HIS BIG EYES SAW THE WINDS OF CHANGE
시대를 바라보는 큰 눈의 사라
西郷隆盛の生誕地は、加治屋町の維新ふるさと館の近くにあります。建物はなにもありません。ただ、その跡地に石碑があるだけなのですが、不思議に落ち着くところです。
資料等はふるさと館の方にありますので、ここはただ雰囲気を味わうだけになります。鹿児島といえば西郷さん、桜島、黒豚といったところでしょうか。しかしその写真の1枚も残っていないという不思議な人です。よく写真と思ってみているのはキヨソネさんが書いた銅版画です。
今日は、ベスト電器に行った後、バイクでちょっと寄ったのですが、タクシーで観光に来られた方や、ふるさと館に来られた方が立ち寄っていました。
以下に、看板の資料を書き写しておきます。
−−−−看板内容−−−−
「大きくたたけば大きく鳴る。小さくたたけば小さく鳴る」と土佐の坂本龍馬を驚かせた薩摩の「ウドメサア」(目の大きな人のこと)西郷隆盛の器量の大きさは、彼が生まれ育った下加治屋町の郷中教育によって培われたといわれています。
1827年(文政10)西郷は下級武士の家の7人兄弟の長男として誕生(海軍大臣を勤めた従道は三男。)貧しい生活の中で藩校造士館に通い、次第に下加治屋町郷中の少年達のリーダーとして頭角を現します。鹿児島の町には独特の若者組織があり、町毎に区切られた郷中という単位で少年たちが集まり、厳しくしつけられるのです。
西郷は13歳のとき、右腕を負傷し武芸はあきらめましたが、その分勉強に励み、二才頭として郷中の仲間の人望を集めました。西郷の指導者としての有能さは、この郷中から多くの偉人が育ったことからもうかがえます。
17歳で郡方書役助という地方役員となり、農村を回り、農政についての意見をまとめました。これが後の英明藩主といわれた島津斉彬の目にとまり、やがて日本を舞台に活躍する足掛かりとなったのです。
−−−−看板終了−−−−
坂本龍馬の逸話は、勝海舟の氷川清話に出てくる話です。西郷さんだけ、薩摩だけでは維新はできません。藩を越えたリレーションの中で大事が成ったわけです。若い時に右腕を怪我したとありますが、これは今も続いている「妙円寺詣り」の途中に横井原で刀の鞘が触れたことで諍いがあり、その後喧嘩となって怪我をしてしまったのでした。
この付近には偉人の生誕地が多数あります。特に中央高校の回りは石碑だらけですので、歩いて見られたらいかがでしょうか。このブログでも紹介していますので探してみてください。
ところで鹿児島の観光地にはこのQRコードが貼ってあります。
携帯で細かな紹介が出てきますので、ご利用ください
http://www.city.kagoshima.lg.jp/kagocitymobile/07kanko.html?guid=on



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でした。

で篤姫が、ウインナーコーヒー
を食べに行きたいと思いました。




