このblogを始めた頃は、なんの方針も持っていなくて、ただ思いついたことを記していました。
やがて、小説をここで連載し始めました。
まだ自称小説家の域を出ないわしのでも、多くの人に読んでもらえるからです。
なかなか、書くことへのテンションを維持できない怠惰なわしでも、反応がもらえると励みになると、
「背水の陣」で始めたつもりでした。
自分で撮影したデジカメ写真と組み合わせることで、思いもかけぬ作品が生まれて、わしは夢中になりました。
同時に、デジカメを通して、自分の住む京都の魅力を再確認しました。
京都の写真を掲載するblogが幾つもあったことに大いに刺激されたこともあります。
中でもilikewalkingさんの「京都・哲学の道案内」の作り方に影響されました。
わしもそれに習って、京都の美しい景色や風物を発信すると、敏感に反応が返ってきて手応えを感じました。
そんな中では、「わしにしか書けないモノ、独自の視点」と突っ張って、存在感を主張してきたつもりだったのです。
気がつくと、blogに載せる写真を撮ることを最優先に考えている自分がいました。
なかなかそれが出来ないことに苛立っていました。
わしがなすべきこと、わしが、最優先すべきことから逃避して、京都の写真を撮りに行きたがっていました。
京都の写真を載せると、何よりも・・・小説よりもずっと、たくさんの反応が返ってくるからです。
その、快感に取り付かれて、わしがわしであるためになすべきことから、目をそらしていました。
ほったらかしにしていた、書くと約束した小説があります。
ひとつは、ここで連載している「流れのほとりで」ですが、
もうひとつは、歴史・時代小説です。
枚数は四百字詰め原稿用紙500枚。
それを、なんとしても書き上げなければなりません。
それこそが
「僕が僕であること」の証なのです。
わしの志は、小説家として立つことにあるのです。
このblogを見てくださった方、コメントやトラックバックを下さった方々、
深く感謝しています。
しかし、怠惰なわしは、皆さんとの交流の楽しさに「逃げて」しまっていました。
小説を書くことは、自分の力量の限界と、真っ向から向かい合うことで、
大変苦しいのです。
書くたびに、もっと上手く書けるはずだと、原稿を破き、煩悶し、諦めと戦い続けるのです。
そのしんどさから、目をそらして、
「今日だけは楽をしよう」と、blogに浸り、約束の原稿にはいつまで経っても取り掛かれず。
そんな中、最近交流した「コトモノBLOG」のモヨコさんが、blogを締めて、新たな出発をされたことに衝撃を受けました。
「僕が僕であるために」の歌が、わしの胸に響き始めたのです。
今は亡き歌手・尾崎豊が作った歌です。
歌詞を紹介したいところですが、著作権侵害になるので、まだご存じなくて、知りたい方はCDを買うか、レンタルして下さい(苦笑)
僕が僕であるために、わしは、小説の完成に向けて、もがきながら突き進みます。
しばらく、このblogは休止します。
でもほどなく、わしの文章を、お目に掛けることが出来るようにしたいと思います。
逃げない自分を、確信できたら、戻ってきます。
このblogを見てくださった方
コメント、トラックバックを下さった方
本当にありがとうございました。
祇園祭の七月も終わります。
京都の華やかさと陰翳に魅かれて
ここを住処と定めたわしです。
ここで、小説を書いていきます。






