たしかに、「人は見た目が9割」という本が売れています。
でも、なんでもかんでも、見た目どおりではありません。
盲点がないではありません。
額面通りに受け取る、いわゆる文字通り。
見た目がすべてを決するというのは、
アートの世界では必須ですが、
人間関係においては、時間的な尺度が必要と思います。
初対面で相手を説得するというのは、無理な話ですよね。
就職の面接で見た目が完璧でも、
入社したら全く違っていたというケースもあります。
何事もワンクッションおいて様子を見る。
そういう心の余裕が必要。
人間的に未成熟なのに、
見た目の物事を追い求める。
ライブドアの粉飾や仲間同士のいざこざは、
見た目だけでは絶対解決出来ませんね。
堀江氏が風説の流布で、
株主からかき集めた資金の行方は一体何処に・・・。
見た目ではわかりませんね。
ましてや裁判となると、
「人は見えない部分が9割」
ということになります。
最近、ある評論家がブログで、職業や学力での差別発言。
それが様々な問題を引き起こし炎上しました。
評論家は良識のあるなしはお構いなしの職業。
発言すればいいというものではありませんよね。
弱者の方や頑張っている人たちの気持ちを
逆なでするのは賢明とはいえません。
人への評価や見方と、差別を一緒にしてしか見えない
ある評論家さんの良識が薄かったのが原因でしょう。
「見た目と見えない部分がフィフティーフィフティー」
が一番なのかもしれませんね。



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