【京都 寺】洛中法華二十一ヶ寺の一つ〜「本法寺」
本日は、洛中法華二十一ヶ寺の一つ〜
「本法寺」をご紹介させていただきますぅ^^
先日ご紹介していた人形の寺
「妙鏡寺」の真北に位置する場所にある
「本法寺」は、日蓮宗の洛中法華二十一の寺の一つどして、
「日新上人」により創建された寺どす。
「日新上人」とは徳川家康公が幼少の頃、学問教育の師範だった方どして、天正六(1578)年に身延山に入山し十七世の法灯を継承去れたえらい方どす。
境内には立派な
「多宝塔(寛政年間の再建)」があるんどすけど、この日は残念ながら修復中ということで、建物自体を見ることができまへんどした・・・残念^^
場所はここどす^^
http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E135.45.18.5N35.1.54.0&ZM=11
(マップファンの地図どす)
【本法寺】
永享8(1436)年日親上人の創建。日蓮宗。本阿弥家の菩提寺。もとは四条高倉にあり一条戻橋辺に移ったが、天正15(1587)年にこの地に移った。光悦の寄進状を添えた紫紙金字法華経(重文)、長谷川等伯の釈迦大涅槃図(同)など貴重な寺宝がある。庭園「三巴の庭」は光悦作国の名勝。涅槃会館にて宝物展示あり。境内諸堂のうち、本堂、開山堂、多宝塔、庫裡、書院、大玄関、唐門、鐘楼、経蔵、宝蔵、石橋、棟札、13枚すべて、京都府有形文化財に指定されている。
開創:1436(永享8)年(Wikipediaから引用)

ランキングに参加中! どうぞ1クリックのご協力をお願いいたします。

←クリック

←クリック
「仁王門」の両端には、2対の
「金剛大力神」が安置されとります。

ランキングに参加中! どうぞ1クリックのご協力をお願いいたします。

←クリック

←クリック
「仁王門」を抜けたところどす。ご覧のように残念ながら
「多宝塔」は工事用の大きなテントで見ることができまへんどした~~
こちらは
「鬼子母神堂(子供と安産の守り神)」どす。
こちらが
「本堂」になります。寛政9年(1796年)の再建ということどして、ざっと211年の歴史どすな^^
人が歩かないからか、手入れしていないからか、床板がかなりガサガサ状態であまり良い状態とはいえまへんどした。少しほったらかしの印象・・・。

ランキングに参加中! どうぞ1クリックのご協力をお願いいたします。

←クリック

←クリック
「本堂」の右側には、
「日新上人」のお説法を記した石碑と庫裡などのある本坊が建っとります。こちらは、
「本堂」と違って綺麗に手入れされきちっとしとりました^^
修復すぐの
「梵鐘」

ランキングに参加中! どうぞ1クリックのご協力をお願いいたします。

←クリック

←クリック
「本堂」前にあり、
「多宝塔」の上部あたりを眺めているような格好をして立っておられるのは
「長谷川等伯(安土桃山時代〜江戸時代初期の絵師)」の像になります。左手には絵師の命である筆を持たれ、いつでも描ける状態をしておられます。こちらには、等伯の描いた重文の
「釈迦大涅槃図」があります。
といったところで、本日ご紹介の
「本法寺」はこれにて終了どすぅ^^
皆様いかがとしたか?
今回は残念ながら「多宝塔」をじっくり見ることができまへんどしたけど、次回来るときには修復が終わっている思いますので、その時にまたじっくり見て皆様にご紹介したいと思います。
メルマガを発信しておりますんや^^ ブログよりもっと詳しく! ! 宜しければご購読くださいどすぅ^^
http://www.mag2.com/m/0000203175.html
(まぐまぐ)
1000ピクセル以上の綺麗で高画質な画像はこちら「匠の京」でお楽しみください。
ブログランキングに参加しております。少しでも多くの方にこのブログを見ていただきたいと強く願っております。皆様のご協力が必要で御座います。どうぞ1クリックお願いします^^ 心よりお願い申し上げます。↓
明日をお楽しみに
| このブログのURL
|この記事のURL