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2009年09月23日

女とクラシック

 
女とクラシック






バスに乗り込んだ途端、ハーーイ、Mister Ota, Helloオーオ!、という女の子の大声が一番後ろの席から聞こえた。見ると、我が家の隣のChristineが、腕を170度ぐらいに大きく振って、にこにこしている。他の乗客は、いっせいに私を見ている。彼女が高校生のときであった。そして、大学に進んでドイツ文学を専攻した。それ以来、しょっちゅうドイツに行っている。今でも、まったく、彼女は天真爛漫である。

それが、彼女の母親、Victoriaの悩みの種なのだ。なにせ、三ヶ月と言って出て行って、一年以上、半年と言って、一年半も家に帰って来ないのである。大学も除籍になりかかったことがある。叱っても、娘の返事は、“Don't worry”だそうだ。そして、Victoria は、Masahiro、今月の電話代いくらかかったと思う?$5,000以上よ、とこぼしていた。Christineが collect callで掛けてよこすからであろう。その挙句、先日は、金送れ、と言ってきたので、喧嘩してしまった、としょげていた。




145ページ
『前奏曲集』 (私はアマチュアである) 作品1の2
著者: 太田将宏
初版:1989年7月 改定:2006年5月

(注: イラストはデンマンが貼り付けました。)




デンマンさん。。。今日は太田さんのクラシックの本から面白いエピソードを書き出したのですわね。



そうですよう。レンゲさんも面白いと感じますか?

感じますわ。日本ではなかなか見られない光景ですものォ〜。

確かにそうですよう。日本では、バスに乗ったら、皆、澄まし込んでいますからねぇ〜。良く言えば、お行儀がいいのですよう。悪く言えば取り澄ましているのですよう。女子高生がたとえ隣のおじさんとバスで乗り合わせても、大声を出して手を振って挨拶するなんて日本ではまず考えられませんよう。

そうですわねぇ。うふふふふ。。。

あのねぇ〜、実は、お袋の付き添いで僕は熊谷市の郊外にある循環器・呼吸器病センターへ熊谷駅からバスに乗って出かけたことがあったのですよう。

センターのお医者さんと事務長さんを相手に苦情を言ったという。。。その時の事ですか?

そうなのですよう。次の記事の中で書いたことだから詳細はここには書きません。

『鼾と妊娠 (2008年6月9日)』

それでバスの中で何かあったのですか?

いや。。。とりわけ何が起こったと言う事ではないのだけれど、たまたまバスの料金を運転手さんに聞いたら、反対側に座っていたおばさんがすぐに答えてくれたのですよう。それで、そのおばさんとセンターに着くまで世間話に花が咲いたのだけれど、お袋が一人座席に座った、すぐ後ろから、“みっともないから大きな声で話すんじゃないよう”と、まるで子供に注意するように叱られましたよう。

あらっ。。。叱られてしまったのですか?うふふふふ。。。

そうなんだよねぇ〜。。。日本では、車内で携帯電話をするのもダメでしょう。

そうですわ。電車の中などでは、しばしば車掌さんが車内放送で携帯の電源を切るか、マナーモードにしてください、と言うような事を放送しますから。。。

カナダでは、車内でも皆、平気でケータイで話していますよう。。。やっぱり、お国柄(くにがら)ですかねぇ〜。。。

。。。で、デンマンさんは、そのおばさんとお話をするのを止めたのですか?

いや、止めませんでした。バスの乗客は、せいぜい10人ぐらいで、すいていたのですよう。だから、特に迷惑だと思うような人も近くには居なかった。だから、僕はお袋の注意には耳を貸さないで話し続けたのですよう。。。もちろん、バスから降りて、お袋には説明しましたけれど。。。

。。。で、お母様は何とおっしゃっていました?

「カナダでは、バスの中でも、皆が平気で雑談するのかい?」。。。と半ば呆れていましたよう。うしししし。。。

それで、なぜ上のエピソードを持ち出したのですか?

9月16日の記事の中で僕は次のエピソードを書いたのですよう。ちょっと読んでみてください。


縦型社会の日本は、本当に自由で平等な

横型社会になれるだろうか?




僕も実は教育の現場に立った事があるんですよ。
教育実習で仙台商業高校の1年生に数学を教えた事があります。
カナダでは大学でコンピューターと社会人クラスでは国際貿易(インターナショナルマーケティング)を教えた事があります。
(もちろん英語で教えたわけですよ。うへへへへ。。。。)

でも、歴史に関しては素人です。
しかし、もう20年近くヨーロッパ史、古代オリエント史、古代ギリシャ史、古代ローマ史、古代日本史、古代中国史、古代インド史、。。。を自習しています。
つまり、僕は20年近く“歴史馬鹿”であり続け、歴史の本や映画を暇があれば片っ端から観たり読んだりしてきました。
もちろん、日本史や世界史を高校の時に勉強しました。古文・漢文も勉強させられました。

そういうわけで、僕も上の持統天皇の歌を学校で勉強した事があります。
僕の高校時代の恩師は京都大学の哲学科を卒業した先生で、僕のクラス担任でもあったし、歴史の先生でもあった人です。
この青木先生の教育のスタンスは、ちょうどこの章子さんと同じようでした。
つまり、人道的な立場に立って、人間性を重要視するというスタンスです。

そういうわけで、章子さんの文章を読んだ時に、懐かしく青木先生のことが思い出されてきたのです。
この恩師に高校の同窓会でお会いしたのですが、“加藤君”ではなく、“加藤さん”と呼ばれたときには面食らいましたね。



僕は現在カナダに居るのですが、200人程度のコンサルティング会社で働いた事もあります。
課長であろうが、部長であろうが、社長であろうが、Mr.Bushなんて呼んだ事は一度もありません。
Georgeと呼びすてですよ。

IBM のような伝統的で歴史のある大会社ならともかく、中小企業なら、間違いなくファースト・ネーム・ベースで付き合うものです。
つまり、名前(ファーストネーム)を呼び合う事が当たり前です。
役職だとか年齢には全く関係しません。
Mr.Bush と呼ぶと。。。
Call me George, will ya? 。。。という返事が返ってくるほどです。



青木先生は飾らない先生で、権威に対しても、おもねるような所がない人でしたから、“加藤さん”と呼ばれた時、僕は唖然とするというか、かなり面食らったのですが、
内心では。。。というか、直感的に、
“なるほどなあああ。。。教職の現場から離れるという事は、社会人として付き合うということなのか。。。?”
。。。こう思ったものですゥ。

しかし、社会に出て、一体幾人の人が青木先生のような態度が取れるか?
日本には歴然として、先輩・後輩の付き合いがありますよね。
先輩に対して“。。。君”とは言えないし、
先輩だって、後輩に向かって“。。。さん”とは言わない。
これは卒業してからも終生日本では続きます。
こういうところに、僕は日本の縦型社会を感じるんですよ。

そういう体育会系の付き合いを僕は良く知っているだけに、青木先生から“加藤さん”と呼ばれた時の僕の内心の驚きを察してください。
つまり、僕は、青木先生のスタンスに横型社会を感じたんですよね。
要するに、どちらかと言えば欧米の社会です。
つまり、自由平等。
市民社会です。

(ところで、欧米では教室でも先生の僕をファーストネームで呼ぶ人も居たほどです。
半分ほどの生徒は僕をファーストネームで呼びましたよ。
もちろん、慣れてしまえば、全く抵抗がないものです。日本では絶対に考えられない事でしょうね。)




『いにしえの愛とコミュニケーション (2007年1月8日)』より

『熊校の思い出 (2009年9月16日)』に掲載


この上の記事の中で名前(ファーストネーム)で呼び合うという事を書いたけれど、太田さんと隣のビクトリアおばさんも名前で呼び合っているのですよう。

そうですわねぇ。隣のおばさんは Victoria と呼ばれ、太田さんは Masahiro と呼ばれているのですわね。

ビクトリアの娘の、当時高校生のChristineは、太田さんのことをMister Otaと呼んでいるけれど、生粋(きっすい)のカナダ人ならば、お母さんと同様にMasahiroと呼ぶはずですよう。

ビクトリアと娘のクリスティンは生粋のカナダ人ではないのですか?

太田さんの本を読んでいたら、隣の家族はドイツ系の移民らしい。

それで、Christineはドイツ文学を専攻したのですか?

たぶんねぇ。。。それにドイツ人は昔の日本人のように礼儀正しいところがありますよう。だから、太田さんがお母さんの友達なので、Mister Otaと呼んだのですよう。

何か根拠でもあるのですか?

あのねぇ〜、僕がトロントで下宿していた時の家のおじいさんは名前がJohn Williamsと言うのですよう。隣に住んでいた3歳のマイクは、5代前の先祖からカナダに住んでいたから、いわば生粋のカナダ人ですよう。

それで。。。?

日本では考えられないことだけれど、この3歳のマイク坊やが、隣のおじいさんをジョンと呼んでいたのですよう。初めて聞いた時には僕は呆れましたよう。(爆笑)

3歳の坊やが70歳のおじいちゃんを名前で呼ぶのですか?

そうなのですよう。でも、分かるでしょう?。。。女子高生のクリスティンが回りもかまわずに太田さんがバスに乗り込んだ途端、ハーーイ、と大声で一番後ろの席から声を掛けて、腕を170度ぐらいに大きく振って、にこにこしている。とにかく、親しみを体、全体で表現しますよう。名前で呼び合うという意味は、その親しさが込められているのですよう。この事は、太田さんのような経験をしないと良くは理解できないかもしれません。とにかく、親しみの表現の仕方は、日本人とは次元が違いますよう。

つまり、その事が言いたいためにデンマンさんはクリスティンと太田さんのエピソードを持ち出してきたのですか?

いや。。。違うのですよう。実は、上のエピソードは太田さんの本の中で Robert Schumann (ロベルト・シューマン)の紹介ページに書いてある小話なのですよう。ついでだから、『ウィキペディア』の説明も読んでください。


ロベルト・シューマン
 


ロベルト・シューマンと妻・クララ

1810年6月8日 - 1856年7月29日
ドイツの作曲家、音楽評論家。
ロマン派音楽を代表する一人。名ピアニスト。
クララ・シューマン(Clara Josephine Schumann, 旧姓ヴィーク Wieck)は妻である。

1834年の夏には、エルネスティーネ・フォン・フリッケンとの恋愛事件があり、それは『謝肉祭』と『交響的練習曲』が生まれるきっかけとなった。
その後、ヴィークの娘の名ピアニスト、クララとの恋愛が進行し、2人は婚約した。それはヴィークの激しい怒りを買い、シューマンとクララはつらい思いをせざるをえなかった。
そのような日々の中で『幻想小曲集』(作品12)、『幻想曲』、『クライスレリアーナ』などが作曲された。
1839年、2人は遂に訴訟を起こし、翌年結婚が認められた。
2人の間には8人の子供が生まれた。



 ヨハネス・ブラームス

1853年9月30日、シューマン家に当時20歳であったヨハネス・ブラームスが訪問し、彼は自作のソナタなどをシューマンとクララに弾いて聴かせたが、これに対してシューマンは久しぶりに評論を書き、「新しい道」という表題でその若者を強く賞賛し、未来を予言した。
ブラームスは晩年のシューマンの希望の星であった。

しかしブラームスと出会ってから半年もしない1854年に入ると、本人も自覚していた元々の躁鬱、音楽監督時の精神的疲労に加え、青年期に娼婦より罹患した梅毒に起因するとされる精神障害が著しく悪化し、2月27日にデュッセルドルフのライン川に投身自殺を図った。
間もなく助けられたが、その後はボン・エンデニッヒの精神病院に収容され、面会謝絶のためクララにも殆ど会う機会は与えられなかった。
1994年に当時のカルテが公開され、梅毒の症状が認められた上、シューマンは『デュッセルドルフが消滅した』と真剣に語ったという(医師は病名を巧妙に書き換えていた)。
クララは医師に告知されてショックを受けた。

シューマンは病床でも作曲を試みるなどしたが、回復しないまま1856年7月29日にこの世を去った。
この時期に書かれた作品や手紙はクララによって後に破棄された。
最後の言葉は、ワインを指につけて夫にしゃぶらせるクララを腕に抱いて囁いたという「俺は知っている」(Ich weiß)であった。
クララがその様子を日記に書いている。
これがブラームスとクララ・シューマンの不倫の事なのかどうかまでは、ついに決定的証拠が残されることがなく、現在でもシューマン研究の論争の種である。
なお、かつてシューマンの8人目の子供フェリックス(1854年 - 1879年)はブラームスの子供ではないかとの憶測を呼んだが、現在は否定的な見解が多い。
しかしこの件でシューマンは、自分に似ていないということでクララと喧嘩をしている。

シューマンはまずベートーヴェンの音楽から大きな影響を受けた。
ベートーヴェンの交響曲のような作品を書くことが少年シューマンの夢であった。
また、フランツ・シューベルトの詩的情緒にも魅了された。ヨハン・セバスティアン・バッハの対位法は彼にとってロマンティックで神秘的なものを感じさせた。
鋭い感性と知性に恵まれていたシューマンは、ホフマンやジャン・パウルなどのロマン主義文学からも深い影響を受け、その作品は、ドイツ・ロマン主義の理念を、音楽家として最も純粋な形で表現し、その精髄を示しているとみなされる。
  
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 
つまり、デンマンさんはロベルト・シューマンに興味を持っているのですか?

もちろん、僕はシューマンの名前ぐらいは聞いたことがある。でもねぇ、正直言って、シューマンの作品を僕はこれまでに聴いたことがないのですよう。思い出す限り、シューマンの LP や CD を自分でかけて聞いたことがない。

マジで。。。?

うしししし。。。自慢にならないけれど、僕はクラシックに、それほど興味がない。

それなのに、どうしてシューマンの事を持ち出したのですか?

あのねぇ〜、そもそものきっかけは僕が『縦型社会の日本は、本当に自由で平等な横型社会になれるだろうか?』という記事を引用したからなのですよう。

上の引用とシューマンは関係なさそうに見えますけれど。。。

引用の中でカナダでは役職や年齢にかかわらず、名前(ファーストネーム)を呼び合うのが普通だと書いた。その時、ふいに太田さんが本の中で書いたビクトリアと娘のクリスティンのエピソードが思い浮かんだのです。

それで、記事になるかもしれないと思って、太田さんの本を探したのですか?

そうなのですよう。。。手にとって読んでみたら、そのエピソードがロベルト・シューマンの紹介ページに書いてあった。

それで『ウィキペディア』でロベルト・シューマンを調べてみたのですか?

そうなのですよう。。。そうしたら、なんとヨハネス・ブラームスがシューマン夫婦と深くかかわっているのが分かった。

ブラームスと言えば、デンマンさんが小学生の頃、器楽部でコントラバスを弾いて『ハンガリア舞曲第5番』を演奏したのですよね。

そうですよう。僕にとってクラシックとの初めての出会いでした。詳しいことは次の記事の中で書きました。



ハンガリーの首都・ブダペストを流れる

美しく青きドナウ川


『暑中お見舞い(2009年8月9日)』

「ハンガリア舞曲第5番」と「美しき青きドナウ」のこと…

つまり、『ウィキペディア』でロベルト・シューマンを調べたら、『ハンガリア舞曲』を編曲したブラームスのことが出てきたので、デンマンさんは俄然興味が湧いてきたのですか?

その通りですよう。しかも、ブラームスとクララ・シューマンとの間にラブロマンスがあったと言うことが書かれてある。だから、この話題を取り上げれば絶対にレンゲさんにもウケルと思ったのですよう。うししししし。。。

要するに、ブラームスとクララ・シューマンとのラブロマンスに惹かれて『女とクラシック』というタイトルを考え出したのですか?

そうですよう。。。レンゲさんだって、このような話題ならば絶対に興味があるでしょう?うししししし。。。

つまり、あたしが不倫の悦びと苦悩を経験したので、あえてブラームスとクララ・シューマンの不倫を持ち出してきたのですか?

いけませんか?

。。。で、デンマンさんもブラームスとクララ・シューマンの間に男と女の関係があったと考えているのですか?

いや。。。僕は断定しているわけではありません。。。でもねぇ。。。、可能性は十分にありますよね?

デンマンさん。。。!

何ですか。。。レンゲさん?

そう言うのを世間では何と言うのかデンマンさんはご存知ですか?

何と言うのですか?

“下衆(げす)のかんぐり”と言うのですわ。


下衆 ・ 下種 (げす)

1) 身分の低い者

2) 根性の卑しいこと(者)

出典: 三省堂『新明解国語辞典』


つまり、僕が根性の卑しい人間だとレンゲさんは言うのですか?

そうですわ。

あのねぇ、レンゲさん。。。こういう話題があるからこそ、クラシックの記事を読もうと思う人が現れるのですよう。。。下種だ、馬鹿だ、チョンだ!と言われようが、どう呼ばれようが、こういう下世話な話題がクラシックの世界にあるからこそ、クラシックの本を手にとって読もうかな?そういう気持ちになるのですよう。もし、クラシックの世界に、こういう色恋沙汰(いろこいざた)が無かったら、クラシックほどつまらないものは無いのですよう。

デンマンさん!。。。そのような事を言うと太田さんがムカついて成りすまし馬鹿さんのようなコメントを書くかも知れませんわよ。

いや。。。意外に太田さんは同意するかもしれませんよう。うししししし。。。

。。。で、デンマンさんはブラームスとクララ・シューマンとのラブロマンスを持ち出してきて、その真相を突き詰めようと思っているのですか?

いけませんか?

クラシックのお話を持ち出しておきながら、色恋沙汰に関心を移してしまう。。。。それは。。。それは。。。クラシックの邪道と言うものですわ。

あのねぇ〜、この記事を読んでいるほとんどの人はクラシックなど、どうでもいいのですよう。

あたしは、そうは思いませんわ。『女とクラシック』の“クラシック”に惹かれて読みに来た人がたくさん居ると思いますわ。

僕は、『女とクラシック』の“女”に惹かれて読みにやって来た人の方が圧倒的に多いと思いますよう。

その根拠でもあるのですか?

ありますよう。REALOGのブログで調べた検索キーワードトップ10を見てください。



この統計を見ると、「おばさんパンツ」が含まれる語句がトップ10の中に6つも含まれる。

他のブログではどうですの?

じゃあ、ANISENのブログで調べた検索キーワードを見てください。



こちらは「エログロ」がダントツですよう。。。つまり、どちらの場合も“女”が関係している。「クラシック」など、まったく番外ですよう。

それは、デンマンさんが「おばさんパンツ」や「エログロ」の記事をたくさん書いているからですわ。

いや。。。決してそんなことはありません。

証拠でもあるのですか?

ありますよう。証拠を見てください。


日本 デンマン : 41,000件

音楽 デンマン : 39,100

ネット デンマン : 28,900

愛 デンマン : 23,600

歴史 デンマン : 18,100

結婚 デンマン: 18,000

レンゲ デンマン : 15,500

家庭 デンマン : 12,900

小百合 デンマン : 8,160

漢字馬鹿 デンマン : 5,810

詩 デンマン : 4,310

源氏物語 デンマン : 2,460

はてなダイアリー デンマン : 98

軽井沢 デンマン : 97

おばさんパンツ デンマン : 90

エログロ デンマン : 65




GOOGLEでの検索結果
(2009年6月7日現在)

『おばさんパンツが並んだ (2009年6月11日)』より


レンゲさんにも分かるでしょう?「おばさんパンツ」や「エログロ」を話題にして書いた記事は最も少ないのですよう。僕の書いた記事の中では音楽に関する記事の方が圧倒的に多いのですよう。それにもかかわらず、検索して読みにやって来る人は「おばさんパンツ」や「エログロ」を入れて検索してやって来る。

分かりましたわ。。。それで、デンマンさんはブラームスとクララ・シューマンのラブロマンスを書いた方が読者の皆様にウケルと信じているのですわね?

いや。。。僕は信じたくないけれど、検索キーワードの統計を見るとブラームスやシューマンの曲よりも、ブラームスとクララ・シューマンのラブロマンスの方に興味を持っている人の方が圧倒的に多いのですよう。

分かりましたわ。。。それで、デンマンさんはシューマンの8人目の子供フェリックス(1854年 - 1879年)はブラームスの子供だと信じているのですか?

いや。。。その可能性は大いにあるけれど、僕は、そうだとは思いません。

その根拠でもあるのですか?

根拠と言うほどの強力な物的証拠は無いけれど、太田さんが次のように書いていました。読んでみてください。




J.Brahmsの『Händelの主題によるヴァリエイションとフーガ』(Op.24)を聴いた。この作品は、案外に、聴く機会が少ない。聴きながら、何故か。この曲を Clara Schumannは、どのように弾いたか、が少し気になった。それは、多分、先日、Claraがこの曲に触れて書いた文章を読んだせいかも知れない。


Johannes の Händel の Variationen を弾いた。ひどく神経質になったが、完全に演奏し、熱狂的な喝采を受けた。Johannes の冷淡さは、私をひどく傷つける。彼は、この変奏曲を、到底、聴いてはいられない。自分の作品を、じっとして聴くことほど怖ろしいことはない、と言う。


---との彼女の日記の一文であった。私がそれを、たまたま憶えていたのは、私もBrahmsの態度に、Claraの書いた通りだったとして、何かひっかかるものを覚えたからである。単なる意識過剰のせいではなかったのではないか、と何とはなしに感じたのである。

A.Honeggerは「Je suis Compositeur」という本の中で、


私は、無論、作曲中の音楽を頭の中で響かせることはできる。しかしながら、私の下手なピアノをもってしても、書かれた音楽を実際の音にすることは、必要で意味がある。


---と言っていた。

 (中略)

Claraの日記を読んでいたときは、あ、Brahmsは、そういう性格の男だったのか、と軽くも受け流せたけれど、どこか釈然としなかったのは、Honeggerの言葉の故もあったのであろう。

このOp.24の変奏曲は、Brahmsの自信作であった。Claraのために書かれたこの曲は、その後、彼が度々と自演したのみならず、宿敵、R. Wagnerの面前で演奏した事すらあったほどである。作品そのものに自信が無かった故ではなかった、とすると、原因は、むしろ、Claraの方にあった、と考えるべきであろう。

Brahmsは、どんな音楽が鳴り出すか、当の作曲家にも見当がつかないような類のHonegger以後の作曲家とは異なっていたからである。



原因がClaraの方にあった、ということは、理由はJohannesの方にあった、ということでもある(草子地: 私は、ここで、JohannesのClaraに対する思慕の気持は、あえて無視して書いている。彼は、少なくとも、自身の作品に対しては、そうした心情とは無関係に判断できる程度には、Professionistであった、と信じたいからである)。先を急ごう。原因は、単純、簡単で、Claraの日記にあったとおりに、彼女が「完全に演奏」したからである。そして、Johannesは、何かを思ったのだが、それを言わない方が良い、と決めたのだ、と私は想像する。

何故、Johannesは、言わずにこしたことはない、と感じたのであろう(草子地: あぁ、男どうしだ、よく解る)。完全に弾いた、と思っている女性には、何を言っても無駄であろう。いや、ひとたび、口から言葉が出たならば、怖ろしい事になる。まして、その「完全」さに、違和感をもった彼としては、である。

Claraの日記には、本当に、問わず語りで、良く自分自身が描けている。彼女は未亡人になってから五年を経てなお、お嬢様であった。Johannesの冷淡さ、に「傷つ」いている彼女は、単純に、要するに褒めて欲しかったのであろう(草子地: 男は、おぼっちゃんでも、まず、ああいうことは言わない、書かない。男には含羞がある)。そして、そうしたお嬢様は、akademischな完全主義者になりやすい。そのPedantismusには、Johannesどころか、Robertだって苦笑したときがあったのではないか。一番に困るのは、その様なお嬢様が傷ついたとき、誰が見てもの悲劇のヒロインになった、と感じたときである。その時は、終末である。

私の愚妻は格別として、どうして、作曲家には愚妻が多いのであろうか。一寸数えてみても、H.Purcell, F.J.Haydn, R.Straussとすぐに思い出せる。 Purcellなんぞは、奥方に締め出されて、肺炎になって、それが因で死んでしまったほどである。W.A.Mozartの奥さんは、浪費家であったらしいが、悪妻というよりは、どちらかというと、よそ様の愚妻と思われる。他人事ではあるけれど。




149−150ページ
『前奏曲集』 (私はアマチュアである) 作品1の2
著者: 太田将宏
初版:1989年7月 改定:2006年5月

(注: 写真はデンマンが貼り付けました。読みやすいように改行を加え、引用部を色を変えて分かり易くしています。外国語や文字には手を加えていません。できるだけオリジナルに忠実に転載しています。)


太田さんは『ウィキペディア』の説明とは異なり、ずいぶんと穿(うが)った解釈をしておられるのですわね。。。

そうですよう。。。確かにクララの日記を読むと彼女の内面が見えてきますよう。

。。。で、クララとブラームスのラブロマンスはどのようになったのですか?

もちろん、僕の推測の域を出ないけれど、クララは、少なくともオツムの中では完璧主義者だったと思いますよう。そういう女性と付き合うのは大変なことですよう。

どうして?

あのねぇ、クララは『Händelの主題によるヴァリエイションとフーガ』(Op.24)を完全に演奏したと信じきっている。熱狂的な喝采を受けたと思い込んでいる。でも、ブラームスは、そうは思っていない。率直な人でも、クララの完全主義的な性格を知っていれば、何も言えない。だから、ブラームスは黙っていた。言えば、クララがブラームスの冷淡さに傷ついている以上に、もっと傷ついてしまう。

それで。。。?

言いたい事も言えないような関係にラブロマンスの発展はありませんよう。そのような関係の中からは子供は生まれないものです。 


【レンゲの独り言】



ですってぇ〜。。。
あなたは、どう思いますか?
それでも、子供ができると思いますか?

ええっ。。。子供は音楽に関係なくできるものだ!

確かに、ワンちゃんやニャンニャンは音楽に関係なくサカリがくれば子供を産みます。
でも、人間は単純にサカリだけで子供を産めるものではありません。

ええっ。。。でも、産めるって。。。?

だから、それは、音楽に関係なくワンちゃんやニャンニャンのように交尾するからですわよう。
うふふふふ。。。

とにかく、面白い話がまだ続きますう。
あなたもどうか、また、あさって読みに戻ってきてくださいね。
では。。。




メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

1999年夏の「東芝事件」は

ネットでも画期的な事件でした。

東芝製ビデオデッキの修理に関し、

その対応に腹を立てた消費者が、

経緯をネットで公開したのです。

東芝側はホームページの一部削減をさせるため

「名誉権と営業権に基づく妨害排除の請求」の

仮処分を申請しました。

しかし、社会的な批判が高まり、

急遽謝罪を表明したのです。

仮処分の申し立ても取り下げました。

やはり、企業と言えども法の下には

個人と平等なのですよね。

「はてなダイアリー」のユーザーとして

デンマンさんが「はてなダイアリー」の問題点について

たくさん記事を書いています。

ユーザーと「はてなダイアリー」との関係も、

もちろん対等であるべきですよね。

ユーザーが不満を表明し、

釈明を求めているのであれば、

「はてなダイアリー」も誠実に対応すべきだと思います。

ネットの世界は単に現実世界の

向こうの虚像ではありません。

東芝事件のように、

ネット上で激しさを増したユーザーの声は、

間違いなく現実社会に戻ってくるからです。

デンマンさんが「はてなダイアリー」を批判しています。

興味があったら次の記事を読んでみてくださいね。

『はてな批判 (2009年5月24日)』


 
ところで、英語の面白い話をまとめました。

興味があったら、

次のリンクをクリックして

読んでください。

■ 『あなたのための 楽しい英語』



■ 『性の俗説 (2008年3月4日)』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

 




2009年09月16日

熊校の思い出(PART 1)

  
熊校の思い出(PART 1)




イモフライが運んできた思い出。

行田のデンマンです





From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp
Date:Thu, 1 Nov 2007 12:06





行田の名物で おいなりさん ってありますか?
佐野は ふみきりずし っていう 駅の近くの
昔からのおいなり 専門の店 おいしいとこあります。
そして イモフライ、 ソースがきめて
是非 一度ご賞味あれ。持って行きます。


10月30日、6時間パックでミルミルでメールや記事を書きました。
6時間で1500円です。
昼食がついて、飲み物は飲み放題ですよ。
ウィンナコーヒー(Vienna coffee)が僕のお気に入りです。



ここは挽(ひ)き立てですよ。
注文を聞いてから挽き立てでコーヒーをドリップします。
生クリームの冷たさが自転車をこいで温まった体にはメチャすがすがしいのですよ。
昼食は“具沢山の中華丼”を注文しました。
単独で注文すると税込みで525円です。
もちろん、1500円の中に含まれています。
そのあとで、クリームソーダを飲んで、
一休みして。。。

当然ですが、記事を書きながらアメリカンを飲みます。
それから、ホットミスク。。。
その後でダージリン。。。
ネットやり放題で、昼食がついて飲み放題で。。。
これで1500円ですからね。
チョー得をした気分で帰宅できます。
いま、ウィンナーコーヒーを飲みながら書いています。
\(⌒∀⌒)ノキャハハハ。。。

ところで、30日に帰宅してからテレビを見たら、
6時のNHKの“首都圏ネット”で佐野の“イモフライ”を取り上げていましたよ。
佐野の高校生がオリジナルなソースを開発するというレポートをやっていました。
佐野市にある醤油屋を訪ねて“ピリカラ”のソースを開発したという話です。
実は、子供の頃の神社のお祭りで、よく“イモフライ”を食べました。
多分、佐野市あたりで作っていた人がやって来て屋台を出していたのかもしれませんね。
多分、食べれば、その頃の思い出がよみがえってくるはずですよ。




日光の らっきょ や
こっぺパンの店(すごく噛みごたえのあるパン)
行田にも昔からの老舗 があると思うけど。


行田には“十万石の饅頭”がありますよ。






人間 におい や 食べ物で 覚えてるところが あります。
目より、鮮明にはっきりその時を思い出させてくれて。


そうですよ。
確かに、思い出を食べるのでしょうね。






とろけるように甘〜いエッグタルト

あの あま〜い タルト。ジンジャーのクッキー。
Vancouverに着くと、すぐ思い出の甘い物の店にいきます。
私が年老いて、行ける時までVancouver に行きたいな。


そうですよね。
バンクーバーは良い所ですよゥ。
僕にとってはパラダイスです。

\(^Д^)/ ギャハハハハ。。。。




たいして高いものでもなく、贅沢な食べ物でもなく。
ただ の思い出の 食べ物。これを食べたくて。 
私はいつも思い出を食べている。


なるほど。。。なるほど・・・
よ〜♪〜く分かりますよ。

♪┌(・。・)┘♪




高校の時、館女(館林女子高校)にかよって、
今もある 山屋のうどん家
ここのを 食べると 時間もタイムスリップする。
あの時、あの味 そのまま。
館女のすぐ近くの川魚のすりみ、ごぼうあげ
今もやっていて たまに食べます。

おいしいとかでなく
思い出を口に入れるのです。
父もよく食べました家族の共通の味。

デンマンさんもある?
行田に帰ると かならず食べるもの。


ありますよ。ありますよ。
“行田のフライ”をいつも食べますよ。
夕べも食べました。



ところで、佐野市の“イモフライ”のルポルタージュを見終わったら、
なんと!行田中学校の3年5組の時のクラスメート(女性)から電話がかかってきたのですよ。
名前を聞いた時には全くイメージが思い浮かばなかったのですよね。
彼女が去年、僕の家に電話したときに、“毎年10月か11月に帰省する”という事を僕のお袋から聞いたので、帰っているだろうか?と思って電話したと言うのです。
1時間半ぐらい話し込んだのですが、30分ぐらい話した頃に急にイメージが思い浮かんだんですよ。
“悦子さんの親しい友達です。南小学校時代からの友達です”、と言われて初めて絹子さんの顔を思い出したのです。

この悦子さんが極めてユニークな女性で僕の思い出の中では忘れる事ができない女性です。
その友達だと言ったものだから、絹子さんの顔を思い出すことができた。
この二人はいつも一緒に居たものです。二人とも実に仲が良かった。



悦子さんも絹子さんも美人ですよ。
悦子さんは現在でも都庁に勤めています。
僕は初恋の人が他のクラスに居たので二人に必要以上に接近しなかったのですが、
当時、初恋の人が居なかったら、どちらかを恋人にしていたかもしれません。

そうですよ。
中学校3年の時に僕の家に二人がやって来て白久(秩父市荒川白久)のスケートリンクに行く計画を立てたことを思い出しました。
絹子さんの話を聞いて30年以上忘れていた思い出がよみがえってきました。
30年以上も封印されていた思い出です。

“思い出を食べる”
“イモフライ”がもたらした奇妙な思い出でした。
では、お目にかかることを楽しみに。。。




『懐かしい思い出 (2007年11月5日)』より




デンマンさん。。。今日のタイトルは熊谷高校時代の思い出でござ〜♪〜ますわ。。。それなのに、どうして中学時代の同級生の悦子さんと絹子さんが登場するのでござ〜♪〜ますか?



あのねぇ〜、絹子さんが突然電話してきたことから意外な方向に話が進んで行ったのですよう。

つまり、高校時代の思い出と関係あるのでござ〜♪〜ますか?

そうなのですよう。

“縁は異なもの味なもの”

卑弥子さんも、この諺を聞いたことがあるでしょう? 

もちろん、ござ〜♪〜ますわ。人と人との縁はどこでどう結ばれるか分からないので、不思議で面白いものだ、と言う事でござ〜♪〜ますわ。

さすがは京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子准教授ですねぇ〜。。。卑弥子さんが博識なので感心しましたよう。

その程度のことならば中学3年生でも知っていますわよう。。。んで、デンマンさんと絹子さんの縁が不思議で面白いのでござ〜♪〜ますか?



改めて考えてみると、絹子さんとの縁はとっても不思議なのですよう。

どう言う訳でござ〜♪〜ますか?

あのねぇ〜、「ピアノの縁」かもしれないのですよう。

「ピアノの縁」と言えば恵美子さんですわね?

卑弥子さんは良く覚えていますねぇ〜?

だってぇ〜、デンマンさんのお話を聴いていたら、あまり強引でガムシャラで、その強烈な印象があたくしのオツムに突き刺さって、未だに鮮明に覚えているのでござ〜♪〜ますわ。

恵美子さんの思い出をここに書き出したいけれど、何度も何度も引用するのは芸が無いので、初めて読む人は次のリンクをクリックして読んでください。

『クラシックで片思い (2006年6月19日)』

。。。んで、デンマンさんは絹子さんともピアノの縁があるのでござ〜♪〜ますか?

実はあったのですよう。

どのような。。。?

あのねぇ〜、僕はすっかり忘れていたのですよう。

。。。んで、どうして思い出したのでござ〜♪〜ますか?

電話で絹子さんと話しているうちに、ハッと記憶が甦(よみがえ)ったのですよう。


絹子さんとの電話の会話



ん。。。?クラスの歌のコンクール。。。?



そうですわ。各クラスでクラスの歌を作ったのですわ。

3年5組のクラスの歌を作ったということですか?

そうですわ。デンマンさんが作詞して、わたしが作曲したのです。覚えていませんか?

僕が作詞した。。。?マジで。。。?

そうですわ。

それで学内でコンクールをやったのですか?

そうですわ。

僕は中学の時に英語の弁論大会に出たことは覚えているのですよう。でもねぇ〜、弁論大会と言っても、何のことはない、英語の教科書の気に入った章を丸読みするだけだった。今から思い出すと馬鹿馬鹿しい弁論大会だったのですうよう。もちろん、やる気がないから、僕は3位にも入らなかった。でも、ソプラノ歌手になった風見亮子さん(仮名:実名が思い出せない)だけが全文を暗記して、ペラペラと英語でしゃばったのですよう。当然、優勝したけれど、全文を暗唱する生徒が居たと知って僕は度肝を抜かれましたよう。

その風見さんのリサイタルが行田商工センターであるのですわ。わたし、券を買わされたので行きますけれど、デンマンさんも行きませんか?

僕はダメですよう。あのソプラノを聞くとガラスの表面を爪で引っかく音を思い出して、とてもじっとして椅子に座っていられないのですよう。気が可笑しくなるからイヤですよう。

でも、デンマンさんだって風見さんと一緒に合唱部に居たではありませんか!

絹子さんは。。。、絹子さんは、そんな事まで覚えているのですか!?。。。たまげたなァ〜。。。そうですよう。3年生になって、卒業した男子生徒の埋め合わせに、僕は音楽の町田先生から、合唱部に入るように言われて、仕方がなくて入ったのですよう。前の年にNHK音楽コンクール関東甲信越・合唱の部で3位に入賞したらしいのだけれど、僕のような者が合唱部に入らなければならないのだから、僕が歌った年には一度も入賞しませんでしたよう。うしししし。。。でもねぇ、風見さんは、たいした女生徒だったですよう。3位に入賞した時にもメンバーでしたからね。指揮者の先生の目の前で体全体で歌うような生徒でしたよう。僕は合唱部の足を引っ張っていたようなものですからね。。。声を出さずに口をパクパクして居ればよかったのだけれど、声を出さないと不思議なことに指揮者の先生に分かるのですよう。仕方ないから声を出す。だから、入賞しなかったのですよう。うしししし。。。今、思い出しても馬鹿馬鹿しい限りですよう。

それで、デンマンさんはクラスの歌の発表会の事を全く覚えてないのですか?

クラスの歌の発表会ねぇ〜。。。?

デンマンさんが当日、指揮をしたのですわ。

ん。。。?僕が指揮をしたァ〜?。。。マジで。。。?僕がクラスの皆の前に出て指揮者になったと言うのですか?

そうですわ。ピアノを弾く人が他に居ないので、わたしがピアノの伴奏をしたのです。1年生に妹がいて聞いていたのですけれど、わたしのピアノの音が小さくて良く聞こえなかったと言うのですわ。うふふふふふ。。。

絹子さんがピアノの伴奏をして、僕が指揮をしたァ〜。。。?

そうですわ。。。思い出しませんか?

うん、うん、うん。。。そう言われてみると、そのような事がありましたよう。。。確かに、2,3度音楽室で練習したことを覚えていますよう。。。うん、うん、うん。。。思い出しましたよう。確かに絹子さんが伴奏したのですよう。あなたが音楽室でピアノを弾いている姿が想い浮かんできましたよう。。。僕も仕方なく指揮者になって皆の前で手を動かしたのを思いだしましたよう。。。。


このような会話だったのですよう。

。。。んで、デンマンさんは、どうして覚えていなかったのでござ〜♪〜ますか?

あのねぇ〜、僕にとってピアノの思い出は恵美子さんと強く結びついていたのですよう。上の記事の中で書いたとおりです。恵美子さんがピアノで「乙女の祈り」を独奏したイメージがあまりにも強烈だったので、絹子さんがピアノを弾く姿は記憶の片隅に追いやられていたのですよう。

マジで。。。?

それに、もう一つ理由があった。

僕が1年生の時のクラスメートに矢田哲史という生徒が居たのだけれど、彼のガールフレンドが絹子さんだったのですよう。絹子さんからラブレターをもらったと言って喜んでいたのですよう。

デンマンさんは絹子さんをナンパしようとは思っていなかったのでござ〜♪〜ますか?

あのねぇ〜、僕には他のクラスに初恋の人が居たのですよう。でも、中学時代には、その初恋の人をも押しのけるほど恵美子さんのイメージがロマンチックに僕のオツムを占めるようになっていたのです。

でも、オナペットは悦子さんだったのでござ〜♪〜ますか?

卑弥子さん!。。。あなたは、そうゆう、どうでもよい事はしっかりと覚えているのですねぇ〜!

だってぇ、あたくし、次の記事を楽しく読ませていただきましたわ。うふふふふ。。。

『エロい文学少女 (2007年4月11日)』

。。。んで、その悦子さんという女生徒は、どのようなイメージの女の子だったのでござ〜♪〜ますか?



このような感じでしたよう。

あらっ。。。20代のアグネス・ラムちゃんに似ていますわねぇ〜?。。。う〜♪〜ん。。。こういう女の子をデンマンさんはオナペットにしていたのでござ〜♪〜ますか?うふふふふ。。。

卑弥子さん!。。。オナペットにこだわらないでくださいよう。んも〜〜。。。

。。。んで、もう一つの理由とは何でござ〜♪〜ますか?

だから、矢田君のガールフレンドが絹子さんだと僕は思っていたわけですよう。しかも絹子さんが矢田君にラブレターを書いたという。

それで、デンマンさんは絹子さんをナンパするのを止めたのでござ〜♪〜ますか?

もともとナンパしようなんて思わなかったけれど、矢田君と絹子さんがお互いに好き合っている。そういう二人の中に割り込んでゆくつもりもなかった。。。

つまり、デンマンさんがガールフレンドにしたいと思っている女生徒の中では、絹子さんは対象外だったのでござ〜♪〜ますわね?

まあ。。。そういう訳ですよう。。。ところが、たまたま、その話が出て、絹子さんに矢田君の事を話したら、ラブレターを書いたことなど無いと言うのですよう。

。。。んで、その事と高校時代の思い出がどのように関係するのでござ〜♪〜ますか?

これまでの話は絹子さんと僕が電話することによって分かったことなのですよう。高校時代の思い出とは直接関係ありません。

余計な事はよろしいですから、直接関係あることだけを話してくださいなァ〜。んも〜♪〜。

だったら、引き続いて次のメールをまず読んでください。


ゼリーフライを小百合さんと

行田で食べる機会があると楽しいですね。





From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp
Date:Mon, 5 Nov 2007 10:59 am





昨日は あっさり 用事をすませて
帰ってしまってすいません。
ウルサイ子供がいると、お茶も食事もできません。
あれから、長男坊がイタリアン レストランで食べたい
と言うのいで さっそく寄りました。魚介類のスパゲィー
を頼んで、ドリンクを 3杯おかわりして 満腹でした。
うるさい三男坊も いろいろドリンクだけは
おかわりしてました。



その後、大長寺にいって大仏を見て、2時30分ぐらいに
行田を出ました。
思い出の行田旅行です。
何年かたって、子供が思い出すよう。
今日の1日を、記憶させた日曜でした。


うん、うん、うん。。。
思い出の楽しい家族旅行になったことでしょう。
大仏を見せましたか。。。



僕が大仏の事でホムペに記事を書いていますから、
大きくなってから長男、三男が僕が書いた記事を目にすることがあれば、
懐かしく思い出すことになるかもしれません。

これから僕は大仏の事、行田郷土史の事でもっと記事を書くつもりでいます。
そもそも、あの大仏の記事を書いたのは、小百合さんが僕の実家を訪れるために地図を書こうと思い立ったのがきっかけでした。
出会いというものは不思議なものですよ。

小百合さんとの出会いが行田郷土史を書くきっかけになったのです。

ところで、夕べは中学の時の3年5組のクラス会に出席しました。
僕の実家から歩いて5分の“とんでん”で開かれたのです。
大長寺とは忍川をはさんで反対側です。
6時半から11時までチョー楽しい時間をすごしました。

11月1日に小百合さんに出したメールを覚えていますか?

そのメールの中の絹子さんが懐かしいクラスメートを集めてくれたのです。
僕を含めて女4人、男4人、計8人のクラス会でした。
メチャ楽しかったですよ。
このことで、今日のブログの記事を書くつもりです。
時間があったら読んでくださいね。

『懐かしい思い出 (2007年11月5日)』

クラス会から帰ってきたら小百合さんから電話があったというメモが僕の机の上にありました。
それで遅いとは思ったのですが、
重要なことに違いないと信じて僕は折り返しの電話をした次第です。
眠りばなを起こしてしまって申し訳ありませんでした。
あしからず。

“思い出のゼリーフライ”を小百合さんと行田で食べる機会があると楽しいですね。
では。。。




こう言う訳で絹子さんが骨折ってくれて僕のために、わざわざクラス会を開いてくれたのですよう。

。。。んで、悦子さんはやって来たのでござ〜♪〜ますか?

残念ながら都合がつかなかったらしい。でもねぇ、その4人の女性の中に塚本玲子さんが居たのですよう。

どういう女性なのでござ〜♪〜ますか?

文学少女だったのですよう。

どのような。。。?

あのねぇ〜、その前に忘れる事ができない思い出があるのですよう。いかにも文学少女らしい事を玲子さんが僕に言ったのですよう。3年5組では学級日誌を当番が毎日書くのです。男女一組が当番になって、その日の出来事や感想などを日誌に書くのですよう。ある日、僕と玲子さんが当番になった。それで放課後残って何を書こうか?という話になった。

それで。。。?

僕と玲子さんは机を挟んで向かい合ったのですよう。

。。。んで、デンマンさんは玲子さんをナンパしようとしたのでござ〜♪〜ますか? うふふふふふ。。。

卑弥子さん!。。。あなたは、すぐに話をエロい方向に持ってゆくのですねぇ〜?

だってぇ、その方が面白いではござ〜♪〜ませんか!うふふふふ。。。

あのねぇ〜。。。卑弥子さんが思うほどエロい事って、しばしば起こらないのですよう。

分かりましたわ。。。。んで、玲子さんはデンマンさんに何と言ったのでござ〜♪〜ますか?

玲子さんはしみじみと僕を見つめて、それで言ったのですよう。

だから。。。なんてぇ〜。。。?

 (すぐ下のページへ続く)

2009年08月09日

暑中お見舞い(PART 2)

 
暑中お見舞い(PART 2)



デンマンさんは、小学生の時に「ハンガリア舞曲第5番」と「美しく青きドナウ」を演奏したのでござ〜♪〜ますか?



もちろん、僕一人じゃないですよう。

分かってますわよう。。。でも、一応クラシックですわよねェ〜。

そうですよう。なにしろ、「ハンガリア舞曲第5番」はヨハネス・ブラームスで、「美しく青きドナウ」はヨハン・シュトラウス2世ですからね。うへへへへ。。。

んで、マジでコンクールで3位になったのでござ〜♪〜ますか?

マジですよう。でも、実感はなかったですよう。とりわけ一生懸命に弾いたという記憶がないのですよう。

関東甲信越地方で3位ならば、すごいですわ。

でもねぇ、それよりも、僕は「乙女の祈り」を独習して弾いた方が思い出深いのですよう。卑弥子さんも僕の記事を読んだことがあるでしょう?


クラシックとは

一体僕にとって何なのか?


はっきり言って、どうでもいい音楽です。

僕は音楽が嫌いではないのですが、とりわけ好きでもない。
一応LPを何枚か持っていますが、すべてはアメリカのポップスと洋画の主題曲です。
日本のものは一枚もありません。
もちろん、クラシックは一枚も持っていません。

では、僕のこれまでの人生でクラシックは全く縁がなかったのか?

実は、小学生の頃に僕は知らずにクラシックとの触れ合いがあったのです。
器楽クラブに入っていて4年生の時に“ハンガリア舞曲第5番”を
5年生の時に“美しく青きドナウ”を演奏したことがあります。
僕が受け持って弾いていた楽器はコントラバスです。
あのチェロをもう2回りほど大きくした楽器です。
まだ背が低かったので椅子の上に乗って弾いたものでした。

今では楽譜が読めますが、その当時は楽譜を読んで音を出していたわけではないんですよ。
先生が一通り指の位置を教えてくれたのです。
そうやって、記憶しながら弾いたのですから、今から考えると自分ながら“神業(かみわざ)”ではなかったのか?!と思えるほどです。
関東甲信越地区のコンクールで3位になった事があって、
そのとき審査委員長から“ベースの響きが良かった”と褒(ほ)められたことを覚えていますが、
それ程うれしくはなかった。
当時はもう、器楽クラブで演奏する熱が冷めていて、どうでもいい気持ちで演奏していたためです。



ところが、中学生になってから、再びクラシックとの出会いがありました。
クラシックとの出会いと言うより“乙女”との出会いと言った方が良いかもしれません。

中学校に入学して間もなくだった頃だと思いますが、全校生徒が体育館に集まった時に同学年の恵美子さんが“乙女の祈り”をピアノで独奏したのです。
僕はその時初めてこの曲を聴いたのですが、すばらしいと思いました。
感動しました。
曲も良かったけれど、あの恵美子さんが弾いたのだという事も感動的でした。
この恵美子さんは小学校のとき6年間隣のクラスに居た可愛い女の子だったのです。

よく目にした事はあっても口をきいたことが一度もなかったのです。
初恋の人ではなかったのですが、僕の気に入った女の子でした。
遠くから見ていて、可愛い女の子だなぁ〜と思っていたのです。

小学校ではクラス替えがなくて6年間同じメンバーだったのですが、中学校では学年毎にクラス替えがあったので、この恵美子さんと同じクラスになる事を期待していたのです。
しかし、とうとう同じクラスになる事はありませんでした。
(こういう思い通りにならない事って、人生にはずいぶんとあるものですよね?)

とにかく、僕が気に入っていた“乙女”が弾いた“乙女の祈り”が忘れられなくて、僕はどうしてもこの曲が弾きたくなった。
大学に入学して下宿から通うようになった頃、下宿にピアノがあったので楽譜を買ってきて、独習で弾き始めたのです。
とにかく、一生懸命に独習したので、何とか全曲を弾けるようになったのです。
自分では結構マシに弾けると思ったので、ぜひ恵美子さんに聞いてもらいたいなぁ〜と思い始めたんですよ。

そう思ったら、何が何でも恵美子さんに聞いてもらいたいと思うようになった。
それで、夏休みに帰省した時に思いきって恵美子さんに電話したのです。
当時、恵美子さんは音楽大学に通っていました。
恵美子さんはビックリするだろうと思ったのですが、極めて落ち着いて冷静に受け答えしていたので僕のほうがその落ち着き方に内心ビックリしたほどでした。




『クラシックに興味ある?(2006年6月13日)』より


。。。んで、デンマンさんは合奏部の一員として「ハンガリア舞曲第5番」と「美しく青きドナウ」を演奏したにもかかわらず、クラシックなど、マジでどうでもいいような音楽だと思っていたのでござ〜♪〜ますか?

そうなのですよう。でもねぇ〜、せっかくこうして記事を書き始めたので、僕も調べてみたのですよ。

つまり。。。、つまり。。。、デンマンさんは、もしかして作曲者の名前も知らなかったのでござ〜♪〜ますか?

実は、はっきりとは覚えていなかった。調べてみて、そうだったよなあああぁ〜。。。そう言えば、このような名前を聞いたことがあったよなあああぁ〜。。。その程度しか記憶になかったのですよう。

それで、調べてみて何か面白いことでも分かったのでござ〜♪〜ますか?

そうなのですよう。考えてみたら、小学生ながら、放課後に残って、ずいぶんと練習したものなのですよう。

かなり一生懸命に打ち込んだものなのでござ〜♪〜ますか?

興味を持ってやっていたのは、最初の頃だけで、惰性で弾いていたような気がしますよう。

。。。んで、調べてみて面白いことが分かったってぇ、どういう事でござ〜♪〜ますか?

ちょっと読んでみてください。


ハンガリー舞曲



Brahms

ハンガリー舞曲集は、ヨハネス・ブラームスがハンガリーのロマ音楽に基づいて編曲した舞曲集。
もとは四手用のピアノ曲として書かれた。
全部で21曲あり、それぞれの長さは1分程度のものから4分程度のものまでとまちまちである。
中でも、管弦楽用に別人によって再編曲された《第5番》がとりわけ有名である

ブラームスは1850年代の前半に、エドゥアルト・レメーニの伴奏者としてドイツの各地で演奏旅行を行い、その時にレメーニからロマの民族音楽を教えられて魅了された。
それ以来ブラームスはそれをハンガリーの民族舞曲と信じて採譜を続け、1867年に出版社のジムロックに最初の6曲を送って拒否されている。
結局それらが1869年に出版されると大好評となり、1880年に第2集が刊行された。

のちにレメーニは《ハンガリー舞曲集》の成功を知ると、これが盗作であるとして、ブラームスを相手に訴訟に持ち込んだ
結果はブラームスが「作曲」ではなく「編曲」としておいたことが幸いして、ブラームスが勝利した。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


ブラームスという名前は音楽の試験のために覚えた名前だから、その人の写真と名前は良く覚えていますよう。

。。。んで、何が面白いのでござ〜♪〜ますか?

上に書いてあることは、僕は何も知らなかった。僕が興味を持ったのは、レメーニというオッサンが盗作でブラームスを訴えたと言う箇所ですよう。

それがデンマンさんには面白いのでござ〜♪〜ますか?

面白いというよりも、そのような事をするレメーニってぇ、いったいどういう人物なのか?僕は知りたくなったのですよう。ブラームスはレメーニの伴奏者と書いてあるから、レメーニは歌手なのかな?そう思ったのですよう。

歌手なのですか?

違うのですよう。読んでみてください。


エドゥアルト・レメーニ



(1830年1月17日 - 1898年5月15日)
ハンガリー出身のユダヤ系ヴァイオリニスト。
 
レメーニは1886年7月に伴奏ピアニストのイシドール・ラックストーン、ソプラノ歌手ルイーザ・マルケッティ、そのメイドとともに来日した。
まず神戸の居留地にあった劇場で2公演を行った。
しかし日本人は誰も聴きに来なかった。

その後横浜に向い、8月に居留地で5公演開いた一方で、8月10日には昼に明治天皇ほかの御前演奏をした。
また、夜には鹿鳴館で演奏会を開いた。
御前演奏には、明治天皇のほか昭憲皇太后や、小松宮彰仁親王と有栖川宮熾仁親王の御一家などが出席した。
なお、この演奏会が昭憲皇太后以下の女性皇族が宮中で初めて洋装を着用した場となった

レメーニがこの来日でどのような曲を演奏したか、日本の新聞は全く伝えていない。
当時の一般的な日本人の、西洋音楽に対する知識のなさのあらわれでもある。
現に、当時の東京日日新聞(8月12日付)ではレメーニに関して「中年を越えたる年輩にして頭は半禿げ眼光鋭くして一見して其技芸の達人たる容貌を備へたり」、「絶技のワイオリン(ヴァイオリン)を奏したるに序破急の調子の妙なる聴くものをして茫然たらしむに及へり」など、容貌とか演奏スタイルに関しては長々と書いてはいるものの、演奏曲目は一切書かれていない。
曲目に関しては、横浜で発行されていた英字新聞によると、横浜の演奏会ではクロイツェル・ソナタ、パガニーニのカプリース、レメーニ編曲による小品などが演奏されたようである。

また、8月11日に行われた日本での最後の演奏会では、演奏中に按摩師の笛の音が演奏会場に聞こえてくるハプニングがあり、レメーニはこれに激怒して演奏を一時中断し、音が聞こえてきた方を睨みつけていたという

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


エドゥアルト・レメーニという人はヴァイオリニストだったのですよう。。。なるほどと思いました。

。。。んで、どこが面白いのですか?

日本で演奏した時に按摩師の笛の音が演奏会場に聞こえてきたので、ムカついて演奏を中断したと書いてあるでしょう?。。。僕はマジで噴出してしまいましたよう。

デンマンさんは按摩さんの笛を聞いたことがあるのでござ〜♪〜ますか?

いや。。。、実物は聞いたことがないけれど、僕は小学生の頃にチャンバラ映画をずいぶん見たのですよう。そうすると、夜、按摩さんが笛を吹きながら現れる場面が結構あったのですよう。あの笛の音は確かに良く響くのですよう。。。あの笛の音が聞こえてきたら、確かに気になってヴァイオリンに集中できないかもしれない。

そのことがそれ程面白いのですか?

いや。。。あのねぇ〜。。。でも、良く考えたら、レメーニという人はプロのヴァイオリニストなんだから、按摩さんの笛の音ぐらいで心が乱れてはダメだと思うのですよう。そう言う人だから、ブラームスを盗作で訴えたと、なんとなく納得できたのですよう。うしししし。。。

つまり、音楽以外の余計な事が気になってしまうのですわね?

そう言う事ですよう。

分かりましたわ。。。んで「美しく青きドナウ」も調べてみたのでござ〜♪〜ますか?

そうなのですよう。。。ついでだから。。。うしししし。。。

。。。んで、何か面白いことでも分かりました?

分かりましたよう。ちょっと読んでみてください。


美しく青きドナウ



Strauss

『美しく青きドナウ』は、ヨハン・シュトラウス2世によって1867年に作曲されたワルツ。
非常に有名で人気が高く、作曲者の、またワルツの代名詞的な曲として広く親しまれている。

毎年1月1日に行われる、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートのアンコールの定番曲でもあり、この曲の序奏部を少し奏した後、拍手によって一旦打ち切り、指揮者や団員の新年の挨拶が続くという習慣となっている。

作曲の経緯

1866年の普墺戦争で大敗し、失望の底に沈んだウィーン市民を慰めるために作曲される
当初は男声合唱曲として書かれたが、「くよくよするなよ!」「悲しいのかい?」などと言った歌詞が図星を指したためか、反響は好ましいものではなかった。
そのため、管弦楽用に書き直したところ、人気が上昇した。
シュトラウス自身はこの曲をさほど評価していなかった節があるが、1867年のパリ万博などで高い評価を受けたことから再評価され、「第二の国歌」「シュトラウスの最高傑作」としての名誉を博するようになった。

シュトラウスと親交の深かったヨハネス・ブラームスは、後年シュトラウスの娘から彼女の扇子へサインを頼まれた際、この曲の一節を五線譜で書き「残念ながら、ヨハネス・ブラームスの作品にあらず」と脇に書き添えた。

曲の構成

曲は弦楽器のトレモロに乗ってホルンが静かに主題旋律を奏し、ドナウ川の源流(ドナウエッシンゲンにある「ドナウの泉」)と黒い森の情景が描かれる
次第にワルツに発展し、ニ長調の有名な主部となる。
その後、明るい5つのワルツが連結された後、主部が再現され、華やかなコーダとなり、終わる。
演奏時間約10分。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 
実に意外だったのは、1866年の普墺戦争(プロシャとオーストリアの戦争)で大敗し、失望の底に沈んだウィーン市民を慰めるために作曲されたと言うのですよう。

デンマンさんにとって、それ程意外だったのでござ〜♪〜ますか?

実に意外だった。なぜならば、失望の底に沈んだウィーン市民を慰めるのだったら、元気が出るような行進曲風の曲に僕ならば仕上げますよう。例えば、あの旧日本帝国海軍の軍艦マーチのようなものですよう。あのマーチならば元気が出ると思うのですよう。

「美しく青きドナウ」では、元気が出ないのでござ〜♪〜ますか?

あのねぇ〜、僕は耳にタコが出来るほど聞いているけれど、元気が出る軍艦マーチと比べたら静かでおっとりとした感じの曲ですよう。ドナウ川の流れを思わせるようなゆったりとした感じですよう。



この上の川がドナウ川でござ〜♪〜ますか?

そうですよう。ハンガリーの首都・ブダペストを流れる美しく青きドナウ川ですよう。この川の流れのように静かで雄大な流れを感じさせる曲なのですよう。この曲を聴いて悲しくはならないかもしれないけれど、軍艦マーチのように元気が出る曲とも思えない。だから、僕は上の説明を読んで、とっても意外な感を受けたものです。

。。。んで、他にも何か意外なことがありました?

あったのですよう。上の説明にも書いてあるけれど、普通、「ドナウ川の源流」と言われるのはドナウエッシンゲンにある「ドナウの泉」のことなのですよう。



Donaueschingen の「ドナウの泉」

この上の写真が、その「ドナウの泉」なのでござ〜♪〜ますか?

そうなのですよう。

この泉の水がブダペストを流れる、上のような大きな流れになるのでござ〜♪〜ますか?

それが一応「常識」になっているようです。僕もそうだと思っていたのですよう。

でも、違うのですか?

調べたら次のように書いてあったのです。


ドナウ川の源流

ドナウ川の名称は、シュヴァルツヴァルト地方の町ドナウエッシンゲンで源流河川のブレク川とブリガッハ川が合流する地点において、初めてその名が生まれる。
このドナウエッシンゲンの町を治めたフュルステンベルク公の城館の庭に、「ドナウの泉」と呼ばれる源泉があり、ここがドナウ川の源泉だと言われている。
彫刻などで飾られ観光名所ともなっているが、しかし実際はブリガッハ川に注ぐ支流であり、ここが地理学上の源泉とはみなされない。

またドナウエッシンゲンにはもう一つの支流としてウニペルスの泉と呼ばれる泉もあるが、こちらは現在では近郊住宅地の中にある。
この泉は無人地帯の国道の脇を細い流れで下った後、フュルステンベルク公城館の池や水流を経由し、ドナウの泉が注がれるのとは反対の南側からブリガッハ川へ合流する。

ブリガッハ川の源泉は、ドナウエッシンゲンより鉄道で2駅ほどのザンクトゲオルゲンという町の郊外にある。

地理学上のドナウの源泉は本流であるブレク川の源泉であり、これはフルトヴァンゲンという町の郊外にある。
この「ブレクの泉」にはドナウ川の真の源泉である旨の説明版がある。


ブレクの泉より100mほどの場所にあるエルツ川の源泉はライン川に合流する。
ライン川は北海に注ぎ、ドナウ川は黒海に注ぐので、この2つの泉の水が出会うことはない。
同じく近辺にはいくつかの小さな支流の川が流れ、その源泉が湧き出ているが、一方はライン川に注ぎ、一方はドナウ川に注ぐ。
これらの境界はヨーロッパの分水嶺と呼ばれている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


「美しく青きドナウ」を僕は耳にタコが出来るほど聞いて、ドナウ川の源流は「ドナウの泉」だと思っていた。でも、20年以上経ってから、初めてそうではないと知ったのですよう。これは実に意外でしたよう。


【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
意外なことてぇ、あるものですわよねぇ〜。
あなたにだって、あるでしょう?
もし、デンマンさんの意外なことに太刀打ちできるようなお話でしたら、ぜひコメントに書いてくださいね。

とにかく、興味深いお話がまだ続きますわ。
あなたもどうか、また、あさって読みに戻ってきてくださいましね。
では、またぁ〜。。。




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■ 『あなた、おかえり (2009年2月19日)』

■ 『脳内漢字馬鹿 (2009年2月21日)』

■ 『他人の不幸は蜜の味 (2009年2月23日)』

■ 『漢字馬鹿の恋 (2009年2月25日)』

■ 『馬鹿のモデル (2009年2月27日)』




こんにちは。ジューンです。

卑弥子さんが、なんだかすごいですわよね。

十二単を脱ぐと、意外に日本人離れした

肢体を覗かせるのですわ。

ところで、英語でスダレって

どう言うのでしょうか?

考えてみた事がありますか?

スダレを英訳すれば、次のようになります。

barred lattice of bamboo

でも、これはあまり使われません。

インドには日本のスダレに良く似たものがあります。

竹などで編んで作り、吊り下げて使います。

これは英語では次のように呼ばれます。

chick blind

ブラインドで思い出すのは、やはり“ベニス風すだれ”でしょうか?

venetian blind



これは、まさに、西洋風すだれでしょうね。



ところで、デンマンさんがレンゲさんの記事を集めて

一つにまとめました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『最近のレンゲ物語 特集』



とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。






2009年08月04日

仰げば尊し和菓子の音



 
仰げば尊し和菓子の音



おほほほほほ。。。

卑弥子でござ〜♪〜ますわよゥ。

また出てきてしまいましたわぁ〜

どうしてもあなたに

お会いしたかったのですわ。

ええっ?あなたは

あたくしに会いたくないの?

そんな、つれない事を

言わないでくださいましよ。

ねっ?仲良くしましょうね。

ええっ?

下らない事を言ってないで

「仰げば尊し和菓子の音」って

どういうことなのか早く話せ!

あなたは、そのように

きつい事を言うのでござ〜♪〜ますか?

分かりましたわよ。

考えてみたら、今日はそのことについてお話しようと思って

出てきたのでござ〜♪〜ますわ。

うふふふふ。。。




あたくしもデンマンさんに言われてパソコンっつうモンを使い始めて、

こうしてネットをやっているのでござ〜♪〜ますわよう。

国際化しなさい、グローバル化しなさいって言われているのでござ〜♪〜ますわぁ。

だから、あたくしも国際化して、せいぜいキーボードを叩いて、

情報を世界のネット市民の皆様に向けて発信しているのでござ〜♪〜ますわよう。

ええっ?どんな情報を発信しているのかって。。。?

おほほほほ。。。

これから、その面白い情報をここに書くのですわよ。

まず、可笑しなタイトルから書きますわね。

実はね、あたくしがパソコンっつうモンを使っていて出くわした

面白い間違いをここに書こうと思い立ったのでござ〜♪〜ますわよゥ。

うふふふふ。。。

あたくしは、たまには音楽の事でも書こうと思ったのでござ〜♪〜ますわよう。

それでキーボードに向かって打ち始めたのでござ〜♪〜ますわ。

そうしたら、あたくしのパソコンが間違って次のように表示してしまったのですわよう。

仰げば尊し和菓子の音

あたくしが何と書こうとしたのか?あなたにすぐに分かったとしたら、あなたは、かなりの教養がある方ですわ。

あたくしは、そんなあなたを尊敬してしまいますわア。

ええっ?あなたには、まだ全く見当が付かないの?

でもねぇ、そんなにガッカリする事ないわよう。

誰にだって、知らない事ってあるのだから。。。

でも、中学校を卒業していたら、すぐに分かると思うのよね?

あなたは中学校を卒業しているのでしょう?

でも、全く分からないの?

マジで。。。?

あなたは、多分、小学校、中学校で音楽の成績がかな〜♪〜り悪かったでしょう?

ええっ?そんな事はどうでもいいから、早く答えを言え!

あなたは、そのように喚(わめ)き散らすのでござ〜♪〜ますか?

分かりましたわ。そんなにもったいぶる事でもありませんから。。。

実はねぇ、次のように書こうと思ったのでござ〜♪〜ますわよう。

仰げば尊し我が師の恩

懐かしいでしょう?

あなただって卒業式に歌ったことがあるでしょう?

では、あたくしも懐かしいので、ここに歌詞を書いてみますわねぇ。


仰げば尊し



仰げば 尊し 我が師の恩
教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
思えば いと疾(と)し この年月(としつき)
今こそ 別れめ いざさらば

互(たがい)に睦し 日ごろの恩
別るる後(のち)にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ
今こそ 別れめ いざさらば

朝夕 馴(なれ)にし 学びの窓
蛍の灯火 積む白雪
忘るる 間(ま)ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ いざさらば


懐かしいですよねぇ〜
 
もともとはスコットランドの民謡だったのですってぇ〜。

それを1884年(明治17年)に小学唱歌を編集する時に、当時の教育者の伊沢修二が唱歌として加えたのが唱歌としての始まりでござ〜♪〜ました。

しかし、最近では、その歌詞の内容が教師を崇めるものとして反発の対象となっているのですって。

時代が変われば変わるものですわよねぇ〜。

また、2番の歌詞の“身を立て 名をあげ”が立身出世を呼びかけている事から社会情勢の変化に合わないとして、公立学校を中心に卒業式の歌を「旅立ちの日に」に変更する学校が多くなっているそうでござ〜♪〜ますわ。

でも、そんなに深刻に思いつめて歌うこともないと思うのでござ〜♪〜ますわよねぇ。

あなたは、どう思いますか?

では、今日のホットな情報に参りますわねぇ。


今日のホットでお得な情報



夢の副業



どう?夢の副業って考えてみた事ある?
あなただってできるのよう。
ネットで始める新しいビジネス!

ええっ?どうするのかって。。。?

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PC初心者でも簡単にはじめられるのよ。
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今でも、すぐに無料で副業・サイドビジネスが始められるのよ。

ウソだ〜♪〜い???

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では、また、近いうちにあなたにお会いいたしますわ。
副業で成功をつかんでね。





ィ〜ハァ〜♪〜!

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■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』


■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』



■ 『漢字馬鹿の再来 (2009年2月13日)』

■ 『漢字馬鹿の悦楽 (2009年2月15日)』

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■ 『漢字馬鹿の恋 (2009年2月25日)』

■ 『馬鹿のモデル (2009年2月27日)』




おほほほほ。。。。

また現れて、

くどいようでござ〜♪〜ますけれど。。。

ええっ?余計な事を言わずに、

さっさと言いたい事をぬかせ!

あなたは、そのような強い口調で

あたくしにご命令なさるので

ござ〜♪〜ますか?

分かりましたわ。

そのつもりで出てきたので

ござ〜♪〜ますから。。。

おほほほほ。。。

では、あたくしからの今日の一言ですわ。

If you don't conquer self,

you will be conquered by self.

--- Napoleon Hill

自分に打ち克つことができない人は

自分に負けてしまうわよ。


ナポレオン・ヒルというおっちゃんが言ったのですって。

克己心(こっきしん)の事について言ったのよね。

なんとなく分かるでしょう?

ところで、あなたは小百合さんの記事を

読んだことがござ〜♪〜ますか?

ないのォ〜?

ダメよゥ!そいじゃあああ〜〜

実に面白いから次のリンクをクリックして

読んで御覧なさいよう!



『カナダと日本で別荘を持つ夢を膨らませながら

前向きに楽しく生きている小百合さんの物語』


あなたも読んで楽しめるわよ。

ぜひ読んでね。 

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。






2009年07月24日

あなたもルンルン気分で…



 
あなたもルンルン気分で…



こんにちは。。。
ジューンです。
暑くなりましたね。
あなたもルンルン気分でネットをやっていますか?



ええっ?
なかなかルンルン気分になれないの?

だったらね、わたしが良いことを教えてあげるわ。

あなたは Windows を使っているでしょう?
10人に9人までが Windows を使っているらしいわよ。
わたしもWindowsを使っています。

そういうわけで、今日はWinodws を使って
ネットでルンルン気分になるお話をしようと思うのですわ。

あなたがWindowsをスタートする時、
電源を入れると短い音楽が鳴りますよね。





このミュージックをあなた好みのルンルン気分にさせるモノに変えるのですわよ。

ええっ?どうやったら代える事が出来るの?

だから、そのお話をしようと思ったわけなのよ。

Windowsを起動すると、短い音楽が鳴ります。
他にも終了時、エラー時、新着メールの通知など、
さまざまな動作で音が鳴るように設定されています。
あなたもご存知でしょう?

どの音も別の音に代える事が出来るのですよ。
ここでは、起動時の音を鳴らないようにしたり、別の音に変更する方法を説明します。
ここでお話しすることはWindows XPの場合です。

では、次の手順に従って代えてくださいね。

1) 「スタート」→「コントロール パネル」をクリックします。

2) 「サウンドとオーディオ デバイス」のアイコンを
   ダブルクリックします。

3) 「サウンド」タブをクリックして、
   「Windows の起動」など設定を
   変更したいイベントとして選択します。

4) イベントの音を変更する場合は、
   プルダウンメニューから任意の音を
   選択します。
   音が鳴らないようにするには、
   「(なし)」を選択します。

5) 再生ボタンを押して、
   どんな音を選択したのか確認します。

6) よければ「OK」をクリックして設定完了です。

どうですか?
簡単でしょう?

イベントの音を選択する際に、「参照」ボタンをクリックして、
プルダウンメニューにない .wav 形式のサウンドファイルを選択することもできますよ。
つまり、あなたが作った音楽を選択することも出来ます。
試しにやってみてくださいね。

ところで話は変わりますが、あなたはブログをやっていますか?
ホムペを持っていますか?
訪問者が少ないと悩んでいませんか?

アクセスアップを考えているならば、ぜひ次の掲示板をのぞいてくださいね。

■ 『アクセスアップのための掲示板』
 


とにかくね、上のリンクをクリックして覗いてみるだけの価値がありますよ。
もちろん、無料です。
登録する必要もありません。
ごゆっくり。。。
では。。。



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『デンマン批判 (2009年5月8日)』

『好ましい批判 (2009年5月12日)』

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『馬鹿の一つ覚え (2009年5月22日)』

『立派な反面教師 (2009年5月29日)』

『社会的自我の欠如 (2009年5月30日)』

『原人ブームと漢字馬鹿 (2009年6月5日)』

『また、オマエか! (2009年7月3日)』

『成りすまし馬鹿 (2009年7月5日)』

『スカンクと宮本武蔵 (2009年7月6日)』

『絶望的な愚か者 (2009年7月7日)』




おほほほほ。。。。

また現れて、

くどいようでござ〜♪〜ますけれど。。。

あたくしは暑さに負けずに、

萌え萌えになって

踊りまくろうと思っているのですわ。

だから、あたくしも愛と生命の躍動のために、

美味しいものをたくさん食べて

エネルギーを蓄えようとしているのでござ〜♪〜ますのよ。

そう言う訳で、食欲は大いにござ〜♪〜ますわよォ〜。



あたくしは柿の葉ずしが大好物なのですわよ。

ええっ?マツタケご飯じゃなかったのかって。。。?

そうなのよ。良く覚えているわねぇ〜。

マツタケご飯も大好物なのよ。

でも、柿の葉ずしも大好物なのよゥ。

あなたも作ってみてね。

ええっ?

良い材料が手に入らないのォ〜?

心配する事は無いのでござ〜♪〜ますのよゥ!

貴方もこうしてネットをやって、

あたくしの記事を読んでいるのですから、

クリックするだけで、

すべての材料が手に入るのですわよ!

産地直送の食材が手に入れたかったら、

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でも、食べすぎて太らないようにね。。。

ところで、あなたも笑って

暑さを吹き飛ばしてみませんか?

そういうサイトがあるのよ。

次のリンクをクリックして覗いてみてね。

■ 『笑って暑さを吹き飛ばしながら幸せになれるサイト』

ええっ?どんな面白いことがあるのかって。。。?



どう?この二人が誰だか分かるでしょう?

おほほほほほ。。。

面白いでしょう?

じゃあ、また上のサイトでお会いしましょうね。

貴方、ホントに見てね?

ダメよ!そうやって生返事ばかりして、

この場をうまく誤魔化そうなんてぇ〜

そういうコスイ考え方は、お止めになった方が

良いのでござ〜♪〜ますわよゥ〜。

見てよね。お願いねぇ。

うふふふふふ。。。。

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。






2009年04月09日

カセットの音楽をPCで残したい!


 
カセットの音楽をPCで残したい!



こんにちは。ベティーです。
青春の思い出が詰まったカセットテープの音楽をパソコンで聴けたらと思ったことはありませんか?
そしてPCでいつまでも残したい。

たとえば、部屋を片付けていたら、学生の頃に録りためたカセットがごっそりと出て来ました。
「あ〜、あの時、流行ってた曲だ…」なんて青春時代を懐かしんでしまいますよね。

捨てるにはもったいない。
でも、そうかと言って保存するには、かさばるんですよね。

確かに邪魔だし、でも捨てるのは寂しいし。。。
なにかいい方法ないのかな?

あなただ、そう思うでしょう?
さて、あなたは、どうしますか?
(^_^;) 

やっぱり、泣く泣く処分してしまいますか?

実は、パソコンでカセットテープの音楽を音楽データにする方法があるのですよ。
青春の思い出が詰まったカセットって、捨てられないですよね。
そこで、おすすめなのがカセットの音楽をパソコンに取り込んで保存する方法です。
デジタル音源に変換する機器を使えば意外に簡単なんです。



どうするの。。。?

1) まず、カセットデッキやラジカセなどを用意します。

2) アナログ音源をデジタル音源に変換する「アダプター」を使って、
   カセットの音楽をパソコンに取り込みます。

3) パソコンや携帯音楽プレーヤーに転送して懐かしい音楽を楽しむ。

変換用の「アダプター」は、「オーディオ・インターフェース」(USB接続)を使用すると、ノイズの影響を受けずに取り込めます。
取り込む時の「サウンドソフト」の操作方法などは、次のリンクをクリックして読んでみてくださいね。

■ 『懐かしいカセットの音楽をパソコンに移す方法』

■ 『「USBオーディオ・インターフェース」をいろいろチェック』

もちろん、無料ですよ。
登録する必要もありません。
読んですぐに使えますよ。

これで、懐かしい音楽が詰まっているカセットテープをあなたのパソコンに取り込むことができますよ。
青春時代に聴いた懐かしい音楽をパソコンで楽しんでくださいね。



Good luck!

バ〜♪〜イ


あなたが絶対、

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■ 『あなた、おかえり (2009年2月19日)』

■ 『脳内漢字馬鹿 (2009年2月21日)』

■ 『他人の不幸は蜜の味 (2009年2月23日)』

■ 『漢字馬鹿の恋 (2009年2月25日)』

■ 『馬鹿のモデル (2009年2月27日)』

■ 『漢字馬鹿さん元気?(2009年3月25日)』




おほほほほ。。。

卑弥子でござ〜♪〜ますわよ。

くどいようですけれど、

また現れましたわ。

やっぱり、ベティーさん

ぱっかりに任せていると

退屈するのよねぇ〜。

それで。。。つい、つい、

出て来てしまうので

ござ〜♪〜ますわよ。

ええっ、余計な事は言わなくてもいいから、

さっさと言いたいことを言って消えろ!

あららあああぁ〜

あなたはそのような厳しいことをあたくしに

言うのでござ〜♪〜ますか?

いけすかないことォ〜♪〜

分かりましたわ。

では、今日の一言を。。。

うふふふふ。。。

Motivation is what gets you started.

Habit is what keeps you going.

--- Anonymous (詠み人知らず)




事を起こすにはやる気が必要です。

ひとたび習慣になれば、

それを続ける事ができます。


あたくしは、このように訳しました。

あなたなら、どう訳しますか?

素晴しい訳があったら教えてくださいませ。

では、今日も楽しく元気よく

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあ、バ〜♪〜イ。





2009年03月09日

仰げば尊し和菓子の音


 
仰げば尊し和菓子の音



おほほほほほ。。。

卑弥子でござ〜♪〜ますわよゥ。

また出てきてしまいましたわぁ〜

どうしてもあなたに

お会いしたかったのですわ。

ええっ?あなたは

あたくしに会いたくないの?

そんな、つれない事を

言わないでくださいましよ。

ねっ?仲良くしましょうね。

ええっ?

下らない事を言ってないで

「仰げば尊し和菓子の音」って

どういうことなのか早く話せ!

あなたは、そのように

きつい事を言うのでござ〜♪〜ますか?

分かりましたわよ。

考えてみたら、今日はそのことについてお話しようと思って

出てきたのでござ〜♪〜ますわ。

うふふふふ。。。




あたくしもデンマンさんに言われてパソコンっつうモンを使い始めて、

こうしてネットをやっているのでござ〜♪〜ますわよう。

国際化しなさい、グローバル化しなさいって言われているのでござ〜♪〜ますわぁ。

だから、あたくしも国際化して、せいぜいキーボードを叩いて、

情報を世界のネット市民の皆様に向けて発信しているのでござ〜♪〜ますわよう。

ええっ?どんな情報を発信しているのかって。。。?

おほほほほ。。。

これから、その面白い情報をここに書くのですわよ。

まず、可笑しなタイトルから書きますわね。

実はね、あたくしがパソコンっつうモンを使っていて出くわした

面白い間違いをここに書こうと思い立ったのでござ〜♪〜ますわよゥ。

うふふふふ。。。

あたくしは、たまには音楽の事でも書こうと思ったのでござ〜♪〜ますわよう。

それでキーボードに向かって打ち始めたのでござ〜♪〜ますわ。

そうしたら、あたくしのパソコンが間違って次のように表示してしまったのですわよう。

仰げば尊し和菓子の音

あたくしが何と書こうとしたのか?あなたにすぐに分かったとしたら、あなたは、かなりの教養がある方ですわ。

あたくしは、そんなあなたを尊敬してしまいますわア。

ええっ?あなたには、まだ全く見当が付かないの?

でもねぇ、そんなにガッカリする事ないわよう。

誰にだって、知らない事ってあるのだから。。。

でも、中学校を卒業していたら、すぐに分かると思うのよね?

あなたは中学校を卒業しているのでしょう?

でも、全く分からないの?

マジで。。。?

あなたは、多分、小学校、中学校で音楽の成績がかな〜♪〜り悪かったでしょう?

ええっ?そんな事はどうでもいいから、早く答えを言え!

あなたは、そのように喚(わめ)き散らすのでござ〜♪〜ますか?

分かりましたわ。そんなにもったいぶる事でもありませんから。。。

実はねぇ、次のように書こうと思ったのでござ〜♪〜ますわよう。

仰げば尊し我が師の恩

懐かしいでしょう?

あなただって卒業式に歌ったことがあるでしょう?

では、あたくしも懐かしいので、ここに歌詞を書いてみますわねぇ。


仰げば尊し



仰げば 尊し 我が師の恩
教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
思えば いと疾(と)し この年月(としつき)
今こそ 別れめ いざさらば

互(たがい)に睦し 日ごろの恩
別るる後(のち)にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ
今こそ 別れめ いざさらば

朝夕 馴(なれ)にし 学びの窓
蛍の灯火 積む白雪
忘るる 間(ま)ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ いざさらば


懐かしいですよねぇ〜
 
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時代が変われば変わるものですわよねぇ〜。

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あなたは、どう思いますか?

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じゃあね。






2009年02月21日

ネットでルンルン気分に



 
あなたもルンルン気分で…



こんにちは。。。
ジューンです。
まだ寒いですよね。
寒さにめげずにお過ごしくださいね。
あなたはルンルン気分でネットをやっていますか?



ええっ?
なかなかルンルン気分になれないの?

だったらね、わたしが良いことを教えてあげるわ。

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10人に9人までが Windows を使っているらしいわよ。
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あなたがWindowsをスタートする時、
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ええっ?どうやったら代える事が出来るの?

だから、そのお話をしようと思ったわけなのよ。

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さまざまな動作で音が鳴るように設定されています。
あなたもご存知でしょう?

どの音も別の音に代える事が出来るのですよ。
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ここでお話しすることはWindows XPの場合です。

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1) 「スタート」→「コントロール パネル」をクリックします。

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4) イベントの音を変更する場合は、
   プルダウンメニューから任意の音を
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5) 再生ボタンを押して、
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6) よければ「OK」をクリックして設定完了です。

どうですか?
簡単でしょう?

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■ 『オンライン自動翻訳利用法』

■ 『漢字馬鹿の再来 (2009年2月13日)』

■ 『漢字馬鹿の悦楽 (2009年2月15日)』

■ 『漢字馬鹿の自己矛盾 (2009年2月17日)』

■ 『あなた、おかえり (2009年2月19日)』




おほほほほ。。。。

また現れて、

くどいようでござ〜♪〜ますけれど。。。

あたくしは寒さに負けずに、

萌え萌えになって

踊りまくろうと思っているのですわ。

だから、あたくしも愛と生命の躍動のために、

美味しいものをたくさん食べて

エネルギーを蓄えようとしているのでござ〜♪〜ますのよ。

そう言う訳で、食欲は大いにござ〜♪〜ますわよォ〜。



あたくしは柿の葉ずしが大好物なのですわよ。

ええっ?マツタケご飯じゃなかったのかって。。。?

そうなのよ。良く覚えているわねぇ〜。

マツタケご飯も大好物なのよ。

でも、柿の葉ずしも大好物なのよゥ。

あなたも作ってみてね。

ええっ?

良い材料が手に入らないのォ〜?

心配する事は無いのでござ〜♪〜ますのよゥ!

貴方もこうしてネットをやって、

あたくしの記事を読んでいるのですから、

クリックするだけで、

すべての材料が手に入るのですわよ!

産地直送の食材が手に入れたかったら、

ぜひ次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『オンラインショッピング ガイド』

でも、食べすぎて太らないようにね。。。

ところで、あなたも笑って

寒さを吹き飛ばしてみませんか?

そういうサイトがあるのよ。

次のリンクをクリックして覗いてみてね。

■ 『笑って寒さを吹き飛ばしながら幸せになれるサイト』

ええっ?どんな面白いことがあるのかって。。。?



どう?この二人が誰だか分かるでしょう?

おほほほほほ。。。

面白いでしょう?

じゃあ、また上のサイトでお会いしましょうね。

貴方、ホントに見てね?

ダメよ!そうやって生返事ばかりして、

この場をうまく誤魔化そうなんてぇ〜

そういうコスイ考え方は、お止めになった方が

良いのでござ〜♪〜ますわよゥ〜。

見てよね。お願いねぇ。

うふふふふふ。。。。

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。






2008年12月16日

愛のプレゼント


 
愛のプレゼント





デンマンさん。。。愛のプレゼントと「私の軽井沢物語」が関係あるのでござ〜♪〜ますか?



いや、直接の関係があるわけではないのですよう。

でも、少しは関係があるのですか?

そうです。。。そもそも軽井沢の話が持ち上がらなかったら、僕は小百合さんの別荘に行くことはなかっただろうし、佐野市にある熊鷹山(くまたかやま)の中腹にある“山の家”に行くこともなかったでしょう。

つまり、小百合さんにお世話になったので“愛のプレゼント”をあげようと思ったのでござ〜♪〜ますか?

そうです。

。。。んで、なぜ「私の軽井沢物語」を持ち出したのですか?

実は、僕が11月18日に軽井沢に行き、小百合さんの別荘で庭先の紅葉を見ながらコーヒーをいただいたのですよう。





別荘といっても、小百合さんの別荘はマンションなんですよう。一階の一番奥にあるのです。この写真は夏に撮ったものだけれど、リビングの窓から庭の向こうに見える紅葉が実にきれいでした。



本当に、これほど見事だったのでござ〜♪〜ますか?

紅葉は上の写真ほど密集していなかったけれど、紅葉に夕日が差し込み始めて、その様子は黄金の空をバックに燃えるように映(は)える紅葉で。。。実にドラマチックで。。。ロマンチックで。。。

デンマンさん。。。あのォ〜。。。ちょっと美化しすぎているのではござ〜♪〜ませんか?

うん、うん、うん。。。僕が話し始めれば、卑弥子さんは多分そう言うだろうと思っていましたよう。でも、筆舌に尽くしがたいほどの素晴しい光景だったのですよう。

それであのォ〜。。。ロマンチックな気分に浸って。。。コーヒーを飲んだ後で小百合さんと萌え萌えになって、一年ぶりの再会を記念して熱い接吻を交わしたのでござ〜♪〜ますか?

やだなあああぁ〜。。。卑弥子さんは熱い接吻に、ちょっとばかり、こだわりすぎているのではありませんか?

だってぇ〜。。。これまでのデンマンさんと小百合さんのやり取りを読ませていただいたら、絶対にそうなるのでござ〜♪〜ますわ。

でもねぇ〜。。。現実には、なかなか、そのようなロマンチックなシーンにはならないのですよう。

。。。んで、何をなさったのですか?



テーブルを見ると、小百合さんが町立図書館から借りてきた本が山のように積まれていたのですよう。

その一番上にあったのが「私の軽井沢物語」だと、デンマンさんはおっしゃるのでござ〜♪〜ますか?

その通りですよう。この本のことは次の記事の中でも書きましたからね。

■ 『軽井沢物語 (2008年8月26日)』

それで小百合さんは、デンマンさんとその本の事でお話しようと図書館から借りてきたのでござ〜♪〜ますか?

そうなのですよう。

。。。んで、何をお話になったのですか?

いろいろと話題は尽きませんでした。でも、一つだけ僕と小百合さんで意見が分かれた話題があったのですよう。

それって、なんですの?

小野美津子さんという女性が「私の軽井沢物語」に登場するのですよう。名前は、もしかすると満津子あるいは満子だったかもしれません。

それで、どのように意見が分かれたのでござ〜♪〜ますか?

小百合さんは、その女性がオノ・ヨーコではないか?!そう言うのですよう。僕は絶対にそうではない!と思ったのです。結局、僕が後で調べてみる、という事でその話はそのままになったのですよう。

。。。んで、調べてみたのですか?

そうですよう。この記事を書くので、ちょうど良いと思って僕は調べてみたのです。
 

オノ・ヨーコ (Yoko Ono Lennon)

日本名:小野 洋子
1933年2月18日に生まれる。
音楽家、前衛アーティスト。
ビートルズのジョン・レノンの寡婦。
「ニュー・ウェイヴの祖」と評されることもある。

銀行家の小野英輔、磯子夫妻の長女として東京都で生まれた。
小野英二郎(元日本興業銀行総裁)は祖父。
伯父は、医学者の小野康平や加瀬俊一 (1925年入省)(元国連大使)。
伯母(血はつながっていない)はヴァイオリン教師の小野アンナである。
実業家安田善次郎は母方の曽祖父。
加瀬英明(外交評論家)は従弟。

また、戦国時代から立花道雪・立花宗茂・加藤清正などに仕えた武将・小野鎮幸は先祖にあたる。

学習院幼稚園、自由学園、啓明学園、学習院女子高等科を経て、1952年に学習院大学哲学科に入学(中退)。
1953年に家族と共にニューヨークのスカースデールに移り住み、サラ・ローレンス大学に入学した(後に中退)。
彼女は1956年に作曲家の一柳慧と結婚するが、1962年に離婚。同年の11月28日に、ジャズミュージシャンで映像作家のアンソニー・コックスと結婚。
2人は1963年3月1日に離婚し、6月6日に再婚するが、結局、1969年2月2日に離婚した。
2人の間の娘キョーコ・チャン・コックスは、1963年8月8日に誕生している。

1960年代初めに、前衛芸術集団フルクサスの活動に参加し、観客が彼女の衣装をはさみで切り取るパフォーマンス「カット・ピース」や、言葉による作品「グレープフルーツ」などを発表した。
1966年には、ロンドンに活動の場を移した。

ジョン・レノンとの出会いは、1966年11月9日のことであった。
ロンドンのインディカ・ギャラリーでの彼女の個展の開催前日に訪れたレノンは、梯子を昇った上に下げられた虫眼鏡で、天井に書かれた「YES」の文字を読むという作品に惹かれた。
2人はともに前衛的な音楽活動を行うようになり、1968年に「トゥー・ヴァージンズ」Two Virgins を発表。

1969年3月20日にジブラルタルで結婚。
2人の間の息子ショーン・タロー・オノ・レノンは、ジョンの35歳の誕生日、1975年10月9日に生まれた。
妊娠した当初、ヨーコは胎児を堕胎させるつもりだったが、ジョンが大反対した結果、ジョンが子育てをする条件で、出産をしぶしぶながらも承諾したと言われる。
しかし、この一件を疑問視する声もある。

ジョンが主夫になった数年間で、彼女は不動産取引その他の投資活動を積極的に行い、実にジョン復帰後までの間に夫婦の資産を倍にした(ジョンの伝記に記載)。
ジョンの死の翌年、1981年に骨董品商人のサム・ハヴァトイ(Sam Havadtoy)と再婚し、2002年に離別したという説がある。
ハヴァトイは、ジョンが生きていた頃から一家と親しかった人物である。

彼女はビートルズの解散の原因「ビートルズを解散させた女」としてしばしば非難された。
しかしながら、ジェイ・レノによる2003年のインタビューで、彼女はビートルズの解散に失望を感じ、彼女の生活にどれほどの衝撃を与えたかを明らかにした。

1987年に芸術家アンディー・ウォーホルが死去したとき、彼女は葬式で弔辞を述べた一人だった。
現在は、アメリカ合衆国のニューヨーク在住。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 


ウィキペディアで調べる限り、オノ・ヨーコさんが“美津子”、“満津子”、あるいは“満子”と名乗っていた事はないのですよね。

でも、ウィキペディアは、あまり信用できないと言う人もおりますわ。

確かに、素人が書いていることだから、事実がもれている事もあるでしょう。でもねぇ、もしオノ・ヨーコさんが“美津子”、“満津子”、あるいは“満子”と名乗っていたら、上の記述の中に絶対に書かれていると思うのですよう。書かれてない、という事はオノ・ヨーコさんが“美津子”、“満津子”、あるいは“満子”と名乗っていた可能性が極めて少ない事を物語っているのですよう。僕自身、そのような話を聞いたことがありませんから。。。

あたくしだって聞いたことがござ〜♪〜ませんわ。でも、例えば、エッセーを書くときに“小野美津子”という名前を使っていたとか。。。

僕もその可能性があるかと思って“小野美津子”を入れて検索してみました。

それで、どうでした?

一つ一つ入れて検索してみたけれど、オノ・ヨーコさんとの関係は、どこにも見つける事ができませんでした。やっぱり、オノ・ヨーコさんの日本名は小野洋子以外には無いのですよう。僕は、いろいろと調べた後で、そういう結論に達したのですよう。

分かりましたわ。。。んで、デンマンさんは、どうしてオノ・ヨーコさんの事にこだわるのでござ〜♪〜ますか?

たまたま小百合さんの別荘でオノ・ヨーコさんの名前の事が話題に上ったということで、僕は特にこだわっている訳じゃないのですよう。

でも、こうして長々とオノ・ヨーコさんのことを書いているのですもの、絶対に何か関係があるのですわ。

うしししし。。。分かりますか?

デンマンさんとも長いお付き合いになりますから。。。何を考えているのか、なんとなく分かりますわ。

実はねぇ、「1953年に家族と共にニューヨークのスカースデールに移り住み」という語句を目にした時に、僕には閃(ひらめ)くものがあったのですよう。

何が閃いたのでござ〜♪〜ますか?

1953年というと、ヨーコさんは20歳のときです。青春の真っ只中です。それから、愛と自由の60年代に向かうのですよう。1960年代といえば“フリーセックス・フリーラブ Make love, not war!”の時代です。僕がジョン・レノンとオノ・ヨーコさんの事で、まず思い出すのは、何と言っても二人がヌードになって並んで映っていた写真ですよう。

何の写真ですか?

ネットで調べてみたら次の記事に出くわしました。


ジョンとヨーコのヌードへのこだわり

実は、このCDを、ロンドンの出張!時に見つけたときは、思わずにっこりでした。90年ごろでしょうか。普通のレコード屋さんで普通に買いました。
それまで、レノンのレコードやCDを一枚も持っていなかったのです。だから、この1968年に発売されたレコード(あるいは、CD)の日本の販売についてはよく知りませんでした。
もちろんロンドンでも、ヘアだけでなく、丸出しで、店頭に並んでいたわけではありません。ちゃんと“腰巻”つけて並んでいました。
後日、日本の店頭、“正規盤”売り場で、顔の部分のみ丸く切り抜いて印刷したカバーになっているCDを見たことがあります。
今では、新宿あたりの外国盤屋さんには、丸出しを普通に売っているでしょう。

ジョンとヨーコの初の共作アルバム。1968年5月19日夜、ジョンがヨーコを初めてウェイブリッジの自宅に招待し、夜明けまでに完成させた。
ふたりの全裸のジャケット写真はセルフタイマーを使って撮影。

衝撃的なジャケットのためにEMIやキャピトルから拒否され、茶色の紙袋がかぶせられて別のレーベルから発売された、と書いている本(注)も、
 
 (中略)

同時代のトップランナーとして、ジョン・レノンには注目していました。解説本(攻略本)はよく読んでいます。
でも、知っている歌、ただし熱狂的に歌える歌(?)は、Give Peace a Chance (日本語タイトルは、平和を我等に) 1969と
A Happy Xmas (War is Over) (日本語タイトルは、戦争は終わった) 1971、の2曲だけ。ああ、イマジンも知っています。

だから、このCDを一度も聞いたことがないのです。“実は聞いていないロック評論家”状態です。
レノンやヨーコさんのヌードな思想が今もって理解できないのは、当然でしょうね。   
 



『ジョン・レノンのヌードで販売部数アップをはかろう、私も(2007.1.18)』より


これはデンマンさんが書いた記事でござ〜♪〜ますか?

いや、僕が書いたものではありません。おそらく僕と同世代のブロガーだと思うのですよう。

ジャケット写真だったのですね。

そうですよう。僕はアルバムを買った訳じゃないけれど、確か。。。アメリカの男性週刊誌でその写真を見たことがあるのですよう。

デンマンさんにとって衝撃的な写真だったのですか?

ヌード文化というのは、今の言葉で言えば“オタク趣味”のようなものですよう。日本ではヌード文化は未だに根付いていないけれど、全く無い訳じゃない。

日本にもヌード文化があるのですか?

ありますよう。男女混浴露天風呂などは、言ってみればヌーディスト・リゾートですよう。でも、日本ではヌーディスト・ビーチは根付かなかった。和歌山県の白浜でヌーディスト・ビーチを作ろうという動きがあったのですよう。でも、それはつぶれてしまった。素っ裸で海水浴場の浜辺を歩くと、日本では“わいせつ物陳列罪”で逮捕されてしまうのですよう。

ニューヨークでは違うのですか?

ニューヨークでもバンクーバーでも、ある一部の海岸では“ヌーディスト・ビーチ”として浜辺を素っ裸で歩いても黙認されていますよう。このことについては僕が以前に記事に書いたことがあります。

■ 『ニューヨークの混浴露天風呂 (2008年5月22日)』

デンマンさんも実際にニューヨークのヌード文化に触れたのでござ〜♪〜ますか?

そうですよう。僕は上の記事で書いたようにアンナさんと一緒に“ヌーディスト・ビーチ”に行ったのですよう。






ここは Lighthouse Beach と呼ばれている海岸です。 ニューヨーク州の南端に “Fire Island National Seashore”という国立公園があります。Lighthouse Beach と言うのは、その一番西の端に位置している海岸です。

その国立公園には他にも“ヌーディスト・ビーチ”があるのでござ〜♪〜ますか?

たくさんあるのですよう。1953年にヨーコさんが家族と共にニューヨークのスカースデールに移り住んだ頃には、すでに公園には“ヌーディスト・ビーチ”があったのですよう。

。。。んで、ヨーコさんが住んでいた場所は“ヌーディスト・ビーチ”から近いところにあるのですか?

スカースデール(Scarsdake)というのはマンハッタンから北へ20キロほどのところにある小さな村です。日本人が15%から20%ぐらいを占める閑静な住宅地ですよう。

どうして日本人が多いのですか?

どこの国へ行っても、民族は集まる習性がありますからね。。。日本人も例外ではない。日本人の友達や親戚が集まってきて、いつの間にか日本人が集まって暮らす住宅地になったのでしょうね。

デンマンさんは、ヨーコさんも“ヌーディスト・ビーチ”へ行ったと考えているのですか?

僕の推測だけれど、ヨーコさんもヌード文化に触れていると思いますよう。スカースデールは国立公園から離れているけれど、車で行けば1時間から1時間半の距離ですよう。

でも、ヨーコさんはヌード文化に興味を持ったのでしょうか?

あのねぇ〜、ヨーコさんは前衛アーティストですよう。言ってみれば、卑弥子さんのように過激なところがあるのですよう。過激といって語弊があるならば、封建的な考え方を打破して、好奇心に燃えながら新しい文化や風潮をドンドン受け入れてゆくような人ですよう。だからこそ、当時でもセンセーショナルなヌードのジャケット写真を撮ったりしたのですよう。そのように考えれば、ヨーコさんの青春時代にヌード文化に触れていたと考えた方が自然ですよう。卑弥子さんも、そう思いませんか?

そうですわね?急におヌードになるのは抵抗があるでしょうからね。。。?

僕は、ヨーコさんがニューヨークの生活に愛着を持っているように思うのですよう。

どう言う訳で。。。?

現在もニューヨークで暮らしているのですよう。しかも、ジョン・レノンがチャップマンに殺害された時にも、ジョンとヨーコさんはニューヨーク市の「ダコタハウス」で暮らしていた。ところで、ジョンが殺害された日のことを上のブロガーは次のように書いています。


ジョン・レノンのヌードの表紙

(黒っぽいドレスに身をまとい横になっているオノヨーコに、素っ裸で、膝を曲げて覆いかぶさるようにして抱きついてキスしている)このジョン・レノンのヌードの表紙は、そもそもは、米国 Rolling Stone 誌の1981年1月22日号に載ったものです。
ジョン・レノンが撃たれた後で、もうものすごく売れたのでしょう。
後日知ったのですが、この写真が、撃たれた日(1980年12月8日)に撮影されたという伝説があります。
ほんとうのようです。
その日の午前11時ごろ撮影です。




『ジョン・レノンのヌードで販売部数アップをはかろう、私も(2007.1.18)』より


これは、もう、僕の推測の域を出ないのだけれど、ジョン・レノンにとってヨーコさんは“夢とロマンの女神”ではなかったか?

つまり、ジョン・レノンはヨーコさんの考え方に強い影響を受けていたという事ですか?

そうですよう。死ぬ日に撮ったと言うローリング・ストーン誌のジョンのヌード表紙も、一般の人の目から見れば、なぜヌードなの?そういう疑問を持つと思うのですよう。実際、上の文章を書いたブロガーさんも“レノンやヨーコさんのヌードな思想が今もって理解できない”と書いている。

。。。んで、どうしてジョンはヌードにこだわったのでござ〜♪〜ますか?

だから僕はヨーコさんがニューヨークのヌード文化にどっぷりとつかっていて、ジョン・レノンは、彼女の影響を強く受けたのではないか。。。僕は、そう思っているのですよう。

分かりましたわ。。。それで小百合さんに上げたという“愛のプレゼント”のお話は、どうなったのでござ〜♪〜ますか?

だから、プレゼントも上の話の中に出てきましたよう。

あのォ〜。。。ジョンとヨーコの初の共作アルバムを小百合さんに上げたのでござ〜♪〜ますか?

違いますよう。

では、他のアルバムですか?

違いますよう。アンナさんの写真から思い浮かびませんか?



この写真からでござ〜♪〜ますか?。。。あのォ〜。。。もしかして。。。もしかして。。。アンナさんがはいているパンツですか?

うしししし。。。その通りですよう。

 (卑弥子さんは、口をぽっかりと開いたまま呆れ返っていますう)


【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
“愛のプレゼント”ってぇ〜、パンツなのですわよう。
呆れてしまうではござ〜♪〜ませんかア!

でも、最後に残ったという事は、たくさん持っていたという事ですわよねぇ〜。
上のようなパンツを、どうしてたくさん持っていたのでしょうか?

デンマンさんは女性パンツマニアなのでござ〜♪〜ましょうか?
ヤ〜らしいわあああぁ〜

最後に残った一つだ、とデンマンさんがおっしゃったので、
もっとすっご〜♪〜い、立派なものかと思ったのですわよう。
それが。。。チョウをデザインしたパンツですってぇ〜
ヤ〜だわあああぁ〜

とにかく、あさって、どう言う事なのか、もう一度しっかりと聞き出しますわよう。
あなたも、どうか、読みに戻って来てくださいましね。
じゃあね。。。






ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

実は、バンクーバーにも有名な

ヌードビーチがあるのですわよう。

その名を Wreck Beach と言うのです。

バンクーバーに住んでいる人であれば

ほとんどの人が知っているのですけれど、

日本から観光でやって来た人は

知らない人が多いようです。

初めて耳にすると

たいていの人が驚きます。

しかし、日本にだって男女混浴の

露天風呂があるのですから、

ヌードビーチが、とりわけ珍しいと言うこともないのですよね。

でも、温泉に入る訳でもなく

砂浜を素っ裸で歩くのは

日本人には馴染めないのかもしれませんわ。

わたしもデンマンさんとレンゲさんと一緒に

ヌードビーチに出かけたことがあります。

その時の事をデンマンさんが記事に書いています。

興味があったら次のリンクをクリックして読んでみてください。

■ 『バンクーバーで夢とロマンを!(2006年8月25日)』



ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。

寒さを笑って吹き飛ばしたかったら

ぜひ読んでみてくださいね。

■ 『笑って幸せな気分になれるサイト』



では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。






2008年07月26日

あなたもルンルン気分で…



あなたもルンルン気分で…



こんにちは。。。
ジューンです。
暑くなりましたね。
もう、海に行きましたか?
ルンルン気分でネットをやっていますか?



ええっ?
なかなかルンルン気分になれないの?

だったらね、わたしが良いことを教えてあげるわ。

あなたは Windows を使っているでしょう?
10人に9人までが Windows を使っているらしいわよ。
わたしもWindowsを使っています。

そういうわけで、今日はWinodws を使って
ネットでルンルン気分になるお話をしようと思うのですわ。

あなたがWindowsをスタートする時、
電源を入れると短い音楽が鳴りますよね。





このミュージックをあなた好みのルンルン気分にさせるモノに変えるのですわよ。

ええっ?どうやったら代える事が出来るの?

だから、そのお話をしようと思ったわけなのよ。

Windowsを起動すると、短い音楽が鳴ります。
他にも終了時、エラー時、新着メールの通知など、
さまざまな動作で音が鳴るように設定されています。
あなたもご存知でしょう?

どの音も別の音に代える事が出来るのですよ。
ここでは、起動時の音を鳴らないようにしたり、別の音に変更する方法を説明します。
ここでお話しすることはWindows XPの場合です。

では、次の手順に従って代えてくださいね。

1) 「スタート」→「コントロール パネル」をクリックします。

2) 「サウンドとオーディオ デバイス」のアイコンを
   ダブルクリックします。

3) 「サウンド」タブをクリックして、
   「Windows の起動」など設定を
   変更したいイベントとして選択します。

4) イベントの音を変更する場合は、
   プルダウンメニューから任意の音を
   選択します。
   音が鳴らないようにするには、
   「(なし)」を選択します。

5) 再生ボタンを押して、
   どんな音を選択したのか確認します。

6) よければ「OK」をクリックして設定完了です。

どうですか?
簡単でしょう?

イベントの音を選択する際に、「参照」ボタンをクリックして、
プルダウンメニューにない .wav 形式のサウンドファイルを選択することもできますよ。
つまり、あなたが作った音楽を選択することも出来ます。
試しにやってみてくださいね。

ところで話は変わりますが、あなたはブログをやっていますか?
ホムペを持っていますか?
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アクセスアップを考えているならば、ぜひ次の掲示板をのぞいてくださいね。

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ごゆっくり。。。
では。。。



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