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2008年10月25日

交通事故はテロも同じと考えるべき【「機甲猟兵メロウリンク」(1988~1989年 バップ/サンライズ)】

 交通刑務所におけるグループミーティング…テレビでしたけど、見て目から鱗でした。



 さて、今回は1988~1989年に発売されました「機甲猟兵メロウリンク」です。



 百年戦争。それはアストラギウス銀河を二分したギルガメスとバララントとの戦争。その長きに渡る戦争終結の少し前、ギルガメス連合軍第18メルキア方面軍プランバンドール機甲大隊第8中隊に所属するシュエップス小隊に武装解除と再編成の命令が下る。
 
それは味方の軍が撤退するまでの間の殿を言いつけられたのと同時に、死を宣告させられたのと同じであった。
何故なら、彼らが所有していたアーマード・トルーパーは全て没収。代わりに渡されたのが、旧式の対ATライフルが渡されただけであったからだ。
 
後に起こる戦闘…いや、一方的な虐殺の中で、ただ一人生き残ったメロウリンク・アリティー伍長は、部隊の戦いを報告するべく、その地獄から抜け出し帰還したのだが、それを敵前逃亡と見なされ拘束されてしまう。
だが、メロウにかけられた疑惑はそれだけではなかった。プランバンドール機甲大隊が所有していたヂヂリウムという物質強奪の罪…後の「プランバンドール・スキャンダル」の被告人の一人とされてしまったのだ。
 
軍の略式裁判で証言されたのは、同じプランバンドールに所属していた者たち。完全な汚名であるのだが、実力者である彼らに一介の伍長の立場では証言を覆す事は出来なかった。湧き上がる怒りと憤りは、メロウを法廷から脱走させるという行動を取らせる。
 
最後に手にした旧式の対ATライフル、そして、シュエップス小隊に所属していた仲間の認識票。記憶したのは、濡れ衣をかけた者たち。
 
メロウリンクはたった一人で復讐と言う戦争の終りに向かって歩き出した。
 
 
装甲騎兵ボトムズと同じ世界にありながら、別にあったであろう一人の兵士の話をOVAという形で作り上げたものです。全部で12話ですから、今の深夜枠アニメの短いもの(1クール)と同じほどの長さでありました。
 
ボトムズの世界観、しかも主人公というのは、本当に喋りません。その代わり、脇役はメチャメチャ話しますけどね。それでも…というかこの世界観ではそうでなくては物語が進んでいかないのですから不思議なものです。
 
さて、主人公の兵装は本家でもある装甲騎兵ボトムス、その名称でもあるボトムズ乗り=アーマードトルーパー(AT)ではありません上記にも記載しましたが、対AT用ライフル、それも旧式のものです。
 
主人公であるメロウリンクはボトムズ乗りでなかったわけではなく、兵装を奪われてしまい、代わりにライフルを与えられ、しかも、機甲猟兵という聞こえはカッコイイのですけど、言ってしまえば歩兵に無理矢理させられてしまったのです。
 
それもこれも、全部ヂヂリウムという高価な物質を横領した上官たちの陰謀であったわけです。
 
シュエップスも実際にそのおこぼれに預かるという思惑があったのかもしれません…実際にそんな描写が少しみうけられるのですけど、実際には無謀な作戦に対する意見をしたために、抗命罪という重い罪に問われやむなく従ったという事らしいのです。ここら辺は少し時間を割いて話を書いても良かったように思うのですけど…。
 
メロウが復讐を遂げる相手に対してする事は、仲間の認識票を相手に見せる様にし、そこから戦いが始まるという状況にします。
少し、時代劇の必殺シリーズのような感じも見受けられるのですが、あれほど静かに復讐が行われるのではありません。何と言っても、最後は必ずライフルに装備している対AT用のパイルバンカーで絶命させるのですから。
 
銃や爆弾ではなく、直接パイルバンカーを叩き込む。そこに凄まじさを感じる作品であるわけなのです。
 
で、問題となった「プランバンドール・スキャンダル」ですが、実際にあったのかどうかも定かではありません。恐らくあったのだろうと言うところで終わっているので、その事実をメロウが確認する事はないのですが、しかし、そうした案件で振り回されたという事は間違いなく、利権が絡むととんでもない事をするものだ…というのは、実際でも変わりがない話なんですよねぇ。
 
ボトムスという本家を知らなくても十分に面白く、知っていれば、より面白いという作品ではないかと思うわけです。
 
メロウとキリコが偶然あったとしても、面白かったかもしれませんねぇ。でもそれは同人レベルの話なのかな?とも思ったりします。




 最近、食品における大変な事が起こっているのですが、それは正にテロのような状況でいつ身近にくるものかわかりません。自殺における毒によって巻き込まれた方も一種のテロであるのは間違いない話でしょう。
 
日本においてテロが発生しない、した事はない。もうそれは断言できない事態である事は、誰もが理解している事と思います。
誰が何のために起こしたにしても、それは誤った主義主張の成した事。被害者にどれだけ誠心誠意謝ったとしても、意味のない事なのです。
 
主義主張…言いようによっては大儀と置き換えられるわけですが、その大儀を掲げたから全てが許されるわけでもない事を、世界は認識しているわけです。しかし、それよりも根深い闘争がその意味をかき消してしまう。
最近の現実が、物語の虚構をはるかに凌ぐドラマチックなものである。そんな表現をした方もいましたが、それは人の想像が弱くなったのか、もしくは想像を逸脱した状況となっているのか。そのどちらかでしかないのだと思うわけです。
 
交通事故、交通違反。これにも、事故や違反を起こした際に主義主張があり、しかし、多大な迷惑をかけているもしくは法律を破っている行為であるのは間違いありません。
 
人の何倍以上の重さと固さと速さを持つ凶器が動いている。こう表現すると、どれだけ恐ろしい話だろうと思いませんか。
 
事故を起こした際に運がなかったと表現される方がいます。コレは間違いです。そうした性根である以上、それは運転免許をどのような境遇であっても返上するべきです。必ず、事故をまた起こします。その際に自分の命を失うか、もしくは人の命を奪うのか。そうではなくても、誰かの運命を大きく変えてしまう事でしょう。
 
車がなければ生活出来ないとしても、むしろ、そうした性根の方が運転している事。これはテロ以外の何物でもないのです。
 
交通事故は不注意で起きるのではなく、加害者の事故を起こすであろうという状況が必然で起こしているものです。そして、そこには明確な刑事罰が与えられるのです。言ってしまえば前科者です。
 
免許証は公道で全てのことを許される許可証ではありません。公道において法律を理解し、遵守するその事に対して許可された証であるのです。
守る事が損をするのではなく、守る事が当たり前である。これが交通事故というテロをなくす一番の近道であるわけです。それを出来ない以上、法律の強化がなされていったとしても、それは仕方がない事と思うべきなのでしょう。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2008年10月18日

水が原因で紛争になるのかもしれません【「太陽の牙 ダグラム」(1981~1983年 日本サンライズ)】

 日本にはあるけど世界には少ない…それは、水です。



 さて、今回は1981~1983年に放映されました「太陽の牙 ダグラム」です。



 鉄の腕は萎え、鉄の脚は力を失い、 埋もれた砲はニ度と火を吹く事はない。鉄の巨人は死んだのだ。狼も死んだ。獅子も死んだ。心に牙を持つ者は全て逝ってしまった…。
 
物語は一人の女性の回想から始まる。その目の前にいる一台のコンバットアーマーは、その全てを見てきたのだ。
 
ワームホールによる宇宙進出を可能にした地球。その手で新たに惑星が植民地とされるのは当然のことであったのだろう。スタフェラス二重太陽系の第5惑星・デロイアも植民地惑星であり、既に130年もの間、地球からの移住が行われていた。
そうした中でデロイアで生まれた人たちは、デロイア人と呼ばれ、植民地惑星であるデロイアは地球からやってきた者たちより劣っているとして蔑まされていた。
 
当然のことながら自治権など与えられるはずもなく、資源も搾取され、奴隷のような扱いを受けていたのだ。それに不満を持つ人々が独立のために動き出す。独立運動の始りであった。
 
そうした動きの中、地球連邦評議会議長のドナン・カシムら評議会の議員たちを、地球連邦軍第8軍大佐、フォン・シュタイン率いる部隊がデロイア星の首都、カーディナル市にて監禁する事件が起こる。それだけではなく、シュタインはデロイアの独立を宣言までしてしまう。
事件の報道を聞いたドナンの息子、クリン・カシムは地球連邦軍の救出部隊に志願し、人質の解放に尽力した。
 
そして無事に解放されたドナンは、意外にもシュタインを免罪するだけではなく、デロイアを新たな州として認め、更にシュタインをその代表にすると宣言する。
だが、それは彼らが組んだ狂言であり、政治的にデロイアを地球のために搾取し続ける事を決めたドナンの仕組んだ事であった。
 
それを知ったクリンは苦悩した。だが、ひょんな事からデロイアを完全独立を目指す、デビット・サマリンと出会い、ダグラムのパイロットとして紹介された。それが地球連邦に知られてしまう結果になり、サマリンそしてダグラムは奪われてしまう結果になる。
 
責任を感じたクリンは単身、ダグラムを奪い返す事に成功する。そしてクリンはデロイア完全独立を目指す組織、デロイア7…太陽の牙に身を投じ、仲間と共にデロイアの明日を手にするべく活動していく事になる。
 
 
主題歌からしてとても暗いという印象のある作品です。それまで、戦争物が幾つか出てきたわけですが、これほど徹底的に救われない話もないのでしょう。
 
主人公は何も特殊な能力を持つこともないクリン・カシムという地球人です。彼はデロイア人ではありません。しかも、デロイア7にとっては敵対する地球連邦軍、その士官学校の生徒であったのです。
 
クリンがデロイアの独立運動に参加した、そのきっかけは父であるドナンへの反攻であったのかもしれません。
ですが、この父も自分の立場の下に、信じる道をまっしぐらに進んでいったに過ぎないのです。そういう意味では、クリンと同じ熱い人であったと言えるのではないのでしょうか。
 
その最後の言葉「自分の信じる道をまっしぐらに生きろ!」。それに突き動かされるように、クリンはデロイアのために骨をうずめる決心をする。物語はデロイアがどうなったのかという話もなく終わっているのです。
 
そう、これは独立運動に青春をかけた太陽の牙というメンバーの生き様を綴った物語であると言う訳なのです。
 
彼らが物語を動かした…というわけでもありません。政治としての影響は微々たるものであったはずです。そういう意味では、その行動にどのような意味があったのかと問いたくなる作品であるのは間違いありません。
ダグラムというコンバットアーマーを使い、戦い、結果、自らの手でその力を捨てる決心をする。
 
最初に記載した文章は第一話において、砂漠で朽ちたダグラムを前に流れるナレーションであります。
その最後は、クリンの手でダグラムが燃やされるわけです。それはクリンたちの負けを宣言しているようなものに感じるわけですが、しかし、実際に負けではないわけです。
 
何故なら、彼らの戦いは、その手に銃を持つことからの脱却であったからなのです。地球人であるクリンがデロイア人である仲間たちとの信頼関係を築いた。それは他の地球人そして、デロイア人たちも同じ様に出来ないはずがない…そのシンボルであるのではないのかと思うわけなのです。



 考えてみれば、世界における紛争というのは、今、この時点でもどこかで行われているわけです。実際、最近も米国から戦争の報告が上がっているぐらいなのですから、それが止まる事はないのかもしれません。
 
日本は六十数年の間、一応戦争に参加しているわけではないと理解されています。実際は、参加に近しい事を幾度も行っているのですが、それも世界の流れからすれば仕方がない話なのかもしれません。
 
日本には憲法第九条における戦争行為の放棄がうたわれています。自衛隊はあくまで自衛の部隊。先制攻撃はありえないわけです。それが正しいのか間違っているのかは別にするとしまして、しかしながら、日本を取り巻く環境も決して安穏としていられる状況ではありません。
 
朝鮮半島における問題は、そのまま日本へと飛び火する可能性もあるのです。それも経済的な問題ではなく、武力という問題で起こる可能性もあるのです。
 
人が人を傷つけるその一番の原因は、言葉や行動、つまりは文化の違いでしかありません。宗教も文化の一つであると考えれば、容易に理解できる話ではないのでしょうか。そうした状況が長年続いている場所も少なくはありません。
ただし、それまでは神の教えが問題であったものも、現在ではその様相が異なり始めた様子です。
 
有名なものとしてはレアメタルでしょうか。
 
日本でも多く使われているレアメタルの確保は、かなり難しいのが原因です。そして、その埋蔵の大半は途上国が持っているとの話。その利権を大国が奪い合うのは当然の話でしょう。
 
しかし、それよりも今後問題になるといわれているのは水です。
 
日本は不足しているとはいえ、それでも世界から比べれば安全に飲み水として使える豊かな国であります。その水が今後、世界に多く輸出される可能性すらあるわけです。
例えば、輸入問題の一つであると言われるバーチャルウォーター。これは輸入品として入ってくる物に対して、どれだけ水が使われているのかを示すものらしいのですが、その分を負担する事によってバーチャルウォーターの問題を解決する方法もあるのではないのでしょうか。
 
それでも水も決して無限の資源ではないので、大事に使っていく必要があるのは間違いないのですけど。
 
水不足が原因で戦争が起きる可能性も示唆されているわけで、要するに、世界には日本の常識では計り知れない戦争の火種があるという事を理解するべきなのでしょうね。
その上で、どのように活動するべきなのか…日本は国民意識まで含めて考える時期にあるのかもしれません。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2008年10月11日

人を見たら…と思え【「劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者」(2005年 劇場版「鋼の錬金術師」製作委員会)】

 騙される人が悪い…いいえ、騙す方が悪いに決まっています。ただ、私たちにも注意が必要なのは当然なのですけどね。



 さて、今回は2005年に公開されました「劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者」です。



 先週の続きと言う事になります、劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者。これはTVで放送されました最終回の続編…ではなく、完結編と位置付くものです。
 
 
エドワード・エルリックがいるのは、1923年ワイマール共和国ミュンヘン。
第一次世界大戦末期のその時代、それでも人々はその日の糧を求め生活をしている。何事も変わりなく、ただ戦争という非日常的な状況が、人々の心を荒廃させたのは事実であったらしい。その戦争も終結し、しかし、ドイツ帝国にとって屈辱的なヴェルサイユ条約締結後、国の名も、ドイツ共和国と帝国時代の名残を残さないようにされてしまった、そんな時代にエドはいた。
 
その世界において、錬金術はあくまで想像上の産物であり、代わりに科学が発達していた。同じ様に、この世界に住んでいる父、ホーエンハイムによって、この世界では動かす事ができない機械鎧からこの世界に即した義肢を付けていた。
 
この世界に骨をうずめる覚悟をしているホーエンハイムとは異なり、エドは自分の世界に帰ろうと様々な人物や文献を探している。
錬金術が命を利用するというのであれば、それを使わない方法で扉を開けようとしていた。
 
この世界でエドはルームメイトと暮らしている。アルフォンス・ハイデリヒ。名も顔も、エドが記憶する弟にそっくりのアーリア人である。アルフォンスはエドの話す異世界の話をエドの創作であると思いこんでいるらしい。
だが、その情熱は認めている。何故なら、自分にも情熱を注ぎ込んでいる事があるからだ。
 
ロケット。それも有人飛行が可能な高速で空を飛べる機械。それの完成が病に犯され先の短い自分の生きた証…それを信じて仲間と共に情熱を注いでいた。
 
だがしかし、その情熱すらも自分の欲求のために使おうをしている者たちがいる。
 
それは、伝説にあるシャンバラに向かい、その奇跡なる力で世界をその手に収めようとしている者たち。そして、エドは知る。そのシャンバラこそ、エドの知る自分の世界であり、奇跡なる力こそ錬金術であると。
 
自分の世界に帰る事と自分のいた世界を守る事。その相反する葛藤の中でエドは一つの選択を決める事になる…。
 
 
エドたちがエドたちの世界で使っている錬金術。それが映画でのエドのいる場所、もうひとつの世界で失われた命がその原動力であるという事に驚愕するばかりです。
ですが、これは原作にも通用する話で、原作におけるアメストリアの錬金術は、ホムンクルスたちが言う所の「父」によって制御されている節があります(実際にそのような描写がありました)。つまり、命を媒介にしている状況に代わりがないという事になります。
 
エドにとって、原作であれアニメであれ、それが命である事に違いがないのは間違いなく、これから原作ではその葛藤と向き合う事がやってくるのでしょう。
 
アニメ版では、そうした葛藤は終盤にありました。ただ、一つ問題となるのは、その錬金術を使用不可能にはしていないという事実です。要するに命の搾取は終わっていないという事になります。
 
一つにそれをすると言う事は、恐らく2~3年はアニメを続ける必要があったのかも知れません。現状であれば、それも可能なのかもしれませんが、当時におけるアニメというのは基本的に深夜枠。ガンダムなどのネームバリューでもない限りは、一年間持つことすら疑わしかったわけです。
 
しかも、原作途中のアニメ製作には、何かと人気にかげりが出やすくなるものです。
 
実際に、このアニメ版でも原作好きの中から批判される状況にありました。ただ、先週にも記載しました事を更に追記させていただきますと、原作(漫画)をそのままアニメにするのは不可能な話です。何故なら、それは漫画というフィールドにあって完成されたものであり、材料ではないからです。
 
とすれば、アニメはあくまで原作を材料にした作品なのではなく、大半、原作者が関われない、アニメ関係者責任の上での別作品と言う事になるわけです。
 
それは一つの完成品。その仕上がりの是非はすべてアニメ製作者の双肩にかかっているだけであり、原作はなんら関係はなくなるという事になるわけです。
 
私自身の原作とアニメの見解は、やはり原作が終了してからアニメ化するのが望ましい事に代わりがありません。ですが、それを個人的な良し悪しであり、だからアニメが駄作であるとはいえないわけです。
実際に、鋼の錬金術師に関しては、TVから始り、劇場版まで見て行きますと、その世界観に引きずり込まれ、話の終焉に納得いく出来になっている事でしょう。
その上で、あえて、先ほどの命の搾取の話を持ってきたのですが、さて、エドはそれから先、どのようにその事と向き合っていくつもりなのでしょう。
 
少なくとも、劇場版の終りにて生活している場所のままでは、その疑問がおざなりにされても仕方がない。むしろ、その事に悩まず、苦しまず、その目的の成果が出なかったとしても、精一杯生きて欲しいと思うのは私だけではないと思うわけなのです。




 一生懸命に生きている人もいる中で、そうした人を騙す人がいる。なんとも嘆かわしい事です。
 
ニュース記事でありましたが、東京都における振り込み詐欺が激減しているそうです。それはしかし、逮捕されているからというわけではなく、所轄の方々が銀行を回ってるからなのです。
 
問題は、いつまでもそうした事は出来ないという事でしょう。
それだけが仕事ではありませんし。そこにしかいないとわかれば、別の犯罪のきっかけになる可能性もあるのですから。
 
やはり一番は、家族や知り合い同士で気をつけあうように確認する事。自分だけは大丈夫だとは思わないことでしょう。
 
 
以前、我が家にもかかってきました。それはとある業種に関するものであったのですが、上司を名乗る人物からです。しかし、声がどうにも若い。年を経ている感じが全くしないのです。若々しく感じるというわけでもありません。
 
電話には私がでました。こちらの名前は言いません。すると、いきなり●●の△△と言います…と話を始めました。これはおかしい。少なくとも、そのように例えば、企業や部署、役職などを示すはずがないと思いまして、どちらの△△さんでしょうか、このように尋ねました。
 
すると、一瞬慌てた様子で、もう一度同じ●●の△△ですと言ったので、ですからどちらの□□の△△さんでしょうか、と尋ねたわけです。その瞬間、電話は切れました。これで確信が持てます、その電話は間違いなく詐欺の電話です。
直後、関係各所に電話を入れました。思ったとおり、同じ様な電話が別の方にもかかってきており、危うく、騙される所だったといいます。
 
 
人を疑う事は、決して気持ちいいものではありません。ですが、少なくとも自分の身分を明らかにしない相手に、新説丁寧に対応をしたとして隙を見せれるものではありません。そうした緊張は伝わるものだと思うのですけどね。
 
我が家の家族には、少なくとも、そうした電話がかかってきたとして、本当に不利になるのだとしても本人に対して直接確認が取れなければ相手にする必要はないと伝えてあります。少なくとも、自分であれば、非通知などで所在も明らかにしないままで家族に電話しませんし。
そうした状況になれば、警察から話が行く事などないのも知っていますし、電話があるときは、入院しているか死亡確認に来てくださいという時ぐらいです。少なくとも未成年でなければ、そうした事故・事件は本人と司法との関係しかありませんから。
 
家族に迷惑がかかるのは、その関係で家宅捜索がある場合ですし、令状もなくそうした行動を取ることなどありませんから
 
 
本当に身に覚えのない場合、すぐさま警察に連絡するのが良いでしょう。たとえ、それが本当に警察であったとしても、電話をするのは自由ですから。それで確認してもらえば良いんです。
それが本物であれば、電話する事に躊躇する事もないのでしょうしね。それで躊躇するようであれば…いろいろ考えると怖い話ですねぇ…。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2008年10月04日

国が危険な状況です【「鋼の錬金術師」(2003~2004年 毎日放送/アニプレックス/ボンズ)】

 別にテロとかだけじゃなく、日本は危機に晒されています。そう、思いませんか。



 さて、今回は2003~2004年に放送されました「鋼の錬金術師」です。



 軍事国家アメストリス。この国家には国家に属する錬金術師がいた。その中でも「鋼」という二つ名を持つ、最年少合格を果たした錬金術師がいる。
 
エドワード・エルリック。右腕、そして左足を機械式の義肢=オートメイル(機械鎧)になっている、まさに「鋼の錬金術師」の名に劣る事のない稀代の実力者である。だが、彼が機械鎧を、そして彼の弟が鎧を常にまとっているのには理由があった。
 
まだ幼い頃に、母親をいきなり亡くし、国家で禁止されている人体練成を行ってしまう。錬金術の基本は等価交換。一の物からは一の物しか作れない…命を作るには相当する「命」の代価が必要になってくる。そのために、弟であるアルフォンスはその肉体を全てなくし、エドワードは左足を失った。
 
だが、そこに出来上がった母親は、母親というには程遠い物であった。
 
自分の行いに悲観をしつつ、だが、アルフォンスまでも失う事をしたくなかったエドワードは、弟の魂を自分の右腕を対価にし、鎧に定着させた…そう、弟が着込んでいると思っている鎧そのものが、弟…アルフォンスの肉体となったのだ。
 
そして彼らは、互いの肉体を元に戻すために、旅に出る決心をする。伝説になっている賢者の石を求めて、そして、エドワードは兄弟だけで生活が出来、旅が続けられるように、国家への忠誠を誓うのだった。
 
 
原作である漫画は、未だに連載中でありますので、これもその終了をまたずに製作された原作付きアニメであるわけです。
こうした作品の大半は途中から原作を大きく逸脱する結果になる事が多いわけですが、この作品もその例に漏れる事なく、原作の筋から大きく離れていきました。
 
ただし、問題はその落ち着きどころです。
 
この作品、テレビシリーズで終わる事無く最終的には映画まで、その物語を延ばしたわけですが、正直、それで正解であったと思うわけです。
キャラクター、それも重要な役どころの待遇が変わったのもそうですが、一番はその世界観の根底…錬金術とは何ぞやという部分でしょう。
 
人の命が関連しているという部分では同じですが、アニメ版では、その命を多次元世界という解釈の元に利用しています。
ですが、この設定はまさに驚愕という点では大成功な部分ではなかったのかと思うわけです。ここで原作に忠実になってしまうと、結果的に原作において錬金術の源が出てきたのは、つい最近の話。つまりは、アニメ版の内容が尻つぼみになってしまった可能性があったわけです。
 
そうならないように、あえてアニメではアニメ版としての解釈で話の結論を見出した事、そして、基本的にはあくまでエルリック兄弟を中心にして話を動かしていた事が、うまくまとめられたのではないのかと思うわけです。
 
確かに、どうしてあそこまでの軍事国家であるべきだったのかなどと言う話はまとまっているとは思えません。
ですが、あくまで、この物語の中心にいるのはエルリック兄弟であり、錬金術ではないわけです。錬金術によって振り回された兄弟が錬金術をどう解釈し、どう決着をつけるのか。アニメ版の意義はそこにあったわけなのです。
 
ですが、兄弟にとっての決着がつくのは、TV版ではなく、映画版であったわけですが…それはまた後日に記載いたします。




 今、我が国家が大変な状況です…と、言いたいのですが、実際には大変な状況であると言いつつも、ドラマチックに見せているとしか思えません。実際に大変な状況であるのは、何も今に始まった話ではないのですから。
 
国とは誰のためにあるのか、もっと言ってしまえば何のためにあるのか。戦後六十数年で日本はこの答えを、今求められているのかもしれません。誰に?それは質問者であるはずの私たちにです。
 
基本的に日本は資源小国です。それは認めるべきでしょう。しかしエコによって、その問題が少しでも解決できるようにと勤めているの事があります。例えば携帯電話の回収はその最も足るべき一例ではないのでしょうか。
しかし、それも必要なのですが、人にとってもっと大切な事があります。それは衣食住と呼ばれるもの。中でも食の問題は最近取り上げられているので様々な情報媒体で見る事が出来ます。
 
日本の自給率はわずか四十パーセントにも満たないのが現状であり、しかも、その内容はかなり偏っています。少なくとも、現状のファーストフードのような食品を、自国の生産だけで十分今叶うのは難しい…いえ、無理な話でしょう。
 
やはり以前より言われている自国の生産に関する保護が弱くなった=輸入に頼るようになったのが原因です。
 
それまでのように、日本が輸出で稼げる国であれば問題ない話なのでしょう。事実、原油三国である国と、日本の一般家庭を比べれば一目瞭然です。それだけ日本には強力にして絶対的な産出が望めないわけです。
だとすればどうすればいいのか、それは技術力を高めていくしかありません。ですが、日本における大概の技術者…向上における労働者と書き直しても問題ありませんが、その技術力は低下の一途を辿り、一部の技術者=設計者ののみ、技術力の向上が見受けられるわけです。
 
それもそのはず、工場は出来る限りのオートメーション化、人件費を少なくし、効率を上げる。それは本当に正しい事であったのでしょうか。実際にオートメーション化がしにくい商品に関しては、その向上を海外に求めている状況です。これだけ日本に人材があふれていると言うのに、日本外に求めるわけです。
 
そうすると簡単な話し、日本における消費が少なくなります。当たり前ですが、ない袖は触れません。ですが、企業の社長以下幹部クラスまでは、その企業が大きくなればなるほど、給与がたくさんもらえます。これがセレブと言う和製英語の方々です。セレブが一般的なお店で消費する事は少ない話でしょう。近所のスーパーで特売品を買っている、しかも血眼になって…などと言う話を聞くこともありません。やっている方はやっているのでしょうけど、イメージではありませんね。
嫌味はおいておきまして、結果的に消費が一部の企業だけをめぐる状況が出てくるというわけです。
 
その顕著な状況はT社とF社の間で起こっていました。今も起こっているのかはわかりませんけど、少なくとも注意を受けたのは事実です。輸出によって莫大な収益があるにも拘らず、それを溜め込むT者に対して、社会的還元を求めて指導がありました。そこで考えたのが、自社のシステム変更を行うと言うものです。そこで依頼を受けたのはF社。しかし、F社も結果的にT社を優先的に使っている関係で、単なる費用の受け渡しが起こっている状況であったわけです。
 
これでは社会的還元など出来ていないのは一目瞭然です。
 
忘れてはいけないのは、企業が相手にしているのは企業ではなく、国民であるという事。もう一つ、彼らが豊かにならなければ、自国での仕事など成り立たないという事です。
 
本当に海外との競争に打ち勝つ目的であるのならば、国民の消費に向けた行動・・・それこそ給与を上げることをするべきであり、それが近道であるのは間違いないのです。
企業が使うのではなく、国民が使う。それが国力が上がる事にもなりますし、結果的に懐が暖かくなれば、多少高くても国内の食品を購入することにもなります。それが意外な仕事になる可能性もあるわけです。少なくとも、これまではそうした仕事の関係であったはずなのです。
 
効率化効率化と唱えているばかりが企業のためではありません。六十数年の歪みが数年で治るはずもないのですから、そうしたこすっからい揚げ足取りばかりをしている状況でもないのですよ、国会議員の皆様。
あなた方がそうした自己利益ばかりを追い求めるから、企業もそれに習うのです。国益を考えるのであれば、まさに襟を正して国会に臨むべきであり、そうした議員を私たちも国会に送り込む必要があるのです。
 
なので、後援会なんかいらないと思うんですよねぇ。固定票があるから、安心感から変な話をする議員さんがいるのですよ。
自分の身の保全ばかりを求めてはいかん!もし、後援会が叱咤出来ないのであれば、それ以外の人たちがするべきではないのでしょうかね。
 
いずれにしても、そうした決算、それほど先の未来にあるはずではないのです。本当に恐ろしい事ですし、悲しい事ですねぇ。
少なくとも、今度の総選挙では、自分の意思で一票を皆さんに入れて欲しいものです。100%はいかなくても、90%は行きたいですよねぇ。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

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※2009年4月19日 19:00より開始

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