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2008年05月11日

床上手再訪


 
床上手再訪












■ 『頭が良くなるクラシック (2008年5月9日)』

デンマンさん。。。、おとといの9日にはクラシックを持ち出して、少しは格調高くなったと思っていたのに、また下ネタに逆戻りですか?



うん、うん、うん。。。そう言われてみると僕は弁解できないのだけれど、ちょっと気になることがあってね。。。

一体何が気になっているのですか?

川上宗薫のことですよう。

作家ですよね?下ネタを扱った小説をたくさん書いていましたよね?

レンゲさんも、やっぱりそう思っているのですか?

だって、川上宗薫は純文学の作品を書いた事はないと思いますわ。それで、デンマンさんはどうして川上宗薫の事が気になるのですか?

■ 『床上手 (2008年5月7日)』

僕は5月7日に上の記事を投稿したのですよう。その時に「床上手」をフリー百科事典『ウィキペディア』で調べてみたのですよう。

それで。。。?

残念ながら、そのものズバリの項目はありませんでした。次のようなページが表示されたのですよう。


検索結果
 
問い合わせ: "床上手"

項目名とは一致しませんでした


■ 四畳半襖の下張 ... 、「この女思ふに老人の旦那にでもよくよく仕込まれた床上手と覚えたり」と男が思うあたりには、作者の観察の鋭さ ...
6 キロバイト (9 words) - 2008年4月23日 (水) 13:59

■ 川上宗薫 床上手としても名を馳せ、女性雑誌に「お手伝いさん募集」の ...
13 キロバイト (95 words) - 2008年4月8日 (火) 06:38

■ オールナイトフジ *床上手、IEKI吐くまで(片岡鶴太郎)
27 キロバイト (137 words) - 2008年4月14日 (月) 12:59

■ 月姫 (ゲーム) : とある理由からかなりの床上手
68 キロバイト (543 words) - 2008年5月5日 (月) 16:43




出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


僕は川上宗薫のファンではないけれど、週刊誌でこの人の作品をいくつか読んだことがあるのですよう。

やっぱり、下ネタの作品がデンマンさんは好きだったのですねぇ〜?

好きだったのですね?と尋ねられれば、嫌いではなかったですからね。。。うへへへへ。。。

つまり、好きだったわけでしょう?

でも、僕は川上宗薫の書いた本を買ってまで読んだことはないのですよう。

でも、週刊誌は買って読んだのですか?

いや、週刊誌も買って読んだことがない。。。うしししし。。。

クズカゴから取り出したり、電車の網棚の上に置き忘れてあった週刊誌を取り上げて読んだのですか?

まあ。。。そういうことですよう。うへへへへ。。。

ずいぶんとしみったれた話ですわねぇ〜?

やだなあああぁ〜。。。なんだか、急に僕を見下げたような目つきで見ないでくださいよう。第一。。。下ネタ専門に書く作家を僕は純文学を書く作家と比べたら数段下に見ていましたからねぇ。。。

つまり、本や週刊誌を買ってまで下ネタ作品を読まない。。。デンマンさんは、そう思っていたのですか?

そうですよう。

それなのに、どうして川上宗薫の事を調べてみる気になったのですか?

やっぱり、ちょっと懐かしくなりましたよう。

つまり、懐かしく思う程度には川上宗薫の作品を読んでいたのですわね?

いや。。。、懐かしく思うのは作品のためではなくて、この人がちょっと変わっている人だなぁ〜。。。と思っていたからですよう。

どう言う所がですか?

この人が銀座のバーか、どこかのキャバレーのホステスと同棲していた頃の話が、週刊誌のインタヴュー記事として写真入で載っていたのですよう。

いつ頃のことですか?

はっきりとは覚えていないけれど、昭和50年(1975年)頃だと思いますよ。相手のホステスと一緒に写っていて、こういう下ネタ作家も居るのかと思って。。。当時の僕は川上宗薫を“奇人”だと思っていましたよう。

。。。で、デンマンさんがこの記事で取り上げたと言うことは、何か驚くべき発見でもあったのですか?

そうですよう。。。そうですよう。。。ちょっと川上宗薫の経歴を読んでみてくださいよう。


川上 宗薫 (かわかみ そうくん)



1924年4月23日生まれ。
1985年10月13日に亡くなる。
愛媛県生まれの小説家。本名はむねしげと読む。

日本基督教団メソジスト派の牧師・川上平三の子として愛媛県東宇和郡宇和町卯之町(現在の西予市)に生まれる。
大分県と長崎県で小学校時代を送り、1937年、鎮西学院中等部に首席入学。
第七高等学校や長崎高等商業学校の入試に失敗し、1943年、西南学院に入学。

1944年秋、長崎県大村の陸軍連隊に入隊。
しかし肋膜炎を意図的に悪化させ、敗戦までの約1年間を入院患者として過ごす。

1945年8月9日、母と2人の妹を長崎原爆で喪う。このため父は棄教。
宗薫は退院の手続きが偶然遅れたために被爆を免れた。

1946年に西南学院商科を卒業。
1946年、九州大学法文学部哲学科に入学、のち英文科に転科。
1947年6月に最初の妻と入籍。大学に在籍する傍ら、長崎女子商業高等学校で英語を教えて生計を立てる。

1948年3月、長女が誕生。
1949年12月、大学4年生の時、『西日本新聞』の懸賞論文に『文学作品を読むこととは』を応募し三等に入選、賞金1000円を獲得。
このころ学友会文藝部で小説を書き始める。
1949年6月、『九大文学』に処女作『綿埃』を発表。
同じ頃、同誌に川上翠雨の筆名で俳句を発表。

ウィリアム・ブレイクで卒論を書いて1950年に英文科を卒業した後、海星高等学校で教鞭をとるも1学期で退職し、千葉県柏市に移住。
1950年から千葉県立東葛飾高等学校夜間部で英語を教える傍ら、北原武夫に師事して小説家を志す。
1952年、同人誌『新表現』『日通文学』に参加。
1955年、『企み』を『文學界』に、『或る目醒め』を『群像』に発表して商業デビューを果たす。
1954年から1960年まで芥川賞候補に計5回挙がったが受賞を逸する。
この間、1958年、『新潮』6月号に『文学をよそうと思う』を発表。

1959年、友人の水上勉が服の行商のかたわら書き上げた長篇『霧と影』を、河出書房の編集者坂本一亀に紹介する。
だが、その後売れっ子作家となった水上に傲慢な振る舞いがあったことから、1961年、『新潮』6月号に短篇小説『作家の喧嘩』を発表。
文壇的成功で先を越された自らの心情を戯画化した作品だったが、この作品のモデルにされた水上勉から名誉毀損で訴えられそうになり、菊村到や田畑麦彦に調停を依頼したが失敗。
このため複数の新聞社の文化部記者に「小説に書かれたことを事実と思わないでくれ」と懇願し、『朝日新聞』の匿名コラムで「世の中には変わった作家もいるものだ。
自作を宣伝するためにこんなことを言って歩いている」「作家にあるまじき卑劣な根性」と批判されたことがある。
(この匿名コラムの筆者は百目鬼恭三郎だった)。

一方、水上の側でも川上夫妻をモデルに小説『好色』を書いた。
このとき、川上の妻と思しき女性の陰部に関する事実めかした描写によって川上夫妻は大きく傷つけられ、特に川上夫人は自殺まで考えたという。

この間、1960年に東葛飾高等学校を退職していたが、水上勉とのトラブルにより文芸誌からの註文が途絶え、持込原稿すら拒絶されるようになったため、大村彦次郎編集長の誘いで大衆文学の世界に進出。
『小説現代』1966年6月号に発表した『リボンの過失』で中間小説誌デビューを果たす。
1968年頃から官能小説の分野に進出、「失神派」と呼ばれるに至る。

流行作家になってからは妻子と別れ、
中野新橋の芸者と所帯を持ち、
銀座の複数ホステスと同棲し、
最後は30歳下の音大生と結ばれた。

1979年、食道潰瘍の手術を受ける。
1984年、リンパ腺癌が発見される。
東京女子医大病院で闘病生活を送った後、1985年10月13日、東京都世田谷区成城の自宅にて死去。

作品への評価と人物像

川端康成は川上の愛読者であり、ある出版社から現代文学全集が企画されたとき、編集委員の一人として川上の作品を推したことがあった。
筒井康隆もまた川上の純文学作品を高く買っており、『夏の末』を読んで感動のあまり一晩眠れなかったことがあると語っている。
一方、師の北原武夫は川上の自伝的小説『流行作家』を贈られた際、その読後感として「君は生れながらに絶対に傷つくことのできない人なのです。失恋や何かしてちよつと傷ついても、その傷は永くは君の中に止まらず、すぐさまそれが癒えてしまふ人なのです」「その点、さういふものを必至の心の糧とする純文学といふのは元来君にとつては不向きで今のやうな仕事の方がずつと君には向いてゐます」(1973年3月9日付川上宛書簡)と批評した。

原爆で3人の家族を喪ったにもかかわらず、原爆体験についてほとんど何も書かなかった。
「ああいうことを売りものにしたくないんだ」と発言したこともあった。
例外的な作品の一つが初期の『残存者』であった。

床上手としても名を馳せ、女性雑誌に「お手伝いさん募集」の広告を出した時には、川上に手を付けられることを期待した全国の女性から応募が殺到したこともある。
「性豪」と呼ばれることもあったが、実際には身長163センチ、体重55キロの小柄な体格だったので、初めて会った女性から「もっと大きい人かと思ったわ」「もっとギラギラした感じの人かと思ってました」と言われることが多かった。

愛犬家であり、特に巨大で獰猛な犬を好み、『闘犬記──アメリカン・ピット・ブル』(新潮社、1985年)のように犬に関する薀蓄を傾けた著書もある。
犬に限らず猛獣が好きであり、その理由について「これは、自分の中に、“自分は弱者だ”という意識があるせいにちがいない。
強いものへの憧れである」と語っている。




出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


それで、デンマンさんがあえて川上宗薫を記事で取り上げる気持ちになったのはなぜですか?

もちろん、「床上手」で調べたら次の箇所が目に付いたからですよう。


床上手としても名を馳せ、

女性雑誌に「お手伝いさん募集」の広告を出した時には、

川上に手を付けられることを期待した

全国の女性から応募が殺到したこともある。


デンマンさんは、この事をマジで信じているのですか?

もちろん、これは男性週刊誌的な発想ですよう。僕は信じていません。

でも、ウィキペディアに書いてあるのでしょう?

ウィキペディアに書いてあるからって真実とは限りませんよう。

上の記述が真実でない根拠でもあるのですか?

だいたい、募集に応じた女性のすべてが「川上宗薫に手をつけられることを期待して」と書くことが滑稽ですよう。お金が欲しい、仕事が欲しい、と思って応募した女性の方が多いのに、それを「川上宗薫に手をつけられることを期待して」と決め付けて書くことは、男性週刊誌的発想としか言えませんよう。レンゲさんだって、そのような事がある訳ないと思うでしょう?

確かに応募したすべての女性が「床上手」のうわさを聞いて応募したとは思いませんわ。

それに、女性の多くが川上宗薫を半ば軽蔑していると思うのですよう。

どうして、そうおっしゃるのですか?

川上宗薫自身が短篇小説『恥』の中で次のように書いていますよう。


「私は、その当時、エロ小説を軽蔑していた」

「そして、そのエロ小説を書くことによって、

人々から軽蔑されることもわかった上で、

金の誘惑に負けた」


エロ小説を軽蔑する気持ちは、川上宗薫だけにとどまらず、誰にも多かれ少なかれ共通する事だと僕は思いますよう。

それなのに、どうして川上宗薫はエロ小説を書いたのでしょうか?

だから、上の短編小説に書いたように「金の誘惑に負けた」のも、その理由の一つでしょうね。

他にも理由があるのですか?

あると思いますよう。

どうしてデンマンさんは、そう思うのですか?

僕が一番感銘深いと思ったのは、川上宗薫が師と仰(あお)いでいた北原武夫が言った次の言葉ですよう。


「君は生れながらに絶対に傷つくことのできない人なのです。

失恋や何かしてちよつと傷ついても、

その傷は永くは君の中に止まらず、

すぐさまそれが癒えてしまふ人なのです」

「その点、さういふものを必至の心の糧とする

純文学といふのは元来君にとつては不向きで

今のやうな仕事の方が

ずつと君には向いてゐます」

(1973年3月9日付川上宛書簡)


まさに、川上宗薫の性格と人生観を言い当てて妙だと僕は感心しましたよう。

それ程デンマンさんにとっては感銘深い言葉ですか?

だってそうでしょう!川上宗薫の上の経歴を読んだだけでも、もし川上宗薫が気弱で繊細な心の持ち主ならば、運命の非情さに耐えかねて自殺していたでしょうね。エロ小説をすべての人間が軽蔑しても、川上宗薫はエロ小説を書き続けるだけの、しぶとい神経を持っていたのですよう。


【レンゲの独り言】



ですってぇ〜〜。
確かに、言われてみれば川上宗薫は原爆でお母さんと二人の妹さんを亡くしているのですよね。

それに、不運な出来事にも見舞われています。
友達の水上勉には先を越されてしまう。
結局、純文学では認められずに
エロ小説を書く道を選ぶのですよね。

あの戦争で生き残った人たちには、しぶとく生きる事だけしか残されていなかったのでしょうね。
そうでない人は、自殺したり、病気になって命をちじめて、あの世に行ってしまったのでしょう。

う〜ん。。。なるほどね。。。
あなたは、どう思いますか?

とにかく、まだ、面白いお話が続きそうですわ。
あなたも、どうか、またあさって読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。


メチャ面白い、

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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』



■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に別荘を持つことを

夢見る小百合さんの物語』


■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』




こんにちは。ジューンです。

わたしが「エロ小説」と聞いて思い出すのは

アメリカの作家のヘンリー・ミラー(Henry Miller)です。

1980年に88才で亡くなっています。

ニューヨーク市立大学を中退して

職業を転々としたのち、

ヨーロッパを放浪します。

1934年、自伝的小説『北回帰線(Tropic of Cancer)』を

パリで発表します。

しかし本国アメリカでは、その奔放な性表現により

発禁処分になってしまったのです。

でも、1964年に、連邦最高裁にて

「猥褻文書ではない」とする判決が下されました。

なぜ、わたしがヘンリー・ミラーの事を

印象的に覚えているのか?

たぶん、晩年の奥さんが

日本の女優のホキ・徳田だったからかもしれません。



ところで、デンマンさんがレンゲさんの記事を集めて

一つにまとめました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『最近のレンゲ物語 特集』



とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。






2008年04月19日

夢と浪漫

 
 
夢と浪漫









果てなき想い

2008.04.17 Thursday 19:45

焦燥感に

身を焼かれる

めれんげ内親王が

やり場のない恋心を

詠める歌一首。
 
 

 
 
何故ゆえに

時はふたりを

せき立てて

果てなき想い

行き場に迷う

 
 
めれんげ内親王 (merange)




2008/04/18 4:56 AM

それを受けて

伝万大納言が

内親王の涼(すず)やかな

心を偲(しの)びて

詠める歌一首。



迷うとて

妹(いも)の心は

涼しげに

大海(おおうみ)渡る

風のごとくに



伝万大納言 (デンマン)




さらに大納言が

内親王との心の交流を

振り返りつつ

詠める歌一首。






迷うなら

夢と浪漫(ロマン)に

身を託(たく)し

麻呂とまどろむ

浪速路(なにわじ)の夢

 
 
伝万大納言 (デンマン)




さらに大納言が

内親王の

生き行く道を

指して詠める歌一首。






迷いても

妹(いも)の心は

萌え萌えに

明日を見つめて

歩むものかな

 
 
伝万大納言 (デンマン)




めれちゃんのセクシーな

写真を見て

ちょっと衝撃を受けましたよう。

まるで愛人と

抱擁しあっているようにも

見えるのですよう。

うしししし。。。

麻呂は写真を

明るくして、じっくりと

観察いたしましたよ。

めれちゃんらしい

ギャグを見たような

気がしました。(微笑)

大阪人は

受けを狙うのですよねぇ〜

(ウケたようゥ〜♪〜)

うへへへへ。。。

ギャグと真実を織り交ぜて

短歌を詠むめれちゃんは

やっぱり、永遠ですう!

\(^Д^)/ギャハハハハ。。。。




『「即興の詩」 果てなき想い』より




デンマンさん。。。今日も、めれんげさんの短歌ですか?



うへへへへ。。。いけませんか?

デンマンさんは。。。デンマンさんは。。。めれんげさんにちょっと夢中なのではありませんか?

うしししし。。。いけませんか?

おとといデンマンさんはおっしゃいましたよね。。。

なんて。。。?

次のようにおっしゃいましたわ。


デンマンの優しさ



最近、デンマンさんはすっかりあたしを無視していますわ。



無視していませんよう。。。こうして1日おきにレンゲさんと愛について、幸せについて、詩について、短歌について。。。、いろいろと語り合っているじゃありませんかぁ!?まさに、心の交流をしているのですよう。

でも、意識してあたしの話題を出さないようにしていますわ。

ん。。。? 意識してレンゲさんの話題を避けている。。。?

そうですわ。以前のようにあたしの話題を出しませんわ。

それは、現在、レンゲさんが幸せだからですよう。幸せなレンゲさんをできるだけそっとしてあげようと言う僕の“優しさ”ですよう。うへへへへ。。。自分で言ってしまいました。


 



『愛と夜桜 (2008年4月17日)』より


デンマンさんは、このようにおっしゃいましたわ。

そうですよう。それがどうかしましたか?

幸せなあたしをそっとしてあげる。。。それがデンマンさんの優しさだと。。。

そうです。。。そうですよ。。。。そのとおりですよう。。。うしししし。。。

ウソですう。

ん。。。?僕がウソをついたと。。。?

そうですわ。誰が見たって一目瞭然ですわ。デンマンさんがめれんげさんの短歌を取り上げるのは、めれんげさんに夢中だからですわ。

僕がめれんげさんに夢中だ、とレンゲさんは言うのですか?

そうです。おとといに引き続いて、めれんげさんの短歌を取り上げていますわ。このような事は過去にめったになかったことですわ。

あのねぇ、レンゲさんは誤解しているのですよう。僕は確かにめれんげさんを愛していますよう。

ホラ。。。ほらぁ〜。。。また、そういう風に“愛している”と言う言葉をデンマンさんは軽々しく使うのですわ。初めてこの記事を読む人は、間違いなくデンマンさんとめれんげさんの関係を誤解してしまうか、2ちゃんねるからやって来たラクガキストのように、デンマンさんのことを“超キモいジジイだ!”と思ってしまうのですわ。

やだなあああぁ〜。。。僕が愛しているレンゲさんまでが2ちゃんねるからやって来た愚かなラクガキストの言葉を使って僕を侮辱するのですか?

そうやって、あたしのことを愛していると言えば済むとでも思っているのですかア?

やだなあああぁ〜。。。最近、レンゲさんは、どことなく卑弥子さんの口調に似てきましたねぇ〜。

そうやって話題を変えようとしないでくださいな。デンマンさんは、やっぱり、めれんげさんに夢中なのですわね?

あのねぇ、夢中だと言えば夢中だし。。。夢中でないと言えば夢中ではないのですよう。

そういう詭弁(きべん)は止めてくださいな。言葉の綾(あや)であたしを煙に巻こうとなさるのですか?

やだなあああぁ〜。。。違いますよう。。。僕はレンゲさんを言葉で誤魔化そうなんて思っていませんよ。僕がどうして今日、めれんげさんの短歌を取り上げたのか?

なぜですか?

上のコメントの中に書いてありますよう。

どこにですの?


めれちゃんのセクシーな

写真を見て

ちょっと衝撃を受けましたよう。

まるで愛人と

抱擁しあっているようにも

見えるのですよう。

うしししし。。。


僕は、このように書いたのですよう。

それがどうだとおっしゃるのですか?

だから僕は少なからず衝撃を受けたのですよう。



何故ゆえに

時はふたりを

せき立てて

果てなき想い

行き場に迷う


つまり、デンマンさんは、この画像を見て衝撃を受けたのですか?

もちろん違いますよう。この画像は僕自身が作ったものですからね。。。僕が作った画像に僕が衝撃を受けてどうするのですか?うへへへへ。。。

。。。で、デンマンさんがおっしゃっている写真は、どこにあるのですか?

めれんげさんのサイトですよう。

つまり、このページにはその写真はないのですね?

ありません。めれんげさんの写真を無断で貼り付ける訳にはゆかないので、めれんげさんの短歌に、もっともふさわしい画像を僕のファイルから選んで貼り付けたわけなのですよう。。。どうですか?画像と短歌の内容がなんとなくマッチしていると思いませんか?

言われてみれば、そのようにも思えますけれど。。。

そうでしょう?レンゲさんにも僕の言おうとしていることが分かるでしょう?

それで、その写真を見たデンマンさんは衝撃を受けたけれど、じっくりと写真を見たら、ギャグと真実を織り交ぜて、めれんげさんが短歌と写真を載せていた。それで、やっぱり、めれんげさんはすごいと思ったのですか?

そうですよ。その通りですよう。。。でもね、今考えると、めれんげさんは、そのギャグを意図しては居なかったと思うのですよう。

どう言う事ですか?

その写真が無いと説明の仕様がないのですよう。

デンマンさんのことだから、何か方法があるでしょう?何とかしてその写真を見せてくださいな。

レンゲさんは、めれんげさんの第一の親友ですよね。。。

そうですわ。あたしとめれんげさんは、とっても仲の良いお友達ですわ。

だったら、この際、僕がその写真をコピーして、ここに貼り付けますよ。後で、なんか問題になったら、責任はレンゲさんが取ってくださいね。

あたし、イヤですわ。

だったら、僕には説明のしようがありませんよう。

分かりましたわ。めれんげさんの短歌と密接な関係があるのですから、事後承諾を得ることにして、その写真を見せてくださいな。

分かりました。レンゲさんがそう言うのであれば、僕も心強いですよ。次のような写真なのですよう。





何故ゆえに

時はふたりを

せき立てて

果てなき想い

行き場に迷う


この写真、ちょっとヤバい。。。短歌を読んで“時はふたりを”という語句を見た時に、僕はこの上の写真の中に男と女を見たのですよ。

女性は、もちろん、めれんげさんですよね。

そうですよう。

それで、男性は。。。?

右肩と右腕が見えるでしょう。。。めれんげさんの愛人が、僕の画像のようにキスはしていないけれど、めれんげさんをちょうど横抱きにしているように見えるのですよう。どうですか、レンゲさん。。。?

そうですわねぇ。。。言われてみればそのようにも見えますわ。。。でも、どこか変ですわぁ〜。。。

しかし、短歌を読んで、その内容が愛し合う男と女の切羽詰(せっぱつま)った感情だと分かると、上の写真は急にエロチックなイメージを見る人に与えますよ。そう思いませんか?

ええ、そのようにも見えますわ。。。で、デンマンさんは次のように書いていますよね。


麻呂は写真を

明るくして、じっくりと

観察いたしましたよ。

めれちゃんらしい

ギャグを見たような

気がしました。(微笑)

大阪人は

受けを狙うのですよねぇ〜

(ウケたようゥ〜♪〜)

うへへへへ。。。

ギャグと真実を織り交ぜて

短歌を詠むめれちゃんは

やっぱり、永遠ですう!

\(^Д^)/ギャハハハハ。。。。


そうですよ。上の写真は暗くて良く分からないのですよう。だから、僕は写真を明るくしてじっくり見たのですよう。

その写真を見せてくださいな。

明るくすると、次のように、はっきり見えるのですよう。



男と女と見えたのだけれど、実際には、めれんげさん一人だけしか写っていないのですよう。





つまり、この上の画像のように一枚の絵が老婆にも見えてくるし、若い女にも見えてくるという例なのですよう。

でも、デンマンさんは、どうしてめれんげさんの写真をこの記事で取り上げる気になったのですか?

かつて、めれんげさんがライブドアのブログで次のように書いていたのですよう。


あ、イタタタ(ノ∀`)アチャー

日記も書いてみます。

何事も安易に飛びついちゃ、いけませんね。
未知の世界ってやつは、
いつだってわたしを誘惑するのです。
知らないことほど、魅惑的なものはないです。

今回の未知の世界は、わたしには、
わずらわしくて、ウンザリな世界でした。

それは、SNSってやつです。
どこのSNSも同じなのかは、知らないけれど、
何なんですか。あれは。
18禁でもない画像は、勝手に削除されるし、
メールの中身は検閲されるし、
他サイトのURLは削除対象になる。

お友達になった人に、メアド教えようにも、
その手段はシャットアウトされてるし。

いい加減うざいので、とっととやめましたよ。
監視されながらの、コミュニケーションなんて、
楽しいはずがないから。

あ〜あ。
マジツマンネ!
どこのSNSなのか、書きたい。
自粛しますが。




『Bloody Bloom Poem (2007年11月19日)』より


分かるでしょう。18禁でもない画像が、勝手に削除された。なぜか?

どうしてですか?


他人は自分の心を映す鏡

相手は自分の心を映す鏡




鏡は、普段は見ることができない自分の顔を映してくれる。
実際のところ、相手の考えは、テレパシーでも使えない限り、本当は分からないのです。
相手がどのように思っていたにしろ、あなたが思った相手の考えは、あなた自身が自分の心の中に持っていたあなたの考えなのです。
普段は隠れていたあなた自身の考えが、相手の言葉や行動に反射して、つまり、相手の言葉や行動をきっかけに、あなたに見えてくる。




『愛と風と共に…(2008年4月16日)』より


つまり、めれんげさんの写真が鏡になったのですよ。

どう言う事ですか?

めれんげさんにとって、写真は“18禁でもない”のですよ。ちょうど上の短歌に貼り付けた写真のように。。。

それなのにどうして削除されたのですか?

削除した男の心の眼には、ちょうど僕が短歌を読んだ後に見たように、実際には、めれんげさんだけしか写っていないのに、男と女が絡んでいるように見えてしまった。

それで削除したのですか?

そうとしか考えられないでしょう?上の写真だったとは言いません。おそらく似たような写真をめれんげさんが貼り付けたのでしょう。削除した男の心がエロかったので、18禁の写真に見えてしまった。それで削除したのですよう。うへへへへ。。。


【レンゲの独り言】



ですってぇ〜
確かに、そのような事が起こりうるかも知れませんよね。
実際に、めれんげさんにとっては“18禁でもない”と思っていた画像が削除されれしまった。
削除した人間には“18禁”の画像に見えたのですよね。“18禁でもない”画像が。。。

つまり、削除した人間の心は“18禁”の画像であふれていたのですわ。
だから、“18禁”の画像に見えてしまったのですわ。
あなたは、どう思いますか?

とにかく、デンマンさんのお話は面白くなりそうです。
あなたも、明後日、また読みに戻ってきてくださいね。
では。。。




メチャ面白い、

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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』



■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』


■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』




こんにちは。ジューンです。

上の写真と似たような話は

たくさんありますよね。

たとえば、次のような川柳があります。

“幽霊の 正体見たり 枯れ尾花”

幽霊だと思ってびっくりしたけれど、

よくよく見たら枯れススキだった。

そういうお話です。

この川柳の事も含めて、

デンマンさんと対話した記事がありますわ。

もし興味があったら次のリンクをクリックして

読んでみてくださいね。

■ 『高齢化社会と性愛(2007年7月19日)』



ところで、これまで書いたレンゲさんの記事を集めて

デンマンさんが一つにまとめました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『最近のレンゲ物語 特集』



とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしてくださいね。

じゃあね。






2008年03月12日

エロくない少女


 

 
エロくない少女










これが今日(3月12日)の朝、『宇宙の摂理ブログ』で調べた「リンク元キーワード」のリストなのですよ。どうですか、レンゲさん。。。面白いと思いませんか?



また、今日もエロい話題なのですわねぇ〜?

やだなあああぁ〜。。。僕がエロい話題ばかりを取り上げているように聞こえるじゃないですかぁ〜

だってぇ〜、デンマンさんは、エロい話題が好きなのですわア。。。そうでしょう?

嫌いだとは言いませんよ。でもねぇ〜、とりわけ好きでもありませんよ。それが証拠に、おとといは、ちっともエロい話題ではありませんでしたよう。僕はレンゲさんが境界性人格障害(ボダ)を克服して頑張ってきた事を取り上げたじゃないですかぁ〜


わたしはボダを克服したんですよ!

投稿日時: 2007-04-09 11:29
 
縁は異なもの妙にして

有難きものですね




それにしても
デンマンさんのおっしゃるように、
長いおつきあいになりましたよねっ!(ニコニコ)
ネットで知り合って、紆余曲折はあったものの、
現在もこうして、きわめて親密なやりとりを
続けることができている、ということに、
あらためて「縁」というものを感じています。

そして、今のわたしはデンマンさんを
信頼しています。
信じていると同時に、頼りに思っている面も
あるんですよ(困りますか??)

わたしがデンマンさんに対してキレること…
今は、自分から一方的に決別するようなことは
考えられないんですよ
互いを人間として尊重しつづければ、
何ら恐れるものはないと、思っています。

それに…
しつこいようですが
わたしはボダを克服したんですよ!
とっても苦しい道のりでしたが、
通院するとともに、自分でも勉強して、
回復のための、あらゆるメソッドの中で、
「気付き」というものを、得ることができました。
かたくなで脆い自我を、育てなおすこと…

それは、死ぬまで続けなければならないことですが、
逆戻りなどしたくはありません。
ボダのマイナス面によって、
自分以外の方に、迷惑をかけることが
如何に幼稚で見苦しいものかということを、
血がでるほど、痛感しています。


by レンゲ




『ムカつくコメント (2007年12月15日)』より


レンゲさんだって、久しぶりに苦しい頃を思い出して、しんみりとした気持ちになって書いていたじゃないですかぁ〜?



【レンゲの独り言】

ここまで書かれてしまうと、シンミリとさせられてしまいますよねぇ〜。

そうですわ。
あたしには薬に頼っていた頃があったのですわ。

最近になってリタリンが脚光を浴びるようになったのですけれど、
あたしなどは、そのはしりでしたわ。
とにかく、10年以上もボダに苦しんでいたのですから。。。

あたしのことを陰ながら心配してくださった方々。。。
どうも、ありがとうございました。

では。。。






『とこしえの愛 (2008年3月10日)』より


こうして、しおらしく、ありがとうございました、とレンゲさんは言っているのですよ。心配しながらレンゲさんを応援した人の中には僕だって入っているのですよ。そうでしょう?

何も、ここまで書かなくてもよいではありませんかぁ〜

レンゲさんが僕のことをエロい事ばかりしか話さないように言うからですよ。

分かりましたわ。。。それで、どうして「リンク元キーワード」のリストを持ち出してきたのですか?

僕が3月4日に調べた表を見てくださいよ。



この時には「下つき」が頑張っていたのですよ。この「下つき」の事では僕は次の記事を書いたのですよ。

■ 『ええっ?下つきが…(2008年3月2日)』

■ 『性の俗説 (2008年3月4日)』

つまり。。。、つまり、デンマンさんのオツムも、とうとうネタが切れてしまったので、今度は「少女エロ」で記事を書くつもりなのですわねぇ〜?

やだなあああぁ〜。。。臭いモノに蓋(ふた)をするような目つきで僕を睨(にら)まないでくださいよう。でもねぇ、今、レンゲさんが言ったようにキーワード「少女エロ」は、僕が3月4日に調べた時には「リンク元キーワード」のリストには入っていなかったのですよう。

リストに入ったので記事を書くのですか?

違いますよう。僕は「下つき」の記事を書いたばっかりですよ。何もエロい話題を探していた訳ではないのですよう。

それなのに、「少女エロ」が「リンク元キーワード」に入ると、どうして目の色を変えて記事を書き始めるのですか?

僕は。。。あのォ〜。。。別に、目の色を変えていませんよう。

目の色を変えてますってばあああぁ。。。デンマンさんの目が血走っていますわよう。

やだなあああぁ〜。。。それはオーバーでしょう?。。。僕は涼しげな眼差(まなざ)しでレンゲさんを見ているつもりなのですからねぇ〜。

それで。。。それで。。。どう言う訳で「少女エロ」を取り上げるのですか?

だから、僕は「下つき」と関係あるのだろうか?そう思って調べ始めたのですよ。良く上のリストを見てくださいよ。3月4日に調べてから、まだ1週間しか経っていないのですよ。それなのに、僕が気づいた時には「少女エロ」が急にリストに現れて、あれよ、あれよと思っているうちに「スカート強盗」をぬいて、さらに「良妻賢母」を抜いて、なおかつ、「ヌード」を抜き去って現在、8位なのですよ。まもなく「同窓会 不倫」と「頭の働きが良くなるクラシック集」を抜いて6位に躍り出るのも時間の問題ですよ。「下つき」と足並みをそろえるようにして頑張っているのですよ。だから、僕は、当然の事だけれど、この2つのキーワードが関係あるのではないかと思ったわけですよ。

それで、目の色を変えて調べている訳なのですねぇ?

やだなあああぁ〜。。。目の色を変えていませんよう。

それで、2つのキーワードには何か関係があったのですか?

あったのですよう。

どのような関係が。。。?

2つのキーワードは、共にレンゲさんと関係があるのですよう。

あたしにですか。。。?

そうですよう。。。だから、今日の記事に書く気になったのですよ。そうでなかったら『レンゲ物語』の話題として書かけませんよ。

それで、一体どのような関係があるとおっしゃるのですか?

だから、僕はさっそく「少女エロ」を入れて検索してみましたよ。驚いた事にレンゲさんの記事がYahoo!では2位に表示されましたよ。



■ 『エロい文学少女 (2007年4月11日)』

2007年4月11日に書いた上の記事が2位なのですよ。

それでGOOGLEでは、どのような結果になったのですか?

GOOGLEでは次に示すように43万の内で18位に現れます。



上のリンクをクリックして記事に飛んでみると、ページの下の方に次のようにリンク元が表示されています。



このリンク元を良〜く見るとねぇ、5番目の「文学少女」を除くと、すべてがエロい話題ですよ。

それで。。。それで。。。デンマンさんは、あたしのことをまた“エロい女”だと決め付けようとなさるのですか?

やだなあああぁ〜。。。それは被害妄想と言うものですよ。僕はレンゲさんがエロい女だとは思っていませんよ。僕が言おうとしているのは、エロい話題で検索する人が実に多い、と言う事ですよ。

デンマンさんが書く記事の中にエロいキーワードがあるからですわ。

確かにその通りなのですよ。だから、僕の記事が検索に引っかかってしまう。でもねぇ、僕はエロい事を書いている訳ではないのですよ。「下つき」の時に検索に引っかかった記事は次の記事でした。

■ 『下つきだねって言われて。。。(2006年3月18日)』

この記事もエロい事が書いてあるわけでもないのですよ。でもねぇ、話題がシモいので、“エロい事”を期待して読みに来る人が多いのですよ。

“エロい事”って、実際には、どのような事を期待して読みに来るのですか?

それは次のGOOGLEの検索結果を見れば見当がつきますよ。



この検索結果の中には「少女のエロ動画」とか、「少女エロゲーム」、エロい「少女コミック」。。。このようなキーワードが見えますよね。おそらく、「少女エロ」を入れて検索して読みにやって来る人はそのようなものを期待して読みに来るはずですよ。

でも、デンマンさんの記事にはエロ動画も無ければ、エロゲームもありませんわ。もちろん、少女コミックもありません。つまり、やって来た人は、すぐに他のページに飛んでしまう訳ですか?

そうですよ。「少女エロ」で検索して次の記事を読めば、おそらく10人のうちの8人までが3分以内に興味を失って他のページに飛んでしまいますよ。
 
■ 『エロい文学少女 (2007年4月11日)』

。。。で、具体的にどのような人が“エロい事”を期待してやって来るのですか?

その事はすでに書きましたよ。初めて僕のこのブログを読む人も居るだろうから、また書きますよ。




キモいジジイだな

2008/03/05 7:40 AM




『即興の詩 (ためいき)』のコメント欄より


このコメントを書いたオツムの足りないエロいラクガキストのような男が「少女エロ」と入れて検索するのですよ。

このラクガキストさんは、デンマンさんとめれんげさんの短歌を読んで、このコメントを書いたのですよね?

そうです。次の短歌を読んだのですよ。




斎宮として
伊勢の神々に仕える
めれんげ内親王が
ひな祭りの朝
目覚めて詠みける歌一首。


めざめては

わがためいきは

うつつにて

夢にありても

きみのなければ

 


めれんげ内親王 (merange)




『即興の詩 (ためいき)』より


遠き晩香坡にて
めれんげ内親王の
心の内を受けて
後朝(きぬぎぬ)の返歌
のつもりで
書き付ける
伝万中納言の歌一首。




夢にても

妹(いも)のためいき

ひそやかに

胸にせまりて

ぬくもりを知る

 
 
伝万中納言 (デンマン)




『即興の詩 (ためいき)』のコメント欄より



\(^Д^)/ギャハハハハ。。。。

この広い宇宙に
人の数だけ60億の
星が輝いているのです。

その一つ、“めれんげ星”は
ひときわ大きくキラキラと
輝いていますよ。

伝万中納言は
何千里も離れた
晩香坡から
伊勢の空を見上げ、
ひときわ大きく輝いている
“めれんげ星”をじっと
いつまでも見つめていますよ。
いつまでも。。。
いつまでも。。。

ヽ(´ー`)ノ うしししし。。。

by 心の恋人

2008/03/04 7:46 PM




『即興の詩 (ためいき)』より


僕とめれんげさんのやり取りが、あたかもロマンポルノのようにこの愚かなラクガキストのオツムのバックスクリーンに映し出されてしまう。それで、“エロい事”を期待してやって来た低脳児童は書かずには居られない衝動に駆られて、こうして公衆便所の壁に書くような落書きを書いてしまうのですよう。

それで、デンマンさんは、このオツムの足りない児童を“シモいラクガキスト”と呼ぶのですか?

そうですよ。実は、キモいのは僕ではなくて、“エロい事”しか興味の無い、このような無教養なラクガキスト自身なのですよ。

それで。。。デンマンさんのことですから、ご丁寧に返信を書いたのでしょうね?

うへへへへ。。。分かりますか?

あたしも、めれんげさんと同様、デンマンさんとは長いお付き合いになりますから。。。

僕が書いた返信をちょっと読んでみてくださいよ。




低脳児童にヤキモチを焼かれてしまいましたア〜!

うしししし。。。

すぐ下のような無教養なコメントは

イヤですよねぇ〜?

こういう低脳で無教養でネチケットを知らない

幼稚園児が多いので日本はなかなか

住み良くならないのですよう!

低脳児童!

悪いこたああぁ〜言わないから

ハンセ〜すんだよ!いいね?

心の優しい寅さんの2代目でした。

(めれちゃん、ごめんね)



by 心の恋人 (デンマン)

2008/03/05 10:55 AM




『即興の詩 (ためいき)』のコメント欄より


このラクガキストさんのことをデンマンさんは無教養だと決め付けてますが、そのように断定してしまって良いのでしょうか?

いいのですよう。この低脳児童がどうして低脳児童なのか?

どうしてですの?

それは、この低脳児が和歌とか短歌だとか詩など、全く理解できないのですよ。「少女のエロ動画」とか、「少女エロゲーム」、エロい「少女コミック」だけしか理解ができない。“エロい事”を期待してやって来たのに、期待していなかった短歌のやり取りを読んだのでムカついたのですよ。

短歌とか詩が分からないのに、どうしてめれんげさんの『即興の詩』へ見に行くのですか?

この低脳児は、めれんげさんのセクシーなところだけに惹かれているのですよ。セクシーな写真だけに興味があるのです。詩とか、和歌とか、短歌だとか、このむさくるしい無教養なラクガキストには理解できないのですよ。

どうしてそのような事が言えるのですか?

僕が記事に書いた次の箇所を読んでみてくださいよ。




わびぬれば 身を浮く草の 根を絶えて

さそう水あれば いなむとぞ思う



根無し草のように、フワフワと目的もなく

生き甲斐のない日々を過ごしております。

お誘い下さればともに行きたい心境です。


小野小町はこのように答えています。
これを言葉通りにとって、二人して三河へ行ったと考えるのは、あまりにも早合点です。
妻でもない才色兼備の小野小町に対して政争に敗れて地方へ下って行く位の低い一地方役人が、真剣に小町を誘ったとしたら失礼と言うべきでしょう。
このやりとりは、気心の知れた二人の戯れの応答だったと思います。




『小野小町のシモい噂 (2008年2月29日)』より


この部分がどうだとおっしゃるのですか?

これは小野小町が六歌仙の一人の文屋康秀(ふんやのやすひで)に答えて詠んだ歌です。つまり、返歌ですよ。

ちょうどデンマンさんが、あたかもめれんげさんの短歌に答えて書いた短歌のようなものですわね?

そうですよ。小野小町も文屋康秀も共に六歌仙です。二人とも歌に優れている。でも、小野小町は天皇に更衣として仕えるほどの女性で、位も高い。天皇と一つの布団に寝て肌を触れ合うほどですからね。このときの文屋康秀は政争に敗れて左遷された時だった。三河掾(じょう)という国司の第3等官となって三河国に赴任する時に歌を詠んだ。その内容は、小野小町を誘って三河の国に一緒に行きませんか?と言うものだった。

その歌に対して小野小町が答えて詠んだ歌が上に引用したものですか?

そうですよ。この文屋康秀と小野小町は歌を通して親しかったという。でも、上の囲みの中で説明したように一地方役人が天皇の側室を実際に誘える訳が無い、というのが通説ですよ。

つまり、身分が違いすぎて、そのような事が現実に起こるとは考えられない、という訳ですね。

そうですよ。

歌の世界の中で気心の知れた二人が戯れで応答した、とデンマンさんはおっしゃるのですわね?

その通りですよ。

でも、この事とコメントを書いたラクガキストさんと、どのような関係があるのですか?

この愚かなラクガキストは、この記事も読んでいるのですよ。だから、この部分をじっくりと読んで理解しているならば、僕がめれんげさんの短歌に対して返歌を書いた意味がおのずと分かるものですよ。つまり、文学的な遊びを楽しんでいるのですよ。

でも、ラクガキストさんがこの記事を読んだと、デンマンさんはどうして分かるのですか?

まず、このラクガキストが愚かなのは、ハンドル名を書いていないから身元が分からないと思っている。

でも、デンマンさんには分かるのですか?

分かるのですよ。まずねぇ、この低脳児は身元を明かさないためにハンドル名もURLも書いてない。ところが、低脳児だから、つまり、馬鹿なんですよう。うへへへへ。。。“ジジイ”と無意識に書いてしまった。

それがどうして馬鹿なのですか?

つまり、僕の年齢を理解しているつもりになっている。。。という事は僕の記事を読んで大体の年齢を推定しているという事ですよ。“キモいオヤジ”でもない、“キモいガキ”でもない、“キモい低脳児”でもない、“キモいジジイ”とはっきりと断定した書き方になっている。つまり、僕のことをある程度知っている。だから僕の記事を読んでいることがこの事からでも、はっきりと分かってしまう。

実際にそうだったのですか?

アクセス解析を調べると、リンク元を調べる事ができるのですよ。このリンク元については僕がこれまでに何度も記事の中で書いているからレンゲさんにも分かりますよね。

ええ。。。つまり、ラクガキストさんは『即興の詩』をたびたび訪れている。それでデンマンさんのURLを見て次のページもクリックして読んだ。。。そう言う事ですか?

■ 『小野小町のシモい噂 (2008年2月29日)』
http://barclay.free100.tv/renge/20080229.html

そうですよ。『即興の詩』の僕のコメントを見れば分かるけれど、僕は次のURLをすべてのコメントに書いているのですよ。

■ http://barclay.free100.tv/renge/

つまり、ラクガキストさんもデンマンさんの残したこのURLをクリックして『レンゲ物語』のサイトに飛んで上の記事を読んだとおっしゃるのですか?

その通りですよ。リンク元に『即興の詩』のURLが残っているのですよ。でもね、ラクガキストは本質的に“シモいエロガキ”だから、文章は読まずに次の女の子の写真だけしか見なかった。とになく、「少女のエロ動画」とか、「少女エロゲーム」、エロい「少女コミック」だけしか興味がないのですよ。うしししし。。。



だから、短歌を書き合って平安時代の“後朝(きぬぎぬ)の文(ふみ)の世界”で遊ぶ、と言うような高尚な文学的な趣味など全く理解できない。この愚かでシモいラクガキストの興味は『即興の詩』サイトでめれんげさんのセクシーな写真を見るだけですよ。

要するに、詩や短歌はこのラクガキストさんにとってどうでもよい、とデンマンさんはおっしゃるのですか?

その通りですよ。とにかく、この愚か者の精神年齢は良くても小学校6年生どまりですよ。だから、40代以上はジジイなのですよ。うへへへへ。。。それで、この愚かなシモいラクガキストは『即興の詩』にシモい小学生並みのコメントを書いてしまったのですよ。

あのォ〜。。。めれんげさんの『即興の詩』サイトで6ヶ月以内に書いたコメントを読めば、このラクガキストが誰だか分かるのですか?

そうですよ。この愚か者がコメントを書いた時間とリンク元に残っている時間を照合すれば誰だか分かるのですよ。この愚か者のIPアドレスから、どのプロバイダーを使い、何県に住んで、ブラウザーには何を使っているかまで、すぐに分かってしまうのですよ。僕がいい加減な事を言っていない事を証明するために次の記事のURLを残しておきます。暇があったら、ぜひ読んでみてください。

■ 『田舎者管理人はどうして僕のブログを丸ごと削除したのでしょうか?』
  (2005年11月29日)

この記事を読むとねぇ、広島県にある小さなブログ運営会社の気の小さい社長が、何を書かれるかと心配になって僕のブログをほとんど毎日読みに来ていた事がすっかりアクセス解析でバレてしまっていますよ。うへへへへ。。。興味深い読み物になっています。ちなみに、この会社はブログの名前を変えて今でもやっていますよ。

でも、何でデンマンさんは、このような事まで書くのですか?

あのねぇ、道路を車で走るには免許証が要りますよね?

当然の事ですわぁ〜。

なぜですか?

道路交通法を知っているか?ちゃんとうまく車を運転できるか?そう言う事を試験して、それに受かった人だけが免許をもらうためですわ。

その通りですよ。ネットだってねぇ、情報ハイウェイなんだから、本当ならば、同じような免許証が必要なんですよね。そう思いませんか?ところが、シモいラクガキストの精神年齢は小学校6年生以下ですよ。だからネチケットも守れない。ネットがどういうモノか?も良く理解できていない。ハンドル名を書かずにコメントを書けば、全く身元が分からないと信じ込んでいる。要するに、この愚か者がネットをやるには、まだ10年早いのですよ。僕はその事が言いたかったのですよう。

つまり、これを読んでいる人が同じよな愚かなコメントを書かないように、シモいラクガキストさんの事を持ち出したのですわね?

うへへへへ。。。分かりますか?


【レンゲの独り言】



デンマンさんらしいですよね。
でも、以前に次の記事を読んだ人は、また同じ事を言っている、とウンザリしたかもしれませんよね。

■ 『シモいラクガキスト (2008年3月6日)』

デンマンさんも大変なのですわよ。
何しろ毎日2つの記事を投稿するのですからね。
時には、書くネタが無くて困ってしまう事もあるのでしょう。
だから、同じ事を読んだ人は大目に見てあげてくださいね。

では。。。




メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

デンマンさんだって人間ですからね、

時にはネタが切れる事だってあるでしょうね。

でも、良くこれだけ長い記事を

毎日毎日書けると思いますわ。

あなただって、そう思うでしょう?

とにかく、一日も休まずに書き続けているのです。

もちろん、わたしはデンマンさんが

休んだ事があることを知っています。

でも、それが分からないように、

毎日毎日2つづつの記事を

投稿しているのですわよ。

うふふふふ。。。

それも、1つや2つのブログでは無いのですわよ。

合計すると30近くになるのですよね。

それに、掲示板とフォーラムやホムペ。。。

1日に延べ4万5千人の人に

読まれている、という事も納得できますわ。

ところで、これまで書いたレンゲさんの記事を集めて

デンマンさんが一つにまとめました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『最近のレンゲ物語 特集』



とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしてくださいね。

じゃあね。






2008年03月06日

シモいラクガキスト


 
 
シモいラクガキスト



2ちゃんねる

育ちの

シモい

ラクガキスト







斎宮として
伊勢の神々に仕える
めれんげ内親王が
ひな祭りの朝
目覚めて詠みける歌一首。


めざめては

わがためいきは

うつつにて

夢にありても

きみのなければ

 


めれんげ内親王 (merange)




『即興の詩 (ためいき)』より


遠き晩香坡にて
めれんげ内親王の
心の内を受けて
後朝(きぬぎぬ)の返歌
のつもりで
書き付ける
伝万中納言の歌一首。




夢にても

妹(いも)のためいき

ひそやかに

胸にせまりて

ぬくもりを知る

 
 
伝万中納言 (デンマン)




『即興の詩 (ためいき)』のコメント欄より



\(^Д^)/ギャハハハハ。。。。

この広い宇宙に
人の数だけ60億の
星が輝いているのです。

その一つ、“めれんげ星”は
ひときわ大きくキラキラと
輝いていますよ。

伝万中納言は
何千里も離れた
晩香坡から
伊勢の空を見上げ、
ひときわ大きく輝いている
“めれんげ星”をじっと
いつまでも見つめていますよ。
いつまでも。。。
いつまでも。。。

ヽ(´ー`)ノ うしししし。。。

by 心の恋人

2008/03/04 7:46 PM




『即興の詩 (ためいき)』より



【レンゲの独り言】



あなただって、ちょっとくどいと思うでしょう?
たまには、もっとロマンチックな話題を取り上げて欲しいと思いますわ。

あさっては、シモい話題ではなく、もっと高尚な話題を選んで欲しいものです。
では、格調高い話題を期待しながら、あなたもまた、あさって読みに戻ってきてくださいね。
じゃあねぇ。。。






『性の俗説 (2008年3月4日)』より




どうですか、レンゲさん。。。今日はレンゲさんの要望にこたえて格調高い話題を選んだのですよ。



でも、なんだかヤ〜な予感がしますわア。

なぜですか?

タイトルがヤ〜らしいではありませんか?

いや、いや。。。今日はあくまでも格調高くやりたいと思っているのですよ。

それで、上の短歌は、マジでデンマンさんが書いたのですか?

そうですよ。めれんげさんが自分の『即興の詩』サイトに「ためいき」という短歌を書いたのですよ。

デンマンさんがめれんげさんの短歌に応じて返歌を書いたわけなのですか?

もちろん、めれんげさんは僕からの返歌を期待して書いたわけではありませんよ。

でも、どうしてデンマンさんは“伝万中納言”などと言う平安朝の即興のハンドル名を使って返歌を書く気になったのですか?

最近ねぇ、めれんげさんが平安朝の和歌をずいぶんと勉強しているなあああぁ〜、と思ったのですよ。

どうして分かるのですか?

それは、めれんげさんの最近書いたものを読めば分かりますよ。忙しいらしくて一ヶ月に1度しか更新していないのですよ。2月13日に書いたのも短歌ですよ。2月には、めれんげさんはその短歌だけしか書いてないのですよ。僕は、その短歌をもとに次の記事を書きましたよ。

■ 『思い出のバレンタイン (2008年2月16日)』

めれんげさんは、どうして一生懸命に平安調の和歌を勉強しているのですか?

だから、平安時代を背景にした小説を書いて、その中のヒロインに和歌を読ませたい。。。そんな事をめれんげさんは、かつて言ってましたよ。

それでデンマンさんは伝万中納言になって返歌を書いたわけですの?

そうですよ。うへへへへ。。。

デンマンさんは、マジで。。。あのォ〜、マジで、めれんげさんを愛しているのですか?

レンゲさん。。。そのように真剣なまなざしで僕を見つめながら質問されると。。。あのねぇ〜。。。なんと言うかぁ。。。1週間ぐらいじっくりと考えてから答えなければならないような気がしてきますよう。。。うしししし。。。

デンマンさんは、同じような事をあたしにも言いますよねぇ〜。

僕は知り合った女性の素晴しさを素直な気持ちで愛したいのですよ。レンゲさんの素晴しさは、レンゲさんだけにしかないですからね。それと同じように、めれんげさんの素晴しさはめれんげさんだけにしかない。。。

例えば、最近デンマンさんが熱心に書いている『小百合物語』のヒロインの小百合さんも、デンマンさんは同じように愛しているのですか?

そうですよう。小百合さんは、小百合さんだけの素晴しさを持っていますよ。

それに、卑弥子さんもですか。。。?

そうですよゥ。卑弥子さんには卑弥子さんだけのユニークな素晴しさがありますよ。

あああらぁ〜!〜

あたくしのうわさで

ござ〜♪〜ますかぁ〜?




やだなあああぁ〜。。。うわさをすれば何とやら。。。卑弥子さんまでが出てきてしまったよう。。。んも〜〜。。。あのねぇ〜、卑弥子さん。。。

何でござ〜♪〜ましょうか?

今日は卑弥子さんの出番ではないのですよォ〜。。。台本にない事をされると困るのですよう。

だってぇ〜。。。珍しくデンマンさんがあたくしのユニークな素晴しさを愛しているなんて言っているのですものォ〜。。。おほほほほ。。。

とにかく、3人になると複雑になって書きづらいので、引っ込んでくれませんか?お願いしますよう。

分かりましたわぁ〜。では世界のネットの皆様ぁ〜、小百合物語で、またお目にかかりますわねぇ。バ〜♪〜イ


よかったですよ。卑弥子さんが素直に引っ込んでくれました。面白い人だけれど、時々出過ぎた事をするので本当に困ってしまうのですよう。

それで、めれんげさんのことにお話を戻しますけれど。。。

レンゲさんが、愛しているとか、いないとか。。。そう言う事を言うから卑弥子さんまでが出てきてしまうのですよ。僕は女性の素晴しさを愛(め)でて、知り合った幸運を喜びながら、その女性のgood-naturednessを愛しているのですよ。

分かりましたわ。それで、どうして今日のタイトルはヤ〜らしいものになっているのですか?

だから、時々僕は誤解されてしまうのですよ。ちょうどレンゲさんが真剣なまなざしで僕に“めれんげさんを愛しているのですか?”と尋ねたように。。。

誤解って。。。どういう風にですか?

実は、僕が上の短歌を書いた翌日に僕の短歌を読んだ低脳児童が次のようなコメントを書いたのですよ。




キモいジジイだな

2008/03/05 7:40 AM




『即興の詩 (ためいき)』のコメント欄より


つまり、僕とめれんげさんのやり取りが、あたかもロマンポルノのようにこの愚かな低脳児童のオツムのバックスクリーンに映し出されてしまう。それで、この低脳児童は書かずには居られない衝動に駆られて、こうして公衆便所の壁に書くような落書きを書いてしまうのですよう。

それで、デンマンさんは、このオツムの足りない児童を“シモいラクガキスト”と呼ぶのですか?

そうですよ。実は、キモいのは僕ではなくて、このような無教養なコメントを書く、このラクガキスト自身なのですよ。

それで。。。デンマンさんのことですから、ご丁寧に返信を書いたのでしょうね?

うへへへへ。。。分かりますか?

あたしも、めれんげさんと同様、デンマンさんとは長いお付き合いになりますから。。。

僕が書いた返信をちょっと読んでみてくださいよ。




低脳児童にヤキモチを焼かれてしまいましたア〜!

うしししし。。。

すぐ下のような無教養なコメントは

イヤですよねぇ〜?

こういう低脳で無教養でネチケットを知らない

幼稚園児が多いので日本はなかなか

住み良くならないのですよう!

低脳児童!

悪いこたああぁ〜言わないから

ハンセ〜すんだよ!いいね?

心の優しい寅さんの2代目でした。

(めれちゃん、ごめんね)



by 心の恋人 (デンマン)

2008/03/05 10:55 AM




『即興の詩 (ためいき)』のコメント欄より


このラクガキストさんのことをデンマンさんは無教養だと決め付けてますが、そのように断定してしまって良いのでしょうか?

いいのですよう。この低脳児童がどうして低脳児童なのか?

どうしてですの?

それは、この低脳児が和歌とか短歌だとか詩など、全く理解できないのですよ。

それなのに、どうしてめれんげさんの『即興の詩』へ見に行くのですか?

この低脳児は、めれんげさんのセクシーなところだけに惹かれているのですよ。セクシーな写真だけに興味があるのです。詩とか、和歌とか、短歌だとか、このむさくるしい無教養なラクガキストには理解できないのですよ。

どうしてそのような事が言えるのですか?

僕が記事に書いた次の箇所を読んでみてくださいよ。




わびぬれば 身を浮く草の 根を絶えて

さそう水あれば いなむとぞ思う



根無し草のように、フワフワと目的もなく

生き甲斐のない日々を過ごしております。

お誘い下さればともに行きたい心境です。


小野小町はこのように答えています。
これを言葉通りにとって、二人して三河へ行ったと考えるのは、あまりにも早合点です。
妻でもない才色兼備の小野小町に対して政争に敗れて地方へ下って行く位の低い一地方役人が、真剣に小町を誘ったとしたら失礼と言うべきでしょう。
このやりとりは、気心の知れた二人の戯れの応答だったと思います。




『小野小町のシモい噂 (2008年2月29日)』より


この部分がどうだとおっしゃるのですか?

これは小野小町が六歌仙の一人の文屋康秀(ふんやのやすひで)に答えて詠んだ歌です。つまり、返歌ですよ。

ちょうどデンマンさんが、あたかもめれんげさんの短歌に答えて書いた短歌のようなものですわね?

そうですよ。小野小町も文屋康秀も共に六歌仙です。二人とも歌に優れている。でも、小野小町は天皇に更衣として仕えるほどの女性で、位も高い。天皇と一つの布団に寝て肌を触れ合うほどですからね。このときの文屋康秀は政争に敗れて左遷された時だった。三河掾(じょう)という国司の第3等官となって三河国に赴任する時に歌を詠んだ。その内容は、小野小町を誘って三河の国に一緒に行きませんか?と言うものだった。

その歌に対して小野小町が答えて詠んだ歌が上に引用したものですか?

そうですよ。この文屋康秀と小野小町は歌を通して親しかったという。でも、上の囲みの中で説明したように一地方役人が天皇の側室を実際に誘える訳が無い、というのが通説ですよ。

つまり、身分が違いすぎて、そのような事が現実に起こるとは考えられない、という訳ですね。

そうですよ。

歌の世界の中で気心の知れた二人が戯れで応答した、とデンマンさんはおっしゃるのですわね?

その通りですよ。

でも、この事とコメントを書いたラクガキストさんと、どのような関係があるのですか?

この愚かなラクガキストは、この記事も読んでいるのですよ。だから、この部分をじっくりと読んで理解しているならば、僕がめれんげさんの短歌に対して返歌を書いた意味がおのずと分かるものですよ。つまり、文学的な遊びを楽しんでいるのですよ。

でも、ラクガキストさんがこの記事を読んだと、デンマンさんはどうして分かるのですか?

まず、このラクガキストが愚かなのは、ハンドル名を書いていないから身元が分からないと思っている。

でも、デンマンさんには分かるのですか?

分かるのですよ。まずねぇ、この低脳児は身元を明かさないためにハンドル名もURLも書いてない。ところが、低脳児だから、つまり、馬鹿なんですよう。うへへへへ。。。“ジジイ”と無意識に書いてしまった。

それがどうして馬鹿なのですか?

つまり、僕の年齢を理解しているつもりになっている。。。という事は僕の記事を読んで大体の年齢を推定しているという事ですよ。“キモいオヤジ”でもない、“キモいガキ”でもない、“キモい低脳児”でもない、“キモいジジイ”とはっきりと断定した書き方になっている。つまり、僕のことをある程度知っている。だから僕の記事を読んでいることがこの事からでも、はっきりと分かってしまう。

実際にそうだったのですか?

アクセス解析を調べると、リンク元を調べる事ができるのですよ。このリンク元については僕がこれまでに何度も記事の中で書いているからレンゲさんにも分かりますよね。

ええ。。。つまり、ラクガキストさんは『即興の詩』をたびたび訪れている。それでデンマンさんのURLを見て次のページもクリックして読んだ。。。そう言う事ですか?

■ 『小野小町のシモい噂 (2008年2月29日)』
http://barclay.free100.tv/renge/20080229.html

そうですよ。『即興の詩』の僕のコメントを見れば分かるけれど、僕は次のURLをすべてのコメントに書いているのですよ。

■ http://barclay.free100.tv/renge/

つまり、ラクガキストさんもデンマンさんの残したこのURLをクリックして『レンゲ物語』のサイトに飛んで上の記事を読んだとおっしゃるのですか?

その通りですよ。リンク元に『即興の詩』のURLが残っているのですよ。でもね、ラクガキストは本質的に“シモいエロガキ”だから、文章は読まずに次の女の子の写真だけしか見なかった。うしししし。。。



だから、短歌を書き合って平安時代の“後朝(きぬぎぬ)の文(ふみ)の世界”で遊ぶ、と言うような高尚な文学的な趣味など全く理解できない。この愚かでシモいラクガキストの興味は『即興の詩』サイトでめれんげさんのセクシーな写真を見るだけですよ。

要するに、詩や短歌はこのラクガキストさんにとってどうでもよい、とデンマンさんはおっしゃるのですか?

その通りですよ。とにかく、この愚か者の精神年齢は良くても小学校6年生どまりですよ。だから、40代以上はジジイなのですよ。うへへへへ。。。それで、この愚かなシモいラクガキストは『即興の詩』にシモい小学生並みのコメントを書いてしまったのですよ。

あのォ〜。。。めれんげさんの『即興の詩』サイトで6ヶ月以内に書いたコメントを読めば、このラクガキストが誰だか分かるのですか?

そうですよ。この愚か者がコメントを書いた時間とリンク元に残っている時間を照合すれば誰だか分かるのですよ。この愚か者のIPアドレスから、どのプロバイダーを使い、何県に住んで、ブラウザーには何を使っているかまで、すぐに分かってしまうのですよ。僕がいい加減な事を言っていない事を証明するために次の記事のURLを残しておきます。暇があったら、ぜひ読んでみてください。

■ 『田舎者管理人はどうして僕のブログを丸ごと削除したのでしょうか?』
  (2005年11月29日)

この記事を読むとねぇ、広島県にある小さなブログ運営会社の気の小さい社長が、何を書かれるかと心配になって僕のブログをほとんど毎日読みに来ていた事がすっかりアクセス解析でバレてしまっていますよ。うへへへへ。。。興味深い読み物になっています。ちなみに、この会社はブログの名前を変えて今でもやっていますよ。

でも、何でデンマンさんは、このような事まで書くのですか?

あのねぇ、道路を車で走るには免許証が要りますよね?

当然の事ですわぁ〜。

なぜですか?

道路交通法を知っているか?ちゃんとうまく車を運転できるか?そう言う事を試験して、それに受かった人だけが免許をもらうためですわ。

その通りですよ。ネットだってねぇ、情報ハイウェイなんだから、本当ならば、同じような免許証が必要なんですよね。そう思いませんか?ところが、シモいラクガキストの精神年齢は小学校6年生以下ですよ。だからネチケットも守れない。ネットがどういうモノか?も良く理解できていない。ハンドル名を書かずにコメントを書けば、全く身元が分からないと信じ込んでいる。要するに、この愚か者がネットをやるには、まだ10年早いのですよ。僕はその事が言いたかったのですよう。

つまり、これを読んでいる人が同じよな愚かなコメントを書かないように、シモいラクガキストさんの事を持ち出したのですわね?

うへへへへ。。。分かりますか?


【レンゲの独り言】



デンマンさんらしい終わり方ですよね。
あなただって、そう思うでしょう?
なんとなく素直には“はい”と返事ができませんわ。

でも、どこと無く怖い事を書きますよね。
確かに、短歌などを載せて、いつものシモい記事よりは格調高いと思いますが、結局シモい愚かなラクガキストさんの事をお話しするためだったのですよね。
半分、騙されてしまったようなものですわ。

あさっては、もっと高尚な話題を選んで欲しいものです。
では、格調高い話題を期待しながら、あなたもまた、あさって読みに戻ってきてくださいね。
じゃあねぇ。。。




メチャ面白い、

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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』



■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』


■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』




こんにちは。ジューンです。

ネットって奥の深いものなんですよね。

コメントを書かなくても、

記録には、あなたが訪れた事が残るのですよね。

すると、そのIPアドレスから

いろいろな事が分かるらしいのです。

デンマンさんも書いていましたが、

あなたのプロバイダー、

使っているブラウザーの種類、

どこの県に住んでいるのか。。。

そのような事が分かってしまうそうです。

そして、もし犯罪にかかわるような場合には

プロバイダーは、訪問者の身元を

関係当局に公開しなければならないのですよね。

だから、ネットだからといって、

身元がどうせ分からない。。。

そう思って、あまりいい加減な事は

しない方がいいのですよね。

ところで、これまで書いたレンゲさんの記事を集めて

デンマンさんが一つにまとめました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『最近のレンゲ物語 特集』



とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしてくださいね。

じゃあね。






2008年01月24日

憂いて迷う


 
 
憂いて迷う









思い激しく




2006.11.21 Tuesday 14:42
 
 
今よりも

明日の思いの

とめどなく

激しかれとも

憂いて迷う




Tomorrow should do

take me into raptures more than now

I am afraid of myself

Though captivated

I've been worrying and hesitating

I don't know how it's going...
 
 
by merange




『思い激しく』より


どうして。。。どうして。。。めれんげさんの短歌を持ち出してきたのですか?



これはねぇ、去年の3月17日にGOOGLEで調べたものだけれど、めれんげさんの『即興の詩』は、現在でも“即興の詩”で検索するとトップに表示されるのですよ。

デンマンさんは、めれんげさんの熱烈なファンですの?

やだなあああぁ〜。。。レンゲさんは、めれんげさんの親友じゃないですかア!?。。。まさか。。。まさか。。。ヤキモチを焼いているんじゃないでしょうね?

それで。。。それで。。。デンマンさんは、めれんげさんの詩のサイトを覗いてきたのですか?

そうですよ。。。だから上の詩を引用する気になったのですよ。

なぜですか?

詩や短歌は、めれんげさんにとっても“命”なんですよ。特に、この短歌が僕を惹きつけたのは、めれんげさんが自分で英語に訳しているのですよ。めれんげさんが、ますます詩に短歌に打ち込んでいるのが分かるような気がするのですよ。めれんげさんもレンゲさんと似たような問題を抱えている。恋愛詩や恋の短歌は、あまり書かなかったのだけれど、『即興の詩』サイトでは、思う存分書いているのですよ。

それで、なぜ上の短歌を取り上げたのですか?

上の短歌は、めれんげさんが1年以上前に書いたものですよ。

それで。。。?

上の短歌を読むと、めれんげさんの熱い思いと共に心の悩み、迷いが伝わってきますよね。

ええ。。。そのようですわね。。。でも、どうして上の短歌を。。。?

なぜならねぇ、レンゲさんが最近次の詩を書いたのですよ。



涙はいらない




2008-01-08 Tuesday 20:45

もう涙はいらない
胸にせまる熱い思い
走り去ることもなければ
消え去ることもない
もう涙はいらない

言葉がこんなにも近くに
歌が胸の中に
詩が心の奥へと
わたしをいざなう

本当の意味を求めて
わたしは詩の中を
彷徨(さまよ)う

もう涙はいらない
心にせまる熱い想い
走り去ることもなければ
消え去ることもない
もう涙はいらない

by レンゲ


あたしの書いた詩を持ち出してきて、デンマンさんは何を言おうとなさるのですか?

めれんげさんが書いた『思い激しく』の短歌を読む時、2006年の11月、めれんげさんは明日に希望を抱きながら、込み上げて来る熱い思いをもてあますように迷い患(わずら)っていた。

確かに、そのように読めますわ。。。で、あたしの詩と何か関係があるのですか?

レンゲさんの詩を読むと、熱い思いに変わりがないのだけれど、もう迷いも悩みも振り切って言葉の中に真実を見出そうとしているのが良く分かりますよ。つまり、詩や短歌の中に真実を見いだそうとしている。。。でしょう?。。。違いますか?

ええ。。。確かに、そのように解釈する事もできますわ。。。でも、それが、どうだとおっしゃるのですか?

レンゲさんは知能指数が140もある理知的な女性なんですよ。僕が何を言おうとしているか?。。。分かっているでしょう?

I Q を持ち出すのってぇ。。。やめてくれしません?。。。あたし。。。何度も何度も言いましたやんかあああぁ〜〜

僕はただ。。。レンゲさんが理知的な女性である事を強調したかっただけですよう。

それで、あたしが何を分かっているとおっしゃりたいのですか?

つまりねぇ、レンゲさんは、めれんげさんが書いた短歌のように、ある時期、清水君に対する熱い激しい思いをもてあますくらいに、思い悩み迷っていたのですよ。

。。。それで。。。?

でも、レンゲさんが上の詩を書いた時には、清水君との愛情問題の解決策をすでに見つけていたのですよ。

あたしがですか。。。?

そうですよう。レンゲさんは分かっている。。。それなのに、僕にくどくどと教えてくれと頼んでいる。。。やだなあああぁ〜。。。

分かっているあたしが、どうして。。。どうして、デンマンさんに尋ねるのですかぁ〜?

上の詩を書いた時に、レンゲさんはすでに解決策を思いついている。でも、僕がどのような事を言うのか?。。。その事を楽しみにしているだけですよ。


言葉がこんなにも近くに
歌が胸の中に
詩が心の奥へと
わたしをいざなう


このようにして書いた詩はウソを言わないものですよ。レンゲさんは、まさに真実を込めて詩の中で語っていますよ。

何をですか?

まだ、とぼけるのですかア?。。。“涙はいらない”と言っているでしょう?。。。つまり、もう、問題はレンゲさんのオツムの中で解決しているのですよ。

そうでしょうか?

まだ、とぼけるのですかア?


【レンゲの独り言】



いやですわア。
居るのですよねぇ〜?
あたしが考えている以上の事を詩から読み取ろうとする人が。。。

デンマンさんに詩を読んでもらうのって、本当にうれしいのですわ。
こうして、あたしの詩を取り上げてくれて丁寧に解説してくれるのですもの。。。

ときには、“デンマンさんってスルドイ!”って思うこともありますわよゥ。
でもねぇ〜、時には、あたしが考えてもいない事を詩から読み取ってしまうのですわよ。

今日のあたしの詩の解説は、まさに、それなのですわア。
“涙はいらない”と書きましたけれど、
それは“問題を解決した”という意味ではないのですわよ。
んもお〜〜

早とちりって誰にでもあることですよね。
デンマンさんは、とちってしまったのですわ。




『ロマンとエッチ (2008年1月20日)』より


レンゲさんはこのように不満を漏らしているけれど、僕に詩を読んでもらうのがイヤなのですか?

イヤではありしませんわぁ〜。むしろ、デンマンさんに詩を読んでもらうのは、とってもありがたいと思っていますわ。でも。。。、でも、あたしが考えてもいない事をデンマンさんは時々詩から読み取ってしまうのですわア。

それがイヤなのですか?

だってぇ〜、“涙はいらない”と書きましたけれど、それは“問題を解決した”という意味ではありしませんわ。

レンゲさんは、そのような意味で書いたのではないかもしれません。でもねぇ、“無意識”という言葉をレンゲさんも知っているでしょう?

つまり。。。つまり。。。あたしが“涙はいらない”と書いたのは、無意識で“問題を解決した”と言う意味で書いた、とデンマンさんはおっしゃるのですか?

レンゲさんの詩を読むと、行間にその事がリフレインとなって聞こえてくるのですよ。レンゲさんも、めれんげさんの短歌『思い激しく』と比較しながら自分の詩をもう一度じっくりと読んでみてくださいよ。『思い激しく』という短歌では、コントロールしようにも、そうできないほど激しい恋慕が心の中に湧き上がってくるのが感じられますよ。このような激しい恋情を持ってしまって自分は一体、これからどうなるのだろうか?憂(うれ)いながら迷っているめれんげさんが見えてくるようですよ。それに引き換え、レンゲさんの詩では激しい感情は穏やかなものになっている。レンゲさんの心の中に定着している愛情は消える事は無い。でも、コントロールできないほど激しいものでもない。レンゲさんは冷静になって自分の恋心を見つめるだけの心のゆとりを持っていますよ。

それはデンマンさんの解釈ですわ。

そうですよ。レンゲさんが上の詩に込めた“詩心”を僕は感じとったのですよ。レンゲさんはねぇ、かつて次のように書いていましたよゥ。




信頼感




2007-04-28 08:17

デンマンさんへの信頼感が
大きくなってきたからこそ、
女性として、公言しないようなことも、
お話してきました。

わたしの過去のスキャンダラスな恋愛や、信用を失いかねないような本音さえも、あくまでもデンマンさんだけに語ってきました。

自分自身の不利益になることでも、デンマンさんのわたしに対する関心を、満たすことを厭わずにいたのです。

もちろん、女性としてわたしを見てくださることは光栄なことと感じています。
でも様々な側面を、性的なことに結びつけてしまわれる時には、正直悲しい気持ちもするのです。

病気のことを、性にむすびつけることが妥当かどうか、わたしにもわかりませんが、わたしの人格、性格などを病気と同列に語られることは、悲しいのです。

努力で性格を変えることさえ、むずかしいのにいちおう、不治と言われている病気と診断されている身には、性格や行動の欠点を、持病に起因するものではないかとのお言葉は、短絡的に言えば性格上の欠点さえも、努力しても治らないことを意味するのです。

わたしの創作についても、そのことは言えるのです。自分の書いたものは、どのようにも解釈していただくことも、まったく読者のみなさまの自由です。

しかしながら、完全なる戯作が多い恋愛詩から、わたしの精神が、性愛への渇望に悩まされているかのように、解釈されてしまい、それを事実として認識なさっておられるのだとすれば、少々残念なことです。

わたしのテーマは、あくまでも人生観,世界観であり、寓意的な言葉の中に、恋愛の陰喩はほとんどありません。

それは少女時代から今にいたるまで、性愛はわたしのテーマではないからなのです。
実生活での最大の関心事が、恋愛ではないからです。

例えば、どれほど好きな相手がいても、その気持ちを,詩にあらわすことはほとんどないのです。

人間とは、脳の発達しすぎた生物にすぎず、そのために生じる感情を、美しいものだとは思わないのです。

わたしが特に、追求したいものは、血なまぐさい生命の持つ、発達しすぎた頭脳が引き起こす醜い事件、戦争、葛藤などなのです。

わたしはロマンチストではないのだと思います。
恋愛を描くのは、あくまでも小説のための習作の延長なのです。

話がそれてしまって申し訳ありません。
デンマンさんを信じて、これからもおつきあいさせていただきたいことを、わかっていただきたくて、忌憚なく書かせていただきました。
どうか、この気持ちを察してください。

by レンゲ




『性愛と信頼感 (2007年5月9日)』より

 

レンゲさんはこのように書いていたのですよ。

そうですわ。今でも、あたしはそのように思っていますわ。

でしょう?だから、僕はできるだけレンゲさんの心になったつもりでレンゲさんの詩を解釈したのですよ。

でも、デンマンさんは、完全なる戯作として書いた恋愛詩から、あたしの精神が性愛への渇望に悩まされているかのように解釈してしまう事があるのです。しかも、それを事実として認識なさってしまうのです。それは、少々残念なことです。悲しい事です。

でもねぇ、レンゲさんの詩を読んで、さまざまな人がさまざまに解釈する。当然、僕のように解釈する人も他にたくさん居ますよ。

分かっていますわ。だから、あたしは書いたのですわ。原則として、“自分の書いたものは、どのようにも解釈していただくことも、まったく読者のみなさまの自由です”と。。。

でしょう?表現者の手を離れた詩は読者の手にゆだねられる。つまり、詩は表現者である作者と読者の共同作業なんですよ。表現者が50%で読者が50%の共同作業です。表現者の表現したもの50%が読者に50%伝わって初めて完璧な100%の詩が出来上がる。でも、そのような事はまれですよ。たいてい表現者の伝えようとしたものは20%だけしか伝わらない。そう言う訳で、その詩は表現者と読者の努力を足しても40%だけしか輝かない。

それで、そういう時、デンマンさんはどうなさるのですか?

だから、僕は『レンゲ物語』を書いてレンゲさんの知られざる全貌を世界のネット市民の皆様に伝えようとしているのですよ。できるだけレンゲさんの素顔を100%表現するために、僕は『レンゲ物語』を書いているのですよ。レンゲさんの不満は僕が『レンゲ物語』を書き続けることによって解消するはずですよ。そのために、僕はこうしてレンゲさんと対話を持っているのですから。。。

それで、あたしの不満は解消されるのですか?

もちろんですよ。多くの人が『レンゲ物語』を読んでレンゲさんの素顔を、あるがままのレンゲさんを知ることになるのですよ。

どうしてそのような事が言えるのですか?

だってね、現在レンゲ物語の記事を検索エンジンで検索すると、少なくとも20万以上あるのですよ。『レンゲ物語』は現在(2008年1月24日)GOOGLEで調べると401件の記事が表示されます。

■ GOOGLEで「レンゲ物語」を検索した結果

『レンゲ物語』をYAHOO!で調べると、なんと209,000件ですよ。

■ YAHOO!で「レンゲ物語」を検索した結果

僕の書いた記事は、デンマン・シンジケートを通じて1日に延べ4万5千のネットサーファーが読んで居るのですよ。


デンマンさんを信じて、

これからもおつきあいさせていただきたいことを、

わかっていただきたくて、

忌憚なく書かせていただきました。

どうか、この気持ちを察してください。


だから、僕はレンゲさんの気持ちを充分に汲み取って、こうして一生懸命に『レンゲ物語』を書いているのですよ。

分かりましたわ。それで、デンマンさんの解釈によると、あたしは問題を解決したのですわね。。。でも、どのように。。。?





かなしいメロディー



あなたとわたしの部屋のために
まず大きなベッドを買おう
きれいな肌ざわりのいいシーツと
大きなまくらも買おう

休みの日には朝から晩まで
ふたりはベッドの中にいて
いっぱいキスして過ごそう

きっととても楽しくて
ふたりはずっとわらっている
わたしは多分しあわせすぎて
時々泣いたりするかもしれない

今もわたしは泣いているけど
それはこのかなしいメロディーが
この胸の中とまらなくて
あなたへの思いをくもらせるから

きっとわたしはベッドは買わないし
あなたと眠ることもない

想像の中のふたりの未来は
わたしひとりのかなしいメロディー

by レンゲ




『性と愛はとこしえに (2006年5月29日)』より


上の詩の中でレンゲさんはこのように書いていたんですよ。


きっとわたしはベッドは買わないし

あなたと眠ることもない

想像の中のふたりの未来は

わたしひとりのかなしいメロディー


これが、どうだとおっしゃるのですか?

だから、現在のレンゲさんは大きなベッドも買ったし、きれいな肌ざわりのいいシーツも買ったし、でっかい枕も買ったじゃありませんか?。。。清水君の腕の中でたくさんキスしているし、毎日抱かれて悲しいどころではない。。。、幸せいっぱいでしょう?

それは。。。

レンゲさんは、現在、幸せな気分に浸(ひた)っていないのですか?

だから、それは。。。あたしが上の詩を書いていた頃と比べれば幸せかもしれません。

幸せすぎて涙が出てくるほどでしょう? うへへへへ。。。

デンマンさん。。。からかわないでくださいな。

僕がなぜ上の詩を持ち出したかと言うと、レンゲさんに悲しいメロディーを感じていた頃のことを思い出して欲しかったからですよ。僕はそのために徳川家康さんの残した遺訓をかつて書いたのですよ。




人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。
いそぐべからず、
不自由を常と思えば不足なし、
こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。

堪忍は無事長久の基、
いかりは敵とおもえ、
勝つ事ばかり知りて、
まくること知らざれば害その身にいたる。

おのれを責めて人をせむるな、
及ばざるは過ぎたるよりまされり。


人の一生と言うものは重い荷を背負って遠い道を行くようなものですよ。
急いではいけないのだ。
いつも不自由していると考えれば、不満が生じるはずがないんだよ。
何かがとても欲しいと思った時には、自分の過去にあった苦しい時代を思い出すことだね。

“堪忍”こそが無事に長く安泰でいられる基礎なんだよ。
“怒り”は敵と思いなさい。
また、人生では勝つ事ばかりを知って、負けを知らない事は危険ですよ。

自分の行動を反省することです。人の責任ばかりを追及する事は良くありません。
何かをやるとき、なかなか達成できない事の方が、やり過ぎてしまう事よりましなんですよ。





『性と愛は限りなく (2006年5月28日)』より


つまり、デンマンさんがおっしゃりたいのは“何かがとても欲しいと思った時には、自分の過去にあった苦しい時代を思い出すことだね”。。。ということですか?

そうですよ。常に幸せなことばかりじゃないんですよね。レンゲさんだってオツムの中では分かっているはずですよ。でも、つい忘れてしまうんですよね。現在、レンゲさんは幸せだとは思っていないかもしれない。でもね、レンゲさんが上の詩『かなしいメロディー』を書いていた頃と比べれば、今のレンゲさんは、幸せすぎるほど幸せなはずですよ。涙があふれてくるほど幸せなはずですよ。レンゲさんが詩の中で書いていた通りの幸せを今のレンゲさんは自分のものとして、つかんでいるんですよ。だから、その幸せをじっくりと噛み締めればいいのですよ。そう思いませんか?


【レンゲの独り言】

徳川家康ですってぇ。。。?
江戸時代の人ですわア。
今から400年前に生きていた人ですわよ。

真理は永遠だと言った人もおりますが
決してそのような事はありませんわ。

ニュートンの万有引力の法則は確かに真理ですけれど、
ニュートンの万有引力の法則が分かっただけでは人類は月には行けなかったのですわよ。

アインシュタインの相対性理論が導き出されて初めて人類は月にロケットを飛ばす事ができたのですわ。

つまり、真理はより正しい真理に時代と共に書き換えられてゆくものなのですわよ。
狸じいさんの言ったことは400年前の社会では確かに真理だったかもしれません。
でも、それはニュートンの万有引力の法則のようなモノですわ。

あたしが聞きたいのは狸じいさんの言った事ではなくて、
アインシュタインの言う真理ですわ。

デンマンさんは分かっているのかしら?
とにかく、またあさって、あなたも読みに戻ってきてくださいね。




メチャ面白い、

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■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』



■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

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■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』




レンゲさんの言うことは尤もですわよね。

確かに狸おじさんの言ったことは400年前の事ですわ。

現代社会とは全く違った不自由な時代の“知恵”ですわ。

あなただって、そう思うでしょう?

でも、科学と人生哲学は同列に並べる事が

できないようにも思えます。

アインシュタインの相対性理論は

ベッドの中で愛し合う愛人同士には

当てはまらないように思うのですわよ。

うふふふふ。。。



ベッドの中で愛し合っている時に

あなたは思いませんか?

この人の求めているモノと

わたしの求めているモノが違うのではないかしら。。。?

ふと。。。そんな気になったことってありませんか?

男の求めているモノと

女の求めているモノ。。。

この事についてアインシュタインの相対性理論は

無関心ですわ。

レンゲさんはベッドで愛し合う事を

大切なコミュニケーションと言ってますよね。

わたしは、そのコミュニケーションの意味が

分かっているつもりです。

でも、男性で、そのように考えている人が居るでしょうか?

つまり、詩や短歌が分からない人には

詩的に愛し合う事って

できないのではないかしら?

ところで、デンマンさんがレンゲさんの記事を集めて

一つにまとめました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『最近のレンゲ物語 特集』



とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。






2008年01月20日

ロマンとエッチ



 
ロマンとエッチ









かち人の

渡れど濡れぬ

えにしあれば


【現代語訳】

渡っても濡れもしない
浅い江のようなご縁でしたわね。



この句のどこにレンゲさんは、それ程の感銘を受けるのですか?

“渡れど濡れぬ”ですわぁ〜。。。

ほおゥ。。。ここのどこに。。。?

デンマンさん。。。そのような事、あたしが説明しなくても、お分かりになるでしょう?

いや。。。なんと言うかぁ。。。はっきりと分からないからレンゲさんに尋ねているのですよ。



だから。。。、だから、斎宮は、もっと濡れたかったのですわぁ。。。でも。。。、でも、濡れたい、濡れたいと思っているのに、思うように濡れない。。。ああぁ〜。。。切ない女の胸の内が手に取るように分かりますわあぁ〜〜

なんだか。。。実感がこもっていますねぇ〜?

デンマンさんにも、このような切ない女の気持ちがお分かりになりますかぁ〜?

うん、うん、。。。なんとなく分かりますよ。。。でも。。。でも。。。

でも、なんですのォ〜。。。?はっきりとおっしゃってくださいなぁ。

レンゲさんは、あのォ〜。。。ちょっとばかりねぇ、あなたは濡れる事にこだわっているのではないですか?

だって。。。、だって、斎宮は“渡れど濡れぬ”と、はっきりと書いていますわ。

そうですよ。確かにそのように書いてありますよ。でもねぇ〜、斎宮は“浅い江のようなご縁”を強調するために“渡れど濡れぬ”と書いたと思いますよ。つまり、瀬を渡った。でも、思ったより浅くて服が濡れなかったと。。。つまり、浅瀬だった。それで浅い縁と結びつけた。

でも。。。、でも、それでは片手落ちだと思いますわぁ。

そうですかねぇ〜?

だって、そうでしょう?デンマンさんは“浅い縁”を強調するためだとおっしゃいますが、あたしはそうではないと思います。

どういうことですか?

斎宮は身も心も、もっと濡れたかったのですわ。もっともっと濡れて業平さんと深い絆を感じたかった。その強い思いがあるからこそ、愛し合った夜のことを“渡れど濡れぬ”と書いたのですわ。つまり、“あなたとお逢いしたけれども、身も心も充分に濡れたわけではありませんでしたわ”。。。このように言いたかったのですわ。

つまり。。。つまり。。。レンゲさんは、この“濡れる”を肉体的な意味で文字通りに“濡れる”と。。。?

そうですわぁ〜。そのように解釈して初めて斎宮の切ない女の胸の内が伝わってくるのですわぁ〜。。。つまり、斎宮は業平さんに抱かれてもっと濡れたかったのですわ。業平さんに抱かれて女の悦びを感じることができたというのに、まだ斎宮の心は満ち足りてはいなかった。長居はできないので斎宮は帰らねばならなかった。でも、本当はもっと濡れて深い官能の歓びに浸りたいと思っていた。その満ち足りない思いを業平さんに伝え、もう一度逢って思いを遂げたい、と上の句(かみのく)に願いを託したのですわぁ〜。

ほおォ〜。。。なるほど。。。そのようにも解釈する事が出来ますよね。

あたしは、そのようにしか解釈できないと思いますわ。業平さんは女の気持ちが分かっていたのですわ。

分かっていたのですか?

そうですわ。斎宮の歌の中に込められた切ない女心を理解していたのですわ。だから、下の句(しものく)で “いつかあなたの思いをかなえてあげますよ” と書いているのですわ。

しかし。。。

しかし、何ですの?

当時、斎宮は16才か17才ですよ。いろいろな書物に当たってみても、まだ20才にはなっていなかった。つまり、まだ初々しい乙女だった。恋愛経験が豊富だというわけではない。そういう女性が、レンゲさんの言うように深い官能の歓びを知っているとは思えない。



でも、業平さんは女性経験豊かな男性ですわ。斎宮のお兄さんと19才年が離れていると言う事は、斎宮とは20歳以上の年の開きがある。充分に女性の扱いを心得ている。しかも、お兄さんから業平さんの事は何度も聞かされている。上のエピソードを読んでも、斎宮が業平さんに対して好意を持っている事が実に良く分かりますわ。だから、心のこもったおもてなしをしたのですわ。ただ単に親元から言われただけではなしに、斎宮(いつきのみや)自身が業平さんに心を惹かれていたことが歌のやり取りを通しても実に良く分かりますわ。

つまり、女の扱いに慣れている在原業平に抱かれて、斎宮は女性として花開いたと言うのですか?

そうですわぁ〜。

ゥ〜ん。。。レンゲさんらしい解釈の仕方ですよねぇ〜。。。

どうして、そのような事をおっしゃるのですか?

だから、清水君とレンゲさんは、毎日、毎晩、ベッドで愛し合っている。清水君は特に不満だと言っている訳ではない。でも、レンゲさんは不満なんですよねぇ〜。ふと一人になって自分を見つめるとき、レンゲさんは心の奥に虚しいモノを感じてしまう。。。つまり、レンゲさんが斎宮の歌を上のように解釈したのは、まさにレンゲさんの気持ち、そのものなんですよねぇ〜?。。。レンゲさんは清水君に抱かれて、もっと濡れたいのですよ。清水君に抱かれて女の悦びを感じたいというのに、レンゲさんの心は満ち足りてはいない。その気持ちがなかなか清水君に伝わらない。でも、本当はもっと濡れて深い官能の歓びに浸りたいと思っている。。。そうでしょう?

つまり。。。つまり。。。あたしにこの事を言わせたいためにデンマンさんは上のお話を持ち出してきたのですかア?

違いますよう。

いいえ。。。絶対にそうですねん。。。デンマンさんは、あたしをエロい女に。。。エロい女にしたいんやわあああぁ〜 んもお〜〜

やだなあああぁ〜。。。それはレンゲさんの誤解ですよ。

誤解ではありしませんわア。。。第一、またヤ〜らしいタイトルをつけましたやんかあああぁ〜 “ロマンとエッチ”だなんてぇ〜 んもお〜〜

ちょっと、レンゲさん。。。気持ちを静めてくださいよゥ。

デンマンさんは。。。、デンマンさんは、このような手の込んだ事までして、あたしをエロい女にしたいのですかア?

それは誤解ですよゥ。

いいえ、そうですねん。デンマンさんは。。。、デンマンさんは、あたしがエロい女だと思い込んでいますねん。

あのねぇ〜。。。そう言うレンゲさんこそ、思い込みが激しいのですよゥ。僕は全く違う意図で上の平安時代の話を持ち出したのですよう。

どういう。。。どういう意図ですのォ〜?

レンゲさんは僕の質問に次のように答えたのですよ。

セックスとは、愛する人との

大切なコミュニケーション


しかもレンゲさんは次のようにも書いていた。



詩は人生における唯一の命題

2007-MAR-05 23:18



詩をほめていただけることが、
何よりもうれしいのです
デンマンさん、ありがとうございます。

詩はわたしにとって、
人生における唯一の命題かも?
なんて、近年思いはじめているのですが、
これは誇大妄想なのでしょうか?

わたしの作品を見て、
何らかのリアクションをいただくことや、
まして、インスピレーションを
受けていただけることは、
三文詩人のレンゲとしては
ハイポネックスの
恵みのようなものですよ!

批評、感想など、たとえそれが
胸にグサッとくるものであっても、
それによって、成長の糧を頂けるのです。

これからも、わたしの詩を分かってくださる方のために
一生懸命書きたいと思っています。

レンゲ




『夢のバンクーバー (2007年7月24日)』より


“詩は人生における唯一の命題”と言えるレンゲさんの知性に、僕は「ほォ〜〜!」と思ったものですよ。オツムの足りないエロい女は、そのような事を言いたくても言えませんよゥ。

そうでしょうか?

あのねぇ〜。。。僕は足掛け5年にわたって、この「レンゲ物語」を書いているのですよ。もし、レンゲさんがオツムの足りないエロいだけの女だとしたら、僕は今日まで「レンゲ物語」を書き続けることができなかったでしょうね。

デンマンさんはマジでそう思うのですか?

もちろんですよう。レンゲさんをエロい女と決め付ける事は、レンゲさんを5年間も相手にしている僕自身を下らないシモい男にしてしまう事ですよ。僕だってシモい事が嫌いなわけじゃない。うへへへへ。。。でもねぇ。。。僕は、単なるシモいだけの男だとは思っていませんよ。

。。。で、デンマンさんは、ご自分のことをどのような男だと思って居るのですか?

だから、レンゲさんが“詩は人生における唯一の命題”と言うのならば、僕は“詩を人生における唯一の命題として生きる女を理解できる男”だと自負しているのですよ。レンゲさんだって分かっているはずですよ。
 
分かりましたわ。デンマンさんがあたしの詩を批評してくださって、あたしは本当にうれしかったのですわ。でも、在原業平と斎宮のお話を持ち出してきて、デンマンさんは何がおっしゃりたいのですか?

だから、平安時代の“文化人”にとって和歌とエッチはワンセットになっていたのですよ。つまり、レンゲさんの言葉を借りるならば、次のように言えるのですよ。

和歌とセックスは、

愛する人との大切なコミュニケーション


どうですか、レンゲさん。。。?このように言うことができると思いませんか?上の在原業平と斎宮のエピソードをじっくりと読んでみてくださいよ。この二人のエピソードから和歌と、その裏で繰り広げられている秘め事(エッチ)を取り除いてしまったら、上のエピソードは全く“抜け殻(ぬけがら)”だけになってしまって、面白くも何ともなくなってしまうのですよ。

ええ。。。分かりますわ。。。でも。。。でも。。。その事とあたしと洋ちゃんの愛情問題がどのように関係しているのですか?

レンゲさんにとって詩は大切なものなんですよね。詩はレンゲさんにとって夢とロマンに近いものですよ。言わば“生きがい”と言えるかもしれません。そのレンゲさんが坂田さんと愛し合った後で次のような詩を書いたのですよ。


身も心も一つになって

2007-04-10 20:34



わたしは目をつむったけれど
あなたも欲情していることを
感じ取ることができたわ
あなたが以前にも増して
わたしを求めている事がうれしかった
そして、それはわたしを安心させたの



二人の唇が重なり
舌が絡み合う
愛しい思いに駆られながら
わたしは接吻に思いを込める

背筋を走る快感にやがて耐え切れず
わたしは小さなうめきをもらして
あなたの背中にしがみついたわ

無意識に腰が揺れる
あなたの指先がするりと中に入ってくる
その繰り返しにわたしは翻弄される
愛撫の嵐に
わたしは狂おしいまでに身悶える

「もう… 駄目…」
息も絶え絶えにわたしが叫んだとき
あなたはわたしの中に入ってきた



身体の中が溶けてしまいそう
頭の中がカスミかかったように
真っ白になってゆきそう
この密着感は何なのだろう

わたしはからっぽになった頭の奥で考える
まるで、すっぽりと空いた自分の空洞に
ちょうど一つしかない鍵を合わせるように
あなたはわたしの中に密着している

自分の身体の中からは
汲んでも汲んでも涸れない
泉のような熱いものが流れ出てゆく
二人が一つになっている部分からは
ひそやかな湿った音がもれ
わたしの情感をよりかきたてる

「ああぁ〜…」
不意にあなたがうめく
あなたの動きが激しくなる
わたしも嵐に巻き込まれる船のように
無意識に動きを合わせる
わたしの中であなたそのものが
激しく躍動する
鼓動が高鳴る
愛欲が激しくぶつかり合う
欲情が突き上げてくる



ああぁ〜
今までにない激しい官能の疼き
身も心も一つになって激しく蠕動する二人
堪え切れなくなって登りつめたその極みで
あなたは激しく果てる
そしてわたしを初めて深い
底知れぬ悦楽へといざなう

ああぁ〜 あなた、愛しい人
わたしをこのまま離さないで

by レンゲ




『禁断のぬくもり (2008年1月12日)』より


分かるでしょう?レンゲさんと坂田さんがなぜ満ち足りて心の奥でイケるのか?

なんとなく。。。

やだなあああぁ〜。。。なんとなくじゃないでしょう?〜。。。レンゲさんは、こんな。。。こんな。。。メチャすっご〜♪〜い情熱的な詩まで書いているのですよゥ。レンゲさんは、この気持ちで坂田さんに接してきた。坂田さんも「詩とセックスのコミュニケーション」に充分に応じてくれた。つまり、レンゲさんにとって詩とエッチは次のように言うことができるのですよ。

詩とセックスは、

愛する人との大切なコミュニケーション


要するに、レンゲさんは清水君とベッドで満ち足りて愛し合いたいと思っているのですよ。でもねぇ、イマイチ親密感が持てない。。。と言うより共有できない。。。そうでしょう?

なぜですの。。。?

なぜなら、レンゲさんは“詩とセックスは、愛する人との大切なコミュニケーション”だと信じている。でも、清水君が、そう思っていないからですよ。ほとんどの男は、セックスが大切なコミュニケーションだなんて思っていませんよ。セックスとは快楽を求める事だと思っているはずですよ。

デンマンさんも、そう思っているのですか。。。?

快楽だけとは言いたくないけれど。。。快楽のないセックスは、砂糖とクリープの入らないコーヒーのようなものですよ。まろみ、まろやかさがなくて、苦(にが)いだけが舌に残り、イマイチ味気(あじけ)なくって。。。結局つまらないだけですよ。うへへへへ。。。

つまり、洋ちゃんは、あたしと味気ないエッチをしているとおっしゃるのですか?

清水君は満ち足りているのですよ。でもねぇ、レンゲさんが満ち足りていない。なぜなら、清水君は詩などに見向きもしない。在原業平と斎宮のように詩的なコミュニケーションが全くない。それでレンゲさんは心の奥に虚しさを感じてしまう。


【レンゲの独り言】



そうですよね。
食事だってそうでしょう?
好きな人と向かい合って、一言もしゃべらずに
黙ったまま食べる事を想像してみてくださいな。

せっかく心を込めて作った料理に、ウンともスンとも言わずに
相手が黙々と無言のまま食べる。

それでも満足できる女性が居るかもしれません。
でも、あたしは楽しく食卓を囲みたいのです。



『詩とエッチ (2008年1月18日)』より


デンマンさん。。。これまでの文章は、ほとんどが、おととい書いたことでしょう?

そうですよ。

だから、デンマンさんの記事は長くなるのですわ。

長くなってもいいのですよう。週刊誌や新聞の連載小説を読んでみてくださいよゥ。それまでのあらすじが書いてあっても、200字か300字では書いてないのも同然ですよ。ブログは字数制限も無いに等しい。それに、記事が長くなったからって経費がかかるわけでも無い。だから、おとといの感動をもう一度読む人に感じ取って欲しいのですよ。

。。。で、その感動を基にして、デンマンさんが続きを書くのですか?

そうですよ。記事は確かに長くなるかもしれないけれど、そうしない限り僕の言いたい事は半分しか伝わらないのですよ。

分かりましたわ。それで、今日はあたしが虚しさを感じないための方策を教えてくれるのですか?

そのつもりですよ。。。でも、その前にまず次のめれんげさんの短歌を読んでみてくださいよ。




思い激しく




2006.11.21 Tuesday 14:42
 
 
今よりも

明日の思いの

とめどなく

激しかれとも

憂いて迷う




Tomorrow should do

take me into raptures more than now

I am afraid of myself

Though captivated

I've been worrying and hesitating

I don't know how it's going...
 
 
by merange




『思い激しく』より


どうして。。。どうして。。。めれんげさんの短歌を持ち出してきたのですか?



これはねぇ、去年の3月17日にGOOGLEで調べたものだけれど、めれんげさんの『即興の詩』は、現在でも“即興の詩”で検索するとトップに表示されるのですよ。

デンマンさんは、めれんげさんの熱烈なファンですの?

やだなあああぁ〜。。。レンゲさんは、めれんげさんの親友じゃないですかア!?。。。まさか。。。まさか。。。ヤキモチを焼いているんじゃないでしょうね?

それで。。。それで。。。デンマンさんは、めれんげさんの詩のサイトを覗いてきたのですか?

そうですよ。。。だから上の詩を引用する気になったのですよ。

なぜですか?

詩や短歌は、めれんげさんにとっても“命”なんですよ。特に、この短歌が僕を惹きつけたのは、めれんげさんが自分で英語に訳しているのですよ。めれんげさんが、ますます詩に短歌に打ち込んでいるのが分かるような気がするのですよ。めれんげさんもレンゲさんと似たような問題を抱えている。恋愛詩や恋の短歌は、あまり書かなかったのだけれど、『即興の詩』サイトでは、思う存分書いているのですよ。

それで、なぜ上の短歌を取り上げたのですか?

上の短歌は、めれんげさんが1年以上前に書いたものですよ。

それで。。。?

上の短歌を読むと、めれんげさんの熱い思いと共に心の悩み、迷いが伝わってきますよね。

ええ。。。そのようですわね。。。でも、どうして上の短歌を。。。?

なぜならねぇ、レンゲさんが最近次の詩を書いたのですよ。



涙はいらない




2008-01-08 Tuesday 20:45

もう涙はいらない
胸にせまる熱い思い
走り去ることもなければ
消え去ることもない
もう涙はいらない

言葉がこんなにも近くに
歌が胸の中に
詩が心の奥へと
わたしをいざなう

本当の意味を求めて
わたしは詩の中を
彷徨(さまよ)う

もう涙はいらない
心にせまる熱い想い
走り去ることもなければ
消え去ることもない
もう涙はいらない

by レンゲ


あたしの書いた詩を持ち出してきて、デンマンさんは何を言おうとなさるのですか?

めれんげさんが書いた『思い激しく』の短歌を読む時、2006年の11月、めれんげさんは明日に希望を抱きながら、込み上げて来る熱い思いをもてあますように迷い患(わずら)っていた。

確かに、そのように読めますわ。。。で、あたしの詩と何か関係があるのですか?

レンゲさんの詩を読むと、熱い思いに変わりがないのだけれど、もう迷いも悩みも振り切って言葉の中に真実を見出そうとしているのが良く分かりますよ。つまり、詩や短歌の中に真実を見いだそうとしている。。。でしょう?。。。違いますか?

ええ。。。確かに、そのように解釈する事もできますわ。。。でも、それが、どうだとおっしゃるのですか?

レンゲさんは知能指数が140もある理知的な女性なんですよ。僕が何を言おうとしているか?。。。分かっているでしょう?

IQを持ち出すのってぇ。。。やめてくれしません?。。。あたし。。。何度も何度も言いましたやんかあああぁ〜〜

僕はただ。。。レンゲさんが理知的な女性である事を強調したかっただけですよう。

それで、あたしが何を分かっているとおっしゃりたいのですか?

つまりねぇ、レンゲさんは、めれんげさんが書いた短歌のように、ある時期、清水君に対する熱い激しい思いをもてあますくらいに、思い悩み迷っていたのですよ。

。。。それで。。。?

でも、レンゲさんが上の詩を書いた時には、清水君との愛情問題の解決策をすでに見つけていたのですよ。

あたしがですか。。。?

そうですよう。レンゲさんは分かっている。。。それなのに、僕にくどくどと教えてくれと頼んでいる。。。やだなあああぁ〜。。。

分かっているあたしが、どうして。。。どうして、デンマンさんに尋ねるのですかぁ〜?

上の詩を書いた時に、レンゲさんはすでに解決策を思いついている。でも、僕がどのような事を言うのか?。。。その事を楽しみにしているだけですよ。


言葉がこんなにも近くに
歌が胸の中に
詩が心の奥へと
わたしをいざなう


このようにして書いた詩はウソを言わないものですよ。レンゲさんは、まさに真実を込めて詩の中で語っていますよ。

何をですか?

まだ、とぼけるのですかア?。。。“涙はいらない”と言っているでしょう?。。。つまり、もう、問題はレンゲさんのオツムの中で解決しているのですよ。

そうでしょうか?

まだ、とぼけるのですかア?


【レンゲの独り言】

いやですわア。
居るのですよねぇ〜?
あたしが考えている以上の事を詩から読み取ろうとする人が。。。

デンマンさんに詩を読んでもらうのって、本当にうれしいのですわ。
こうして、あたしの詩を取り上げてくれて丁寧に解説してくれるのですもの。。。

ときには、“デンマンさんってスルドイ!”って思うこともありますわよゥ。
でもねぇ〜、時には、あたしが考えてもいない事を詩から読み取ってしまうのですわよ。

今日のあたしの詩の解説は、まさに、それなのですわア。
“涙はいらない”と書きましたけれど、
それは“問題を解決した”という意味ではないのですわよ。
んもお〜〜

早とちりって誰にでもあることですよね。
デンマンさんは、とちってしまったのですわ。

とにかく、またあさって、あなたも読みに戻ってきてくださいね。




メチャ面白い、

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いつもいつも感心してしまうのですけれど、

よく切りも無く詩や短歌が書けると思いますわ。

レンゲさんにしろ、めれんげさんにしろ、

本当に詩や短歌に気持ちを込めて

書いているのが良く分かりますわ。

やっぱり、人によるのでしょうね。

あたしは、どうも詩や短歌というのが苦手です。

詩を読むことは好きですが、

書きたいという気持ちが沸き起こりません。

ベッドの中で愛し合う時にも、

そのような事ってあるのでしょうか?

つまり、時々、思いませんか?

この人の求めているモノと

私の求めているモノが違うのではないかしら。。。?

ふと。。。そんな気になったことってありませんか?

男の求めているモノと

女の求めているモノ。。。

レンゲさんはベッドで愛し合う事を

大切なコミュニケーションと言ってますよね。

私は、そのコミュニケーションの意味が

分かっているつもりです。

でも、男性で、そのように考えている人が居るでしょうか?

つまり、詩や短歌が分からない人には

詩的に愛し合う事って

できないのではないかしら?

ところで、デンマンさんがレンゲさんの記事を集めて

一つにまとめました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『最近のレンゲ物語 特集』



とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。






2007年02月24日

愛の深海魚

 

 

愛の深海魚







私は深海魚になって。。。











2006.02.15

持続力のない多幸感のあと

地面をなめる様な気分が

いつだってついてまわっていた

でも今の私は

あなたの全てがいとおしい

あなたに抱かれて知った歓び

私は深海魚になって

深い快楽の中で燐光を放つ

あなたの唇で愛撫され

熱い波がひろがっていく

全身にしびれるような

幸福感があふれ

私の身も心も泡になる

あなたと私を包むやすらぎの燐光

おだやかな時が

いつまでも流れていく

深い官能の中で

ふたりは確かに結ばれて

身も心もとけあう

あなた ・ ・ ・

いとしいひと ・ ・ ・

夕べのしじまの中で

あなたと交わした愛が

いつまでも続くことを ・ ・ ・

愛している

あなた ・ ・ ・

いとしいひと ・ ・ ・

by レンゲ




『心のこもった愛のプレゼント』より



2006/10/20 16:46



こちらの記事については、
イラストを含めて
とても不愉快に
感じております。

「持続力のない多幸感」
の何たるかを、
ご自分の感性によって
解釈されているようですが、
肉欲という浅い次元で、
このフレーズを
お使いになるのは、
あまりにも唯物的であり、
私のテーマとは
全くなじまないものであります。

「地面をなめる様な気分」
「深海魚」
これらの言葉は、
深い思索によって
アウトプットされたものであり、
私にとっては、
大切なものであります。

創作することに傾ける情熱を、
嘲笑するかのような行為に
唖然とさせられております。

by 高井田

『レンゲの掲示板』より





デンマンさん。。。、またこの深海魚の詩を持ち出してきたのですか?

そうですよ。ちょっと訳があってね。。。それで、レンゲさんは、この詩が嫌いなのですか?

いいえ、あたしは気に入っていますわ。でも。。。

でも、なんですか?

高井田さんから厳しい批判を受けたのですわ。

その通りですよ。だから、僕は高井田さんの批判も合わせて載せたのですよ。

どうしてですか?

もちろん、高井田さんがレンゲさんの詩を厳しく批判しているからですよ。

でも、高井田さんはあたしが書いたのではなく、デンマンさんが書いたと信じていますわ。

確かにそうですよ。ところでね、おとといレンゲさんは言いましたよね。高井田さんはtanomuさんと同一人物だと。。。

ええ。。。そう言いましたわ。

しかし、tanomuさんはレンゲさんが書いた詩を読んで“あまりにも感動した”と言っているのですよ。


ロマンティック・ポエジー

2006-10-16 18:47

あまりにも感動してしまったので、

ここに、ご紹介いたします!

こんなにもロマンチックな言葉を、

素直に書き表せる方は、世界中にも稀有な存在でありましょう。

※以下原文ママ・出典:バークレーのブログ(はてな)



お願い、もう一度抱きしめて



あなたの全てがいとおしい
あなたのまぶたをくちびるで愛撫する
くちびるから全身にしびれるような
熱い波がひろがってゆく
狂おしいまでに
わたしはあなたの腕に
抱きしめられて身悶えた

わたしの思考を空白にする
甘美な衝撃
身を焼くようなあの歓喜
全身を打ち震わせるあの悦楽
女の芯をしびれさせる官能の疼き

あの悦びの瞬間を
わたしはあなたの愛の中で
あなたと溶けて一つになって
全身で感じていた

激しい歓喜の波が
押し寄せては引いてゆく
わたしはその悦びの波に
翻弄されながら
あなたの愛に耳を澄ませ
全身であなたの愛を感受して
あなたの腕に抱かれて
長い長い悦楽に酔いしれた

by レンゲ



『バークレー氏の名作をご紹介!』より


でも、この詩もtanomuさんは、つまり高井田さんはデンマンさんが書いたと信じていますわ。バークレー氏というのはデンマンさんのことですわ。

確かに、バークレーと言うのは“はてなダイアリー”で僕が使っているハンドル名です。でもね、tanomuさんと高井田さんが同一人物だとすると奇妙な事がありますよ。なぜならね、深海魚の詩には厳しい批判を書いていた。でも、上の“お願い、もう一度抱きしめて”の詩には、あまりにも感動したとtanomuさんは書いている。このように全く正反対の感想を書いている。もし、二人が同一人物だとしたら、このようなことは無いでしょう。レンゲさんは、一体この違いをどのように説明するのですか?

すぐ上の詩には、“深海魚” も “地面をなめる様な気分” も “持続力のない多幸感” も出てきませんわ。

確かに出てきません。でもね、tanomuさんと高井田さんが同一人物だとしたなら、2つの詩とも肉欲をテーマとして書いた詩としてtanomuさんも、すぐ上の詩に対して厳しい批判を書くと思いますよ。でも、そうではありませんよね。それどころか、“あまりにも感動した”と書いている。これを、レンゲさんはどのように説明するのですか?

すぐ上の詩は、確かにプラトニックラブを扱ったものではありませんわ。とても官能的な詩です。でも、テーマはあくまでも愛ですわ。あたしは萌える愛について書きたかったのですわ。

うん、うん、うん。。。確かにレンゲさんが愛し愛されて萌え萌えになっているのが良く分かりますよ。でもね、それならば深海魚の詩だって同じでしょう?レンゲさんは萌え萌えになって書いていますよ。僕には、すっかり同じテーマの詩のように思えますよ。つまり、レンゲさんが言ったように、正に萌え上がるような愛をテーマにした詩ですよ。違いますか?

その通りですわ。

だから、レンゲさんが言うように、もしtanomuさんと高井田さんが同一人物ならば、この反応の仕方は全く正反対ですよ。だから、tanomuさんと高井田さんは別人だと言う事になるでしょう?僕の言おうとする事がレンゲさんにも分かるでしょう?

分かりますわ。でも、問題にしている点が全く違いますわ。

ん?問題にしている点。。。?それが、どう違うと言うのですか?

tanomuさんは次のように書いていましたわ。


陳腐な模倣



他人のオリジナル作品を自己流にアレンジすることついては、
まったく噴飯物であります。
目についた文章の一節を、他の作品につなぎあわせ、
さらに、本来の作者のボキャブラリーでないことが、
多少、文芸に関心を持つ者ならば、
容易に看破できるような、単純明快な文章の付け足し。
それによって、本来の作品のテーマや思想、
例えば、哲学的考察の基に書かれた作品が、
creativityのない変造により、
男女の色事を描いた文章として、公開されるという、
まさに驚天動地、青天の霹靂とも言うべき
事態がしばしば見受けられます。

模倣・捏造する者は、その参照となる作品の著者に対する、
自らの劣等感を、あらわにしているのであり、
創造的であることに、憧れを抱きつつも、
他者の作品・文章等がなければ、
脳内だけで創造することは、不可能なのだろう。
つまり。
引用・捏造・模倣(せいいっぱいに)するということは、
そのオリジナルの創作者への、敗北宣言であると
考えるのは、少々強引な理論なのかもしれないが、
creativityというものは、
努力などで得られるものではないと、
「天才的」な人の功績を見るたびに、わたしは痛感する。
よって、(自己愛的でない)恥という概念を理解できる人間は、
件の盗作疑惑画家のような、破綻を迎えることなどないはずだ。

by tanomu

(2006/10/16 15:24)

『自己レスかあ・・・』より


tanomuさんはデンマンさんが高井田さんの詩の語句を模倣して深海魚の詩を作ったのだと思い込んでしまったのですわ。

でも、深海魚の詩はレンゲさんが書いたものですよ。

ええ、そうですわ。たまたまあたしが書いた詩の中に高井田さんが使っていた語句が出てきてしまったのですわ。

レンゲさんは高井田さんの詩を読んだ事があるのですか?

ええ、ありますわ。

つうことわあああ。。。レンゲさんは高井田さんの詩の中で使われていた語句を意識的に使ったと言う事ですか?

いいえ、あたしは高井田さんの詩を模倣したわけではありません。

つまり、無意識のうちに高井田さんが使っていた語句を書いてしまった。。。そう言う事ですか?

結果として、高井田さんが使っていた語句があたしの詩の中に出てきてしまったのです。

だから、無意識に同じ語句を使っていた。。。そう言う事ですよね。

あたしは他の人の詩から語句をコピーする気など全くなかったのですわ。その時のあたしの中で生まれていた感情を詩にしただけですわ。

でも、tanomuさんは次のように書いていますよ。


creativityのない変造により、
男女の色事を描いた文章として、公開されるという、
まさに驚天動地、青天の霹靂とも言うべき
事態がしばしば見受けられます。


しばしば見受けられるとね。。。つまり、tanomuさんはレンゲさんが書いた詩をいつも読んでいたんですよ。

そうですわね。tanomuさんがあたしの詩を読んでくれていたなんてうれしいですわ。

でも、レンゲさんには男女の色事を詩に書く気は全く無かったと。。。?

デンマンさんもtanomuさんのように、あたしが男女の色事を詩に書いたと思っているのですか?

もちろん、違いますよ。僕はレンゲさんの詩にはいつも感動するのですよ。上の深海魚の詩も素晴らしいと思いましたよ。

でも、その素晴らしさがtanomuさんには伝わらなかったのですわ。

たまたま同じ語句が使われると言う事はあるものですよ。そのためにtanomuさんは気分を害してしまったのでしょうね。

でも、tanomuさんには、あたしが高井田さんの詩から語句をしばしばコピーして詩を書いていると受け止められてしまったようですわ。

それは仕方が無いでしょう。高井田さんとレンゲさんは生い立ちや恋愛経験までが実に良く似ている。だから、同じ語句が飛び出してきても僕には理解できますよ。つまり、僕が何度も言っているように、tanomuさん、高井田さん、ダ・ヴィンチさん、めれんげさん、それにレンゲさんは、詩の心と言う点では同じものを持っている。つまり、詩的に共感するものを持っている。炎の歌人ですよ。だからこそ、レンゲさんが書いた『お願い、もう一度抱きしめて』という詩を読んで“あまりにも感動”した、とtanomuさんは素直に書いているわけですよ。

デンマンさんは、あたしが自分の言葉で書いたと認めてくれるのですね?

もちろんですよ。だから、僕も感動したのですよ。深海魚の詩も、もう一度抱きしめての詩も、僕は素晴らしいと思いますよ。その詩に流れているテーマは、どちらも萌えるような炎の詩人の愛ですよ。tanomuさんは、たまたま高井田さんが書いた詩の語句を深海魚の詩の中に見つけて、気分を損ねたけれど、レンゲさんが書いた『もう一度抱きしめて』の詩を読んで、レンゲさんのテーマを理解できたと思いますよ。だからこそ、共感して“あまりにも感動”したと書いたのだと僕は思いますよ。

つまり、デンマンさんも高井田さんとtanomuさんは同じ人だと認めるのですわね?

まあ。。。何と言うかぁ。。。このようにして考えてくれば、同一人物とも考えられますよね。

それで、デンマンさんはどうして深海魚の詩を持ち出してきたのですか?“ちょっと訳があって。。。”とおっしゃいましたよね。

そうですよ。その事ですよ。レンゲさんはおととい次のように言ったのですよ。


デンマンさんは、あたしがエッチに夢中になる

エロい女だと思い込んでいるのですわ




tanomuさんと高井田さんは同一人物ですわ。

まさか。。。?

デンマンさんだって、知らない素振りを見せながら知っているのでしょう?

いや、僕は知りませんでしたよ。

とにかく、tanomuさんはデンマンさんを本当に愛していますわ。それにデンマンさんも、同じようにtanomuさんを愛していますわ。

分かりますか?うへへへ。。。レンゲさんに、そう言われると僕は照れちゃうなぁ〜。。。でも、どうして。。。どうして。。。レンゲさんは急に、そのように物分りが良くなったのですかぁ〜?

あたし、去年(2006年)の10月15日の記事(『お願い、骨まで愛して』)を何度も読み返して見ましたわ。

それで。。。?

tanomuさんが感動したのが分かるような気がしました。。。あたしもデンマンさんと対話する事で随分と考えさせられましたわ。

そうですか。。。それは良かった。

でも、一つだけデンマンさんが思い込んでいることで許せない事がありますわ。

ん?僕が思い込んでいる事で許せない。。。?

そうですわ。 あたしと坂田さんが将来の事も考えずに、刹那(せつな)の快楽をむさぼっていると思っていたことですわ。結局、デンマンさんは、あたしがエッチに夢中になるエロい女だと思い込んでいるのですわ。

違いますよ。その事については、これまでにも僕は何度も書いていますよ。決して、レンゲさんがエロい女だと決め付けているわけではありませんよ。

でも、そう思わせるようなことを時々書いていますわ。

だから、誤解は対話によって解決できるものですよ。高井田さんも僕の記事を読んでくれて誤解を解いてくれたのですよ。今度はレンゲさんの番ですよ。
 
『愛と共に脱力して。。。』より


おとといの会話を思い出してもらえば、僕がどうして深海魚の詩を持ち出したか?レンゲさんにも分かってもらえますよね?

どうしてですの?

そうやってとぼけるのですか?僕はレンゲさんの詩心を理解しているつもりですよ。つまり、レンゲさんは男女の色事に夢中になるわけではない。萌えるような愛に心を奪われる。。。そうですよね?

デンマンさんはわざとらしいのですわ。

わざとらしいと言うより、僕はレンゲさんに僕の本当の思いを知って欲しいのですよ。分かってもらえたでしょう?レンゲさんが坂田さんとエッチに夢中になるだけのエロい女だとは思っていませんよ。

でも。。。、でも。。。、デンマンさんは、あたしと洋ちゃんが毎朝毎晩ベッドで愛し合っていると言って、さんざコケにしましたわ。

僕はうらやましいと言ったのですよ。馬鹿にしたわけではありません。

それは口先だけの事ですわ。おなかの中では、あたしがエッチに夢中になるエロい女だと思っているのですわ。

レンゲさんは何が何でも、僕がそう思っていると決め付けるのですね?

だって、デンマンさんはそうですってばあああ。。。そう思って居るのですわあああ。。。

【ここだけの話しですけれどね、また、振り出しに戻ってしまいましたよ。レンゲさんが、このように感情的になると、もう話にはならないんですよ。口の悪い河内女になって、ここでは書けないような言葉を機関銃のようにぶちかましますからね。今日はここまでです。また明後日読んでくださいね。。。とにかく、レンゲさんの話の続きは、ますます面白くなってゆきますよ。もっとレンゲさんのことが知りたいのなら、下にリンクを貼っておきましたからぜひ読んでくださいね。】
 
       
レンゲさんの愉快で面白い、そして悩み多いバンクーバーの日々は
次のリンクをクリックして読んでください。

■ 『レンゲさんのこれまでの話を読みたい人のために。。。』

■ 『レンゲさんの愛と心のエデン』



レンゲさんをもっと知りたい人は。。。。

■ 『女探偵ふじこが試みたレンゲさんの素行調査』

■ 『“愛の正体” と “レンゲのテーマ”』

■ 『不倫の悦びと苦悩』

■ 『レンゲさんのように苦境から立ち上がった女 ー グロリア・スタイナム』

レンゲさんと高井田さんと一緒に愛について考えてみようと思う人は次のポ−タルサイトの『レンゲのフォーラム』を訪ねてくださいね。

■ 『あなたが思う存分楽しめるデンマンのポータルサイト 【ビーバーランド XOOPS 3世】』

レンゲさんの写真を見たい人は。。。

■ 『レンゲさん、あなたは実はメチャ美人なんですよ!』



2007年01月28日

ん?じょんば?


 

ん?じょんば?



おほほほほ。。。。

卑弥子でござ〜♪〜ますわよゥ〜

あなたにお会いしたくて

また出てきてしまったのよォ〜。

ええっ?あたくしと、

そう度々会いたくないのォ〜?

んも〜〜

そんな、冷たいことを

言わないで頂戴よ!

あたくしは、あなたに

お会いしたいので

ござ〜♪〜ますのよォ〜

ええっ?そんなことよりも

じょんばって何か?早く説明しろ!

そう、おっしゃるのですかぁ〜?

冷たいお方ぁ〜〜

分かりましたわ。うふふふふ。。。

そのために出て参りましたのですから

説明しますわよう。


実は“じょんば”って小樽方言なんでござ〜♪〜ますのよ。
あなた、聞いた事が無いでしょう?
もちろん、あたくしだって耳にした事が無いのでござ〜♪〜ますわぁ。

だから、分かり易く説明するために、
あなたにクイズを作りましたのよ。

次の中から使い方が最もふさわしいと思うものを選んでくださいましね。


1) じょんばに追いかけられちゃったわ。

2) このじょんば、軽くて使いやすいのよ。

3) じょんばすると、お巡りさんに捕まるわよ。

4) じょんば言って笑わせないでね。

5) じょんばしないで。。。恥ずかしいわぁ〜。




分かりましたか?

実は「じょんば」とは「雪かきに使うスコップ」という意味なんですのよ。
小樽以外でも、北海道の日本海側で使われるそうです。
じょんばも昔は重たいものが多かったそうですが、最近は軽いプラスチック製のものが多いと言うことでござ〜♪〜ますわ。



そう言う訳で、このように楽々と雪かきができるようになったのですわ。
ええっ?雪が白くないって。。。?
スモッグで汚れているのですわよ。
おほほほほ。。。

あたくしは“じょんば”という語感というか、響きから“冗談”の事だと思って、4番を選んでしまいましたわ。
あなたは、どうでしたか?

ところで、この冬の小樽は、年末年始にほとんど雪の無い奇妙な日々だったそうですわね。
これも、暖冬異変の影響でしょうか?
でも、こういう時って、思わぬときに“どか雪”が降る事がありますわよね。
小樽地方の人、気をつけてくださいましね。

小樽と言えば、文学少女だったあたくしは小林多喜二を思い出すのでござ〜♪〜ますのよ。
あなたは、あの名作『蟹工船』を読みましたか?


小林 多喜二



1903年10月13日 - 1933年2月20日

日本のプロレタリア文学の代表的な作家・小説家。
秋田県北秋田郡下川沿村(現大館市)生まれ。

4歳の時に小樽に移住。
生活は豊かではなかったが、
伯父からの学資を受け小樽商業学校から小樽高等商業学校へ進学。
在学中から創作に親しみ、文芸誌への投稿や、校友会誌の編集委員となってみずからも作品を発表するなど、文学活動に積極的にとりくんだ。

小樽高商の下級生に伊藤整がおり、また同校教授であった大熊信行の教えを受ける。
この前後から、自家の窮迫した境遇や、当時の深刻な不況から来る社会不安などの影響で労働運動への参加を始めている。

卒業後、北海道拓殖銀行小樽支店に勤務。
この頃、悲惨な境遇にあった恋人田口タキを救う。
1928年の総選挙のときに、北海道1区から立候補した山本懸蔵の選挙運動を手伝い、羊蹄山のふもとの村に応援演説に行く。
この経験がのちの作品「東倶知安行」に生かされている。
同年に起きた三・一五事件を題材に「一九二八年三月十五日」を『戦旗』に発表。
作品中の特別高等警察による拷問の描写が特高の憤激を買う。
後年の拷問へとつながる。

翌1929年に「蟹工船」を『戦旗』に発表し、一躍プロレタリア文学の旗手として注目を集めたが、同時に警察からも要注意人物としてマークされ始める。
同年、『中央公論』に発表した「不在地主」が原因で銀行を解職され、翌年春に上京。
日本プロレタリア作家同盟書記長となる。

1930年5月23日、大阪で日本共産党へ財政援助の嫌疑で逮捕され、額に傷が残るほどの激しい拷問を受けたが、 6月7日、いったん釈放された。
しかし、24日に帰京後、作家の立野信之方でふたたび逮捕され、7月、「蟹工船」の件で不敬罪の追起訴をうける。
8月、治安維持法で起訴、豊多摩刑務所に収容された。

1931年1月22日、保釈出獄。そのあと神奈川県七沢温泉にこもり、英気を養う。
1931年10月、非合法の日本共産党に入党し、11月上旬、奈良の志賀直哉邸を訪ねる。
1932年春の文化分野への大弾圧を機会に、地下活動に追いやられる。
8月下旬、みずからの地下生活の体験を元に「党生活者」を執筆。

1933年2月20日、内通者により赤坂の連絡場所で特高に逮捕される。
同日築地署内において凄惨な拷問を受け皮膚呼吸が不可能となるまでに全身が殴打されて腫れ上がり、獄中死した。
この拷問では縄で縛り上げて宙にぶら下げる「飛行機モノ」もされている。
中央公論編集部は、多喜二から預かったまま掲載をためらっていた「党生活者」の原稿を「転換時代」という仮題で『中央公論』(1933年4-5月号)に、遺作として発表した。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


ひどいことをして、有能な人物を殺してしまったものでござ〜♪〜ますわね。
このことだけを考えてみても、太平洋戦争に突き進んでいた1930年代と言うのは
自由のない悲惨な時代でござ〜♪〜ましたわよね。



あの“特高”という化け物は、泣く子も黙ると言われたほどのすさまじい事をしたのでござ〜♪〜ますわ。
あたくしは女性の身なので、その当時、共産党の活動家とみなされて拷問を受けた女性の事を調べた事があったのですけれど、
たいていの女性が、拷問を受けて精神に異常をきたして廃人のようになって余生をすごしたと言う事例を何例も見ました。
あのような時代が再び来ないことを祈りたいものでござ〜♪〜ますわ。
あなただって、そう思うでござ〜♪〜ますでしょう?

蟹工船(かにこうせん)は、1929年に小林多喜二が発表した小説ですわ。
もちろんあなたは読んだ事が無いわよね?うふふふふ。。。
あたくしですか?
読みましたわよ。
読まずに、このような事を書く気になりませんわよ。

ワリィ〜事ぁ〜言わないから、あなたも一生に一度ぐらい『蟹工船』をじっくり読んでみてくださいましね。
いわゆるプロレタリア文学の代表的佳作と言われているのですわよ。
国際的にも評価されて各国語に翻訳されていますわ。

分かるでしょう?
あなたも、自分が国際人だと思っていたら、これは must-read book でござ〜♪〜ますわよ。

ええっ? どんな内容なのかって。。。?

この小説には特定の主人公が居ないのですわよ。
蟹工船で酷使される貧しい労働者達が群像として描かれているのですわ。
カムチャツカの沖で蟹を獲りそれを缶詰にまで加工する蟹工船「博光丸」が舞台ですのよ。
そこは、出稼ぎ労働者を安い賃金で酷使し、高価な蟹の缶詰を生産する海上の閉鎖空間です。
彼らは自分達の労働の結果、高価な製品を生み出しているにも関わらず、蟹工船の持ち主である大会社の資本家達に不当に搾取される、というお話ですわ。
情け知らずの監督者・浅川は労働者たちを人間扱いせず、彼らを酷使するのですわよ。
そう言う訳で、労働者たちは過労や病気で倒れてゆくのでござ〜♪〜ますわ。

初めのうちは仕方がないとあきらめる者もあったのです。
でも、やがて労働者たちは、人間的な待遇を求めて指導者のもとに団結して、ストライキに踏み切るのでござ〜♪〜ますわ。
しかし、経営者側の浅川たちがこの事態を容認するはずもなく、帝国海軍が介入して指導者達は検挙されるのです。
国民を守ってくれるものと信じていた軍が資本家の側についた事で目覚めた労働者たちは再び闘争に立ち上がってゆくのですわよ。

このような事を書いたものですから、小林多喜二は“特高”に目の敵にされたのですわ。
それで、過酷な拷問を受けて獄死したのでござ〜♪〜ますのよ。
お分かりになりましたでしょうか?



狂ったような時代でしたわよね。
あなただって、そう思うでしょう?
でも、現在の日本だって、50歩100歩のようなところがございますわよね。
おほほほほ。。。
でも、拷問死がないだけマシですわ。

それだけはあたくしも認めておりますわ。

このような悲惨でいやな事は、あたくしもあまり書きたくないのですわよ。
でもね、小樽方言を書いていたら、ついつい小林多喜二のことを思い出してしまいましたわ。

ところで、あたくしも、なんだか古(いにしえ)の平安言葉が懐かしくなりましたわぁ〜〜

あなたも、久しぶりにふるさとに戻ってみては。。。?

日本で旅をするのは高くつくんですのよねぇ〜。
旅館やホテル代が高いのござ〜♪〜ますわ。
もちろん、デンマンさんが、そうおっしゃっていたのですのよ。

でもね、日本にだって、安いところもあるのですわよ。
あなたにも、おせ〜♪〜てあげるわね。
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おほほほほ。。。。

また現れて、

くどいようでござ〜♪〜ますけれど。。。

あたくしも平安の昔に戻って

懐かしい京都に行ってみたいので

ござ〜♪〜ますのよ。

京都の訛りが懐かしいわあああ〜〜

でもね、デンマンさんが生まれ育った

行田にも行きたいのですわよ。

ええっ?どうしてかって?

それはね、デンマンさんは

もちろんですけれど、

あたくしにとって行田とは

切っても切れない縁が

あるのでござ〜♪〜ますのよ。

どうしてだか、お分かりになりますか?

行田は古代ハスの

ふるさとなのでござ〜♪〜ますのよ。



きれいでしょう?

あたくしの初恋の花でござ〜♪〜ますのよ。

ええっ?そんな事はどうでもいいから、

何か面白い話をしろ!

あなたは、そのような事をあたくしに

強要するのでござ〜♪〜ますか?

まるで“特高”のようでござ〜♪〜ますわねぇ。

分かりましたわぁ〜。

では、あなたのために、メチャ面白いものを

お目にかけますわ。

あたくしがモデレーターをやっている

『ビーバーランド XOOPS 3世』というポータルサイトが

あるのでござ〜♪〜ますわ。

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あなたも、笑えますわよ。

『誰か、オナラしたでしょう?』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

ああああ〜〜〜

初恋の人と会いたいわあああ〜〜!




2006年02月19日

ピカソの絵を批判できないとブログは書けません




ピカソの絵を批判できないとブログは書けません



あなたはどのようにピカソを批判しますか?
ピカソの絵を見たことがありますか? 

ええっ? 絵なんて見たって金にならない? 

でもね、ピカソの絵を批判できないとブログは書けませんよ。
どうしてだか分かる? 
ん? じゃあね、ちょっとこれ読んでみて。。。

あなたはこれまでに絵を書いたことがあるでしょう?
小学生の時には「図画」とか「図工」と呼ばれた時間がありましたよね。
時には学校の近くの小川や野原に写生に出かけたことを僕は良く覚えていますよ。
僕は絵を書くことが好きでした。
あなたはどうでしたか?

絵を書いたことなら誰でもあると思いますから、分かりやすいので絵を取り上げて話します。
絵を書いてみると、なかなか思ったように書けないものですよね。
目の前の木や花や石や動物が自分で描きたいように、なかなか描けない。
もう、じれったくなる事があるでしょう。

つまり、自分ではこのように描きたいと思っているのに、思った色がなかなか出てこない。
どうしても、家の形が目の前の家と違っている。
奥行きが表せなかったりして、いい加減イヤになってしまう事もあるでしょう。

つまり、図画用紙に書かれている物は描いている人の頭の中にあるものとは違っている。
もちろん、現実の家や、木や、花とも違っている。



ところで、あなたが友達の描いた絵を見るとき、
上手いとか、へたくそだとか、あなたは言葉で技量を言い表しますよね。
また、描いてある物の意味をさぐろうとします。
馬とか犬が描いてあれば、その馬が生き生きと描いてあるとか、
馬の耳が長すぎるとか、かなり具体的に批評が出来ます。
しかし、その馬とか犬の感情となると、見る人によってだいぶ違ってきますよね。

写生画の場合、批評する事は比較的簡単ですが、
抽象画となると、これはなかなか難しい。
なぜなら、具象的でない絵画を見るとき、
見るという行為は個性と文化的バックグラウンドを通してしか見ることができない。

例えば、ピカソのグロテスクな人物画を見るとき、
スペイン人、アメリカ人、日本人、アメリカインディアンの見方はまず違いますよ。
なぜなら、文化的バックグラウンドが違っているからです。
同じ絵を見ているのに日本人の受け止め方とアメリカ人の受け止め方が違うのは、
あなたにも良く理解できると思います。

つまり、生まれも育ちも全く違う。話す言葉さえ違う。
つまり文化が違うんだから、見方が違っても当然です。
でも、全く同じピカソのグロテスクな人物画を見ているのに、
受け止め方がアメリカ人と日本人では全く違うと言う事を考えてみてください。

これは文化的なバックグラウンドが違うと言う事で理解できます。
では、同じ日本人同士ではどうか?
文化的バックグラウンドはほぼ同じです。あまり大きな違いはありません。
同じ日本語を話します。同じ風土で育ってきています。



でも、あなたと僕がピカソのグロテスクな人物画を見たら、
感想はだいぶ違うと思いますね。
なぜか?
個性が違います。

つまり、全く同じ絵が、見る人によって違ってしまう。
つまり、ピカソの絵を見るとき、個性と文化的バックグラウンドを前提としてしか絵を見ることができません。
あなたの心の中にある印象とか、感想とか批判というのは、絵そのものではありえない!
絵とあなたの頭がベッドインして作った子供みたいなものです。そう思いませんか?

つまり、批判や批評をする時というのは絵の本質は、絵そのものからあなたの頭の中に移動してきますよね。
ピカソはどうしてこのようなグロテスクな人物を描いたのだろうか?
と、あなたは考える。
なんでこんな作品を作ったのだろう?
あなたは、一生懸命にあなたの頭で考える。
あなたの個性と、文化的バックグラウンドを基にして。

じっくり見ながら考えて、あなたはその絵の意味する事をあなたなりに分かったような気がする。
絵の本質に迫った気がしてくる。
でも、あなたは知っているはずです。
描いたのはピカソなんだから、いくら考えたって、ピカソがどのような気持ちで、
どのような目的で描いたか?なんて分かりっこない!
でも、見て考える、という行為は、ちょうど好きな音楽を聴くように、
作者がどのような気持ちで作ろうが、関係ないんですね。
つまり、音楽を聴いて作曲家になったような気分が味わえて
いい気持ちで聞けたらそれで充分満足できる。

つまり、絵の本質も音楽の本質も、見る人聴く人の方に移ってゆく。
それでいいと思うんですね。
でも中には作者、作曲家の本質にこだわる人も居る。
そういう人はどうするのか?
インタビューするわけですよね。
ピカソに尋ねるわけです。

それで「批評」を書く。
こういう人たちの事を「批評家」「評論家」というんでしょうね。
作品の本質を「あちらがわ」、つまり作者の方に求める。

でも「批判」するというのは、つまり、作品を語るということは、
つねに自分のバックグラウンドと自分の個性、自分自身を語るということです。


例えば、ヒトラー総統の前を行進するドイツ軍のパレードを映画で見るとします。
一糸乱れぬ軍隊行進。
制服もパリッとして、なかなかかっこいい!
旧ドイツ軍、凄い!

しかし、現在、自由主義に生きている我われがあんな行進をしたいか?
見るのはいいけれど、やるのはめっそうもない、というのが答えではないですか?
全体主義や旧日本帝国のような軍国主義には戻りたくない。
どうしても窮屈な感じで、あんなロボットのような行進など
やれ、と言われてもやりたくないでしょう。

つまり、あの第三帝国のすばらしさを伝えようとして作ったドイツ軍パレードの映画の監督は
テーマを現在の我われには届けることが出来ない。
私たちは、まずそのテーマに到達できない。そうすることの意味を見出せないかもしれない。
つまり、感想、印象、批判は作った人間とは全く無関係ということを知らざるを得ない。

絵を描いたり、絵を見たり、映画を作ったり、映画を観たりするということは孤独な行為です。
なぜか?
作り手や隣で見ている人と感想を共有できないからです。
突き詰めて言えば、個性や文化的バックグラウンドは一人一人皆違うからです。

でも、その孤独な行為をがまんできず、言語化して他の人と共有しようとする。
それが作者に向いている場合、批判、
観客に向いている場合、批評と呼ばれるわけです。

自分が思ったことが自分だけのものだと無意識的に気づいているので、
他の人と一般化する時に批評という言葉が使われます。
だから、批評家とか評論家と呼ばれる人たちが居ます。

そういうわけで、批判すると言う時、あなたは自分の文化的バックグラウンドと自分の個性、
自分自身を語らなければならない。
そうでない限り批判とは言えない。
ところが、これまで僕が日本のサイトで読んだコメントには批判らしきものがあまりないんですよね。

これはどうした事か?
つまり、語るべき文化的バックグラウンドと自分の個性がないのではないか?
あるのなら、そのことが語れないのではないか?
語り方を知らないのではないか?
僕は、日本のサイトでネットをやるようになってから、そう、しみじみと感じましたね。

じゃあ、オマエはどうなのか?
とあなたは僕に尋ねるかもしれない。

僕のブログの記事を見てください。
どれも長い。
なぜか?
僕は自分の文化的バックグラウンドと自分の個性、
自分自身を語っているからですよ。

出来たら、あなたもそうしてください。
2行から10行の文章で
あなたは自分自身を語ることができますか?

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2005年11月21日

著作権って本当はどういうものなの?

 
著作権って本当はどういうものなの?



日本の「著作権法」では「著作物」が次のように定義されています。


(定義)
第2条 この法律において、次の各号に掲げる用語の定義は、
当該各号に定めるところによる。

1.著作物
思想又は感情を創作的に表現したものであつて、
文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。


「文芸」の定義を三省堂の国語辞典で調べてみると次のように出ています。


【文芸】 1) 学問と芸術
      2) (美術・音楽に対して)詩・小説・戯曲などの言語芸術


僕はこのような1行のコメントをもらった事があります。



きもいって

by あ at 2005-11-10 (Thu) 23:07



消えてくれ

by あ at 2005-11-10 (Thu) 23:08

『ナイトメア・ブログとその責任者に対する公開抗議文!』スレッドより


スマットさんが『レンゲのフォーラム』に次のような記事を投稿してくれました。


1. 文章というものは文芸の範囲です。
  文章なくして、文芸をなしえません。
  あのコメントは文章であり、従って文芸の範囲にあります。

2. あれはわたしの思想を表現したものです。

1、2の両面を定義に照らせば、あのコメントは著作物です。

『Re[2]:記事引用における著作権の取り扱い』より


スマットさんの定義に従えば、文章を書くと何でも文芸になってしまいますね。
しかし、それは、あとで説明するように間違っています。

では、文章の定義はどうなっているのかというと。。。
僕が持っている三省堂の国語辞典には“文章”は次のように定義されています。


【文章】 いくつかの文で、まとまった思想・感情を表したもの。


だから、どういうことが言えるかというと、上の2つの1行のコメントは文章ではないということです。

上の一行のコメントは文章じゃないのだから、とても文芸とは呼べません。
仮に文章だとしても、とても“感情の創作的な表現”とは言えません。
また、上のコメントを1つにまとめても、とても言語芸術とは言いがたい。

つまり、“公衆便所の落書き”とたいして変わりがないのです。
だから、公衆便所の落書きに著作権が無いように上のコメントにも著作権は設定できない。

「著作権法」の定義に従っても“著作物”とは言えません。

では、スマットさんが問題にしている文章をここに書き出します。


ブログサービス運営者側の判断で削除していいと思います。
無料ブログサービスもかなり多数存在しますので、選ぶことができます。
例えばアダルトコンテンツの可不可、
アフィリエイトの可不可は登録の際に承諾しているわけですから、
そのブログサービスの規約にあわせて守るのが筋です。
あるいは自分の利用目的に合わせて選ぶのが筋です。
とわたしは思います。

必要なら自分でサーバーを立てたり、
有料で規約なしにサーバーを借りるなりすればいいだけなので特に問題はありません。

by スマット at 2005-11-10 (Thu) 20:11

『ブログサービス運営者側の判断で削除していい』より


僕が引用したスマットさんの文章は、厳密に言うと上の定義の“文芸”、“学術”、“美術”、“音楽”のどの範疇にも属さないものですよ!
なぜか?

スマットさんの文章は通信文です。
「著作物」ではあり得ない!

なぜか?
「著作権法」の“法の精神”を理解すればすぐに分かることなんですよ。

つまり、「著作権法」とは、“創作者”の権利を保護するものなんですよね。
要するに、何時間も、場合によったら何十年間もかけて創作活動をした創作者が“著作物”を創造する。
その「著作物」には、“創作者”の血と涙と汗と能力と経験と時間が注ぎ込まれている。
そういう努力と労働によって生み出された“著作物”を所有し、それからもたらされる“恩恵”を“創作者”が受益する権利を保護しようとするのが、
そもそも「著作権法」の“法の精神”ですよ。

つまり、キーワードは「創作」ということです。
スマットさん、あなたが僕に書いた“通信文”には、そのような“創作”はどこにも無い!
つまり、血と涙と汗と能力と経験と時間は全く注ぎ込まれていない。
ほんのわずかな時間とキーボードに打ち込んだ手間だけです。
要するに公開のネットの上で僕に書いた通信文に他ならない。
“創作”ではあり得ない!

もちろん、“思想”と呼ぶにふさわしい“形而上学的な発想”など、どこを穿(ほじく)り返しても見当たらない!


あれはわたしの思想を表現したものです。


しかし、“形而上学的な発想”など、どこを穿(ほじく)り返しても見当たらないですよ!
つまり、スマットさん、あなたは“思想”というものがどういうものなのか全く理解していないようです。

あなたが書いた「通信文」には実務的・運用的な事だけしか書かれていませんよ!
思想のかけらも無ければ、
文芸の香りすら感じられない!
つまり、法律の定義に従うなら、
あなたの通信文は「著作物」ではあり得ない!

むしろ、スマットさん、あなたは公開であるべきブログ上で交わされた通信文を“私有化”しようとしている!
世界のネット市民の“知る権利”を妨げようとしている!
つまり、多方向多重通信手段であるネットの性格をあなたは全く理解していない。

どこかの田舎者で無教養なプロバイダーは、
世界のネット市民の皆様の“知る権利”に見合う情報を提供するために書いた僕の「創作物」を無許可で抹殺するという犯罪を犯している!
つまり、言論の自由・表現の自由を封じ込めようとしている!

スマットさん、あなたがやろうとしている事も50歩百歩ですよ!
ネットがどういうものか?
歴史を振り返って、あなたは考えてみる必要があるようですね。
 
反論したければ、少なくとも下のリンク先の記事を、スマットさんは理解力が無いから最低3度は読んでくださいね。
お願いします。
よろしく!
僕はマジですよ!へへへ。。。




ところでスマットさんから次のようなコメントをもらいました。
いつもありがとうございます。
おかげで、こうして記事を書くことが出来ました。
感謝しています。


しかし、僕が念を押したにもかかわらず、無視されてしまったようですね。
“スマットさんは理解力が無いから最低3度は読んでくださいね。”
。。。と僕は頼んでおいたのですが、どうやら上の関連記事を一度も読んでいないようです。
なぜなら、“言論の自由” も “表現の自由” もまだ理解できていないからです。


通信文なら「秘密」が守られなければなりません。
コピペするなんてもってのほかです。
また、わたしのコメントに対するこの記事は通信文だから著作物じゃないし、勝手に利用していいってことになりますね。

>田舎者で無教養なプロバイダー

どこのプロバイダを誹謗中傷しているのかしりませんが(本社まで行って顔を見たりしたことは無いはず…証拠なしに批判するのは中傷です)、いまのうちに訂正しておいた方が身のためですよ。

>僕はマジですよ!へへへ。。。

マジだっていうんなら態度で示してもらいましょう。
どうせできないくせに…

ところで「あなたの法律」によると、新聞記事は著作物にあたりますか?
「実務的・運用的な事だけしか書かれていませんよ!
思想のかけらも無ければ、文芸の香りすら感じられない!」ものですよね。
単なる事実の羅列だから著作物ではないんですか?

by smz (またの名を“スマット”) at 2005-11-16 (Wed) 13:03

『通信文なら。。。』より


僕は上の文章の中ではっきりと書いているんですよ!


要するに公開のネットの上で僕に書いた通信文に他ならない。

     。 。 。

スマットさん、あなたは公開であるべきブログ上で交わされた通信文を“私有化”しようとしている!
世界のネット市民の“知る権利”を妨げようとしている!
つまり、多方向多重通信手段であるネットの性格をあなたは全く理解していない。


スマットさんはどうして僕の文章をじっくり読まないのですか?
ちゃんと答えが上の文章中に書いてあるじゃありませんか?

ネットで公開された通信文は“私信”ではないんですよ!
だから、“秘密”じゃないんですよ!
しかも、あなたの文章は“著作物”じゃないからコピーしてかまわないんですよ!


わたしのコメントに対するこの記事は通信文だから著作物じゃないし、勝手に利用していいってことになりますね。


僕のこの記事は「著作物」ですよ。なぜなら、上の定義の“学術”の範疇に属しています。

文部省設置法に従うなら、学術の定義は「自然科学,人文科学,社会科学の研究およびその応用に関すること」になっています。

僕のこの記事は明らかに「著作権法」に関する論考・考証ですから、「人文科学の研究および応用」にかかわっています。
りっぱに「著作物」として通用しますよ。
僕は初めから「著作物」として書いています。
あなたのように「実務的・運用的な事だけしか書かれていない」通信文として書いたわけではありません!

僕の記事には“創作者”の血と涙と汗と能力と経験と時間が注ぎ込まれていますよ!

僕は上の記事であなたが考えている誤った「著作権」という考え方を批判したんですよ。
「批判」とは何か?
僕は次の記事の中ではっきりと書いていますよ!
『コメントを書くなら、しっかりと内容のある文章を書いてくださいね』


そういうわけで、批判すると言う時、あなたは自分の文化的バックグラウンドと自分の個性、
自分自身を語らなければならない。
そうでない限り批判とは言えない。

この上で示した1行のコメントは批判じゃなくて、公衆便所の落書きです。

これはどうした事か?
つまり、語るべき文化的バックグラウンドと自分の個性がないのではないか?
あるのなら、そのことが語れないのではないか?
語り方を知らないのではないか?
欧米のサイトで18年やってから、日本のサイトで3年ほどですが僕は、そう、しみじみと感じましたね。

じゃあ、オマエはどうなのか?
とあなたは僕に尋ねるかもしれない。

僕のブログの記事を見てください。
どれも長い。
なぜか?
僕は自分の文化的バックグラウンドと自分の個性、
自分自身を語っているからですよ。

出来たら、あなたもそうしてください。
1行から3行の文章で
あなたは自分自身を語ることができますか?


つまり、僕は記事を書くとき、“血と涙と汗と能力と経験と時間を注ぎ込”んでいるつもりです。


ところで「あなたの法律」によると、新聞記事は著作物にあたりますか?
「実務的・運用的な事だけしか書かれていませんよ!
思想のかけらも無ければ、文芸の香りすら感じられない!」ものですよね。
単なる事実の羅列だから著作物ではないんですか?


新聞には“文芸欄”がありますよ。
「社説」は新聞社の“思想”を表明するものですよ!

新聞は、単なる事実の羅列ではないですよ!
プロフェッショナルが書いているんですよ!

では、「著作物」とは言えないような、あなたが書いた“駄文”とはどこが違うのか?

それはねぇ、新聞には“ハーグってどこの国か知らないけれど”なんて絶対に書けないものですよ。
そういう無責任な事は書かない!
いい加減な事は書けない!
それがProfessionalismですよ!

つまり、しっかりと事実を調べてから報道します。
新聞記事を書くために、記者は訓練と教育を受け、責任を持って書いているんですよ。
また、そうすべきですよね。
最近では大新聞社にも、いい加減な事を書く記者が出てくるようになりましたが。。。

つまり、僕が言おうとしている事は、新聞記者は“血と涙と汗と能力と経験と時間を注ぎ込”んでいる。
だからこそ「著作物」と言う事が出来る。

ところが、スマットさん、あなたは、いい加減で無責任なんですよ!
次の記事の中で僕は指摘しましたが、
『批判にまともに答える事が出来ない日本人』
あなたは無責任でいい加減な事を書いているわけですよ。

“ハーグってどこの国か知らないけれど”。。。

その程度の事は検索エンジンで調べてから、返信を書いてくださいよ!
こういう、いい加減で無責任な書き方をしている限り、あなたの文章は「著作物」とは言えないんですよ。

また、いやみっぽい書き方になってしまいましたあああ。 ハンセ〜〜

しかし、あなたに、こういう言いづらい事をズケズケと言う人はこれまでに居なかったでしょう?
あなたの文章を読んでいて、そのように感じましたよ。
つまり、あなたは“批判”ということを知らずに成人してしまった。
だから、“批判する”事を知らない。
“批判を受ける”事を知らない。
“批判に応ずる”事を知らない。
だから、いまだに論点をぼかした、揚げ足取りの文章だけしか書けないんですよ!

僕もまだ未熟者ですが、あなたはもっともっと未熟者ですよ!

では、僕の文章を批判してください。
スマットさん、あなたの出番ですよ〜♪〜。
じゃあ、お待ちしていますね〜♪〜。


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