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2007年04月21日

引越しっていくらぐらいかかるの?



引越しっていくらぐらいかかるの?



こんにちは。
いつも元気で陽気なジュンコです。

新しい学校決まりました?
新しい仕事決まりました?
もうすでに、あなたは引っ越しているかも知れませんよね。

でも、まだだったら、ちょっと考えてみてくださいね。
引越しは上手に無駄なく行いたいものです。
忘れがちな引越しのチェックポイントを整理してみましょうね。

ゴミの処分

引越しの時のつき物がゴミの処分です。
使わないものは引越しを機会に整理してしまいたいものです。
ただ、粗大ゴミを出すのは結構面倒になってきています。
事前に連絡して取りに来てもらう必要がありますので、
早めに連絡して取りに来てもらう日を決めましょう。
取りに来る日が遅くなって、結局捨てるつもりのものを引越しの時に持っていかざるを得ないというようになるのは避けましょうね。

古くなったピアノなどは、この際買い取ってもらいましょう。
あなたのためにピアノ買取一括査定サイトを紹介しますね。
次のリンクをクリックして無料で査定してもらってください。

『古くなったピアノは買い取ってもらいましょうね。一括査定サイトでいくらで売れるか調べてね』



諸手続き

転入・転出届け、電話、ガス、水道、電気などの手続きはスムーズに行えるように準備しておきましょうね。
特に生活に必要なガスや水道、電気などは早めに連絡して止める日と引越し先で利用開始する日を決めておきましょう。
住所変更が必要なものについても何があるのか整理して忘れないようにしましょうね。
郵便局に転送手続きをするのも忘れないようにしましょう。

引越し屋さんの手配

まず、絶対に忘れてはならないのが、引越し業者の手配です。
引越しシーズンだと、急に頼んでも希望の日に来てもらえません。
だから、早めに日程を調整して手配しておきましょう。

当然のことですが、信用の置ける、信頼できる、しかも安い引越し屋さんがいいですよね。
あなたのために見積もりをしてくれるサイトを紹介します。
関心があったらぜひ次のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『引越しっていくらかかるの?ワンクリックで最大7社から見積もりが取れるますよ!』



この機会にあなたも引越しってどれぐらいかかるのか、見積もりを取り寄せてみませんか?
もちろん無料ですよ。
今から心の準備をしておくのも良い事かもね。。。
昔の人も言いました。

“備えあれば憂(うれ)いなし!”

では、あなたも憂いのない生活を目指して元気に頑張ってくださいね。



あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク



■ 『アクセスアップのための掲示板』



■ 『あなたのための クレジット カード ガイド』



■ 『あなたのための ローン ガイド』



■ 『住宅ローン・ビジネスローン ガイド』



■ 『きれいになったと感じさせる下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『なつかしの映画・TV番組(うら話)掲示板』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『興味深い写真や絵がたくさん載っている世界の神話』



■ 『ブログに記事を書いてお小遣いをもらおう!』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

■ 『辞書にのってない英語スラング』

■ 『オンライン自動翻訳利用法』




おほほほほ。。。。

また現れて、

くどいようで

ござ〜♪〜ますけれど。。。

あたくしも近い内に

お引越しをするので

ござ〜♪〜ますのよ。

これが実に大変なのよね。

なにしろ、この十二単を着ているでしょう。。。

思うように動きが取れないのよ。

だから、もうすべてを

引越し屋さんに任せようと思うのですわよ。

。。。となると、お値段も高くなるのよね。

それで、ガメツイあたくしは

当然のことながら

7社から見積もりを取って

最も安いところに

頼むのでござ〜♪〜ますのよ。

うふふふふふ。。。

あなたもお引越しを考えていたら

ぜひ利用してみてね。



ところで、この漫画を見てあなたはどう思いますか?

誰にとっても最悪な状態でしょう?うしししし。。。

これを見てね、たくさんの人が面白いことを書いてんのよ。

あなたもちょっと覗いて見ないこと?

次のリンクをクリックして覗いてみてね。

『こういうのって、どう?面白いでしょう?

何か一言いってよ』


実に面白いわよ。

とにあく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。






2007年04月06日

ペルシャ人が飛鳥にやってきた



 

ペルシャ人が飛鳥にやってきた




卑弥子でーす。こんにちは。

今回は「卑弥呼」にあやかって

巫女さんの格好で出てまいりましたわ。

似合っているでござ〜♪〜ましょうか?

うふふふふ。。。

どうして巫女さんになって出てきたのかって。。。?

あたくしの背景になっている

神社のことをちょっとお話しようと思ったからです。

あたくしの両側にあるもの、これ何だかお分かりでしょうか?

そうです。「狛犬(こまいぬ)」だとか

「唐獅子(からじし)」だとか言われていますね。

日本の狛犬のルーツは平安時代、

天皇、皇后の御帖台の前に置かれた

獅子、狛犬ではないかと言われています。

獅子は口を開いていて、たてがみは巻き毛です。

狛犬は口を閉じていて、たてがみは直毛で角があります。

それが神社などの社殿の中や縁に厄除けとして

木製の獅子、狛犬が置かれるようになりました。

社殿中や縁から参道に出されて置かれるようになるのは

1600年代からと言われています。

このときに石造りになったようです。

この神社のように参道をはさんで対になって

配置されているものが多いのですが、

地域、時代によってその姿や形には、

かなりの変化があります。

でも、この「狛犬(こまいぬ)」と「唐獅子(からじし)」、

一体どこから来たのでしょう?

では、デンマンさんにバトンタッチいたします。




うしししし。。。
こんにちは。デンマンです。
そう言う訳で今日は「狛犬(こまいぬ)」と「唐獅子(からじし)」のルーツをたどってゆきたいと思います。

狛犬(こまいぬ)と唐獅子(からじし)は

ペルシャからやって来た




実はカットグラスが飛鳥時代に日本に伝えられています。
長い時間をかけて、シルクロードを伝わって日本にたどり着いたのですよ。
この事については次のページで詳しく説明していますので興味のある人はクリックして読んでみてくださいね。

■ 『飛鳥とシルクロード』

ペルシャから伝わったのは、何もカットグラスだけではありません。
実は狛犬(こまいぬ)と唐獅子(からじし)もペルシャから伝わったようです。
もちろん、これもシルクロードを西から東へと伝わってきたのです。



ペルシャから日本へ伝わるまでに、どのような変化を見せたのか、
次に示す写真で見てください。



ペルセポリスの獅子

Lion stone carving at Persepolis


これがペルセポリスの宮殿に飾られていた獅子です。
獅子と言うよりもライオンですよね。
写実的です。
幼稚園児に見せてもライオンを見たことがあるならば、ライオンと答えるでしょう。

このペルセポリスと言う都市は、古代ペルシャの首都です。



ペルセポリス遺跡

Persepolis Ruins


紀元前3000年頃よりイランの地にはエラム人が文明を築いていました。
2000年紀に入るとロシア南部で遊牧生活を送っていたアーリア人が南下を開始します。
彼らはエラム人を追放し、さらにはメソポタミアを統治支配していた最強のアッシリアを滅亡させて、メディア王国を築きます。
狭義のペルシア人たちは、そのメディア王国に従属しながらザグロス山脈の南にあるパールサの地に住んでいました。

紀元前550年ごろ、メディア王の臣下でペルシアを統治していたキュロス2世はメディア王家の内紛に乗じてこれに叛旗をひるがえします。
その結果、メディアとペルシアを併合してアケメネス朝ペルシアを建国しました。

キュロス2世(在位BC559〜530)はパサルガダエを首都にしました。
しかし、第3代のダレイオス一世が紀元前522年ごろ即位すると、
パサルガダエから西南四十キロの荒涼とした丘陵地に新都建設を命じました。
建設事業はクセルクセス一世(在位BC486〜465)、アルタクセルクセス二世(在位BC465〜424)へと引き継がれ、完成までに結局60年かかったのです。
これがペルセポリスです。
このペルセポリスの宮殿に飾られていたのが上のライオン像でした。



トルファン(吐魯蕃)の獅子

これは清朝時代に作られたといわれています。
清の時代ですからだいぶ時代が下ります。
しかもトルファンで作られています。

上の地図で見て分かるとおり、
トルファンはペルシャと日本のちょうど中間地点に位置しています。
ライオンを見たことのある幼稚園児でも、これをすぐ見てライオンだと答える子は10人に3人ぐらいでしょうか?
多分、犬と答えるでしょうね。
怖い顔をした犬のように見えませんか?
明らかに作者はライオンを見たことが無いですよね。



北京・紫禁城の獅子

これはライオンと言うよりも“獅子”ですよね。
つまり、様式化されて現実のライオンではなくなってしまっています。
完全に中国様式に基づいて作成された“獅子”になっています。



慶州(キョンジュ)掛陵(クエヌン)の狛犬

掛陵は8世紀末の元聖王の御陵で、
新羅統一時代の陵墓制度が、
完備した時代の代表的な陵とされています。

中国の獅子を真似て作られているのが良く分かります。
しかも、ライオンよりも犬のようになっています。
名前も“狛犬(こまいぬ)”です。
作者はライオンを彫っているとは思っていなかったでしょう。



八坂神社の獅子

これが日本で製作された獅子です。
上の写真を見てすぐ分かることは、ペルセポリスのライオンがもっとも写実的で、製作者は明らかに、本物のライオンを見たことがあるということが分かります。
しかし、トルファンも含めて、それよりも以東のライオンは、全く想像上の生き物としか思われません。
作者は、明らかに、本物のライオンを見たことがないのです。

獅子が古代韓国に伝わる頃には、獅子は獰猛(どうもう)な犬というイメージで受け入れられたようです。
おそらく、ペルシャ人がライオンをまだ一度も見たことのない中国人や韓国人に説明する時、獰猛な犬のようだ、と言ったのでしょう。
それが日本へ伝わると狛犬(こまいぬ)、つまり「高麗(こま)犬」になったのです。
高麗とは日本書紀では高句麗のことです。

半島では663年に百済が滅び、668年に高句麗が滅んで新羅が朝鮮半島を統一します。
その新羅も918年に滅んで、高麗(こうらい)に取って代わられます。
この王朝が1392年まで続きます。

高麗の武将である李成桂が王位を譲り受けた形で、翌年に新しい王朝を立てます。
これが李氏朝鮮です。
1896年に大韓帝国になり、1910年、日本に併合され、1945年に独立します。

日本人の間では、ライオンは「唐獅子」と共に「狛犬」という言葉になって、語り継がれたわけです。
ペルシャから飛鳥へやって来た石工が獅子像をたくさん作ったはずです。
しかし、写実的なライオン像は日本人の目には、むしろ想像上の生き物に見えたことでしょう。
時代が下るに従って、写実的なライオン像よりも「伝統的な」唐獅子や狛犬の方が主流になってゆき、それが、現在私たちが目にする唐獅子や狛犬となって残っています。

写実的なライオン像は、人気がなくて、作り変えられたか、壊されたのでしょう。
亀石のように大きなものを作っていれば、壊されずに残っていたでしょうが、残念ながら巨大なものは作らなかったようです。

ペルシャの石工がやって来た

証拠でもあるの?


蘇我氏が飛鳥寺を建立するために、百済から招いた寺工、鑪盤(ろばん)博士、瓦博士、画工らはペルシア系の人々であったと言われています。
また、仏師の司馬達等(しばのたつと)親子はペルシャ人であったらしいのです。 
ちなみに、司馬達等は鞍作止利(くらつくりのとり)のおじいさんです。



天平八年(736年)、遣唐使に従ってきた李密翳(りみつえい)もペルシャ人でした。
天平勝宝六年(754年)、鑑真和上に随行して来日した安如宝もペルシア人であったと伝えられています。
このように古代日本には、ペルシア人は案外多く来訪して、その文化を伝えていたようです。

「日本書紀」には、トカラ人饗応の記述がみられます。
トカラについては、ペルシア、またタイ、ビルマ、メコン川流域など、いろいろな説があります。
まだ定説というものがありません。

斉明紀六年七月条に「覩貨羅人乾豆波斯達阿(とくわらのひとげんづはしだちあ)」とあって、「乾豆波斯達阿」という名前らしい表記があります。
「日本古典文学大系本」の頭注にしたがうと、固有名詞かどうかは疑問として、乾豆は賢豆などと同じくインド、波斯はペルシャをさし、達阿はインドの人名の語尾らしいとあります。
この表記からおおよそ推定するならば、日本よりはるか西方の南アジアの一地域かと思われます。
しかし、断定できる資料がありません。

もっともオーソドックスな解釈では西域の吐火羅(とから 覩貨邏)、つまり中央アジアのトハラ(現在のブハラ、Bukhara)であるとされています。



トハラ族(Tokhara、覩貨邏)は、古代中央アジアの遊牧民で「トカラ」族とも言われます。 
サカ(インド=スキタイ)系と言われ、バクトリアへ移動後、大月氏に征服され、クシャーナ朝の中核となりました。
なお、現在のアフガニスタンの北部にある彼らが住んでいた土地は現在「トハラ」または「トゥハーリスターン」と呼ばれています。
その中心は古代にはバクトラ(現バルフ)、中世はクンドゥズに置かれ、東西交通の要地としてバクトリア王国、大月氏国、クシャーナ朝などの政治・文化の中心でした。

シルクロードの彼方から文物のみか、ペルシア人も渡来したという事については根強い支持があります。

しかし、日本書紀に従うと、ペルシア人だけが船に乗って漂着したり、男だけが本国に一時帰るというのは、ちょっと不自然です。

さらに書紀には『百済』と『都貨羅(トカラ)』の皇子を人質にしたとあります。
この場合、都貨羅を中央アジアのトハラと考えるには無理があります。

結論を先に言えば、僕は「トカラ」が二つの地名をさしていると思います。
一つは中央アジアのトハラ、もう一つは耽羅(トムラ又はタムラ)、つまり継体紀に一度名前の出てくる済州島です。
地理的位置と、百済との服従関係を考慮すると、初期の記述も十分に理解することができます。
従って、飛鳥にはペルシャからも済州島からも石工がやって来ていたと思います。

ただし、個々の石造物を見てゆくと、ペルシャの作風が見て取れるものがあり、ペルシャ人の石工の存在を無視することができません。
では、さらにいくつかの石造物を見てゆきたい思います。
まずは、猿石をジックリと見てください。

■ 『猿石の謎』

実は、ここまでの事は僕が2003年8月2日に『新しい古代日本史』サイトで書いたことです。
オリジナルは次のリンクをクリックすると読めます。

■ 『ペルシャ人の石工が飛鳥にやって来た』

なぜ、また同じ記事をブログに書く気になったのか?
すぐ上のページのフォームメールを使って今年(2007年)の4月3日にコメントを書いてくれた人が居たのですよ。

これまで『新しい古代日本史』サイトの記事にコメントを書いてくれる人はほとんど居なかったのです。
なぜなら、そのフォームメールが英語版なのですよ。
だから、コメントを書いてはみたものの、
確認ボタンをクリックすると英語のページが表れるので、何かの間違いではないかと思って送信するのを止めてしまうのでは。。。?
僕は、コメントが少ないことを、そのような理由だと思っていたわけです。

どうして最近、『新しい古代日本史』サイトの記事を読んでコメントを書く人が多くなったのかと言えば、
本吉さんが書いてくれたコメントを僕が紹介したからだと思っています。

この本吉さんについては次の記事を読むと詳しく書いてあります。

■ 『日本人はどこからやってきたの? 2007-03-19』

■ 『ネットの愚民 2007-03-27』

次のコメントを書いてくれた北田さんも僕のブログの記事を読んで『ペルシャ人の石工が飛鳥にやって来た』のページにたどりついたのではと、僕は推測しています。
では、北田さんのコメントを紹介します。



Subj: Bravenet Form Processor
Date: 02/04/2007 10:45:50 PM Pacific Daylight Time
From: servicemail@bravenet.com
To: barclay1720@aol.com


MESSAGE SENT THROUGH YOUR WEBSITE

This form was submitted: Apr 02 2007 / 22:45:24

userid = barclay1720
FreeCity = oldhist-persiad-superb
Your_Name = 北田 ○○
Your_Email_Address = webmaster@○○○○.com
Comments:

もう知っているともいますが、徐福を調べたらおもしろいと思います。

徐福伝説
http://www.asukanet.gr.jp/tobira/jofuku/jofuku.htm

徐福が海人族(あまぞく)になり、
泰氏になったのではと。
そしてユダヤ人(ペルシャ人?)だったのではと思います。

北田 ○○ Good luck! Q(⌒o⌒)Qchan




僕はさっそく次のような返信を書きました。



Subj: 北田さんコメントありがとうございました。歴史馬鹿のデンマン(加藤)です。
Date: 03/04/2007 2:21:23 PM Pacific Daylight Time
From: barclay1720@aol.com
To: webmaster@○○○○.com




北田さん
コメントありがとうございました。

『ペルシャ人の石工が飛鳥にやって来た』
http://barclay.e-city.tv/oldhist/persiad.html

上の僕の記事を読むまでもなく、
かつて松本清張さんもペルシャ人と飛鳥文化の関わりを書いていました。
調べれば調べるほど飛鳥文化には渡来人の跡がたくさん残っていますよ。
古代史のロマンを感じさせてくれます。

うん、うん、うん。。。
徐福のことは、ご指摘のとおり古代日本史とは切り離せない人だと10年ほど前から関心を持っていました。
『徐福伝説に隠された意味 (仮題)』と言う記事を書こうと思って10年以上ほったらかしのままです。

『新しい日本古代史目次』
http://barclay.e-city.tv/oldhist/list.html

すでにリンクまで作って上の目次の中に入れてありますよ。
この事にも関連して4月6日に記事に書きたいと思います。
また気が向いたら僕の記事を読みに来て下さい。
まずはお礼まで。。。

(*^_^*)キャハハハ。。。

歴史馬鹿のデンマン(加藤)でした。
じゃあね。


日本の古代史に関心のある人は、おそらく徐福の名前を知らない人は居ないと思います。
この徐福伝説は日本の各地に伝えられています。
なかでも、和歌山県の新宮には、大昔、徐福がその仲間とやって来て住み始めたという伝説が多くの人に知られています。
しかも、徐福にゆかりの“名所”、“名物”が新宮市にはたくさんあるんですよ。

まず、新宮駅の近くには徐福公園があります。
中国風の楼門がひときわ鮮やかな公園です。
園内には、徐福の墓や顕彰碑があり、
徐福の重臣たち7人を祭った七塚の碑などがあります。



徐福とは、中国の歴史書『史記』によれば、今から約2200年前、秦の始皇帝に方土(仙術者)として仕えた人です。
皇帝の命令で不老不死の霊薬を探しに、東方に浮かぶ蓬莱の島に向かって出航したのです。
熊野で不老長寿の木といわれる天台烏薬を見つけたのですが、気候温暖で風光明媚な土地柄を気に入り、熊野を永住の地としたと伝えられています。

土地を開拓し、農耕、漁法、紙すきなどの技術を伝えたといわれています。
毎年8月12日と13日には徐福を供養する万燈祭が行われ、花火や盆踊りで賑わいます。

実は僕が泊まったのも、駅の近くの“徐福ホテル”でした。
また、駅前にはサンマずしで有名な“新宮名物 徐福寿司”まである。
これだけじゃない!
「徐福茶」「徐福ロマン」など徐福に関連した商品が街にあふれている感じです。
とにかく、呆れるほどでした。

しかし、新宮だけじゃないんですよね。
九州の佐賀平野、筑紫平野にゆけば、やはり多くの徐福ゆかりの地があります。

調べると、徐福ゆかりの地は、九州、四国、中国、近畿、中部地方というように
西日本を網羅するように広がっています。
これだけ伝説が各地に散らばっていると、
やはり、徐福について書かねばならないなあああ〜
また書きたいなあああ〜
そう思いながら10年が過ぎてしまいました。
そのうち書こうと思っています。

では。。。



ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

ためになる記事



■ 『デンマンのブログを削除した管理人に対する公開抗議文とその面白い顛末』

『あなたが思う存分楽しめるデンマンのポータルサイト ビーバーランド XOOPS 3世』



このオニイちゃんは、どうして喜んでいるのでしょうか?
もちろん、きれいな看護婦さんが来てくれたからですよね。

この絵を見て、いろいろと面白いことを書いた人たちが居ます。
あなたはどんな事を言いたいですか?

他の人が書いたコメントを読みたいと思いませんか?
次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『こういうのって、どう?面白いでしょう?何か一言いってよ』

■ 『日本は軍国主義への道を歩んでいるのでしょうか?』

■ 『2ちゃんねるは世界のネットのために貢献できるか?』

■ 『日本のネットではありませんよ! 世界のネットです!』

■ 『日本の皇室はどうあるべきでしょうか?』

■ 『一体、日本は良くなるの?』

■ 『どうして、こうも犯罪が増えている?警察はホントに駄目になったの?』

■ 『日本のネットで迷惑を振りまいているウツケ者たち』

■ 『国際化・グローバル化とはあなたにとってどのようなものですか?』

■ 『日本 ☆ 日本人 ☆ 日本社会 ☆ 比較文化論』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』




おほほほほほ。。。。

また、出てまいりましたわぁ。

ネットには、面白い人がたくさん

居ますわよねぇ〜。

パンツにコカイン君は相変わらず

愚かなコメントを書いていますわ。

えっけん君や太田将宏老人は

ムカついたまま返信を書いてしまいます。

みっともないコメントになるだけでござ〜♪〜ますわア。

本人は、なかなか自分の愚かな事に気づかないんですよね。

でもね、少しは可愛げがありますわ。

でも、可愛げが全くないのが

DEMPA55という人物です。



ネットのゴキブリのような人物です。

誰からも嫌われ相手にされていません。

あなたも、DEMPA55に

気をつけてくださいましね。

2ちゃんねるを覗くと、

確かに、DEMPA55のような

ゴキブリがウヨウヨしていますわよね。

ほ〜♪〜んとにヤラしいところで

ござ〜♪〜ますわぁ〜。

んも〜〜

どうか、あのようなヤラしいところには

近づかないでくださいましね。

2ちゃんねるに行くのだったら、

あたくしがモデレーターをやっている

『ビーバーランド XOOPS 3世』を見てくださいね。

オツムの体操になるフォーラムが

たくさんありますわよ。

おほほほほほ。。。

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。






2007年04月02日

あなたも知らない日本の悲劇


 

あなたも知らない日本の悲劇

        



古人皇子、有間皇子の悲劇はよく知られています。
歴史に関心がある人なら、多分知っているでしょう。

歴史など腹の足しにもならないと思っているあなたは知らないはずですよね。
うへへへへ。。。



こんにちは。。。
デンマンです。

ところで写真の上で小さなアイコンが笑っているように見えますが、
これは、涙を流しているのですよ。
悲しんでいるのですよ。
念のため。。。

写真の中の大きな人物が藤原鎌足です。
この人の名前は歴史を知らないあなたでも聞いたことがあるかもしれません。
日本史では、誰もが無視できない藤原氏の祖先です。

その下の左に座っている小さな人物が鎌足の次男の藤原不比等です。
この人こそ藤原氏の基礎をしっかりと築いた人です。
しかしあまり知られていないのが、右側に座っているお坊さんの定慧(じょうえ)です。
この定慧(じょうえ)は鎌足の長男です。

藤原不比等の名前を知っていても定慧(じょうえ)の名前を知っている人は少ない。
あなたはまず、聞いたことが無いと思います。

実は、この人ほど古代日本で悲劇の人物は居ないと僕は思っています。
古代日本どころか、現在に至るまでの長い日本の歴史で、この人ぐらい悲劇の主人公にふさわしい人も居ないと思うのです。
でも、日本史では知られていません。
なぜ?

ところで、どのような悲劇なの?

それを、これから僕がお話しようと言うわけです。
どうか、最後まで読んでくださいね。

定慧は白雉4年(653)5月に出家し、遣唐使に従って入唐します。
なんと!わずか11歳の時の事でした。
彼と共に中臣渠毎連(こめのむらじ)の息子・安達(あんだち)、春日粟田臣百済(かすがのあわたのおみくだら)の息子・道観などが共に出家しているとはいえ、権臣、藤原(中臣)鎌足の長男が出家するということは、全く異例の事です。

この時、まだ鎌足の次男、不比等は生まれていません。
つまり、定慧は一人息子だったわけです。
どうして鎌足はこの一人息子を、
しかもまだ11歳の幼少の身を出家させて、
危険な船旅へ出したのでしょう。

ご存知のように、この当時の唐への船旅は死を覚悟しなければなりません。
遣唐使の歴史を見れば分かるとおり、千人以上の人が、嵐にあったり、難破したり、座礁したりして、命を落としています。





ロンドンからパリ行き、あるいは、ロスアンジェルスからニューヨーク行きの飛行機に乗ってハイジャックされ、エッフェル塔やエンパイア・ステートビルディングに突っ込まれて、全員が命を落とすことは、ないとはいえません。
しかし、仕事のために、明日、ニューヨークへ行ってください、パリへ出張してください、あるいはLAへ飛んでくださいと言われた時に、ハイジャックされることを理由に僕が断ることは、まずありません。

しかし、もし、この当時僕が生きていたとして、一ヶ月後に、舟で唐に渡ってくださいと言われれば、真剣になって考え込んでしまうでしょう。
なぜなら、4艘で船団を組んで出発したとしても、先ずその内の一艘か二艘は途中で難破したり座礁したりして海の藻屑となって消えてしまうのが、当時の常識でした。

要するに、10円硬貨を上に放り投げて手のひらで受け取った時の裏が出る確率にほぼ近い。
表が出たら、めでたく命拾いをする。
裏の場合には、海底に沈む運命だと思って諦める。

実際、遣唐使が船出するシーンなどを映画で見ても分かるとおり、もう涙の別れです。
念の入った映画では、水杯(みずさかずき)を交わして、これがこの世で会う最後だといって、見送るのです。

僕は、すでに20年以上をカナダで暮らしています。
しかも旅行好きですから、500回近く航空会社の飛行機に乗っています。
しかも趣味でセスナを運転しますから、少なく見積もっても、1000回ほどは飛行機に乗っているはずです。



しかも、僕は馬鹿だから、女の子を3人乗せて宙返りをするという馬鹿げた事をしてしまったことがあります。
絶対にしてはならないことです!
反省しています。
この記事を読んでいる女の子の中できっと、ああぁ〜、あの人がデンマンさんなのかぁ〜!
と呆れる人が出て来ると思います。

馬鹿は死ななきゃ治らない!
僕もそういう馬鹿だったんですよ。
でも、死ぬ前に馬鹿を止めました!
うへへへへ。。。

とにかく、このことを当時の船旅に置き換えてみれば、僕は500回命を落としていることになります。
仮に確率を10回に一度にしても、100回程、命を落としていたことになります。
今、僕が生きていることが不思議なほどですよ。

当時の船旅が、いかに危険と隣り合わせていたかということは、以上述べたことでお分かりいただけたと思います。
もう、これ以上、くどくど述べる必要はないでしょう。



それほど危険な船旅に、

なぜ定慧を出したのか?


ここで鎌足と定慧の話に戻りますが、11歳の一人っ子を持つ親の身になってください。
もしあなただったら、このような小学生を、生きるか死ぬか分からない、唐への船旅に出しますか?
一ヶ月どころの話ではありません。10年、15年はざらです。
長いのになると、30年帰ってこれない。

もっとひどい例になると、阿倍仲麻呂のように、帰ってきたくとも、もう年をとりすぎて、船旅に耐えてゆけそうにないので、あきらめてしまった。
結局、唐で亡くなってしまったわけです。これはもう、ひどい話です。

したがってどういうことが言えるでしょう?
初めて、この話に出くわした時の僕の結論は、定慧は、鎌足の実の子供ではなかった、ということでした。
定慧は、当時、鎌足にとって1人しか居ない子供でした。
それにもかかわらず、念の入ったことに出家させています。
要するに、定慧を自分の跡取りにしないと、はっきりと決めているわけです。

これは、『姥捨て山』の話ではありませんが、子供を一人捨てるようなものです。
11年間、一緒に暮らしてきたものだから、くびり殺すこともできない。
だから、出家させて、唐に追いやってしまう。
運がよければ、唐の国で暮らしてゆくだろう。
運が悪ければ、途中で大嵐にあって死んでしまうに違いない。

おそらく、鎌足は、そう思っていたことでしょう。
このように書くと、僕が鎌足を必要以上に悪人のごとく書いていると、受け止められそうなのでちょっとひと言付け加えます。
鎌足という人物は、すごい人です。立派だという意味でもすごいし、エゲツナイという意味でもすごい人です。
この人のことは、しかし、まだ良く分かっていないのです。

なぜか?

それは、これまでの歴史家の多くが、古事記と日本書紀をほとんど信用して、書かれていることをそのままに受け止め、藤原鎌足という人物について、ああでもない、こうでもないと言うように、総点検していないからです。

太平洋戦争中、あるいは、それ以前には、あまり変なことは書けませんでした。
なぜなら、皇国史観というものが厳然として歴史学を支配していましたから、それに反したことを書くということは、それこそ、遣唐船で船旅をするようなもので、悪くすると、狂信的な国粋主義者によって、ばっさりと首をはねられる恐れがあります。
命にかかわらないとしても、学会から締め出しを喰らいます。歴史学者としての命を葬り去られるわけです。

したがって、藤原鎌足についても、いろいろと研究がなされるようになったのは、終戦後です。
それでも、天皇家に近いせいか、研究者も、当たり障りのないことばかり書いて、あまり歯切れのいい研究にはなっていないという印象を持つことが多いのです。
鎌足の事について、いろいろな事を言うようになったのは、皇国史観などは縁もゆかりもない「新人類」が現れるようになった、つい最近のことです。

鎌足とは、一体どういう人なの?

鎌足の性格を分析する事は、大変難しい事です。
彼の心の中へ入り込んで考えることは、更に難しい。
しかし、手がかりになるものは、けっこうたくさんあります。
その重要な手がかりの一つに、中国の古い兵法書『六韜』が上げられます。
鎌足は、この兵法書を座右において愛読していました。

問題は、彼の愛読書がどのような内容のものであったかという事です。
たぶん現代人が読めば、かなりエゲツナイ内容のものだと感じるに違いありません。
詳しい事は、このページ (マキアベリもビックリ、藤原氏のバイブルとは?)を読んでください。新しいウィンドーが開きます。

端的に言うと、非常に頭のいい人でした。
視野が広いという事が先ず彼の特徴だと思います。
おそらく、これは彼の父親が百済で生まれたことと関係していると思います。
このことについては、このページ (藤原氏の祖先は朝鮮半島からやってきた) で説明しています。
朝鮮半島で政権を維持してゆくとしたら、国際情勢に明るくないと、とてもやっては行けません。
しかも、朝鮮半島の歴史を見れば分かるとうり、戦乱の繰り返しです。
もちろん日本だって戦乱がなかったわけではありません。
しかし、その規模が違います。

『魏志倭人伝』を見れば分かるとおり、大陸人は、日本の街が城壁に囲まれておらず、丸裸の集落に過ぎないと言って、驚くよりも呆れている様子が読み取れます。

要するに、原日本人と呼ばれるアイヌ人たちは、もともと好戦的ではないのです。
はっきり言うと、この戦乱と言うのは、渡来人が持ち込んだものです。
つまり、大陸から、あるいは、朝鮮半島からやってきた人たちが、あとから持ち込んだものです。
それまでは、アイヌ人たちの間では、小競り合いはあったかもしれないけれど、城壁を築くような大規模な戦争はなかったのです。

したがって、どういうことがいえるかというと、『六韜』を愛読しているということ自体、原日本人的ではないということです。
古事記や日本書紀を読むと、鎌足は、日本古来からの古い中臣氏の出身と言うことになっています。
しかしこれは、まちがいで、鎌足の父親は百済で生まれ、日本へやってきて、婚姻によって中臣氏の中へ混ざってゆきます。
しかし、ご存知のように、中臣氏という氏族は、仏教を受け入れない氏族です。
したがって、どういうことになったかと言うと、仏教を取り入れなければ、にっちもさっちも行かないと先を読んだ鎌足は、天智帝に頼んで『藤原氏』を作ってもらいます。
そのことによって、中臣氏と袖を分かち、別行動をとってゆきます。

『六韜』の精神とは何か?ともし、鎌足に尋ねれば、彼は答えて、こう言うに違いありません。「それは生き残るためのバイブルさ。とにかく、生き残ることが最も大切だ。そのためには、何でもする。何?悪いことでも平気でやるかって?勝てば官軍ということを知っているでしょう?生き残れば何とでもなる。死んではおしまいだ」と答えるでしょう。

現代的な我われの感覚では、これは「エゲツナイ」とか、「人でなし」と言われかねない内容の返答です。しかし、実際に、鎌足という人物は、このようなやり方で、政権の座に就いたのでした。具体的には、このページ (藤原鎌足は、どのように六韜を実践したの?) を見てください。

しかもこの精神は、次男の不比等に引き継がれてゆきます。この人も、父親を上回るほどに、頭の切れる人です。この人によって、藤原氏の地盤がしっかりと固まったと言えると思います。しかし、この人は、日本史上とんでもないことをしています。それは、下に示すような変則的な、皇位継承を無理やり押し通して、天武天皇の息子たちを政権から締め出していることです。



つまり、持統王朝をサポートしてゆくことによって政権の座から新羅派を追い落としてゆくという政略を採りました。このあたりのことは、このページ (『壬申の乱』は天智帝暗殺で始まった) で詳しく説明しています。

しかも、この『六韜』の精神はこれ以降も、藤原氏のバイブルとして、子孫へと引き継がれてゆきます。このような六韜精神で運営されていた政治・社会が一体、どのようなものであったか、というその典型的な例をこのページ (平安時代は、決して平安ではなかった) で示しています。

藤原氏の子孫の人たちが、もしもこのページを見たら、怒り出すかもしれないので付け加えます。僕は何も必要以上に藤原氏を悪く言うつもりは毛頭ありません。鎌足も、彼の次男である不比等も人の子です、切れば血もでる、涙も流す人間です。人間である以上、根っからの悪人もいなければ、根っからの善人もいません。悪いところもあれば、良いところもあるというのが、我われ人間だと思います。そこで、悪い面ばかり書くのも不公平になるので、次のページでは、定慧の出生の秘密を探りながら、鎌足の感情的な側面を見てみたいと思います。

『定慧の出生の秘密』 (次のページ)

どうですか?
ここまで読んできたら、定慧の出生の秘密が知りたくなったでしょう?
上のリンクをクリックして、ぜひ読んでみてください。
涙なくしては読んでゆけない悲劇は、更にその後に語られてゆきます。
残念ながら、このページですべて語りつくすことは出来ません。

定慧の出生の秘密を読んだ後で、更に引き続きその悲劇の内容を読んでみてください。
こんな事が実際に起こったのだろうか?
あなたも信じがたい思いに駆られるはずです。

ところで、ここまでの事はすでに僕が2003年7月25日に『新しい古代日本史』サイトで書いたことです。
次のページを基にしてブログ用に編集し直したのです。

■ 『藤原鎌足と長男・定慧』

内容はほぼ同じです。
実は、上のページを読んで、その中のフォームメールを使ってコメントを書いてくれた人が居たのですよ。

■ 『日本人はどこからやってきたの? (2007年3月19日)』

■ 『あなたは日本人ではありません (2007年3月23日)』

おそらく、上の2つの記事のどちらかを読んで『藤原鎌足と長男・定慧』のページにたどり着いたのだと思います。
では、そのコメントをお目にかけます。



Subj: Bravenet Form Processor
Date: 30/03/2007 5:25:24 PM Pacific Daylight Time
From: servicemail@bravenet.com
To: barclay1720@aol.com


MESSAGE SENT THROUGH YOUR WEBSITE
This form was submitted: Mar 30 2007 / 17:25:06

userid = barclay1720
FreeCity = oldhist-joe01-good
Your_Name = 亀山○○
Your_Email_Address = dappan@○○○○.com

Comments:



『藤原鎌足と長男・定慧』
http://barclay.e-city.tv/oldhist/joe01.html
古代日本史を興味深く拝読しました。

それ以上に、筆者紹介にも書いてあった加藤さんの生き方に
“仲間”を見出したような気分です。
何故なら、私は「日本脱藩のすすめ」というホームページを開設しているほどで、
十代の頃に三年間ほど世界放浪の旅を体験しているからです。

http://dappan.hp.infoseek.co.jp/

さて、『覇王不比等 鎌足の謎』(黒須紀一郎著)という本を御存知でしょうか。
その本では鎌足のルーツは百済ではなく唐であるとしています。
このあたりは日本の歴史のタブーに属するため、
小説の形でしか発表できないのが現実なのでしょう。

知人のまっとう鯨さんがアマゾン・ドットコムに以下のような書評を書いています。
もし、『覇王不比等 鎌足の謎』に目を通しておられるのでしたら、
ご感想をいただければ幸いです。

『アマゾンのブック批評』

Thank you for using Bravenet Email Form Processing!


僕はさっそく次のような返信を書きました。



Subj: 亀山さん、コメントありがとうございました。『新しい古代日本史』の加藤です。
Date: 31/03/2007 7:44:42 PM Pacific Daylight Time
From: barclay1720@aol.com
To: dappan@○○○○.com




亀山さん、コメントありがとうございました。
そうですか?
十代の頃に3年間ほど世界放浪したのですか。。。
僕もこれまでに世界30カ国ほどを放浪しましたよ。
行ったことが無いのは南極大陸だけです。

北極では野生に戻ってオーロラの見える原野で
2週間ほど一人でキャンプしたことがありました。
野生動物と対峙して“死”をまじかに体験したものです。

その事でかつて記事を書きました。
『群衆の中の孤独! 寂しくって死んでしまいたい。 (2005年12月31日)』
http://wing2.jp/~barclay/renge/tree.php?n=2762
時間があったら読んで見てください。

残念ながら『覇王不比等 鎌足の謎』をまだ読んでません。
鎌足のルーツは百済ではなく唐である、と言う可能性もあるでしょうね。
この事については4月2日に記事に書こうと思います。

とりあえずお礼を兼ねてご報告まで。。。


上で紹介されている書評には次のように書かれています。


知的興奮を楽しめる歴史の謎, 2007/2/26

われわれは日本史で壬申の乱について教わったが、その実態が何だったかについて先生は説明しなかった。

また、「万葉集」で天智天皇の歌について教わったが、この天皇が誰であるかについての説明は無く、天皇は天皇としてそれ以上は教えようとしない。

だが、大学の授業の時に天智天皇は天武天皇によって殺され、それが壬申の乱だったと教えられて仰天した。

しかし、それ以上の秘密が日本史には隠されていて、天智天皇は百済系の支配者として君臨したのであり、天武天皇は新羅系の支配者だった事実について、この本は藤原不比等の生涯を軸にして描き、日本最大のタブーに挑んでいる点で、非常に衝撃的な内容によって貫かれている。

人はこれを小説だと思いたいだろう。
だが、タブーとされている歴史の真実を語るためには、小説の形をとらなければならないことが多いし、そういった仕事は売文を商売にする作家よりも、テレビや映画のディレクターやシナリオライターに、本当に有能な人が多いということを本書は証明していると痛感させられた。
特に第二部が圧巻である。

SOURCE: まっとう鯨さんが書き込んだレビュー


古代史には謎が多いんですよ。
なぜなら、戦前・戦中は“皇国史観”が絶対だったので古代史は充分に検証・研究されなかった。
研究しても発表できなかった。
まかり間違うと、狂信的な軍人に日本刀で切り殺されてしまう危険があった。

現在では、“天智天皇は天武天皇によって殺され”た、と理解している人は多いと思いますよ。
僕も、それ以外には考えられません。
でも、日本史の教科書にはそのようには書いてないでしょうね。
しかし、大学の日本史の教授でも“天智天皇は天武天皇によって殺され”た、と信じている人はたくさん居ると思います。
でも、やっぱり日本では、そういう事を公開の場で堂々と言える人は稀ではないでしょうか?
どう思いますか?

歴史のタブーについても、これからネットで、どんどん議論されてゆくべきだと思いますね。
あなたも関心があったら更に次の記事を読んでみてください。


■ 『天智天皇は暗殺された』

■ 『天武天皇と天智天皇は同腹の兄弟ではなかった』

■ 『聖徳太子の母親はペルシャ人だった?』

■ 『渡来人とアイヌ人の連合王国』


では。。。



ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

ためになる記事



■ 『デンマンのブログを削除した管理人に対する公開抗議文とその面白い顛末』

『あなたが思う存分楽しめるデンマンのポータルサイト ビーバーランド XOOPS 3世』



このオニイちゃんは、どうして喜んでいるのでしょうか?
もちろん、きれいな看護婦さんが来てくれたからですよね。

この絵を見て、いろいろと面白いことを書いた人たちが居ます。
あなたはどんな事を言いたいですか?

他の人が書いたコメントを読みたいと思いませんか?
次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『こういうのって、どう?面白いでしょう?何か一言いってよ』

■ 『日本は軍国主義への道を歩んでいるのでしょうか?』

■ 『2ちゃんねるは世界のネットのために貢献できるか?』

■ 『日本のネットではありませんよ! 世界のネットです!』

■ 『日本の皇室はどうあるべきでしょうか?』

■ 『一体、日本は良くなるの?』

■ 『どうして、こうも犯罪が増えている?警察はホントに駄目になったの?』

■ 『日本のネットで迷惑を振りまいているウツケ者たち』

■ 『国際化・グローバル化とはあなたにとってどのようなものですか?』

■ 『日本 ☆ 日本人 ☆ 日本社会 ☆ 比較文化論』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』




おほほほほほ。。。。

また、出てまいりましたわぁ。

ネットには、面白い人がたくさん

居ますわよねぇ〜。

パンツにコカイン君は

自分が馬鹿だと言う事に

全く気づいていません。

えっけん君だとか太田将宏老人は

ムカついたままでみっともないコメントを

書いてしまいます。

本人は、なかなか自分の愚かな事に

気づかないのですよねぇ〜。

でもね、少しは可愛げがありますわ。

でも、可愛げが全くないのが

DEMPA55という人物です。



ネットのゴキブリのような人物です。

誰からも嫌われ相手にされていません。

あなたも、DEMPA55に

気をつけてくださいましね。

2ちゃんねるを覗くと、

確かに、DEMPA55のような

ゴキブリがウヨウヨしていますわよね。

ほ〜♪〜んとにヤラしいところで

ござ〜♪〜ますわぁ〜。

んも〜〜

どうか、あのようなヤラしいところには

近づかないでくださいましね。

2ちゃんねるに行くのだったら、

あたくしがモデレーターをやっている

『ビーバーランド XOOPS 3世』を見てくださいね。

オツムの体操になるフォーラムが

たくさんありますわよ。

おほほほほほ。。。

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





2007年03月27日

夢のマイホームに答えて




夢のマイホームに答えて





あなたもマイホームの夢を実現しませんか?

こんにちは。。。
おげんきですか?
ベティーです。

今年の2月7日に『夢のマイホーム』と言う記事を書いたのですよ。
その記事に“りす”さんから次のようなコメントをいただきました。





はじめましてm(_ _)m
最近家を買いました。
全然 勉強不足で すごい自己嫌悪。
私たち夫婦は 交渉があまりうまくなくてってより 全くだめでした。

13日に引っ越しなんです。
いろいろあったけど ほっとしました。

担当者って お客さんには
二度と会いたくないもんなんですね。
私たち 一生の買い物したから
友達になれなくても どこかで繋がっていられたらいいねって
凄く感謝してたんです。
だいぶ うちら 認識が甘すぎでした。

なんか 初めてなのに いろいろかいてごめんなさい。

by りす

2007/02/09 12:57

『夢のマイホーム』のコメント欄より


そうですよね。
初めての経験だったでしょうから、何もかもうまくゆくって無いですよね。

なにも、マイホームだけに限りませんよね。
“初体験”って、失敗がつきものですよね。
あなただって経験があるでしょう?

でも、できるだけ失敗のないようにしたい!
あなただって、そう思うでしょう?

一生に一回買うか買わないかのマイホームだから、絶対に失敗するわけにはゆきませんよね!
しかし、それだけに失敗はつきものです。
しかも金額が大きいから、不動産屋や建築会社のセールスマンがむらがって、
結局セールスマンの思う壺に、なんてことがないわけではありません。



どうすれば良いのか?
 
まず、予習を! 

初めからすべて不動産屋に任せきりというのも問題があります。
あなた自身がかなり詳しく不動産売買に関して知っていれば、
不動産屋の態度も変わってくるものです。
要するに、この人はだませそうもない、と思わせるぐらいあなた自身がいろいろとマーケット情報をつかんでおく必要があります。
一口で言えば、『予習をしておく』ということになるでしょうね。

ええっ?どのように予習するのかって。。。?

とりあえず、資料集めから始めたらどうですか?
何事も一歩を踏み出すことが大切ですよ。
あなただってテストを受ける前には試験勉強をしたことがあるでしょう?
マイホームを実現するためにもその準備が必要ですよ。

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とにかく予習の第一歩を踏み出す事ですよ。
何事も準備が大切です。
あなたの夢のマイホームも決して夢ではありませんよ。
じゃあ、がんばってね。





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では、今日も一日

楽しく愉快に

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しましょうね。

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じゃあ、そちらでまたお会いしましょうね。






2007年03月23日

あなたは日本人ではありません。


 

あなたは日本人ではありません。



うへへへへ。。。
デンマンですよ。

僕があなたに向かって“あなたは日本人ではありません!”と言ったら、
恐らく、あなたはムカつくでしょうね。

何を言ってんだよ!

人生の半分以上を海外で放浪したオマエよりも、

オイラの方がよっぽど日本人なんだよ!


このようにあなたは僕に向かってホザクに違いないのです。
うしししし。。。
図星でしょう?

もちろん、あなたは日本人ですよ。
そうじゃないと言うつもりなど、僕にはありません。
でも、中にはジューンさんのように外国人でも日本語が達者な人も居るのです。
だから、ジューンさんのようなカナダ人がこの記事を読んでいることも充分に考えられます。

いづれにしても、日本人の定義となると、大変に難しい。
おそらく、絶対にこれだ、という定義はないでしょう。
たとえば、僕の場合、両親は共に日本で生まれて日本で育ちました。
僕の知る限り、僕の家系には、日本人以外の血は混じっていません。
しかし家系といっても、たどれるのは、せいぜい幕末までです。

子供の頃、仏壇のなかに首を突っ込んで一つ一つ位牌を手にとって、没年を確かめたことがあります。
もちろん、しかられました。その時、安政何年というのを見た覚えがあります。

しかし誰が一体、僕の体の中に、古代韓国人の血が混ざってないと断定することができるでしょう?
おそらく、僕のこれまでの話を読んでくれていたなら、先ず間違いなく入っているだろうと思うのが自然です。

この話は次の記事から続いています。
関心があったら読んでみてください。
『日本人はどこからやってきたの? (2007年3月19日)』

むしろ、95パーセントが渡来人の血で、残りの5パーセントがアイヌ系の原日本人の血だと僕は結論付けています。
しかし、だからといって、僕のことを、渡来系の日本人だと言う人は居ません。



前にも書きましたが、僕の先祖は、加藤清正だと言ったところで、まともに信ずる人は居ないでしょう。
あまりにも古すぎて、血筋をたどるのは、先ず無理です。
家系図があったとしても、先ずそんなものは当てになりません。
日本では、全く血縁のない人でも、養子になって、家系図に載ることがありますから。
しかも、もっとひどいのになると、家系図を偽造したり、買ったりしましたから。

しかし、加藤清正は、1562年生まれです。
我われが、問題にしている日本古代から比べれば、まだ最近だといえるでしょう。
それでも古いと感じるのですから、呉人が日本へ呉服をもたらした200年代というのは、気の遠くなるような古い時代です。



しかし、呉という国は、上の地図に書き込んだように、その寿命は、せいぜい50年です。
日本の長い歴史の中では、ほんの一瞬というような短い間なのに、呉人たちは、日本の文化に大きな影響を残しているわけです。
そのことは前にも書いたように、漢字の読みの呉音というかたちで、日本語の中に消しがたい足跡を残しています。
しかも、呉人のことをすっかり忘れ去っても、『呉服』という言葉をいまだに使っているように、『呉』は日本語にすっかり定着しています。

これとちょうど同じように、その当時の呉人の血は、間違いなく我われの体の中に、流れているわけです。
50年と言えば、一人の人間の一生の長さです。
一人の呉人がやってきたぐらいでは、これほどの影響はないでしょう。
ということは、国が滅んだ後に、相当数の呉人が日本へやってきたはずです。
一体、幾人の呉人がやってくると、これほどの影響が日本に残るのか?
ちょっと考えてみてください。

聖徳太子が生まれるのは、この呉の国が滅んでから、約300年後です。
しかし、見逃してならないのは、この300年というのは、大陸はもちろん、朝鮮半島も、日本も含めて、激動の時代でした。
中国では、下の年表に示すように、西晋、東晋を経て南北朝時代に入ります。



隋が中国を統一するまでに、なんと、11王朝が起こっては滅びます。
しかも平穏に王朝が交代するというようなことはありません。
必ず戦乱がつき物です。
すると、当然のことながら難民が出ます。
これは何も、古代にかぎったことではありません。
ベトナムからの難民騒ぎを覚えているでしょうか?



サイゴン(現ホーチミン市)が無血陥落(1975年4月30日)してベトナム戦争は終わりました。
しかし、その後の迫害を恐れる者、よりよい生活や自由を求める者などが小船に乗って次々とべトナムをあとにします。
いわゆる「ボートピープル」と呼ばれる大量の難民の出現です。

漂流中を漁船や貨物船、タンカーなどに救助された難民が、1977年5月28日の37人を皮切りに、日本へもやってきました。1989年以降はベトナム難民を装った中国人の偽装難民も出現し、同年9月には、鹿児島に回航した149人もの“難民”を収容する施設がなく、神戸に再回航するというような事態も発生しました。

現代においても、このような事態が出現するわけですから、古代において、しかも、もっと身近な、中国沿岸、あるいは朝鮮半島からの、たび重なる難民の数は、相当なものだったことが容易に想像されます。280年に呉が滅んでから、663年に百済が滅びるまでの間は、おそらく、日本史上で最も渡来人が数多く日本へやってきた時期だったでしょう。

したがって、この時期に藤原鎌足が父親の御食子(みけこ)と共に、百済からやって来たとしても、まったく不思議ではありません。むしろ、その方が、話はスッキリします。



この写真の大きな人物が鎌足です。
右に座っているお坊さんは長男の定慧(じょうえ)です。
左に座っているのが次男の藤原不比等です。

藤原鎌足が百済からやってきたという

確証があるの?


残念ながら、確証はありません。しかし、それに近い状況証拠のようなものならあります。このことはすでに述べましたが、重要なことなのでここにまた改めて書きます。『続日本紀』の光仁天皇の天応元年(781)7月の項に、次のような記事があります。

「右京の人正六位上栗原勝子公言す。子等が先祖伊賀都臣(いかつのおみ)は、是中臣の遠祖、天御中主命20世の孫,意美佐夜麻(おみさやま)の子なり。伊賀都臣、神功皇后の御世に、百済に使いして、彼の土の女を娶りて,二男を生み、名づけて本大臣、小大臣といふ。はるかに本系を尋ねて聖朝に帰す。時に美濃国不破郡栗原の地を賜ひて以て居らしむ。その後、居に因って、氏を命じて、遂に栗原勝の姓を負へり。伏して乞らくは、中臣栗原連を蒙り賜はむと。是に於いて子公等男女十八人請に依って、改めて之を賜ふ」

ここに中臣栗原連の先祖として中臣伊賀都臣が顔を出します。そして、その人を説明して言います。この伊賀都臣(いかつのおみ)は、中臣の遠祖にあたる天御中主命20世の孫,意美佐夜麻(おみさやま)の子であると。要するに、神代の天御中主命を持ち出してきて、ここに、中臣氏が、古来から、日本に土着した氏族であることを印象付けています。

しかし、すでに述べたように、古事記において、中臣氏が、いかに古い氏族であるか、しかも天皇家と並ぶほど古い家系であるか、と言う事を、それとなく述べています。でも、具体的にどのようなことをしたかと言うことは、書いてありません。書きたくてもかけなかったと言うのが真相でしょう。変なことを書くと嘘がばれますから。それでも、そこ、ここで、それとなく、小出しに、日本古来の氏族であることを述べています。ほとんど、くどいくらいに繰り返されています。20世と言うと、一世代が20年とすると400年、30年とすれば、600年です。仮に僕が、「400年前の僕の祖先は加藤清正です」と言ったら、あなたは信じますか?多分怪しんでかかるでしょう。しかし、誰が一体、確信を持って、僕が、加藤清正の子孫ではないと言いきることができるでしょうか?僕の体の中には、400年という年月の間に加藤清正の子孫の血が、一滴か二敵ぐらいは混じっているかもしれません。

上の記述で延べていることは、言ってみれば、そのような程度のことです。それを、わざわざ、書いているわけです。もちろん、それが、『古事記』、『日本書紀』、『続日本紀』の編集に携わってきた藤原氏の狙いです。「ここまで書けば、もう大丈夫だろう。我われが日本古来から連綿と続いている氏族であると認めてくれるだろう。そろそろ本当のことを書いても、我われが、百済からやってきたとは、もう誰も思うまい」 そういう作為が感じ取れます。



伊賀都臣、神功皇后の御世に、百済に使いして、その土地で現地の女と結ばれて、子供を作った。その子供たちがやがて成長して、日本にやってきた。その者たちがやがて中臣栗原連と名乗るようになったと。さらりと述べています。注意して読まないと、読み飛ばしてしまいそうな箇所です。しかし、この意味は非常に重要だと僕は思います。なぜか?それは、編集に携わった藤原氏が、彼らの祖先、藤原鎌足あるいは、彼の父、御食子(みけこ)が百済からやってきたということを、それとなく示唆しているからです。

中臣氏は古くからいた渡来人であったでしょう。しかし、藤原氏が中臣氏と同じように古い渡来人であったとはとても考えにくい。一番可能性があるのは、この当時、日本へ渡来して婚姻に因って、中臣氏の中へ入っていったということです。それを、日本書紀では、あたかも、自分たちが中臣氏と同じ程度に古い氏族であるように書こうとしている意図が読み取れます。

しかし結局は藤原氏という形で中臣氏とは袖を分かちます。いったんは中臣氏の中に溶け込もうとしましたが、もともと、仏教の影響を受けてきましたから、古来の中臣氏とは水が合いません。しかも、仏教を取り込まないことには政権を保てません。そのことは、蘇我氏を見ていて、鎌足は十分知っていたはずです。

いろいろなことをでっち上げて、『教え』を書いたつもりでも、よく読めば、その中に、真実の破片が見えてきます。『古事記』、『日本書紀』、『続日本紀』という書物は、もちろん、史実も書いてあります。しかし、藤原氏の都合のよいように、かなりの事実がゆがめられて伝えられています。ここのところを注意して読む必要があるのではないかと思います。

藤原鎌足は「六韜(りくとう)」を愛読していた。

この六韜は、周の太公望の撰とされているので、かなり古いものと考えられます。しかし、現存するものは、それに仮託して3世紀以降に作られた偽作であるという説もあります。また三略(さんりゃく)と呼ばれる兵書があり、これは3巻からなる兵書です。これも周の太公望の撰で、黄石公(こうせきこう)が土橋の上で漢の張良に授けたと伝えられています。しかし、これとても、後世の偽撰書だとする学者が居ます。日本には遣唐使上毛野真備が初めて伝えたということになっており、「六韜」と併称して、「六韜三略」と呼ばれることが、よくあります。 

「三略」が「六韜」と併称して、「六韜三略」と呼ばれること、また、「三略」が日本へは、遣唐使上毛野真備によって初めて伝えられた、ということを考え合わせれば、「六韜」がそれほど早い時期に日本へ紹介されたとは思えない。遣唐使が始まったのは、舒明天皇2年(630)ですから、藤原鎌足の生まれた年を614年とすれば、日本へ紹介されたのが遅すぎるのではないか?むしろ、鎌足が百済にいる頃から愛読していたと考えたほうが、筋が通ります。

漢字については、すでに触れましたが、漢音、呉音という読み方があることから、藤原鎌足の時代には、漢字がすでに日本人の中に入り込んでいたでしょう、しかし、この当時はまだ学校というものがありません。では、日本人はどのようにして漢字を習得していったのか?先ず間違いなく、渡来人や帰化人から習ったでしょう。それから、遣隋使、あるいは遣唐使として中国へ行って勉強してきた人から、個人的に習得しているはずです。

したがって、どういうことが言えるかといえば、日本人の中で漢字を知っている者はそう多くはない。せいぜい大和朝廷に役人として雇われている者、しかも、文書にかかわる仕事をしている者に限られていたでしょう。すると、数はかなり限られてきます。渡来人や帰化人の数ほど多くはないはずです。むしろ、日本人に漢字を習わせて、役職に就けるよりも、渡来人や帰化人に日本語を習わせて、役職に就けるほうが、手間、暇がかからなくて、話は簡単です。いずれにしても、外国からやってきた人たちは、日本語を勉強しないと生活してゆけないわけですから。

藤原鎌足が生きていた時代というのは、このような状態だったわけです。しかも、「六韜(りくとう)」という書物が、日本へ紹介されていたとしても、まだ日が浅い。渡来人や帰化人のすべてが「六韜(りくとう)」を知っていたとはかぎりません。このような時に、藤原鎌足は「六韜(りくとう)」を愛読していたわけですから、彼が百済からやってきた人だと考えたほうが筋が通ります。鎌足が日本で生まれたとするならば、彼の父親、御食子(みけこ)を百済から渡ってきた人と考えないと、藤原鎌足が「六韜(りくとう)」を愛読することができた、とは到底考えにくい。



日本で一番古い書は?

現在、日本で一番古い書は、古事記ということになっています。古事記が編纂されたのは和銅5年(712)、日本書紀は養老4年(720)です。鎌足が亡くなったのが669年ですから、もうこの時代は、彼の息子の不比等【659(斉明5)〜720(養老4)】の時代です。

712年に成立と書かれている場合が多いのですが、実際には、天武天皇の時代(680年代前半)から書き始められています。天武天皇は壬申の乱の後、諸氏に伝承される「帝紀(テイキ)」(天皇家の皇統譜)と「旧辞(クジ)」(古代の説話)をまとめて後世に残そうとしました。もちろん、これには、理由があって、天武帝が自分の王朝の正当性をこの史書に盛り込もうとしたわけです。当然一人ではできませんから、強力な手助けが居る。それが不比等だというわけです。

しかし、僕は、これは全く話が逆だと見ています。つまり、天智天皇の右腕であった鎌足が、天武天皇に取り入るには、それ相応の実力(利用価値)を示さなければなりません。そこで、鎌足の出自がものを言います。つまり、百済出身であるということが、ここで役に立つわけです。しかも、彼が「六韜(りくとう)」を愛読していたということを忘れるわけにはゆきません。というのは、ここでも、彼は六韜の教えを実践しているからです。

日本史の時間に、僕は、こんな風に教わりました。

「天武天皇は壬申の乱の後、歴史をまとめ、後世に残そうとした。それで、稗田 阿礼(ヒエダノアレ)にそれを誦み習わせた。しかし、それだけで終わっていた。その後、持統・文武両天皇を経て、元明天皇の時代に、太安万侶(オホノ ヤスマロ)に命が下った。安万侶はそれにより阿礼の誦習した事柄を編集して古事記を作成した。そして712年に元明天皇に献上した」     

ここで忘れてはならないことがあります。藤原不比等の以前の名前は、史(ふひと)なのです。不比等は、これ以外にも百済流の名前を持っていたはずです。いずれにしても、この史(ふひと)という名前は、普通の名ではなく、むしろ彼の若い頃の役職名を表すものだったでしょう。つまり歴史編纂に携わっている者という意味です。日本史の先生はこんな風に説明したものです。

その頃の日本人はまだ字を書ける人が少なかった。したがって、この稗田阿礼(ヒエダノアレ)も、いろいろな人から、日本の歴史に関する話を聞いて記憶した。元明天皇の時代になって、やっと自由自在に字を書ける日本人が現れた。そこで、太安万侶(オホノ ヤスマロ)に命じて稗田阿礼が暗誦していた事柄を筆記させた。

その時は、なるほどと思いながら先生の話を聞いていたわけですが、考えてみると、こんな馬鹿げた話はない。先ず不比等が字を書けなかったということはありえません。上のように説明されれば、古事記が日本最古の書だということがよーく分かるわけです。しかし、先ほども書いたとおり、渡来人や帰化人がたくさん日本に居るわけですから、字を書ける人が少なかったなどとはいえません。現存の書のうちでは古事記が最古といえども、それ以前に書物がなかったかといえば、決してそうではない。つまり、渡来人や帰化人や一部の日本人が書いた書物が、結構たくさん存在したのです。諸氏に伝承される「帝紀(テイキ)」(天皇家の皇統譜)と「旧辞(クジ)」(古代の説話) ということで、いかにも言い伝えで、書かれたものでないような書き方をしていますが、実際には書かれたものがほとんどだったでしょう。



すでに、継体天皇のところで述べましたが、日本海沿岸には、上の地図に示すように、たくさんの難民が朝鮮半島から流れ着いて、出雲王朝をはじめとして、継体天皇がいた、現在の福井県や、また新潟県、秋田県のあたりまで、地方王朝がたくさんあったはずです。難民、つまり、渡来人は、こうした王朝に仕えて、歴史書編纂にも加わっていたはずです。

古事記より古い書物がどうして残っていないの?

それは、歴史編纂の目的で、大和朝廷が、昔の地方王朝に伝わる歴史書をすべて集めさせたからです。その集めたものがどうなったかというと、すべて焼き捨ててしまったのです。 
詳しいことは、次のぺージで説明します。

■ 『古事記より古い書物がどうして残っていないの?』

実は、これまでのことは僕が『新しい日本古代史』のサイトに2003年7月17日に書いたことです。
次の記事がそれです。

■ 『今、日本に住んでいる人は日本人でないの?』

どうして同じ記事をまた書いたのか?
この記事を読んでくれた“愚かなニセ清正君”が日本時間で3月22日の午後12時45分と午後1時に次のようなコメントを書いてくれたのですよ。



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Comments:

すばらしい。
あなたの想像力と強引さは評価に値します。
しかし、古代の日本の有力氏族を渡来人だと、
日本人は超混血民族だといったら切がありませんよ。
あなたの理屈から言うと、日本人など一人もいないことになります。
それは、日本列島で人類が誕生したわけではないので、
日本に来たあるいはいる人間はすべて渡来人になってしまうからです。

僕たち渡来人、じゃなくて日本人が大切にしてきた民族意識を
破壊したい衝動はわかりませんが、
たまたまこのサイトに行き着いてしまったので、
普通の人ならあなたのような痛い人は見てみぬ振りをするところを、
同じ渡来人、じゃなくて日本人であり、さっき家の仏壇に頭を突っ込んだ結果、
渡来人、じゃなくて天下の秀吉に、
朝鮮に出兵と嘘をつき観光をしてかも知れない加藤清正の血が
一滴くらいは混っている可能性を否定出来なかった同じ渡来人、
じゃなくて日本人であるわたしがあなたにアドバイスをしてやりましょう。

それは、馬鹿に付ける薬はない、か引きこもりはよくないよ、です。
すいません。アドバイスになってませんかね。
ま、どーでもいいや。どーせお暇でしょうから、
僕の持論に反論できるならしてみてください。
モーソーはほどほどにね!

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Comments:



天皇陛下万歳と叫んで死んだ兵士たち謝罪をしてください。
本位不本意は別にして、天皇家は万世一系と信じて戦死したあんたや僕の先祖に失礼です。
謝罪をしてください。

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この愚かなニセ清正君は、なぜ愚かなのか?
その事を説明するために書き始めたのです。

本文を編集し直すのに時間がかかって
愚かなニセ清正君に対する面白い批判文を書く時間のユトリがありません。

また、あさって詳しく説明する前に、一言で言ってどうしてこの愚かなニセ清正君が愚かなのか?
この清正君は、自分が愚かなことを全く気づいていないのです。
だから、上のような愚かなコメントを書いてしまうのですよ!

うへへへへ。。。



しかも、この愚かなニセ清正君のIPアドレスを調べて分かったことは、
この愚か者は2ちゃんねるからも締め出されるほどの嫌われ者なんですよ。

この事についてはあさって詳しく説明します。
とにかく、愚かなニセ清正君がコメントを書いてくれたので、
楽しい記事が2つ書けることだけは確かです。

そう言う訳で、愚かとはいえ
愚鈍なニセ清正君に感謝しています。
うしししし。。。

明後日を楽しみにしていてくださいね。
意外な面白い事実が分かります。
 
では。。。

藤原氏関連の記事


■ 『藤原鎌足と長男・定慧』

■ 『渡来人とアイヌ人の連合王国』

■ 『天智天皇は暗殺された』

■ 『聖徳太子の母親はペルシャ人だった?』




ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

ためになる記事



■ 『デンマンのブログを削除した管理人に対する公開抗議文とその面白い顛末』

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もちろん、きれいな看護婦さんが来てくれたからですよね。

この絵を見て、いろいろと面白いことを書いた人たちが居ます。
あなたはどんな事を言いたいですか?

他の人が書いたコメントを読みたいと思いませんか?
次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『こういうのって、どう?面白いでしょう?何か一言いってよ』

■ 『日本は軍国主義への道を歩んでいるのでしょうか?』

■ 『2ちゃんねるは世界のネットのために貢献できるか?』

■ 『日本のネットではありませんよ! 世界のネットです!』

■ 『日本の皇室はどうあるべきでしょうか?』

■ 『一体、日本は良くなるの?』

■ 『どうして、こうも犯罪が増えている?警察はホントに駄目になったの?』

■ 『日本のネットで迷惑を振りまいているウツケ者たち』

■ 『国際化・グローバル化とはあなたにとってどのようなものですか?』

■ 『日本 ☆ 日本人 ☆ 日本社会 ☆ 比較文化論』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』




おほほほほほ。。。。

また、出てまいりましたわぁ。

ネットには、面白い人がたくさん

居ますわよねぇ〜。

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ムカついたまま返信を書かないようにしてくださいね。

みっともないコメントになるだけですからね。

本人は、なかなか自分の愚かな事に気づかないんですよね。

でもね、少しは可愛げがありますわ。

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DEMPA55という人物です。



ネットのゴキブリのような人物です。

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とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





2007年03月19日

日本人はどこからやってきたの?


 

日本人はどこからやってきたの?





あなたは、どう思いますか?
日本人は、一体どこからやってきたと思いますか?

南方からか。。。?
フィリピンから沖縄を経由して九州に?

あるいは、大陸から樺太経由で北海道にやって来たと。。。?

でも、誰もが一度は思うのではないでしょうか?
朝鮮半島からやってきたのでは。。。?
あなただって、地図を見れば、そう思いたくなるでしょう?

でも、はっきり言える事は、日本には初めから人が住んでいなかったと言う事ですよね。
だから、必ずどこからかやって来たはずです。

日本の原住民と考えられている、アイヌ民族でさえ、大陸から渡ってきた人たちです。
その当時は、日本と大陸は陸続きでした。
間違いなく大陸からやって来たのです。

なぜ、そういうことが言えるのか?
それは、ある程度、というよりほぼ間違いない程度に科学的に実証されています。
もちろん、完璧ということは望めないので、今でも異を唱える学者が居ます。
しかし、判断を下すのは、あなたですから、以下の説明を読んでもらえば、納得が行くと思います。



上の地図で示されるように、人類が始めて現れたのは、アフリカだと考えられています。
もちろん、それまでには、気の遠くなるような年月がかかって、類人猿から進化したわけです。
この我われ人類の祖先が、地図で示したように、世界に広まっていったと考えられるようになりました。
それぞれの人種に分かれ始めたのは、10万年ほど前だと推定されています。

どうしてこういう結論が出たかというと、アメリカのカリフォルニア大学、バークレー校の研究者たちが遺伝子を調べることに因って解明したからなんです。



上の表は、我われ人類の人種間において、遺伝子が一体どのように類似しているのだろうか、ということを図に示したものです。これで見ると分かるように、東アジア人とイヌイト、いわゆるエスキモー人は一緒のグループです。

次に東アジア人とよく似ているのが、いわゆるアメリカン・インディアンです。これは、外見だけを見てもよく分かるわけですが、遺伝子の配列が、よく似ているということです。この遺伝子の配列の状態を調べることによって、我われがたどってきた、枝分かれの様子が、上の図に示すように分かってきたわけです。

詳しいことは、このページ(『我われ、現代人は同じ祖先から枝分かれして来た』)を見てください。

この流れは、いわば、人類史、言い換えれば人間の歴史の大動脈のようなものであって、この流れを変えるということは我われ人間の『言い伝え』、あるいは、『教え』では可能でも、『科学』に因っては不可能です。日本でも最近、この遺伝子(特にDNA)の研究が盛んになって日本人が一体どこからやってきたのかを解明しようとしている研究者が出てきましたが、非常によいことです。そのうち科学的にも、朝鮮半島との関連が裏付けられることと思います。

振り返って、日本史を考えるとき、たとえば、あなたが学校で日本史を教わった時のことを思い出してもらえばよいのですが、「古事記によれば。。。」、「日本書紀によれば。。。」、ということで古代史の勉強が終わってしまったと思うのです。ところが、この古事記や日本書紀が、当時の支配者の都合のよいように書かれた『教え』であるわけです。したがって、科学的に授業を進めてゆけば、当然、今まで述べてきたようなことを先ず始めに『教え』なければならないはずです。

ところが、そうしないばかりに、古代日本史には謎が多い。たいてい有名人を調べてゆくと、出生地だとか、いつ誕生したとか、そういうことがぼやかされている場合が実に多いわけです。すでに述べた継体天皇などはその最たるものです。時代が古いばっかりに、はっきりとは断定できない場合もあるでしょうが、状況から判断して、明らかに、朝鮮半島から渡ってきたと考えられるような場合にも、そうは書かない。あくまでも、日本古来の祖先から連綿と続いているかのような書き方をしている。たとえば、これから述べる藤原氏の祖先のように、そこに作為の跡を見ることができるわけです。

何も、このことは、古代に限ったことではありません。何も日本史に限ったことでもありません。時の「支配者」というのは、しばしば作為を持って、歴史的事実を変えようとします。最近の例を挙げれば、ケネディー大統領の暗殺がよい例です。真相を究明しようにも、この事件の重要証拠や資料が75年間封印されてしまっています。そういうわけで真相が分かるのは、現在生きている我われがほとんど死んでからのことになります。こういうことを、民主主義の本家といわれているアメリカがやっているのですから、本当に理解に苦しみます。もっと分からないことは、アメリカ市民が、このようなことを見逃しにしているということです。ケネディー大統領の暗殺の裏に、隠された陰謀があったのかどうか、関心のある方は、このページ (“Gemstone File”) を読んでください。

ところで、あの有名な藤原氏の祖先である藤原鎌足が渡来人だとしたら?



この写真の大きな人物が鎌足です。
右に座っているお坊さんは長男の定慧(じょうえ)です。
左に座っているのが次男の藤原不比等です。

この藤原鎌足が渡来人である可能性は大いにあるのですよ。
では、次に、古代日本の「支配者」の作為の痕をのぞいてみたいと思います。

聖徳太子と共に、日本書紀において分からない人物は藤原鎌足(614−669)です。藤原氏の基礎を築いた人だというにもかかわらず、この藤原鎌足、すなわち中臣鎌足という人物についてはよく分かっていません。一体どんな素性の、どんな生まれの人であるのか、このへんのところが、ぼやかされています。もちろん、この辺りに作為の跡があると言いたいわけです。何しろ、藤原家というのは、日本の政権に、500年以上もかかわりを持ってきました。世界に例がないほど、息の長い家系だといえます。しかも武士が政権を取ってからも、家系が耐えることなく続き、昭和になって、近衛文麿という首相を出しているほどです。



これほどの類まれな家系の基礎を築いた人だというのに、藤原鎌足の生まれはよく分かっていない。もちろん、いろいろな説がありますが、これといって、決定的なものがないというのが実情のようです。

まず、神話において、藤原氏の先祖と言われているアメノコヤネノミコトは天孫ニニギノミコトの側近第一号であり、藤原氏が祭るタケミカズチ,フツヌシの神は国土平定の大功績をたてたことになっています。とすれば、当然そういう大功績があった神の子孫が神武帝以後の実際の歴史で活躍するのではないかと、おそらく誰もが期待を持つはずです。しかし、中臣氏は古事記には全く姿を現さない。

要するに、ここに作為の跡が見えるわけです。もし、本当に、藤原氏が、天皇家と同じぐらい古い家系であったならば、古事記にも登場して、もっと、もっと活躍するはずです。しかし、あまり根も葉もないことを書くと、嘘がすぐにばれてしまう。それでは、元も子もないわけで、そのぐらいの見識はあったと思われます。書きたくとも書けないという、ジレンマがあったことでしょう。

しかし、日本書紀には、中臣氏は、神話時代を除き、鎌足の父とされる御食子(みけこ)以前に、4度登場します。その第一番目に、中臣氏の人間の時代における最初の子孫、中臣連大鹿嶋(むらじ・おおかしま)という形で登場します。『大鏡』には、中臣鎌足は鹿島の生まれであると書かれています。しかし、これは、中臣連大鹿嶋の鹿嶋と地名の鹿島の音が似ていることから、後になって考え出されたものだと僕は思うのです。その理由は、この後述べるように、鹿島ではないという、もっと強力な資料があるからです。

2番目に中臣氏が登場するのは、仲哀紀から神功紀にかけてです。ここで中臣烏賊津連(なかとみのいかつのむらじ)という男が登場します。仲哀9年、突然に仲哀帝が亡くなります。その時神功皇后は大臣武内宿禰と相談して、この天皇の死を内緒にして天皇を葬ります。この宮が豊浦宮です。今でもこの宮は、一週間の間、忌祭をします。それは火をたかず、物音を立てず、つまり内緒で行う葬式です。ここで中臣烏賊津連は、この内緒の葬式の命令を承るものとして登場するのです。

この中臣烏賊津連は次の神功皇后紀では、以下に示すように重要な役割を担当します。

「皇后、吉日を選びて、斎宮(いはひのみや)にはいりて、親(みづか)ら神主(かむぬし)と為(な)りたまふ。則ち武内宿禰に命(みことのり)して琴撫(みことひ)かしむ。中臣烏賊津使主(おみ)を喚(め)して、審神者(さには)にす」

つまり中臣烏賊津連は審神者となり、神の託宣の真意を知る役をするというわけです。中臣というのは神と人との間に立って、神の言葉を人に伝え、人の言葉を神に伝える役目です。もちろん、ここで神と言うのは天皇のことです。それゆえ中臣の役割は、天皇の言葉を臣下に伝え、臣下の言葉を天皇に伝える役目をするということです。

ここで神功皇后は新しい神、住吉の神の教えによって新羅征伐を決意します。その意味で、この託宣は、古代日本の運命を決めることになり、この託宣の審神者となった中臣烏賊津連は、実に大切な役割を果たしたはずです。しかし、不思議なことに、その後の神功皇后紀には、彼の名前は出てこないのです。

先ほど、中臣鎌足の鹿島出身説に触れましたが、それに関連して、ここで『続日本紀』の光仁天皇の天応元年(781)7月の項の次の記事について考えてみたいと思います。

「右京の人正六位上栗原勝子公言す。子等が先祖伊賀都臣(いかつのおみ)は、是中臣の遠祖、天御中主命20世の孫,意美佐夜麻(おみさやま)の子なり。伊賀都臣、神功皇后の御世に、百済に使いして、彼の土の女を娶りて,二男を生み、名づけて本大臣、小大臣といふ。はるかに本系を尋ねて聖朝に帰す。時に美濃国不破郡栗原の地を賜ひて以て居らしむ。その後、居に因って、氏を命じて、遂に栗原勝の姓を負へり。伏して乞らくは、中臣栗原連を蒙り賜はむと。是に於いて子公等男女十八人請に依って、改めて之を賜ふ」

ここに中臣栗原連の先祖として中臣伊賀都臣が顔を出します。そして、その人を説明して言います。この伊賀都臣(いかつのおみ)は、中臣の遠祖にあたる天御中主命20世の孫,意美佐夜麻(おみさやま)の子であると。要するに、神代の天御中主命を持ち出してきて、ここに、中臣氏が、古来から、日本に土着した氏族であることを印象付けています。

しかし、すでに述べたように、古事記において、中臣氏が、いかに古い氏族であるか、しかも天皇家と並ぶほど古い家系であるか、ということを、それとなく述べています。しかし、具体的にどのようなことをしたかと言うことは、書きたくても書けなかったと言うのが真相でしょう。変なことを書くと嘘がばれますから。それでも、そこ、ここで、それとなく、小出しに、日本古来の氏族であることを述べています。ほとんど、くどいくらいに繰り返されています。20世と言うと、一世代が20年とすると400年、30年とすれば、600年です。



仮に僕が、「400年前の僕の祖先は加藤清正です」と言ったら、あなたは信じますか?僕の知る限りでは、それは事実ではないようです。僕の家には、家系図は伝わっていませんから。しかし、誰が一体、確信を持って、僕が、加藤清正の子孫ではないと言いきることができるでしょうか?僕の体の中には、400年という年月の間に加藤清正の子孫の血が、一滴か二滴ぐらいは混じっているかもしれません。

上の記述で延べていることは、言ってみれば、そのような程度のことです。それを、すでに見てきたように、くどくどと言っているわけです。もちろん、それが、『古事記』、『日本書紀』、『続日本紀』の編集に携わってきた藤原氏の狙いです。「ここまで書けば、もう大丈夫だろう。我われが日本古来から連綿と続いている氏族であると認めてくれるだろう。そろそろ本当のことを書いても、我われが、百済からやってきたとは、もう誰も思うまい」 そういう作為が感じ取れます。

伊賀都臣、神功皇后の御世に、百済に使いして、その土地で現地の女と結ばれて、子供を作った。その子供たちがやがて成長して、日本にやってきた。その者たちがやがて中臣栗原連と名乗るようになったと。さらりと述べています。注意して読まないと、読み飛ばしてしまいそうな箇所です。しかし、この意味は非常に重要だと僕は思います。



藤原氏が政治の舞台に踊り出てきたのは、なんと言っても、大化の改新からです。これが、古代における、一大イベントだということは、おそらく誰もが認めることでしょう。しかも、このとき以降、藤原氏は、実権を握ってゆくことになります。教科書では、なぜこのイベントが重要かというと、氏族制から、先進国中国で行われている律令制に移行したからだ、という事になっています。確かに、それは重要だったかもしれません。しかし藤原氏の、本当の狙いは、このことよりも、その後に行われる新羅征伐にあったと僕は信じています。つまり“祖国”を救うことです。

すでに述べたように、中臣氏というのは、天皇と、臣下の間に立って命令を伝達したり、臣下からの言葉を取り次いだりする立場にありました。つまり、天皇の側近であり、したがって、天皇に対して、強い影響力を持つことができます。

事実、神功皇后が、住吉の神の教えによって新羅征伐を決意した時の、取り次ぎ役が中臣烏賊津連です。しかも、実際に、百済へ援助の手を差し伸べ、日本軍が、新羅と唐の連合軍と戦うために、指揮を執ったのは、天智天皇でした。この天智天皇の知恵袋が、大化の改新を一緒にやった中臣鎌足、後の藤原鎌足です。おそらく、この時、鎌足の強い説得力がなかったなら、天智天皇は、新羅征伐をやらなかったかもしれません。なぜなら、あまりにもリスクが多きかったからです。実際、この時の、白村江の敗戦に因って、天智天皇への批判は強まります。しかも、初めから、新羅派であった天武天皇へ周囲の者がなびいてゆきました。

そして後で見るように、壬申の乱に因って、この天武天皇が政権を取ることになります。しかも、これだけの対立があったにもかかわらず、藤原氏は、決して失脚しませんでした。それはどうしてか? 大雑把に言って2つの理由があったでしょう。ひとつは、藤原氏の力なくしては、天武天皇には政権が維持できなかった。そしてもうひとつは、藤原氏には、しぶとく生き残ってゆくための、いわばバイブルが、代々受け継がれていたということです。それをバイブルと呼んだら、バイブルの方が、きっと迷惑するぐらいに、すさまじい処世術書です。

このバイブルについては次のリンクをクリックして読んでみてください。

■ 『マキアベリもビックリ、藤原氏のバイブルとは?』

実は、これまでの記事は次のページを編集し直したものです。

■ 『藤原氏の祖先は朝鮮半島からやってきた』

これは2003年7月14日に『新しい古代日本史』サイトで僕が書いたものです。
それなのに、どうしてまたブログに書く気になったのか?

それは、一読者から一昨日(3月17日)に次のようなコメントをもらったのですよ。
このようなことは1年にそう度々あることではないのです。
極めて珍しいことなんですよ。
そう言う訳で、うれしくなったので、この日本史のページを紹介する意味も兼ねて、また書いたわけです。



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Date: 17/03/2007 1:51:25 AM Pacific Daylight Time
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This form was submitted: Mar 17 2007 / 01:51:05

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Comments:

面白い。
良い、良くないでは判断できませんでした。
出自について調べ始めたばかりです。
藤原一族の系統かも知れません。
奥州藤原秀衡の四男の末孫のような気がして、愉しく読ませていただきました。

ご指摘のとうり、摂関藤原の先祖は、歴史を改竄したように思います。
また、関東地方の各地の名称は、渡来人によってつけられたように思います。
もし、僕の血筋が百済であるなら、結構なことであり、納得できます。
様々のご見解を展示頂けることを愉しみにしております。

とりあえず、お礼を兼ねて、ご一報まで。

Thank you for using Bravenet Email Form Processing!


このフォームメールは英語版なんですよ。
カナダのバンクーバーから100キロぐらい離れた片田舎にあるコンピューターで処理されています。





恐らく、英語に拒否反応を示す人はコメントを書いても
確認画面が英文なのでちょっと意外な感じがして、
不信に思って送信しないと思います。

本吉さんはかなり英語に慣れている人だと思います。
しかも、歴史にかなりの関心を持っている。
なぜ分かるのか?

それは吉本さんが、このページに続くすべての関連ページを読んでいると言う事です。
なぜ分かるの?と言うと、次のように書いているからです。

“関東地方の各地の名称は、渡来人によってつけられたように思います。”

今から1500年も昔に関東地方に蘇我一族が移住したことは、このページに続く次の最後のページを読まないと書いてないからです。

『渡来人とアイヌ人の連合王国』

つまり、蘇我氏が関東地方に移住したことが書いてあるのがこのシリーズの最後のページなんですよ。
よっぽど歴史に興味がない限り、最後のページまで読むことが出来ないと思います。
あなたも読んでみれば分かりますよ。

最後まで読めたら、あなたもかなり歴史にハマっているはずですよ。
うへへへへ。。。



では。。。

藤原氏関連の記事


■ 『藤原鎌足と長男・定慧』

■ 『渡来人とアイヌ人の連合王国』

■ 『天智天皇は暗殺された』

■ 『聖徳太子の母親はペルシャ人だった?』




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ためになる記事



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2007年03月04日

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ええっ?利息の払いすぎに

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だって、あたくしも利息を

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おほほほほ。。。。

ええっ?

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あなたは、そのような事をのたまうのですかァ〜?

んも〜〜

ありますわよゥ。。。ありますわよォ〜〜



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だから、ここまで読んできたのよねぇ〜?

うふふふふ。。。。

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。バ〜♪〜イ





2007年02月21日

メチャいけるコンピューターゲーム


 

メチャいけるコンピューターゲーム

ゲームに熱中して自殺した少年



おほほほほ。。。。

卑弥子でござ〜♪〜ます。

また出てきてしまいましたわ。

デンマンさんが

出ろッツウンですわよォ。

あたくしは余り

出たくないんでござ〜♪〜ますのよ。

なぜかって。。。?

だって、はずかしいんですのよ。

デンマンさんが、あたくしのことを

晒すのではないかと思ってぇ〜〜、

その事を思うと、

とっても恥ずかしいのですわよォ。

ええっ??

あたくしには恋愛の相手もいないのだから、

晒される事もないだろうってぇ。。。?

んも〜〜 失礼やわぁ〜〜

これでも、平安時代には、もてたのござ〜♪〜ますわよ。

平助さんが、あたしに恋をしたんでござ〜♪〜ますのよ。

あなただって、あたくしの衝撃的な愛の告白を

読んでみたいでしょう?

もし興味があったら次のリンクをクリックして読んで頂戴ね。

『平助さんが卑弥子さんに恋をしたのがウンのつき』

ええっ?そんなことより、ゲームに熱中して

自殺した少年はどうなったのかってぇ。。。?

だから、これからお話しするのでござ〜♪〜ますのよ。

そう、せかせないでくださいましなぁ〜。



あのねぇ〜、
インターネット版のロールプレイングゲーム(RPG)ッツウもんがあるんでござ〜♪〜ますのよ。
中国の天津市の13才の少年が2004年12月に、
24階建てのマンションから飛び降りて自殺したのでござ〜♪〜ますのよ。
これは冗談ではござ〜♪〜ませんのよォ。

それで、どうなったと思いますゥ〜?

それがね、「ゲームが悪影響を与えたことが自殺の原因だ」として、
少年の両親は中国の代理店を相手取り、
損害賠償などを求めて訴訟を起こしたのでござ〜♪〜ますわよ。

この両親が「自殺の原因となった」と主張しているゲームは米国で開発された「WARCRAFT(中国語名:魔獣争霸)」っつうんですのよ。
少年は自殺する2年ほど前から「魔獣争霸」を始めたというんですわよ。

それで、この少年はRPGの体験をもとに、
肉体が死んだあと魂が天に昇っていくさまを描いた小説を書いたのですってぇ〜。
その小説には。。。

「ここ(死後の世界)では、自分より先に他界した友達と
会うことができるのでとても嬉しい。こうして死ぬことは価値がある」

。。。といった表現をしているのですわよ。
マジで、そう思ってしまったんですのよ。
驚きでしょう?

また、少年は自殺する直前にネットカフェで
36時間連続して「魔獣争霸」をやっていたというのですわよ。
36時間ですわよォ〜〜。
マージャンでも36時間ぶっ続けでやるのってつかれますわよねぇ〜〜。
おほほほほっほ。。。。

あなただって、経験があるでしょう?
あたしも、女だてらにマージャンというものにハマッテしまった経験があるのですわよ。
うひひひひ。。。。

それでね、「魔獣争霸」の対象年齢は米国では、13才以上と決められていることから、
両親は裁判で損害賠償のほか、対象年齢や暴力の程度などを
中国でも明示することを要求しているのでざ〜♪〜ますわよ。

中国ではネット中毒の青少年が200万人に達したんですってえええ〜〜
驚きますでしょう?

「青少年は国の宝だ。しかし、ネットに溺れ学業を台無しにしているようでは
何も出来ない大人になってしまう」

中国の政府関係者は、こう言って嘆いているのですってええええ〜〜〜

ええっ?それだけかってえ〜??

違いますわよォ〜〜。
あなただって、ロールプレイングゲームがどのような物なのか、知りたいでしょう?
だから、あなたにも遊んでもらおうと思って、あたくしが出てきましたのよ。

でもね、もしあなたが、ゲームにはまるような性格ならば、やめておいたほうがいいわよ。
24階から飛び降りてしまうかもしれませんからね。
うふふふふ。。。
でも、マジであたくし、本当にあなたの事が心配なんですわよ。

でもね、このロールプレイングゲームは無料だから、ちょっとだけ覗いてみたらいいわよ。
本当にちょっとだけよ!
はまっちゃダメよ。
いいわねぇ〜〜。

どんなゲームだか知りたいでしょう?
ちょっとだけ、教えたげるわね。

Ars Magna 〜封印の大地〜 っていうゲームなのよ。

これはね、MMORPGっつうゲームなのよ。
Massively(またはMassive)Multiplayer Online Role Playing Gameの頭文字をとったものよね。
マッシブリー マルチプレイヤー オンライン ロール プレイング ゲーム つうのよ。

MMORPGを運営するサイトには数台から数十台のサーバがあってね、
1つの仮想世界を作っているのでござ〜♪〜ますよ。
実際には、この仮想世界が数セット用意され、それぞれの世界が独自に運用されているのですわ。

あなたはその世界の住人となり、他のプレーヤーと協力(あるいは対立)してプレイすることができるのよ。
MMORPGでは非常に多数の、しかも見ず知らずの人間が同じ仮想世界上でプレイするため、
一般的なネットワークゲームと比べて、他のプレーヤーとのコミュニケーションを楽しむことが出来るのよね。

MMORPGには基本的にゲームの「終わり」はないのよ。
あなたは仮想世界での日常生活を体験しながら、運営者が用意した突発的なイベントを楽しむことができるのでござ〜♪〜ますわ。

どう?
少しは興味がわいてきたでしょう?
あなたも、この仮想世界を体験してみたら?

ん?どんな内容なのかって。。。?
あなた、知りたいの?
じゃあ、ちょっとだけオセ〜♪〜てあげるわねぇ。

大陸の危機を救うべき立ち上がる戦士たちが居るわけなのよ。
冒険の舞台---それが封印の大地よ。
ここにはまだ未開の地も多いのよ。
プレイヤー達は、冒険を通じて、この大陸に綴られた歴史がそれだけではないことを悟るのよ。



それでね、今、あたくしは封印の大地に来たわけなのよ。
この大地に迫る陰。。。
はたして、プレイヤーは冒険の果てに何を見るのか!?

ええっ?どこかで見た事があるの?
そういうことは、詮索しなくってもいいのよ!んも〜〜

それでね、神とよばれ崇められる存在は一つとは限らない。
神にも上下の関係があり、神とて打算的なイヤ〜♪〜な神も居るのよねぇ〜。
んも〜〜

この大地では神と呼ばれる者たちの利己的な思惑によって幾度となく悲惨な事件が引き起こされたのよ。

歴史とは真理であるが真実ではない・・・
人が知りえる歴史は真実とは限らない・・・
なぜならば、人が知る歴史とは人が記録してきたものだから。。。

果たしてこの世には人が記録してきた歴史しかないのか?
封印の大地を長流する真理を記録した新の歴史を知る術を人は知らない・・・
そう。。。今までは・・・
あの光が差すまでは・・・

封印の大地を大きな影が覆い隠さんとしたその時、一筋の光が差した・・・
理由は分からない。
しかし大地の住人全てが同じ夢を見たいというこの不思議な出来事は、
住人の心に真理の存在を植えつけたのであった・・・
。。。ですってえええ〜〜

今、この大地で大きな変化が起ころうとしているのでござ〜♪〜ますわ。
多くの若者が冒険者となって真理を求めて旅立ち始めたのですわよ・・・

今こそ、封印の大地の歴史に真実を記すため・・・
あの時に見た光に向かって・・・

こういうわけなのよォ〜〜。
どう?
少しは、興味がわいてきたああああ?

じゃあね、次のリンクをクリックして無料でプレーしてみてね。

『くどいようだけれど、ゲームに熱中しすぎて自殺するようなタイプの人はクリックしない方がいいわよ。おほほほほ。。。』

でも、あなただって見たくなるわよねぇ?
でしょう?
ちょっとだけよォ〜。
いいざ〜♪〜ますわね?

じゃあ、ほどほどにねぇ。
Good luck!



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あなたも笑っちゃうわよ。

でも、はまっちゃダメよ。

何事も程ほどにねぇ。

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

2007年02月12日

あなたは利息を払いすぎていませんか?




あなたは利息を

払いすぎていませんか?



今日は取って置きのお徳情報をあなたにお知らせしますね。
お金が急に入用になることってありますよね。

あるいは、もうあなたは相当な金額をカードローンから借りているかもしれません。
誰だって利息を多く払いすぎるのは嫌ですよね。
あなたはどうですか?

もちろん、一円でも利息を少なく払いたいでしょう?

ここで紹介する“お徳ローンカード”は、あなたのための低利息カードです。

実質年率7.8%です。

利用可能最高額は300万円です。

それに、これが最も重要ですよね。
入会金・年会費は無料です。

たとえば、このお徳ローンカードで実質年率7.8%で10万円を30日間借りたとします。

すると、利息はたったの641円です!

ちなみに、同条件で他のローンカードと比較してみました。

銀行系ローン会社(実質年率15.0%の場合)利息は1,232円

大手消費者金融系(実質年率25.0%の場合)利息は2,054円

このお徳ローンカードが使える端末は
提携CD・ATMネットワークを含めて全国で14万2千台です。

銀行系ローン会社では3万台。

大手消費者金融系では8万台です。

お分かりいただけたでしょうか?

このお徳ローンカードはすべての点で他のローンカードと比べて優れています。

とにかく、入会金・年会費は無料ですよ。

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ええっ?無利息のローンカードはないかってお聞きですか?

ありますよ!ただし、10日間だけ無利息です。
入会金、年会費は無料です。
10日間が過ぎると利息がつきますよ。

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ええっ? 10日間では少なすぎるのですか?

それならね、30日間無利息がありますよ。
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2007年02月07日

夢のマイホーム



夢のマイホーム





あなたもマイホームの夢を実現しませんか?

一生に一回買うか買わないかの不動産だから、絶対に失敗するわけに行きませんよね!
しかし、それだけに失敗はつきものです。
しかも金額が大きいから、不動産屋や建築会社のセールスマンがむらがって、
結局セールスマンの思う壺に、なんてことがないわけではありません。



不動産屋に振り回されないように!

あなたは不動産を探すときに、どのようにしていますか? 
もしかして、新聞や折り込みチラシを見て、いきなり電話を掛けているのではありませんか?
もしそうだとしたら、ちょっと考えてみる必要があります。

最近の不景気により、完全歩合給の営業マンも多くなっています。
完全歩合制の営業マンは、とにかく売らないと生活できませんから、
相手の事などお構いなしに言葉巧みに売りつけようとします。
しかも、たいてい長続きしませんから、後で文句を言おうとしても、
本人はやめている場合がほとんどです。

プロの目から見たら、一般購入者の方は赤子も同様です。
騙そうと思ったら、比較的簡単に思う壺にはめることができるでしょう。
中には怖い不動産屋も居ます。
いくつか物件を見せてもらったけど、気に入るものが無くて断ろうとすると
「これだけ親切に、幾つも物件を見せてやったのに、断るとは何ごとだ!」
などと脅しをかけてくるということも聞いたことがあります。

不動産というのは、たいてい一生に一度しか買わないものだから、
お客とは、もう二度と顔を合わせない。
だから何をやったっていい、なんて考えている悪徳業者も居ないわけではありません。 



まず、予習を! 

初めからすべて不動産屋に任せきりというのも問題があります。
あなた自身がかなり詳しく不動産売買に関して知っていれば、
不動産屋の態度も変わってくるものです。
要するに、この人はだませそうもない、と思わせるぐらいあなた自身がいろいろとマーケット情報をつかんでおく必要があります。
一口で言えば、『予習をしておく』ということになるでしょうね。

ええっ?どのように予習するのかって。。。?

とりあえず、資料集めから始めたらどうですか?
何事も一歩を踏み出すことが大切ですよ。
あなただってテストを受ける前には試験勉強をしたことがあるでしょう?
マイホームを実現するためにもその準備が必要ですよ。

だから、どうするの。。。?

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だからね、あなたもこの機会に入会してみたら?

ええっ? マイホームは欲しいけれど、
働いても働いても暮らしが楽にならない。。。

あなたの嘆きが聞こえてきそうです。
でもね、嘆いていてばかりじゃ一歩も前に進みませんよ。
そういう時には住宅ローンを考えるのよ。

無料で相談できるところがありますからね。
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とにかく予習の第一歩を踏み出す事ですよ。
何事も準備が大切です。
あなたの夢のマイホームも決して夢ではありませんよ。
じゃあ、がんばってね。





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