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2011年11月08日

2011年11月07日のつぶやき

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2011年10月24日

平成23年 時代祭

平安遷都1100年を記念して1895(明治28)年に始まった、
京都三大祭りの一つ、時代祭が昨日23日に京都市内で行われました。


毎年10月22日と決まっているのですが、10年ぶりに雨天のため翌日へ順延。
順延のせいか、昨年よりも2万人少ない5万人の人出だったそうです。



平安神宮や御所での神事が終わった後に
明治維新から平安時代までの各時代の風俗を再現した全長約2キロの
時代行列が練り歩きます。仮装行列ですね。

一般観光客には見えない神事がメインですから、
この仮装行列は我々庶民への出し物、と理解してもいいかと思います。


3無題.png


先頭はぴ〜ひゃらぴーひゃら♪と軽快な鼓笛を響かせた維新勤王隊でした。


NEC_0407.jpg


続いて幕末の志士列、江戸時代の上洛列が続きます。
そして衣冠束帯や甲冑(かっちゅう)姿の列が威儀を正して歩き、
十二単(ひとえ)や小袖姿の女性は優雅に進みます。


無題.png


実は、前日の京都市内は16時までは晴れていました。
しかし天候怪しく、決行か否かは早朝6時に決定されていたそうです。

(ちょうどこの神事に関与している同業者のFacebookで、
リアルタイムで早くに情報をキャッチできました)

そして今日は一日雨が降らず皮肉なもんだなぁ…と思っていたら、
16:30にはバケツをひっくり返したような大雨が。
催行していたら、平安神宮の近辺では恐ろしいことになっていたでしょう…
中止で正解なり。



さて、少し脱線しますが次の写真は実は女性なのですが、
なんとカツラから一本に束ねた地毛が恥ずかしげもなく見えています。


無題2.png


せっかく全国から何万と観光客も見に来ているんだから
こういうダラシナイのはよくないなぁ…と思っていたら、
その後 何人も地毛の茶髪をおもむろにカツラから出している男性役をしている
女性を目にしました。

「私は女性よ!」と言わんがためなのか? ウケ狙い? …まさか。

2000人もの行列ですからおそらくヘアやメイキャップは
ほとんどの人は自身でしていくのでしょうが、
それでも、せっかく行列に参列するんだからもっと誇りをもって
ネットを被って地毛を抑え込むなど工夫して
身だしなみには気をつけて臨んでほしいと思いました。

2011年05月02日

ホームページリニューアル


さて、このブログをご笑覧頂いております皆様お気づきでしょうか。


新門荘のホームページが全面リニューアルされました。

(一部まだUPされていないページもあるようですが
近日中に修正なされますのでご了承ください…)



以前のホームページも落ち着いていて良かったとは思うのですが、
今回はユーザーの方がより見て頂きやすいように、
利用してみたい!と思ってい頂けるように、そして管理側がもっと頻繁に
情報を更新していけるようにとの考えから2年ぶりに変更するに至りました。



もともと楽天トラベルの新門荘のページを制作して頂いた会社が
新門荘自社ホームページも手掛けて頂いたので、
私の好みを理解して下さっていた事もあり、1か月の急スピードで
リニューアルが出来ました。
お礼を兼ねてお世話になっている担当の方とデザイナーの方を是非食事にお連れしたいですね。



今日の京都は、ひどい黄砂で空がよどんでいます。

黄砂は花粉よりも小さく肺の奥まで届きやすい性質を持っているようですから、
市内を観光される際はマスクを着用することをお薦めします。

2011年03月16日

震災の影響

昨日、義理の遠い親戚が津波にのまれて亡くなっていた事が分かりました。

偶然にも今朝の新聞で記事になっていました。
3人の子供がいる母親でした。


テレビでは、夫と子供が生き埋めになり「一人ぼっちになっちゃうよ」と嗚咽している女性が。
身障者の妻を体力の限界で手を離してしまい自分を責めるご老人の姿。
過酷な状況で出産したのにご主人が安否不明で不安な表情の女性が。
大津波で奥さんと子供の手が離れてしまった若いご主人の涙する姿が。



そんな現実を突き付けられても、生きている以上は私たちは前に進まねばなりません。
被災者の方々は過酷な試練を乗り越えねばなりません。
被災を免れた人々は陰ひなたに彼らを支えていくのです。



このような事態だからあらゆるイベントが開催中止になることを始め、
自粛ムードが漂うのは十分理解できます。私自身も連日の報道を見ると
涙しない日はなく、沈痛な気分が抜けません。


この大震災が対岸の火事には思えず、
観光産業でもある京都にも多大な影響を及ぼしています。


この小さな弊館の経営の先行きも非常に不安に思います。





  しかし、それでも前に進まねばならないのです。


お陰さまで活動できる人達が、なにもかもを自粛したり、
消費を控えていく事はマクロ的に見ると
より一層の経済の停滞を進めてしまいます。



私は個人的な義援金は勿論のこと、自分で出来る範囲の活動はしながらも
今までと変わりなく何をも自粛セーブすることなく生活していこうと思います。

むしろ余力のある人間こそがもっとお金を使っていかなければとさえ思います。


勘違いした自粛ムードや気分の停滞を招くような行為を控え、
仕事を全うし、これまで通り日常生活を続けていく事も
私たちが今の日本国の為に出来る事の一つだと思います。

2011年03月10日

My Kyoto に掲載

京都市産業観光局が発行しているフリーペーパー
「My Kyoto 2100 春」に新門荘の舞妓プランが掲載されました。


配布先は主に東京だそうですから、お手元に取れない方は
デジタルブックで見られますのでご覧ください。

http://www.my-kyoto.jp/index.html


18ページの「お座敷遊びの魅力とは。」の特集で、
舞妓さんと触れ合える3軒の一つとしてご紹介いただきました。


そういえば来月4月から、‘都をどり’や‘京おどり’が始まり
祇園は昼間から大勢の人で賑やかになります。


新門荘の「舞妓プラン」はリーズナブル料金にて、
初めての方でも安心して楽しんで頂ける事でプランを組み直して早9年、
お陰さまで確実にお客様に喜んで頂いています。


春に京都へ来られる予定を立てられている方は
是非このプランのご利用もご検討くださいませ。


★★↓↓ 舞妓夢百花プラン ↓↓★★

http://www.shinmonso.com/maiko/

2010年10月29日

上村松園 展

ようやく秋らしい肌寒さを感じるようになりました。

昨日の気温は14度…
来週前半くらいまでも16−17度らしいので
日中の京都観光でも一枚多めに着こなした方がいいかもしれません。


さて、いよいよ11月にはいりますが京都国立近代美術館では
11月2日より「上村松園」展が始まります。


DSC00853-2.JPG


今や繁華街になっている四条御幸町(シジョウゴコマチ)で生まれた京女、
明治に活躍した女流画家です。

彼女が描いた100点ほどが展示されるそうです。


近代美術館は京都の「岡崎」というエリアにあります。
新門荘からテクテク歩いて15分。

すでにこの展覧会は東京で開催されたようですが、
見逃した方や絵画鑑賞がお好きな方は
是非この秋の京都観光の行程に組み込まれては如何でしょうか。


彼女にまつわるイベントも開催されるようなので、
私はすでにスケジュール帳に書き込んで楽しみにしています。


■ 11月2日(火)〜12月12日(日)

■ 月曜日休館 (11月22日は開館、11月24日(水)代休)

■ 9時30分〜17時 (入場は4時30分まで)

■ http://shoen.exhn.jp/index.html







大きな地図で見る

2010年10月28日

那覇の夜

 昼間は比較的静かな沖縄も、日が落ちるとともに賑やかさを現す。特に那覇は、県外から訪れる観光客が多いため、果たしてここは沖縄か?という場面をよく目にする。然し、ここは明らかに南の島。訪れる者も、どことなく異なる雰囲気が現れていた。

2010年07月26日

台湾から留学生

今日から、実家では台湾から来ている18歳のお嬢さんを預かっています。


父が所属している某団体の交換留学生として来たそうです。

私と父はこの日をとても楽しみにしていましたが、
この二人以外の家族は受け入れを快く思っていなかったようです。

赤の他人と寝食を共にすることに抵抗があることと、言葉が通じないから…と。
(そんなことも取越苦労となるのでしょうが)


きょうだいは皆仕事で忙しいので、父と母がお世話するのですが、
暇そうな私も目をつけられ頻繁に実家に来なさい、と命令が下されました。


コミュニケーションは英語です。
幸いなことに、相手の母国語は中国語であるので彼女も英語ペラペラではありません。
私の中学生レベルの英語でも十分通じました。ホッ…^^;


日本での滞在は三週間だそうですが
実家が受け入れるのは一週間ですので、私もこれを機会に京都観光にお供して、
しばらく途絶えがちだったブログの更新に力を入れようかと思います。



ちなみに今日は、岡崎にある「みやこメッセ」と「平安神宮」へ行きました。


平安神宮は600円払えば奥の神泉苑(お庭)へ入れるのですが、
なんせ真夏のこの暑さ… 気分も悪くなり私はサッサと歩いて茶屋で寛いでいました。

DSC00650.JPG

私にとって久しぶりの神泉苑ですが、両親曰く「奥まで来るの初めてだわ」とのこと。
目と鼻の先に住まいしているのに… 


他府県の皆さんから羨ましがられる土地で生活をしているのに
生まれも育ちものザ・京都人とは、機会を活かせていな人が多いのです。

2010年05月16日

「康生町遺跡」

(愛知県岡崎市康生町)
  砂に水を撒くように、策をこうじてもすぐに浸透し乾いてしまう市街地、康生町。私は三十数年来この地を知っているが、明らかに右肩下がりの繁栄状況である。地域中心地であった筈のこの地も、近隣豊田市に奪われ、かつてのプライドが虚しく残っている。

  郊外型都市を誘発する自動車工業都市である以上、中心市街地を発展させるのは難しい。現状では高齢者比率の高い中心地に学校を誘致し、日中に若い世代の人口を増やす施策や、観光や商業に対して、工業を超える程の力を注がなくては、かつて市街地であった地という歴史になってしまうだろう。


(関連記事:西三河総合ビル たつきビル

2010年05月02日

嵐山

(京都市西京区嵐山・右京区嵯峨 国指定史跡・名勝)
  父は京都で学生時代を過ごしていたので、京都の話もよくしていた。私もその話を辿るように、時折この京都を訪れる。 父が亡くなる間際に訪れた嵐山。私が訪れたときはまだ桜の満開の時節ではなかったが、大勢の観光客で賑わっていた。

 鎌倉時代、亀山天皇が「満月の渡るに似る」と詠んで名付けられた桂川に架かる渡月橋と、地名の由来となった山、嵐山がある。桂川はこの地より上流を大堰(おおい)川或いは保津川と呼ぶ。

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