25・26日と、学生時代の仲間と、年に一度の同窓会。
今回はわしが幹事を仰せつかり、京都で開催した。
飲み会は洛北の隠れ家のようなスナックで、ふぐ鍋をしたのだがそれはさておき(^^)
翌日の観光で、皆を強引に連れて行ったのが二条城。

朝から土砂降りの雨(;;)
暗鬱な空、びしょ濡れの足元、にもかかわらず早朝から見物の人は多い。
広大な敷地の中、まずは二の丸御殿へ入る。

内部は一切撮影禁止なので、残念ながら一枚も写真はない。
雨のうえに照明もなく、障子も障壁画保護のため締め切りなので、中はとっても暗い。
しかし、前夜の深酒でぼけた頭も一瞬で醒めるほどの、豪華な造作と装飾!
天井までもが極彩色の絵画で彩られ、金色の障壁画が延々と続く武家風書院造に圧倒される。
家康・家光が徳川家の威信を賭け、これでもかと金に糸目をつけずに作ったのだな~
歩く廊下の幅だけで、普通の民家が建つぞ~
その迫力は、是非じかに御覧になるか、公式サイトでどうぞ→http://www.city.kyoto.jp/bunshi/nijojo/

襖の引き手金具にまで、葵の紋章がきらめいていた。
外にでて屋根を見上げると、鬼瓦にも葵。しかし、その下に菊の紋章がもっと大きく据えられている。
二条城は、大政奉還により朝廷の所有となり、府庁舎・陸軍省管轄を経て、宮内庁管轄の「二条離宮」となっていたのだ。京都市に下賜されたのは1939年(昭和14)で、一般公開されたのはそれからである。

本丸御殿は江戸時代の宮家・桂宮家の建物を明治時代に移築したもので、中には入れないが、公家風の優しい建物。
二の丸御殿を含めて、城塞というより宮殿というイメージが強いのは、天守閣がないせいだろう。
本来は5層の立派な天守閣があったのだが、1750年に落雷で焼失したそうだ。
しかし、天守閣跡に登ってみると、しっかり築かれた石垣や目の高さなど、京都の町に睨みを利かせた城のイメージがよみがえった。

広い庭園をのんびり散策し、梅や椿の花など楽しもうと思っていた目論見は、遅い開花と当日の雨ですっかりおじゃん(泣)
この写真は蓮華寺に行ったのと同じ日に、外から南東の隅櫓を撮ったもの。この辺や鉄の門扉がいかめしい大手門は、なかなか「お城!」という感じがして、城好きの血が騒ぐのである。
また、休憩所の隣に「築城400年記念 展示・収蔵館」というものが新しく出来ていて、ここは100円別に払って入るのだが、修復された襖絵を順次展示中。間近に見れて迫力である。また、CGで再現した御殿内部を大型画面で流しているのだが、この映像、DVDになっていて売店で買えるそうである。
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