伏見区の京都市消防学校跡地にあった旧陸軍第16師団輜重(しちょう)部隊の遺構が保存されることになり、式典と現地見学会が5月29日(土)に行われたので、参加してきました。

京阪墨染駅から西へ少し歩いたところに京都教育大学附属高校へ入る道があり、そのあたりが最近まで消防学校があったところで、元はこの一帯が陸軍第16師団輜重部隊の跡地です。
この道の途中左側に門柱と歩哨舎があります。

たくさんの人が集まって移設保存された経過や説明を聞いていました。

この門は部隊の裏門にあたるそうです。

門の番をする歩哨兵が詰めていた歩哨舎。
これらは木の陰に埋もれていたのが最近発見されましたが、消防学校が南区鳥羽に移転することになり、取り壊されそうになっていました。市民団体の「元陸軍第16師団輜重部隊の遺跡を保存する会」が京都市に保存を訴えましたが、消防学校跡地は民間に売却され、現地での保存はできなくなったので、会が遺跡を譲り受けて隣の教育大附属高校の敷地内に移設して保存されることになったものです。移設費や記念碑の設置等は市民の寄付金でまかなわれました。
戦争のあったことを伝える貴重な遺跡が市民の力で保存できることになったことは画期的なことです。
しかし、京都市は保存のためとして、門柱と歩哨舎を土中に埋めたため、門柱のレンガはバラバラになってしまい、裏側のレンガの多くは新しいもので復元するしかありませんでした。
伏見区深草一帯に残る戦争遺跡は陸軍第16師団関連のものが多く、師団は明治末期に創設され、太平洋戦争末期にフィリピンレイテ島で壊滅しました。輜重部隊は戦地で兵士に弾薬や食糧を補給するところで、1944年には作家の水上勉も入隊して、馬より以下の扱いを受けた軍隊の生活を作品に書いています。
式典には元輜重部隊の兵士だった方も何人か参加しておられました。

こちらは高校の敷地内に残る数少ない遺構の一つ、厩舎かなんかの跡らしいです。
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