さて、今回は2009~2010年に放送されました「NEEDLESS」です。

西暦200X年
第三次世界大戦勃発、東京を初めとする各都市が、爆撃の標的となり、紅蓮の業火に包まれた
それから半世紀
汚染されたかつての爆心地は、今、シティから隔離され、日本の夜景に黒い穴を作り出していた
通称、ブラックスポット
その、荒れ果てた大地にいつの間にか住み着く者が現れた。彼らを、シティの人々は不要者扱いした
その中に、不思議な能力を操る者たちがいた
火、風、重力
超自然の力を操る能力、すなわちフラグメントを持つ彼ら
人は、畏怖の念とともにこう呼んだ
「NEEDLESS(ニードレス)」
NEEDLESS…なんのこっちゃ?というのが放送開始時におけるしょっぱなの感想で、フラグメント?フラグ立ったがどうしたというのが、内容を見てのしょっぱなの感想。本当にボキャブラリーが足りないとこう言うことになるのだなぁと、最近の不勉強+勉強方法の安易さに、ちょっとへこみました。
さて、非常にテンポもよく、見ていて面白かった!とエクスクラメーションマークを、後もう一個つけても良いかなという作品でした。アニメオリジナルのまとまり方があり、原作が未読の自分としては、よし!完結した!と満腹感。最初からもう一度みたら、それはそれで面白い作品なんだろうなぁと思った次第です。
…と、感想は正直ここまで。
というのも、良くも悪くもドタバタ活劇であるからです。どこかで見たかもしれない。同じ様な状況があったかもしれない。
それを独自の設定で味付けした。マクド○ルドかロッテ○アか、はたまた○スであるのか。どれもハンバーガーという商品には変わりは無くても、それぞれに独自の味付けとこだわりがある。
そのこだわりが大事なのだろうと思うわけです。
模倣については幾度か記載しておりますが、そうした意味では、この作品が何かに見えていたとしても、それはそれ。これはこれ。
シティという設定もありますけど、そうした描写も一切なしで、その世界にあるだろう無数の物語の中の一つをうまくまとめたものだと感心するばかりです。
上にも記載しましたが、この話、原作はまだ続いているわけで、最後の方はアニメオリジナルとなっております。
その終わり方も、もし、二期があるのならば続けられそうな終わり方…言いかえれば、見ている視聴者がアニメの続編を模倣できるような状況であるのも、個人的には好感が持てるのです。
その他にも原作では残酷描写があっても、それをアニメでは柔和にしている。内容的に…まぁ子供に見せるのはどうか~とは思いますが、それでも、見せても…良くはないかw
何が言いたいのかと言えば、娯楽作品としては十分に考慮されていると思う次第なのです。娯楽がちょっとエロ方面に傾きつつもありましたが、それはそれです(こればっか)。
と言う感じで思うところとしては「超能力」と言う事で一つ。
その昔、テレビではスプーン曲げとか流行っていた時代があったのですが、今ではそうでもなくなった様子です。
今回レビューしているNEEDLESSにも、サイコキネシスというフラグメントがあります…が、他のフラグメントも超能力って言えばそうですよね。某バビル二世なんか、サイコキネシ~ス、テレパシィ~とか、火炎放射だ電撃だ~ってエンディングで歌っていますもの。
最近、手品でも超能力か!?なんて思うものもありまして、ネタとテクニックだけでも、それっぽい事が出来るものだなぁと思ってしまいます。
超能力を欲しいと思うのは、それでもいつの時代でもあるのではないのかと思うのです。
例えば、とある魔術の禁書目録や、そのスピンオフであるとある科学の超電磁砲は、能力の開発によって、超能力を得るという学問が登場します。これ、けっして荒唐無稽な話ではありません。
現状における脳科学は「行動における脳の働き」が主たるものです。ですが、その視点がいつ、逆転し、さらに深みに向かっていくのかなど誰にもわからないですし、何がきっかけになるのかもわからないのです。
私達は当然のように生きていますが、どうして生きているのかを明確に説明出来る人は誰もいないのです。
それが解明できれば、もしかすれば鋼の錬金術師のように、世界の有り様が理解でき、あのように何かを生成出来るかもしれません。
そうなれば、それは今の世の中からすれば、超能力以外の何物でもありません。
それは何とも無理な話だ…そうでしょうか。今の世の中に溢れている物は、数十年前では机上のものばかりだったのです。
すべては徐々に解明していく事から始まった事。これからも人は何かを解明し、何を作っていくのか。
それが人にも自然にもやさしいものであれば、より嬉しい限りですね。
そんなこんなで本日はここまで。

西暦200X年
第三次世界大戦勃発、東京を初めとする各都市が、爆撃の標的となり、紅蓮の業火に包まれた
それから半世紀
汚染されたかつての爆心地は、今、シティから隔離され、日本の夜景に黒い穴を作り出していた
通称、ブラックスポット
その、荒れ果てた大地にいつの間にか住み着く者が現れた。彼らを、シティの人々は不要者扱いした
その中に、不思議な能力を操る者たちがいた
火、風、重力
超自然の力を操る能力、すなわちフラグメントを持つ彼ら
人は、畏怖の念とともにこう呼んだ
「NEEDLESS(ニードレス)」
NEEDLESS…なんのこっちゃ?というのが放送開始時におけるしょっぱなの感想で、フラグメント?フラグ立ったがどうしたというのが、内容を見てのしょっぱなの感想。本当にボキャブラリーが足りないとこう言うことになるのだなぁと、最近の不勉強+勉強方法の安易さに、ちょっとへこみました。
さて、非常にテンポもよく、見ていて面白かった!とエクスクラメーションマークを、後もう一個つけても良いかなという作品でした。アニメオリジナルのまとまり方があり、原作が未読の自分としては、よし!完結した!と満腹感。最初からもう一度みたら、それはそれで面白い作品なんだろうなぁと思った次第です。
…と、感想は正直ここまで。
というのも、良くも悪くもドタバタ活劇であるからです。どこかで見たかもしれない。同じ様な状況があったかもしれない。
それを独自の設定で味付けした。マクド○ルドかロッテ○アか、はたまた○スであるのか。どれもハンバーガーという商品には変わりは無くても、それぞれに独自の味付けとこだわりがある。
そのこだわりが大事なのだろうと思うわけです。
模倣については幾度か記載しておりますが、そうした意味では、この作品が何かに見えていたとしても、それはそれ。これはこれ。
シティという設定もありますけど、そうした描写も一切なしで、その世界にあるだろう無数の物語の中の一つをうまくまとめたものだと感心するばかりです。
上にも記載しましたが、この話、原作はまだ続いているわけで、最後の方はアニメオリジナルとなっております。
その終わり方も、もし、二期があるのならば続けられそうな終わり方…言いかえれば、見ている視聴者がアニメの続編を模倣できるような状況であるのも、個人的には好感が持てるのです。
その他にも原作では残酷描写があっても、それをアニメでは柔和にしている。内容的に…まぁ子供に見せるのはどうか~とは思いますが、それでも、見せても…良くはないかw
何が言いたいのかと言えば、娯楽作品としては十分に考慮されていると思う次第なのです。娯楽がちょっとエロ方面に傾きつつもありましたが、それはそれです(こればっか)。
と言う感じで思うところとしては「超能力」と言う事で一つ。
その昔、テレビではスプーン曲げとか流行っていた時代があったのですが、今ではそうでもなくなった様子です。
今回レビューしているNEEDLESSにも、サイコキネシスというフラグメントがあります…が、他のフラグメントも超能力って言えばそうですよね。某バビル二世なんか、サイコキネシ~ス、テレパシィ~とか、火炎放射だ電撃だ~ってエンディングで歌っていますもの。
最近、手品でも超能力か!?なんて思うものもありまして、ネタとテクニックだけでも、それっぽい事が出来るものだなぁと思ってしまいます。
超能力を欲しいと思うのは、それでもいつの時代でもあるのではないのかと思うのです。
例えば、とある魔術の禁書目録や、そのスピンオフであるとある科学の超電磁砲は、能力の開発によって、超能力を得るという学問が登場します。これ、けっして荒唐無稽な話ではありません。
現状における脳科学は「行動における脳の働き」が主たるものです。ですが、その視点がいつ、逆転し、さらに深みに向かっていくのかなど誰にもわからないですし、何がきっかけになるのかもわからないのです。
私達は当然のように生きていますが、どうして生きているのかを明確に説明出来る人は誰もいないのです。
それが解明できれば、もしかすれば鋼の錬金術師のように、世界の有り様が理解でき、あのように何かを生成出来るかもしれません。
そうなれば、それは今の世の中からすれば、超能力以外の何物でもありません。
それは何とも無理な話だ…そうでしょうか。今の世の中に溢れている物は、数十年前では机上のものばかりだったのです。
すべては徐々に解明していく事から始まった事。これからも人は何かを解明し、何を作っていくのか。
それが人にも自然にもやさしいものであれば、より嬉しい限りですね。
そんなこんなで本日はここまで。






