今からちょうど8年前くらいですか、着物を買いに行って、着始めたの。
当時学生だった自分は、両親がしんどい思いをして稼いだ金で仕送りをしてもらったり、
奨学金をもらったりして生きてました。(いわゆる僕の「奈良時代」)
金もなし。洋服も着回しがパターン化してた頃。
ふと思い立った、「着物が着たい」。
それはある日突然に。
ちーころころころ…ぱぷんぱぷん…
ダイヤルアップで回線を繋ぎ、インターネットで情報収集。
(当時の、男のきもの大全掲示板にはお世話になりました。)
(今も付き合いのある方が、あちらには何人もいましたよね。)
何せ、着方もわからんし自分用の着物は持たないし。
そもそも着物を用もないのに着ることなど、考えもしなかった。
成人式だって、親父殿に着せてもらう始末。
かっこわる。
丁度それから1年後後からかな、着物着たくなったの。
それはもう急激に、熱に浮かされたように。
(某ネットの呉服屋に「着物病」だって断定されて、カンタンにひと括りされていたような)
いや、それまで着物ってめちゃ高い
と思ってたからさ。
(6,000円のパンツを買うのに逡巡を重ねてた頃ね。)
「呉服」なんてもう…(笑)
実家でもその頃の仕事って「振袖フルセット○○万」だし、ちょっとね(笑)
結局この時に熱が入りすぎて、インターネット代?の請求で十分着物買えたよなと思ったのは
後になってからのこと。(支払うの大変でした。)
色々質問したり、眺めたり、意を決して手に入れに行ったのはやっぱり古着。手軽なんでね。
あとは浴衣を実家から送ってもらって。
夏に向かう時期ということで東寺の弘法市に行ったり。
へなちょこでもいい。
何とか着て、決死の覚悟で外に出て挙動不審な男。
確か麻の着物に絽の袴だったか。いきなりバリ夏仕様でしたっけ。
祇園さんに目標を据え、まずは通学。祇園祭の京都なら多少は目立つまいと思いながら。
そして、ネットでの情報収集にも磨きはかかり秋。
うらびれた社会の落ち武者が巣食うアパートのほど近く、忘れもしないリサイクルショップの
「リフレッシュ生活館」。(今のリフレと同じにしたらあかん。当時は着物特化とか全っ然無い)
見つけたーーーーーっ。
新品躾付き仕立て上がりのウール男物!
50円!!
これよこれこれ。
や・ま・づ・み☆
入門用の着物はこれじゃー。
というか、これで必要な着物は完璧。入門もクソもあるかい!ってなことで。
襦袢もちゃんと持たなかったので(先述の大全掲示板では半襦袢と裾よけ推奨でした)、
コーマ地の浴衣のうっすくなったのを襦袢代わりに。それで良かったんだ。
以降、どこへでも着物で出て行くようになり。
「着物を、着たいときに着る」サークルを作ってみたり。
「男のきもの大全会」に行ってみたり。
「きものde銀座」に出かけてみたり。
「師匠」のいやはった西宮に伺ってみたり。
「学業」「就活」そっちのけ(苦笑)
(この期間が今の自分の元であり、染織こだま開業までの伏線。)
今振り返れば、着物の着方・着こなしも怪しげ。
コーディネートだって結構トンデモだったのではなかろうか。
ただただ勢いだけが頼りでした。
長着からはみ出す襦袢。
裄不足で腕が半ば飛び出した長着。
つい買って、すぐ後輩に譲ったウールたち。
このときがあったからこそ、共感できることがある。
苦労をしたからこそ、苦労もわかる。
年間せっせせっせと2万位つぎ込んだっけ。
フルコーディネートの平均額は5,000円くらい。
10万円コーディネートとか、憎むべき高級呉服!って敬遠してましたものね、心から。
結局、学生時代・サラリーマン時代を経て行き着いたのが「木綿着物」だったわけで。
ここが到達点という着物暮らしも悪くないと思うこの頃。
そりゃたまには上等も着てみたいけど、今のところいいかな。
はじめての男着物。
人それぞれ。
王道なし。
出来る範囲。
背伸びなし。
本やネットの情報も、他の文物に比べればまだまだ少ない男着物。
一人ひとりが経験を語ることが、次の人への道しるべになるかも知れぬ。
思想信条主義主張、いずれもそれぞれ。
「俺はこれが好みだ、この系統で行こう!」
「選択肢増やし」が、「先に着た者」の通る道なのかな。
自分のこんな今も、皆さんの着物暮らしも、誰かに影響を与えられ、誰かに影響しているかも。
年表とか作ると面白そう
「着物の人が増えますように。」
木綿着物!染織こだまS
児玉健作
| このブログのURL
|この記事のURL