紫式部の生没年はなぜ分からないの?(PART 2)


キャー すてきィ〜

卑弥子さん!。。。熱狂しないでくださいよう!今日はビートルズの話じゃないのだから。。。
失礼いたしましたわ。。。ついつい、熱狂してしまいましたわ。。。ごめんあそばせぇ〜♪〜うふふふふ。。。
あのねぇ、僕は思うのだけれど、卑弥子さんがビートルズに熱狂するぐらいに紫式部は白楽天に熱狂していたのでよう。
何か根拠でもあるのでござ〜♪〜ますか?
だから、卑弥子さんが指摘したように、『桐壺』には「長恨歌」の影響が、ありありと見えるのですよう。
他には。。。?
僕は『源氏物語』のテーマは、まさに「長恨歌」のテーマそのものだと信じているほどです。
そのテーマとは。。。?
だから、長い恨(うら)みの歌ですよう。。。英語では「長恨歌」は Everlasting Regret (果てしない悔恨) と訳されています。
つまり、『源氏物語』のテーマも「果てしない悔恨」でござ〜♪〜ますか?
そうですよう。
でも、源氏物語の主要テーマは未だに議論がなされていて、決着はついてないのでござ〜♪〜ますわ。
主要テーマ(主題)の諸説
「源氏物語の主題が何であるのか」については古くから様々に論じられてきたが、『源氏物語』全体を一言で言い表すような「主題」については「もののあはれ」論がその位置に最も近いとは言えるものの、未だに広く承認された決定的な見解は存在しない。
古注釈の時代には「天台60巻になぞらえた」とか「一心三観の理を述べた」といった仏教的観点から説明を試みたものや、『春秋』、『荘子』、『史記』といったさまざまな中国の古典籍に由来を求めた儒教的、道教的な説明も多くあり、当時としては主流にある見解と言えた。
『源氏物語』自体の中に儒教や仏教の思想が影響していることは事実としても、当時の解釈はそれらを教化の手段として用いるためという傾向が強く、物語そのものから出た解釈とは言い難いこともあって、後述の「もののあはれ」論の登場以後は衰えることになった。
これに対し、本居宣長は『源氏物語玉の小櫛』 において、『源氏物語』を「外来の理論」である儒教や仏教に頼って解釈するべきではなく『源氏物語』そのものから導き出されるべきであるとし、その成果として「もののあはれ」論を主張した。
この理論は源氏物語全体を一言で言い表すような「主題」として最も広く受け入れられることになった。
その後明治時代に入ってから藤岡作太郎による「源氏物語の本旨は、夫人の評論にある。」といった理論が現れた。
明治時代以後、坪内逍遥によって『小説神髄』が著されるなどして西洋の文学理論が導入されるに伴いさまざまな試みがなされ、中には部分的にはそれなりの成果を上げたものもあったものの、
○ そもそも『源氏物語』に西洋の文学理論でいうところの「テーマ」が存在するのか。
○ 『源氏物語』に対して西洋の文学理論を適用することおよびそれに基づく分析手法を用いた結果導き出された「テーマ」に意味があるのか
といった前提が問い直されていることも多く、それぞれがそれぞれの関心に基づいて論じているという状況であり、源氏物語全体を一言で表すような主題を求める努力は続けられており、三谷邦明による反万世一系論や、鈴木日出男による源氏物語虚構論などのような一定の評価を受けた業績も現れてはいるものの、一方で『源氏物語』には西洋の文学理論でいうところの「テーマ」は存在しないとする見解も存在するなど広く合意された結論が出たとは言えない状況である。
源氏物語のそれぞれの部分についての研究がより精緻になるに従って源氏物語全体に一貫した主題を見つけることは困難になり、「読者それぞれに主題と考えるものが存在することになる。」という状況になる。
平成10年(1998年)から平成11年(1999年)にかけて風間書房から出版された『源氏物語研究集成』では全15巻のうち冒頭の2巻を「源氏物語の主題」にあて、計17編の論文を収録しているが、源氏物語全体の主題について直接論じたものはなく、すべて特定の巻または「○○物語」といった形でまとまって扱われることの多い関連を持った一群の巻々についての主題を論じたものばかりである。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
あのねぇ、テーマのない文学作品ってないですよう。
そうでしょうか?。。。あたくしは、西洋の文学理論でいうところの「テーマ」は存在しないと思うのでござ〜♪〜ますわ。
たとえそうだとしても、紫式部が『源氏物語』を書いた動機があるはずですよう。それがテーマですよう。
その動機って何でござ〜♪〜ますか?
紫式部は宮本武蔵のように「長恨歌」にハマッていたのですよう。
つまり、式部さんは日本語版「長恨歌」を書くつもりだったのでござ〜♪〜ますか?
そうですよう。僕にはそれ以外に思いつきません。だから、源氏物語のテーマは「果てしない悔恨」ですよう。
でも、本居宣長は、『源氏物語』を「外来の理論」である儒教や仏教に頼って解釈するべきではなく『源氏物語』そのものから導き出されるべきであるとし、その成果として「もののあはれ」論を主張したのでござ〜♪〜ますわ。
うん、うん、うん。。。確かに、そういう考え方もあるでしょう。でもねぇ、ビートルズの影響を無視して日本の現代ポピュラー音楽を語ることができないように、「長恨歌」を無視して『源氏物語』を語ることなどできないのですよう。しかも、卑弥子さんが指摘しているように源氏物語の第一巻の『桐壺』にありありと、「長恨歌」からの引用がある。
つまり、デンマンさんは、何が何でも紫式部さんが「長恨歌」にハマッていたとおっしゃるのでござ〜♪〜ますわね?
もちろんですよう。

キャー すてきィ〜

紫式部が生きていたら、ちょうど卑弥子さんのようにビートルズに熱狂したはずですよう。うしししし。。。
分かりましたわ。。。式部さんが「長恨歌」にハマッていたとして、その「果てしない悔恨」とは、いったい何でござ〜♪〜ますか?
良くぞ聞いてくれました。僕は何度も何度も源氏物語を読み返しました。源氏物語研究家の卑弥子さんを前にして説明するのは「釈迦に説法」になるけれど、僕はあえて素人なりの僕の考えを書いてみました。
『源氏物語』の第一部(「桐壺」から「藤裏葉【ふじのうらば】」まで)の終わりに近づいた「蛍(ほたる)」の帖で、紫式部は源氏の口を借りてつぎのように言う。
「そらごと」、つまり虚構と言われる物語の中にこそ人生の真実を書くことができると。。。
『源氏物語』の第二部は「若菜(わかな)上」から「幻(まぼろし)」までの8帖。
ここでは、主人公の光源氏のもとに、兄の朱雀(すざく)院の女三の宮が嫁(とつ)ぐ。
六条院の調和が崩れる。
つまり、源氏と紫の上との間に隙間風が吹き始める。
やがて、女三の宮と内大臣の子息・柏木(かしわぎ)との密通から、不義の子・薫(かおる)が生まれる。
源氏をめぐる女性は次々と出家。
あるいは他界する。
生涯の伴侶だった紫の上も亡くなる。
この世の栄華を極めた光源氏も、忍び寄る老いには勝てず、苦渋と孤独のうちにやがてその生涯を閉じる。
光源氏も、所詮(しょせん)は一人の人間でしかなかったと書き終えて、紫式部はさらに、源氏の次の世代に筆を進める。
第三部である。
第三部は、「匂宮(においのみや)」「紅梅(こうばい)」「竹河(たけかわ)」の三帖を介して、いわゆる「宇治十帖」に語り継がれる。
源氏の孫に当たる風流貴公子・匂の宮と罪の子・薫が主人公として登場。
この二人の相手になるのが源氏の零落(れいらく)した異母弟・八の宮の姫君たち。
主要舞台は京の都から暗鬱(あんうつ)な宇治の山里に移る。
この宇治の山里では、不毛な恋に身を焼いて何の救いもない。
浮舟は、心の中では信頼感の持てる薫をしたいながら、官能の炎にもえる匂の宮に惹かれてゆく。
オツムは薫に、体は匂の宮になびいてゆく。
自らの意思によって、いずれが真実なのか見極めることができない浮舟の性格には、女の持つ弱さ、はかなさがにじみ出ている。
いよいよ浮舟は薫か、匂の宮か?二人のどちらかを選ばねばならないのだが、決心がつかない。
浮舟は、悩んだ末、宇治川へ投身自殺をする。
ところが、彼女は死なず、助けられる。
愛の惑溺(わくでき)から逃れるため、浮舟は出家する。
こうして、最終帖「夢浮橋(ゆめのうきはし)」では、薫と匂の宮に愛された浮舟の、かたくなな出家の意思と、行き悩む薫の姿を描いて、この大河小説は終わるともなく終わってゆく。
つまり、デンマンさんにとって、源氏物語の第三部にこそ、「果てしない悔恨」が描かれているとおっしゃるのですか?
その通りですよう。第一部の「明石」の帖あたりまでは、紫式部が藤原道長に見出されて、彼の娘の彰子に仕えるまでに書き終えていたと思うのですよう。
第14巻の「澪標(みおつくし)」からあとの帖を道長様がプロデユーサーになって紫式部さんが書き進めたとおっしゃるのでござ〜♪〜ますか?
その通りです。紫式部は頭がいい女性だから、やがて自分が利用されていることに気づいたでしょう。
彰子様が一条天皇の子供を宿すために『千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)』ならぬ、『源氏物語』を持って一条天皇の伽をなさったとデンマンさんはおっしゃるのですわね?
そうですよう。
道長の娘の彰子の話が
クライマックスに近づくと
「続きはまた明日ね」と言って
彼女は話を打ち切った。
一条天皇は次の話が聞きたくて
別の女性に伽(とぎ)をさせるのを思い留まり、
それが毎夜続くようになって
将来、天皇になる二人の皇子を
お生みになったのでした。
紫式部のおかげで彰子は勝ち組になったのですよう。清少納言は定子に仕えて敗者の側から道長と道隆(彼の遺児の伊周・隆家)の権力闘争を見ていた。『枕草子』とは、枕のみが自分の涙を知っているという意味で、藤原道長を憚(はばか)って明記されていないが明らかに定子・伊周の立場に立って道長を告発している書ですよう。
。。。んで、具体的に何が「果てしない悔恨」なのでござ〜♪〜ますか?
紫式部には、書きたいことがたくさんあったのですよう。でも書けなかった。
どうして分かるのでござ〜♪〜ますか?
紫式部は「雲隠(くもがくれ)」の本文を書いたと思うのですよう。でもねぇ、プロデューサーである道長が、「それは一条天皇が読むのにふさわしくない」と言って削除させたのですよう。
つまり、一条天皇が読んだら、イヤな感じを抱いて彰子様から定子さんへ乗り換えると。。。?うふふふふ。。。
そうですよう。それで、紫式部は、しぶしぶ応じなければならなかったので、現在でも巻名のみで本文が欠如している。
つまり、式部様は利用されている自分に気づきながらも、プロデユーサーである道長様に従わねばならなかったと。。。
そうですよう。。。でも、やがて目的を達した。
彰子様が一条天皇のお子を宿したのですわね?
そうですよう。それで第三部では自由に書くことができた。
。。。んで、「果てしない悔恨」とは。。。?
だから、浮舟の苦悩こそ、紫式部が感じた悔恨ですよう。浮舟は薫と匂の宮の間でゆれた。つまり、「薫」とは、紫式部が「長恨歌」から感じ取ったロマンですよう。この事が書きたかった。
それで、「匂の宮」とは。。。?
プロデユーサーである道長が紫式部に「このようなことを書けば一条天皇が喜ぶはずだ。。。」と言って書かせた物語ですよう。つまり「雲隠(くもがくれ)」までのハッピーエンドな物語ですよう。
書きたいものが書けなかった、道長様に利用された、という紫式部さんの「果てしない悔恨」が第三部になったとデンマンさんはおっしゃるのでござ〜♪〜ますか?
そうですよう。そのようなテーマを借りて第三部で道長を含めた上流貴族社会の実像を描いて見せたのですよう。
。。。んで、今日のタイトルは。。。?
道長も当然第三部を読んだのです。にがにがしく思ったでしょう。その空気を周りの者も微妙に察したはずです。
それで。。。?
あれだけ有名な源氏物語を書き上げたのに、紫式部の晩年が、なぜ、これほどまでに夜霧の彼方に霞(かす)んで見えなくなったのか?
道長様の思惑を察して、誰もが相手にしなかったのでござ〜♪〜ますか?
そうとしか考えられないでしょう!だから、紫式部の生没年は分からない。彼女の本名さえも伝わっていない。紫式部は道長に嫌われることを承知で断固として書くべきことを最後に書いたのですよう。そして、夜霧の彼方に消えて行ったのですよう。
可哀想に。。。
いや。。。卑弥子さんが思うほど可哀想ではありませんよう。結果として、紫式部の『源氏物語』は、こうして現代でも読まれている。世界のネット市民の皆様は、藤原道長よりも紫式部を好んでいるのですよう。
根拠でもあるのでござ〜♪〜ますか?
ありますよう。次のリストを見てください。
世界一有名な日本人は?
2009年05月03日08時10分
「wikipedia」を元にした"世界一有名な日本人ランキング"が話題を呼んでいる。
ネット上の百科事典「wikipedia」は世界中の各言語に対応しているが、このランキングは「当該人物がいくつの言語で紹介されているか」を比較したもの。
そのランキングで、意外な人物がぶっちぎり1位の座に輝いているというのだ。
その人物とは、アニメソング界の"アニキ"こと歌手の水木一郎。
水木は、日本語も含めて91の言語で紹介されており、2位の映画監督・黒澤明に20ポイントもの大差をつけているという。
黒澤明のみならず歴史上の偉人やノーベル賞学者、天皇陛下、歴代首相を押しのけて1位を獲得している水木一郎。
インターネットコミュニティとアニメカルチャーの親和性は、どうやら世界共通のようだ。
ちなみに、この調査は2009年1月現在のランキングとされており、トップ10は以下の通り。
1.水木一郎(歌手) 91言語
2.黒澤明(映画監督) 71言語
3.昭和天皇 64言語
4.松尾芭蕉(俳人) 62言語
5.明仁(今上天皇) 54言語
6.小泉純一郎(元首相) 53言語
7.福田康夫(元首相) 51言語
7.葛飾北斎(江戸時代の浮世絵師) 51言語
9.安倍晋三(元首相) 50言語
10.紫式部(平安時代の作家) 45言語
『世界一有名な日本人は?』より
『世界一有名な日本人 (2009年5月20日)』に掲載
紫式部は、今から1000年ほど前の女性です。上のリストの中で、女性はただ一人です。しかも、500年以上前の人物でリストに載っているのは紫式部だけです。藤原道長など問題にもなりません。
【卑弥子の独り言】

ですってぇ〜。。。
確かに、すごいですわよねぇ。
あたくしも、現代の紫式部と呼ばれたいですわァ〜。
でも、何よりも、お嫁さんになることが先決でざ〜♪〜ますわ。
おほほほほ。。。
とにかく、まだ面白い話が続きますう。
どうか、あなたも、またあさって読みに戻ってきてくださいましねぇ。
では、またァ〜♪〜。。。


ィ〜ハァ〜♪〜!
メチャ面白い、
ためになる関連記事

■ 『きれいになったと感じさせる
下着・ランジェリーを見つけませんか?』
■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』
■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に
別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』
■ 『今すぐに役立つホットな情報』
■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

■ 『漢字馬鹿の再来 (2009年2月13日)』
■ 『漢字馬鹿の悦楽 (2009年2月15日)』
■ 『漢字馬鹿の自己矛盾 (2009年2月17日)』
■ 『あなた、おかえり (2009年2月19日)』
■ 『脳内漢字馬鹿 (2009年2月21日)』
■ 『他人の不幸は蜜の味 (2009年2月23日)』
■ 『漢字馬鹿の恋 (2009年2月25日)』
■ 『馬鹿のモデル (2009年2月27日)』
■ 『漢字馬鹿さん元気?(2009年3月25日)』

こんにちは。ジューンです。
“君子危うきに近寄らず”
よく耳にする格言ですよね。
思慮分別のある人は
危険な所には初めから近付かない。
そのような意味です。
さて、これを英語でなんと言うのでしょうか?
分かりますか?
次のように言います。
The wise man never courts danger.
賢者は決して危険を求めないものだわ。
次のようにも言えます。
Better be safe than sorry.
後で悔いるより最初から安全でいる方が良いのよ。
ところで、英語の面白いお話を集めました。
時間があったら覗いてみてくださいね。
■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

卑弥子さんには、ちょっと信じがたいような
恋物語がありますわ。
関心があったらぜひ次のリンクをクリックして
じっくりと読んでみてくださいね。
■ 『平助さんが卑弥子さんに恋をしたのがウンのつき』
(2005年5月3日)
では、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょうね。
じゃあね。






















































































