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2009年11月28日

仕分けの見極め【「スプリガン」(1989年、1992-1996年、2000年 小学館)】

 さて、今回は「スプリガン」です。
 ※1989年に週刊少年サンデーで連載。1992年~1996年に週刊少年サンデー増刊号で連載。2000年にサンデーGXで読み切り。



 かつて、この地球には、優れた文明があった。
現代では到底及びもつかない知識・科学力を持っていたという、超古代人の遺産が、今ものあこの地球上の各所に眠っているという。
 
だが…。
 
ここに一枚のプレートがある。
比重から測定すると、それはプラチナに似ているというが、どのような年代測定法であっても年代を知る事も出来ず、過酷な熱、冷気にさらされても、また、どのような衝撃でも傷一つつかない。現代科学からすればありえない物体オーパーツ…。
 
しかし、その物質よりも興味を引かれるのは、そのプレートに古代ヘブライ語で刻まれた刻まれた文言であった。
 
『未来の人類へ…
この伝言を発見する者が心ある者なのを願って…
 
心ある者たちよ、過去からの伝言を伝えたい。
この惑星には多種の異なる文明があった…だがまもなくすべて滅びる…。
 
種としての限界、異文明ゆえの争い、堕落、荒廃…。
 
君たちには未来あることを願う。
世界中にあるわれらの文明の断片を遺産として残そう…だが、もしも君達に遺産を受け入れる資格がなければ、それらをすべて封印してほしい。悪しき目的に使う者達から守ってほしい。
 
われらと同じ道は決して歩んではならぬ…』
 
このメッセージを誠実に受け止め、超古代文明の遺産を封印することを目的に活動する組織があった。
そして、その組織の特殊工作員を遺跡に出現する伝説の妖精にちなみ“スプリガン”と呼ぶ。
 
 
 
 同じ小学館の少年誌系列ですが、実に三誌に渡って掲載していたのが、このスプリガンという作品です。
 
主人公は、高校生・緒神苗 優。第二のロックフェラーと呼ばれるアーカム財団。その特殊工作員であるスプリガンの中でも、その世界には名の知れ渡っている青少年です。
彼には複雑な生い立ちがあり、その経歴に絡んだ事件も少なくありません。ただ、そうした経緯を自分の中で飲みこみ、さらなる力にする事。つまりは、彼の成長が、この物語のテーマの一つであったわけです。
 
そして、彼が関わるいわゆるオーパーツに関しても、その強大な力云々というより、むしろ深海で発見されたメッセージを踏まえた物語として展開していくのです。
と、言いましても全てがそうであるのかと言えば、少し違っている部分もあり、第二章である仮面伝説の章の際には、敵対した側にも、一概に悪と一蹴できない理由があると言う事を匂わせていました。
 
終盤でアーカム財団は、いわゆる乗っ取りにあいます。
そのとき、その首謀者であるヘンリー・ガーナムという人物の台詞として…
 
『真の平和をもたらすには、個人の考えを差し挟む余地はないのだ』
 
…とあります。ただ、真の平和とは何か。個人の考えとは何か。そうした考えも所詮、個人の考えではないのか。では、そうではない。それが差し挟む余地がない状況とは…。まるでパズルのような話です。
ただ、この物語の味付けとしてありますオーパーツたちがなくても、我々の生活にとって、決して遠い話ではないと思えるのです。
 
平和をもたらすのは、一体何であるのか。案外、この作品はその命題を読者に突きつけているのかもしれません。
 
 
 
 と言う感じで思うところとしては「必殺仕分け人」と言う事で一つ。
 
さて、同じ様に当初の想定とは異なる形式で始まりました事業仕分け。実のところ、この事業仕分けにも、ヘンリー・ガーナムの言った言葉がチラホラと見て取れる様な気がしてなりません。
 
目標として三兆円の予算削減を行う…確かに、目標としては大きな話ですが、これまでの状況はどうであったのでしょうか。
 
概算要求は大きく膨らみ、事業仕分け人に携わる国会議員の数は、同じ与党内から待ったがかかり、そのために減った人数の関係で扱う事業数も減り、止めに仕分け人として指摘している財務省関係の事業は一つもない。
これで本当に目的通りになるのでしょうか。
 
確かに、これまで見えなかった部分が一応あからさまになった様な気がします。
ただし、これで予算は決定するものではなく、この後に二回ほどの審議が待っているのです。その場はあくまでこの事業仕分けのような公開の場で行われるわけではありません。
 
当然、その場が勝負と見ている役人も大勢いるのでしょう。
 
何より、今回の事業仕分け。その腕、経歴を活かすという前提の下に再就職を果たした天下り役人が一人も出てきていないのが気に入りません。全て、その事業所で働く天下り以外の人物ばかりです。
本当に事業の何たるか、その本質を知っている人が出てこないという事が残念でならないわけです。
 
いずれにしても、今回の事業仕分けが本当に意味を持つ様に、研鑚する必要があるのは当然であり、こうした試みがただ一回のパフォーマンスで終わらない事を願うばかりであるわけです。
 
 
それとは別に科学技術やスポーツ進行に関しての削減は、明らかに間違いであるにしても、それらが無用な天下り連中の懐に入るのは、確実に阻止するべきであるわけです。
 
双方とも、世界一になるために努力するための国の後押しという事では大事な事業。そこら辺は別の法律なり仕組みで無駄を回避する必要があるのではと思う次第なんですよね。
少なくとも、イトカワに旅立ち地球に帰還中のはやぶさ、その様々な情報が活かせる技術の後押しはして欲しいものだと思うのです。
 
この話、またの機会に出来ますればその時にでも。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2009年11月21日

ゲーム=悪?【「Wii fit Plus」(2009年 任天堂)】

 さて、今回は2009年から発売となりました「Wii fit Plus」です。



 「健康を管理するゲームソフト」を目指して設計された家庭用ゲームソフト。それがWii fitです。
2007年12月に発売されたそのソフトには、バランスWiiボードという外部コントローラが付属。そのコントローラが、これまでのゲームとは大きく違うところでもあり、特徴でもあるわけです。
 
プレイヤーは基本、このバランスWiiボードに乗りながら、ゲームを楽しむわけです。
その機能たるや「体重測定」だけではなく、「重心感知」まで行ってくれるのです。それらを組合せる事によって、ゲーム内では上下左右前後の動きを表現し、奥行きのある遊びを提供しているのです。
 
それだけではなく、これまでのように手首より先だけで遊んでいたゲーム機と異なり、身体全体でテレビゲームをするWiiの特性を活かして、ヨガ、筋トレ、そして有酸素運動を行えるミニゲームで遊ぶ事で、自然に自分のリズムで健康管理が行えるのです。
 
そのWii fitにさらに新作トレーニングを21種類増やしたのが、Wii fit Plusです。
 
 
 
 ふとしたきっかけで、我が家にWiiが来る事になりました。元々、ゲームは好きであったのですが、最近すっかりやらなくなったのは、新機種を購入していないのと、ゲームにかける時間が少なくなったからかもしれません。
 
そんな中で、このWii fit Plusに関しては、自分の体重や運動量を管理してくれているので「やらなければ」という意思にしてくれます。
 
またWiiの特性として、一定時間プレイすると休憩を促す画面が出てくるので、これまでのように時間を忘れていて、大事なことをやり忘れたとか、気がつけばこんな夜遅くまで…という事がないのも嬉しいですね。
 
それだけ夢中になれるわけですが…と記載しておりますが、基本やっているのは家族であったりします。
私はWii スポーツリゾートに夢中です。
 
どちらにも言えますが、本当にやりすぎると、腕や腰、足がいたくなるのですね。
それだけ身体に負荷がかかっているのでしょうが、さて、その成果はまた後日。お知らせできれば良いなぁと思っている次第ですw
 
 
 
 と言う感じで思うところとしては「ゲームと効果」と言う事で一つ。
 
もう、既に知られている話のなかで、ゲーム脳は信用が出来ないというものがあります。思うに、こうした、いわゆる悪のレッテルと言うのは、事を性急に結論付けたいため。もしくは理解できないものを排除したいために起こる動きではないのかと思うのです。
同じような話にマンガに対する悪評があります。これは現在でも起こっているのですが、それでも、現在の出版業界における半分以上の売上はそのマンガによってもたらされているわけです。ゲームにしても、売上が落ちたと言われながらも、家庭用ゲームに関しては、決して下火になっているとは思えません。
 
今まで、そうしたゲームに対する正しい評価が得られていなかった状況において、WiiやDSで発売されているソフトには、まさに逆手を取ったかのようなものが多く発売されています。
ゲーム=悪。悪影響だけがクローズアップされる時代は終わったのかもしれません。
 
そうした中で、カードゲームにおける面白いデータが出てきました。
 
子供たちが夢中になっているカードゲームにおける脳の働き具合を調べてみると、その血流の流れ具合は、計算式を解いているときの脳波と差ほど代わりがないそうなのです。
これは、戦術を考える際に現れる脳波なのだそうですが、考えてみれば、数百種類もあるカードの中から決まった枚数を選び出し、そこに自分の求める戦略を込めていく。それは頭が廻らないと出来ない作業です。決して、闇雲に組み立てて勝てるゲームではないと言う話になります。
 
同じように昔からあるゲーム…将棋や囲碁、チェスもそうですが、これらは長い歴史と扱ってきた大半が大人と言う事で、知名度が上がってきたわけです。ならば、こうしたカードゲームも決して同列にならないとは言えないわけで、むしろそうした土壌があってもおかしくはないのでは…とも思うわけです。
 
ゲームを攻略するための思考や物語を読み解くための思考。そうした中に、心身の健康を加味していく教育方針があっても、面白いわけで、要するに道具としてのゲームやマンガをどのように活用していくか…と言う事なのだろうと思うのですが、皆様はどう思われますか。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2009年11月14日

どこまでが趣味の範囲?【「コミックマーケット」】

 さて、今回はすこし視点を変えまして、同人誌について。



 今、11月。後1ヶ月もすれば、日本最大の同人誌即売会「コミックマーケット」の開催となります。
昨今、様々な取り上げられ方をし、ニュースでもおなじみになってきた感があります、通称コミケですが、その参加人数をご存知でしょうか。実に延べ人数で60万人近くを数えるほどになってきているそうなのです。
 
それもイベントの様相が変わってきたから、なのかもしれません。
 
まず、基本的理念として、同人誌(以後、冊子)を頒布すると言う事から即売となっています。決して商業的観点からの開催ではないというのが大前提にあるわけです。
しかし、各種経費を賄うためには、そうした理念の中にも例外を加える必要が出てきました。それが企業ブースという存在です。
 
今ではすっかり馴染みになりました企業ブース。しかし、当初は問題視されていた存在でもあります。ただ、言い方を変えれば、これほど冊子における認識を企業側に持っていただくのに格好な方法もありません。
 
いわゆる設定などを独自で考えるオリジナル冊子は別にして、既にある作品や人物を利用したパロディ冊子には、必ず付きまとう問題があります。それは著作権問題です。
ファンであるから、好きだからというのは決して理由として認められるものではなく、場合によっては企業営利の邪魔をしているという判断が成される場合もあるのです。事実、そうした事例がないわけではなく、企業の中にはこうした無許可の営業を問題視している所も皆無ではないのです。
 
先ほど、冊子を頒布すると記載しましたが、あくまで冊子における利益は出さないというのが、同人誌のあり様であるはずなのです。
 
同人とは同じ趣味を持つ者、同人誌とはその同人が互いに作り出した冊子という事になります。あくまで趣味の範囲であるというのが、見て見ぬ振りをされてきた状況の一つであったわけです。
 
しかしそれも形骸化となっているのが現状であり、それは今後、どのような進路を取っていくのか先は未定な部分があるのでしょう。
 
一つのコンテンツとして考えますと、それを巻き込むべきなのかもしれません。しかし、そうなればそれは趣味ではなく、実益になります。そうしたコンテンツの状況によって戦略も考えられるのでしょうし、戦術として冊子やアイテムが投入されていく事になるのでしょう。
企業ブースにおける限定品はまさに、こうした場所で行う商品展開の戦術の一つとなっているわけです。
 
逆にまったく認めないという状況になれば、三つの形が予想されます。
一つはこれまで通り見て見ぬ振りをする。一つは排除する。一つは監視する…です。
 
数の多さからすれば、見て見ぬ振りをするのが一番企業側としても楽なのでしょう。恐らくはこれまで通りの状況が続くのだろうと言う気がするわけです。
ただ、何かのきっかけで事が動くのは先ほども記載した通り、経験している事なのです。その動きとは訴訟です。
 
こうなりますと、防ぎたいのは企業全体で反対するという、いわゆる一致団結の状況です。と考えれば、企業ブースと言う存在はそうした企業の中にもこうしてうまく使っている所もあるんだよ…というメッセージにもなり得ます。だから、認めてね…というのは企業からすれば勝手な言い分なのでしょうし、それを認めてしまえばさらに混沌として冊子が出される結果になる…ジレンマですね。
 
正直、どうすればうまく舵取りが出来るのかを悩んでいるのが企業の状況ではないのかとも思うわけなのです。
 
 
 
 と言う感じで思うところとしては「許可」と言う事で一つ。
 
先ほども記載しましたが、冊子の大半は許可を貰っていません。中には許可を得ている冊子もあるのでしょうが、それは全体からしても数パーセントもない事でしょう。
 
もともと、冊子自体は趣味の範囲で楽しんでいたものです。しかし、その趣味の範囲というのは何処までを言うのかが問題となっているわけです。
 
全てのコンテンツにおける趣味の範囲とは自分で楽しむだけという範囲であるはずです。映画にしてもアニメにしてもドラマにしても、それは同じ事でしょう。
とすれば、同人誌における頒布はその範囲を超えているのかもしれないわけです。
 
確かに、冊子を作るにしても無料では有りません。せめて制作費でも回収したいというのは、製作側としてはわかる理屈です。
しかしながら、そうした理屈も果たして趣味の範囲と言えるのかどうかは、難しい判断なのかもしれないわけです。
 
逆にその冊子における頒布許可を貰えば、話は変わってくるわけです。
 
公認問い事にもなりますし、利益を踏まえた上で版権料を企業に支払うわけですから、ある程度の値段設定が大切になってきます。許可を得るために審査や校正もされるのでしょうから、それは質の向上も期待できます。
しかし、それはすでに趣味の範囲を逸脱し、頒布ではなく販売=商品となっているわけです。
 
そうなりますと、趣味の範囲からは逸脱していますし、純粋なアマチュアであるとは言えないのかもしれないわけです。
 
こんな面倒なことを考えなくても、誰かが結論を出してくれるのかもしれません。
しかし、そうした場合、その結果に満足いかなかったら、それを反故に出来るのでしょうか。きっとそうではないのでしょう。
 
ただ、楽しむだけであるのなら、ネットで公開をする手段もあります。色々な問題ああるのでしょうが、それを一旦横に置くとして、作品を見てもらうという観点では手っ取り早い方法です。
ただし、そこに金銭が絡めば、やはり企業の利益を阻害している可能性もなきにしもあらず。本当に堂々巡りの問題であるわけです。
 
サークル数だけでも三千あまり存在するコミックマーケットにおいて、どこまで目を瞑っていただけるのか。それはサークルにおける表現方法もそうでしょうし、それがどれだけ企業に影響を与えているのかも関係してくるのでしょう。
 
それを考えますと、もしかすれば、何らかの基準を設けて申請を促す企業が出てきたとしても、おかしくはない話だと思うわけです。
そのとき、サークルがどのような対応をするのか…。
 
それでも他人の褌で相撲をしている以上は、文句も言えないとは思うのですけどね。上にも書きましたが、ファンであるから、作品が好きであるからと言って、許されるか否かは別問題なのですから。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2009年11月07日

ひとつのブランドで複数の作品、そのラインナップ【「アーマープラス 烈火のリョウ」(2009年 バンダイ)】

 さて、今回は2009年に発売されました「アーパープラス 烈火のリョウ」です。



 『かつての聖闘士聖衣大系(セイントクロスシリーズ)が現在の技術で『聖闘士聖衣神話』に昇華されたように、今までのコレクターズ事業部の各商品で培かわれたノウハウにより、当時のファンが本当に欲しかった烈火のリョウをヨロイギア(アーマー)の着脱可能な可動フィギュアとして、遂に立体化します。』
(魂ウェブより一部抜粋)
 
アーマープラス第二弾として登場したのは、鎧伝サムライトルーパーより烈火のリョウ。
 
素体となる真田 遼はアンダーギアの状態を表現。表情は「キリッと引き締まった表情」と「叫んでいる表情」の二つ。稼動域の広さと表情の交換により、アンダーギアでの活躍も再現する事が出来ます。
 
鎧ギア・烈火は、鎧召還における状態を再現。劇中では黒く抜けている状態であった兜内部を独自に解釈。日本の鎧にある面当てを召還用人形の顔としています。
鎧を装着させたその後は、やはり鎧をまとう…という事でしょう。
 
アンダーギアの遼に烈火の鎧を装着させれば、仁の心で悪を討つ、烈火のリョウが誕生というわけです。
 
 
 
 待ちに待っていた商品が発売されました。アーマープラス第二弾。鎧伝サムライトルーパーから烈火のリョウがまさに見参です。
過去にも記事を書きましたが、この作品。放送当時のメインスポンサーはタカラであったわけです。当然、玩具はタカラから発売されていました。
しかし、その売れ行きは…。紆余曲折があったにせよ、決して誉められた状況ではなかったようです。
 
そう言う意味ではまさに今回も紆余曲折と言った方が適切なのかもしれません。何故なら、今回発売されたアーパープラスはバンダイから出ているわけです。これはとても考えられない事でした。その考えられない事が実現をした。それはファンにとって待ちに待った形でのトルーパー玩具の登場であったと言っても決して過言ではないのです。
 
ただし、そうは言っても、それは今の技術があればこその話です。
 
それだけ数多くの同じような玩具を手がけてきたバンダイの研鑚があればこそ。当然、タカラにしても路線は違えども、同じように研鑚し、結果をだした玩具があるわけです。タカラで出していたとしても、それはかなりの結果で発売される事になったのだろうと思うわけです。
 
何が言いたいのかと言えば、それは「人形は顔が命」と言う事なのです。
 
玩具業界ではそうした部分がこれまでないがしろにされてきたというのは、決して言い過ぎではありません。技術云々というよりも「ギミック」にとらわれてきた過去が間違いなくあるわけです。ロボットではない、等身大のヒーローでも同じようなことが行われたいました。
 
昨今では、そうした造詣=形も重要視されています。これは良い傾向であると思うわけです。何故ならば、キャラクターも大きく括れば男優女優なのです。
やはり顔で商売している部分が多かれ少なかれ、あるのだろうと思うわけです。
 
今後も、様々な作品がアーマープラスの商品として出てくる事でしょう。劇中のギミックの再現もそうですが、やはり、そのキャラクターたちの素顔にもより力を入れていただきたいと思う次第なのです。
 
 
 
 と言う感じで思うところとしては「ラインナップ」と言う事で一つ。
 
このアーマープラスというブランド。実のところ、鎧伝サムライトルーパーだけのブランド名ではありません。もし、そうであれば、鎧擬亜大系とでもなるのでしょうw
これまで数多放送されてきたアニメや特撮における鎧、アーマーをまとったヒーロー・ヒロインのためのブランド名です。
 
第1弾はマクロスフロンティアの早乙女アルトとEXギア。そして第3弾は宇宙の騎士テッカマンブレードの主人公、テッカマンブレードであります。となれば、例えば天空戦記シュラトや超音戦士ボーグマン、機動警察メタルジャックなど、これまでこうした玩具になりにくかった商品ラインナップが考えられるわけです。
 
…と、言いましても、やはりその作品。特に自分の好きな作品のラインナップを期待するのは当然の話でしょう。
 
こうした様々な作品がひとつのブランドで出てくる場合、消費者がメーカー側に期待させるのが、一番の手段であると思うわけです。その期待とはやはり売上になってくるのでしょう。
やはり、自分の作品がしっかり出されないと思えるようなラインナップであると、寂しい思いをするのは消費者側であるのは間違いない話なのです。メーカー側も残念とは思うのでしょうけど、それでも売上につながらない物を商品化する必要があるのかどうか。そこは言わずもがなという話ですよね。
 
また、その商品を盛り上げるのも方法として必要なのでしょう。
最近ではブログでレビュー記事を書かれている方も多いので有効な手段であるのだと思います。
 
後はアンケートにも積極的に参加するのも手段としては必要です。
 
こうしたブランド品の場合、やはりある程度消費者にも努力するのが必要であるのは今の世の中からしても、そうなのだろうと思います。メーカーと消費者を近づける結果になった、ネットという媒体は消費者の動向を探るには良い媒体ですからね。
それを逆手に取る事によって、自分の欲しいラインナップが早く商品化される機会がくる…のかもしれません。
 
 
ちなみにですけど、私はこの鎧伝サムライトルーパーをどんどん出していって欲しいのです。
 
烈火から始まりましたから、金剛、光輪、天空、水滸ときまして、鬼魔将、闇魔将、毒魔将、幻魔将、そして阿羅醐に迦遊羅。出来れば、妖邪兵に剣舞卿もラインナップにいれて欲しいのです。
さらに言えば、五人に関しては、OVAメッセージ版の鎧も出して欲しいですし、あの幻の新・鎧伝サムライトルーパーの五人の鎧に、魔将の鎧、そして聖天衆の鎧も出して欲しいと思っているぐらいです。
 
当然、輝煌帝に黒い輝煌帝も忘れちゃ行けません。
 
…と、暴走出来るのなら、恐らく、上記の文章量と同じぐらいに要望出来るわけですけど…今回はこの辺で。またの機会があれば、そうした話も記載してみたいものですね。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

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※2009年4月19日 19:00より開始

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