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2007年01月27日

古い作品を多く紹介しているその訳は。【「機甲界 ガリアン」(1984~1985年 サンライズ)】

ここで紹介している作品は、基本的に古いものが多いわけですが、その理由として、現在で紹介したい作品を紹介した際に一言を付け加える場合、自分のこれまで見てきた内容と感じてきた事を記載していない場合、読み手の方に勘違いが起きるのではないのだろうかという事からこうした古い作品から紹介しております。
 
 基本的に苦手としているのは、少し前に大ブームであった萌え全般です。昔にも、それに近いしい作品がなかった、といえば嘘になりますが、有体にそうであるという作品は少なかったわけです。別に萌えがいけないというのではなく、見る事ができない。それが30分番組であったとして、2分で消音、5分で電源OFFを幾度となく繰り返してきたわけです。
 
 その対極に画像を見ながら泣けるほどの作品というのは、燃えなんでしょう。例えば、Gガンダムの「シュバルツ散る!ドモン涙の必殺拳」から「さらば師匠! マスター・アジア暁に死す」のエピソードや、疾風! アイアンリーガーの「燃える大氷原」などは泣きながら見ていました。
 
 別にスポーツ物、例えば巨人の星であったりキャプテン翼であったりが好みというわけでもなく、単純なロボット物が好きというわけでもないんですね。サイバーフォーミュラーのシリーズで言えばZEROとSAGA、SINが好きですし、激闘!クラッシュギアTURBOやGEAR戦士 電童も大好きです。
 
 バンクアニメがたくさんあった時代、そこには日本の文化である時代劇の風潮が数限りなく詰め込まれていたわけです。そんな作品が大好きであった自分が、今の作品をどうみるのか…といいましても、まずは自分の好きな古い作品をじわりじわりと紹介していき、ある程度紹介できましたら、最近の好きな作品を掲載してみようかと思います。
 
 最終的にはこれから放送される作品の紹介もできれば良いな、なんて思っておりますがそれは先の先の先ぐらいですね。



 さて、今回紹介するのは、1984年に放送されたサンライズのロボットアニメ、「機甲界ガリアン」です。

 惑星アースト。群雄割拠の戦乱の中において、ボーダー王の治める城では待望の嫡子誕生にあわせるように、征服王マーダルの軍勢が襲い掛かってくる。忠臣アズベスと共に脱出するジョルディはその後、アズベスを祖父と思い、旅から旅への人生を送る。アズベスには一つの思いがあった。それはアーストに古くから語り継がれる伝説を求めての旅、そして、マーダルに対抗するための力を求めての旅であった。
 
 大半がマーダルに征服されたものの、反旗を翻す者も少なからずいる。その一つ、白い谷。そこに身を寄せていたジョジョ(ジョルディ)はその谷の子供であるチュルルの言葉に誘われるように谷の奥へと足を運ぶ。そこに目指す力があるといわれて。
 
 同じ時、マーダルの軍勢は白い谷攻略へと軍を進めていた。巨人の軍隊はその強大な力によっていよいよ白い谷を陥落させようとしていたその時、谷から伝説の紅き鉄巨人が現れる。それこそ、アズベスが捜し求めていた力、ガリアンであった。そのガリアンに乗り込んでいたのは、なんとジョジョであった。
 
 そして、ガリアンを得たジョジョは自身の生い立ちをアズベスより聞き、ついに、打倒マーダルへの旗印として立ち上がる決意をする。
 
 
 その惑星における超科学と伝説。そしてロボット物とをミックスした稀有な作品ではないかと思います。同じような作品ではターンエーガンダムがそうではないのでしょうか。征服王マーダルは数々の巨大なロボットによって各地を征服していくわけですが、そのロボットは唯一つを除いてマーダルが(もしくはその指揮によって)製作されたものではないのです。
惑星アーストには、古くから伝わる伝説があり、それがこの大地の下には巨大なロボットが眠っているというものでした。実際、マーダルは製造として発掘している模様が描写されていますし、それを元にして独自に製作されたロボットなど、発掘されたものに比べるまでもない劣悪なものとして描写されていました。
 
 作品自体は独自のテンポで進んでいたわけですが、終了間際には怒涛の進展をします。いわゆる打ち切りというものです。スポンサーであったタカラが発売したプラモデルの売上げが不振であった事が一番の原因であるとされています。
その影響で、本来一年放送予定であったものを約半分で終わらせなければならなかったわけですから、残念な話です。
 
 テレビ終了後に、テレビ前半をまとめた大地の章、後半部分の天空の章というビデオが発売されました。これはその後に続くオリジナル作品の鉄の紋章の前振りとして発売されたわけですが、これだけでも話は通じるものだと見た当時は思ったものです。決して話的に薄い話ではなかったのですけど、時間が少なかったからなのでしょう。(鉄の紋章に関しては、また別の機会にお話いたします)
 
 
 私の中における大変に面白い作品の一つです。ガリアンの持つガリアンブレードも蛇腹剣としても使えるその内容に面白みを感じましたし、何より、敵味方の明確さが良いのです。もちろん、それだけではなく、敵であった武将が仲間になるという話もありましたし、最初は挙動不審であった仲間も徐々に部隊の一つとして活躍していくという形にも面白みを感じていました。ジョジョの立場からして勧善懲悪的なマーダルという立場でしたが、征服する目的が明かされた際におけるドラマもわくわくしたのを覚えています。
 
 この作品は中世ヨーロッパのような雰囲気があるわけですが、実際には大河ドラマや時代劇の匂いがたくさんするわけです。日本で製作する騎士道はどうしても時代劇になってしまうのですが、その典型的な作品なのでしょう。そこが自分とマッチしたのかもしれません。



この作品もそうですが、自分の好きな作品の中でこれは外せないというアニメ作品が四つあります。鎧伝サムライトルーパー、機甲界ガリアン、プラレス3四郎、忍者戦士 飛影。この四本です。先週がトルーパーで、今週がガリアンでしたから、来週は…まぁ、それは今度記載する時にわかる事ですね。
 
 それ以外にも全部を網羅できたとしても、結局は現状では整理できないわけです。ここら辺もどうにか考えなければならない話ですねぇ。とすれば記事内容も更新する必要があって……今はそんなに凝ったことを考えずに行きましょう。タイミングで必要になる時が来た時に改めて考える事にします。

2007年01月23日

ワンフェスにいきたーい! 【「鎧伝サムライトルーパー」(1998~1999年 サンライズ)】

 このKLEINES KISTEは(名前は違いますが)同じく六甲の管理するBlogであるKLEINES HUTTEと内容的に同じになりそうな傾向にあります。それはそれでも問題はないのですが、出来る限り、コチラの方を重ならないように気をつけて行きたいと思っております。
 
 来月になりますが、私個人的にも参加したいイベントが行われます。ワンダーフェスティバル、ガレージキットや中古玩具の販売などをするイベントです。模型も好きでありますし、何よりオリジナルの作品を見るのが好き。その作品を組み立てて遊ぶのはもっと好きであったりするわけです。オリジナルもそうですが、オリジナルに近しい解釈をしたパロディ物も好きでありますので、自分だけの楽しみとしては製作をしたりしています(正確にはいました。最近は材料と時間が乏しいためにやっていません)。
 
 何より、その空気に触れたいというのがありまして、そうした空気に触れる事で創作意欲に火がつくというのも行きたい理由の一つであります。
 
 ですが、如何せん資金が乏しく参加できる状況にもないために、しばらく足が遠のいている状況であったりします。また、時間と資金を見繕って行きたいものです。


 さて、今回ご紹介するのは、同人誌世界に一大旋風を起こした作品、「鎧伝サムライトルーパー」です。


 1998年~1989年、全39話であったこの作品は、名古屋テレビ(現メ~テレ)とサンライズのいわゆる土曜アニメ枠で放送されていた番組の一つで、当初は、「魔神英雄伝ワタル(以下 ワタル)」との15分番組として考えられていたものです。当初考えられていた名称が「若騎伝ゴーユーⅤ(ファイブ)」また「超豪拳士アラム・シャダー」という戦隊物もしくは凡そ侍を題材にしたものではないヒーロー物として考えられていたのは想像に難くありません。結果、ワタルが独立した作品として成り立ったため、この作品も30分物として再構成されましたが、その当時、その枠で放送していたのはロボット物であり、どうしても穴埋め的作品であるとされた風があったのは間違いありません。
 
 その話の根底にあるのは勧善懲悪。ですが、その思惑は前半部分である19話で終了する事になります。後半部分とされる21話からは勧善懲悪ではなく、善の心と悪の心という事に話の重きを置こうと努力をしていたようですが、結局、その説明を果たせぬまま番組は終了する結果となります。
 
 結果的にはその後発売される三つのOVAの内、第二作目「輝煌帝伝説」第三作目「MESSAGE」で補完されるわけですが、その話はまた後日という事にいたします。
 
 この作品を語る上では、二つの事柄が常に挙げられるわけですが、その一つは「同人誌バブル」という話です。この同人誌バブル、いわゆる「やおい」と呼ばれる男性同士の同性愛(もしくはそれに近しい友情)の最盛期最後の作品となったわけですが、この作品によって現在でも商業誌で活躍されている方々は数多く見えます。ですが、この作品がその同人誌バブルのきっかけになったわけではなく、それまでに「キャプテン翼」「聖闘士 星矢」というタイトルが作ってくれた土壌があったからこそのものであるのです。
この現象は未だに形を変えて現存しているわけですが、現状では「萌え」という言葉に象徴されるような分野がその継承者であるのでしょう(ただし、最近はずいぶん落ち着いてきましたから、この次に何がくるのかという話にもなるわけです)。
 
 そしてもう一つは声優ブームです。それまでにキャラクターがCD(昔ですので、カセットテープなのですが)を発売している形態をとっていたわけですが、そうではなく役者さんが自身の名前で営業活動を大々的に行ったのはサムライトルーパーが最初ではないのかと思います。ユニット名はNG5(エヌ・ジー・ファイブ)。トルーパーの五人を演じていた役者さんがライブを開いたりしていたわけですが、その人気は凄まじいものでした。ですが、様々な問題が発生しグループとしても解散してしまいました。
 
 その後の声優ブームは未だに続いているわけですが、その形態もかなり変わったようで、役者なのか歌手なのかわからない方も数多くなりました。
 
 その作品もそれまでの作品と変わらずスポンサーがありました。タカラ(現タカラトミー)から超弾動シリーズとしてまた童友社からプラモデルが発売されていましたが、売上げ不振であったのは間違いない話でしょう。むしろ、その当時売れていたのは、キャラクターグッズでありまして、やはりアニメイトのグッズは飛ぶように売れていました。カセットブックなどのオリジナル商品もありましたし、それに習うように、音楽関係を担っていたキングレコードからもドラマCDが発売されたのです。
 
 これほどに作品としての人気がありながらもリメイクの話を聞かないのは、それだけ扱いが難しい作品であるという事もあるのでしょうが、結果的に、製作者サイドにおいてもかなりゴタゴタした作品であったために、出来れば触りたくないというのが本音なのかもしれません。



 現在の同人誌は元絵に似せて製作する…それが商業、つまり原作付のアニメであるのならば当然のような感じになっていますが、その当時は姿かたちを似せるというよりも、雰囲気を似せるという事に重点をおいていたのか、作画監督によってキャラクターが変わるという特異な時代でありました。しかし、それがそれぞれの作画監督のファンを作るという事態になり、それだけでも画集が発売できるという、ある意味良い時代であったと思います。
 
 そうした経緯を得て、現在の統一された作画というのがあるのは容易に想像できる話ですが、しかし、それによって作品としての個性が失われたかのように思われる点もあるわけです。
 
 実際の話、癖のある線というよりも、どの作品を見ても変わらない動きというのはいかがなものかと。様々な苦労をして作り上げてきたアニメ文化ですが、ここに来て何か狂いが生じているのではないかと思うのは考えすぎなのでしょうかね。



2007年01月16日

商業雑誌に新しい試みが始まったようです。 【「マリーとエリーのアトリエ ザールブルグの錬金術士」(2000年~2002年 エンターブレイン)】

 本日はメインでやっておりますKLEINES WERKのBlog/HPがメンテナンスで更新する事ができませんので、ニュースにもなっている内容を一つ。
 
 株隙会社デジマというベンチャー企業から本日、コミック・ガンボという無料コミック誌が発行されました。そう、値段が0円の漫画雑誌です。分類は青年向け、30代~40代を主ターゲットにしたモノだそうです。無料というからには作者にも原稿料が葉以来ないのかといえば、そうではなく、その運営費を広告によってまかなうとか。
 
 広告によってまかなわれている冊子といえばタウンワークスなどの求人情報誌、またはタウンページなどの情報誌も広告費用によって運営しているわけです。ですから、運営会社は広く広告を出していく必要があり、その成果が上がらなければ広告主を集める事は困難になるわけです。
 
 日本における書籍の売上げにおいて、その大半は漫画関係から得ているそうで、そう考えれば、読者は無数に存在するわけですから案外面白い試みではないのかと思います。ただし、事業主の立場から考えれば、そうした読者が広告を読んでくれるのかという不安はどうしてもぬぐう事ができません。簡単に考えてしまえば、情報雑誌の読者は確かに情報を目的に読んでいるわけですが、漫画雑誌の読者は漫画を目的に読んでいるわけです。一方、広告は漫画か情報かと言われれば情報です。
 
 言わば、広告主に対する説得、そして読者に対する説得がこの運営の柱になるのではないのでしょうか。
 
 個人的な考え方からすれば、無料が全て良いとは思えません。例えば、300円の漫画雑誌があるとして、その値段分の楽しみを対価として読者は要求しているはずです。言い換えれば、無料である以上は、発行側からの一方的な情報を読む可能性が出てくる事も十分に考えられるのです。無料であるからといって、質が有料より負けていては意味がないという事になります。
 
 魅力的な力があってこそ、漫画は意味があるわけです。広く展開する予定であるようですが、有料誌以上の質へのこだわりを見せて欲しいものだと思うのです。



 さて、今回ご紹介するのは、ゲームが元ネタになっている漫画の一つであります、「マリーとエリーのアトリエ ザールブルグの錬金術士」です。

 1997年に発売されたプレイステーション用ソフト、「マリーのアトリエ ~ザールブルグの錬金術師~」から今も脈々とその世界をゲーム化しているアトリエシリーズ。その主要キャラクターである、マリー(マルローネ)と翌年の発売された「エリーのアトリエ ~ザールブルグの錬金術師2~(PS版)」の主人公、エリー(エルフィール・トラウム)が、ゲーム内でも同じ舞台に立ったのが2000年に発売したゲームボーイ版「マリーのアトリエGB」「エリーのアトリエGB」であり、この漫画はそれを題材にしたものです。
 
 無事にアカデミーを卒業したマリー(エリー)の元に妖精族の長老が現れ、見習い妖精に錬金術を教えて欲しいといわれる。マリー(エリー)は見習い妖精を立派な錬金術師に育て上げる事ができるのだろうか…というのが、ゲームのストーリーです。
 
 しかし、基本的にはそうした話から始まった漫画版ですが、実際にはそれも踏まえながらのマリーとエリーたちの身の回りに起こっている日常の話となっています。ですが、決してゲームの観念を損ねていないのは、作者であります越智義彦氏のアレンジが絶妙であるからなのでしょう。
 
 最近の話…といってもとある限定空間の話ですが、越智先生とお話させていただく事が出来ました。その際に、この作品は日常があってその生活は、我々と同じように進んでいるはずと仰っていました。確かにその通りです。ゲームのないよからしても、例えば魔王を倒してハッピーエンドのような冒険譚であったとしても、本来ならばその前後にエピソードは無数に存在するはずです。そのたった一つを切り取って漫画という形、ゲームという形で見せているからこそ、まるでそこだけで全てが終わっているように見えるわけですが、実際には違うはずなのです。
 
 この漫画では実にそうした事が見事に表現されていました。むしろ、それがゲームの世界観を壊すことなくうまくアレンジできた結果ではないのかと思うわけです。
 
 商業としてはコミック5巻で終了しているわけですが、実際には同人誌として未だにその世界は記載され続けられています。素になって言うのであれば「マジで面白いよ~」といえるくらいに、すっとこどっこいは未だに続いているわけです。


 
 無料商業誌、同人誌。どちらも表現方法としての一つであると個人的には考えております。もちろん、そこに存在するであろう版権、著作権などの権利を全く無視した行動はあってはならないと思っております。
 
 昨年末にコミックマーケットの代表でありました米澤氏が亡くなり、もしかするとこれから漫画という表現の一つが混迷の時代に進んでいくのかもしれません。ただ、可能性ということであるのならば、その一つの可能性を無視した育成は有り得ないはずですし、問題があるのであれば、広くそれを発信し意見を酌み交す必要があると思っております。
 
 同人世界から商業世界に進出する人もまた多く、商業世界にいながらも同人世界を楽しむプロも存在するわけです。これからも現状のままとは行かないのでしょうが、しかし、互いにいがみ合わずに発展していければ、それに越した事はないと改めて思うわけです。
 
 
 私自身も同人活動をしておりますので、いろいろと気になる部分はありますが、それでも一つずつ問題があれば解決していくしかないと思っております。しょうしたアマチュアに関する紹介も今後出来れば良いなと思っておりますので、そのときにはよろしく願いいたします。
 
 それでは、今回はこの辺で。

2007年01月09日

新年明けてしまいましてすみません【「ガンドライバー」(1995年~2001年 メディアワークス/原作:ビトウゴウ・作画:せたのりやす)】

 顧みれば…というよりも省みた方が良いのでしょう。数えて二ヶ月近くも放置状態。正に猛省するべきなんでしょう。これでは編集長としては失格も同然。今年は(できるだけ)間をおかずに(おけるような)更新を(できるだけ)行っていこうと思っております。
 
 というわけで、あらためまして明けましておめでとうございます。2007年。早いものです。21世紀に入ってすでに7年模型化したのですから。しかし世の中はさほど変わっていませんね。そんなに急激に変われるのならば、さっさとよい方向に変われるはずなのですから、それを求めてもせん無きことなのかもしれません。
しかし、変化のない状況は緩やかな死を迎えるだけのものです。団塊の世代という大量人員が前線から離れる年、これを好機として動くべきは若者なのでしょう。問題は、何歳までを若者というべきなのかが難しい話なのですけどね。34歳までとしている政府機関がありますが、まて、34歳で何が出来るというのでしょうか。
結局は、のれんわけという文化から久しくなった日本経済の末路が近づいているだけのように思えるのには、私だけなのでしょうか。


 さて、今回ご紹介するのは、月刊コミック電撃大王で連載されていましたガンドライバーです。

 時は、西部開拓時代。場所はアメリカ合衆国。そこに住む有色人種は白人からの言われなき暴力にあいながら日々くらしていた。黒人のブラニアンである主人公・ディックもまた同じく、迫害を受けていたが、父・妹と共に挫けることなく生活していた。しかし、そんな日々を打ち壊したのが、ブラニアンに伝わる伝説の神像“アーノン・ディガス”を狙う白人たちであった。彼らはディックの妹を連れ去り、そしてディック自身にも片腕を無くすという大きな傷を残していく。しかし、目が覚めたディックが見たものは無くしたはずの腕…と見知らぬ女性の姿であった。そして知らされたのは、両腕をなくした父親が自分をその女性に託した事実であった。父は確か片腕であったが、両腕が無いとは…そこでその理由に気づくディック。そう、なくしたはずの片腕、それは父の腕であった。そして、紅の神像“アーノン・ディガス”を探す白人は再びディックに狙いを定めてくる。
 
 始まりは冒険活劇物。しかし、徐々に人類へ壮大な問いかけをする話になり、それに伴い、主人公であるディック自身も成長していく物語には、今の世の中にあって、いわゆる勇者がどれだけ必要であるのかを示しているように思えるのです。
 
 この話は大きく分けて三つの状況変化が起こっています。一つ目は初期の段階における物語、つまりは冒険活劇物です。漫画の題名でもあるガンドライバーとは巨大な人型の乗り物で、いわゆる武器の代わりになっています。アメリカで言えば拳銃、日本で言えば刀というものです。ですので、その名称には実在している銃メーカーや銃器の名称が数多く出てきますし、実際の銃器の特性をうまく活用していると思います。そうしたガンドライバー乗りとして大陸を駆け回るのが初期段階の話。
 
 二つ目は、アメリカという大陸における奴隷…もっと言えば人種差別という歴史を元にした話です。ここでは、当時のアメリカ大陸の現状を背景に、しかし、その中で這いずり回るしかない主人公の状況を作り上げています。それもそのはず、その現状を知ることがこの段階での目的であり、そういう節が各所から読み取れるようにもなっています。
 
 そして三つ目。しかし、そうした問題は実のところアメリカ大陸だけの問題ではなく、地球全体の問題であり、その解決方法の一つを提示しているということです。これは、主人公の口を借りた原作者の言葉なのでしょう。もちろん、漫画の中の主人公はそれまでに力を付けていますから、その状況を打破する一歩を踏むことが出来るかもしれないわけです。ですが、現実ではそう簡単にいきません。ただ、そうした状況も視野に入れた中で話は進んでいますので、単にごり押しの解決ではないのがわかります。
 
 物語自体は完結していますが、それは彼らの生きた一編でしかないのです。なぜなら、その書き上げられた話の先にも物語は進んでいくわけですし、そうであろう描写もキチンと描かれているのです。
 
 さて、現実問題として我々は大変多くの問題を抱えています。それをこうした活劇で解決できれば苦労はない…いえ、そうではなく、苦労は当然あるわけです。となれば、結果的にそれが活劇であったか喜劇であったか悲劇であったかを決めるのは、その当人ではなく、後世にて判断されることになるわけですから、結果的に目的に向かって動くことの大切さと誠実さを書き記しているのではないのかと思えるわけです。
 
 
 
 ただ、そうした問題を解決するにあたり、人は後悔をするまで動こうとしない現実もあるわけです。それまで、楽をしようとしている状況が数多くの悲劇を生む結果になっている事も、我々は理解するべきではないのでしょうか。この漫画では途中で民主主義のあり方を否定しています。しかし、国の基本はあくまで国民であるわけですし、なにより、地球に生きている中で自分の意思で地球を壊せる存在は人間だけなのです。つまり、後悔というボタンを押すも押さないのも、我々の意思一つという事になります。
 
 この漫画の終わり付近に、エイブラハム・リンカーンがゲティス・バーグにて演説した言葉が記載されています。そう、「人民の人民による人民のための政治」。それは未来永劫に続く平和と幸福のための言葉であり、それが人間だけに向けられたものではないことを我々は知るべきなのです。地球というかけがえの無い星に住む同じ生き物としての使命であるのですから。



 漫画というのは、決して娯楽だけで話を終えるものではないのです。確かに絵からの情報を大半に頼っているものですから、その内容を理解するには時間がかかるのかもしれません。ですが、小説における想像力はあくまで自分の想像の範囲内のものでしたが、漫画はそれを容易に打破してくれるものであり、更なる想像へと誘引してくれる産物であったわけです。そうでなければ、これほどまでにマンガ文化が成り立つわけがありません。そうした漫画の中でも自分の琴線に触れるものをこうして紹介していく。それだけ種類が多いということになるわけです。今後も自分の琴線に触れた漫画を紹介していきますので、できれば、あきれずによろしくお願いいたします。
 

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※2009年4月19日 19:00より開始

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