宵山追慕
宵山も山鉾巡行も過ぎてしまったけれど、僕の胸の中にはまだ、祇園囃子が鳴り続けている。
そして、忘れられない歌声が響いている。
七月のあいだ中、祇園囃子とあの歌声は、僕の胸をうずかせるのだ。
「・・・常は出ません、今晩限り
ご信心の、おん方さまは・・・
ろうそく一本献じられましょう
ろうそく一本、どうですか~」
宵山に、粽やお守りを売る、鉾町の子供たちが歌う歌だ。
けれど、僕の耳に残るその歌は、乙女の声なのである。
可憐な容姿に、強い意志を秘めて、なおかつ優しかった人だ。
京都で学生生活を始めたばかりの僕に、あの人は「京おんな」の理想と映った。手もなく心惹かれ、憧れた。あの人が主催していたサークルに入り、文学を論じた。コンパに繰り出し、酒を飲んだ。酔ってあの人にからむ奴には鉄拳で応じた。いつもあの人を見ていた。あの人に認められたいと、背伸びして沢山の本を読んだ。
そして、あの人が活動していたから、学生運動にも身を投じたのである。
ささやかなる疾風怒濤の時代。
高揚もあれば挫折も経験した。友情も培ったが裏切りもあり、傷もいっぱい残る。
その、どちらかといえば苦かった「青春」の只中で
蒸し暑い夏の夜に、あの人がこう言った。
「そういえば、今日は宵山やなあ・・・うちも、子供の頃、浴衣着て粽売ったことあるんよ」
そして、あの人の唇から流れた、あの歌。
細く、透き通った声が、どんなにか甘く、僕の心に染み透って行っただろう。
その頃、僕は知っていた。
あの人に恋人がいることを。
やがて、あの人は卒業し、数年して僕も社会に出た。
消息を知るすべはあったけれど、特に連絡などもしなかった。
歳月は流れて、ある春の日の円山公園野外音楽堂。
人込みの中に、あの人の姿があった。
生き生きした目の光も、小鹿のような容姿も変わっていなかった。
僕はその頃、結婚したばかりだった。
そう伝えるとあの人は笑顔を見せて、屈託なく話した。
それから、どれほど経っているだろう。
宵山を彷徨い、子供たちの歌声を耳にするたび
僕の胸は甘美にも痛い。おそらく、いつまでもそうだと思う。
☆今、本で調べるとあの歌は「占出山」の町内に伝わる歌のようだ。




