醍醐の善願寺で、不動尊像が彫りつけられているのは樹齢一千年と伝えられる榧=カヤだが、その樹を含めて山科の小野から醍醐一帯に残るカヤの古木は「小町ガヤ」と呼ばれている。
小町は無論、平安時代を代表する美女・小野小町である。彼女に関する話はほとんどが真贋明らかでない伝説なのだが、その一つに「深草少将の百夜(ももよ)通い」がある。
若き貴族の深草少将が、小町から、百晩続けて通えば想いを叶えてあげると言われ、誠実に通い続けた。最初戯れで言っていた小町もその誠意にうたれ、カヤの木の実を糸に綴って百晩目を待ったのだが、その最後の夜、吹雪に迷った少将はついに小町の元へ行き着けずに斃れる。悲しみに暮れ、小町は糸に通していたカヤの実を大地に撒き、それが育ったのが小町ガヤだったというのである。
かつては多数存在し、江戸時代には随心院の周囲に43本もあったらしいのだが、1980年代には山科区小野には4本だけ残存。それも2本が枯れて、今や2本のみ。(小野以外、善願寺に一本あるのは確かだが、他にあるかどうかは知らない)
この一本は、外環状線を南下して名神高速の高架下をくぐり、東に分かれる醍醐へ向かう道に踏み込むと、すぐに見える。樹高12メートル、胸高周囲4・3メートル。
田圃脇の狭い土地に立っているが、堂々たる高木で、善願寺の不動尊が刻み込まれていた樹もこんな感じである。
ちなみに、93年に枯れた小町ガヤの一本は、随心院が譲り受けていて、つい先頃、それを使って念珠=数珠を作ったそうだ。大中小あわせて1130製作されたそうだが、非売品で、お寺に寄進した人への記念として渡されるとのこと。(京都新聞6月6日より)
☆piitaさんの「京都あちらこちら」では、小野に生き残っている小町ガヤの2本とも写真が見れます。




