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2005年04月30日

小説「流れのほとりで」第十回

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 二日後の昼下がり、英輔はまた、沢井に呼び出されていた。
 寺町丸太町を下がったところの、ひと気のない神社の境内。紅梅が社殿に寄りかかるようにして咲いているのに見惚れていると、玉砂利を荒々しく踏みにじる音がした。
 振り返った英輔の目に、沢井は明らかに不機嫌で、目の光は凶暴ですらある。
「なんで、こないなとこで待ち合わせしたか、わかるか!」
沢井の声は、咆え声に近い。英輔は唇を噛んだ。
「わかるさ。ここは、こんな時期にはまるっきり人が来ない。それと、おまえのオフィスに近いしな」
「一発、しばいたらな気がすまへんわ!あんだけ、踏み外すな、言うたやろが」
 沢井は唾の掛かるほど、英輔に顔を近づけて、鬼面となって喚く。
「恩田のおっさんに、ようも、余計な忠告さらしたな。ただの古いぼろ家を、町家に仕立てて高く売りつける、いんちき商売に加担すな、やと!おまえ、何様のつもりや!」
力任せの平手打ちに、英輔は砂利の上に打ち倒される。
「このクズが!恩田のおっさんには、大学の助教授で、アルバイトに京都のガイドをしとる、言うて紹介したったんは、わしの思いやりやったんやで。ほんまはなんやねん?わしが紹介してやるガイドの仕事以外、今、おまえに収入あるんか?」
 ひきつった顔で、英輔は立ち上がり、精一杯の気力で沢井に向き合う。容赦なく罵言が襲う。
「お前があの文学賞受賞して、わしが祝賀会、開いてやったな?あれから何年経つ?いまだに、本の一冊も出せへんやろが。そやのに、作家やと?原稿料一円も稼げへん作家がおるか?わしの紹介してやるガイドの仕事と、女にたかって、やっとこ食いつないでるおまえや。身の程わきまえたらんかい!」
 歯を食いしばって、顔面を紅潮させ、英輔は沢井ににじり寄る。
「言われなくても、わかってるさ、そんなこと・・・」
「わかってへんわ!おまえ、恩田の嫁さんに、惚れよったやろ。このクソ餓鬼が、色ボケが!」
 野卑な叫びも、静まり返った境内に吸い込まれ、外にはほとんど漏れない。
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2005年04月29日

小説「流れのほとりで」第九回

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 両側を生垣の続く、とても長い参道をゆっくりと登って泉涌寺に着くと、英輔は少し疲れた様子の美沙子に、悪戯っぽく笑って、さらに少し東山に踏み込んだ。
 その小さな塔頭には、思いがけないほど広い庭園があって、うららかな陽光が緋毛氈に射し込む書院で、美沙子は大きく伸びをした。
「こんなに静かで景色の良いお寺を、独り占めできるなんて」
「天気がいいからね。頼んでおいたから、すぐに、お薄が来るよ」
英輔の言葉に、膝を投げ出して座っていた美沙子は、少し慌てて正座した。
 やがて、作務衣を着た老婦人がやってきて、抹茶を点ててくれる。神妙な顔で座っていた英輔は、老婦人が運んできた菓子を見て、目を丸くした。
「これは・・・」
そのとき、美沙子もそれに気付いて、英輔と同時に同じ言葉を発した。
「懐かしい、市田柿」

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 老婦人が驚いて二人の顔を見比べる。英輔と美沙子はもっと衝撃を受けて、見つめ合った。
「この干し柿、たしかに市田柿ゆうて、信州の名産らしゅうおすけど、お二人はそちらの方どすか?」
 老婦人の言葉に頷きながら、美沙子はおずおずと英輔に尋ねる。
「南原さんは、飯田の人なんですか?」
英輔は、干し柿に手を伸ばし、真っ白に粉を吹いているひとつをつまみあげた。
「この柿、おばあちゃが毎年、何百個も皮を剥いて、二階の軒下に吊るしていたよ。あの頃は、日本全国、秋になればどこでもこれを作ってると思っていた。いちだがき、ってブランド名みたいになって、こっちで売られてるのを見たときは、びっくりした・・・」
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2005年04月28日

勝手に紹介・今熊野商店街 9

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東山区の泉涌寺道交差点から、東大路を少し北へ上った東側にあるのが、「青山豆十本舗」。
その名の通り、豆菓子のお店で、自家製造販売している。写真はお店が一番賑わう節分の日のもの。
自転車を引っ張ってるお客さんとも応対する、気さくな雰囲気が、今熊野商店街らしいのである。

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しかし、ここは「東山五色豆」を名物とする老舗なのだ。
今まで節分の豆くらいしか買ってなかったわしだが、今回、知人への贈り物にしようとこれを購入した。
店頭に並んでいるパッケージから選んで「これを」と言うと、店のおばあさんは、なんとわしの選んだものより値段的に得で量の多い買い方を勧めてくれたのである!
「なんて良心的で親切!」と感激した。
そのあと、「本で見て来ておくれやしたの?」と訊ねられたが、最近はガイドブックやらを読んで訪れる客も多いらしい。そんなお客さんがた、ここは良いお店です!

2005年04月26日

お姫様路線バス

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東山七条から、豊国廟まで続く坂道は、通称「女坂」。なぜそう呼ぶのかというと、ここには「京都女子学園」があり、この学校は、通称「京女=きょうじょ」として知られる、幼稚園と小学校が共学で、あとは中学、高校、短大、4年制大学、大学院まで女子だけの学校なのである。
さて、わしは息子を保育園に送迎して、朝晩その女坂を通るのだが、ここで最近深紅のバスをよく見かけるようになった。
ボディに「Princess Line」と大書した華やかなバス、京都駅八条口から、東山七条、そして京都女子学園前を循環しているのである。

「親鸞聖人の体せられた仏教精神によって、自己中心でない豊かな人格を育てようとする建学の精神」を持つこの学校は、伝え聞くところでは、教室の黒板をガラガラと開けると、中に仏壇があるのだそうだ。
その学風にして、プリンセス、とはなかなか大胆な・・・と思っていたら、どうもこのバス、学園とは直接関係がないらしい。ここを参照。
京女(きょうじょ)の姫君たちからは、どう評価されているのでしょうかね?

☆4月26日追記
25日に尼崎で起きたJRの快速電車脱線事故で、京都女子大学の学生さんも一人亡くなったと聞いた。
突然に断ち切られた青春の無念さを思い、追悼の思いやまない。

2005年04月23日

小説「流れのほとりで」第八回

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 山科の喫茶店から、タクシーを走らせて東山トンネルを抜け、英輔は東山七条の智積院に美沙子をいざなった。
 冬にしては驚くほどの明るい日差しが、書院の庭園を照らしている。瀧音が聞こえ、池の豊かな水面が広がっていた。 
「そんなに大きな庭ではないんだけど、迫力あるでしょう?」
「ええ、山がすぐそこで、わあ、池は、縁側の下まで!」

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 二人は縁側に座って、しばし庭を眺めた。
「枯山水のお庭より、この方が心が潤ってありがたいわね、特に冬には」
笑顔の美沙子に、英輔も笑って頷いた。
「ここは、真言宗のお寺で、禅寺じゃないですしね。僕も、水のある風景のほうが好きなんです。川のほとりで育ったからかな。京都も、流れと山の景色があるから、すぐに馴染んだというか、どこか懐かしいんですよね」
「懐かしい、うん、わたしもそれには同感だわ」
 二・三人のグループの観光客が二組ほどやってきただけで、ずっと庭は静けさの中にあった。気がつくと一時間近く、座っていたことに気付いて、英輔は立ち上がった。
「美沙子さんは、歩くのは自信ありますか?」
「ええ、山育ちだから」
生き生きとした表情の美沙子に、英輔は泉涌寺まで歩いていくことを提案した。
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2005年04月22日

小説「流れのほとりで」第七回

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 英輔の言葉に、美沙子は喜びの色を浮かべて、紅茶を啜った。
「今日、そのいんちきな仕事の打ち合わせに行ってるけど、夜にはまた、恩田に会ってそう言ってくださらない?」
「いいですよ。」
英輔は軽く応えたが、美沙子は信頼しきった様子で、少女のように目を輝かせる。
「憧れの街だわ、京都は。わたしみたいはおばさんはもちろん、若い人にだって、そうなんだから。・・・ほら、舞妓さんにしてくれるっていうか、舞妓体験、舞妓変身どころ、っていうの、あるでしょ?あれ、人気なのよね。わたしももう少し若かったら、やってみたいと思った」
「あれですか・・・僕らは、ニセ舞妓って呼んでますが」
英輔は苦笑した。そして、遥かな記憶が蘇って、知らず知らず口調が鋭くなっていた。
「最近はほんとに、化粧の仕方、自毛で髪を結う方法なんか、本物そっくりになってますけど、ニセモノだってことは地元の人間には一発でわかりますよ。本物はね・・・あの、高いおこぼって下駄で、走るように歩くんです。出来ますか、素人にそんなこと?・・・本物の舞妓は、自分の時間なんてないですからね・・・いつも追われるように急いで、京都の花や景色を見に行くこともなくて、屋形とお茶屋、狭い花街のなかだけで青春を潰して」
 あっけにとられて見つめる美沙子に気付いて、英輔は慌てて口を閉ざした。
「南原さんは、舞妓さんのことも、詳しいんですね。個人的なおつきあい、あったのかしら?」
「そんなの、無理ですよ。僕みたいな階級じゃ、お茶屋遊びなんて、一生できません」
「階級って、おおげさね。南原さん、沢井さんのお話じゃ、本職は日本文学の助教授なんでしょ?」
英輔は微かにひきつった笑顔で早口に答えた。
「ええ、学者は貧乏なものと決まってますよ。さて、夕方までまだ時間がありますね。どんなところをご案内しましょうか」
 陽気に声を上げながら、英輔は脳裏に浮かんだ面影を振り払おうとしていた。ふく髷に結い上げた髪、白塗りと紅の下に輝いていた誇り高い表情、憧れ、恋慕したただ一人の妓・・・
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