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2006年12月18日

ん? むぞらしか?


 

ん? むぞらしか?



おほほほほ。。。。

卑弥子でござ〜♪〜ますわよゥ〜

あなたにお会いしたくて

また出てきてしまったのよォ。

ええっ?あたくしと、

そう度々会いたくないのォ〜?

んも〜〜

そんな、冷たいことを

言わないで頂戴よ!

あたくしは、あなたに

お会いしたいので

ござ〜♪〜ますのよォ〜

ええっ?そんなことよりも

むぞらしかって何なのか説明しろと

おっしゃるのですかぁ〜?

冷たいお方ぁ〜〜

分かりましたわ。

このために出て参りましたのですから

説明しますわよう。


むぞらしかって熊本方言なんですわよ。

あなたが熊本出身ならば、絶対にご存知なのよね。

でも、熊本に縁もゆかりもない人にとって、これは謎々ですわよね。

では、次の中なら正しい使い方を選んでくださいましね。

じゃあ、問題ですよ。


1) この試験問題、むぞらしか。

2) 今日のお天気は、むぞらしか

3) この店の服、むぞらしか。
  
4) あの男は本当にむぞらしか。

5) このお味噌汁って、とってもむぞらしか。


どうですか?

熊本県出身でない方にとって、この謎々は本当に難しいですわよね。

分かりましたか?

正解は 3 でした。

「むぞらしか」とは可愛らしい、愛らしいという意味なんですよ。
「あん猫、むぞらしかねー」と言えば、

あの猫、可愛らしいねぇ〜、と言う意味になりますよ。



どうですか?

間違えたでしょう?

あたくし、初めて耳にした時には 4番だと思ってしまったんですのよ。

可愛らしいの反対ですわよ。

そういう響きに聞こえるでしょう。

だから、あたくしは初めての時、4番を選んだんですわよ。

つまり、“むくつけき”、“ムカつかせるような”という意味だと思ったのですわ。

おほほほほ。。。。

ところで熊本と聞くと、あたくしはどういうわけか『坊ちゃん』を思い浮かべてしまうのですわよ。

『坊ちゃん』の作者は、もちろん夏目漱石ですわよね。



その漱石さんが熊本にあった旧制五高の英語の先生をしていたことがあるのでござ〜♪〜ますわよ。

しかし、何と言っても『坊ちゃん』は四国の松山ですわよね。

そして、松山と言えば道後温泉ですわ。

それに温泉と言えば、何つったって露天風呂ですわよね。

あんた、見ればまいね。

見てはいけない露天風呂

ところで、見ればまいね、と言うのは青森方言ですわ。

あんた、見ればまいね。

見てはいけない露天風呂

でも、たまには露天風呂にでも入って

日頃の疲れを癒してみませんか?




露天風呂の良さは、なんと言っても

1に、ゆったりとした気分で入浴を楽しむ事が出来る。
2に、すばらしい景観を眺めながら心を癒す事が出来る。
3に、日本人の昔ながらの伝統を感じる事が出来る。
4に、なんともいえない情緒、旅情の中で疲れを取ることが出来る。
5に、自然により親しむ事が出来る。

あなたはどう思いますか?

でもね、混浴だと女性の場合は、なかなか思うように楽しむ事が出来ないのでござ〜♪〜ますわ。
なぜだかお分かりですか?

エロオヤジが居るからなんですよ。
あたくしのような若い女性が混浴の露天風呂にやって来ようものなら、
もう鼻の下を伸ばして、じろじろ見つめるのですわよ。

若い男性は、あたくしとジュンコさんの二人で入ってゆくと、こそこそと出て行ってしまう事が多いのですわ。
でも、50代60代のエロオヤジは、寄ってきますわよ。うふふふふ。。。

今年の1月、ジュンコさんと二人で男女混浴の「ヒバ千人風呂」で知られる
青森市の「酸ケ湯(すかゆ)温泉」へ行ったのですわよ。
そしたら、エロオヤジが居たのですわ。んも〜〜
もちろんすべての男性がジロジロ見るわけではありません。
一部男性客が遠慮のない視線を女性客にむけるのでござ〜♪〜ますわ。

たまたま、中年の威勢の良い地元のおばさんが居て、
“あんた、見ればまいね”、と怒鳴ったほどでした。
“あなた、見たらいけませんよ”という意味ですわよ。

地元の湯治客の人たちは、「混浴を守る会」を立ち上げて
“エロオヤジ撲滅作戦”に乗り出したほどでした。

“女性入浴者を好奇の目で見てはいけません”というマナーを記した
「心得三ケ条」の看板を設置する活動が功を奏して、
最近では女性客からの苦情も激減しているそうです。

年間約15万人が訪れる酸ケ湯温泉はこの数年、湯治客や観光客が増える一方で、
女性客から「男性客にじろじろ見られた」という苦情が後を絶たなかったのですが、
最近、エロオヤジが減っているそうですわよ。

でも、中には女性の裸が目当ての男性も少なくないということです。
「たまに5時間も6時間も浴場に入ったままの男性がいる」と、
その威勢の良いおばさんが話してくれました。

「でも、そんなに長くお風呂に浸かっていたら、のぼせてしまうでしょう」
「そうで、ねえづら、ちょくちょく脱衣所に戻るべ。
 おなごが現れると同時に温泉に入りきよる。あきれちゃうべ」

“見ればまいね、見せればまいね”、というのがマナーだそうです。

つまり、見たらいけません、見せたらいけません、と言うことだそうです。



では、そのようなエロオヤジが居ない露天風呂で
あなたも癒しの旅を楽しんでくださいね。

あなたがお得で快適な温泉旅行ができるように、すばらしいトラベル・クラブを紹介しますわね。
会員登録すると格安で温泉旅館が利用できますわよ。
無料会員制度もありますからね。
 
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じゃあ、あなたも日本のすばらしい温泉を

満喫してくださいね。

Have a good trip!



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エロオヤジって、どこにも居るのですよね。

こうして節穴から

のぞいたりするのですよ。んも〜〜

でも、あなたは、じろじろ見ないでね。

今日も楽しく

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね、

あなたも、すばらしいクリスマスを

お迎えくださいね。

バ〜♪〜イ






2006年11月24日

センスある下着を身につけていますか?



センスある下着を

身につけていますか?


 

 
おほほほほほ。。。

卑弥子でござ〜♪〜ますわよォ。

変身〜♪〜ンしたので

ござ〜♪〜ますわよゥ。

ええっ?どうしてかってぇ〜。。。?

あなたにお会いしたいからで

ござ〜♪〜ますわぁ〜。

おほほほほほ。。。

あたくしが、けっこうナウい

ボインな女の子である事を

あなたにも分かっていただきたかったので

ござ〜♪〜ますのよゥ。

おほほほほほ。。。。

ええっ?

どうして下着に顔を出すのかって?

あ〜♪〜ら、あなたは

ご存じなかったのですのォ〜?

いにしえの女は下着にセンスのあるところを

見せたのでござ〜♪〜ますわよゥ。

“おくゆかしい”と言うでしょう?

普段、目に見えない“おく(奥)”まで

細やかな気配りができている。

つまり、人に見えないような下着にまで、

それを身に着ける女性のセンスが現れている。

そのようなところに古代の男性は

女性の美学・センス・美意識を

感じ取ったのでござ〜♪〜ますのよ。

うふふふふふ。。。

そう言う訳なのでござ〜♪〜ますわぁ〜。

では、しばらくの間、お付き合いのほどを。。。


ええっ?あなたは男だから、見てはダメなのかって?

見てもいいのですわよゥ。

あなたは女性の下着の事もけっこう気になっているのではありませんか?

最近の女性の中にはダサいものを身に着けて、平気でいるアンポンタンがおりますでしょう?

ああいうのは、いけませんよねぇ〜。

だから、殿方であっても、ぜひこの記事を読んで、

あなたのお姉さんや妹さんやガールフレンドに教えてあげてくださいましね。

もちろん、あなたの奥様にも教えてあげてくださいよね。

当然の事でござ〜♪〜ますけれども、女性は真剣に読んでくださいましね。

なんと言っても、

下着とランジェリーは

女の繊細さと美しさを

際立たせる

最後の砦ですわぁ〜




なんか、すっご〜♪〜いですわよねぇ。

んも〜〜〜

でも、ジューンさんの人柄とこのショーツが

マッチしていると思いませんか?


ジューンさんは、もちろん10代ではありませんわよね。

でも、成熟した女性の中の、かわいらしさ、愛くるしさを、

この下着で演出しているように思えませんかぁ?

かっわいいィ〜〜

そう、思いませんか?

30代のあなただって、たまにはこのような可愛い下着で

勝負してみてはいかがでしょうか?おほほほほほ。。。。

ところで、快適な下着を選ぶ3つのポイントをご存知でしょうか?

適切な着用圧

下着を着用したときに体にかかる圧力(着用圧)による刺激です。
着用圧が高いと体には負担がかかり、快適性が低くなります。
着用圧は下着の快適性を考える上で重要なポイントになります。



心地よい感触

下着の触感は人の体に大きな影響を与えます。
特に女性のファンデーションは体にフィットしていることが前提条件ですから、
この触刺激の影響は大変強いといえます。



ほど良い温湿度

汗などによるムレ感、冷え感は不快なものです。
また、湿度が足りないこと(乾燥)は肌に大変なダメージを与えます。



とにかく、あなたも、明日、目覚めたときには

あたくしのように変身してくださいましね。

あなたのセンスと美意識を感じさせる下着を身に着けることを忘れないようにね。

もっと詳しい参考になるような記事を読むには次のリンクをクリックしてくださいね。

もちろん、あなたが身に着けてみたいサンプルをたくさん見ることができますわ。

『あなたのためのセンスある、ナウい下着を選んでくださいね』

では、あなたも、センスのあるナウい下着を身に着けて、
あなたの意中の人のハートを射止めてくださいましね。
じゃあね。
幸運を祈っておりますわ。



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おほほほほ。。。。

また現れて、

くどいようでござ〜♪〜ますけれど。。。

あたくしも勝負の下着を

探しているのでござ〜♪〜ますのよ。

どうしてかって。。。?

だって、今、デンマンさんが

日本に居るのですわよ。

レンゲさんがデンマンさんとデートしようと

がんばっているのですわよ。

多分、あの方の事ですから、

かなり積極的にデンマンさんに

アプローチするだろうと思うのですわよ。

ですから、あたくしもレンゲさんに

引けをとらないように。。。

うしししし。。。。

つまり、あたくしとレンゲさんで

勝負する事になると思うのですわよ。

もちろん、デンマンさんの前ですわ。

うふふふふふふ。。。。

それで、勝負の下着なんですのよォ〜。

おほほほほほ。。。。

もちろん、冗談ですわよ。

うひひひひひ。。。

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。



2006年09月12日

日本女性の愛と情念の原点 PART 1



日本女性の愛と

情念の原点







この女性は西暦734年当時16才でした。
どうですか?
なんとなく現在でも通用する容貌を備えていると思いませんか?

。。。と言っても、これは興福寺の国宝館に安置されている阿修羅像です。
僕は、この仏像のモデルになった女性のことを話しています。

この阿修羅像を造ろうと言い出したのは誰あろう光明皇后(光明子)なんですよね。
しかも、その目的は亡くなった母親である橘三千代の供養のためなのです。
そして、そのモデルになった女性と言うのは、聖武天皇と光明皇后の娘---当時16才の阿部内親王なのです。

この阿部内親王こそ、後に孝謙天皇(称徳天皇)となる女性なのです。2度女帝になった人です。

もちろん、この阿修羅像のモデルになったのが当時16才の阿部内親王だったという確証はありません。
僕が、この仏像の造られた背景を調べた結果、阿部内親王以外には居ないだろうと思って、そう想定したまでのことです。

阿部内親王以外にも、モデルになる女性が考えられるのだ!。。。と信じている人が居たら、ぜひコメントをお願いします。

ところで、更紗さんも指摘しているように...




阿部内親王(孝謙・称徳天皇)は
道鏡がらみの言い伝えのせいで
日本史からほとんど抹殺されていた悲劇の女帝ですね。

by 更紗 2006/05/29 01:22

『日本女性の愛と美の原点 PART 1』のコメント欄より


この阿部親王という女性は、後世によからぬことを言われた女帝なんです。
この女性が攻撃の対象となったというより、道鏡がボロクソに言われました。
その道鏡を庇護したというので、孝謙・称徳天皇もボロクソに言われたというわけです。

このコンビは江戸時代になるとアダルトグッズの業界ですっかり有名になってしまいました。
葛飾北斎が「魂胆遣曲道具」の中で『道鏡鎧甲(よろいかぶと)』と画題をつけて道鏡を登場させていますが、
道鏡が鎧兜をつけて戦いに臨んだということはもちろん記録にありません。
この鎧甲(よろいかぶと)とは性生活をサポートするための性具なのです。
それに道鏡の名を付けたというわけです。
詳しいことは次の記事を読んでください。
『道鏡と孝謙女帝は性具でも有名』

道鏡を馬鹿にした、というより面白半分に道鏡を笑い者にした次の川柳に、この辺の事情が良く表れています。



道鏡は本当に悪者だったのか?

当時僧を目指すということは、言葉を換えれば人間にある全ての欲を絶つことでした。
色欲、物欲、権力欲など、相当な覚悟とそれに打ち勝つ強靭な精神力が必要だったのです。
生半可な人間にはとうてい真似の出来ないことでした。

道鏡は語学にも才能があったと見え、留学僧でもない道鏡が兄弟子・良弁に付き添って唐招提寺の鑑真を訪れた時、二人の会話が理解できたと言います。

道鏡はさらに難解なサンスクリット語にも精通していたのです。
辞書も教科書も、ましてやテープもない時代に異国語を習得することは大変なことだった。
したがって、相当の頭脳の持ち主であったことはまず間違いないようです。

しかし、当時、悪い僧侶も確かに居ました。
仏教が隆盛するに伴い、様々な問題も現れ始めていたのです。
まず、僧侶としての戒律を守る者が少なくなってきました。
生活の苦しい多くの庶民が、税を免れるために、勝手に出家し僧を名乗るようになってきたのです。

これに困った朝廷は、正式に僧侶としての資格を与える“受戒”を行える僧を、唐から招請することを決め、それに応え、鑑真和上が多くの困難を乗り越えて来日したわけです。
以来、僧侶として認められるためには、“受戒”の儀式を受けなければならない決まりとなりました。

この“受戒”の儀式を行える場所=「戒壇」(かいだん)を持つ寺院が、畿内の東大寺、九州諸国の筑紫観世音寺、そして東国の下野(しもつけ)薬師寺の3カ所と定められました。
これらは、総称して「三戒壇」と呼ばれました。

道鏡のレベルの僧侶になると、セックスにむちゃくちゃをするような僧はまずその地位を保つことが出来ません。
この当時の宗教界は、それ程腐ってはいません。とにかく鑑真和尚が居た頃の話です。

なぜ道鏡は藤原氏に憎まれたのか?

称徳天皇が亡くなると、道鏡は下野(現在の栃木県の県域とほぼ一致する)にある薬師寺に左遷されてしまいました。
称徳天皇がまだ健在だった時に、道鏡は臣下としては最高の太政大臣まで上りつめたのです。
多くの歴史書は道鏡が天皇になろうとした、と伝えています。

もちろん、称徳天皇と道鏡は夫婦同然に性生活をエンジョイしていた、ということになっています。

こうした一連のことを考えると、その概要が見えてきます。

なぜこの女帝と道鏡がこれほどまでに貶(おとし)められねばならないのか?

それは、その後権力の座に返り咲いた藤原氏(主流派)に憎まれたためです。
称徳天皇もれっきとした藤原氏の一員です。
一員どころか、一見して藤原氏の中核の座を占めていたように見えます。
あの有名な光明皇后と聖武天皇の娘です。

この光明皇后という人は自分が藤原氏の出身であることを終生忘れませんでした。
忘れないどころか、署名には『藤三女』と書いたほどです。
つまり藤原不比等の三女であることを肝に銘じていた人です。

称徳天皇というのはこの皇后の娘ですから、当然ながら藤原氏であることを認識していないわけではありません。
しかし、この人は藤原氏にあって反主流派の立場を貫いたようです。

この称徳天皇という女帝は二度天皇になっています。
最初の時は孝謙天皇と呼ばれました。
しかし、この時の実権は母親である光明皇太后と彼女の甥である藤原仲麻呂(藤原氏主流派)によって握られていたのです。

のちに『藤原仲麻呂の乱』を起こして殺されるのですが、この仲麻呂は藤原氏特有の権力欲に駆られており、政治を自分の思いどうりに操ろうとしたのです。
そういうわけで、孝謙天皇と衝突したわけです。しかも、母親は、すっかり仲麻呂の言いなりになっているわけです。
つまり自分の娘が天皇であるにもかかわらず、ないがしろにしていたわけです。
これではおもしろいはずがありません。娘として母に反抗する気持ちが頭をもたげてきました。

要するに、光明皇后と藤原仲麻呂(主流派)に対する称徳天皇と道鏡(反主流派)という図式になります。
光明皇后が亡くなると仲麻呂と孝謙上皇は完全に敵対関係になりました。
これは、『藤原仲麻呂の乱』という形で決着を見るわけです。つまり、反主流派が政権を奪取したわけです。

しかし、主流派は黙って手をこまねいていたわけではありません。
藤原永手を中心にして、例の『六韜』の教えに基づいて暗躍を開始しました。
この『六韜』がどういうものか、まだ読んだことがない人は次のリンクをクリックしてじっくりと読んでみてください。
これは、何を隠そう藤原氏のバイブルです。

『マキアベリもビックリ、藤原氏のバイブルとは?』

この藤原永手らの暗躍によって称徳天皇は病気という表向きの理由を掲げられて暗殺され、道鏡は下野の薬師寺に左遷されたわけです。
道鏡が現在伝えられているほど悪い事をしていないということは、彼が左遷されたにすぎないということが何よりも良い証拠です。

伝えられているように天皇位を望み、厳しい戒律を破って女帝と夫婦関係を結んでいたとしたら、まさに『大逆罪』のうえに『姦通罪』という汚名を着せられて死刑になっていたでしょう。

阿部内親王は、なぜ女帝になったのか?
 
天平勝宝元年(749年)に、48才の聖武天皇は譲位して太上天皇(上皇)となります。
皇太子の阿部内親王が即位して孝謙天皇となりました。
彼女はこのとき32才でした。
皇后でもない未婚の安部内親王が女帝になるのは大伯母の元正天皇につぐ2例目です。
これは持統天皇の“女の意地”が橘三千代に引き継がれ、それが三千代の娘の光明皇后にバトンタッチされた結果です。

阿部内親王は孝謙天皇となってから詔(みことのり)を出して次のように言っています。


私の母上の大皇后(光明皇后)が私にお告げになった。

「岡宮(おかのみや)で天下をお治めになった天皇(草壁皇太子を指す)の皇統がこのままでは途絶えようとしている。

それを避けるために女子ではあるが、聖武天皇の後をあなたに継がせよう」

このように仰(おお)せになり、それを受けて私は政治を行ったのである

SOURCE: 『続日本紀』


つまり、孝謙天皇の即位には光明皇后の指図があったことを述べているわけです。
父親である聖武天皇の影が極めて薄いのですよね。
この詔もちょっと異常ですよね。
聖武天皇が譲位したのだから聖武天皇の言葉として書くべきだと思いますよね。

一説には聖武天皇が独断で出家してしまい、それを受けた朝廷が慌てて退位の手続を取ったとも言われています。
この孝謙天皇が出した詔には、その辺の事情が垣間見えるような気がします。
歴史書を読むと、聖武天皇は繊細で神経質な性格だったようです。

天平年間は、災害や疫病(天然痘)が多発したため、聖武天皇は仏教に深く帰依しました。
いわば、現代流に言うならば、極めて人間的な人だったと僕は思いますよ。
つまり、藤原4兄弟などの策謀が渦巻く中で、政治に嫌気がさしていたと思いますね。
“長屋王の崇り”も、“藤原氏の一員”として充分に感じていたでしょうね。

聖武天皇は741年には国分寺建立の詔を出します。
743年10月には、東大寺大仏の建立の詔を出しています。
また、度々遷都を行って災いから脱却しようとしたものの官民の反発が強く、最終的には平城京に復帰しました。
このような聖武天皇の行動を見ると、意志の弱さが見えますよね。優柔不断です。

また、藤原氏の重鎮が相次いで亡くなったため、国政は橘諸兄(光明皇后とは異父兄弟にあたる)が取り仕切りました。
結局、聖武天皇は政治に見切りを付けていたのですよね。
それで、出家したのでしょう。
その気持ちが分かるような気がします。

それに引き換え女性たちの意志の強さは驚くばかりです。
特に持統天皇の強烈な執着と執念が目を見晴らせます。



持統天皇の相談役とも言える橘三千代がすごい人ですよね。
この人のもとの名は県犬養三千代(あがたいぬかいのみちよ)です。
三千代は持統天皇がまだ天皇になる以前に彼女の女官として仕えていたのです。
持統天皇の孫の軽皇子(かるのみこ)の乳母(めのと)だった人です。
三千代は皇族の美努王(みのおう)と結婚して3人の子供をもうけています。
早くから女官として内裏に仕え、持統天皇の信頼を得ています。

藤原不比等は持統天皇、彼女の息子の草壁皇子、さらにその子の軽皇子(後の文武天皇)に仕えていました。
この関係で橘三千代と知り合い、持統天皇の皇統を守る同志として二人の絆が生まれたのです。
三千代は美努王(みのおう)と離婚していますが、すでに二人は三千代の離婚以前から深い関係になっていたようです。



美努王は三千代と離婚する以前、694年に九州の太宰帥(だざいのそち)として九州に赴任していますが、妻の三千代はこのとき夫に従ってゆかず、都にとどまって女官として仕え続けています。
この年の暮れには藤原京への遷都があり、新都の華やいだ雰囲気の中で藤原不比等と三千代の不倫関係が深まってゆきました。

藤原不比等は女性関係でも精力的で、この時期に天武天皇の未亡人である五百重娘(いおえのいらつめ)とも親密になっており、695年に二人の間に藤原不比等の四男・麻呂が生まれています。
ちなみに五百重娘の父親は藤原鎌足です。つまり、五百重娘は不比等の異母妹でした。

『続日本紀』によると、石上麻呂の息子の石上乙麻呂(おとまろ)が藤原不比等の三男・藤原宇合(うまかい)の未亡人となった久米連若売(くめのむらじわかめ)と通じた罪によって処罰を受けています。
石上乙麻呂(おとまろ)は土佐国に流され、久米連若売は下総国に流刑になります。

藤原不比等の場合には大胆にも、かつての天武天皇の后妃であり、新田部皇子の母でもある五百重娘(いおえのいらつめ)を相手にして、子供まで産ませているのです。
ところが、何の罰も受けていません。

橘三千代にしてみれば、不比等に裏切られたような気がすると思うのですが、ヒステリーになるわけでもなく、大事の前の小事と割り切ったようです。
持統天皇のそばに仕えて厚い信任を得ていたので、その立場を利用して不比等の出世のために持統天皇へのとりなしに動いたようです。
このようなことを考えても、橘三千代が只者ではないと言うことが分かります。

感情的にならず、大事を見失わずに困難を乗り越えてゆく三千代の姿がはっきりと浮かび出ていると言えるでしょう。
深謀遠慮の藤原不比等と組んで持統天皇を取り入れ、橘三千代は三つ巴で持統皇統を継続させてゆきます。
女の意地と執念を感じさせますよね。



僕は上の阿修羅像に次のような“内なる精神”を感じます。

■ 静謐(せいひつ)
■ 哀感
■ きびしさ
■ 敬虔なまなざし
■ まなざしの中に込められた奥深い苦悩
■ 引き締まった唇に表れた意志の強さ
■ 清純でひたむきな思い 

このモデルになった女性は、聖武天皇と光明皇后の娘---当時16才の阿部内親王なのです。
光明皇后がこの像を造ろうと思い立った733年という年は長屋王が自殺に追い込まれた4年後です。
天平年間は、災害や疫病が多発します。
巷では、“長屋王の崇り”がささやかれ始めています。
橘三千代が亡くなったことも、“崇り”だとは思わないまでも光明皇后にとって不吉なモノを感じていたはずです。
藤原4兄弟が病気にかかって死ぬのは、さらに4年後のことですが、
基親王を亡くしてから子供が生まれないことも光明皇后は“長屋王の崇り”だと思っていたことでしょう。

この仏像は、ただ単に光明皇后が母親である橘三千代の一周忌追善のために奉安したとは思えない!
それでは、他に何のために?

長屋王の怨霊を鎮めるためだと思いますね。

本来、阿修羅とは日本では、“修羅場”などと言う言葉もあるように、猛々しい争いを好む神として受け入れられました。
しかし、この興福寺の阿修羅像は荒々しくもないし、猛々しくもありません。
争いとは縁遠い表情をしています。
つまり、長屋王の怨霊を鎮めるためだからです。

上の阿修羅像の感じている深い“内なる精神”はモデルの阿部内親王の姿を借りているとはいえ、実は光明皇后が感じている藤原氏に対する崇りを鎮めるための祈りではなかったのか?
光明皇后という人は自分が藤原氏の出身であることを終生忘れませんでした。
忘れないどころか、署名には『藤三女』と書いたほどです。
つまり藤原不比等の三女であることを肝に銘じていた人です。

父親が藤原氏の繁栄と栄光のために、無茶苦茶な事をして持統皇統を存続させたことを良く知っています。
また、父親が亡くなった後、自分の兄弟たちが長屋王を亡き者にしたことも熟知しています。
それだけに、仏教に帰依している光明皇后は心が痛んだことでしょう。
だから、基親王を亡くしてから子供が生まれないことも光明皇后にとって、“長屋王の崇り”だと感じたとしても不思議ではありません。

でも、そればかりではないと僕は思います。
阿修羅像のまなざしの中に込められた奥深い苦悩は阿部内親王のものであると同時に光明皇后の感じてたものではなかったのか?

この奥深い苦悩の中には、阿部内親王と光明皇后の感じている女ゆえの情念の苦悩も込められているのではないか?
一体、その情念の苦悩とは?

それは藤原仲麻呂を間にしての三角関係だったと言う事ができるかもしれません。

阿部内親王が孝謙天皇として即位したときの実権は、母親である光明皇太后と彼女の甥である藤原仲麻呂(藤原氏主流派)によって握られていたのです。
のちに『藤原仲麻呂の乱』を起こして殺されるのですが、この仲麻呂は藤原氏特有の権力欲に駆られており、政治を自分の思いどうりに操ろうとしたのです。
そういうわけで、孝謙女帝と衝突したわけです。しかも、母親は、すっかり仲麻呂の言いなりになっているわけです。
つまり自分の娘が天皇であるにもかかわらず、光明皇太后は娘をないがしろにしていたわけです。
これでは孝謙女帝はおもしろくありません。娘として母に反抗する気持ちが頭をもたげてきました。

要するに、光明皇后と藤原仲麻呂(主流派)に対する称徳天皇と道鏡(反主流派)という図式になります。
光明皇后が亡くなると仲麻呂と孝謙上皇は完全に敵対関係になりました。
これは、『藤原仲麻呂の乱』という形で決着を見るわけです。つまり、反主流派が政権を奪取したわけです。

藤原氏の野望、つまり、不比等の亡き後は、橘三千代に引き継がれ、三千代の亡き後には光明皇后に引き継がれた藤原氏の野望。
この野望さえなければ、阿部内親王はこれまでの他の内親王のように、すでに結婚し家庭を持ち子供も生まれて、ささやかな女の幸せに浸(ひた)っていたかもしれません。
しかし、阿部内親王には、それは許されなかった。
藤原一族の繁栄と栄光のために、阿部内親王は“犠牲”にならなければならない“宿命”を負わされていた。
他に藤原氏の血を持つ天皇後継者がいなかったから。。。

天皇という日本国の最高位につきながら夫を持つことが許されない。
これは“むごい”と言えるかもしれませんよね。
生きていながらの“生贄(いけにえ)”---藤原氏のための“犠牲”



16才の阿部内親王には、まだそうした将来までは、はっきりと目には見えていない。
しかし、自分が結婚できない宿命にあることは、この時点ですでに十分に知り尽くしている。
この聡明な少女は、多難な将来を予感して苦悩している。
この表情に、僕はそのような聡明な少女の苦悩を見るのですが、僕の思い過ぎでしょうか?

2006年09月07日

あんた、見ればまいね。見てはいけない露天風呂



あんた、見ればまいね。

見てはいけない露天風呂

でも、たまには露天風呂にでも入って

日頃の疲れを癒してみませんか?




露天風呂の良さは、なんと言っても

1に、ゆったりとした気分で入浴を楽しむ事が出来る。
2に、すばらしい景観を眺めながら心を癒す事が出来る。
3に、日本人の昔ながらの伝統を感じる事が出来る。
4に、なんともいえない情緒、旅情の中で疲れを取ることが出来る。
5に、自然により親しむ事が出来る。

あなたはどう思いますか?

でもね、混浴だと女性の場合は、なかなか思うように楽しむ事が出来ないのですよ。
なぜだかお分かりですか?

エロオヤジが居るからなんですよ。
わたしたちのような若い女性が混浴の露天風呂にやって来ようものなら、
もう鼻の下を伸ばして、じろじろ見つめるのですよ。

若い男性は、あたしたち二人が入ってゆくと、こそこそと出て行ってしまう事が多いのです。
でも、50代60代のエロオヤジは、寄ってきますわよ。うふふふふ。。。

今年の1月、ジュンコさんと二人で男女混浴の「ヒバ千人風呂」で知られる
青森市の「酸ケ湯(すかゆ)温泉」へ行ったのです。
そしたら、エロオヤジが居たのです。
もちろんすべての男性がジロジロ見るわけではありません。
一部男性客が遠慮のない視線を女性客にむけるのです。

たまたま、中年の威勢の良い地元のおばさんが居て、
“あんた、見ればまいね”、と怒鳴ったほどでした。
“あなた、見たらいけませんよ”という意味だそうです。

地元の湯治客の人たちは、「混浴を守る会」を立ち上げて
“エロオヤジ撲滅作戦”に乗り出したほどでした。

“女性入浴者を好奇の目で見てはいけません”というマナーを記した
「心得三ケ条」の看板を設置する活動が功を奏して、
最近では女性客からの苦情も激減しているそうです。

年間約15万人が訪れる酸ケ湯温泉はこの数年、湯治客や観光客が増える一方で、
女性客から「男性客にじろじろ見られた」という苦情が後を絶たなかったのですが、
最近、エロオヤジが減っているそうですよ。

でも、中には女性の裸が目当ての男性も少なくないということです。
「たまに5時間も6時間も浴場に入ったままの男性がいる」と、
その威勢の良いおばさんが話してくれました。

「でも、そんなに長くお風呂に浸かっていたら、のぼせてしまうでしょう」
「そうで、ねえづら、ちょくちょく脱衣所に戻るべ。
 おなごが現れると同時に温泉に入りきよる。あきれちゃうべ」

“見ればまいね、見せればまいね”、というのがマナーだそうです。

つまり、見たらいけません、見せたらいけません、と言うことだそうです。



では、そのようなエロオヤジが居ない露天風呂で
あなたも癒しの旅を楽しんでくださいね。

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エロオヤジって、どこにも居るのですよね。

こうして節穴から

のぞいたりするのですよ。んも〜〜

でも、あなたは、じろじろ見ないでね。

今日も楽しく

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね、バ〜♪〜イ

2006年08月20日

太陽と月のリズムで頭を良くする



 

太陽と月のリズムで頭を良くする



あなたは通勤していますか?
だったら、目覚ましのベルに起こされ、朝食をかき込んで仕度をして、
それから、テレビの時報に追われるように家を出るのでしょうね。

私たちの朝は、時計とのにらめっこで始まりますよね。
時計がなければ社会生活が成り立たないといっても過言ではありません。

しかし古代の人々は、時計など持ち合わせていませんでした。
それでも彼らにもまた、時を知る必要性がありました。
獲物を捕獲しやすい時間、外敵に襲われやすい時間、
子孫繁栄のための性交が安全に行える時間。おほほほほ。。。

彼らはそうした時間を、太陽の動きで推察していたのですよ。



彼らは生き残っていくために、毎日太陽を崇め、
危険や安全を確認しながら暮らしていました。
そんな生活を何百万年とくり返すうち、脳内に“太陽のリズム”が宿ったのです。
これがいわゆる「体内時計」ですよね。

さらに、人間の体には約1カ月周期の“月のリズム”も存在しています。
代表的なものは女性の出産です。
出産が最も多いのは満月の夜で、最も少ないのが新月の夜だと言われています。

また、満月の夜は性欲が約30%高くなると言われているのですよ。
一方、新月の夜は性欲が減退するのだそうです。
ほんとかしら?

女性の月経周期も、本来は月の満ち欠けに連動するものと言われています。
自然の状態であれば、満月の夜に排卵が起こるのだそうです。

こうした月と太陽のリズムは、いずれも私たちの脳内にある「視床下部」という場所に存在しています。
視床下部とは、心身がストレスに負けないよう、自律神経やホルモン分泌などをコントロールして体内環境を整えている場所です。
ここで“太陽のリズム”である体内時計が活動し、性欲や妊娠、出産といった“月のリズム”も性ホルモンのコントロールによって刻まれているのです。

古代人たちにとっては、この視床下部で刻まれる“太陽のリズム”こそが時計であり、“月のリズム”こそがカレンダーだったのでしょうね。

しかし、パソコンでスケジュール管理をし、
デジタルの時計に管理されながら分刻みで行動する現代人には、
自分の体内に太陽や月のリズムが刻まれていることなど気づくことすらできません。
それで、太陽と月のリズムをコントロールしている視床下部がパニック状態になり、
ストレスに耐え切れなくなってしまう。
そういう事もあるのですよね。

たまりがちなストレスをケアしたいなら、
まずは自分の体のなかに宿る“太陽”と“月”の存在と向き合ってみる必要があります。

それと頭を良くすることと、どのような関係があるのかって。。。?

まずね、頭を良くするにはあなたのストレスを取り除く事ですわよ。
そうでない限り、充分な“脳力”が発揮できませんよね。
つまり自然に帰って生活するような心の準備がまず大切です。
そうする事によって“太陽”と“月”の存在と向き合うことができます。



でも弱った能力をどのようにして強化すればよいのか?

それを書くと、この記事がまた長くなりますわ。
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あなたがもっと頭が良くなるように祈っていますね。



じゃあね。バ〜イ



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おほほほほ。。。

卑弥子でござ〜♪〜ます。

また、例によって、

出てまいりましたわ。

ええっ?さらに何を

付け加えたいのかって?

あなた、あたくしのお話を聞いても

信じていないのでしょう?

それじゃあ、ダメよ!

あなたも、無料資料を取り寄せて、

しっかりとDVDを見てちょうだいね。

おほほほほ。。。。

それから、あたくしがマスコットギャルをやっている

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興味深い記事がたくさん読めますことよ。

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。バ〜♪〜イ

 

2006年07月29日

センスある下着を身につけていますか?


 

センスある下着を

身につけていますか?


 

 
おほほほほほ。。。

卑弥子でござ〜♪〜ますわよォ。

変身〜♪〜ンしたので

ござ〜♪〜ますわよゥ。

ええっ?どうしてかってぇ〜。。。?

あなたにお会いしたいからで

ござ〜♪〜ますわぁ〜。

おほほほほほ。。。

あたくしが、けっこうナウい

ボインな女の子である事を

あなたにも分かっていただきたかったので

ござ〜♪〜ますのよゥ。

おほほほほほ。。。。

ええっ?

どうして下着に顔を出すのかって?

あ〜♪〜ら、あなたはご存じなかったのですのォ〜?

いにしえの女は下着にセンスのあるところを

見せたのでござ〜♪〜ますわよゥ。

“おくゆかしい”と言うでしょう?

普段、目に見えない“おく(奥)”まで

細やかな気配りができている。

つまり、人に見えないような下着にまで、

それを身に着ける女性のセンスが現れている。

そのようなところに古代の男性は

女性の美学・センス・美意識を

感じ取ったのでござ〜♪〜ますのよ。

うふふふふふ。。。

そう言う訳なのでござ〜♪〜ますわぁ〜。

では、しばらくの間、お付き合いのほどを。。。


ええっ?あなたは男だから、見てはダメなのかって?

見てもいいのですわよゥ。

あなたは女性の下着の事もけっこう気になっているのではありませんか?

最近の女性の中にはダサいものを身に着けて、平気でいるアンポンタンがおりますでしょう?

ああいうのは、いけませんよねぇ〜。

だから、殿方であっても、ぜひこの記事を読んで、

あなたのお姉さんや妹さんやガールフレンドに教えてあげてくださいましね。

もちろん、あなたの奥様にも教えてあげてくださいよね。

当然の事でござ〜♪〜ますけれども、女性は真剣に読んでくださいましね。

なんと言っても、

下着とランジェリーは

女の繊細さと美しさを

際立たせる

最後の砦ですわぁ〜




なんか、すっご〜♪〜いですわよねぇ。

んも〜〜〜

でも、ジューンさんの人柄とこのショーツが

マッチしていると思いませんか?


ジューンさんは、もちろん10代ではありませんわよね。

でも、成熟した女性の中の、かわいらしさ、愛くるしさを、

この下着で演出しているように思えませんかぁ?

かっわいいィ〜〜

そう、思いませんか?

30代のあなただって、たまにはこのような可愛い下着で

勝負してみてはいかがでしょうか?おほほほほほ。。。。

ところで、快適な下着を選ぶ3つのポイントをご存知でしょうか?

適切な着用圧

下着を着用したときに体にかかる圧力(着用圧)による刺激です。
着用圧が高いと体には負担がかかり、快適性が低くなります。
着用圧は下着の快適性を考える上で重要なポイントになります。



心地よい感触

下着の触感は人の体に大きな影響を与えます。
特に女性のファンデーションは体にフィットしていることが前提条件ですから、
この触刺激の影響は大変強いといえます。



ほど良い温湿度

汗などによるムレ感、冷え感は不快なものです。
また、湿度が足りないこと(乾燥)は肌に大変なダメージを与えます。



とにかく、あなたも、明日、目覚めたときには

あたくしのように変身してくださいましね。

あなたのセンスと美意識を感じさせる下着を身に着けることを忘れないようにね。

もっと詳しい参考になるような記事を読むには次のリンクをクリックしてくださいね。

もちろん、あなたが身に着けてみたいサンプルをたくさん見ることができますわ。

『あなたのためのセンスある、ナウい下着を選んでくださいね』

では、あなたも、センスのあるナウい下着を身に着けて、
あなたの意中の人のハートを射止めてくださいましね。
じゃあね。
幸運を祈っておりますわ。



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おほほほほ。。。。

また現れて、

くどいようでござ〜♪〜ますけれど。。。

あたくしも勝負の下着を

探しているのでござ〜♪〜ますのよ。

どうしてかって。。。?

だって、レンゲさんが

バンクーバーへ行くんですのよ。

多分、あの方の事ですから、

絶対に行くと思いますわ。

あたくしも、こっそりとバンクーバーへ

行こうと思っているのでござ〜♪〜ますわよ。

つまり、あたくしとレンゲさんで

勝負する事になると思うのですわ。

もちろん、デンマンさんの前ですわ。

うふふふふふふ。。。。

それで、勝負の下着なんですのよォ〜。

おほほほほほ。。。。

もちろん、冗談ですわよ。

うふふふふふ。。。

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


2006年05月28日

日本女性の愛と美の原点




日本女性の愛と美の原点

 



この女性は西暦734年当時16才でした。
どうですか?
なんとなく現在でも通用する容貌を備えていると思いませんか?

。。。と言っても、これは興福寺の国宝館に安置されている阿修羅像です。
僕は、この仏像のモデルになった女性のことを話しています。

この阿修羅像を造ろうと言い出したのは誰あろう光明皇后(光明子)なんですよね。
しかも、その目的は亡くなった母親である橘三千代の供養のためなのです。
そして、そのモデルになった女性と言うのは、聖武天皇と光明皇后の娘---当時16才の阿部内親王なのです。

この阿部内親王こそ、後に孝謙天皇(称徳天皇)となる女性なのです。2度女帝になった人です。

阿部内親王は、聖武天皇が皇太子時代の18才の時(718年)に、安宿媛(あすかべひめ:光明子)との間に生まれました。

聖武天皇が即位して3年後(727年)に、光明子との間に男の子が誕生します。
この子は基(もとい)親王と呼ばれ、生後わずか1ヶ月あまりで正式に皇太子になります。
まだ立つことすらできない乳児を皇太子にすることは、当時でも無法なことでした。

藤原一族が、何が何でも自分たちの血とつながりのある親王をゆくゆくは天皇にしたいためだったのです。
ところが、このような無法なことをあたかも天が許さないかのように、この基親王はその1年後に亡くなったのです。



基親王の死は、聖武天皇一家と藤原一族に深刻な悩みをもたらしました。
上の系図で見るとおり、聖武天皇の母親は宮子です。
聖武天皇の皇后は光明子です。
どちらの女性も藤原不比等の娘です。

実は、藤原不比等は持統天皇と組んで天皇家の“設計図”を描きました。
つまり、持統天皇の血を絶やさないような形で皇統を継続させてゆく。
その過程で、藤原氏の血を天皇家に取り込んでゆく。
上の系図は、正にその事を物語るような“証拠”となっているのです。

持統天皇から続いている持統皇統と藤原氏は上の系図で見るように強固な姻戚関係を結んでしっかりと結びついていたのです。

しかし、女帝など即位させずとも天智天皇と天武天皇の血を引く天皇後継者が他にも居たのです。
天武天皇には舎人(とねり)、長(なが)、穂積(ほづみ)、弓削(ゆげ)、新田部(にいたべ)、刑部(おさかべ)という6人の皇子が居ました。
天智天皇にも施基(しき)皇子が居たのです。
この皇子たちは上の系図の女帝たちよりも天皇になる資格が充分にあったのです。
しかし、持統天皇と藤原不比等はこの皇子たちを天皇にはさせなかった。

なぜか?

この皇子たちには持統天皇と藤原不比等の血が流れていないためでした。

しかし、すべてが持統天皇と藤原不比等の思い通りには運ばなかった。
聖武天皇と光明子の間に11年目にして生まれた男の子(天皇後継者)が満2才になる前に亡くなってしまったのです。
つまり、藤原氏につながる皇位継承権者が居なくなってしまったのです。

これは、藤原氏にとっては危機でした。
どうしたらよいのか?

まるで、天が持統天皇と藤原不比等の勝手な“設計図”を白紙に戻すかのように基親王の命を召し上げてしまった。
さらに、持統天皇と藤原不比等のわがままを懲らしめるかのように、皮肉にも天は聖武天皇の妃の県犬養広刀自(あがたいぬかいのひろとじ)という女性に男の子を産ませたのです。
この子は安積(あさか)親王と名づけられました。

この親王は将来聖武天皇の跡を継いで天皇になる可能性が充分にあります。
しかし、藤原氏にとって、藤原氏以外の女性が産んだ親王が天皇になることは我慢がならない事です。

さらに、当時、他にも皇位継承権を持つ天武天皇の皇子の舎人親王と新田部親王が健在でした。
この皇子のどちらが天皇になっても、持統天皇の血と藤原氏の血はなくなってしまう。
藤原氏にとって、そういうことは絶対に許すことができないことでした。

すでに藤原不比等は亡くなって居ませんが、その子供たちがその当時、政治の実権を握ろうとしていました。
藤原4兄弟は額をつき合わせるようにして策略をめぐらせたのです。

こうなったら使える“駒”は阿部内親王しかいない。
何とかしてこの女の子を天皇位につかせることはできないものか?

そのためには光明子を皇后に昇格する必要がある。
そうすれば、光明子が中継ぎの天皇になることができるし、その娘の阿部内親王に皇位を譲ることもできる。
しかし、皇后位は皇族出身に限られており、藤原不比等と橘三千代の娘である光明子にはその資格がないのでした。

ところで、このようなことを充分に考えて、藤原不比等は聖武天皇には皇族の出身である妃をおかずに光明子を事実上の“皇后”として正妃の座に着かせていたのです。

藤原4兄弟は政治の実権を握る前に、考えねばならない強力なライバルが居ました。
それが、当時の政府のトップに居た左大臣の長屋王です。

長屋王は臣下の出の女性が皇后になることを認めないに違いない。
この際、“目の上のタンコブ”である長屋王を葬り去りたい。
藤原4兄弟の陰謀は、こうして実行されたのでした。


長屋王の変 729(天平元)年

「密かに左道(人を呪う呪法を行なうこと)を学んで国家を傾けようとしている」という密告があり、長屋王は謀反の疑いをかけられたのです。藤原武智麻呂らはただちに王の邸を囲みます。もうこれではどうしようもないと観念した王は妻子と共に自殺したのです。完全に濡れ衣を着せられたものでした。

藤原不比等の息子たちが光明子を聖武天皇の皇后にしたかったのですが、長屋王が邪魔だったのです。それで王を亡き者にしようとしたのが、この事件の真相です。

結果として、藤原四兄弟の政権が確立しました。一方、彼らが画策していた光明子を聖武天皇の皇后にすることにも成功したのです。皇后は、天皇なき後臨時で政務を見たり、女帝として即位することがあり皇族でなければならないというのが古来からの慣例だったのです。


729年8月、長屋王の死を待ちかねたように光明子が皇后に即位しました。
すべては藤原四兄弟の思惑どおりに事が運んだように見えました。
ところが737年天然痘が大流行し、藤原四兄弟が全員死亡したのです。
人々は長屋王の怨霊(おんりょう)の崇りだと噂しました。


怨霊信仰

非業の死を遂げたものの霊を畏怖し、
これを融和してその崇りを免れ安穏を確保しようとする信仰。

原始的な信仰では死霊はすべて畏怖の対象となったが、わけても怨みをのんで死んだものの霊、その子孫によって祀られることのない霊は人々に崇りをなすと信じられ、疫病や飢饉その他の天災があると、その原因は多くそれら怨霊や祀られざる亡霊の崇りとされた。

『日本書紀』崇神天皇七年・・天皇が疫病流行の所由を卜して、神託により大物主神の児大田田根子を捜し求めて、かれをして大物主神を祀らしめたところ、よく天下大平を得たとあるのは厳密な意味ではただちに御霊信仰と同一視し難いとはいえ、その心意には共通するものがあり、御霊信仰の起源がきわめて古きにあったことを思わしめる。

しかし一般にその信仰の盛んになったのは平安時代以後のことで、特に御霊の主体として特定の個人、多くは政治的失脚者の名が挙げられてその霊が盛んに祭られるようになる。

その文献上の初見は『三代実録』貞観五年(863)「所謂御霊者 崇道天皇(早良親王)、伊予親王、藤原夫人(吉子)及観察使(藤原仲成か)、橘逸勢文室宮田麻呂等是也。・・・」ものと注せられているが、この六所の名については異説もあり、後世さらに吉備大臣(真備)ならびに火雷神(菅原道真)を加えてこれを八所御霊と呼ぶようになった。・・・」

SOURCE: 国史大辞典


このように怨霊信仰はけっこう古くから日本にあったんですよね。
光明皇后も娘の阿部内親王もこの長屋王の崇りによって藤原4兄弟が亡くなったことを充分に知っていたはずです。

天平10年(738年)正月に聖武天皇は娘の阿部内親王を皇太子にします。
過去に女性が皇太子になったことは無く、異例の皇太子誕生でした。
光明皇后の娘でもある阿部親王は、このとき未婚の21才でした。

古代の皇族・貴族の娘たちは15才か16才で結婚しています。
光明皇后は、親王が生まれないために、皇位継承の最後の手段として、娘の阿部内親王を嫁がせずに内裏にとどめておいたのです。
基親王を亡くしてから子供が生まれないことも光明皇后は“長屋王の崇り”だと思っていたことでしょう。

政治の実権を持っていた藤原4兄弟が“長屋王の崇り”によって死亡すると、政権は橘諸兄(もろえ)に移り藤原四家のうちの式家・宇合(うまかい)の子・藤原広嗣(ひろつぐ)は大宰小貳として九州に追われました。
一年半ほど管内豪族の動きや疲弊の深い農民の状態を観察し、あらゆる機会を捕らえ藤原広嗣は官人を誘い豪族をあおったのです。

“災害がたびたび生ずるのは諸兄のブレーンである玄?・真備が良からぬことをしているためだから、彼らを除くべし!”

藤原広嗣は聖武天皇に信書を提出し740年9月3日に挙兵しました。
聖武天皇は大野東人(壬申の乱で大伴吹負を破った近江側の大野果安の子)を大将にして一万七千の兵を動員したのです。
東人の適切な行動もあり2ヶ月で反乱を制圧し広嗣は捕えられました。

藤原広嗣の乱のあと、光明皇后の庇護のもとで頭角を現してきた藤原仲麻呂(藤原南家の祖・武智麻呂の次男)の後見する阿部内親王と、橘諸兄の後見する安積(あさか)親王に北家房前の三男八束(母が橘三千代の子である牟漏女王で諸兄の甥に当たる)と大伴家持もグループとして結束し、どちらを次の天皇にするか争いが生じていたのです。

744年正月11日聖武天皇は難波に行幸しました。
造営中止になった恭仁宮(くにきゅう)に藤原仲麻呂が留守官として残り、安積親王は脚の病で桜井頓宮(さくらいかりみや)より恭仁宮へ帰ったのです。
その二日後に安積親王は急死しました。
藤原仲麻呂の暗殺という噂が難波の朝廷に広まったのです。
しかし、この事件は仲麻呂を留守官から外すだけで終わりました。

安積(あさか)親王暗殺は、おそらく藤原仲麻呂独断で行われたものでしょう。
藤原氏のバイブルである“六韜”を愛読していた仲麻呂ならば当然やりそうなことです。
この兵書については次のリンクをクリックして読んでください。
『マキアベリもビックリ、藤原氏のバイブルとは?』

聖武天皇も、光明皇后にも騒動を避けたい心があり、安積親王を担ぐグループに果断な行動をとる力が無かったから藤原仲麻呂を処分することができなかったのです。
しかし、この後、仲麻呂の思う方向へ事態は進んでゆく事を考えれば、仲麻呂の安積親王暗殺の嫌疑は光明皇后によって揉み消されたようです。
むしろ、その後、仲麻呂に活躍の場を与えられたことは、暗殺の“論功行賞”ではなかったのか?

天平勝宝元年(749年)に、48才の聖武天皇は譲位して太上天皇(上皇)となります。
皇太子の阿部内親王が即位して孝謙天皇となりました。
彼女はこのとき32才でした。
皇后でもない未婚の安部内親王が女帝になるのは大伯母の元正天皇につぐ2例目です。
これは持統天皇の“女の意地”が橘三千代に引き継がれ、それが三千代の娘の光明皇后にバトンタッチされた結果です。

阿部内親王は孝謙天皇となってから詔(みことのり)を出して次のように言っています。


私の母上の大皇后(光明皇后)が私にお告げになった。

「岡宮(おかのみや)で天下をお治めになった天皇(草壁皇太子を指す)の皇統がこのままでは途絶えようとしている。

それを避けるために女子ではあるが、聖武天皇の後をあなたに継がせよう」

このように仰(おお)せになり、それを受けて私は政治を行ったのである

SOURCE: 『続日本紀』


つまり、孝謙天皇の即位には光明皇后の指図があったことを述べているわけです。
父親である聖武天皇の影が極めて薄いのですよね。
この詔もちょっと異常ですよね。
聖武天皇が譲位したのだから聖武天皇の言葉として書くべきだと思いますよね。

一説には聖武天皇が独断で出家してしまい、それを受けた朝廷が慌てて退位の手続を取ったとも言われています。
この孝謙天皇が出した詔には、その辺の事情が垣間見えるような気がします。
歴史書を読むと、聖武天皇は繊細で神経質な性格だったようです。

天平年間は、災害や疫病(天然痘)が多発したため、聖武天皇は仏教に深く帰依しました。
いわば、現代流に言うならば、極めて人間的な人だったと僕は思いますよ。
つまり、藤原4兄弟などの策謀が渦巻く中で、政治に嫌気がさしていたと思いますね。
“長屋王の崇り”も、“藤原氏の一員”として充分に感じていたでしょうね。

聖武天皇は741年には国分寺建立の詔を出します。
743年10月には、東大寺大仏の建立の詔を出しています。
また、度々遷都を行って災いから脱却しようとしたものの官民の反発が強く、最終的には平城京に復帰しました。
このような聖武天皇の行動を見ると、意志の弱さが見えますよね。優柔不断です。

また、藤原氏の重鎮が相次いで亡くなったため、国政は橘諸兄(光明皇后とは異父兄弟にあたる)が取り仕切りました。
結局、聖武天皇は政治に見切りを付けていたのですよね。
それで、出家したのでしょう。
その気持ちが分かるような気がします。

それに引き換え女性たちの意志の強さは驚くばかりです。
特に持統天皇の強烈な執着と執念が目を見晴らせます。

持統天皇の相談役とも言える橘三千代がすごい人ですよね。
この人のもとの名は県犬養三千代(あがたいぬかいのみちよ)です。
三千代は持統天皇がまだ天皇になる以前に彼女の女官として仕えていたのです。
持統天皇の孫の軽皇子(かるのみこ)の乳母(めのと)だった人です。
三千代は皇族の美努王(みのおう)と結婚して3人の子供をもうけています。
早くから女官として内裏に仕え、持統天皇の信頼を得ています。

藤原不比等は持統天皇、彼女の息子の草壁皇子、さらにその子の軽皇子(後の文武天皇)に仕えていました。
この関係で橘三千代と知り合い、持統天皇の皇統を守る同志として二人の絆が生まれたのです。
三千代は美努王(みのおう)と離婚していますが、すでに二人は三千代の離婚以前から深い関係になっていたようです。



美努王は三千代と離婚する以前、694年に九州の太宰帥(だざいのそち)として九州に赴任していますが、妻の三千代はこのとき夫に従ってゆかず、都にとどまって女官として仕え続けています。
この年の暮れには藤原京への遷都があり、新都の華やいだ雰囲気の中で藤原不比等と三千代の不倫関係が深まってゆきました。
藤原不比等は女性関係でも精力的で、この時期に天武天皇の未亡人である五百重娘(いおえのいらつめ)とも親密になっており、695年に二人の間に藤原不比等の四男・麻呂が生まれています。
ちなみに五百重娘の父親は藤原鎌足です。つまり、五百重娘は不比等の異母妹でした。

『続日本紀』によると、石上麻呂の息子の石上乙麻呂(おとまろ)が藤原不比等の三男・藤原宇合(うまかい)の未亡人となった久米連若売(くめのむらじわかめ)と通じた罪によって処罰を受けています。
石上乙麻呂(おとまろ)は土佐国に流され、久米連若売は下総国に流刑になります。

藤原不比等の場合には大胆にも、かつての天武天皇の后妃であり、新田部皇子の母でもある五百重娘(いおえのいらつめ)を相手にして、子供まで産ませているのです。
ところが、何の罰も受けていません。

橘三千代にしてみれば、不比等に裏切られたような気がすると思うのですが、ヒステリーになるわけでもなく、大事の前の小事と割り切ったようです。
持統天皇のそばに仕えて厚い信任を得ていたので、その立場を利用して不比等の出世のために持統天皇へのとりなしに動いたようです。
このようなことを考えても、橘三千代が只者ではないと言うことが分かります。

感情的にならず、大事を見失わずに困難を乗り越えてゆく三千代の姿がはっきりと浮かび出ていると言えるでしょう。
深謀遠慮の藤原不比等と組んで持統天皇を取り入れ、橘三千代は三つ巴で持統皇統を継続させてゆきます。
女の意地と執念を感じさせますよね。



この阿修羅像は現在、興福寺国宝館に安置されています。
天平6年(734年)に光明皇后が母親の橘三千代の一周忌追善のために興福寺に西金堂(さいこんどう)を建立したときに、その堂内に奉安した仏像のうちの1つでした。

この仏像については、正倉院文書の『造仏所作物帳(ぞうぶつしょさくもつちょう』に詳しく書かれています。
この記録によると、作業が始まったのは橘三千代が天平5年(733年)1月11日に亡くなってから10日経過した1月21日です。
その一周忌にあわせて翌年の1月9日に完成しています。

日本では、“阿修羅”は“修羅”とも略して呼ばれ、“修羅場”などと言う言葉もあるように、猛々しい争いを好む神として受け入れられます。
阿修羅像は日本では普通3つの顔と6本の腕を持っている仏像として造られました。
阿修羅像の本来の姿は、肌を赤く彩り、髪を逆立て、三面の形相は容貌醜怪であり、目を怒らせ、口を大きく開き、牙をむき出して威嚇し、次に示すような不動明王にも似た怒髪憤怒(どはつふんぬ)の表情を示しています。



ところが、興福寺に安置されている阿修羅像には、怒髪憤怒(どはつふんぬ)が基本であるにもかかわらず、この荒々しさや猛々しさが全く見えません。
この仏像が持つ本来の憤怒の概念とはおよそ縁遠い姿と表情を見せています。



その風貌は極めて内省的であり、自己抑制に満ちて、祈りの念さえ表れています。
少なくとも、不動明王のような怒りの表情は全く感じられません。
これはどういう訳なのか?

僕は、この仏像を観て、まずそのことが大きな疑問として気になり始めたのでした。

ただ単に、光明皇后が母親である橘三千代の一周忌追善のために奉安したとは思えません。
それでは、他に何があるのか?

結論を先に言えば、長屋王の怨霊を鎮めるためだと思いますね。

僕は上の阿修羅像に次のような“内なる精神”を感じます。

■ 静謐(せいひつ)
■ 哀感
■ きびしさ
■ 敬虔なまなざし
■ まなざしの中に込められた奥深い苦悩
■ 引き締まった唇に表れた意志の強さ
■ 清純でひたむきな思い 

このモデルになった女性は、聖武天皇と光明皇后の娘---当時16才の阿部内親王なのです。
光明皇后がこの像を造ろうと思い立った733年という年は長屋王が自殺に追い込まれた4年後です。
天平年間は、災害や疫病が多発します。
巷では、“長屋王の崇り”がささやかれ始めています。
橘三千代が亡くなったことも、“崇り”だとは思わないまでも光明皇后にとって不吉なモノを感じていたはずです。
藤原4兄弟が病気にかかって死ぬのは、さらに4年後のことですが、
基親王を亡くしてから子供が生まれないことも光明皇后は“長屋王の崇り”だと思っていたことでしょう。

つまり、上の阿修羅像の感じている深い“内なる精神”は阿部内親王のものであると同時に
光明皇后の感じているもの、念じているものではなかったのか?

この奥深い苦悩の中には、阿部内親王と光明皇后の感じている女ゆえの情念の苦悩も込められているのではないか?
一体、その情念の苦悩とは?

それは次回のお楽しみ。。。 
では。。。



ィ〜ハァ〜♪〜!

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では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。


2006年05月26日

日本女性の愛と美の原点を求めて。。。




日本女性の愛と美の

原点を求めて。。。


 



この女性は西暦734年当時16才でした。
どうですか?
なんとなく現在でも通用する容貌を備えていると思いませんか?

この女性にセーラー服を着せると次のような女学生になります。



眉毛に墨を入れ、
瞳にも墨を入れて、より写実的に見えるようにしました。
どうですか?
現在に通用する女学生になっているでしょうか?

西暦734年と言うのは日本の年号で言うと天平6年と言うことになります。
文化的には天平時代と言うことになりますよね。
政治的には奈良時代です。

実は上の写真は仏像の顔です。
興福寺にある国宝の阿修羅像です。
当時16才の女の子をモデルにして作られたという可能性が強いんですよ。
詳しいことは、また後ほど説明します。

聖徳太子の時代から仏像はたくさん作られましたが、
飛鳥時代、白鳳時代を経て天平時代になると仏像には均斉と写実の美が表現されるようになります。

しかし、単なる自然な身体表現にとどまらず、内なる精神まで表現しようとしています。
仏師の技量が磨きこまれ精神的な内的表現の領域にまで達したと言うことができるかもしれません。



これが現在の日本の女性です。
つまり、その一人であるレンゲさんの女学生姿です。

この写真を見ると、16才の女学生の可愛らしさ、愛くるしさが良く現れています。
でしょう?
そう思いませんか?
それを出そうと僕が作った写真です。
つまり、レンゲさんを仏像として作ったものではありません。
レンゲさんの可愛らしさ---レンゲさんを可愛がりたくなるような、そういう気持ちを見る人に起こさせるような表情をこの写真の中に僕は塗りこめようとしたのです。

上のレンゲさんの写真を見て、レンゲさんを可愛がりたくなる気持ちにあなたはなれるでしょうか?

ところで、僕が上の仏像にセーラー服を着せて作った画像を見てしみじみと感じたことは、
仏像の表情から受けるさまざまな印象がセーラー服を着せたことによって、全く消えうせてしまったと言うことなのですね。
上の2つのセーラー服姿を見比べて、あなたも、そう感じませんか?

やはり、仏像にセーラー服を着せるには無理がありますよね。

なぜか?

仏師が表現しようとした“内なる精神”は、我々がセーラー服から連想する精神とは全くかけ離れたものだったのではないのか?
僕は、そう思いました。

では、トップの仏像の表情からあなたは何を感じますか?



僕は次のような“内なる精神”を感じます。

■ 静謐(せいひつ)
■ 哀感
■ きびしさ
■ 敬虔なまなざし
■ まなざしの中に込められた奥深い苦悩
■ 引き締まった唇に表れた意志の強さ
■ 清純でひたむきな思い 

実は、僕は仏像のモデルになった16才の少女のことを良く知っているのです。
だから、このような感情を読み取ることができるのかもしれません。

もちろん、僕は、その少女に会った事はありませんよ。うへへへへ。。。。
なにしろ、今から1250年以上前に生きていた女性です。
会えるはずがない!

しかし、僕は歴史馬鹿ですから、この女性についての歴史書を手当たりしだい読み耽りました。
そうして、この女性のことを充分理解したつもりになって、上の仏像の表情をじっくりと眺めて感じた、この女性の“内なる精神”なのです。

この仏像を作った責任者は仏師の将軍万福(しょうぐんまんぷく)と言う人です。
“将軍”というのは姓です。
“幕府”とか“将軍職”とは全く関係がありません。
仏像彩色の責任者は絵師の秦牛養(はたのうしかい)です。

僕は改めて、この仏師の技量・力量に感心しますね。
よくこれだけ“内なる精神”を表現できたものだと思います。

阿修羅像って何?

この阿修羅像は現在、興福寺国宝館に安置されています。
天平6年(734年)に光明皇后が母親の橘三千代の一周忌追善のために興福寺に西金堂(さいこんどう)を建立したときに、その堂内に奉安した仏像のうちの1つでした。

この仏像については、正倉院文書の『造仏所作物帳(ぞうぶつしょさくもつちょう』に詳しく書かれています。
この記録によると、作業が始まったのは橘三千代が天平5年(733年)1月11日に亡くなってから10日経過した1月21日です。
その一周忌にあわせて翌年の1月9日に完成しています。

“阿修羅”は、もともとはサンスクリット語(Sanscrit)なんですよね。
日本では梵語(ぼんご)とも呼ばれています。
つまり、“阿修羅”は“asura”を音訳して、そう呼ばれました。
前身は古代ペルシャのゾロアスター教(拝火教)の“アフラ・マツダ”と言う善神とされています。

これがインドに入ると “asura” は “a(否定の意味) + sura(神・天)”、 つまり、“非天” と解釈されて “神ではない” 悪魔の意味になります。 

そういうわけで、“阿修羅”は古代インドでは、戦闘の神として激しい気性を持つ災いの悪神とされ、特にインドラ神(帝釈天)とは常に争う間柄になりました。

やがて、インドの神々が釈迦に教化されて仏教に取り入れられると、仏陀と仏法の守護神に変化して“阿修羅”も“八部衆(8種の鬼神)”の内の1つの神になりました。
いずれも古代インドでは邪神であったものが、仏教では『法華経』などの大乗仏教経典に登場するようになります。

日本では、“阿修羅”は“修羅”とも略して呼ばれ、“修羅場”などと言う言葉もあるように、猛々しい争いを好む神として受け入れられます。
阿修羅像は日本では普通3つの顔と6本の腕を持っている仏像として造られました。
阿修羅像の本来の姿は、肌を赤く彩り、髪を逆立て、三面の形相は容貌醜怪であり、目を怒らせ、口を大きく開き、牙をむき出して威嚇し、次に示すような不動明王にも似た怒髪憤怒(どはつふんぬ)の表情を示しています。



ところが、興福寺に安置されている阿修羅像には、怒髪憤怒(どはつふんぬ)が基本であるにもかかわらず、この荒々しさや猛々しさが全く見えません。
この仏像が持つ本来の憤怒の概念とはおよそ縁遠い姿と表情を見せています。



その風貌は極めて内省的であり、自己抑制に満ちて、祈りの念さえ表れています。
少なくとも、不動明王のような怒りの表情は全く感じられません。
これはどういう訳なのか?

僕は、この仏像を観て、まずそのことが大きな疑問として気になり始めたのでした。

ところで、仏教にはたくさんの仏像があります。
本来、仏様には男女の性別はないとされていますが、そうとばかりは言い切れないのです。

実は、仏像には4つの種類があります。
如来、菩薩、明王、天部です。
このうち、如来、菩薩、明王には男女の別は無いとされていますが、天部には男女の別が在ります。
たとえば、毘沙門天(びしゃもんてん)は男です。
弁天様として知られている弁財天(べんざいてん)は女です。

この阿修羅は天部に属しています。
だから、当然のことですが性別があります。
興福寺に安置されている阿修羅像は男なのか女なのか?

僕にとっては一目瞭然のことなのですが、過去にいろいろな人がいろいろな事を書いています。
堀辰雄さんは『大和路・信濃路』(人文書院)の中で、この阿修羅像に少年の姿を見ています。
司馬遼太郎さんは『街道を行く』(朝日文芸文庫)の「奈良散歩」の中で少女の面影を見ています。

僕にとって、この興福寺の阿修羅像は女性以外に考えられませんね。
阿修羅像の本来の性格が怒髪憤怒(どはつふんぬ)である、いわば男性的な荒々しさ、猛々しさを表現しているものであるなら、
興福寺の阿修羅像は一目見ただけでも女性的な優しさ、おとなしさを表しています。
どう見ても女性だとしか思えません。

さらに、この阿修羅像を造ろうと言い出したのは誰あろう光明皇后(光明子)なんですよね。
しかも、その目的は亡くなった母親である橘三千代の供養のためなのです。
そして、そのモデルになった女性と言うのは、聖武天皇と光明皇后の娘---当時16才の阿部内親王なのです。
この阿部内親王こそ、後に孝謙天皇(称徳天皇)となる女性なのです。2度女帝になった人です。

このようなことを考えに入れて、改めてこの阿修羅像を観る時、僕はこの阿修羅像に阿部内親王以外の女性を思い浮かべることができません。

では、日本女性の愛と美の原点を求めて。。。僕がなぜ阿部内親王を取り上げるのか?

それは次の系図を見てもらう必要があります。



つまり、持統天皇に始まったこの系図での最後の女帝なのです。
藤原不比等と持統天皇が天皇家の“設計図”を書きます。
無理を押し通して、その設計図に従って天皇家を運営してゆきますが、
阿部内親王の代になって初めて行き詰まってしまったのです。

持統皇統は称徳天皇が亡くなる時に断絶します。
持統天皇と藤原不比等に縁のある女性たちが、
彼等の王権の維持のために涙ぐましい努力を続けます。
その過程で美しくも悲しい壮絶な愛の物語を繰り広げるのです。

果たしてどのような絵巻なのか?
その最後を彩(いろど)るのが誰あろう、
このページのトップで掲げた16才の悩み多き女性なのです。
一体、どのような絵巻になるのか?

それは次回のお楽しみ。。。 
では。。。



ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、ためになる関連記事

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■ 『日本は軍国主義への道を歩んでいるのでしょうか?』

■ 『日本に増えつつある愚民の一人にならないように』

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■ 『日本の皇室はどうあるべきでしょうか?』

■ 『一体、日本は良くなるの?』

■ 『どうして、こうも犯罪が増えている?警察はホントに駄目になったの?』

■ 『日本人に欠けているものは?』

■ 『日本のネットで迷惑を振りまいているウツケ者たち』

■ 『国際化・グローバル化とはあなたにとってどのようなものですか?』

■ 『日本 ☆ 日本人 ☆ 日本社会 ☆ 比較文化論』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』



 

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。


2006年05月13日

性の快楽とスキンシップ


 

性の快楽とスキンシップ
 

あなたはイクことにこだわっていますか?
 


  

昭和7(1932)年28歳の時に大阪へ行き同じ商売(コールガール)をしました。
しかし、間もなく淫売を止め1年ばかり妾をしておりました。
その間、相手は3人変り毎月60円から100円の手当をもらっていました。

この頃から情事に快感を覚え一人寝は淋しくてなりませんでした。
妾では旦那の来るのが月に5回か6回なので淫売当時の好きな客2人ばかりとも時々関係していました。
金もたやすく入ったし暇もあったので遊蕩三昧の生活をするようになりました。
暇に任せて麻雀したり、宝塚へ遊びに行ったり、道頓堀へ出掛けたりして浮かれておりました。



男と関係を持っていないと気がイライラするので、
当時お医者さんに診察してもらった事がありました。

お医者さんは「別に異状はない。そのような事は人間として当然ある事だから独身より真面目な夫婦生活をするがよい、それができないようであれば、精神修養の本を読んで気分を転換しなさい」
そう言われました。

『自伝・阿部定の生涯 その2』より


デンマンさん、また、定さんの事を持ち出すのですか?

阿部定さんは有名だからね。ほとんどの人が知っているし、それに定さんの事は予審調書に基づいて書かれている。つまり、デタラメやいい加減なことを書いているわけじゃない。

でも、定さんが事件を起こしたのは70年前ですよ。

人間の心も体も70年前と変わっていませんよ。

でも、時代が違いますわ。

時代は変わってゆくものですよ。でも 1+1 が2であることに変わりがないですよ。

デンマンさんは、すぐに、そのような理屈をこね回してあたしを煙に巻いてしまうのですわ。

僕が言いたいことは、真実とか、真理と言うものは時代とともに変わってゆくものではなくて、変わらないものが真実だとか真理だと思う、と言うことですよ。

でも、デンマンさんは、どこかで真理も変わってゆくものだと書いていましたわ。

1000年ぐらいの時間を考えれば変わってゆくと言ったまでですよ。ニュートンの万有引力の法則は真理だと思われていた。もちろん、間違っているわけではないけれど、アインシュタインがそれを修正して相対性理論を構築した。絶対真理はない、と言うことですよ。あるのかもしれないけれど、人間が不完全である以上見えませんよ。だから、人間は常にその絶対真理に限りなく近づこうと進化している。アインシュタインだって、相対性理論を絶対真理だとは思っていなかった。だから、現在では、アインシュタインの相対性理論をさらに修正統合する理論ができている。でも、それだって、絶対真理ではない。

何も、そのような難しいことを持ち出さなくてもいいでしょう?

レンゲさんが、定さんの事にケチをつけたから僕がガタガタ言っているわけですよ。

とにかく、定さんは普通の女性ではありませんわ。その女性のことを持ち出してきて、あたしと比較するのはちょっと。。。

そんなことを言ったらきりがないですよ。なぜなら、この世には一人として全く同じような考えを持った人は居ないし、それぞれの人がみなユニークな性格や考え方を持っている。顔も違えば、生い立ちも育ちも皆違う。極端に言えば、人はそれぞれ皆違っているわけですよ。

だったら、定さんのことを持ち出すことも意味がないでしょう?

でも、定さんも、僕も、レンゲさんも同じ人間である事に変わりがない。だから、同じ人間として理解することができる。それが基本ですよ。

でも、あたしと定さんとでは違いすぎますわ。

それは、レンゲさんの極めて個人的な考えですよ。僕がこれまで知り合った女性のことを考える時、僕にとって定さんに最も似ているのがレンゲさんなんですよ。

でも、デンマンさんのそう言う考え方、見方だって極めて個人的なものでしょう?

だから、こうして記事を書いて、僕は世界のネット市民の皆様に読んでもらっているわけですよ。共感してくれる人も居るだろうし、デンマンは馬鹿なことを書いていると思う人だって居るでしょう。

つまり、理解してくれる人に向かって書いていると言うことですか?

そうですよ。すべての人が僕の言うことを理解してくれるとは思っていませんよ。アインシュタインの相対性理論だって、すべての人が理解しているわけではありませんからね。

分かりましたわ。それで今日はあたしがイクことにこだわっていると言って、デンマンさんはあたしを世界のネット市民の皆様の前で晒すのですわね?

別に、レンゲさんを晒すつもりではありませんよ。僕はレンゲさんのようにイクことにこだわっている人が、結構他にもたくさん居るのではないかと思うわけですよ。

どうしてそのようなことが分かるのですか?

レンゲさんが、そのように尋ねるのなら、くどいようですが次の統計を見てくださいよ。


性生活満足度ランキング最下位は日本



AP通信によると、米シカゴ大学の研究グループが29カ国・地域を対象に実施した性行動・態度に関する調査の結果が、学術誌アーカイブス・オブ・セクシャル・ビヘイビアー4月号に発表された。
それによると、性生活に満足している人の割合が最も高かったのはオーストリアだった。
71.4%が「満足している」と答えた。
一方、最も低かったのが日本で25.7%だった。

上位5カ国は、オーストリア71.4%、スペイン69.0%、カナダ66.1%、ベルギー64.6%、米国64.2%。
下位5カ国は、タイ35.9%、中国34.8%、インドネシア33.9%、台湾28.6%、日本25.7%

ただし、この研究の対象者は40歳から80歳まで。

結論:

性的問題で肉体的要素が占める割合は、年を重ねるにつれて男性の方に大きく影響する。
しかし、心理的な要素、パートナーとの人間関係が、肉体的要素と同様に性的満足感とパーフォーマンスに大きな影響を与えているようだ。

SOURCE: AP通信 (2006年4月19日)
“Sexual Problems Among Women and Men Aged 40-80”


また、この記事ですか?

またですかって。。。レンゲさんがイクことにこだわっている事と関係しているから、また出すんですよ。

一体、どのように関係していると言うのですか?

レンゲさんは、どうして日本人の性生活満足度がこれほど低いと思いますか?

だから、デンマンさんがおっしゃったではありませんか。。。心理的な要素、パートナーとの人間関係が、性的なテクニックだとか肉体的要素以上に悪い影響を与えているからだと。。。

よく覚えていますね?忘れてしまったのかと思っていましたよ。そうですよ。上に引用した文章の中でも研究者が指摘していますよ。セックスそのものが問題と言うよりも、心の問題なんですよ。つまり心理的なもの、人間関係そのものが影響しているんですよ。僕もレンゲさんの話を聞いたり、僕が2ヶ月間レンゲさんと暮らしてみて、しみじみそう思いますよ。

あたしには心の問題があると言うことですか?

そうですよ。

あたしの心の問題って何ですの?

一言で言えば、レンゲさんの期待が大きすぎるんですよ。

そんなことありしませんわぁ〜。あたしはイクことに大きな期待を持っているわけではありません。

期待を抱いていないのなら、こだわりすぎていますよ。僕がおととい言ったように“足るを知る”と言うことなんですよ。早い話が、オリンピックの100メートルで10秒を切る選手が居る。誰もがすごいと思うでしょう。だからと言って、僕が100メートルを10秒で切れるように一生懸命練習して頑張るか?レンゲさんはどうですか?100メートルを10秒をきるように走りたいと思いますか?

もちろん、思いませんわ。

なぜですか?

だって、そんなことができるとも思いませんもの。それに、100メートルを10秒以内で走れたからって、あたしの人生がバラ色になることもありませんわ。

でしょう?つまり、レンゲさんは100メートルを10秒以内で走らなければ、幸せになれない、とは思っていない。でしょう?

もちろんですわ。

でも、イクことにはこだわる。。。なぜですか?

だって、愛し合っている人と一緒にイキたいです。

でもね、おとといも言ったけれど、レンゲさんは寂しくて死にたいともらしていたこともある、孤独に追い込まれて、落ち込んで、クスリ漬けになって、もう生きるのがしんどいと、自暴自棄になっていたことがある。あの頃から比べれば、現在のレンゲさんは幸せそのものでしょう。清水君とは毎日愛し合っている。寂しくはない。経済的にも困っていない。仕事も順調。そして愛し合える人が居る。だから、現在のレンゲさんは幸せだと感じていいんですよ。でしょう?

以前の落ち込んでいた頃と比べれば、あたしは確かに幸せかもしれません。でも、洋ちゃんと愛し合っていて一緒にイケないと言うことはつらいんです。洋ちゃんの愛に充分に応じていないように感じるし、あたし自身が洋ちゃんを充分に愛していないのではないかと。。。

だから、そのように考えることが100メートルを10秒以内で走ると言うことなんですよ。何も、新記録を目指す必要はないですよ。100メートルを10秒以内で走って幸せだと感じる人も居るでしょう。でもね、オリンピックに出たいと思わない人にとって、100メートルを10秒以内で走ることは意味のないことなんですよ。レンゲさんだってそう言ったでしょう?

100メートル競走とイクことを一緒にしないでくださいな。

しかし、心の問題として考えるなら、100メートル競走もイクこともまったく変わりがないんですよ。

どういうことですか?

あのね、江戸時代、明治、大正、昭和と。。。戦前まで『女大学』の教えに従って、愛している男に抱かれても冷凍された“マグロ”のように布団の中で冷たく横たわっていた女性がたくさん居たんですよ。でもね、21世紀になってもイクことを知らない女性が95%も居ると書いていた人が居ました。




さまざまなテクニックの実践による性的満足が幸せな結婚生活への道であると説いています。『完全なる結婚』が強調しているのは、従来の男性が一方的に性的満足を得るような性交のあり方ではなく、男性と女性の双方が満足できるようなセックスを通して結婚生活が築かれるとしている点です。そこでは女性の能動的な参加も、望ましいこととして推奨されています。

1960年代になると、マスターズ&ジョンソンの膨大な人体実験による「人間の性反応」が刊行され、性理論は、確立されたかに見えました。しかし、その理論は、あまりに膨大な実験の結果であったため、誰も異論を唱えることができず、そこに内在する重大な矛盾を放置したまま、それを土台にした理論が氾濫して行くことになります。マスターズ&ジョンソン理論においても、オーガズムの定義は確立したとは言い難いようです。

21世紀を迎えた今日、女性の95%がオーガズムを知らないという状況が続いているそうです。ヴァン・デ・ヴェルデは、女性のオーガズムは男性のそれより後で発現することを実験によって明らかにしました。しかし、後の動物実験(アカゲザル)では、メスのオーガズム収縮によって、オスの射精が起こるということが確認されています。

『完全なる結婚』より


この95%という数字をそのまま受け入れるわけではないけれど、男と違って女性のイクことが、そう単純で簡単なものじゃないと言うことは僕も理解していますよ。しかも、男性経験の豊富なレンゲさんが清水君と毎日愛し合っているのに、イケないと言うんですからね。。。僕は初めて聞いた時、信じることができませんでしたよ。

でも、今は信じているのでしょう?

そうですよ。。。なぜなら、心の問題だと思うようになったから、レンゲさんのつらさも理解できるようになりましたよ。仮に上の95%という数字が正しいとしますね。すると、イクことを体験している女性はわずかに5%だけだと言うことになりますよ。だから、レンゲさんのように、イクことにこだわっている女性がすべてなら、性生活満足度は5%と言うことになりますよね。でも、実際には25.7%と言う数字が出ている。僕が言おうとしていることが分かりますか?

イケない女性でも性生活に満足している人が居るという事をデンマンさんは言いたいのでしょう?

そうですよ。イクことだけが性生活の満足度を決める物差しではない、と言うことですよ。つまり、心理的な要素、愛し合う二人の人間関係の良さ・悪さが関係してくるわけですよ。

つまり、デンマンさんは、あたしと洋ちゃんの人間関係に問題があると言うのですか?

レンゲさんと清水君は文字通り毎日愛し合っている。だから、二人の人間関係には問題があるとは思いませんよ。

何が問題なんですの?

だから、僕がおととい言ったように、レンゲさんには“足るを知る”と言う気持ちが欠けているんですよ。こだわる必要のない事にこだわっているんですよ。

こだわっていませんてばああああ。。。。あたしは、ただ。。。あたしは、デンマンさんに抱かれた時のように。。。イキたいと。。。ただ、そう思っているだけですわぁ〜。

ほら。。。ほらぁ〜〜。。。また、レンゲさんは同じことを言うゥ〜〜僕は泣き出したくなりますよぉ〜〜。んも〜〜。。。僕はレンゲさんを抱いたわけではありませんよ。去年の夏、レンゲさんは怖い夢を見たと言って僕の部屋に入ってきたんですよ。まるで8歳の女の子のように、べそを浮かべて僕の部屋にやってきたんですよ。そんなレンゲさんを見たら、むげに突き飛ばして追い返すわけにもゆかないでしょう?だから僕はレンゲさんに“怖がらないようにね。。。”と寅さんのように優しくハグしたんですよ。。。ねっ?そうだったでしょう?

そうかもしれませんわ。。。でも、。。。でも、。。。とにかく、デンマンさんのベッドの中で、デンマンさんの腕の中であたしはイッタんです。

そういう風に言うから誤解を招くんですよ。んも〜〜。。。僕とレンゲさんはエッチしたわけではないんですよぉ〜。

だったら、あたし、どのように言えばイイのですかぁ〜?

だから、誤解を与えるような場合には黙っていればいいじゃないですかぁ〜〜。

もう、言ってしまいましたわぁ。うふふふ。。。

うふふ、じゃないですよ。ったくうゥ〜〜。。。仕方ありませんよ。僕はできる限りここで弁解しますよ。

どのように?。。。うふふふ。。。。

僕をこのような苦しい立場に追い込んで、楽しんでいるのですかああああ?

デンマンさんがどのように、こじつけて説明してくださるのかと思って楽しみなんですわぁ。

ではね、まず次の定さんに関わった人の証言を読んでくださいよ。



前代未聞の阿部定事件が発覚すると、それは野火のように瞬く間に日本全国、津々浦々まで広がる勢いを示した。

各新聞は一斉に号外を出して「阿部定逮捕」を報じた。
このとき、国会では2つの委員会が開かれていた。
ところがこの号外を耳にした委員長は緊急動機を発令し会議を中断するほどだった。

委員会の全員が号外を手にして、それこそ世界大戦争が始まったかと思うほどに、血眼(ちまなこ)になって号外を読み耽った。

当然の事ながら阿部定さんが異常性欲の持ち主だと言う事が噂され、この種の噂は後を絶たない。
定さんと関係した男たちは、彼女がオーガズムに達すると体が震え出し、それから1時間近く失神していたと証言した。

中京商業高校の校長の大宮五郎先生は、最初に定さんと関係したとき、欲情した彼女の淫水が多いことに驚いて、病気ではないかと思ったと述べている。

定さんの精神鑑定をした東京帝国大学の村松常雄教授は、彼女を先天的なニンフォマニア(nymphomania:淫乱症)と診断した。

『阿部定事件の波紋と後半生』より


デンマンさんも定さんが淫乱症の女だと思っているのですか?

イヤ、決してそう思っているわけではありませんよ。僕は定さんは普通の女性とあまり変わるところがなかったと信じていますよ。

なぜ、そのように思うのですか?

むしろ、ある意味では性的に晩生(おくて)じゃなかったのか。。。?なぜならね、定さんが初めて抱かれたのは15才の時だったわけですよ。でも、男の腕に抱かれるようになって、本当に体の歓びを感じ、癒されるという思いに浸ったのは28才になってからですよ。このページの初めに引用した文章の中に書いてある通りです。

このためにデンマンさんは、初めの文章を引用したのですか?

そういうわけですよ。定さんが女性として開花したのは初体験の時から数えて13年目ですよ。でも、定さんが男に対して単純なパターンで対応していたかと言うと決してそうではないんですよね。定さんは次のように言っているんですよ。


私が変態性欲者であるかどうかは私の今までの事を調べてもらえば良く判ると思います。今までどんな男にも石田と同じような事をした訳ではありません。今までは自分を忘れて男と関係したことはなく好きな男だと思い金をもらわないで遊んだこともずいぶんありました。それでも自分を忘れず時と場合と考えて簡単に別れておりました。

例えば中川朝次郎さんにしても寝た時は良いが顔や姿の悪いアラが良く判っており、同人と関係して自分が眠っている間に帰られ、今頃は奥様を抱いているなと想像しても平気でした。

大阪で淫売している時に知り合った八木幸次郎という人は様子も良いし表面金離れもよかったし、かなり惚れ合っていましたが金もないのに取りつくろって見栄をはる様子が目に付き、別れるのを何とも思いませんでした。

今まで私はそれほどに理性が勝って男にビックリされた事もありました。

ところが石田だけは一点の非の打ち所がなく、強いて言えば品がありませんが、かえってその粋な所を私が好いたので全く身も心も惚れ込んでしまったのです。

女として好きな男を好くのは当り前です。私の事は世間に判ったから可笑く騒がれるのですが、女が男のモノをすごく好きになるのは世間にざらにあると思います。

『自伝・阿部定の生涯 その6』より


定さんは、このように自分のことをむしろ理性的な女だと思っていた。感情に押し流されて自分を見失うことはなかったと言っているんですよね。

石田吉蔵さんだけは別だったわけですね。

そうですよ。

なぜでしょうか?

“気が合う人”と言う言い方がありますよね。一口で言ってしまえば、定さんにとって吉蔵さんは、そういう人だったんでしょうね。昔からこの種の言葉はありますよ。たとえば、“比翼連理”だとか“断琴の交わり”とか。。。“以心伝心の人”とかね。。。定さんにとって、吉蔵さんは、生まれて初めて出合った“気心が通じ合う人”だった。心ばかりではなく、性的な関係でも、二人はぴったりと合う鍵と鍵穴のように、うまく気持ちが通じ合った。定さんは吉蔵さんとの関係を次のように言っていますよ。



私は石田をこのように恋慕愛着したのですが、石田のどこがそれほど良かったのかと言われても、ここと言って答えることは出来ません。石田は様子といい態度といい、けなす所は一つもなく、あれ程の色男に会った事はありません。

42才とはとても思えず、せいぜい27才か28才に見え皮膚の色は20代の男のようでした。気持ちは極く単純でちょっとした事でもとても嬉しがり、感情家で直ぐ態度に表わし赤ん坊のように無邪気で、私が何をしても喜んでくれ、甘えてたりしていました。

また、石田は寝間がとてもたっしゃな男で情事の時は女の気持ちをよく知っており自分は長く辛棒して、私が充分気持ちが良くなるようにしてくれ、口説百万陀羅で女の気持ちをよくすることに努力し、一度情交してもまた直ぐ○○○○○という精力振りでした。

私は石田が技巧だけでなく本当に私に惚れて情事をするのかどうか試したことがありました。申し上げるのも失礼やら愧(はずか)しいやらですが4月25日吉田屋を家出した時、私は○○でお腰が少し汚れていたのですがそれでも石田は厭がらず触ったり舐めたりしてくれました。

4月27日か28日頃、待合「田川」にいた時、私が椎茸のお吸物をアツらえ石田に「本当に惚れ合うと椎茸やお刺身を前に付けて喰べるんだってね」と言うと石田は「俺だってしてやるよ」と言ったのでお吸物から椎茸を出して箸でそれを私の前に差込み汁を付けてチャブ台の上に置いたところ、しばらく巫山戯てから石田がそれを半分喰べて私もそれを半分喰べました。

私が余り可愛くて気が詰まる程石田をギュッと抱きながら誰ともよい事をしないように殺しちまおうかしらと石田に言うと石田はお前のためなら死んでやるよと言いました。

私たちが5月4日か5日頃「満左喜」に居た当事は、金が続かないから家に帰らなければならないと言うので私が石田のものを取ってしまうと言うと、石田は「家へ帰ったってしやしないよ。お前だけだよ」と言ったり、冗談にせよ石田は恋の技巧がとても上手でした。

その他、石田が私に親切であったことは今まで述べた通りでしたから石田と初めて関係してから、だんだん石田に心を惹かれ、4月23日から5月7日まで2週間も待合を泊り歩いたのですから普通なら飽きが来るはずですがどうしても石田と一緒に居るとますます良くなるばかりで、一旦別れて8日から10日まで一人で居た時の嫉妬と焦燥の気持ちは今考えてもあれ程辛かった事はありません。

『自伝・阿部定の生涯 その6』より


どうですか?あれだけ自分のことを理性的な女だと言っていた定さんが自由奔放な可愛い女になって吉蔵さんにのめりこんでゆく。理性の世界から情念の世界へと自分を駆り立ててゆく衝動が定さんをすっかり捉えてしまう。こうして二人は情痴の世界に溺れて行く。ブレーキが利かなくなったのは、二人があまりにもぴったりと合う鍵と鍵穴だったからですよ。僕はそう思いますね。

分かりましたわ。デンマンさんのおっしゃることが分かったような気がしますわ。

そうですか。

つまり、あたしが洋ちゃんに抱かれてイケないのは、あたしと洋ちゃんがピッタリと合う鍵と鍵穴ではないと言うことなんですね?

そうだとは断定できませんよ。他のカップルと比べたら、清水君とレンゲさんが気心の通わないカップルだとは思えない。第一、文字通り毎日愛し合っているのですからね。

でも、デンマンさんが、定さんの調書を引用して言おうとしていることは、あたしと洋ちゃんが“比翼連理”のカップルではないと言うことですわ。

レンゲさんは、僕がこの話をしたので初めて気づいたようなことを言っているけれど、実は知っていたんですよね。でしょう?

そうやって、デンマンさんは、あたしの一番触れて欲しくないところにグサリとナイフを突き立てるのですわね?

レンゲさんは、頭の良い人なんですよ。すべて分かっている。分かっているのに、気持ちを切り替えることができない。つまり、“足るを知る”と言う気持ちになれないのは、タバコをやめたいのにタバコがやめられない人とすっかり同じですよ。

つまり、あたしの意志が弱いと言うのでしょう?

誰でも欠点がありますからね。意志が弱いと言うか、感情に押し流されやすい、という事がレンゲさんの欠点なんでしょうね。レンゲさんが、何もかも理性で割り切ったら、レンゲさんの可愛さがなくなってしまうかも知れませんよね。

そう言うデンマンさんこそ、タチが良くありませんわ。何もかも知っていて、あたしをこうして精神的にもてあそぶ。

どっちもどっちでしょう?同じ穴の狢(むじな)ですよ。狸と狐の化かし合いでしょうね。でも、そういう可愛さがレンゲさんにあるから、僕はレンゲさんに惹かれているんですよ。だから、こうして2年近くも“心の恋人”として付き合うことができるんですよ。でもね、レンゲさんが清水君に抱かれてイケないことまで僕の責任にしないでくださいよね。

していませんわ。

でもね、レンゲさんは、これから言うんですよ。“デンマンさんが、あたしを無理やり日本へ連れ戻したからこうなってしまったんですわ”とねぇ〜〜。

いいえ、あたし、そんなことは言いませんてばああああああああ〜〜

分かりましたよ。。。分かりました。そんなに大きな声で喚(わめ)かなくても聞こえますよぉ〜。

【ここだけの話しですけれどね、先手を取って、何とかレンゲさんの矛先をかわすことができました。またイクのイカないの、とレンゲさんが言いだすかもしれませんよ。へへへへ。。。とにかく、レンゲさんの話の続きは、ますます面白くなりますよ。どうか期待して待っていてくださいね。もっとレンゲさんのことが知りたいのなら、下にリンクを貼っておきましたからぜひ読んでくださいね。】

       
レンゲさんの愉快で面白い、そして悩み多い日々は
次のリンクをクリックして読んでください。

■ 『レンゲさんのこれまでの話を読みたい人のために。。。』

■ 『レンゲさんの愛と心のエデン』



レンゲさんをもっと知りたい人は。。。。

■ 『女探偵ふじこが試みたレンゲさんの素行調査』

■ 『“愛の正体” と “レンゲのテーマ”』

■ 『不倫の悦びと苦悩』

■ 『レンゲさんのように苦境から立ち上がった女 ー グロリア・スタイナム』

レンゲさんの写真を見たい人は。。。

■ 『レンゲさん、あなたは実はメチャ美人なんですよ!』

2006年05月05日

性の平等のボトルネック




性の平等のボトルネック
 

あなたは性的に抑圧されていませんか?
  


  


定さんと大宮先生

大宮五郎先生のその女中に対する態度が誠に紳士的であり、どことなくキリッとしていたので初めて会ったのですが立派な人だと惚れてしまいました。

4、5日後、今度は先生一人でお出になり水菓子等を食べながら私の身の上話を聞きたがるものですから哀れっぽい調子で同情を惹くように、東京の生れだが9つになる女の子を残されて亭主に死なれ子供を育てるためにこんなことをしていると出鱈目を言ったところ、先生は子供に何か買ってやりなさい、と言って10円くれました。
良い人だと思い、ますます惚れてしまいました。

先生は4、5日後、また一人で和服で来ましたから私に気があるに違いないと思い子供の話をしながら先生の膝に伏して涙を流すと、「そんな所へ手をやってはいけない、男だから変な気持ちになる」と、言いましたからこの時だと思い、色っぽい様子をしてなお先生にもたれかかると、先生は私を抱きしめましたので、そのまま先生を倒して関係を持ちました。
その晩、先生は将来面倒を見てやってもよいから真面目にしておれと言いました。

その2、3日後、また先生が来たのでゆっくりお会いしたいと言うと、それでは鶴舞公園付近の松川旅館に行こうと言うので、店には一寸外出すると言ってその旅館に行き先生と一緒になりました。

その後は「寿」には帰らず、そのまま付近の「福住」という小料理屋に住み込みで働き始めました。

その頃先生と松川で一回関係しましたが、何となく名古屋が飽きたので昨年6月、先生には子供が死んだから東京に帰るが松川旅館気付で手紙を出すからと言い先生から50円もらって東京に帰りました。

当時、下谷に移った稲葉家へ行き10日ばかりブラブラ遊んでいましたが、元妾をした笠原が私を結婚詐欺だと告訴し、刑事が調べに来ました。五月蝿(うるさ)く感じたので、以前知り合った浜町の淫売屋木村博さんの所で、田中加代という偽名を使って働き始めました。

客席では田中きみと名乗って高等淫売し、大宮先生には木村方に居るから来て下さいと手紙を出しました。すると昨年6月中旬に、先生が木村方に私を訪ねて来ましたから先生には木村方は姉の家だと言い、その日は品川の「夢の里」へ行き2時間位遊び浅草で活動見物しました。夕食を一緒にとってから、その晩先生は名古屋へ帰りましたが、この時30円もらいました。

その後も私は木村方におりましたが主人の木村と関係が出来ました。
やがて内縁の妻、金子静の知るところとなり、焼餅をやき家の中がゴタゴタし始めました。木村は大変な道楽者で、正妻の秀さんは木村の道楽にほとほと嫌気がさして亭主と金子とを同居させ自分は近所に別居して居たのです。今度私と木村と関係が出来てゴタゴタしたので、見かねて正妻の秀さんが仲に立って二人を秀さんの二階に同居させてくれました。私はその時から淫売を止めました。

ところが昨年7月中旬のある夕方、金子静が大宮先生が来て居ると私を迎えに来ました。静さんの家に行くともう3時間も居るとのことでした。私は嬉しく、早速支度して先生と汽車で熱海に行き「玉の井」旅館に泊りました。先生は静さんから色々話を聞いたようでした。

「お前は淫売をしても人の亭主を取っても俺は驚かない。初めから良い事をしている女ではないと思っていたが何とか救ってやりたい、ぜひ真面目になれ。俺は名前こそ話さないがお前の将来は必ず引受けてやる」
そう言って、夜通し意見してくれました。

初め先生に対する気持は一時の浮気程度でしたが、非常な潔癖性で寝間での女の扱いもうまくはなく、面白くなかったので私は頼りなく思って居たのです。でも、今度もわざわざ私を尋ねて来てくれたのだし、万事親切で私と会うと誠心誠意私を良くしようと意見してくれるので、この時シミジミ有難く思いました。先生の気持ちに動かされて将来は真面目になって先生に頼ろうと決心し、翌日沼津まで送り涙で別れました。

この時先生から30円もらい私はそれ以来淫売生活からすっかり足を洗いました。東京では木村家には行かず、稲葉家の世話になり煙草も断とうと思って近所の御祖師様へお百度参りまでして禁煙のお願を懸けました。

大宮先生とは昨年8月名古屋と東京で10回程会い、今年の5月18日に石田吉蔵を殺した直後に東京で会ったのが最後です。でも、そのときまでに大宮先生だけでは物足らなかったので、元妾をした中川朝次郎さんとも前後六回浅草の上州屋に泊って関係していました。

話が前後しますが、昨年7月中旬に大宮先生と別れ、東京へ帰ってから稲葉家におりましたが半月程経つと先生に会いたくなりました。先生は胸に丸八という徽章を付けて居りました。その徽章は名古屋市会議員か市役所の役人印であることを知っていましたから調べれば判ると思い、8月中旬、名古屋へ行き駅前でたまたま新聞を見ました。すると「大宮市議渡米」という見出しで先生の写真が出ていました。この時初めて名前や職業を知り嬉しくなり、早速電話をかけ東築港の南陽館で先生と会いました。

先生は余程困ったらしく打ちひしがれており、
「どうして名前を知ったのか?」と言いました。
新聞を見たと言うと
「そうか」と頷き「俺は学校長であるだけにお前との関係が世間に知れると生きては居られない。ピストルで俺を生かすも殺すもお前の心一つだ。将来代議士になる心づもりだからそれまで温和(おとな)しくしていてくれ、代議士になったら堂々と尋ねて来い」と言い、その時私は先生と関係がしたくて側に寄ったのですが「今日はこれで別れよう、13日には東京へ行く」と言いました。先生は元気がありませんでした。私は小遣50円をもらっただけで東京へ帰りました。

先生が8月13日渡米のため上京したので、その日「夢の里」で会いました。10月下旬、先生が帰国することを知っていましたから先廻りして名古屋で待って居ましたが、先生は帰途東京に滞在したいため、私は一人で2週間も待ち呆けてしまい、300円以上も小遣を使ってしまいました。

11月11日にようやくの思いで先生に会いましたが忙しいからと言い一時間位で別れ100円頂きました。その時の約束で11月16日豊橋で会い一日ゆっくりして50円もらい東京に帰り、間もなく大阪で会った時身体に腫物が出来て困ると言ったら
「過去の荒れた生活が悪いのだ。梅毒だろうから草津へ湯治に行ったらいいだろう」
そう言って250円くれたので昨年11月下旬から今年1月10日頃まで草津に行っておりました。

草津に一度先生が来ましたが、私が煙草を吸わなくなったのを知って驚いておりました。先生は一晩泊りましたが布団2つ敷き、私が寄っても今日は疲れて居ると言い関係しませんでした。

その時、私に夫婦や女の道を話して聞かせました。

「夫婦は生活本意で、色事は夫婦の交りのためとは言え第二の問題である。男女間でも色事は第二でなければならない。心と心と触れ合って居ればそれで満足しなければならない。俺はお前を見ればそれで安心するのだ。お前は手を握っても直ぐ眼の色を変えるほど色情が強過ぎる。男女一緒に寝ても自制出来るぐらい修養しなければならない。俺は関係しないと思えば絶対関係しない」

私は実につまらないと思いましたが、意志の強い立派な人だとも思いました。

『自伝・阿部定の生涯 その2』より


デンマンさん、また阿部定さんのことですの?

もう、飽き飽きしましたか?

あたしは退屈しませんけれど、これを読んでいる人の中には、もう、うんざりしている人も居ると思いますわ?

どうして、そう思うのですか?

だって、デンマンさんは、定さんの事を何度も何度も上のように引用したでしょう?見飽きますわ。

しかし、レンゲさんは、退屈していないと言ったじゃありませんか?

だって、あたしは定さんと似ているとデンマンさんがおっしゃったからですわ。だから、あたしは定さんの事を興味を持って読めるんですねん。

レンゲさん以外の人だって、定さんのあの事件に共感を持っている人は多いですよ。

どうして、そういうことが言えるのですか?

僕は7,8年前にバンクーバーで“愛のコリーダ”を見たんですよ。バンクーバー・インターナショナル・フィルム・フェスティバルで上映したんです。ダウンタウンの Howe Street にある Pacific Cinematheque でやっていました。

英語ではなんと言う題名だったんですか?

“In the Realm of the Senses” でしたよ。 日本語のタイトルとは感じがだいぶ違っていました。僕は日本語のタイトルのほうが好きですね。英語のタイトルは“愛”が脱落しています。

それで、誰が共感したのですか?

僕は映画館で映画を見る時にはたいてい一人で行くんですよ。

どうしてですの?

連れが居ると気が散ってしまうんですよ。だから、たいてい一人で行くんです。その時もそうでした。いつものように列が出来て、たくさんの人が並んでいました。女性もかなり見に来ていましたよ。

だから、女性の多くが共感を持っていると言うことですか?

それもあります。でも、僕が特にそう感じたのは、知り合いの女性がその映画を見ていたということですよ。レンゲさんも知っている。。。

。。。と言うと、ジューンさんですよね。でしょう?

そうなんですよ。ジューンさんと、彼女の仲の良い日本人の友達の幸子さんとユリさんでした。僕は映画館で映画を見る時には、たいてい前列から2列目か3列目で見ているんですよ。だから、僕が居る事が3人には良く分かったと言うんですよね。映画を見終わってから、帰ろうとしてロビーに出ると、3人が僕を待っていましたよ。

それで。。。?

近くのオールナイトのファーストフッドの店に入ってコーヒーを飲みながらだべったのですよ。でも、映画の感想は特に話題にはなりませんでしたよ。おそらく話題にするには刺激が強すぎたのではないのか?それで、誰もが話題に出さなかったんでしょうね。全く関係のない世間話だけをした思い出がありますよ。でも、女性にとっても見逃せないような題材である事が僕にも良く分かりましたよ。

つまり、デンマンさんの知り合いの女性が3人までも映画を見ていた。だから、女性も定さんの事件については興味を持っていると言うことですか?

そうですよ。あの事件には、女性も無関心ではいられない何かを感じるのだろうと思いますね。

それで、そのあとでデンマンさんはジューンさんのところへ行ってエッチしたのですか?

レンゲさんは、どうして僕とジューンさんのことにこだわるのですか?

だって、デンマンさんは、あたしと洋ちゃんのことばかり書くでしょう?デンマンさんは、ジューンさんのことについては何も書かないんですよ。

書いていますよ。

でも、エッチした事は今まで一度も書いてませんてばああああ〜。

僕は常々、レンゲさんは素直で正直な人だと感心しているんですよ。平均的な日本人の女性なら、このようなところで、こうしてあからさまに“エッチしたのですか?”なんて尋ねないものですよ。

そんなことありしませんわあああ。。。最近の若い子は結構あっけらかんと口にしますねん。

だから、レンゲさんの身の回りには素直で思った事をズバズバと言う女の子が多いんでしょうね。よく言うでしょう?“類は類を呼ぶ”と。。。へへへ。。。

そういう質問をすることは、女として“はしたない”と。。。デンマンさんは思っているのでしょう?

そういう風に考える人が日本人の中には多いと僕は思っていますよ。

デンマンさんはどうなのですか?

僕は、思っている事を素直に口にするレンゲさんの性格がすばらしいと思っていますよ。日本人の多くは“性的に平等だ”とか“性的に解放されている”と思っている人が多いと思いますよ。でもね、実は思っているほど平等でも、開放されているわけでもないんですよ。何度も出したけれど、次の統計がその事を実に良く物語っているんですよ。


性生活満足度ランキング最下位は日本


AP通信によると、米シカゴ大学の研究グループが29カ国・地域を対象に実施した性行動・態度に関する調査の結果が、学術誌アーカイブス・オブ・セクシャル・ビヘイビアー4月号に発表された。
それによると、性生活に満足している人の割合が最も高かったのはオーストリアだった。
71.4%が「満足している」と答えた。
一方、最も低かったのが日本で25.7%だった。

上位5カ国は、オーストリア71.4%、スペイン69.0%、カナダ66.1%、ベルギー64.6%、米国64.2%。
下位5カ国は、タイ35.9%、中国34.8%、インドネシア33.9%、台湾28.6%、日本25.7%

ただし、この研究の対象者は40歳から80歳まで。

SOURCE: AP通信 (2006年4月19日)



結論(Conclusion)

A number of sexual problems were found to be frequent in this large sample of women and men aged 40-80. Physical, social/emotional, and relationship factors were all found to have a significant impact on the prevalence of one or more sexual problems. In addition, we observed an important gender difference: increasing age was more consistently associated with sexual problems among men. Thus, sexual problems among women and men appear to share similar correlates, but physical factors may play a larger role among men. However, as men age, there may be more psychological and relationship issues as well that influence their sexual satisfaction and performance.

性的問題で肉体的要素が占める割合は、年を重ねるにつれて男性の方に大きく影響する。
しかし、心理的な要素、パートナーとの人間関係が、肉体的要素と同様に性的満足感とパーフォーマンスに大きな影響を与えているようだ。

SOURCE: 
“Sexual Problems Among Women and Men Aged 40-80”


分かるでしょう?本当に性的に平等で、性的に解放されているならば、夫婦の間でも、恋人の間でもレンゲさんのように素直に率直にセックスのことを語れるものなんですよ。

デンマンさんは、そう言いつつもあたしをコケにしようとしているのではありませんか?

違いますよ。僕は率直にレンゲさんの素直な性格がすばらしいと思っているんですよ。でもね、日本人の多くは、実際には、気になるセックスの話などオープンに語れないものなんですよ。それがしこりになって、夫婦や恋人たちの間の性的な問題が、ますます深まってしまう。それで、上のような統計になって表れる。日本人の間では、とりわけ、自分たちカップルが特別だとは思っていない。

どうしてですか?

なぜなら、右を向いても左を向いても同じように問題を抱えているカップルが多いから、それが当たり前だと思ってしまう。でもね、こうして他の国と比較してみると、日本人の性意識と言うものは、きわめて閉鎖的だと言う事が良く分かるんですよ。それで性生活の満足度も低い。もし、日本人の多くが、レンゲさんのように素直に率直にセックスの話ができるならば、このように問題を抱えて、性生活に不満を持つ夫婦が多くなるはずがないんですよ。

だからああああ〜、デンマンさんも素直に率直にジューンさんとエッチした事をこの場で話してくださいよ。

そうなんですよね。素直に語らないで、黙っていると、次のような不満を抱えている妻たちのようになってしまう。それで、生パンツに当り散らす事になるんですよね。うへへへ。。。。



夫のパンツは雑巾と便座カバーと一緒に洗濯します。

夫のパンツを洗うために大学を出たんじゃないわ!

夫のパンツを見るとムカつく!

夫のパンツの中にムカデを入れておいたわ。

汚い夫とは、もう2年やってません。

ウンチの付着した夫のパンツを洗わされるのはもう嫌です。

私の横でパンツいっちょになった夫のパンツを見たら吐き気を催(もよお)しました。

夫のパンツは汚いから、捨てる割り箸でつまんで洗濯機に入れています。

夫のパンツと一緒に自分のパンツは洗いません。

最近、夫のパンツを見るのもイヤです。


デンマンさん、んも〜〜。。。あたしは、妻たちが夫の生パンツをどう思っているのか?。。。なんて聞いているのではありませんてばあああ〜。あたしはデンマンさんとジューンさんがどのようにしてエッチしているのかを聞いているのです。だから、その事を書いてくださいな。

そうですよね。戦後、女性が性的に“解放”されたのは、『完全なる結婚』だとか『夫婦生活』が出回った事がかなり影響したようですよね。女性が“性の平等”に目覚めたのもこのような本や雑誌の影響を見過ごす事は出来ないですよね。

デンマンさん、いい加減にしてくださいな。あたしは、戦後の女性がどうだったか?なんて聞いていませんわ。あたしはデンマンさんとジューンさんのことを話しているんですわあああ〜

分かってますよ。でもね、モノには順序と言うものがありますよ。話すべきことを話さないとジューンさんの話しに入ることが出来ませんよ。

。。。で、話すべき事とはナンですの?

だから、その事を話そうとしているんですよ。

分かりましたわ。。。とにかく、短めにお願いしますわ。

そういうわけで、それ以外にも扇情的でショッキングなカストリ雑誌がたくさん発行されたんですよ。でもね、そういうものは、ちょうど現在の“日本のネット”のように“低級桃色風俗ポルノサイト” や “低級桃色風俗エログ”と変わらないものだった。もう、読む人だってそのような低級な物には目もくれなくなってしまった。そういう中から、比較的読み応えのある真面目な本や雑誌が現れた。それが『完全なる結婚』だとか『夫婦生活』だったわけですよ。

デンマンさん 。。。

なんですか?

短めにお願いしますわ。

分かってますよ。。。それで、このような本や雑誌の影響を受けて、戦後、確かに“性の平等”に目覚めた人は多かった。しかし、現在、本当に性の平等になっているか?僕はそうは思っていませんね。日本に本当に“性の平等”が根付いているならば、上のような統計は表れないはずですからね。性生活満足度が25.7%なんですよ。なぜなのか?どうして他の国に比べて、これほどまでに低いのか? なぜなら、心理的な要素、パートナーとの人間関係が、肉体的要素と同様に性的満足感に大きな影響を与えているんですよ。分かるでしょう?

デンマンさん、まだ続くのですかあああ?

あと、ちょっとだけ。。。

とにかく、短めにお願いしますよね。

わかってますよ。。。そういうわけで、問題は肉体的要素と言うよりも、むしろ心理的なもの、人間関係にあるんですよね。僕は、5年ほど前に、長年連れ添った妻が夫のパンツを別々に洗濯すると言う話を聞いたことがあった。だったら、現在の日本では妻が夫のパンツに対してどのような感想を持っているのか?ためしに調べてみたのが上で引用したものなんですよ。つまり、上の満足度25.7%の数字の裏には、このような心理的な要素、パートナーとの人間関係が隠されているというわけですよね。これは、もう性生活以前の問題ですよ。僕の言おうとしている事が分かるでしょう?

デンマンさん。。。

なんですか?

その事なら、おとといだったか、いつだったか、デンマンさんがすでに書いていましたわあああ。

そうでしたか?

デンマンさん、とぼけないでくださいよ。んも〜〜。デンマンさんは、余計な事を長々と書いて、結局、あたしがデンマンさんとジューンさんの性生活の事を尋ねると、“この記事が長くなりましたからね、またあさってね。。。”とか、何とか言って、またヒヨるのでしょう?

違いますよ。

だって、同じことの繰り返しですわああああ。。。。

繰り返しだって。。。言うけれど、レンゲさんは、読んでいたのですか?

もちろんですわ。少なくとも一度は読みますわ。せっかくデンマンさんが一生懸命になって書いてくれたのですもの。。。

そうですか。。。でも、レンゲさんは忘れっぽいからねぇ〜〜

忘れませんわ。覚えていますよ。だから、同じ事を繰り返さないでくださいな。。。もう、すんだのですよね?。。。それで、ジューンさんと最後にエッチをしたのはいつですの?

まだ、。。。まだですよ。。。すんでいませんよ。重要な事が残っていますよ。

んも〜〜。。。手短にお願いしますわぁ〜。

つまり、僕が言いたいのは、日本は戦後、焼け野原から経済復興を遂げて、経済大国になった。ハイテク工業立国にもなった。世界で有数の長寿国にもなった。このことを自慢に思っている日本人は意外に多いですよ。でもね、こうして性生活満足度の調査をすれば、日本人の夫婦生活が外国と比べてすっかり荒(すさ)んでいることが、はっきりと表れてしまう。ある意味で日本では、夫婦生活が崩壊しています。夫婦の間が満足でないのですからね。家庭全体に良い影響が出るわけないんですよね。だから、家庭が崩壊している事も頷(うなづ)けますよ。今夜のテレビニュースを見てくださいよ。このような家庭に育った子供が現在問題を起こしているんですよ。はっきり言って、夫婦の間がうまくいっていないのだから、家庭がうまく行っているわけがない。家庭教育に悪い影響が出ている。家庭教育などやっている心のゆとりもないでしょうね。だから、常識では信じがたいような犯罪が起きてしまう。

デンマンさん、。。。

なんですか?

それも、繰り返しですわ。

僕は前に書いていましたか?

とぼけないでくださいな。んも〜〜。。。デンマンさんは、あたしを煙に巻いて今日も記事が長くなったと言って、ジューンさんのことを書かずにこの記事を終わらせようとしているのですわ。あたしは、騙されませんわ。今日こそはデンマンさんからジューンさんとエッチした時のことを聞かせてもらいますわぁ〜。

どうして、レンゲさんは僕とジューンさんのことにこだわるのですか?

こだわっているのではありません。順序として、あたしと洋ちゃんの事が終わったから、今度はデンマンさんとジューンさんの番です、と言っているのですわ。

レンゲさんと清水君の事は、まだ終わったわけではないんですよ。

そうかもしれません。でも、切りがいいので、ここでデンマンさんがジューンさんとエッチした時の事を話して欲しいのですわ。

どうして、僕がジューンさんとエッチした事をここで書く必要があるのですか?

だって、デンマンさんは、あたしと洋ちゃんが夜桜を眺めながらエッチした時の事を、写真を貼って何度も書きましたわ。



この写真が、それですわ。デンマンさんだってご存知でしょう?

もちろん知ってますよ。僕が貼り付けたんですから。。。それにしても、結構、明るいんですね。。。誰か覗きに来ませんでしたか?うへへへ。。。。

そのような事はどうでもいいんですの。。。あたしは、デンマンさんとジューンさんがどのようにエッチするのか知りたいんです。

このブログはエログではないんですよ。アダルトになってしまうでしょう?

だから、あたしと洋ちゃんの時のように、書ける範囲で書いてくださればいいのですわ。

やっぱり、レンゲさんはこだわるのですか?

こだわっているのではありませんてばあああ。んも〜〜。。。デンマンさんだって、おっしゃっていたではありませんか?セックスの事も素直に語ることが大切だと。。。日本人は性的に解放されていると思い込んでいる人が多いけれど、実際には閉鎖的な人が多く、そのために外国のカップルと比較すると、性生活に満足している人が極めて少ないと言う結果になってしまう。。。デンマンさんは、こうおっしゃったんですよ。

レンゲさんは、結構、理解していますね?

だから、デンマンさんも、ジューンさんとの事を包み隠すことなく素直に語って欲しいのですわ。

僕は。。。

なんですの。。。?

僕はジューンさんとエッチしていませんよ。

うっそおォ〜〜

うそじゃありませんよ。

そんな事、絶対に信じられませんわ。。。デンマンさんは、あたしをまた、コケにするのですか?からかうのですか?

僕はマジですよ。そのために、長々と定さんの事をこの記事の初めに引用したのですよ。

定さんの上の引用がどのように関係していると言うのですか?

大宮先生は引用の中で次のように言っているんですよ。


夫婦は生活本意で、色事は夫婦の交りのためとは言え第二の問題である。
男女間でも色事は第二でなければならない。
心と心と触れ合って居ればそれで満足しなければならない。
俺はお前を見ればそれで安心するのだ。
お前は手を握っても直ぐ眼の色を変えるほど色情が強過ぎる。
男女一緒に寝ても自制出来るぐらい修養しなければならない。
俺は関係しないと思えば絶対関係しない。


つまり、デンマンさんは大宮先生と同じ考え方を持っているとおっしゃるのですか?

すっかり同じだとは言わないけれど、“関係しないと思えば絶対関係しない”と、僕にも言う事ができますよ。ちょうど、このブログのようにね。

どういうことですか?

雨が降ろうが、風が吹こうが、雪が降ろうが、槍が降ろうが、平日だろうが、休日だろうが、毎日2つづつ記事を書くと決めたら、システムが不具合になっていない限り、僕は絶対に2つづつ記事を書きます。実際、僕はこれまで、そうしてきましたよ。ウソだと思ったら、僕のブログを初めから読んでみてくださいよ。

その事はあたしも認めますわ。でも。。。でも、次のことはどう説明なさるのですか?


お仕事抜きで、しかも俗事に煩わされずに私の好きな方と恋を語らえたらどんなにすばらしいかと、しみじみとそう思いました。

そしたら、(デンマンさんは)私の心を見透かしたように

「仕事でも、僕はジューンさんと二人っきりで、こうして食事が出来るのは充分にロマンチックなんだよ。ボカー幸せだなァ〜!」

どこかで聞いたようなせりふをデンマンさんは、ぬけぬけとおっしゃるんですよ。

私、なんとお返事していいものか迷ってしまいました。

ええ?どうご返事したのかって?

私は言いましたよ。

「デンマンさん、日本の女性週刊誌によると、そういう会話はセクハラになるんですってよ。。。」

そしたらデンマンさんがおっしゃいました。

「ジューンさん、ここはカナダのバンクーバーなんだよ。セクハラは和製英語!この国にはセクハラなんて、けちな言葉はないんだからね。へへへへ。。。」

ですってェ〜〜。 んも〜〜!

お食事の後で、デンマンさんは私をお部屋までエスコートしてくれました。そしてドアの前でお休みのキッス。

いつもより長めでした。フレンチキッスになりそうだったので私は、デンマンさんの胸板を突き飛ばして、はっきりと言いましたよ。

「デンマンさん、あしたは、お仕事があるんですよね?」

「仕事1日延期しようか?」ですってェ〜。まったく、も〜!

「わたし、あしたのお仕事の準備がありますから。。。」

「僕が手伝ってあげようか?」助平な(失礼!)笑いを浮かべて、そうおっしゃるんですよ。

デンマンさんとお話していると、どこまでが冗談でどこまでが本心なのか、よく分からなくなることがあるんですよ。でも心の優しい良い方ですからね、私もめったにデンマンさんの心を傷つけるようなことは言いたくないんです。それでとっさに言いました。

「デンマンさん、日本では奥様と久しぶりにお会いになってよかったですね。私はとてもあてられてしまいました。デンマンさんって、奥様をとっても愛していらっしゃるんですのね。。。」

そしたら、デンマンさん、妙な薄笑いを浮かべて、鼻の頭を人差し指でこすったりしておっしゃるんですよ。「ウン、僕は愛妻家だからね。へへへへ。。。」

「だったら、奥様以外の女性にフレンチキッスするのって、ちょっとまずいんじゃないのでしょうか?」

「ジューンさんにそう言われると、もう僕は塩を振りかけられたナメクジになっちゃうんだよなァ〜」ですってェ。

そう言うと、ニヤニヤしながらご自分のお部屋へ戻って行きました。

『不倫した私を差別しているのですか?』より


この時、ジューンさんがデンマンさんをお部屋に入れたらどうなさったのですか?

そういう仮定は意味がありませんよ。

どうしてですの?

ジューンさんは部屋に入れないだろう、と僕には初めから分かっていましたからね。

それなら、どうしてフレンチキッスなどなさったのですか?

僕は聖人君主ではありませんからね。ちょっとした出来心と言う事はありますよ。

だから、デンマンさんは、ジューンさんとエッチしたかったのでしょう?

僕はそこまで思いつめてキスしたのではありませんよ。そこまでの事を決めていたなら、無理やりジューンさんの部屋に押し入ったでしょうね。

では一体。。。?

食後のデザートですよ。へへへ。。。

ジューンさんとのフレンチキッスが食後のデザートだとおっしゃるのですか?

いけませんか?

。。。つうことわあああ。。。あたしは、食後のデザートにもならないと。。。?

違いますよ。レンゲさんにフレンチキスしたら、またメインコースが始まってしまいますからね。

【ここだけの話しですけれどね、今日はちょっぴり格調高かったですよね。なにしろ、フレンチレストランでディナーをとった後のフレンチキッスでしたからね。。。それに相手がジューンさんでした。へへへへ。。。とにかく、レンゲさんの話の続きは、ますます面白くなりますよ。どうか期待して待っていてくださいね。もっとレンゲさんのことが知りたいのなら、下にリンクを貼っておきましたからぜひ読んでくださいね。】

       
レンゲさんの愉快で面白い、そして悩み多い日々は
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■ 『レンゲさんのこれまでの話を読みたい人のために。。。』

■ 『レンゲさんの愛と心のエデン』



レンゲさんをもっと知りたい人は。。。。

■ 『女探偵ふじこが試みたレンゲさんの素行調査』

■ 『“愛の正体” と “レンゲのテーマ”』

■ 『不倫の悦びと苦悩』

■ 『レンゲさんのように苦境から立ち上がった女 ー グロリア・スタイナム』

レンゲさんの写真を見たい人は。。。

■ 『レンゲさん、あなたは実はメチャ美人なんですよ!』