
↑竹の寒干し
「パパ・ド・ウルス」でランチの後、奈良県生駒市の高山地区に行って来ました。
ここは、別名「茶筌の里」と呼ばれ、茶道具作りが盛んなところです。
のぶりんが、学校の社会で、地元の特産物を調べて発表する授業があり、「高山茶筌」の担当になったというので、たしになるかと思って十数年ぶりくらいに訪ねました。
ここで、茶筌が作られるようになったのが室町時代中期。
鷹山城主の次男宗砌が、その親友であった称名寺住職・村田珠光の依頼によって作ったのが、「高山茶筌」の始まりと伝えられています。
その後、珠光が京で天皇の茶の湯の席へ出向き、宗砌の茶せんを観賞された天皇からお褒め言葉をいただき、”高穂”という名を頂いたことから、地名も鷹山から現在の高山に変更になったそうです。
そして、一子相伝で受け継がれていた技法が、高山城落城の折、16人の家臣に引き継がれ、その家ごとにまた一子相伝に技法が受け継がれ、現在に至っているのだとか・・・まさに伝統工芸ですね!!
全国生産の九割がたがここ高山で作られていますが、最近は竹不足、茶道人の減少、後継者不足と色々な問題があるようです。
それに、「高山茶筌」はよいものだけに、やはりお値段も高く最低でも数千円しますしね。
今は、模倣された中国製が数百円で出回っているので、こだわりがなければそっちを買ってしまいますよね・・・苦笑。
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