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2007年07月27日

comfortは『メイド喫茶』にあらず。【#228/26日/高田馬場・四谷天窓.comfort/山本さくら出演スリーマンライブ】

最近、伊吹唯さんがノドを痛めてしまい、ほぼ日課の路上ライブが出来なかったそうです。

今は復活してライブを再開していますが、ノドは唄歌いの命ですので、あまり無理せずに活動してほしいですね(^O^)


そんな伊吹さんの同門(シアーレーベル)のシンガーソングライター・山本さくらさんが、四谷天窓.comfortのスリーマンライブに参戦しました。



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2007年07月25日

パレード5

c68206eb.JPG【プリンス&ザ・レヴォリューション 『パレード』】

 プリンスの新譜『プラネット・アース』についてレポートしましたが、その内容を検証してみるためにも、1980年代のアルバムを改めて聴いてみようということで『パレード』を久し振りに取り出してみました。『パレード』は1986年に発売されたプリンスが神がかっていた頃のアルバムですからね。検証にはちょうど良いでしょう。

 いきなりリバースされたドラムで幕をあける1曲目《クリストファー・トレイシーのパレード》。シンフォニックなつくりは私好みです。そして、10曲目《キッス》は極めて優れたナンバーです。この密室感がたまらない! さらに、最後の《スノウ・イン・エイプリル》はじっくりとしみじみ聴かせる美しいナンバーとなっています。というように、いい曲がそろっていますね。しかし、プリンス本人は《キッス》以外の仕上がりには満足していなかったそうですが、たしかに緊張感が持続せず、ちょっと退屈に感じる部分も散見されます。この点、『プラネット・アース』の方がかえって優れているのでは(録音の所為かもしれませんが。)? でも、やっぱりラジカルというマジックが『パレード』にはあり、この点でもってこちらのアルバムにより心を惹かれる自分がいます。

 なお、『題名のない音楽会』というTV番組で、故黛敏郎氏がプリンスの《キッス》や長渕剛の《順子》を(詳細は覚えていませんが)良さが分からないとの旨を述べていたことを思い出しました。まあ、私は黛氏の作品も好きですけどね。

2007年07月25日

プラネット・アース4

8237b8f6.JPG【プリンス 『プラネット・アース〜地球の神秘〜』】

 プリンスの新譜がもう出ました。さすが才能の権化のようなプリンスです。彼の頭の中には楽曲が泉のように湧き出ているのでしょう。

 この『プラネット・アース』―相変わらず高いクオリティーで聴かせています。聴き込めば聴き込むほど、それを痛いほど実感します。

 しかし…

 やっぱり80年代の諸作よりも心に響きません。プリンスに対しては期待が大きすぎることもあるでしょう。しかし、ビョークは十分に応えていますからね(『ヴォルタ』参照)。ほんと、じっくり聴けば聴くほどプリンスの才能に畏敬するしかないほどのアルバムなのですが…。これは単に私の好みなのでしょうか? それもあるでしょう。しかし、前作『3121』を聴いたときも同様の感想でしたが、やはりあの時代にはあったラジカルさに欠けているのが大きいような。それでも、8曲目《チェルシー・ロジャース》は『3121』での《ゲット・オン・ザ・ボート》と同様なファンキーさで聴き応え満点であるなど、(しつこいけど)プリンスの能力に驚嘆するには十分なアルバムではあるのですがね。

 なお、このアルバムにはトロピカルなスロー・ナンバーがいくつか収録されていますが、その中の1曲である3曲目の《サムホエア・ヒア・オン・アース》にはミュート・トランペットがフィーチャーされています。解説の今野さんが指摘するまでもなくマイルス・デイビスをどうしても思い出してしまいますが、これ、マイルス本人が吹いていたらなぁ〜! なんて夢想してしまいます。絶対により印象深いナンバーになったでしょうね。マイルスとプリンスの共演したまだ世に出ていないテープは残っているはずです。しっかりとした作品になっていなくてもいいから、是非聴きたいです。

2007年07月24日

「バイロイトの第九」本公演ライヴ録音を聴く5

201fd681.JPG【ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調作品125《合唱》 / フルトヴェングラー指揮バイロイト祝祭o.他】

 私は今月、フルトヴェングラー・センターに入会しました。何故かと言うと、あの「バイロイトの第九」の本公演を収録したバイエルン放送のアーカイブに存在していたテープを世界初CD化したものを販売すると聞いたからです。実は、今まで「バイロイトの第九」として親しまれていた従来盤は、あのウォルター・レッグが大部分をリハーサルから、一部を本番の演奏から編集して作ったものではないかということなのです。

 私が山形遠征しているときにメール便でこのCD(WFHC-013)が届きました。さあ、聴いてみましょう(なお、従来盤との聴き比べは行っておらず、記憶で語っています。)。

 第1楽章―これは素晴らしい! より神々しく、より精緻で、より充実した響きを聴かせています。この楽章は明らかに従来の「バイロイトの第九」を上回っています。本番の緊張感が良い方に作用している感じです。ここでの演奏はこの新盤の白眉では。

 第2楽章以降―第2楽章は流れが多少悪く感じる箇所もあります(逆に素晴らしい推進力を感じさせる箇所もありますが。)。また、第3楽章の出だしは流麗な素晴らしい表現で始まっていきますが、かえってちょっと天上界から下界へ降りてきてしまったような感じになってしまっています。そして、終楽章でも第2楽章と同様にスムーズでないところもありました。というように、必ずしも新盤の方が優れているというわけではありませんでしたね。

 しかし、全体的に仕上がりが緩くなく、バイロイト祝祭o.の実力を見直す結果にも。これであれば、全体としては、歴史的価値も含め、従来の「バイロイトの第九」よりも高く評価して良いのではないか。欲を言えば、デルタ盤レベルの復刻をしてくれると言うことはないのですが。もしそうなったら、ミソス盤の《運命》を上回るフルトヴェングラーのベストCDに浮上するでしょう。

2007年07月20日

アンサンブルコンテスト全国大会での演奏4

b8f1041b.JPG【リヴィエ:グラーヴェとプレスト / Y大吹奏楽団(サクソフォーン四重奏)】

 まだ時代が昭和だった頃、宇都宮市文化会館で行われた「全日本アンサンブルコンテスト」に出場した私たちの演奏を久し振りに聴いてみました。

 おっ、結構完成度が高いね。この点に関しては明らかに東北大会での演奏以上です。審査員たちからも「よく研究されアナリーゼされた演奏」「メカニックには別に欠点をみつけられない」「神経の行き届いたなかなか魅力的な演奏」などといった寸評をいただいております。たしかに、特に音の出で、平常心でない故の不安定さ、普段からは信じられないミスもありましたが、大筋では審査員たちのおっしゃるとおりでしょう。しかし、不思議と安心して聴ける演奏は東北大会の方なのです。

 トリノ五輪で金メダルを獲得した荒川選手へのレポートとともに、全国大会での感想はここにも書かれています。したがって、今回は別のことを書いてみたいと思います。それは、演奏中の私自身の状況です。

 舞台の椅子に座り、演奏が開始します。しかし、私は楽器をつるすストラップの位置が普段よりも低いまま演奏を始めてしまいました。まあ、この点ですでに平常心でなかったことがわかりますが、私は曲の途中までストラップの低さを気にしながら演奏を続けていきます。特にグラーヴェの部分は吹いていて、おそらくは精神的に苦しかったね。だって、グラーヴェの部分が終わったとき、「やっと終わった!」と思いましたから。まあ、私の気持ちが全体の印象を決めたわけではありませんが、これが「速い部分(プレスト)は良いのですが、ゆっくりな部分(グラーヴェ)にもっと暖かい響きが欲しいと思いました」といった寸評にもつながる気がしました。だって、こんな心持ちでは暖かい(温かい?)響きを創出できるわけはないでしょ。

 プレストの部分に入って、途中短い休止があった際、私はストラップの位置を適切な位置に戻そうとしました。しかし、うまくできませんでした。が、かえってこれで「もうこれでやるしかない!」と腹をくくることができ、その後は平常心で演奏をやりきった記憶があります。

 ただ、全体的には、今は亡きBP誌に「どぎまぎした」という我々からのコメントが載ったことに象徴されるように、緊張故の呼吸感の浅さというか、ゆったり感の不足が、「も少し拍子感が豊かだとTotalな音楽的な魅力に結びついた」「音楽の柔軟性をもっと体の中に入れられるともっとスムーズな演奏になる」「楽曲全体から見るとややぎすぎすした感じが残ります」といったコメントに表れてきているのではと思いました。そう、この点こそが東北大会での演奏に比べて劣っている点に思えてなりません。だからこそ、東北大会での演奏の方が安心して聴けるのです。表面的な仕上げは全国大会での方が良いのですがね。そして、やっぱり「もう少し演奏者が音楽を楽しみながら演奏出来れば聴く側にも楽しさが伝わってくると思います」と書かれてしまいました。そのとおりです。

 結果は力を出し切った感のない銅賞でしたので、とても残念でした。以前にも書きましたが、審査員の評価は五段階評価でAが1人、Bが3人、Cが1人でした。そのうちのBをつけている3人が全員、Bに丸をつけた脇に+と書き込んでいるのですが、もっとゆったりと演奏できていれば、審査員たちの+をつけたもやもや感が晴れ、BではなくAにつけた人も出たのでは、なんてね。でも、まあ、今となっては良い思い出です。コンクール、コンテストは、良い意味でも悪い意味でも、青春のひとコマを体感させてくれましたから。

2007年07月12日

ショスタコーヴィチ:交響曲第14番5

f3a951b3.JPG【ショスタコーヴィチ:交響曲第14番 / バルシャイ指揮モスクワ室内o.他】

 ここで紹介するCDは、1969年10月6日に行われたモスクワ初演を収録したものです。この演奏、歴史的価値はもちろんのこと、演奏そのものも極めて優れています。

 特に第2楽章あたりの尋常とは思えないスピード感には圧倒されます。そして、打楽器群の炸裂! こりゃ、気持ちいいね。

 録音面でも、強音部で音がビリビリと歪みますが、以前紹介したコンドラシン指揮モスクワpo.他による《バビ・ヤール》の私が所有しているCDよりも状態は良好だと思いますしね。

 なお、ショスタコーヴィチの名作《弦楽四重奏曲第8番》をバルシャイが弦楽合奏用に編曲した《室内交響曲》も併録されていますが、バルシャイ本人による演奏ではありませんから…。

2007年07月10日

ドラマチックにトゥギャザーじようぜ(笑)【#216/8日/人形町・日本橋社会教育会館/『第3回アコースティック音楽祭(DRAMATIC NIGHT vol.79 )』】

別に『ルー大柴』を見たわけではない(笑)

おなじみのアーティストが半数を占めるイベントに、今回はスタッフとして関わらせていただいた。


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2007年07月08日

ショスタコーヴィチ:交響曲第13番《バビ・ヤール》5

a631ff01.JPG【ショスタコーヴィチ:交響曲第13番《バビ・ヤール》 / コンドラシン指揮モスクワpo.他】

 私が所有しているCD(写真参照)は、おそらくは10年以上前に購入したものですが、録音状態において良好とは言いがたいディスクです。しかし、演奏は!

 出だしこそ心許無くも感じますが、男声合唱が入ってくるあたりからそんな不満はなくなります。エイゼンの独唱も含め、この地の底から迫ってくるような凄みはどう形容すべきなのか? 音楽的機能美には欠ける演奏です。しかし、時代の証言ともいうべきパワーが籠められた凄演で、さすが初演者コンドラシンといったところです。

 この曲は当初ムラヴィンスキーが初演を手がける手筈だったようですが、結局はコンドラシンになりました。ただ、私としてはムラヴィンスキー指揮による《バビ・ヤール》も聴いてみたかったな、とも。コンドラシンによるこの演奏もかなり凄いのですが、ムラヴィンスキーですとより透徹で強固なサウンドが飛び出してきたのでは!? なんて期待してしまうんですよね。

2007年07月06日

『週刊文春』に・・・

インテルのCMで『バレリーナ』になっている《デビッド》が載ってます。

個人的には、2005年に赤坂見附・GRAFFITIで歌ってるのを見た時以来です。

各自で確認されたし(`・ω・´)

2007年07月05日

サクソフォーン・シンフォネッタ4

6f83d64b.JPG【ベネット:《サクソフォーン・シンフォネッタ》 / 某Y大吹奏楽団(サクソフォーン四重奏)】

 過去の演奏復刻シリーズです。アンサンブルコンテストで全国大会出場を決めた演奏については以前レポートしましたが、今回紹介するのはそのときのメンバーによるものではなく、一新された仲間たちで臨んだものです。このメンバーで3年間アンサンブルコンテストに出場しましたが、この《サクソフォーン・シンフォネッタ》を演奏したときに最も良い演奏を披露することができたのではないかと思っています。M地区大会で銀賞だったけどね。

 さて、鮮明でない録音状態のテープを聴いてみると、まずまずの仕上がり具合であったことを確認できました。それなりにうまくまとまっています。音楽的な解釈にしても、やろうと思っていたことはとりあえず表現できていたように思います。しかし、アンサンブル全体としてはダイナミックスの変化のみが目立った表情付けだったようにも感じられるし、一つ一つもっとシャープな表現がほしかったかなとも。もちろん、これらは技量による問題ではあります。でも、これは単にメカニック的なことを言っているのではありません。実際にメカニック面では上の大会に出場してもおかしくはないものは示せたと思っていますから。

 要するに、ここで言う技量とは、月並で抽象的な物言いですが、音にどれだけ魂を宿すことができるかということです。例えば、先ほど挙げたダイナミックスの変化の件についても、言霊ならぬ音霊をもっと全体として籠めることができていれば、表面的な表情で終わらず、真実の声として自然に聴衆に届けることができたはずです。さらに、そのことは我々自身が体験しているではありませんか。例えば、私が大学1年のときと全国大会出場を決めたときの吹奏楽コンクール東北大会での演奏。どちらも素直に曲に乗って生き生きと演奏できました。そして、それは結果にも結びついています(大学1年のときは全国大会出場は逃すものの、結局全国大会で金賞を受賞したM教育大に次いで2位だったようだし。)。そう、音霊は伝わるのです。

 やっぱり、うまくやろうとか思わず、素直に自身を出すことができたときに初めて相手に何かが伝わるものなのです。そういうことを常に行うことができる技量を演奏家は持たないとね。そんなことを感じさせてくれた《サクソフォーン・シンフォネッタ》の演奏でした。