どうも、元気が、でません。
何か、元気の素とか、売ってるお店あったら、教えて下さい。
センチメンタルになっていても、なにも、変わらないし
なにも、よくはない。
それを、分かっていても、かかえきれない 悲しみが、後から 後から
やってくる。
先日の日記に、コメントくれた人へ
私が、彼との対話が、うまく出来なくて 私が、殺したんですか?
この上の文章が、ずっと、頭を、差し込む感じで、痛い言葉だ。
俺は、やれることはしたはずだし、自殺に、追い込んだわけでない。
事情もしらず、ある方法論いっても、死んだ御霊は、もどらん。
自殺防止プログラムは、地域ネットワークに、その存在を、導くこと
それは、知ってる。NETで、知り合った人との関係性は、相手を
尊重するという敬意の払いがあるべきだし、私だって、その待遇を
NETで、知りあった人に、望む。
でも、彼と、共に 自己を 忌むべき存在として、ほんとは、葬(ほ
うむ)りかった。その己が、のうのうと、いきてるのも、なんだなぁ
なにがしたいとか、そんな先が、分かりえない不安の中で、恐怖の
日々と、くだらないかもしれない自分の一日一日が、とても、虚無で
あるし、意味を成(な)しえないとも、思いがちで・・・
未来が、明るいわけでもない日々は、やはり、虚(むな)しいだけだ
ろう。愛する人が、いるわけでもなく、愛されてるかも、分かりえな
い自分と、対等する気持ちが、萎(な)えているんだろうね。
今、自分が、輝いて生きてますなんて、誰にも、言えない。
何も、みつからないまま、この時の流れに、流されるかのごとく
生き恥を、さらすのが、妥当というべきかもしれない。
彼女も、それに相違はしないだろう。同意するかは、もう、聞けない
が、愛すべき人は、去っていった。失ったものが、多すぎると、何も
感情が、揺れにくいのか?ぼーっと、時の流れに、ゆらゆらながされ
ていってる。友をなくすことは、これだけ、つらいことなんですね。
それを、身を呈(てい)して、彼は、教えてくれた。
自己のうぬぼれが、時の変化に、ついていけず、困惑、混乱した静寂
の中で、じわじわ、重い感情と、さえぎる事のない友情が、物悲しい
冷たい時の流れに、からまわりしてる。
なにもかも、失(うしな)って、感じることのできることは、出来れ
ば、会いたくないものだ。招かれざる客の如くだな。
2009年 4月 7日 享年37歳
まだ、彼と、生きていた面影を、見つめているようだ。
彼の携帯電話に、電話したら、でてくれるといいのに。
ほかに、なにも望まないのに…
誰も、あれだけ、友情が、共に共有できたんだから…
彼の再起ねがわんときに、ドラマ「トライアングル」で。流れてた
◆ さよならは言わない 小田和正
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◆ 人の生命の灯火(ともしび)わが子でなくても、あなたの大事にした
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