金曜日の夜、買い物から帰って来るなり、K子さんはこう宣言した。「・・・カレーを作るからね。」おおそうか、久しぶりだね。今まさに、レジ袋から取り出しているジャガイモも人参も、もちろんその為の材料だろうと納得した。が、・・しばらく待ってもなかなか夕食の準備が始まらない。「今日はチョット体の調子が良くないから、外食にしようよ・・・」「カレーじゃないの?」「カレーは週末。」「・・・そう。・・・」 家のカレーは、いわゆる家庭で作る一般的なカレーだけど、ルーにタイのカレーペーストを加える。 小さなバケツのような400g入りの容器に入っていて、パッと見、赤味噌みたいな雰囲気だけどこれが辛い。 本来はココナツミルクなどと合わせて使い、いくらかマイルドに仕上げるのが一般的な様だけど うちでは普通の日本のカレールーで作った3・4人前に大さじ一杯弱くらいを後から加える。 最初は辛さの加減がわからなくて、使用するルーの半分くらいをこのペーストにしたら、凄い目にあった。 辛いんじゃなくて、イタイ。バラエティ番組の罰ゲームじゃあるまいし、一般家庭のカレーでこんなのは初めてだった。 汗はバンバン出てくるし、耳の先まで痛くなった。でも独特の香りとこくはしっかりあって旨かったのだ。 それ以来、量をきちんとコントロールしてココナツミルクを入れなくても、タイ風にしなくてもペーストは入れることになった。 いわゆる結構くせになる感じのテイストになったのだ。 今では外でカレーを食べても、きちんとしたカレー専門店やインド料理屋さんの物でないと何となく物足りなさを感じてしまう。結局、金曜日はカレーと全く関係のない、中華屋さんでの夕食になった。もうこの辺りから頭の中はすっかり「カレーの口」になっている。翌日の土曜日は仕事で、帰宅後、「週末だ、今日はカレーなんだよな・・」、と密かに思いつつ、夕食の支度を待った。K子さんがジャガイモを、皮付きの丸のままゆではじめた。すこしいつもと違う手順。人参も刻みはじめた。みじん切りだ。今回はいつものカレーじゃないのかも?もしかするとキーマカレーか?それにしちゃ、どうしてジャガイモはゴロのままなんだろう。「食材を買い忘れた。・・どうしてもそれがないと旨く仕上がらないんだなぁ・・」何を買い忘れたのだ?挽肉もあったし、野菜類もあるし、ハーブ類も買ってある。「チョット買ってきてくれない?とろけるチーズ・・・。」別にトッピングにチーズが無くったって、牛乳もあるしマイルドに仕上げるには問題ないと思うけどなぁ。「まぁいいか、わかったじゃ買ってくるよ・・・。」買ってきたチーズなどを手渡して、そのまま食卓で本を読んでいると味見だと行って、今できたてのマッシュポテトをスプーンに乗せて持ってきた。こしょうが効いていて旨い。さっきのジャガイモはカレーの付け合わせかぁ、これはチョット新しいぞ。期待を胸にちょっと言ってみた。「今回のカレーはチョット新しい感じだけど、トッピングのチーズはなくても、 カレーをマイルドにするんだったら牛乳でも良かったんじゃないの?」「えっ?今日はカレーじゃないよ!」「えぇっ??そうなの?だって週末はカレーだって・・人参だって刻んでいたじゃん。」「今日は変わりミートソース、カレーは明日の予定・・・」なんだかすっかりテンションが下がる。もう頭の中はカレーの口でいっぱいになっている。まぁ、変わりミートソースはそれなりにおいしかったけど、意識は全面的にカレーだ。翌日曜日、しっかり雨、午後からは更に雨が強くなるとの予報が出ている。「どうする買い物、今のうちに行っとく事にする?、今日こそカレーだよね。」「大丈夫、今日はカレー。チョット買っておきたい物もあるからね。」何を買っておくのか?まぁカレーということは決定しているから良いんだけれども。「小さな海老とレモンとアボガド、これらを買っとかないとね。出来ないからね。」サラダかなんかだろうか、蒸し暑いから付け合わせはさっぱりって事か。買い物を済ませて、K子さんいよいよカレー作り開始。隣の部屋にいてもカレーの匂いが漂ってくる。よし今日は間違いない。大丈夫だ。「ごはん出来たよー。」という声で食卓へ。やっと待望のカレーだ。あの辛いくせになる味。「今回はあっさりと変わりカレーにしてみた。」「???」「蒸し暑いし、さっぽりとした感じで食べられて、でもコクはあるよ。」ご飯にアボガドと胡瓜が混ぜ込んである。ふわっとレモンの香りがする。「ご飯にはレモン汁を合わせてある、これに小海老をトッピングしてさらっとしたカレールーをかけて出来上がり!」ネタ元はよく見ているテレビ番組で紹介されていた「こうちゃんレシピ」らしい。鼻腔から入ってくるのは待ち望んだカレーの香り、目の前にもカレーがあるけど頭の中でしっかりイメージして、完璧に出来上がっていた「カレーの口」に運ばれている物とは違う。実際に食べてみる。旨い。アボガドのくにゃっとした食感はある程度織り込み済みだったけど胡瓜のシャキシャキッとした感じに、サラサラのカレーソースがうまいこと合う。レモンの風味と酸味もさっぱりとした感じを後押しする。カレーを食べて、さわやかな雰囲気を感じたのは初めてだ。これならバテ気味の時期にも食べられるだろうし、カレーその物のうま味はしっかり味わうことが出来る。新しい感じのカレーはこれからの季節に、たまには食べてみても良いなと思うくらいに成功だった。でもどうしてくれよう、この「カレーの口」とのギャップは・・・。目の前で猫だましにあって、ポカンとしているうちに寄り切られてしまった様な、何とも妙な腑に落ちなさ加減なのだ。
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