古代ペルシャ(イラン)と日本のかかわり

を知って感激しました。





大阪に留学しているイラン人の大学生です。
このHPの内容は100パーセント分からないですが
古代ペルシャ(イラン)と日本のかかわりについて
書いてあっる初耳を拝見して感激しました。
どうぞよろしくお願いします。

Reza 2005年7月25日 18:16



Rezaさん、コメントありがとう。イランからの留学生ですか。
日本語難しいでしょうね。これからも頑張ってください。

僕は現在カナダのバンクーバーに居ます。
僕はセスナを操縦するのですが、セスナの免許を取るために通っていた教習所の先生はイラン人でしたよ。
確かアリさんという名前だったように記憶しています。



パーレビー国王と一緒に国を去って北米に移住した人たちのうちの一人でした。イラン空軍の将校でF16戦闘機のパイロットをしていた人です。

あの動乱の後、イランからカナダに移住した人はかなり居ますね。僕は経営コンサルタントをしているのですが、お客さんの中にもイラン人の方が幾人かいますよ。僕はブログの記事の中でも、古代ペルシャ人は商業に秀でた人たちが居たということを書いていますが、現在でもイラン商人は活躍していますよね。

バンクーバーにもイラン商人・ビジネスマンの人が結構住んでいますよ。

Rezaさんも大阪で勉強に励んで、やがては世界に羽ばたいて自己実現してくださいね。

こちらこそよろしくお願いします。

バークレー 2005年7月26日 16:03


上のようなコメントをもらうと本当に励みになりますよね。
この記事は6月1日に書いたものです。
そのオリジナルは次のリンクをクリックすると読むことができます。

『聖徳太子の母親はペルシャ人だった?』
http://barclay.e-city.tv/oldhist/persia2.html

20年前、30年前と比べると、日本が実に国際化したということを感じますね。
外国からたくさんの人が日本にやってきています。
Rezaさんもそのうちの一人です。
20年ぐらい前には外国人を日本で見るのは本当に珍しかったですよ。
観光客や駐在員を見かけるぐらいでした。

でも、最近は日本へ戻ると、白人はおろか、中近東人、東洋系外人、東南アジア人、中南米人、。。。
もう、ありとあらゆる人種を見るようになりました。
大学などにも多数の留学生が入学して日本人と一緒に勉強するようになりました。
グローバル化、国際化がますます進むと思いますね。
実に良いことだと思います。

国際化が進むということは、日本文化や日本の政治が薄められるというよりも、
それが刺激になって、新しい文化や政治が生まれるということですよね。
でも、日本には「島国根性」がありますから、アメリカやカナダのように外国人を喜んで受け入れるという習慣がありません。
どちらかというと、差別するという悪い風習があります。

もちろん、アメリカやカナダにもそのような差別が無いわけじゃない。
でも、日本と比べたら、無いにも等しいですよ。
もう、10年以上も前になりますが、実際、僕は国籍を持っていないにもかかわらず、カナダの政府(財務省)の役人として働いたことがありますからね。

日本では、3年ぐらい日本にいるイラン人が大蔵省の役人になるなんて考えも付かないでしょう?
「島国根性」とはこのようなことを言うわけです。

でも、日本が文化的にも政治的にも発展したとき、このような「人種の坩堝(るつぼ)」であった時期があったのです。
アメリカがあれだけ発展したのは、「人種の坩堝」だったからですよ。つまり「接木(つぎき)の文化」です。
すばらしい技能や才能や、やる気をもった人たちがヨーロッパからやって来たからです。
このような時期が日本にもあったんですよ!

それは次のリンクをクリックすると詳しく読むことができます。

『古代日本は人種の坩堝だった』
http://barclay.e-city.tv/oldhist/iroha2.html

あなたのご意見・ご感想・ご批判をお待ちしています。
よろしく!



■GOOD JOB!
この記事よいネ!クリック!→