TOP>対人恐怖症

2010年11月15日

昨日の記事に

昨日の記事に対して、不快に思われた方がたくさんいらっしゃるかもしれません。
ごめんなさい。

これまでならば、どのようなメッセージが来ても公にすることはありませんでしたが、今回のメールには「とおりすがりさんのコメントは私の他人格が書いたものではないか」という一文が入っていました。
そのようなことは一切ありません。
ブログを書くのは私本人だけであり、IDやパスワードも他人格たちは知らないと主治医との面談で答えています。そもそもブログの存在を、それぞれは知りません。
パソコンをいじれないと答えています。
そして、こういった時しか放置していて見ることはありませんが、このブログにもアクセス解析は付いていて投稿者のIPアドレス等はわかっています。
断じて私ではありません。

コメントをくださった美鳥さんも私も、解離を否定していて、人格たちを迷惑だと思っているのではないかとも書かれていましたが、それは違います。
同病者だからといって全てが同じなわけではもちろんありませんが、この病を受け止め生きていく中で、他人格の存在は生きづらさに直結してはいるけれど心の底から詫びています。
ただ、現実の対人関係と違って、直接対面し謝罪することが出来るわけではなく、心の思いがどうか伝わるようにとそれをとてもとても願っています。
身に起きた事がどうであれ、自分が生み出してきた事実に自分が今苦しんでいるのです。
過去にさかのぼり、ひとつづつ丁寧に埋めていこうと、対話していこうとしているのです。
泣き叫び、のたうちまわりながらも、心の叫びを聞こうとしているのです。
時には絶望しながらも、悪かった、申し訳なかったという気持ちをなんとかして伝えたいのです。
それが私は一人ではまだ出来ないから、カウンセラーや医師の手を借りているのです。

今日はこれからカウンセリングです。
主治医がお休みなので遅い出発です。頑張ってきます。

応援してね
にほんブログ村
人気ブログランキング
BlogPeopleブログランキング

2009年10月03日

よくわかる恐怖症

よくわかる恐怖症
筆者の視線恐怖や対人恐怖症を克服した経験から記事を書いています。
不安や悩みがある時の対処方法についても掲載しています。

2009年09月14日

リハビリ

リハビリといっても自分で考えた、とてもささやかなものですが
毎週週末には翔ちゃんの餌を買いにペットショップへしろさんと出掛けています
お化粧も出来ない日もありますが、とりあえず通院以外にも外へ出ること

自分ひとりだと、行き慣れた場所でもどうしても対人恐怖が出てしまって
パニック発作を起こしてしまうので、まだ同行者が必要です
それでも一歩づつ、何かしなきゃ

2009年08月17日

他人のことは、どう逆立ちしてもわかりません

「嫌な思いをさせてしまい、すみません」この言葉をどう捉えますか?お気づきですか?相手に不愉快な気持ちを抱かせたことを謝る前に、まず、自分の行動を知り、それを反省することが抜けていませんか?ミスをした。ミスをしたことを知る。まず、それが大事です。どういうミスか、何故そうなったかは、その次です。感情なしに、ミスをしたことを、ただ知る。反省に繋がると同じことは繰り返しませんね。

日常の生活、特に対人関係で臆病になっている方は、この辺りを履き違えていることがあります。ミスをしたことを知る前に、相手にどう思われたかを考えて、いい訳や誤魔化しが先走ります。相手の顔色を伺うというのは、隠れ蓑です。自分を守るために、この表現を使うことが多いんですよね。

他人のことは、どう逆立ちしてもわかりません。相手の管轄に入り込んで、勝手な想像をして、自分の視野を狭くして、自分の行動範囲を狭くしているのは、自分の「思い込み」ですね。

今日は、困ったな、どうしようかな?と思ったら、いつもと視点を変えてみましょう。考えないで、一呼吸。100人の人がいたら、100通り以上の考え、思い、行動があります。さて、どう動きましょうか?きっと大きな気づきが、後悔を反省に換えてくれますよ。そのまんまのあなたで、今日は何をしましょうか?

○「摂食障害~私の中の一部分~」
ざわざわで購入1,000円(送料税込)
http://www.formzu.net/mfgen.ex?ID=P84143493

○摂食障害ざわざわ克服冊子本プレゼント(合計1,500冊配布しました)
『独立行政法人福祉医療機構長寿・子育て・障害者基金助成事業』
申込 https://www.formzu.net/mfgen.ex?ID=P79319687

NPO法人心ざわざわ 
http://kokorozawazawa.org/

2009年04月09日

自分の人生は自分で規定する

イメージ 1
オリジナルのサイズの画像を見る場合はクリックしてください。

自分の全身像を自分の目で見ることはできない


必ず「鏡」を必要とする


人は鏡に写った姿を見て「自分だ」と認識する


つまり、鏡に写った虚像に同一化する



そして、鏡以外にもう一つ必要なものがある


鏡に写った姿を見て、振り返る


その時


「そうよ これがあなたよ」


そう言語で語ってくれる他者


これを≪まなざしの交換≫と言う



幼少期のこの体験を基にして


後に、この鏡が他者(世間の目や他人)にすり替わる


この構造が


後に対人恐怖の原因ともなると言われる



つまり、他者の眼差しの中に自分の理想像を見る


相手の要請する姿に同一化し、嫌われないようにと気を遣う


このようにして「個」を抹殺してしまう


自分の理想像は、他者に絡め取られてしまっている


こんな中で人は生きていることになる




自分で判断し、行動していると思っているかもしれないが


それは他者に期待された判断であり、行動であるといえるのではないだろうか?


だとしたら、自分の人生は他者によって規定されていることになる


         【自分の人生は自分で規定したい】


そんな叫びが聴こえてくる



     画像:上北 邦彦氏



大阪のカウンセリングサークルワイズ悩み相談「心ざわざわ」岡本理香です

【広告】

サイト内検索

メンバー紹介

このサイトに自分のブログを載せたい!
(ブログの登録は無料です。)


アクセスランキング

スポンサー様

ブログパーツ