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2005年05月15日

心の闇

こんばんは。また、女性監禁事件が起こってしまいました。
メディアはこぞってこの事件を取り上げ、事件の経緯や犯人の人物象などを報道していますが、私としては、精神的な病気を持っていらっしゃる方々が間違った差別を受けないように配慮した報道をしていただきたいと、強く思います…
さて、何か事件が起きると、メディアは容疑者の周囲にインタビューをします。その時、決まって帰ってくる答えは、
「普段は大人しい人だった」「とても、殺人なんてする人には見えなかった」などなど…
勿論、日々、殺気をギラつかせて歩いている人はあまりいないのですが、では、どうして、そんな普通の人が殺人を犯してしまうのでしょう?
私はその答えを「心の闇」だと考えます。
皆さんは、陰陽道をご存知ですか?一時期「陰陽師」という映画で流行りましたね。私もちゃんと勉強したわけではないのですが、この考え方は「光があれば影もある」という考え方のようです。そうです。光があるところには必ず影があるのです。つまり、私たちは良心の裏側に敵意や殺意といった「影」を常に持ち合わせているのです。皆さんは、物凄く嫌いな人を頭の中の空想で殴ったり、あるいは殺してしまったりした事はありませんか?それが誰もが持っている「心の闇」だと僕は思います。
殺人を行ってしまった人達はこの「心の闇」がコントロールしきれなくなったのだと僕は考えます。こう考えると、人は誰しも、そうこの私も、心の闇に支配されてしまう瞬間が来るかも知れないのです・・・
では、どうしたらいいのでしょう?
これは前回もアレンの法則の後半で書きましたが、「意識」する事だと思います。私達は「心の闇」を持っているということを「意識」する。誰かに嫌な事をされた時、理不尽な事をされた時、「心の闇」は良心を支配しようとします。その時の対処法を自分で作っておきましょう。空想だったら、相手をボコボコにしても誰にも迷惑はかけません。カラオケに行って、マイクを使って、「バカヤロ〜!!!」と叫ぶのもいいかもしれませんね。友達に思いっきり愚痴るのもいいと思います。僕的には、カウンセリングルームで愚痴ってみるのも面白いと思います。カウンセラーは「共感」するのが仕事ですから(^^)これらの事は世に言う「ストレス発散」というやつですが、これは「心の闇」に支配されない為にもとっても大切です。
・・・と偉そうに言ってる私は「ストレス発散」が大の苦手です(^^;)あえて言うならば、ゲームをやって現実逃避する事と、B'zのライブビデオを見ることでしょうか…(笑)
話がそれてしまいましたが、人間は「光」だけでなく「闇」を持っています。その事を「意識」し、それに正しい「対応」をする…
自分の「闇」を知ることは、あまり気持ちのいいものではありませんが、「それもまた自分」なのです。「光」と「闇」をバランスよく「共存」させている人間って、ちょっとかっこよくないですか?(^^) 続きを読む

2005年05月15日

USJ 仲井スター親子

050515_174839_M.jpg楽しかった

2005年05月07日

私は 岡本理香と申します

1d8632a1.jpg









ピンポーン♪
「こんにちは 奥さん」

私は必ずこう応える
「私は奥さんではありません 岡本理香と申します」


イラッシャイマセ♪
「身分証明で運転免許証を確認させて戴けますか?」

私は必ずこう応える
「それは 国民の必須携帯ですか?
 事情で所得ができない人にもおっしゃるのですか?」


またピンポーン♪
「ご主人様は ご在宅でしょうか?」

これも必ずこう応える
「この家の主は私です」



在宅介護では
各家庭の裏事情まで 入り込むことが多い
付き合いが長くなると 家族同様の感情が湧いてくる
しかし 鉄則がある

ご本人様を 苗字で呼ぶ
ご家族を 苗字で呼ぶ

一見冷たいようだが
これは鉄則である
訪問看護師だから カウンセラーの立場だから
その方々の上に立つことは避けなければならない
一人一人を尊重するべきである
「おじいちゃん おばあちゃん おかあさん おとうさん諸々」
使わない
使ってはならない

敬意は払うべきである

そして
指導はするが 押し付けはしない
自分ができるのに 何故出来ないのかとの言葉は発しない
人それぞれである
環境が違うので感性も違い
価値観が違う

しかし 諦めとは違う
そう指導はする

そこで同じ高さで 同じものを見つめる
そこで一緒に考えるのである

もう一度
諦めではなく
一緒に考えるのである


人それぞれ事情があり 価値観が違う


今日も ピンポーン♪
「こんにちは 奥さん」

今日も私は応える
「私は 奥さんではありません 岡本理香と申します」




2005年05月06日

「そらいろのとり」より 岡本理香

今 思う


高き夜空に
心が澄んで
今思う


優しき厳しさに
心が揺れて
今思う


憧れ続け
憎み続け
自分らしさを彷徨う人生


誰よりも
愛してくれた

誰よりも
信じてくれた


そして
悩み続け
進み続け
自分らしく 輝く人生


遠き夜空で
愛するあなたを
今 思う


優しき心で
愛するあなたを
今 思う


感謝の涙は 心に溢れ
今 思うは
母の愛



メインBlogをご覧下さいね★

エッセイや告知★


2005年05月05日

告知★コメント&トラバ&メルマガ購読でプレゼント★

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3月23日月曜日15時より
@LIVINGスタジオ(新宿ハルク6階)のブース
「ざわざわの館」第2回目生放送します
前回の放送も 月間アクセス第6位とご好評戴きました

俳優・仲井征利岡本理香の凸凹コンビ(?)
面白い話題で30分進行します
番組は1ヶ月間再放送していますので
どうぞご覧下さいね★

岡本理香の紹介は メインサイト「心ざわざわ」
メルマガ

愛のBlog
言葉のBlog
その他諸々(秘密)

気軽にお声をお掛け下さいね
カウンセラーとしても活動の幅を広げております
かうんせりんぐ公園では
映像付チャットでお話させて戴きます


『タイトルのままです
 コメント&トラバ&メルマガ購読
 そして 番組へのリクエスト&ブース前にお越し戴くと
 「心ざわざわ」5をプレゼント
 冊数に限りがございますので 先着順にさせて戴きます
 コメントなど 必ずあなたのメールアドレスをお書き下さいね
 メールはこちらから★必ず 本希望の一言を★』




2005年05月04日

サバイバースバイド

こんにちは。今回もJR福知山線電車脱線事故について書きたいと思います。
事故より日が経つにつれて、色々な事がわかってきていますが、その中でも、私が気になったのは、生存者の皆さんの心の状態についてです。
実際に被害者の心のケアに携わっていらっしゃる精神科医の先生によると、生存者の方々、特に一両目、二両目に乗っていた方々に「サバイバーズバイド」と呼ばれる症状が見られるそうです。この症状を簡単に言ってしまえば、「生き残ってしまった」という罪悪感を感じてしまっている状態なのだそうです。確かにテレビのインタビューにも何人かの方から「生き残ってしまって申し訳ない」という言葉が聴かれました。
「和」を重んじる日本人らしい症状だと、私は感じました。そして、目の前で、息を引き取っていく人々を見た人にとっては、当然湧き上がってくる感情だと思います。
難しく、時間のかかる問題だとは思いますが、生存者の皆さんには少しでも早く、今、ここに生きている自分とその生きている自分を必要としている人達が、その人の周りにたくさんいる事を気づいて、その「生かされた」人生を今まで以上に一生懸命に「楽しく」生きて頂きたいと思います。
最後にもう一つ…
今回の事故ではJR西日本の経営状態の悪さばかりがクローズアップされていますが、事故が起こってからの尼崎市や病院の対応は素晴らしかったと思います。皆さん「震災の経験を生かして…」を合言葉のように迅速な対応と充分なアフターケアを行っているようです。
マスコミにもできれば、こういった事にも焦点を当てて頂いて、頑張っていらっしゃる皆さんの労をねぎらい、他県の行政、病院などにも参考にして頂けるようにして欲しいものです。

2005年05月03日

ハーブティーは○○の香り?

ハーブティーを飲みに行きました〜。
じ、実は僕はハーブティーっていまさら初体験だったのです。
古〜い女友達と久しぶりに合いまして(彼女が古いわけではありません)そいじゃお茶でも、ということになりました。

「やっぱ、今なら新茶が和菓子付きで飲めるとこどう?」
「あ、私昔行った、ハーブティーのお店行きたーい!
「う、うん、そこいいね〜」
「クッチーちゃん、何のハーブ好き?」
「ハーブ?そうね〜.......ハーブって何の葉っぱ?
「はあ〜?、ハーブはハーブでいっぱいあるの」
「そうか、飲んだこと無いけど雑誌とか載ってて興味ある」
「教えたげるよ!」
というわけで、ハーブ専門喫茶へ行きました。
「ねー、何にする?」
「健康に良いやつどれ?」
「み、みんな、いいんだよ!
  私レモングラスとカモミールティーそれから
  ハーバルミックスピザね」
  「クッチーちゃんは、この精神安定のブレンドティーが
  いいじゃん。」
「そ、そうだね、それと精神安定パスタにしよ」
「はぁ?そんなパスタは無いよ!このルッコラのパスタが
  いいよ、私好きだから!」
「そ、そうだね、そうしよ」
やはり知識の無い人間は完全にアウェーゲームでした。
「どう?始めてのハーブティーは?」
「う〜ん、おいしー!何か不思議な香りで癒される」
「そうでしょ!いい香りでしょ!良かった〜」
「う〜ん、懐かしいような初めてのような香り!
  わかったーお寺の香りだー。
  だから、精神安定なんだ!」
「...........ハーブとお線香は違うけどね!
 「ま〜、初めてだし、そんなもんでしょ!」
というわけで、私のハーブティー初体験は、ほろ苦い思い出
となりました。
でも、いいんです。あの不思議な香り。。。。。。。
癒されます。会話も静かにはずみます。
ハーブファンの女性が多いのもわかるような気がしました。
皆さんのハーブはどんな香りですか?

2005年05月03日

夜高祭り、「喧嘩」あんどん - 愛と感謝の心で、本気で願うことは必ず叶う! - 楽天ブログ(Blog)

狭い路地を通るとき、あんどん同士がが喧嘩をします。
「引き合い」と言うそうですが、
お互いのあんどんをめちゃくちゃに壊しあうのです。

せっかく創ったあんどん。。。
2ヶ月かけて手作りしたあんどんを、二晩で壊す。

「あいぃやさっ〜!よいっさ〜!」のかけ声とともに、
祭りのクライマックス。
男たちが殴りあい、法被がはだけ、汗が飛ぶ。
熱気が、見物客に伝わる瞬間、
あんどんの火が、人々の顔を照らす。
ぼろぼろに破れ、、打ちひしあんどん。
「祭り」が、そこにあった。

福野夜高祭りは、1652年伊勢の神を地元神明社に
お迎えしたのが起源だそうです。

地域の人々が協力し合い継承しています。
都会では薄くなった「結」の精神。
子供のころから見続けている祭りを、
成長した若者となって支えていく。

すばらしい日本の文化です。

2005年05月02日

心のケアのお手伝い「悩み相談室」

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『心ざわざわ』相談室は
2004年2月に開設致し
多くの方々との交流の場となりました

人それぞれ思いがあり
人それぞれ悩みがあります

心の重みは
あなたご自身で軽くすること
『心ざわざわ』は ほんの少し
そのお手伝いをさせて戴いております

既刊本6シリーズで綴り続けて参りましたこと
あなたのお心に届きましたでしょうか?


いつでも
ここで
『心ざわざわ』は微笑んで
あなたを見つめています

あなたのほんの少しの勇気
私に贈って下さい



今 
作家としてタレントとして
各方面で活動させて戴いております
そして
看護師として20年勤務しておりますことを基底に
自分の心を見つめ
そして
あなたの心を柔らかく愛し続けて参ります


5月23日は@LIVINGオープンブーススタジオで生放送
前回の放送もご好評を戴きました
今回もあなたのお心に微笑が溢れる番組にしたく存じます

番組で メールを募集致しております
激励&お悩みことなどなど
気軽にお寄せ下さいませね
メールを下さった方 
もしくは当日スタジオ見学にお越し下さった方
「心ざわざわ5」をサイン付で
プレゼントさせて戴きます

勿論 「心ざわざわ」に直接メールを下さった方
ご希望の方にもプレゼントを数冊
ご用意致しております
どうぞお気軽にお寄せ下さいませ

お待ちしております★

続きを読む

2005年05月01日

2003年6月に 星雲社より発売された
「私」エッセイ集より
『私 岡本理香』
母への想いを綴ったエッセイ
今年の1月に メルマガでもお届けしました
母の日に因んで再度登場です
     


         はじめに
     今の私が存在するのは、自分だけの力で頑張ったからではない。
    たくさんの人々との出逢いが私に生きる力を与えてくれたからだ。
    その中でも母親の影響力は偉大であろう。私が自分としての基盤
    を見出したのは、母親のお陰であると言っても過言ではない。


         一 年齢
     自分の年齢は、実感がほとんどないというより、興味がないと
    言えるだろう。実際私は今夏には40歳になるらしい(2003年)。
    確かにまだ30歳そこそこで通用する容姿だが、自分の年齢を受け
   入れないとか、認めないとかとは、また違う意味で、年齢を無視し
    て生きているようだ。


         二 母親
    私の母親は、私を産んだのが確か29歳であるから、今はもう介護
  保険の対象者になっている。しかし、贔屓目を排除しても、今も若々
   しく威厳高く素晴らしい女性なのだ。
    今、いやこれから先も、私の最も尊敬する人であり、最も愛する
   人である。
    私が、心身ともに幼かった頃は、この素晴らしく偉大な母親を、
   人間として超えられるだろうかと悩み苦しんだものだ。
  思い返せば、私の成長発達過程は「試行錯誤の苦痛の日々」であった。
   私はそう名付け、時々思い出すようにしている。


         三 自分
    日々苦しみ、悩み抜いた結果、やっと私は30歳を過ぎた頃から
   「私は私。自分を楽しまなくては損」
   と、考えられるようになり、マイペースで自分の人生を歩き始めた。
   あの「苦痛の日々」を、今思い起こせば、顔から火が吹くほど恥ず
   かしく、幼かった自分を懐かしく愛しくさえ感じるものだ。

         四  感性
     自分で言うのも変だが、元々感性が鋭く、幼少の頃から、絵画
    習字、エレクトーン、スケート等、習い事に両手の指で数えられない
    ほど通ったし、高校は工藝高校の美術科、そして、方向転換し看護師
    となり、精神科や小児科を経て、在宅看護の仕事を今も楽しんでいる。
    35歳を境に、詩集等を次々出版し、いや、これからも出版するつもりで
    あるが。
     話を戻すが、AB型という理由からではなく、感性の部分が、何事に
    おいても他の人と少々違うのである。
     何が違うかというと、感性の視点というか視野というか、方向という
    かとにかく物事の捉え方が多数大勢に属しないのである。

     社会人として普通、世間並みを望み、流行を追い、個性を抑圧しよう
    とするであろう。日本人独特の性質から、そう教育されてしまうからだ
    ろうが、特に昭和一桁生まれの両親が、何らかのブレーキになるで
    あろう。しかし、私の感性はそれを望まなかったのである。その背景
    には、偉大なる母親の存在があったからである。

     幸いな事に、一般常識は基本として身についていたので、社会に排除
    されることは一度もなかったが、協調性がないとの言葉を頂くことも
    幾度はあったようだ。
     私は、ただ何となく「皆がしているから」という気持ちで行動したく
    なかったし、疑問を感じたら納得するまで諦めなかっただけなのだが。
     自分の感性は、やはり変なのかと戸惑った時期もあったが、私の偉大
    なる母親は、私の感性を、私がそれを信じる以上に、信頼を寄せてくれ
    ていた。
     「自己主張をどんどんやりなさい」と母親は、いつも心に語ってくれ
    ていた。今考えると、欧米風の教育だったのだろう。
         
        五  徹底
      母親の支えもあり、私は自分の感性に拘りを持ち続けることが
     出来た。その拘りが自信へと変わるのには、そんなに時間もかか  
     らなかったようだ。
      いや、それが母親の教育方針だったのか。
      先ず、好きなものは徹底して好きになる。よく言われる「極める」
     まで、のめり込むのである。
      原色の赤と黄が好きな私は、何もかもそれにした。世間で他の色
     が流行ろうとも、その色で全身を固め、堂々と自信を付けていったも
のだ。
      今ではその色でないものを身に着けていると「今日はどうしたの?
     何かあったの?」と周囲が気にするほどになった。
      また、Mモンローが好きだから、あるだけのグッズを手に入れ、
     彼女に関する本、ビデオにも徹底的にのめり込んだりもした。
      料理や掃除・片付けにも、家族が音をあげるほど徹底したし、珈琲
     が好きだからと、それ以外は飲まなくなったし、美味しいそれを探し
て本を頼りに東京まで足を伸ばしたこともある。
      他にも、ジグソーパズルも「極めた」し、向日葵が好きならば、部
屋も庭もそれで埋めつくした。
      そう所謂「形から入った」のである。これらも、立派な自己主張の
     ひとつだ。
      しかし、これだけはしなかったということがある。それは、他人に
     自分の趣味を強要しないことと他人の趣味を批判しないことだ。
      しかし、自己主張が強すぎると批判する古い考えの人は、どうして
も好きになれなかったが。今でも自分の感性に自信を持ち続ける私は、
     そういう人には、自己主張して悪いかと反発したくなる。いや「私は
     私」であるから、貴重なご意見として参考にさせていただいている

         六  自信
     そういう「極める」日々の中、私は自分の心にも自信が芽生え
   始めていた。
    自分の感性に拘りを持ち続けることで、自分の人生観にも、自信が
   出てきたのである。

     「自分の人生、主役は自分自身だ」
     「自分の足で歩きたい」
     「自分の心が感じるあるがままを捉えそれを信じたい」
     「自分を認め、自分に自信を持つ」
     「自分で決断、自分で責任」
     ついつい堅い言葉を並べてしまったが、簡単に言うと、
      「自分を楽しむ」
     となるであろう。

     一度きりの人生だから、自分らしく楽しく後悔のない生き方を
    したいのである。
     いや「したい」ではなく、今もう既に「している」進行形なの
    である。
    前述したが、他の人と少々違う感性を恥じることなく折々で活かし、
    日常生活を社会生活を思う存分楽しんでいる。


          七  表現
     全ての人に平等である一日の時間は不変であるから、それを上手に
    使いこなしたいものだ。それ以上に「自分を楽しむ」ための物事の
    考え方に、私の感性がピッタリとハマルようだ。

    驚異的に時間配分が閃き、動物的に他の人の心が詠める本能も手伝っ
て、物事を楽しく感じることができる。
      「何か良いことない?」
     と言うより、
      「自分で見つけたときの方が、嬉しさが倍増するわ」
     と常々思っているし、
      「幸せになりたい」
     と言うより、
      「自分で見つけるもの」
     と思っている。

    小さなラッキーが訪れると、天と地がひっくり返ったような幸せを
   巡らせ感じてしまう感性は、おめでたいであろう。その上、辛いことが
   あっても、次に訪れるのは良いことしかないからラッキーと感じてしま
   うのもめでた過ぎるだろうか?
    誤解をしないで頂きたいが、私は私として真剣に生きているのである。
   今を大切に真剣に物事を捉え感じて生きているのである。
    私をよく理解してくれる人は、
  「あなたの頭が描く展開図は立体なのね」と、私について表現しているが


          八  本心
    長々と私のことを書いているが、何を隠そう私は、自分自身が
  好きなのである。これは隠しもしない本心なのである。
   馬鹿みたいと笑う方もいらっしゃるだろうが、どうぞ笑って下さい。
   本心から、私は私自身が好きで好きで仕方ないのである。
   どこが?どういう風に?好きかと聴かれても、上手くは答えられないが、
  とにかく好きなのである。
   しかし、ここまで来るには「試行錯誤の苦痛の日々」があったのだと、
  忘れないで頂きたい。そして、その過程にあの偉大なる母親の存在があった
  ことも、ご理解頂きたい。


           九  獲得
   少々感性が鋭く、驚異的であったとしても、折々に母親の言葉や態度を
  「試行錯誤」しながら、自分を獲得していったのである。
   幼い頃には理解できなかった母親の言葉だが、
    「自分で納得し、結論を出すこと」
    「先ず自分で行動すること」
    「自分に責任を持つこと」
   そして
     「自分の人生だもの、後悔しないように、やりたいことをして、
      楽しく生きなさい」


           十  自分
    私は、母親の言葉を理解できる年齢になったのだろう。いや、何歳
   になったからとかは関係がないと思う。
    偉大なる母親を目標に、母親を超えることに拘り続けた自分が、自分に
   目を向け自分に拘り、ようやく自分を見つけたのだ。だからこそ母親の
   言葉が理解できるようになったのだろう。
    そして、自分を認めることで、自分の人生を自分の足で歩き始め、
   自分らしく生き続けている今の思いを、堂々と自分の言葉として表現し、
   自信を持って実行できるようになったと感じている。


           おわりに
    私は、私自身が大好きである。
    その大好きな自分自身を楽しむために、努力を惜しまない。自分に
   自信があるからこそ、あるがままに生きていける。
    他人がどう感じようとも、私が美しいと感じたものは美しいし、私が
   素晴らしいと感じたものは素晴らしいのである。
    「自分の人生の主役は自分だから、自分らしく自分の力で前進する」

    私は、この場をお借りして、偉大なる母親に感謝の心を贈りたい。
    そして、自分という輝く星に期待を掲げたい。

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