TOP>2009年06年

2009年06月27日

バカにする前に考えて見ましょうよ【「機甲戦記ドラグナー」(1987-1988年 名古屋テレビ/創通エージェンシー/日本サンライズ)】

 さて、今回は1987~1988年に放送されました「機甲戦記ドラグナー」です。

 21世紀初頭。人類は月面入植を果たし、新たな宇宙時代に突入するはずだった。しかし西暦2087年、月面開発技術を軍事に転用した月入植者が、人型兵器「メタルアーマー」を開発し、月を植民地としてしか見ていない地球人類に宣戦布告したために全面戦争が勃発。一部の月入植者たちは「統一帝国ギガノス」を建国し独立宣言をした。
一方、メタルアーマーの威力と、マスドライバー攻撃で瞬く間に窮地に立たされた地球連合軍は、劣勢を挽回するべくギガノスからの亡命科学者、ラング・プラートの手引きでギガノスの最新鋭メタルアーマー「ドラグナー」シリーズ3機の奪取に成功する。だが難民輸送船に偽装し、地球までドラグナーを運ぶ任務にあった宇宙船アイダホは、宇宙コロニー「アルカード」に寄航したところで攻撃に遭ってしまった。
 
アルカードのアストロノーツアカデミーに在籍しているケーン・ワカバ、タップ・オセアノ、ライト・ニューマンは、スパイとしてアルカードに潜入していたギガノスのスパイからディスクを託される。
不当な攻撃を繰り返すギガノスから宇宙船アイダホに逃れたその場所で、ドラグナーとの運命的な出会いを果たす。
 
ドラグナーにノリで載りこみ、託されたディスクをセット。機械音声が言う通りに、その場で考えたコードと自分の氏名を大声で言うケーン。だが、それをドラグナー…D-1は記録してしまう。つまり、その瞬間から、D-1はケーンの専用機になってしまったのだ。
 
成行でドラグナーに乗り込む事になったケーンたち…だが、それが彼らを逃れられない運命に導く事となるのであった…。
 
 
 
 この作品は、名古屋テレビ(現メ~テレ)が長年続けてきたサンライズオリジナルのロボット枠、その区切りの作品となります。この作品が終了した後、日仏合作の宇宙伝説ユリシーズ31が途中の12話まで、その後に鎧伝サムライトルーパーが放送され、そして、獣神ライガー、勇者シリーズと続いていくのですが、実質、リアルロボット路線としては、これが最後になるわけです。
 
この時、サンライズに限らず他の関係各社が求めていた事は、ポストガンダムでした。
 
ガンダムの再放送以降の売れ行きは、サンライズというよりも、玩具メーカーであるバンダイに喜びと苦悩を同時に与える結果になったのは言うまでもありません。
こうしたロボットアニメもしくはそれに連なる玩具の全てが、ガンダムと比べられる結果になったからです。
 
これは仕方がない話かもしれませんが、しかし、今だから言える事は…
 
 1.メーカーはあまり考えすぎる必要はなかった。
 2.ユーザーはあまり振りまわされる必要はなかった。
 3.情報誌は、あまり振りまわす必要はなかった。
 
…ではないのでしょうか。この悪循環は、その後、現状まで続いています。○○より××が良かった…こんな感想はその方だけの価値観であり、同意を求める事がナンセンス。それは各方面の萎縮を生む結果でしかなくなったのです。
それから後、暫く最悪の状況を生む結果になります。それはリアルタイムに見ていたかどうかという事です。
 
これも、深く考える必要がないはずなのですが、そうした結果が、格差というよりも差別につながっていった…としても言い過ぎではないのかもしれません。これも、今につながる悪い伝統になっています。
見ていない事を大げさに指摘する…いや、これも言い方なのでしょう。それがおかしいというような言い方、それ事態がおかしい様に思うのは稀有なのでしょうか?
 
さて、こうした個人的に思うところの批判も置いておきまして、ドラグナーで真っ先に言われるのは、やはり前期OPではないでしょうか。
いわゆる「バリグナー」という言葉の示す通り、その映像美には驚かされます。
 
洋画でトップガンという作品がありますが、その影響を受けているのだろうと言う感じがありありと見受けられますが、それをロボット物として素晴らしく昇華しているのは言うまでもありません。本当にこうしたロボットが戦闘機の代わりになるのだとしたら…そんな日が来る事無く、そうした事は作品として何時までも楽しめれば良いと心から思いますけどね。
 
更に大きく違う所は、このドラグナーが改良型になった際にも見受けられました。それは翼です。
 
それまでの、飛行といえば、その代表はマジンガーZ…いえ、その前にありましたアストロガンガーでも良いのですが、水に浮ぶ様に身体を寝そべるわけですが、ドラグナーはパラグライダーのように、立った状態で翼が水平になるようになっています。
例えば、旋回にしても、足の移動によって細かい動きが可能になるのではないのか。スラスターだけではなく、避けるという動作にも動きが出てくるその形に、よりリアリティを感じた方も多いのだと思います。
 
決して主人公が特別な存在ではなく、特殊な能力もなく、しかし、自分たちの出切る事を一生懸命にやっていく事で、結果を残していく。こうした話が成立するリアルロボット作品は決して多くないわけですが、この作品ではそれを見事に成功させているのも特筆すべきなのでしょう。
 
誰もがもしかしたら同じ様にドラグナーのパイロットになれるのかもしれない。それは新しいリアリティの一歩ではなかったのかと思うわけです。
悲惨な話ばかりがリアルロボットの根本ではない…そう、リアリティの定義を考えさせられる作品の一つであると思うのです。
 
 
 
 と言う感じで思うところとしては「代替わり」と言う事で一つ。
 
このドラグナーという作品もある意味、代替わりの一つであると思うわけです。その結果がついてこなかったのは、残念な話ですが、今でも時折、ポストガンダムやポストマクロスを目指す作品が出てきてくれる事があり、それにはある意味期待しているわけです。
その一番の理由は、ガンダムもしくはマクロスが最高という幻想を打ち砕いて欲しいからなのです。
 
そうした停滞は進化どころか進歩すら生むことが出来ません。
 
全ての否定は後退ではなく停滞でしかないのです。後退なら、まだ別の道に進めるかもしれませんが、停滞はその場に止まっているわけですから、どちらにも動くことが出来ずに同じ場所にいるだけになるのです。
これでは、同じような作品しか出来ずに飽きられるのは当然の話。
 
深夜枠アニメの全てがそうであるとは言いませんが、受ければ右に倣えの精神では、まぁ先は見えたようなものでしょう。
後進の海外産に抜かれるのも時間の問題です。実際に海外の作品でオリジナリティ溢れる作品もあるのですから。
 
同じ様な話が今、政治の世界でも起きています。宮崎県知事への出馬要請がそれです。
これをどの様に受けたのかが気になりましたが、本心からがっかりしました。
 
まず、自民党の中堅と呼ばれる方々に真剣さがない。所詮は自分たちとは違うんだ…という雰囲気で話をしている。そんな要求(全国知事会でまとめられた案を自民党のマニフェストとする事、次回総裁選挙候補として迎える事が出来るのか)は有り得ないと一笑している事。
これらは…いえ、この行為が自民党にとっての大きなマイナスになるのは目に見えて当然ではないのでしょうか。
 
こうした事に対して、自民党はマスコミも面白がって取り上げているだけだろう。国民も本気ではないのだろう…この発言は痛かった。むしろ、この発言を真摯に受け止めるだけの姿勢が欲しかったと思うわけです。
 
何故なら、言ってしまえば現宮崎県知事は外様の方。その方にそうまで言われるほど、舐められているのか…とい受け取り方ではなかった。これがは明らかな失言となるでしょう。
 
これが民主党への牽制になったかもしれない。その理論はわかります…が、何時までも彼をタレント議員として扱っているようでは、底が知れるという話です。
どれだけ勉強をしているのか…それだけではなく、マスコミやテレビなどのメディアを使い、うまくアピールしているのか。
 
それを考えれば、決して軽視できる存在ではない筈なんですけどね。
 
個人的には、政党の思惑によって首相が決定する制度など辞めてしまえと思うわけです。日本もアメリカなどと同じ様に、大統領制にするべきでしょう。
そう、国民の実質的な投票によって、国の代表を決定するべき時期に来ているのです。
 
政治が企業などではなく、国民に視線を向ける事。それが消費税を上げるにしても、海外への協力をするにしても、国民の意見が一番通る仕組みではないのかと思うわけです。
日本国の国民がより政治に興味を持ち参加するには、今、大胆な改革をするためには、トップを選ぶその方式を変える必要がある。そのために、現宮崎県知事が自民党の総裁になり、時期与党としても野党としても活動する事が決して、国民にとってのマイナスになるのとは思えないのですけどね。
 
全てが肯定できるわけではないにしても、現自民党や民主党に在籍する議員さんたちに比べれば、期待できると思うのですけど。
 
個人的に言えば、現首相は嫌いじゃありませんので、しっかりと任期を終わらせてから選挙に臨んで欲しいものです。それこそ、前首相やもう一度やる気の前々首相などよりも、しっかりしていると思うのですけどね。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2009年06月20日

ロボットが教える「生きている」という事【「PLEO」(2006年 ユーゴビー社/ビジネスデザイン研究所)】

 さて、今回は2006年に発売されました「PLEO」です。

 『『PLEO』は、ファービー開発の中心人物であるケイラブ・チャン氏、 NextSport社元CEOのボブ・クリストファー氏、ルーカスフィルムの元プレジデント、 ゴードン・ラドリー氏らを中心に各界の一流が集結しスタートしました。 2006年春先には米国で一旦は発売日が告知されましたが、 「ライフフォーム(新しい生命体)と呼び得るレベルの商品を提供する」というスタッフの信念により何度も発売延期が繰り返されたのです。 その間YouTubeや世界各地のインターネット・サイトなどで『PLEO』の情報がリークされるにつれ期待は高まり、 全米では予約開始してすぐに予定台数に達するという現象が起こりました。 そして07年末、いよいよ全世界で『PLEO』のデリバリーがスタートします!
 
本物の生き物のようになめらかで自然な動きをします。 それだけでなく、 生まれた直後から少年期までを成長します。 その間、世話の仕方や接し方、環境によって、性格や行動が変化します。
それはPLEOが周囲を認識し、学習し、感情を持って自分で行動するからです。
その成長には、生誕、幼少期、少年期の3段階があります。
 
UGOBE(ユーゴービー)社が開発した「LIFE FORM(ライフフォーム)」は、 あたかも生きている動物のように1.認識能力 2.感情表現力 3.学習能力 4.性格 5.成長する、という特徴を持ち、 その中枢となるのが「LIFE OS(ライフオーエス)」という最先端のプラットホームです。 「LIFE OS」は『PLEO』の知能システムを一体化したもので、『PLEO』を生き物のように動かします。』
(※公式サイトより抜粋)
 
 
 
 と言う感じで今日はいきなり、思うところとしては「生き物」と言う事で一つ。
 
今回、ご紹介しているPLEOは、ライフフォームという新しい枠として登場したわけですが、その動きには不思議なものを感じます。それは生きているという事です。
 
生きているというのは、どういう事なのでしょう。このPLEOには、その答えの一つがあります。それは、反応です。
 
同じように人の言葉(音)、人の肌(色)、手や足、身体を触る事(接触)によって、反応するロボットがいます。CB2というロボットがそうです。
このロボット、実にユニークな動きをします。
 
まず、声がする方向に視線を向けます。視線だけではなく、そちらの方を向こうとするのです。何があるのか、気になるわけです。
また、人の動きも気になります。日本人の肌の色に反応するようにしてあるのだとか。
そして、触れられた際に反応します。無理やり動かそうとすれば、イヤという意思表示をします。
 
これらは全てプログラムによって動いているものです。この事はPLEOも同じです。
 
しかし、その反応を見ていると、まるで、そのロボットたちが自分で考えているかのように動いているのではないのかと錯覚してしまいます。
この感想は半分が正解であり、半分は間違いです。
 
では、考えるというのは同いう事なのでしょうか。
 
考えるという事は、それまでの経験においての予測とも言えます。1+1が2になる事を知っているのは、それを経験しているからであり、その事が間違いのない事実であるとも理解しているからこそ、計算し実証する事もなく、2という答えを導き出せるわけです。
私達が1+1の答えをまず間違えない事、同時に誤った答えを勘違いしてしまう理由はここにあるわけです。
 
PLEOやCB2も同じように経験=プログラムを実行します。しかし、彼らには間違いはありません。それが間違いである行動であったとしても、それはプログラムされた事であり、それ以上の事を教えたとして間違いをする所か、覚える事をしません。
覚えるというのは、プログラムが追加されていく事であり、それは経験とは少し異なります。
 
人の経験は状況をパズルのように覚える傾向にあります。連鎖的に記憶するわけです。
赤く、丸く、甘く、食す。これだけの事で何を想像しますか?りんご、もも、さくらんぼ、飴玉。いずれも正解です。これが、人が連鎖的…連想的に記憶する事です。先ほどの赤や丸といった言葉は、それを思い出させる=反応させるための触媒であるという事もできます。
 
PLEOやCB2には、そうした行動はできません。連想をする事を苦手としているからです。
 
しかし、もう一度記載します。彼らには意思を感じられるのです。
 
 
人の赤子は未完成の状態で生まれてきます。凡そ、自然界では考えられないような機能です。未完成である…少なくとも、他者から逃げるためには走れるようになっていなくてはならないでしょう。
しかし、人が走れるようになるには、数年の年月が必要であるわけです。
 
当然、目も耳も舌にしても未発達です。では、どうやって赤子は生きていく術があるというのでしょうか。それは反応です。
 
基本的に不快な反応で意思を示すのが赤子です。人を見て笑うのは、その相手が敵意を持っているのかどうかわからないからです。笑う事によって、相手を安心させる。それが赤子にとっての笑うという事です。
 
赤子は観察をします。その行動は、実に一生懸命です。同じようにCB2もPLEOも観察します。自身の周囲を観察する事によって、自分の立場を確立しようとしているわけです。
 
 
そう、彼らは赤子と同じなのです。言いかえれば、それは生命の何たるかの始まりに到達したのかもしれません。
 
 
生きるという事が様々な反応によるものである場合、その反応が複雑になれば、より生命に近づいていく事になるわけです。人の反応はそれほど単純ではありません。それを人は決断力といいます。
言いかえれば、人は常に決断を迫られて生きているとも言えます。こうしたロボットが生命の神秘を解きほぐす時、かれらはどのような決断をし、その結果を私達に伝えてくれるのでしょうか。
 
その日もそれほど遠くはない所まで来ているのかもしれませんね。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2009年06月13日

大自然に生かされているという事【「さいばぁふぉーす」(1994-1997年 越智 義彦/光文社)】

 さて、今回は1994~1997年に連載されました「さいばぁふぉーす」です。

 ケエカア王国に伝わるお約束伝説曰く、その昔、巨大な鏡が天空に現われ、その中から「かがく」という魔法を使う者どもが溢れだし、この世界を破壊し始めた。科学の前になす術なく、もう終わりかと思われた時、同じ鏡の中から兆重の姿をした十二体の神々が舞い降り、魔鏡族(まきょうぞく)を鏡の中に追い返したのだった…。
 
そのケエカア王国が魔鏡族に襲われてしまう。王子であるアルトは、守りの者と一緒に城外へと逃げるが、その先は大きな滝。なんと、そこからお逃げ下さいと突き落とされてしまう。
 
その下流では、でんとう芸能である「にんぽお」を修行している老人と女の子がいた。
 
老人の名はさぶろく老師。名の知れたにんぽお使いであった。アルトは流れ流され、さぶろく老師の下でにんぽおの修行に励んでいる、ヴィヴィオに拾われる。
だがしかし、そのアルトを追って魔鏡族であるミラが部下ロボット・AZ-1を引き連れてやってきた。
 
いきなり銃をぶちかますミラたち。その威力に小屋は吹き飛んでしまうが、ヴィヴィオは無傷でミラたちの前に出てくる。
状況を飲み込めていないヴィヴィオはなんとアルトを人質に取るが、ミラはその方が好都合と言い放つ。それが結果的にヴィヴィオに、伝統芸能はアルトを守るための芸である事を認識させてしまう。
 
身体能力の優れたヴィヴィオはAZ-1が放つ弾など空中で叩ききってしまう。
 
それを面白い芸だと言ってしまったミラに対して、もっと面白い芸=にんぽおを見せると言い出す。ミラ達にみせたにんぽお「土ぶた」。それは地面から多数の土のブタを出現させ、ミラ達に向かって突進させるにんぽおであった。
 
立体映像と思っていたミラは、それが実態のあるものだと知るが、しかし、非かがく的な事は信じないと言い残し、土ぶたたちに運ばれていったのだった。
 
 
 
 …そこから、魔鏡族に対抗するための旅が…始まるはずなんですけど。というわけで、今回はさいばぁふぉーすというファンタジーというよりも童話ちっくな漫画のご紹介です。
 
もし、私達の遠いご先祖が今の私達の生活を見たら、それはまるで魔法のような物が沢山あることでしょう。もし、私達の遠い子孫の世界に言った場合、そこにあるのはまるで魔法の様な生活なのかもしれません。
 
基本はそのような時間のずれが起こしている世界同士の話なのですが、記載しておりますにんぽお(忍法とはちょっと違うようです)ももしかしたら、かがく(科学とはちょっと違うようです)の仲間なのかもしれない。そんな記述があったりします。
要するにお仲間っぽいんですよね。
 
先ほども記載しましたが、多分、昔の人にケータイ(基地局がないとかそう言うのは、取りあえず考えないとして)を見せた場合、そりゃ驚く事でしょう。小さな箱が光るだけではなく、音も出しますし、声も出します。今のケータイならカメラもビデオも簡単に録音録画することが可能です。
メールが使えれば、文字を伝えるのもあっという間の話です。
 
この物語ではそうした驚きと同時に、一方で科学が急速に発展する事における弊害も記載しているのです。
 
物語の主人公であるヴィヴィオたちのいる世界と、魔鏡族とされるミラたちの世界は平行世界。別の次元に存在する世界なのだそうです。それをアリスの鏡計画という名の下、鏡のような空間転位装置を使い、魔鏡族たちはヴィヴィオの世界に開発と言う名の下に侵攻してきたわけです。
それを阻止したのは、同じ魔鏡族出身の科学者たち。彼らが作り上げた十二体のロボットがさいばーふぉーすと呼ばれる、神々として祭り上げられたものたちでした。
 
単純に仲間割れから始まった物語が、時代が流れ流れて、まるで神話のようになった。しかし、その世界もミラたちにしてみれば、たった三年ほどの話であるはず。神話のようになるはずがないと思っていたわけです。
そう、時間のズレがそうした結果を生んでしまった…浦島太郎のような話です。
 
その結果、認識のズレが発生するのは当然。そのズレたやり取りが、この作品の楽しみの一つでもあります。
 
同時に、先ほど記載しましたが、「にんぽお」も、もしかしたら「かがく」の一部かもしれない。そんなフレーズも有ったりするわけです。それをご紹介しましょう。
 
『「にんぽお」とは地・水・火・風、あまねく自然の法と知るなり。その声に耳傾けぬもの、自ら滅びの道を歩まん。されば聞け。地の鼓動、水の営み、火の舞い、風の歌声を。人はかがくのみに生きるにあらず。心なきかがくはその道をとざす。』
 
どうでしょうか。もし、人が自然を制する事を科学と言うのであれば、そうなのかもしれません。しかし、今周りを見れば、確かに自然を舐めている科学が存在するのも事実です。
人の営みを重視するのも当たり前なのかもしれません。されど、彼らの声に耳を傾けない慢心を、彼らは決して見逃してくれないのです。
 
私達は生かされているのだと知るべきなのでしょう。生きると言う事は、決して己自身のみがしている事…そんな傲慢は持たないほうが身のためかもしれませんねぇ。
 
 
 
 と言う感じで思うところとしては「八百万の神様」と言う事で一つ。
 
最近の日本の四季。情緒がなくなりつつあります。我が家の近くでも、雪が降らなくかった年がちらほら。本当にこれで大丈夫なのかと心配の種をつきません。
 
ニ酸化炭素の排出量ばかりが問題視されていますが、それだけではなく、例えば森林に手をつけすぎたり、例えば水源を確保するとい目的でダムばかりを作っているのも、自然を破壊している原因になっているのです。
 
人は整備の名目で人の利便性ばかりを高めていきます。それこそ、昔懐かしい風景など、探さなくては行けない状況になっています。
 
風景がそこまで変化すると言う事は、それだけ生態系が変わったという事でもあります。杉花粉など、その良い例でしょう。
木が植わっていれば良い。それは人の勝手な理屈でしかありません。
 
人が人を補完するかのように自然を阻害していく。日本ではどうにも顕著のように思えてなりません。その結果、ゲリラ豪雨にみまわれ家財一式がなくなっていく。それを人のせいにする…山には山の川には川の付き合い方があったのではないのでしょうか。
 
人は神様を信じますが、神様の姿を知る事はありません。
日本古来の神様は、私達の周りにある全て。私達を生かしてくれる全てが神様であったわけです。
 
食事をする時に手を合わせ感謝し、終わる際に手を合わせ感謝する。
 
生かしてくれている全てが神様なのですから、感謝するのは当然の話ですよね。
 
そう考えると、自分たちの生活を潤してくれる神様に感謝する必要があるわけでして、それが八百万の神々であるわけです。
 
例えば、最近、野生動物たちが町に出てきているという事は、山をないがしろいしているからではないのでしょうか。山の神様を怒らせると、山から不穏な事が起きるものです。
それは海もまた然り、平野であっても同じ事です…。
 
 
ちょっと宗教じみてきましたが、しかし、行政にしても、私達個人にしても、すこし生活のあり方を考えるべき必要があるのは間違いないわけです。
例えば電気にしても、太陽光発電の国内普及数を世界一にする努力。こうした行動から、自然との新しい対話が始まるような気がしなくもないのですが…。
 
自然に囲まれている事の有り難さ。そこに息づく命たちを、今一度、省みた方がよろしいと思うのです。失われてから気付く様では、人間様とはとても言えたものではありませんからね。
とても、身近にいる神様たちに、適うものでもありません。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2009年06月06日

百円玉を握り締めて…【「ケイタイチェンジャー」(2009年 カバヤ)】

 さて、今回は2009年に発売されました「ケイタイチェンジャー」です。

 子供の憧れ、携帯電話等のモバイル機器をモデル化しました。
玩具は全種とも半完成状態で箱に入っているので、買ってすぐ遊ぶことが出来ます。
スイッチを押すと内蔵されたスプリングやギヤの力で変形が開始されます。その後は手動で変形を完成させます。
全4種類集めて合体させると巨大ロボットが完成します。
(カラーリングは彩色ではなく、ユーザー貼りのシールで再現します。)
 
 
 
 本日は久しぶりに玩具レビュー。カバヤのケイタイチェンジャーです。
 
最近では当たり前になりました携帯商品。電話に音楽再生。それだけではなく、テレビも見れますし、録画録音も出来ます。インターネットにも接続が気軽に出来るようになりました。本当にモバイル生活が必需品になってきたような感じがします。
 
それだけ身近なモバイル商品。それをロボットにしてしまおうというわけで、発売されましたのが、このケータイチェンジャーの四種類です。
 
 
コアセルダー、モバイーグル、ウルフギア、エレファンショット。
 
人型ロボになるコアセルダーは携帯電話からの変形です。これは名前からしてセルラーから来ているのでしょうけど、商標ギリギリのネーミングじゃないっすかね。携帯電話は、百八十度回転式のタイプです。
 
モバイーグルは携帯電話からイーグル=鷲ロボへと変形します。モバイル+イーグル。ネーミング的にはわかりやすくて呼びやすいですね。変形も単純なのですが、液晶部分がわかれるというのは携帯電話的に大丈夫なんですかね?
 
ウルフギア…この子も商標的にやばいです。携帯ゲーム機から狼ロボへ。ギア…○ガさんのゲ○ムギアをイメージしているんでしょうか。自動変形は一番派手に動きます。
 
エレファンショットは象ロボになるデジカメ。大きさ的に本来一番大きな動物なのですけど、イメージ的にはかなりちっこいです。しかも、足のT毛変えが結構シビアになっているので、取り扱いには一番気をつかいます。
 
この四体が合体して完成するのが、ゴッドモバイルダーという巨大(?)ロボです。
 
 
設定は大変面白いです。また、一部だけですが自動変形と全種に取り入れていながらも、あくまで玩具菓子の値段を逸脱していないのにも感心できます。
 
ただ、ロボットのバランスと言う点では、やはり問題が残る部分がちらほら。
 
コアセルダーの腕、そして、ゴッドモバイルダー時の足。それぞれの長さがどうしても気になります。長め続けていれば、これが普通なんだと思えるようになるのですけど。最初のインパクトという点では、かなり唸りましたし。
お子様達は関係ないのかな?
 
しかしながら、先ほども言いましたが、コンセプト的にはステキなコンセプトです。身近な家電製品がロボットになる。
これこそ、ロボットは友達で勇者的な路線を踏襲したものとなっているのだと思うわけです。しかも、最近ではめっきり少なくなってしまった展開です。
 
こうしたロボットはあくまで戦闘用なのかもしれません。ですが、それでも大切な事は、そのロボットと遊んでいる子供達とは友達として位置付けている点なのだと思います。
そのロボット達が教えてくれるであろう、辛さ、厳しさ、それ以上の優しさ、愛情が子供達を育ててくれる一つの要因となるからなのです。
 
こうしたロボット作品が玩具だけではなく、アニメでもまた見られる日がくればなぁ。と思いつつ、ちまちまと組みたてて遊んでいました。
 
 
 
 と言う感じで思うところとしては「玩具菓子」と言う事で一つ。
 
先週も記載しましたが、玩具菓子。最近は凄いです。
今回レビューしていますカバヤでは、オリジナルロボットの玩具菓子を沢山発売しています。
 
最近で言えば、ディエルナイツ/ネクストにダッシュビーグルGO、ダッシュライナーロボに、トライチェンジャーロボ…よくも考え付くものです。
来月も新しい商品が出るんじゃなかったかなぁ…。
 
こうした玩具菓子の良い点は、ずばり値段が安いという事です。大体、二百円~三百円。それで同一タイトルで数種類が発売されると言う感じになっています。
 
また、ロボット系においては、同一タイトルを数種類集める事によってその遊びの幅が広がるという作りにもなっています。
 
今回のレビューであるケイタイチェンジャーは四種類、前作にあたるトライチェンジャーロボでは三種類で、三タイプのロボットに変形できるようになっています。
 
ただ、そのロボットの出来あがり具合は…という感じなのですが、それは仕方がない話かもしれません。
 
確かに、最近のロボット玩具は出来良いものが多いです。が、それに比例するかのように、値段があまりにも高く、しかも、繊細な作りになっている物も少なくありません。
言ってしまえば子供、なかでも幼児が遊ぶには向かない玩具が多いといえるわけです。
 
市場としては確かに大きなお友達の財布を狙った方が良いのかもしれません。でも、玩具で遊ぶ主役はあくまで子供。それを思えば、こうした玩具菓子の玩具は一番適切なのかもしれないわけです。
 
その昔は、百円玉を握り締めて行った駄菓子屋にあった、様々な玩具。それらを自分で駆使して遊んだものですが、そうした遊びが出来るのも、あくまで安価に…子供達のお小遣いで楽に手に入る玩具が沢山あったからではないのでしょうか。
 
そこにお手伝いをしてお小遣いを得るという躾にもつながったわけで、そうした文化は残っていって欲しいものだと思うわけです。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

【広告】

サイト内検索

メンバー紹介

このサイトに自分のブログを載せたい!
(ブログの登録は無料です。)


ninja tool counter

>

※2009年4月19日 19:00より開始

ninja tool access