TOP>2006年10月

2006年10月31日

じゅぁきさん、ダヴィンチさん、それにレンゲさん

じゅぁきさん、ダヴィンチさん、それにレンゲさん 最近、ライブドアブログに未熟児の“黴(カビ)”からコメントをもらっているのですよ。 このカビは自分が低脳で愚か者だという事がまったく理解できない。 とにかく僕がこれまで日本のネットで出会った極めて愚かなロクデナシですよ。 うしししし。。。 ところが、止せばいいのに、この愚か者は、また下らないコメントを書いています。 この愚か者について、初めて読む人は次のリンクをクリックして読んでみてくださいね。 『華麗なる愛を知らずに不自由な世界に住んでいる未熟児の愚劣なコメント(2006年10月29日)』 誤解しないでくださいね。 僕は、この愚か者のカビを個人的に攻撃しているのでも、非難しているのでもありません。 ただ、最近の日本を見るにつけ、心の痛む事件ばかりが多くなっています。 それで、この愚か者について書く必要があると思って、こうして書く気になったのです。 現在の日本には20年前、30年前に比べて愚か者が増えているんですよ。 現実社会ばかりかと思っていたら、日本のネット社会にも低脳で愚かな“黴(カビ)”のような未熟児が存在していると言うわけですよ。 僕はこれまでに20年以上もネットをしている! 日本のネットをやり始めたのはつい4年ほど前からでした。 それまでは欧米のネットだけでした。 なぜなら、僕のパソコンシステムはハードもソフトもすべて欧米向でした。 この20年、ほとんど海外をベースに働いています。 仕事で僕はほとんど日本語を使ってません。 つまり、僕のパソコンは日本語が使えなかった。 キーボードにも日本語はついてない。 5年ほど前に、日本マイクロソフトが開発した日本語IME(Input Method Editor)と言うソフトがあることをカナダ人のサイトで知ったんですよ。 つまり、このソフトを使うと、日本語のシステムをまったく使わずに、欧米のシステムで日本語が使える。 ところで、僕は10月28日にカナダのバンクーバーから成田に着いたばかりなんですよ。 悲惨なニュースが続いていますよね。 昨日は岐阜県の中学2年生の女子生徒が10月23日にいじめを苦にして自殺していた、と言うニュースが報道されました。 その校長はイジメが自殺の原因ではない、と愚かなことを言ってますが、 遺書と思われるその女子生徒のメモを見れば、明らかにイジ...

2006年10月29日

華麗なる愛を知らずに不自由な世界に住んでいる未熟児の愚劣なコメント 

華麗なる愛を知らずに 不自由な世界に住んでいる 未熟児の愚劣なコメント レンゲさんは 謙虚で美しいわ 世の中レンゲさんみたいに 不倫でも純粋に誰かを愛する 真摯な女性がいるのに、 私の知るブログでは、 恋愛なのか性欲処理なのか 無粋な女性がいて困っております。 レンゲさん もっと自信持って下さい(`∀´)。 家庭を持って迄不倫して ブログ公開迄して自身の生活を 赤裸々にして得意に成る女と比べたら 貴女は非常に謙虚で美しいのです。 恋愛に悩みは憑き物ですわ。 応援していますわ。 by ダ・ヴィンチ 2006/10/08 18:30 『まったり愛されたいの? PART 4』のコメント欄より 対話 分かりますか、レンゲさん。。。? ヤ~らしい女というのは ダ・ヴィンチさんが言うように 「家庭を持って迄不倫して、 その性生活を赤裸々にして 得意に成る、 恋愛と性欲処理の区別が 出来ない無粋な女」 のことですよ。 レンゲさんも高井田さんも、 このような女ではないでしょう? もちろんですわ。 だったら僕に対して 毒づくことはないでしょう? 。。。でも。。。でも。。。 でも、何ですか? 最近、デンマンさんが あたしに対して冷たいのは、 あたしがデンマンさんのことを ヤ~らしいと言ったからですか? 僕はレンゲさんを冷たく 扱っているわけではありませんよ。 いいえ、最近、 高井田さんのことばっかり 書いていますわぁ~。 あたしと坂田さんのことなど、 もうどうでもいいのですわね? ちがいますよ。。。 違いますよォ~  高井田さんが久しぶりに コメントを書いてくれたから。。。 デンマンさんは、 あたしよりも 高井田さんの方を もっと愛しているのですよね? そう言う訳ではありませんよ。 いいえ、絶対にそうですわあああ~ 『華麗なる愛と自由の世界へ』より 2006年10月25日 デンマンの独り言 ここだけの話ですけれどね、 この先を書くと見苦しくなるのですよ。 だから、おとといは ここで終わりにしたんですよ。 レンゲさんは冷静になれば、 すっご~♪~く魅力的な 熟女なんですけれどね、 感情的になると、 もう手に負えないほどの 罵詈雑言を浴びせる 河内女になってしまうんですよ。 内輪喧嘩を書いても 面白くもなん...

2006年10月29日

お知らせ

お知らせ おほほほほ。。。。 卑弥子でござ~♪~ますわよ。 あなたにお会いしたくて また出てきて しまったのですわよ。 ええっ? お知らせって、何のことかって。。。? 実はデンマンさんが 10月28日から 日本へ里帰りしているのですわよ。 11月いっぱいまで。 忙しくて30のすべてのブログで 更新ができないのですわよ。 このブログでは主要な記事だけしか書き込んでいません。 特にレンゲさんの記事です。 すべての記事が読めないのは残念ですけれど ライブドアのブログで読めますから、 あなたも、ぜひそちらで読んでみてくださいね。 デンマンさんの『徒然ブログ』だけはずっと更新し続けるそうです。 だから、もしデンマンさんの2つの記事が毎日読みたければ 上のリンクをクリックして読んでくださいね。 あなたが絶対、 見たいと思っていた 面白くて実にためになるリンク ■ 『アクセスアップのための掲示板』 ■ 『あなたのためのサイト 立ち上げ ガイド』 ■ 『あなたのための クレジット カード ガイド』 ■ 『あなたのための ローン ガイド』 ■ 『住宅ローン・ビジネスローン ガイド』 ■ 『なつかしの映画・TV番組(うら話)掲示板』 ■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』 ■ 『きれいになったと感じさせる下着・ランジェリーを見つけませんか?』 ■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』 ■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』 ■ 『笑って楽しめる 私版・対訳 慣用句・熟語辞典』 ■ 『辞書にのってない英語スラング』 ■ 『オンライン自動翻訳利用法』 おほほほほ。。。。 また出てきてしまいましたが、 長居はしませんわぁ~。 12月になったらまたバンクーバーに戻って 毎日30のブログを更新するのですって。 そう言う訳で、このブログでは主要な記事だけとなります。 それから、デンマンさんとレンゲさんの記事は 次の掲示板で見ることが出来ますわよ。 『愛と性の美学 (その9)』 とにかく、今日も一日楽しく愉快に ネットサーフィンしましょうね。 じゃあね。バーィ

2006年10月27日

華麗なる愛と独占欲

華麗なる愛と独占欲   対話 分かりますか、レンゲさん。。。?  ヤ~らしい女というのは ダ・ヴィンチさんが言うように 「家庭を持って迄不倫して、 その性生活を赤裸々にして 得意に成る、 恋愛と性欲処理の区別が 出来ない無粋な女」 のことですよ。 レンゲさんも高井田さんも、 このような女ではないでしょう? もちろんですわ。 だったら僕に対して 毒づくことはないでしょう? 。。。でも。。。でも。。。 でも、何ですか? 最近、デンマンさんが あたしに対して冷たいのは、 あたしがデンマンさんのことを ヤ~らしいと言ったからですか? 僕はレンゲさんを冷たく 扱っているわけではありませんよ。 いいえ、最近、 高井田さんのことばっかり 書いていますわぁ~。 あたしと坂田さんのことなど、 もうどうでもいいのですわね? ちがいますよ。。。 違いますよォ~  高井田さんが久しぶりに コメントを書いてくれたから。。。 デンマンさんは、 あたしよりも 高井田さんの方を もっと愛しているのですよね? そう言う訳ではありませんよ。 いいえ、絶対にそうですわあああ~ 『華麗なる愛と自由の世界へ』より 2006年10月25日 デンマンの独り言 ここだけの話ですけれどね、 この先を書くと見苦しくなるのですよ。 だから、おとといは ここで終わりにしたんですよ。 レンゲさんは冷静になれば、 すっご~♪~く魅力的な 熟女なんですけれどね、 感情的になると、 もう手に負えないほどの 罵詈雑言を浴びせる 河内女になってしまうんですよ。 内輪喧嘩を書いても 面白くもなんとも無いから 上の会話で止めておいたのですよ。 1日、間をおけば、 レンゲさんもきっと 冷静になれるはずですよ。 僕は、そのことを願っています。 by デンマン そう言う訳ですけれど、レンゲさん。。。どうですか? あたしは冷静ですわ。 でも、なんとなく目が血走っていますよゥ。。。本当に冷静ですかあああ? 冷静ですわ。 僕はなんとなく不安を感じるのですよ。 それはデンマンさんに後ろめたさがあるからですわ。 ん?。。。僕に後ろめたさがある?。。。レンゲさんは、そう言うのですか? そうですわ。。。デンマンさんは、あたしから高井田さんに乗り換えようとしているのですわ。 ...

2006年10月27日

ん?気がおけない?

ん?気がおけない?

思い込みから来る間違いってありますよね。
あなたも、知っているつもりの諺を言ったら、
妙な顔をされたと言うようなことがあるでしょう?
後で調べてみたら、全く違った意味だったとか。。。

僕も良くあるんですよ。
だから、諺を記事の中で使う時には念のために調べてみるんですよ。

この“気がおけない”も諺ではないけれど、不安を感じた語句なんですよね。
それで調べてみたんです。

そしたら、次のような説明にぶつかったんですよ。

気がおけない



■ 油断ならない

■ 気楽につきあえる

どちらの意味にとりますか?
正解は後者。

この場合の「気」は「気をつける」、つまり意識する、注意するの意味なので、
相手を意識する必要がない、気楽につきあえるということになります。

使用例: 気がおけない友人たちとの宴会ほど楽しいものはない。

僕は「油断ならない」と言う意味に受け取っていましたよ。
言葉の響きから、良い意味だとは思えなかった。
つまり、“。。。ない”という否定形なんですよね。
否定形だと、どうしても良くない意味だと思ってしまう回路が僕のオツムの中に出来上がっているんですよ。

気楽に付き合える、と言う意味ならば「気がおける」とした方が僕には素直に響く。
あなたはどうですか?

普段使っている言葉なら、経験から間違いようがないんですよね。
たとえば、「暑い」とか「寒い」と言う言葉は日常茶飯事のように良く使われる言葉です。
この意味を取り違える人はまず居ませんよね。

夏に「寒い」を連発する人はまず居ないし、
元旦に「今日は暑いですね」と言う人もまず居ない。

つまり、日常的に良く使われる言葉は、経験的に意味がオツムの中に定着している。
だから、「暑い」とか「寒い」を辞書で調べる人はまず居ないでしょう。
日本人なら、小学生でも良く知っている言葉です。

ところが良く使われない言葉、日常の会話ではまず使われない言葉は、間違えて思い込んでいる場合があります。

たとえば、「却下する」と言う言葉があります。
こうして書いてみれば感じで「不許可」にすることだろうな。。。と言うようなことが分かる。
辞書で調べてみると、次のようにでています。

却下(きゃっか)

官庁裁判所などが訴訟や願書を取り上げずに差し戻すこと。

SOURCE: 三省堂新明解国語辞典

僕はこの言葉を小学生の頃テレビで覚えたんですよ。
番組の名を忘れてしまいましたが、アメリカから輸入された番組だったと思います。
あの黒い裁判官の衣装をまとったオッサンが、カナヅチみたいなもので机をたたきながら「却下する!」と言うのですよ。
(ところで、あのカナヅチのことを英語では“mallet”と言います。)

吹き替えだったから、文字が画面に出るわけじゃない。
言葉の響きとして僕の耳に入ってきた。
その響きから僕は「許可する」と理解してしまった。

恐らく、当時、小学生だった僕は番組の内容までは良く分からなかったのだと思います。
たぶん“ヘリー・メイスン” “ヘリー・メイソン”。。。そんな名前の裁判を扱った番組でしたよ。
子供のオツムでは理解できないような社会派の番組だったのです。

でも、僕はアメリカ社会に小さな頃から関心を持っていたのです。
(それが遠因で現在、こうしてアメリカ大陸で暮らしているんですよ。うへへへへ。。。)
とにかく、小さな頃からアメリカから輸入された番組を良く見ていた。
つまり、“テレビっ子”だったんですよね。

当時、大人のアメリカ番組まで見ていたから、離婚訴訟だとか、遺産問題だとか。。。
そういうことは子供の頭では充分に理解できなかった。
ただ、恰幅のいいアメリカ人のオッサンが、カナヅチで机をたたきながら、“却下する!”と言うのを聞くと、
子供の耳には“許可する”と言う意味に聞こえてきたんですよ。

僕は、漢字でどう書くのかさえ分かっていなかった。
“きゃっかする”は“許可する”事だと思い込んでいたわけです。

中学2年生の時に友達に言われて、初めて間違いだと気づいたわけなんですよ。
それ以来、日常使っていない言葉で、気がかりな言葉は書く時に辞書で調べるようになりました。

あなたも、思い込みからくる間違った言葉や表現が原因で、気まずい思いをしたことはありませんか?
コメントをお待ちしています。

ところで、僕は明日28日にバンクーバーから成田へ飛び立ちます。
1ヶ月日本に滞在することになります。
やはり日本のふるさとは懐かしいですよね。

あなたも、久しぶりにふるさとに戻ってみては。。。?

日本で旅をするのは高くつくんですよね。
旅館やホテル代が高い。
でもね、安いところもあるんですよ。
お得で、しかも快適な旅館やホテルを探すのだったら次のリンクをクリックして探してみてくださいね。

『探してみれば、まだまだ安くてお得な旅館やホテルがあるものですよ!』

パブリック会員は無料で登録できて、
しかも、びっくるするほど安く泊れます。
あなたもちょっと覗いてみれば分かりますよ。

あなたが絶対、
見たいと思っていた
面白くて実にためになるリンク




■ 『あなたのための オンライン・ショッピング ガイド』

■ 『英語のここが分からない、易しく教えて掲示板』

■ 『なつかしの映画・TV番組(うら話)掲示板』

■ 『興味深い写真や絵がたくさん載っている世界の神話』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』



■ 『きれいになったと感じさせる下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』

■ 『笑って楽しめる 私版・対訳 慣用句・熟語辞典』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『辞書にのってない英語スラング』

■ 『オンライン自動翻訳利用法』

おほほほほ。。。。
また現れて、
くどいようでござ~♪~ますけれど。。。
あたくしも平安の昔に戻って
懐かしい京都に行ってみたいので
ござ~♪~ますのよ。
京都の訛りが懐かしいわああああ~~
でもね、デンマンさんが生まれ育った
行田にも行きたいのですわよ。
ええっ?どうしてかって?
それはね、デンマンさんは
もちろんですけれど、
あたくしにとって行田とは
切っても切れない縁が
あるのでござ~♪~ますのよ。
どうしてだか、お分かりになりますか?
行田は古代ハスの
ふるさとなのでござ~♪~ますのよ。



きれいでしょう?
あたくしの初恋の花でござ~♪~ますのよ。
ええっ?どういうわけかってぇ。。。?
実は、八ツ橋を売るお店に、
かわゆい男の子が居たのでござ~♪~ますのよ。
おほほほほほ。。。
その男の子にあたくしが
恋をしたのでござ~♪~ますわ。
ええっ?その話しはすでに聞いたって。。。?
だから、あたくしがその男の子に
きれいなハスのお花を手渡したのですわよ。
ええっ?その話も聞いたって。。。?
だったら次のお話も読んだ?
『平助さんが卑弥子さんに恋をしたのがウンのつき』
まだでしょう?
とにかく、あなたがビックリするほど面白いのよ。
うししししし。。。。
すぐ上のリンクをクリックして読んでね。
とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょうね。
じゃあね。
ああああ~~~
初恋の人と会いたいわああああ~~!

2006年10月26日

2ちゃんねるとピアノの魔術師

2ちゃんねるとピアノの魔術師

“ピアノの魔術師”

聞いたことがありますか?
上の写真のオッサンがそうなんですよ。

オッサンなんて言うと、このピアニスト・作曲家のファンは怒り出すかも知れませんよね。
うへへへへ。。。

でも、良く見ると、この風貌は“魔術師”と呼ばれるにはふさわしいと思いませんか?
なんとなく、怪しげな。。。
女であれば“魔女”と呼ばれそうな。。。
いや、顔のことだけで、その人物のことをとやかく言うのは邪道ですよね。
失礼いたしました。

僕はとりわけ音楽が好きだと言うわけではありません。
でも、一応音楽の常識的な知識は小学校・中学校を通して勉強させられました。
(つまり、テストがあったから。。。両親が勉強しろ、と言ったわけじゃない!)
とにかく、音楽はずっと“5”をもらっていました。
うしししし。。。。

小学校の時には“合奏部”に入っていて、あの大きなコントラバスを椅子の上に立って弾いていたものです。
中学の時には合唱部に入らされて、好きでもない歌を歌わされました。
高校の時には、その反動で美術を取りました。
大学に入ると、なぜか急に“乙女の祈り”にハマッテしまい独習でピアノを習い、その曲を弾いたものです。
今から思い返せばメチャクチャな演奏だったはずですよ。

なぜ“乙女の祈り”にハマッタのか?
それは、このかわい子ちゃんが僕が中学1年生の時に全校生徒の前で“乙女の祈り”を演奏したのですよ。
小学校の時は6年間隣のクラスに居た女の子だったのです。
この女の子と話をしたことは一度もなかったのに、この“乙女の祈り”が終生忘れられない曲になったのです。

それで、大学に入ってから、ピアノを独習で何とか弾けるようになって、
この“乙女の祈り”を弾いた。(僕はそう信じ込んでしまった!)
それで初めて迎えた大学の夏休みに、このかわい子ちゃんに電話して僕の演奏を聞いてもらったのですよ。

まあ、何と言うか。。。当時の僕が、かなりの心臓の持ち主であったことは確かですよね。
(今でも、そういうところがありますよ!うしししし。。。そうでなければ、海外生活が人生の半分以上を占めることは無かったでしょうね。)

しかも、驚いたことに、そのかわい子ちゃんは僕の演奏を聞いてくれたのですよ。
この女の子に面と向かって言葉を交わしたのも、会ったのも、その時が初めで最後。
こんな話をしたって、誰も信じてくれそうにありませんが。。。、

事実なんですよ。
この事については、すでに興味深い記事を書きました。
面白いから暇があったら次のリンクをクリックして、ぜひ読んでみてくださいね。
『ん? クラシック興味ある?』

どうしてこういう話をしたのか?
つまり、僕がリストのオッサンぐらい知っていますよ、と言いたくてわき道にそれたのですよ。
うへへへへ。。。
勿論、専門的なことは何も知りませんが。。。

フランツ・リスト(Franz Liszt)と言うのがこのオッサンのフルネームです。
1811年10月22日に生まれ、
1886年7月31日に亡くなっています。
ハンガリー生まれのドイツ人音楽家で、今日では特にピアニスト・作曲家として知られていますよね。
当時随一のピアノ音楽の巨匠として有名で、演奏会形式としての「リサイタル」を初めて行なった人物と言われています。
また交響詩の創始者としても知られています。

父親はオーストリア(ドイツ)系ハンガリー人でハンガリーの貴族エステルハージ家に仕えていました。
母親はオーストリア人でした。
家名の本来の綴りは List で、Liszt とはそれをマジャル語(ハンガリー語)化した綴りだそうです。
マジャル語では“sz”の綴りでs音を表します。
ハンガリー名はリスト・フェレンツ(Liszt Ferenc または Ferencz)であるけれど、
リスト自身はこのハンガリー名を一度も使ったことがない。

ハンガリー語というのは中国語や日本語のように姓を先に書くんですよ。
HUNGARY の HUN とは、あの有名な“フン族”からとったと言う説があります。
つまり、現在ハンガリー人というのはヨーロッパ系民族になっていますが、
われわれの祖先にモンゴル人の血が入っているように、
ハンガリー人のなかにもモンゴル人の血が流れているらしい。

そういう訳かもしれませんが、ハンガリー人は他のヨーロッパ諸国の人に比べると、
東洋人に対する偏見が少ないようです。
僕がブダペストに滞在した時にマリアちゃんと親しくなりましたが、
たぶん、そのような偏見が余り無いので友達になれたのだと思うのですね。。。
容貌は東洋的な感じが少しはありましたが、髪は金髪でしたね。

僕はマリアと呼んでいましたが、Maricaと綴っていたように記憶しています。
外国語はどの国の言葉でも初めはとっつきにくいものですが、
マジャル語は、とりわけとっつきにくかったです。
だから、マリアちゃんとも英語で話していたのですが、
3単現(3人称、単数、現在形)のSを使いませんでしたね。

She do this.
He love me.

このように話していましたよ。
つまり、日本語のように3単現のSが無いのだと思います。
だから、言葉にも東洋系の流れがあるのではないか。。。?
そう思ったものです。

リストは、民族としてのマジャル人の血をほとんど引いていないようです。
また、生涯マジャル語(ハンガリー語)を話せなかった。
そういうわけで、今日では多くの音楽辞典がドイツ人と書いています。
でも、ハンガリーでは、同国の音楽の中興に尽くしたと言われ、名誉あるハンガリーの音楽家として尊敬されています。

なぜ、このオッサンが魔術師と呼ばれるのか?

演奏技術と初見に関しては比類なき能力を持っていたと言われているんですよ。
どんな曲でも初見で弾きこなしたそうです。
今だに彼を超えるピアニストは現れていないとすら言われています。

その余りある技巧と音楽性からピアニストとして活躍した時代には、「指が6本あるのではないか」ということがまともに信じられていた。
でも、それはちょっとオーバーじゃないか?
要するに、それ程の魔術師だったらしい!

ところが、ショパンの練習曲作品10だけは初見で弾きこなすことができなかった。
そのことが気になったためか、リストはパリから突如姿を消してしまった。
どうしたんだろうか?
友人たちはそう思っていた。
数週間が過ぎた頃にリストが戻ってきた。
そして、ピアノに向かって全曲を弾きこなした。

そのことに驚嘆したショパンが、練習曲作品10をリストに献呈したという有名な話が伝わっています。

ところで、どうして僕がこのオッサンのことを書く気になったのか?
なぜなら、
太田さんから、本のコピーを送ったと言うメールをもらったんですよ。
。。。で、次の本のコピーを受け取ったのです。

前奏曲集
ー私はアマチュアであるー
作品 1の2

Les Préludes
Je Suis Amateur
Opus 1.2
by Masahiro Ota

著者: 太田将宏
初版: 1989年7月
改定: 2006年5月

幾冊か、もらった内の最新版です。
いつも興味深く読んでいるので、さっそく手にとって読み始めたのです。
最初の章に次のように書いてありました。

0.0 Prélude

(前略)

もともと、言葉の網目は音楽のnuanceをすくいあげるのには粗すぎるので、
音楽そのものについて直接的に表現されたものはすべて嘘である。
例えば、F.Lisztは、二つの深淵の間に咲いた可憐な花、などと L.v.Beethovenの
Klaviersonate in cis-moll (Op.27,Nr.2)の第二楽章を表現していたが、
もし、私が、同じ曲に違ったimageを感じたら、何か私が間違っているのであろうか。

仮に、Lisztがそのように感じた事実は事実であったとしても、
それを言ったり書いたりすることは全く無意味である。
それを、私は、言い(書き)っぱなしという。

それは、Lisztの自分自身に対する事実であって、
必ずしも音楽に対する事実ではないからである。
気障に気取って他人に話すような事ではない。

私は、これをローマン派の甘えと言いたい。
現代の音楽評論にも、作品につけ、演奏につけ、この類の文章が多すぎる。

(中略)

慇懃無礼に言って、Lisztのような文章を書くことは、私の手に余る。
私たちの出来ることは、音楽を聴いて、
客観的な事実に基づいて考えたことを記すことでしかない、と自覚しようではないか。

蛇足(コーダ):

昨今、自分史などを書いている人がいる、と聞いているが、いい気なものだ、と私は思う。
私は、自分のことなどを書いても仕方がない、と考えている人間である、と自分で思っている。
ただ、それを書くまいとしているわけではないので、書くこともあるかと思うが、そんな場合でも、むしろ、自分そのものではなく、その対象のほうに重きがあることを、ここで、明言しておきたい。


『前奏曲集』の 101ページより抜粋

太田さんから送られた『前奏曲集』を手にとって、すぐパラパラとめくって読み始めました。
初めに目に付いた箇所が上の引用部分だったのです。

いつものように太田さんらしい文章だと思いながら、興味深く読みましたよ。
太田さんの言っていることは実に良く分かります。

実は僕は、これまでに日本に住んでいる人と僕の書いたブログの記事について、かなりやりあったんですよ。
“ネチケット” 
“国際化”
“グローバル化”
“2ちゃんねるの匿名性”
。。。

参考のために、いろいろと議論した話題のリンクをこの記事の末尾に貼っておきます。
暇があったら読んでみてください。

話題はいろいろとありましたが、とにかく、議論がかみ合わない。
僕自身は、太田さんが言うように“客観的な事実に即して”、つまり、根拠を述べながら議論を進めているつもりなのですが、
僕の書いていることが極めて主観的で、
“カナダ(欧米)かぶれして、日本人の平均的な思考とは離れまくっている”
---そういう感想をしばしば聞いたものです。

つまり、Liszt を“最近の若い日本人”と代えて太田さんの文を借用して書き直せば次のようになるんですよ。



仮に、(ネチケットを)“最近の若い日本人”がそのように感じた事実は事実であったとしても、それを言ったり書いたりすることは全く無意味である。
それを、私は、言い(書き)っぱなしという。

それは、“最近の若い日本人”の自分自身に対する事実であって、必ずしもネチケットに対する事実ではないからである。
気障に気取って他人に話すような事ではない。
私は、これを“井の中の蛙”の甘えと言いたい。現代のネット評論にも、掲示板につけ、ブログにつけ、この類の文章が多すぎる。

2ちゃんねるをネットだと思い込み、それがネットの基準になってしまっている。
日本のサイトを4年前から覗くようになって、僕はそう感じているんですよ。
僕は2ちゃんねるの匿名性を良しとするのは、いわば日本でネットをしている日本人のLiszt的な受け止め方なんですよね。
その2ちゃんねるの匿名性が世界のネットの基準---“名無し”で発言することが
当然のことと考えてしまっている人がたくさん居る事に驚いてしまいましたよ。

しかし、この匿名性は、日本でも裁判になって2ちゃんねるが敗訴しています。
それ以来、2ちゃんねるは“匿名で”書くことはできても、書いた人の
IPアドレスは2ちゃんねるの管理人が保存する義務があるという判決が下りました。

それ以前は、投稿した人の身元が分からないように、つまり、完全な匿名性を保つために、すべての記録を抹消していた。
でも、現在ではそれは出来なくなった。

要するに、完全な匿名性を維持する事は許されないと言うことです。
当然のことです。

表現の自由・言論の自由と言う“コイン”の裏側には “責任を持って書く”と言う義務が書いてある。
この義務を忘れて権利だけを主張するのは近代市民の条件に反することですよね。
僕は、そう信じています。

簡単に言えば、コメントを書く時には、あなたのホムペかブログのURLをしっかりと書くと言う事ですよ。
このようなことは僕にはネチケットの基本だと思うのですが、
そう思っていない人が日本人には多いんですよね。

つまり、書いたことに対して責任をとると言う姿勢があるならば、
(UALをしっかりと書いてコメントを書くならば)
僕は内容はどんなものでもかまわないと思っています。

仮に、Lisztがそのように感じた事実は事実であったとしても、
それを言ったり書いたりすることは全く無意味である。

大田さんはこのように書いていますが、自分の書いたことに対して責任を持って書くのであれば、
Lisztが何を書いても僕はかまわないと思っています。

極端なことを言えば、匿名で無責任に殴り書きをした落書きさえ
次に示すように歴史的に見れば意味を持つこともある。

『ポンペイ・エロチカ ローマ人の愛の落書き』



とりわけ自然で開放的な性愛を謳歌した数々のグラフィティには
大らかな古代人の息吹きが感じ取れて微笑ましい限り。
オーラル・セックスやパイデラスティアー、レスビアニスムス、
マスタベーション等々の自由奔放な表現は、
現代の日本社会よりノビノビとしていて、
古代ローマ人を羨ましく思う人さえ居ることでしょう。
ただし誤訳が散見されるので、出来れば
イタリア語の原書を直接お読みになるか、
注釈のラテン文にしっかりと目を通しながら
お読みになることをお奨め致します。

『ポンペイ・エロチカ』より

匿名で無責任に書かれた落書きが2000年を経た今日、
こうして歴史的に意味のある1冊の本になってしまう。

でもね、たとえば、どんなにすばらしい記事を(あるいは本を)読んだとしても、
ある一部の人にとっては太田さんが次に書いているように全く“猫に小判”と言う人だって居るのですよね。

1.2 Georg Philipp Telemann

(前略)

音楽に快楽主義を持ち込んだ。Mozartは厭だ。
---とは、I. Xenakisの言葉であるが、
私には、それはむしろ、G.P. Telemannや、
近代では、Serge Prokofieffのことではないか、と思われるのである。

音楽に快楽的な一面、あるいは要素があるのは私も認めるが、
いや、私自身がそれを楽しみに音楽を聴くことも多いのかもしれないが、

一方、何を聴こうが、何を読もうが、自分の生活、人生、それに対する姿勢には影響ない、関係ない、といった種類の人たちと一緒にされたくはない、と言う気持ちが私にはある。
(草子地: とはいえ、そうした人たちにも、人間としての可能性がある、ということは信じたいけれど)。


『前奏曲集』の 105ページより抜粋

太田さんの本はクラシックについての本ですが、
僕はクラシックについては良く勉強したことがないのですよ。

クラシックの専門家であれば、太田さんの本からもっと専門的なことが書けるだろうけれど、
僕は、このようにしか太田さんの書いた本を消化できない。
また、これで充分だと僕は思っているんですよ。

太田さんも書いているように、
“とはいえ、そうした人たちにも、人間としての可能性がある、ということは信じたいけれど”

僕は太田さんが意図したようには太田さんの本を読めないかもしれないけれど、
“僕の世界”の中で、このように太田さんの本を消化して記事を書くことが出来る。

どんなすばらしい本を書いたとしても、ある人にとっては、“猫に小判”としか映らない。
また、書いた人のことを “いい気なものだ” と感じる読者だって居る。
そういう人が出てきても当然ですよね。

なぜなら、人間はさまざまだからです。
十人十色!
つまり、どのようなことを書いてもいいのですよね。

上で紹介したローマ時代のポンペイの落書きは
2000年後に、我われが読むのに充分な興味と関心を引き起こしてくれる。
つまり、歴史的に意味のあるものになっている。

ここで司馬遼太郎さんの言った言葉を再度引用します。

“作品は作者だけが作るものではないんやでぇ~。
作者と読者の共同作業なんやでぇ~。”

正に名言だと思いますね。

いくらすばらしい作品を作者が書いたつもりで居ても、読者にそのすばらしさが伝わらなかったら、その作品は駄作です。
つまり、50%の作者の能力と知性と教養と人生経験と50%の読者の能力と知性と教養と人生経験が合わさって、その作品は100%の真価を発揮できるものだと言うことでしょうね。

要するに作者は読者が分かり易いように書く。
読者は作者の言おうとすることを充分に汲み取る

しかし、残念ながら、作者と読者の共有できる能力と知性と教養と人生経験がなかったら
作者の意図することが充分に読者に伝わらない。

それにもかかわらず、読者に理解させるのが作者の力量でしょうね。
つまり、エピソードや具体例を書いて経験不足の読者に分かり易く書く。

でも、上のポンペイの落書きのように
その時には下らないものでも、
もし、読む人の能力と知性と教養と人生経験が豊かであるならば、興味深い意味のある読み物となることもある。
つまり、読者は作者の言おうとしている以上の内容を読み取ることも可能です!

こうして考えてくれば、どのような事でも書いて意味のあるものではないか?
そう思いませんか?

ただし、例外があります。
ネットでのスパムコメントです。

土足で上がりこんで来るなと言うのに、土足で上がり込んで来る。
それが、迷惑スパムコメントです。
記事の内容にこだわりなく、メッタやたらにコメントを飛ばす。
これは世界のネチケットに反することですよね。

これ以外なら、原則として何を書いても良いのではないか?
もちろん、アダルトサイトでないサイトにアダルト用のコメントを書くのはまずいですよね。
これもネチケット違反ですよね。

あなたも、迷惑スパムだけはしないで下さいね。

では、また。。。

ィ~ハァ~♪~!



メチャ面白い、ためになる関連記事

■ 『デンマンのブログを削除した管理人に対する公開抗議文とその面白い顛末』

■ 『日本は軍国主義への道を歩んでいるのでしょうか?』

■ 『2ちゃんねるは世界のネットのために貢献できるか?』

■ 『日本のネットではありませんよ! 世界のネットです!』

■ 『日本の皇室はどうあるべきでしょうか?』

■ 『一体、日本は良くなるの?』

■ 『どうして、こうも犯罪が増えている?警察はホントに駄目になったの?』

■ 『日本人に欠けているものは?』

■ 『日本のネットで迷惑を振りまいているウツケ者たち』

■ 『国際化・グローバル化とはあなたにとってどのようなものですか?』

■ 『日本 ☆ 日本人 ☆ 日本社会 ☆ 比較文化論』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

おほほほほほ。。。。
また、出てまいりましたわぁ。
ネットには面白い人が居るものでござ~~ますわね。
やっぱし、長生きをするものでござ~♪~ますわよ。
まさか、平成時代になって、
これほどの愚か者を目にするとは
思いませんでしたわああああ~~~。
ヴァイアグラのお馬鹿さんって、
すごいですわよねぇ~。
ほんとうに一生懸命に
お馬鹿をやっているんですものねぇ~。
GOOGLEで“ヴァイアグラ馬鹿”を検索すれば、
デンマンさんが書いた、たくさんの記事を読めますわよ。
その馬鹿さに感心させられてしまいますわぁ~。
でも、同じ努力をして
毎日記事をセッセセッセと書くならば、
1日10万人の人に読まれますわよ。
だって、デンマンさんはスパムコメントも書かないし、
スパムトラバクも飛ばしていないのですわよ。
宣伝らしい事は記事にリンクを貼るだけ。。。
それだけで1日に、
のべ4万5千の人に記事が読まれているんですのよ。
ヴァイアグラのお馬鹿さんは日本語が読めるのですわよ。
でも、記事を読んで学ぼうとしないのですわよねぇ~。
だから、馬鹿なのよゥ!
おほほほほ。。。
言いたいことを言ってしまいましたわ。
いづれにしても、
日本の良さをお忘れなく!
そういうわけで、あたくしがマスコットギャルをやっている
『新しい古代日本史』をぜひ読んでくださいましね。
絶対に読んでね。
ダメよ、見なかったら。。。めっ。。。
うふふふふふ。。。。
失礼いたしましたああああああ。。。
では、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょうね。
じゃあね。