッドが発売される二年前に発売されていますから、この時期のファミコンは業務用ゲームの天敵であった事がうかがい知れます。
それまでゲームセンターにいかなくては遊べないゲームが家庭用として次々移植された時期でもありました。
 
ナムコも例に漏れる事無く、この年より、本格的に参入する事になったのです。
 
 
ちなみに、スカイキッドもファミコンに移植されました。それはこの業務用が発売されて、なんと一年後1986年の事であったのです。



 というわけで、逃げられなくなったので、話をば。無いわけではなく、よく知らない内容なのでどう話せば良いのかを悩んでいる次第なのです。
 
というのは、爆弾のお話。先ごろ日本も支持を表明したクラスター爆弾の事です。
 
クラスター爆弾は、親爆弾の中に、無数の子爆弾を仕込みまして、投下後にそれが胞子を飛び散らせるように子爆弾を撒き散らして広範囲に目標を破壊する兵器です。この規制に動き出した原因というのが、仇名のように言われている「空中地雷」。つまりは不発弾の問題なのです。
 
世界の紛争地域で問題になっている地雷。それは人を殺すのが目的ではなく、むしろ負傷させ、そこに人員を裂かせる目的の兵器でもあるわけです。安価で製造でき、しかも除去するにはその何万倍もの高額な費用がかかる事、それ以上に敷設した場所が特定できないために、結果的にそこの場所に住む民間人に多大な被害が出ているわけです。
 
同じ事が、クラスター爆弾も同じ様に子爆弾の不発弾が地雷のようになってしまう事が問題となっているわけです。
 
日本もクラスター爆弾を所持しているのですが、当初はより改良され不発弾の割り害が低くなったものは除外するべきだと言う立場をとっていました。それはアメリカに対しての発言であったわけですが、問題は、割合が低くなったというだけで、完全に0ではないという事です。
 
日本にも、未だに不発弾があり、その処理には大変な労力が必要なわけです。それでも、60年前の代物。もしかすれば、いまだ沢山の不発弾が足元に埋もれているのかもしれません。
しかし、60年の間に日本は経済成長の名の下に、区画整理や宅地開発を進めてきた日本では、おおよそむき出しの不発弾を見つけるのは、まずありえないのでしょう。
 
ですが、そうした状況が世界には数多くあるわけです。
 
人は作物を育てたり、酪農をしながら食物を得ていく必要があるわけです。それには広大な土地が必要であるのは言うまでもありません。しかし、その必要な土地が、地雷やら不発弾にまみれているわけです。
日本のある企業では、爆発物の撤去からその後の作業まで使うことのできる重機の開発を今もしているそうで、それが活躍しているわけです。
 
大変に有意義な活動であるのと同時に、そうした重機が必要のないように、地雷となるようなものを作らないようにするのは必要な事であるのは当然なのだと思うのです。
少なくとも、そうした兵器は想像だけで終わらせるのみに留めるだけの自制心も必要であるとも思います。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2008年04月26日

競争を闘争にしないで【「ドラゴンバスター」(1985年 ナムコ)】

 人の心に魔物が住む…。
 
…と、その昔何かで読んだか聞いたかした記憶があります。本当に昨今の状況は、そう言えるのかもと思えるほど、世の中がざわついております。
日本もその渦中に巻き込まれていくのでしょうか。



 さて、今回は1985年に発売されました「ドラゴンバスター」です。

 主人公のクロービスがドラゴン山までの屋敷や山の中にある洞窟などを潜り抜けて、ドラゴンを倒し、お姫様を救うという横スクロールのアクションゲームです。
 
 
このゲームにめぐり合って最初に驚いたのは画面のきれいさ、そして音楽の多彩性でした。
 
レバーでジャンプすると言う部分になれるのに、時間がかかったのは仕方がない話なのですが(当時のゲームで8方向レバーになっていないテーブル形も多くあり、四方向型ではスムーズにジャンプしたり、かぶと割りなどの技を駆使する事が難しかったのです)、それでも繰り返しプレイしたのは、パソコンゲーム並みの楽しさがそこにあったからなのでしょう。
 
当時のテレビゲームの主流はパソコンでした。
 
色数が少なかろうと、音楽が乏しかろうと、ドットが荒いとしても、その画面から醸し出される雰囲気はプレイヤーを引き込むのに十分な要素を含んでいたのです。当時の業務用テレビゲームは、どうしても時間をかけてプレイするものから、如何に短時間に楽しめさせかつ、プレイを繰り返させるかという部分に移行し始めた段階でしたので、1コイン長時間プレイに命をかけていたプレイヤーが離れ始めた時代でもあったのです。
 
しかし、そうしたプレイヤーよりも新たなプレイヤーを獲得できた一番の要因は、やはり敵キャラクターの多様性・多彩性から来る戦略の重要性であるのでしょう。
 
それまでは攻めるというのは撃墜させる、逃げる場合にはとことん逃げるという二分された要素であったものに、自分の手持ちの武器や体力、そしてマップや敵の強さなどを加味した戦略的撤退まで視野に入れたゲーム性が出てきた最初の業務用ゲームではないのかと思うわけです。
 
もちろん、ゲームとして逃げるばかりでは先に進む事は出来ません。必ず、強敵と戦う必然があり、ここには如何なる戦術を用いるのかが決め手となってくるわけです。しかし、手持ちの武器で少なからずドラゴン用の必殺技おいうのがありますから、それを如何にドラゴンで使うようにするのか…言い換えれば、例えば中ボスであったとしても、本来の相手ではないモノに使わないようにするには…本当にこれだけで攻略記事が数ヶ月に渡って掲載できた時代でありました。
 
 
不思議なのは、クロービスの助けに行くお姫様。
 
幾つかのアイテムを獲得できれば、お姫様は助ける事が出来ます。でも、そこでクロービスの戦いは終わりではありません。また、さらわれたお姫様を助けに行く必要があるのです。その際にお姫様は衣装をどんどん変化(と言っても3~4種ほどでしたが)させていきます。
 
一体、何をしていたのでしょうかね?
 
ちなみにアイテムが揃わない場合は、お姫様は別のドラゴンにクロービスの目の前でさらわれていきます。
 
 
…そうです。実は、このゲームに勝利はありません。確実にクロービスの死亡=敗退で終了する哀しい物語でもあるのです。



 本日、北京オリンピックの聖火リレーがありました。が、なんでしょうか、あの騒ぎは。何のための聖火リレーであるのかわかりません。
 
聖火が悪いわけでも、オリンピックが悪いわけでもなく、それを国家掲揚であったり、人権問題であったりと政治に絡めるのが間違い…と言いますが、それは無理な話でしょう。何故なら、オリンピックで勝ちを取った人には、悠々自適の生活が待っているとする国が存在する以上、そこに国としての威信=国家間の争いが全くないとは言えないからです。
 
その昔…といいましても、本当に昔は民間からも参加の意志があれば参加できたのが、オリンピックであったわけです。
 
しかし、現状ではそうではありません。国の代表…これが平和の祭典として成り立っていると言えるものなのでしょうか。本当にこれが争いの火種にならないとは言えない。その事を、今までの歴史も教えてきてくれたはずなのですが…。
 
スポーツには国境は存在しません。プレイする選手に国境を課したのは、国そのものです。ただ、強い選手と正々堂々戦いたいという願いを踏みにじる権利など、どの国にもないと思うのです。
 
 
話がそれますけど、魔物と言う事で、記載し尚且つ今日あった出来事なので、これを記載しましたけど、思えば、Gガンの方がしっくり来る内容であったのかも。
いよいよ本番のときには…いや、それはまたそのときにでも、考えましょうかね。
 
 
でも、本当に全世界の選手が、その力を完全燃焼できるように、全ての人がバックアップをして上げれるように、世界をする必要があるのだなぁと思った出来事です。
 
今でも戦争が起こり、飢餓があり、病気に苦しみ、経済に苦しみ。
 
日本でもありえない自体が起こっているのは周知の通りです。日本だけが苦しいのではありませんが、しかし裕福であるわけでもないのです。世界を是正するあたり、戦争放棄を完全に成し遂げるにあたり、日本の役割は決して小さいものではないとも思うのですけどね。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2007年10月07日

逃げ得などあっていけません【「妖怪道中記」(1987年 ナムコ)】

 角界、正解もそうですが、最近の情報を聞いておりますと、罰が当たるのではないのかと思ってしまいます。しかし、その罰も下される機会がどうにもなさそうです。神様もそんなアホらしい事に付き合っている暇がないと言う事なのでしょうか。

冗談はさておきまして、こうした問題が起きている状況の中で、流石に政府も…いえ、議員も何かしなくていけないと言う状況になってきたようです。ですが、その議員というのもどういう動きなのかわからない状況ではありますが…。


 さて、今回は1987年に発売されました「妖怪道中記」です。

 妖怪という題材でしかも、罰を当てた少年に自分の運命を決めさせる…そう記載すると何だか最近のホラー物のようですが、画面を見ればなんて事はないコミカルなゲームが妖怪道中記です。

画面の半分は自分の位置やメーター、アイテムなどが表示され、残機性ではなく体力性でゲームは進行していきます。

大変にいたずら好きであった「たろすけ」はその天罰として地獄に落とされてしまいます。そこから裁きの間を目指して妖怪どもと戦いながら進んでいきます。地獄の沙汰は金次第。そう言われる様に、この地獄においても金は様々な場所で利用できるようになっており、基本的には、敵を倒すもしくは落ちている金を獲得する事によってアイテムを購入できるようになるわけです。

たろすけの武器は気合弾。レバーを下に入れる事により、この気合弾は威力を増すものの、あまり時間を取りすぎると逆に疲れて一定時間動けなくなってしまいます。

さて、たろけすの地獄巡りはいかな裁きを受けるのか。


 このゲーム、当時の業務用では珍しいマルチエンディング採用をしていました。それも売りの一つというより最大の売りであったわけです。そのエンディングとうのは、天界、人間界、畜生界、餓鬼界、地獄界です。

おや?と思われた方も見えることでしょう。そう、このエンディングには一つだけ足りないものがあります。それは修羅界です。しかし、このゲームで修羅界というのも似合わないのかもと思ってしまうわけで、それはそれで良いとは思います。

最終的に行き先を決定するのは最後の輪廻界と言う場所できまります。無殺生、無欲=お金を取らなければ、天界、つまり最高のグッドエンディングへといけるわけですが、しかし、納得できない事が一つ。私がたろすけであれば、天界に行くよりも人間界に行くことを望むのではないのかなぁ…。でも、天界があるのならばそれはそれで良いのかもしれませんけどね。


 ファミコン版、PCエンジン版と移植されたゲームでもありますが、その内容は若干異なっております。例えば、ファミコン版…だったと記憶しているのですが、実は天界の更に上のランクとしてゲーム界というのが存在する(天界の一つ下だったかな、記憶が曖昧ですみません)わけで、当時はゲームの全盛期、そういう世界があれば面白いかもという感覚であったのでしょう。今なら考えられない世界ではありますけどね。


 そのほかに記憶にあるのが、その当時の業務用攻略関係本…ゲーメストではなくマイコンベーシックマガジン、略してベーマガです。電波新聞社という今なら「危ないネーミング」とも取られかねない出版社が発売していましたその一コーナーに、業務用ゲームの攻略記事が載っていたわけです。

その大半は何故かナムコ社のゲーム。それが後々まとめられ、オールアバウトナムコという名称で発売されました(その本自体は第二弾まで発売されたほどの人気ぶりでした)。その当時のナムコというのは、他の追随の許さないほどの勢いがあり、今ならば当たり前のグッズ展開も行っていました。

妖怪道中記もその関係グッズを製作し、プレゼントから商品まで展開していた作品でありました。業務用のゲーム、しかも普通のアクションゲームでこうした活動を行っていたのは、後にも先にも少ない事例です。


 ですが、その後に起こるバブル崩壊によって、一番の煽りを食らうのもこうした娯楽業界。その真っ只中にあったゲーム機として記憶に残っている人もいるのではないのかと思う次第です。


 例えば一円からの領収書問題に関しては、動きが制限させるから出来ないと言っておりますが、全ては税金によって賄われている以上、その全てを国民に開示するのは当然の話。言い換えれば、使途不明金など一円でもあってはならない話です。寄付金だけで賄われているのであれば、なおかつそれだけで動けるのであれば、税金は必要ありません。それまで全部開示する必要があるのかというのは別問題になります。ワイロ的に問題があれば別ですけど。

現状、そのような活動は不可能です。となれば税金によって動いている以上は、一円以上の領収書は義務であり責任もあるわけです。その上で特権と言う権利を行使するべきなのでしょう。

一方で年金横領に関しても、舛添氏の言うとおり、返せば問題なしというのでは責任を果たしたとは言えません。事件を起こしたのです。その責任は法的に裁かれるべきなのは当然の話なのです。

更に、生命保険各社の910億円にもなる未払い問題に関しても、事件として告発するべきでしょう。大きな企業だから業界だから告発されないでは意味がありません。国が告訴に関しての手助けをしてもおかしくはないはずです。


 今までの問題は「やったもの勝ち」であったと言うこと。やはり、悪いことをしたのだから罰せられるというのをしっかり見せるのも一つの教育であると思うわけです。如何なる場合においても逃げ得は絶対にあってはならないのです。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2007年09月30日

苦手を克服できないからと言って…【「未来忍者 -慶雲機忍外伝-」(1989年 ナムコ)】

 知人と話をして、あ、これ話として良いかも…と思いましたので、今回はその話をば。

 アニメ、特撮、小説、ゲーム。作品を発表する中で、こうした区分けというのはどうしても出てくるものです。こうした各媒体で見ていて面白くないと感じている人も少なくは無いのでしょう。

例えば、特撮は苦手とか、アニメは苦手とか。そうした話を聞いていると、面白くないその原因は「白々しさ」に我慢できないというものらしいというのが分かってきました。それは一体どういうのかといえば、つまり、堅く書いてしまえば、正視できないというものです。

この話の前提として、その媒体の作品である事を否定する事は含まれません。作品としての批判ではなく、単なるその媒体では見る事が出来ない場合と言う場合にです。

私にも経験があるのですが、嫌いというより、苦手としている分類がるわけですが、その関係の番組を見るたびに「ぎにゃぁぁぁぁぁっ!」と叫び倒したくなります。それは、気恥ずかしくて堪らないわけです。その事を知事に話した際、「わたしは特撮がそうだわ」と言われました。

そう考えると、いわゆる物語としての嘘=白々しさがどうにも我慢できなくなるからこそ、苦手としている…という事が考えられるようになるわけです。


 さて、今回は1989年に発売されました「未来忍者 -慶雲機忍外伝-」です。

 ナムコシステムII基板の第3弾として登場した、近未来を舞台とした忍者アクションゲーム。 ロボット忍者・白怒火(しらぬい)を操作し、剣と手裏剣を武器に、森・都会・山・洞窟などを回りながら機忍軍団と戦い、サキ姫を救出する…というものですが、この作品、実はゲームだけに留まるものではなかったのです。

同年、同タイトル(正確には「慶雲機忍外伝 未来忍者」)でオリジナルビデオ作品として発売されたものですが、その内容は根本=サキ姫を救出するものとしては同じなのですが、その道中があまりにも異なるものでした。

ゲームの方は基本的にはアクションシューティングゲームで、主人公の白怒火を操作し、現れる敵を倒して進んでいくタイプのもので、様々なアイテムが出てくるのですが、操作はかなりシビア。明らかに初心者向けには作られていない…というよりはオリジナルビデオ作品に便乗させるような形での発売となったわけです。

ただし、音楽はかなりの評判であったらしく、映像作品のサントラと一緒に一枚のCDとして売り出されたのですが、結構、遜色なく楽しめるものに仕上がっていました。


 オリジナルビデオ作品の方は、別の機会にレビューするとしまして…といいましても、かなり特徴のないゲームであるのは間違いなく、また、褒める部分も少ない、かといって、貶す部分もない…空気のようなゲームであった印象が拭えません。

ステージ数は全部12。残機数ではなく体力メーター(これもオリジナルビデオ作品の方では気力メーターとして使っていたはず…)となっており、それが0になればゲームオーバーになるものです。

基本的には覚えていけば先に進めるパターンタイプのゲームですので、自然にお金を投入する機会が増えていくわけですが、それだけリピートが高かったのか…それはわかりません。


 個人的に言えば、面白い面白くないではなく、あればやっているゲームでした。ワンコインでどこまでいけるのかを試すと言う意味では、立派なシューティングとしての要素があったと言えるのでしょう。そうやって楽しんでいる人が多かったような気がします。

ただ、オリジナルビデオ作品の中にあった様々なアイテムや乗り物など、もう少し、そうした要素を取り込んで欲しかったというのも事実であり、今ならそうしたアイテムを取り込んでくれているのだろうと思いつつ、それでも、そうしたアイテムを取り込んでしまうと、よりつまらなくなってしまうような気がして、何とも微妙なバランスの上に立っているゲームであると再認識しました。


 様々な媒体で一つの作品を紹介し、相乗効果で売り出す=マルチメディアミックスは最近では当然のように使われている手法です。それにおける弊害は、一つに他媒体における作品の変化が最ものような気がします。つまり、雰囲気の変化というものです。

原作にこだわる場合(それがどの媒体であろうとも)見た場合のは批判は凄まじいものがあります。言い換えれば排除行動です。ただし、中には原作となった媒体を知らずに別媒体を始めて見たという人も大勢いることでしょう。そうなると、原作の方に違和感を感じるのは当然の話です。


 これは作品の白々しさというのにも通じるもので、よく起こる現象です。ただし、考えてみれば、その原作における表現はその媒体を基準にして考えたものである以上、それを別媒体にする際には、やはり違和感が出て当然なわけです。よほどうまく作っていたように見えても、全ての原作ファンを喜ばせると言う事は、場合によっては新規顧客が獲得できない可能性も出てくるわけです。


 こうして考えると、媒体とジャンルの白々しさが掛け合わされればそれだけ、得手・不得手の作品が出てくるのも当然の話。不得手=排除にならないような楽しみ方を見つける事が一番、楽しい事ではないのかとも思えてくるわけです。何せ、時間が過ぎれば苦手としたジャンル・媒体も見れるようになってくるかもしれませんし。そうなった時に変な先入観=嫌いという事で楽しめなかったらつまらないですから。

苦手な場合は苦手と認めたうえで付き合っていくのも良い事かもしれません。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2007年08月12日

派生としての物語【「マッピー」(1983年 ナムコ)】

 飽和の時代といえば言いのでしょうか、何もかもが用意されて当たり前の世界の中で、想像力が欠如されていると言われて、どれほどの時間が経ったのでしょう。しかし、それを是正する事はなく、今まで来たわけですが、それほど心配する事はなかったようです。

飽和と言っても、それは全てにおいて飽和しているわけではなく、新しい何かを考えるのに十分なほどの余裕がある。そう思うわけです。しかし、飽和である事の問題は、それを見た人の意識がそれほど変わる事の無い方向を見ているという事です。そこから別へと目を向けることが出来る人こそ、新しい何かを見つけることが出来るという事なのでしょう。

それはよりセンスの要求される話なのかもしれません。


 さて、今回は1983年に発売されました「マッピー」です。

 泥棒ネコのニャームコから盗まれた様々なものを取り返す、全て取り戻せればステージはクリアとなりますが、ニャームコ屋敷には階段がありません。そこで使われるのはトランポリン。それで各階へ移動するのですが、あまり長くジャンプを繰り返していると破れてしまう厄介なもので、各階の床に降りればまたトランポリンは丈夫になります。


軽快なBGMとカラフルな画面構成が印象的なゲームで、それまで主流になっていました「敵を倒す」というものではなく、あくまでは逃げながらアイテムを回収する。マッピーが泥棒でもおかしくはない所に奪還という要素を組み込む事で、明確な正義の味方にしてしまったというのが面白い設定です。

必ず逃げなくてはならないわけではなく、屋敷の中にある沢山のドアの幾つかがパワードアというものになっています。通常のドアでもニャームコたちを気絶させれるのですが、パワードアは衝撃波を発生させ、ニャームコたちを画面外へと運び去ってしまいます。

しかし、そんなマッピーでも絶対に敵わないキャラがご先祖様。マッピーのではなくニャームコのご先祖様なのですが、何故かその姿は緑のコイン状なのです。このキャラは時間経過と共に出てくる永久パターン防止のキャラでもありました。


 1980年代といえば、ナムコ(現バンダイナムコゲームス)の全盛期であったと言っても過言ではありません。ギャラクシアン、パックマン、ゼビウス、ギャラガ、ポールポジションなど、その後の日本ゲーム業界での地位を確立するのに十分な力を持った作品を数多く排出してきた時代でありました。

その数年後に任天堂から発売されたファミリーコンピュータ、通称ファミコンは、それら傑作の後押しもあり、爆発的な人気になりました。


 しかし、同時にゲームセンターという場所が問題視された時代でもあります。暗くて狭くて、不健康なイメージがまだ続いている、現在では考えられないようなものであったわけです。ゲーム喫茶の延長にゲームセンターがあった時代ですから、それも仕方が無い話なのかもしれません。

ただ、この時代の作品がそんな負のイメージから脱却しようと、カラフルな映像、軽快な音楽を率先して取り入れていったのではないのか。だからこそ、耳に残る名曲になったのではないのかと思うわけです。


 今では考えられないようなドット絵にピコピコ音。しかし、結果的にどんなに大層な音楽でも、綺麗な絵でも、壮大なストーリーでも、複雑すぎる物語は理解するまでに時間がかかり、想像するまでに更に時間がかかります。ゲームに物語が語られるようになった時代でもあり、そこにある想像力は今を遥かに越えていたように思うわけです。

全てが用意されている楽しさよりも、決して多くは無い要素から生み出される楽しさ。それはまるで、地域毎にあるおにごっこにように自分ルールを確立させてくれたようにも思えるのです。


 飽和ではない事が素晴らしいとは言いません。同時に飽和である事が良いとは言いません。問題は、どちらであるのかではなく、そこからどうするのかという事なのです。どうするか、その結果が悪事ではないとすれば、さしたる問題はないのでしょう。何を問題とするのかその時々によるものなのでしょう。

想像による物語の構築は、伝説をつなげていく話であるわけです。それは昔の人間が星を見て神話を作り上げていったものと同じなのでしょう。

その神話を小説にするのか漫画にするのか、それとも動画にするのかは、その人次第ですし、言い換えれば表現の根幹は数少ないかもしれませんが、可能性は無限であるという事なのです。


物語は日々日常でも構築されています。日々の流れがそうです。そこから生まれるであろう、派生した物語…夢であるのか妄想であるのか。しかし、それを実現させる事が出来れば、面白い話になるのではないのかと思うわけです。もちろん、法を逸脱すれば、監獄の中で後悔する事になるのは当然の話。迷惑になる夢・妄想は控え目にしましょう。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

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