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2008年02月23日

その媒体は宣伝につき【「鎧伝サムライトルーパー(玩具)」(1988~1999年 タカラ/童友社)】

 今日も元気に毒でも吐きましょう。瞬間的にムカツク事があったわけでもなく…あ、あったわ。でも、その話はまた後日、もしくは別の場所で毒を吐く事としてまして、今回は、「アニメ及び特撮という媒体に関して」のお話。
 
こうした作品においては、テレビで放送する際に、当然の事ながらスポンサー(提供)がつくわけです。それは何故か。単純に言えば、それを通じて(もしくは利用して…つまり版権を用いた製作物)利益を得ようと言うのが目的であるからです。更に当然の話、スポンサーはその番組に投資するのですから、利益も含めて回収できなければいけません。
 
その利益というのは…。



 さて、今回は1988~1999年に発売されました「鎧伝サムライトルーパー(玩具)」です。

この作品は、腐女子向けアニメ(当時に言葉としてあったのかは疑問ですけど…出始めの頃でもあったような…)であったわけですが、その当時のアニメは当然の如く「玩具を売るための宣伝媒体」であったために、こうした玩具が売れるかどうかが成功・失敗の目安でありました。当然のように失敗=売れないアニメにはスポンサーからのテコ入れ、もしくは降板=打ち切りが当たり前のようにあったわけです。
 
このサムライトルーパーにはメインスポンサーであるタカラが組み立て済の玩具とゴム製の玩具、童友社がプラモデルを発売しておりました。
(※画像は童友社のプラモデルのパッケージです)
 
で、売上げはどうであったかと言えば、散々なものであったわけです。顔も似ていないし、体形に至っては全員がぷっくり。で、プラモデルは女性で作れる方など、現在に比べて確実に少ないわけですし、ゴム製にいたっては、販売数自体が少なかったわけです。
 
実際の話、トルーパーにおける売上げで一番であったのはアニメイトから発売していた各種商品、そしてスターチャイルドのCDであったわけです。今ならば、ありえないようなファンのつき方でありましたから(一作品で作画監督ごとにファンが付いた作品で人気があったのは、聖闘士 星矢とトルーパーぐらいではないでしょうか)、描き下ろしの商品が多かったアニメイト商品は確実に売れた商品であったはずです。
 
さて、この玩具版ですが、実は初期設定が多分に残る商品展開となっていました。当初、トルーパーは星矢の日本版(舞台設定の話、星矢がギリシャに対してという意味)として製作されるはずであったのですが、それが巡り巡って、侍そのものとなってしまった。一番困ったのは、玩具に採用したギミックです。
 
弾動力。実は、バネの力を利用した玩具の形になっているのですね。だから弾むという言葉が使われ、なおかつ、そのバネと手足のロック機構を使ったオリジナルの技を説明書に書き記しているわけです。
そう、玩具の一番の遊び所というのは、実はヨロイギアを着せることではなく、アンダーギア同士のくんずほぐれつであったりするわけです。
 
また、どの玩具も顔を似せようと努力しているとは思いますが、結果的には遠く及んでいないまま。これでは、メインとなってしまった女性層が飛びつくわけもありません。
 
造形的に売れたのは、敵の大将、アラゴであったというのも頷けるもの。あれ、人の顔を似せる必要ありませんし、鎧の造詣だけ気にすればいいわけですから。
 
ちなみに、私が保有しているもので、唯一つだけないのは、タカラから出ていたゴム製の烈火のフィギュアだけ。大好きな番組であったからこそ、それだけそろえましたが、未だに取説を読むとフッと苦笑いが出てくるのは仕方がないのかもしれないと自分に言い聞かせています。
今の時代まで余波が続いていれば、聖闘士聖衣神話クラスのヨロイギアが出ていたのかなぁ…。
 
 
※補足(…というより、むしろコッチの方がレビューっぽいぞ!)
 
タカラ発売
 
 <超弾動シリーズ>
 バネ仕込みのリョウたちトルーパーや四魔将、さらにはアラゴ様がアンダーギアでくんずほぐれつのグランド技を掛け合う事の出来る玩具。また、どう見ても黒豹の白炎王もラインナップに入っていた。
更に、玩具の箱についていた紋章をはがきで送ると、金と銀の輝煌帝が当たるキャンペーンもやっていたが、そのどちらかがそれぞれ何十か何百名にあたるはずなのが、そのどちらも当選。当時、物凄く喜んだが、今にして思えば、それだけ応募が少なかった事の証明ではないかと。
 
 <マルチアクションフィギュアシリーズ>
 …と銘を打ちながらもこれ以降のタイトルは不明。材質はゴムでありながらも、肩、腰などの数箇所の動きしか出来ず、なおかつ鎧を着せるとその稼動範囲も減少。更に自立が困難なために台座が付いているという、どうアクションさせれば良いのかかなり悩む商品。
どうやら初期ロットのみの発売だったらしく、商品の品薄感がもっとも激しい商品でもあった。
ちなみに、自分のコレクションで烈火だけが未だに手に入っていない。
 
 <サウンドアクション 烈火拳>
 実はこの商品、同じタカラスポンサーの電脳警察サイバーコップのジュピターアームの焼き直し品。音もほぼ同じ。で、この商品の素晴らしい所は実際に烈火拳の玩具の音が劇中で使われ、キチンと効果を発揮したという事。その一番の回は32話「地霊衆、恐怖の作戦」。この音が地霊衆を苦しめるという風に使われたが、その後、烈火拳という名称は劇中にも頻繁に登場。この玩具のためなのだと推察される。
 
 
童友社発売
 
 <バトルアクションシリーズ 1/12>
 サイズ指定があるわりには、結果的に全員の大きさが同じという設定ド無視の荒業を繰り出している。しかし、さすがはプラモデル。いろいろ加工しやすさでは群を抜いている。しかし、実際にこうした商品を望んでいたのは女性ファンの方であり、なおかつ、完成形を望まれていたのは当然の話。残念な事に、選択幅の少ない商品であった。
ちなみに、個人的に再販を一番望んでいるのは、このシリーズである。売られていたら、各三セットずつは購入するだろう…値段と相談であるのは当然であるが…。
 
 
※一応、立体物であるので、玩具菓子も入れておきます。
 
カバヤ発売
 <チョコボール 50円>
 消しゴム製の人形。もっとも生産数が少なかったとか。
 
 <ピーナッツチョコ 100円>
 プラ製の人形。ラインナップは烈火、金剛、水滸、天空、水滸、シュテン、ナアザ…までは確認。正確な情報は現在も収集中。
 
 <ピーナッツチョコ 200円>
 ゴム製の人形にプラ製の鎧ギアの人形。ラインナップは烈火、金剛、光輪、天空…何故か、水滸はいないそうです。
 
 <チョロイデン チャムライトルーパー>
 トルーパーのSD版として登場。人気があったために別企画(その当時、SDが強かったのはタカラの方。バンダイのSD路線はその後にガンダムで大ヒットとなる)。しかし、玩具菓子のみで他の企画は頓挫。
各キャラの名称も、おまぬけになっており、花火のリョォ、マメ電球のセージ、石コロのシュー、しずくのシン、ため息のトーマ。で白炎はひゃくえんで、輝煌帝烈火はきこーてぃれっか、白炎王はひゃくえんおう。
アラゴは荒誤塾長、んで四魔将は、シュッテン、アニュビス、ニャーザにラチュラ。
玩具のラインナップはリョウ(烈火&輝煌帝烈火)、シュウ、セイジ、シン、トウマ、アラゴ、シュテンの8つ。



 最近、そう聞かれなくなりましたが、「作品は誰のものであるのか」という話。一部にはファンのモノとした意見がまかり通っているわけですが、ならば、そのファンのモノをファンがどのように扱おうが自由であると言う話になります。しかし、現実にはそんな事はありません。法律の中でしっかりと製作者のモノとして守られているわけです。
 
そうなると、製作者というのは誰になるのかと言う話になるわけですが、先に答えを言えば、資本を出してくれる人のモノであるわけです。
 
それはおかしい!製作している人の権利は…はい、ごもっともな話。しかし、製作には多少なりとも金銭が必要なのはご存知でしょうか。まったくの無一文で製作できる、もしくは自分の動かせる範囲の金で製作できるのならば、それは製作者(個人であっても集団であっても)の純粋な作品となるのでしょう。
 
しかし、厳密にはスポンサーがいなくては運営が出来ません。作るだけでは人は賄えないのです。
 
今ではロボット物が少なくなりましたし、また、玩具の売れ行きも激減していますから、そうでもないのでしょうが、その昔のアニメや特撮は玩具を売るための媒体であったのは間違いない話なのです。ガンダムにして、国力のなさそうなジオン軍があれだけのMSやMAを繰り出せたのは、物語にそうした設定が最初からあったからではなく、メインスポンサーが次々に売り出すための商品のネタを欲していたからであるわけです(MSやMAがあって、そこに物語を載せていったというのが正しいのかもしれません)。
 
なんという事だ…そんな放送は正しくない…いえ、正しいやり方です。
 
ただし、その玩具が売れるような描き方をされているのかどうかと言うのは、また別問題であり、それがきちんと成されていたという作品は数少ない事でしょう。今の技術だからこそ出来る方法があって、例えばボルテスやガイキングなどが発売できたわけですが、リアルタイムの放送時には、玩具が出来る事をアニメで表現した事など多々あります。むしろ表現しつくせない機能まで入っている事もあります。
 
本当に今だからこそ、後に発売されるDVDなどの収益で運営できるようになったわけですが、しかし、それはたった一本の綱渡りをして歩いているに過ぎないと言う事に気付くべきなのです。
 
玩具は子供のものという時代は終わりました。実際に、少子高齢化云々というより、玩具で遊んだ世代が自分の自由になるお金で玩具を買い漁る時代に既に入っているのです。番組の当初より、大人向けの玩具(卑猥な言い方ですが、意味が違うのわかりますよね。エロの意味じゃありませんよ)、そしてそれを売るための番組を制作する事も有りなのではないのかと思うわけです。
 
番組が進んでいく、そして新しいアイテムが登場するドキドキ感、それを玩具という形で実際に手に出来るワクワク感というのは、いつでもいつまでも味わってみたいものではないのでしょうか。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。



2008年02月16日

火の車なんです【「マシンロボムゲンバイン ムゲン五獣神」(2008年 バンダイ)】

 道路特定財源のように、本来は一つの目的のものに利用するために設定されたものが、実は別の目的にも使われていたというのは、政治の世界から良く聞こえてくる話です。
 
しかし、それに対して何の咎める術も持たない我々国民は、一体、これからどのようにして国を是正していく事ができるのでしょうか。



 さて、今回は2008年に発売されました「マシンロボムゲンバイン ムゲン五獣神」です。

初の玩具レビューになりますが、他のサイトのように、画像てんこ盛り…というわけではありません。あくまで、画像は一点のみで、あとは文章でのレビューという事にいたします。
 
さて、ムゲンバインといえば、アニメにもなりましたマシンロボレスキューの続編にあたる玩具です。しかしながら、そのムゲンバインもアニメの縛りから向けだした瞬間に、様々な展開を行えるようになったようです。
特に一番の展開は、やはり玩具菓子関連におけるものでしょう。
 
このムゲン五獣神は、ムゲンバインの玩具菓子では第6弾のものとなります。
 
東洋系のものからエジプト系へと移っていったのは、英断であったのかもしれません。東洋系のものを合体させると、どうしても西洋系になってしまうのは、無機質なロボットであるからなのでしょうが、エジプトの関係であれば、それは石で作られているなどというでっち上げでも大丈夫。
スフィンクスに代表されるように、無機質な素材を作って、雄弁に語りかけてくるような造形物を作り出してきた土地であるが故に、こうしたロボット物になっても、さしたる違和感がないように仕上がったのでしょう。
 
しかも、この玩具、菓子の付録(?)として侮っている事が大間違い。結構、ガシガシ動かせるんですね。
 
で、ムゲンバインの醍醐味である合体。説明書どおりに五体を合体させると、ムゲンファラオという巨大ロボになるわけです。二十センチもどの大きさでしょうか。結構迫力あるロボットになりました。
 
また、この玩具の面白さは、ムゲンバインが同じような造詣物によってうまくシンメトリーを構成しているにも拘らず、それぞれ五体に分割した場合、その同じような造詣も違う使われ方をする、という点にあるのでしょう。
簡単に言ってしまえば、一つの部品でも違う場所に使う事ができ、それは違う表現を醸し出せる、という事でもあるわけです。
 
まさに様々な形をしたブロックの玩具。これは数を揃えれば更に壮大な「何か」が作り出せるというのも頷けます。また、玩具菓子でありながらも、既存の玩具製ムゲンバインとの合体も可能という親切設計も嬉しい玩具なのであります。



 別に嘘をついて欲しくないだけという感じもする道路特定財源の使われ方なのですが、正直、それに頼っている地方というのも、本当に道路だけに使っているのか疑問になってきました。補填するために廃止は困る…というのでは、発足における意味合いがなくなってしまうというのを理解しているのでしょうかね。
 
アメリカの推移に右往左往している日本の状況は、冷静に見れば滑稽であるとしか言い様がありません。こうなってくると、日本ってば独立した一国家?と疑いたくなってくるものです。
 
一度、廃止した上で、本当に必要な財源として確立し、その上で国民の負担にならないようにするにはどうするべきかを議論する必要があると思うのですが。目の前のお金にだけ執着しているようでは、政治は成り立たない状況になっていると思うんですけど。
 
元々からして日本の借金は先進国でNo.1。これでも、まだ国債を発行し、更に不況ではないっていうのですから、何を根拠に言っているの?と聞いてしまいたくなるわけです。
よく国を一つの家に例える場合がありますが、しかしながら、そうであった場合、その家庭に差し押さえが来ない事が日本政府や国民の危機意識が足りない原因なのかもと考えてしまいます。そうなると、保障はどこがやってくれるのか。どうすれば借金を返せるのか。元々、どこから借金をしているのかが、よりはっきりとわかるようになると思うのですけどねぇ。
 
はっきりとわかった際に慌てるのは…我々なんですけどね。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2008年02月09日

彼の国が忘れていけない事【「RED」(1998~2004年 村枝 賢一/講談社)】

 元々が勝手な思想の元に出来た国…なのかもしれません。
 
彼の国は彼らが来る前にあり、そこには人が生活をしていたわけですから。思い出すのは、西部劇。しかも、白黒映画の中で正義と悪をどう分けていたのでしょう。アウトローが出てくる以前のお話なんですけどね。
 
本当にそれって、正しい見方なんでしょうかね。



 さて、今回は1998~2004年にヤングマガジンアッパーズ、および週刊ヤングマガジンで連載されました「RED」です。

スーの一部族ウィシャの少年ティヨーレは、その生まれつきの白髪という部族の中でも目立つ存在であった。白人との戦いで大人の男性が少なくなり、ティヨーレが村長となった9歳の時、ウィシャはインディアン居住区へ移動の最中に訪れたホワイトリバーで惨殺されてしまう。生き残ったのは彼一人。親友であったオセオラは、彼の代わりに一族の長の羽飾りをつけていた為、殺されてしまう。
 
そして10年。マザスカに拾われた彼は、レッドと名付けられ平穏に暮らしていた。そこに巡回牧師と名乗るグレイが来るまでは。
 
彼はその手にホワイトリバーの惨劇を引き起こしたある部隊のリストを持っていた。ブルー小隊。今では国の中枢にまで食い込むほどの軍隊を組織したブルーの率いた小隊であった。
 
しかし、そのリストは当初、グレイからレッドを保護したマザスカのシルバーリングへと渡された。レッドが成人となり、その証として儀式をする当日。シルバーリングはそのリストを手渡す。そしてレッドはマザスカの禁を犯した。黒…焼けた灰の中にあった墨を手に取り、化粧を施したのだ。それは戦いに赴く戦士の化粧。囲われた場所であるとしても平穏を求めるマザスカにとって、それは最大の禁忌であった。
 
シルバーリングはレッドを居住区から追放する。それは同時に、ティヨーレ…いや、レッドにとって復讐の旅の始まりであった。
 
 
 今でもアメリカに存在するネイティブアメリカン。彼らの中には昔ながらの生活を維持しようと努力している方々もいます。しかし、その大半はやはり文明に飲み込まれていく状況であるようです。
 
こうしたアメリカの暗部を描いたマンガは今までもありました。かなり前に紹介しました「ガンドライバー」もその一つでしょう。白人全てが悪とは言いません。しかし、やはりその行動を省みないと言う問題は今尚、続けられているのかもしれません。
 
彼らは新天地に移住し、そして未開の地を開拓してきたと言います。それは本当なのでしょうか。彼らが移り住む前に、誰もいなかったのか…それは明らかな嘘であるのは明白であり、そこにいた彼らの土地を奪ったのは間違いのない事実であるわけです。
 
一つの事を成すのに、一つの事を見失い、取り返しのつかない状況となる…どれだけの過ちを、これからの世代に渡さなければならないのか。この作品はそうした事を言っているのかもしれないと思うのです。



 アメリカにおける大統領選挙は世界における一大ニュースでもあります。恐らくは、かの国を敵と見なしている国にも注目されることなのでしょう。一方で、サブプライム問題や原油価格などの先物の問題は全てアメリカ起因で起こっている事であるわけです。これを不思議と感じないのが不思議でならないわけです。
 
原油価格などがたった一つの国の動向によって左右されるというのは、如何なものかと思うのはおかしな事なのでしょうか。
 
今行っている大統領選挙にしても、確かに注目するべき事柄であるのですが、それによって湾岸戦争以降の各地に残した爪あとがなくなるわけではなく、彼の国が自国だけの政策に終始している姿は正直、見るに耐えないものがあるわけです。
 
流行の最先端を行く事や、その地に憧れを持つ事、それに問題はないのですが、しかし、その前に行うべき事…温暖化ガス削減問題や戦争の問題を見ないふりをしてまでの事ではないと思ってしまいます。むしろ、国連がその立場をもっとしっかりすべきであるという意見は意味をなさないのでしょうかね。
 
勝手に世界の警察を名乗って、問題だらけ…では、信用も信頼も出来ないと思うのですけど。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

2008年02月02日

立ち向かうべきは何か【「宇宙刑事シャリバン」(1983~1984年 東映/テレビ朝日)】

 昨年における漢字一文字が示す虚偽は、恐らく、その企業が恐怖に立ち向かわなかった結果であると思うわけです。それは企業成績の不振における恐怖…しかし、それを見せないための虚偽は結局、信用の不振になったわけです。
 
本当に立ち向かわなければいけなかったのは、経営者が持っていた自分自身への弱さであったのではないのでしょうか。



 さて、今回は1983~1984年に放送されました「宇宙刑事シャリバン」です。

 宇宙犯罪組織マクーとの戦いの最中、当時地球に派遣されていたギャバンこと一条寺 烈は、森林パトロール隊の伊賀 電を助ける。彼は恐るべきダブルモンスターに果敢に立ち向かい、負傷を追うものの、バード星で治療を受ける。その際にその勇気をかわれ、宇宙刑事へのスカウトを受ける事になる。
 
ギャバンによってマクーの脅威がさり、そして、月日が流れ、伊賀 電はコードネーム「シャリバン」として地球に帰ってきた。それは、新たなる戦いの幕開けとなった。
謎のエスパー軍団・宇宙犯罪結社マドーが地球を狙っていると言う情報が銀河連邦警察に入ってきたのだ。その担当としてシャリバンが選出されたというわけである。
 
そんな戦いの中、シャリバンは自分の秘密を知る事になる。それは、シャリバン自身がイガ星の出身であり、そのイガ星もマドーによって滅ぼされたと言う事であった。
 
そして、シャリバンはマドーの壊滅とイガ星の復興を誓うようになった。
 
 
宇宙刑事シリーズの第二弾として登場した本作品は、その前作より登場の気配を散らばらせるように演出をしていたのが印象に残ります。それまでの負傷者はバード星に送りませんでしたし。しかし、伊賀君だけは特別待遇であったのが、不思議であったわけですが、なるほどというのは、ギャバンの最終話近くにはたと手を打ったものです。
 
この作品で印象に残っているのは、OPの夜の風景、コンバットスーツの赤、そして赤射の難しさです。
 
ギャバンもそうですが、コンバットスーツを召喚の際、その一連の動きは残像処理されるわけです。その動きを画面で毎週見ているわけですが…結構難しい。右腕が、左、いや体の動きがこうで、などとやってみるものの、まるであや取りが絡まるように出来ないのです。その当時、それは大変悔しいものでした。何故なら、特撮の変身から決めポーズまで、おおよそ理解できている時代に、それがわからないものがある。それが悔しくてならなかったのです。
 
未だに、シャリバンの赤射を見るたびに目を皿のようにしてみる癖がついているのです。
 
物語としては、実はシャリバン役の渡洋史氏が後にメタルヒーローとして主役を張る、スピルバンの印象が強く、よく覚えていないというのが本当の所です。しかし、最後のギャバンとの共闘は先輩後輩のダブルヒーローが出てきた=仮面ライダーの最終回と被り、燃えた記憶があります。
 
同じ時間軸で活躍しているヒーローなのですから、共闘して欲しいというのは、やはり燃えるシチュエーションなのですよね。また前作であるギャバンからの良い意味でのマンネリズムも、このシリーズでは大切な要素の一つであったと思うわけです。



 偽装というものは、その昔からよく特撮において使われた、悪の組織が世の中を混乱させる手法でした。その大半は、資金の獲得もしくは組織への介入であるわけですが、現実問題においては、見栄から来るものがほとんどのようです。
 
そうした見栄が結局、自滅への道へと向かうわけですが、それも時と場合に寄りけりなのかもしれません。食品に限っての事かもしれませんが、老舗であればあるほど、その偽装に対する存在が消えることを惜しむようです。その証拠に、老舗料亭がそのトップを変える事なく開催した時も、それを待ってましたとばかりに客が殺到したわけです。
 
ここが少し思考の足りない所ではないのかと思うわけです。
 
一体、それまでにどのような発言があったのか。またどのような態度・対応をしてきたのかをしっかり見ていたのでしょうか。見ていれば、決してトップの変わらない状況である状況をそのまま迎える事はしないと思うのですが…。
 
何にせよ、こうした風潮は企業の体質と共に是正するべき事ではないのかと思うわけです。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

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※2009年4月19日 19:00より開始

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