やっぱり、マイルス中山氏の書いた本は買ってしまいます。まあ、マイルス・デイヴィス関連のみですが。
で、今回のは、あのジョン・コルトレーンとともにとり上げられています。実は、マイルスほど情報を持っていない私ですから、そういった意味では興味深かったです。
「三つの願い事は?」に対するコルトレーン、そしてマイルス。また、「忘れた靴下」のエピソードに見るコルトレーン。一方、『ニュー・ウェイヴ・イン・ジャズ』に象徴されるように、マーティン・ルーサー・キングやマルコムXの演説と重ね合わされる立場としてのコルトレーン。そして、それに対するマイルス。
ただ、『マイルスの夏、1969』のところでも書いたように、コルトレーンがクラリネットを吹いていた経験がソプラノ・サックスを手にしたときに活かされるとの件にはやはり疑問! 活かされているとしたら、音域が近いということだけのような…。
私はサックス経験者ですが、お遊びでクラリネットを吹いたこともあります。ソプラノ・サックスとクラリネットは一見似ているようにも見えますが、マウスピースをくわえた感覚には結構大きな違いがあったものです。クラリネットはサックスよりも下に向けてくわえる感じでしょうか。これ、運指の違い以上に大きな違和感なんだよね。
さらに、音域の件についても一言。例えば、私は某Y大学音楽科のオーケストラに賛助出演したことがありますが、本当はサックス奏者は2名必要なところ、1人でソプラノ・サックスとテナー・サックスを持ちかえで吹いたことがあります。曲は、ラヴェル作曲の《ボレロ》。例のソロをテナーからソプラノと2小節でさっと持ちかえて奏でたりしました。音域は1オクターブ違うのですが、それにより表現の違いに戸惑うことは(私でさえ)なかったですね。
とにかく、サックス吹きにとってテナーからソプラノに持ちかえることは、音域の違いなどによる表現から言っても、技術的に言っても、そんなに難しいことではないとプレーヤー視点から実感しています。また、サックスとクラリネットは音色に違いはあるし、っと、『マイルスの夏、1969』のところで書いたことを再び語ってしまいました。


