今年のバレンタインは、カカオの生産における人権問題が話題になったことにより、いろんな反応が出てきた。
ひとつは、チョコレボとか、チョコを渡すなら、フェアトレードのチョコレートでという動き。
もう一つは、子どもを虐待して作るカカオを使ったチョコレートは問題があるから、義理チョコを渡さないというものだった。
それぞれの言い分を聞いていて、気がついたのだが、義理チョコを渡さないと言う人は、ほとんど、カカオの生産における人権問題とは関係無しに、すでに義理チョコを渡さない主義の人が多く。カカオの生産における人権問題を聞いて、自分の行動の根拠を増やしたという人がけっこういた。
まあ、バレンタインにチョコを渡すというのは、日本特有の習慣だし、さらに義理チョコなんてもの日本特有なもので。義理チョコは、家族や学校、職場など、男女が入り交じる狭い人間関係を円滑にするための戦略の一つとしてあるようなものだ。
別に義理チョコが無くても、人間関係を上手く回すことが出来れば問題ないわけで。
義理チョコを渡さなくても、同様の効果があることをすれば問題がない。
とはいえ、もともと、義理チョコを渡さない主義の人が、義理チョコを止めても、世の中のチョコレートの生産量は減るわけではなく。カカオの生産の問題は解決しない。
せっかく、いいところに気がついたのに、効果が出ないのは残念だ。
さて、他にも動きがあった。
キットカットを売っている、ネスレに対して、カカオの生産に関する質問状を出した人がいた。カカオの生産で子どもの命を軽んじていたとしたら、キットカットが、きっと勝つぞじゃなく、Kids Cutになってしまう。一応、日本の法人からは、そんなことはしていないというような返事をもらったようですが。納得しないだろうなぁ。
いずれにしても、今年のバレンタインは、カカオの生産の問題を知ったことで、反応が出てきたという面では、画期的だったように思う。
とはいえ、多くの人は、何も考えず、毎年同じように、チョコかってんだろうね。
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ひとつは、チョコレボとか、チョコを渡すなら、フェアトレードのチョコレートでという動き。
もう一つは、子どもを虐待して作るカカオを使ったチョコレートは問題があるから、義理チョコを渡さないというものだった。
それぞれの言い分を聞いていて、気がついたのだが、義理チョコを渡さないと言う人は、ほとんど、カカオの生産における人権問題とは関係無しに、すでに義理チョコを渡さない主義の人が多く。カカオの生産における人権問題を聞いて、自分の行動の根拠を増やしたという人がけっこういた。
まあ、バレンタインにチョコを渡すというのは、日本特有の習慣だし、さらに義理チョコなんてもの日本特有なもので。義理チョコは、家族や学校、職場など、男女が入り交じる狭い人間関係を円滑にするための戦略の一つとしてあるようなものだ。
別に義理チョコが無くても、人間関係を上手く回すことが出来れば問題ないわけで。
義理チョコを渡さなくても、同様の効果があることをすれば問題がない。
とはいえ、もともと、義理チョコを渡さない主義の人が、義理チョコを止めても、世の中のチョコレートの生産量は減るわけではなく。カカオの生産の問題は解決しない。
せっかく、いいところに気がついたのに、効果が出ないのは残念だ。
さて、他にも動きがあった。
キットカットを売っている、ネスレに対して、カカオの生産に関する質問状を出した人がいた。カカオの生産で子どもの命を軽んじていたとしたら、キットカットが、きっと勝つぞじゃなく、Kids Cutになってしまう。一応、日本の法人からは、そんなことはしていないというような返事をもらったようですが。納得しないだろうなぁ。
いずれにしても、今年のバレンタインは、カカオの生産の問題を知ったことで、反応が出てきたという面では、画期的だったように思う。
とはいえ、多くの人は、何も考えず、毎年同じように、チョコかってんだろうね。
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