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2011年12月18日

仙台の女 (PART 1)

 
 
仙台の女 (PART 1)



現在の仙台駅



昭和40年・50年代初期の仙台駅

仙台・昭和の風景

(昭和50年代)






デンマンさん...なんだか、最近仙台のことばかり書いていますわね。



言われてみれば、確かに仙台の事を書いてますね。

意識して書いているのですか?

いや。。。全く意識してなかったのですよ。



"Memory Lane to Sendai"

(December 8, 2011)

第21回定禅寺ストリート

ジャズフェスティバル 2011




『仙台ジャズフェスティバル』

(2011年12月7日)




。。。で、今日は上の記事の続きですか?



違うのですよ。 今回も上の2つの記事を全く意識していなかった。

でも、上の2つの記事とは関係があるのでしょう?

仙台だけが共通するだけで全く関係ないのですよ。

だけど、上の2つの記事を書いたので、また仙台の事を書くのでしょう?

上の2つの記事を並べたら、おそらく誰もがそう思うだろうけれど、実は全く関係ない理由で仙台の事を書かねばならなくなったのですよ。

どのような理由なのですか?

あのねぇ、たまたま1週間ほど前に今村昌平監督が作った『赤い殺意』という映画の DVD をバンクーバー図書館から借りたのですよ。 僕はこの映画を20年ほど前にトロントで初めて観た。

『赤い殺意』予告編





僕は迂闊(うかつ)にも、この映画の中に仙台駅や、広瀬橋を渡る市電が出てきたのをすっかり忘れていた。 記憶の中では、どういうわけか福島駅近くで、東北線沿いの田舎を舞台にした映画だという記憶にすり替わっていたのですよ。



。。。で、DVD を観て急に記憶を新たにしたのですか?

そうですよ。 つい2日前に DVD を観たのですよ。 メチャ懐かしくなって、それでまた仙台のことを書く気になったのですよ。

それ程懐かしくなるものですか?

あのねぇ〜、古い仙台駅には思い出があるのですよ。




じゅぁきさんのコメントがいつものように僕にインスピレーションを与えてくれました。
ラーメンで思い出しましたが。。。



僕はラーメンが好きなんですよ。
僕の好物は仙台の五右衛門ラーメンです。



これは食べ残しの写真ですけれどね。。。うへへへ。。。
手打ちの太い麺を使ったもので、
味噌味、塩味、しょうゆ味の3種類がありました。
僕の好物は味噌味のモノです。

仙台は僕の第2のふるさとなんですよ。



僕はこの新しい駅ができる前の古い駅を知っています。
高校生の頃、仙台に立ち寄ったのですが、旅費を稼ぐためにこの旧駅舎で一晩夜を明かした事があります。



僕の他にも10数人一晩夜を明かした人たちがいましたよ。
ほとんどの人が“田舎の人たち”という印象を与える表情をしていました。

つまり、苦労が顔のシワに現れているような純朴そうな人の顔ですよ。
ああいう素朴で苦労人の表情が最近の日本人の顔からなくなっていますよね。
もちろん、僕自身も苦労を知らない顔をしていますよ。うへへへへ。。。。

でも、僕は違う苦労をしています。
それは、冒険による苦労です。
贅沢な苦労ですよね。うひひひひ。。。。

でも、死ぬ思いを10本の指では数え切れないほどしています。
今、生きているのが不思議なほどですよ!

高校生の頃の自分には想像もつかないような人生を歩んできてしまいました。
とにかく30カ国近い国を放浪したのですから。。。
この町の仙台商業高校で後年、教育実習をやることになり、数学を教えるとは夢にも思っていませんでした。

。。。仙台駅の事ですが。。。
寒くてベンチでは眠れなかったですよ。
それでも、駅舎を閉めずに待合室に居させてくれただけ良かったです。
北海道の小樽駅で、僕が一晩駅舎で明かそうとしたら、
当時の(あのレンガ造りの)小樽駅ではドアを閉めて、待合室では夜を明かすことができませんでした。
つまり、11時頃の最終列車が出ると追い出されてしまったわけです。




現在の小樽駅の建物は3代目で昭和9年に建てられた。
道内では木造駅舎の札幌、函館に先んじた鉄筋コンクリート造りの近代的駅舎。
東京の上野駅に似ており、同時期に建てられた小樽市庁舎ともそっくり。
僕の記憶の中ではレンガ造りなんですよね。
これとは形も違っている。
僕は他の建物と勘違いしていたのだろうか????


仙台駅では、駅員がお客を追い出すような事はしませんでした。
でも、とにかく寒くてベンチにゴロッと横になっても眠れませんでしたね。
スチームのパイプにわずかなぬくもりが残っていて、
僕は母親の肌のぬくもりを求める幼児のように
身を摺り寄せながら、スチームのパイプに体をこすり付けるようにして震えていたものです。
今から思えば懐かしいですよ。

寒くて空腹な僕が、まず朝一番に食べたのがラーメンだったのですよ。
うまかったですねええええええ〜〜〜。
でも、味なんかどうでも良かったんですよ。
とにかく、腹に入って体がぬくもるもの。。。
それだけ。。。
ぬくもりを求めてラーメンを食べました。

その時食べたのは五右衛門ラーメンではありませんでした。
ごく、当たり前のラーメンでした。



杜の都仙台。
その名の通り緑の多い街が仙台です。
この文字通り“青葉通り”を歩いて1番町まで行きます。
そこで小さな路地裏の店に入ると五右衛門ラ−メンが食べられました。
今でもあるのかどうか?

もしあなたが仙台の人なら、教えてくださいね。
ぜひコメントに書いてください。
当時、250円か350円ほどだったと思います。
30円か50円出すと大盛りにしてくれましたよ。




『平和を愛し仲良く暮らしていた古代日本人』より
(2006年6月26日)




なるほど。。。このような思い出があったのですか。



そうなのですよ。。。映画『赤い殺意』には、古い仙台駅の待合室が出てくるのですよ。 でもねぇ、昼間のごった返した待合室です。 僕が一夜を明かした時には、何と言うか。。。侘(わび)しいものを感じたものですよ。 でも映画の中では、その侘しさが全く感じられない程の雑踏でした。

待合室の中の雰囲気が全く違っていたのですか?

そうなのですよ。 やっぱり、明け方と午後5時頃では全く人の数が違っていますからね。 あの明け方の寒さは今でも忘れることができませんよ! 消え入るような、かすかな暖かさが残るスチームのパイプに、体をこすり付けるようにして震えていたのですよ。

ホテルか旅館に泊まればよかったのに!

貧乏旅行で充分な金が無かった! そんな考えは浮かびませんでしたよ!

。。。で、その侘しさが懐かしくなったのですか?

違いますよ。 それだけだったら、こうして記事を書きませんよ。

他に心がぬくもるようなお話があるのですか?

もちろんですよ。 映画の中で広瀬橋を渡る市電が出てくるのですよ。 春川ますみが演じるヒロインの人妻は、しつこく擦り寄る男(露口茂)と別れようとするのだけれど、どう言う訳か一度広瀬橋で市電から降りる。 けれども、反対方向からやってきた市電に乗って、もう会わないと決めたはずの男に、また会いに行く。 その市電はガラガラで乗客はヒロインの人妻しか居ない。 その光景を僕は学生の頃毎日のように乗った仙南バスに乗りながら見ているような錯覚に陥った。

同じような情景を実際にデンマンさんは見たことがあるのですか?

あるのですよ。 





広瀬橋を渡る昭和50年頃の市電



  広瀬川



広瀬橋で女が寂しそうにガラガラの市電に乗るのを僕は仙南バスから、ちょうど映画のシーンのように見たことがある。 そのことが急に思い出されてきた。



それが心温まる思い出なのですか?

もちろん違いますよ。 それは、あまりにも寂しくて侘しい情景でしたよ。 だから、僕はそのいやな情景を振り切るようにして思い出したのが次の仙南バスでの出来事でした。




僕も恵子さんも仙南バスで通っていたのですよう。夜型の僕も1年生、2年生の時には、結構、真面目に朝起きてバスで通学していたのです。



それで。。。?

バスには門前町経由と長町経由があったのですよう。今から考えれば門前町経由と言うのは宮城三女の学生のためにあったようなものでしたね。

つまり、宮城三女の女学生がたくさん乗るのでござ〜♪〜ますか?

確かに、長町経由よりも門前町経由の方が女学生は多かったですよう。

それで、デンマンさんは、わざと門前町経由のバスに乗ってヤ〜らしく女学生を眺めながら通学したのでござ〜♪〜ますか?

うへへへへ。。。それ程意識してはいませんでしたよう。

。。。で、どのようなきっかけで知り合ったのでござ〜♪〜ますか?

僕と恵子さんは時々、スーパーマーケットの前にある富沢のバス停でかち合う事があった。実は、恵子さんを初めて見たのは、そのスーパーマーケットだった。「ピンキーとキラーズ」で一頃、歌謡界を風靡した「恋の季節」を歌ったピンキーこと、今陽子さんに似ていたのですよ。


 


僕が高校生の頃に、「恋の季節」は大ヒットした。



その今陽子さんに、恵子さんはマジで似ていたのですか?

そうなのですよう。今陽子さんも背が高い。しかも、体格もいい。買い物をしていた恵子さんはタイツスカートを穿いていたので、女子校生には見えなかった。僕よりも年上の社会人に見えたのですよう。しかも、腰の辺りがムッチリとした感じで、“ああぁ〜〜、いい尻してるなあぁ〜”と、思わず見とれてしまったのですよう。





この写真のシャロンさんのように、ぴっちりとしたタイトスカートに、いかにも形の良い魅力的な尻が僕の目を惹きつけた。



デンマンさんは、女性を見るときに、まずお尻を見るのでござ〜♪〜ますか?

やだなあああぁ〜。。。僕は、女性の尻にこだわっている訳ではないですよう。あのねぇ〜、目の前を歩いている女性がタイツスカートを穿いていれば、見たくなくとも自然にタイツスカートにぴっちりと包まれている尻が目に入ってしまうものですよう。

見なければいいでしょう?

そう言う訳にはゆかないのですよう。高校1年生の時にヌードをデッサンした僕にとって、女性の美しさは尻にも宿っていると、現実の世界でも、しみじみと実感したのですよう。

“The first impression is

a lasting impression.”


英語では、このような事をよく言うのだけれど、人に会った最初の印象は、なかなか消えないものですうよう。実は、シャロンさんの素敵な尻を見るよりも恵子さんのムッチリとした尻を見た方が先だった。だから、20年ほど経ってからバンクーバーでシャロンさんの魅力的な尻を目にしたとき、“あぁ〜、仙台の恵子さんは、今頃どうしているだろうか?”。。。僕は、突然閃(ひらめ)いたように、そう思ったものですよう。うしししし。。。

前置きは、もうその程度で結構ですわ。。。んで、その後、どうなったのでござ〜♪〜ますか?

僕は恵子さんが社会人で、もしかすると結婚しているのではないだろうか?そう思ったほどですよう。。。そうしたら、ある朝、バス停でバスを待っていた時に、恵子さんがセーラー服を着て現れたのですよう。





この写真が、その時デンマンさんが受けた恵子さんの印象ですか?



そうですよう。僕は、もう、度肝を抜かれて、ビックリしましたよう。

どうせ上の写真はデンマンさんがコラージュして、でっち上げたのでしょうけれど、ちょっと高校3年生の女学生にしてはフケすぎていますわよう。

そうでしょう?!だから、その時の僕の驚きを察してください。こんな感じに見えたのですよう。結婚してるかもしれないと思ったほど、恵子さんが大人っぽく見えたのに、実は高校3年生だったのですよう。

。。。で、デンマンさんは、ずうずうしく声をかけたのですか?

まさかぁ〜。。。僕は20代の頃は女性に対して、とっても消極的だったのですよう。まだ一度も言葉を交わした事もない女性に声をかけるなんて、僕にはとてもできない仕業(しわざ)でしたよう。

そのような事をマジで信じるわけにはゆきませんわ。。。んで、デンマンさんは恵子さんと、いつ言葉を交わしたのでござ〜♪〜ますか?

バスは混んでいました。とても座れない。たまたま彼女と隣り合わせになって僕は緊張していたのでしょうね。

たまたまではないでしょう?!デンマンさんのことだから、他の人を押しのけてまでも、恵子さんの隣に行ったのでしょう?

たぶん。。。無意識のうちにそうしたのでしょうね。うしししし。。。

。。。んで、どうしたのですか?

やはり緊張していたのですよう。僕は教科書2、3冊とノートを数冊ほど小脇に抱えていたのですよう。バスの揺れは時には激しい事がありますからね。急な揺れに僕は、教科書とノートをバラバラと落としてしまったのですよう。普通だったら女子高生は、そういう時に知らん振りしていると思うのですよう。ところが恵子さんは違ったのですよう。

宮城三女 校訓

自立 聡明 敬愛

やっぱり宮城三女で3年近く勉強したから、校訓が身についていたのかもしれませんよう。恵子さんは“敬愛の心”を忘れなかったのですよう。

校訓なんてぇ〜。。。そんなものは。。。、そんなものは、最近の女子高生は屁とも思わないのでござ〜♪〜ますわよう。んも〜〜。。。

だから、20年前の女子高生は違っていたのですよう。

そのように一般化しないでくださいませ。。。たぶん、他の皆様に無視されたので、恵子さんはデンマンさんが哀れに。。。可哀想になったのかもしれませんわ。

とにかく、恵子さんは僕と一緒に拾ってくれたのですよう。

“どうもありがとう”。。。僕は、そう言うのが精一杯でしたよう。とにかく、僕よりも背が高いのですよう。どう見ても170センチ以上あるのですよう。しかも、香水をつけているわけではないのだろうけれど、仄(ほの)かに甘い香りが僕の鼻腔をくすぐって、僕はもう、心臓がドキドキしてきたものですよう。

。。。んで、それだけですか?

違うのですよう。僕はもう気が動転してしまっているのに、恵子さんは涼しい表情を浮かべて、パッチリとした眼を僕に向けて言ったものですよう。

“教育学部ですか?”

ん。。。? 教育学部。。。? なんでぇ。。。?

僕が不思議そうな表情を浮かべているのが彼女にもすぐに分かったのでしょうね。

“教育原論というタイトルが見えましたわ”

宮城三女 校訓にも書いてあるように、恵子さんは聡明なのですよう。

誰だって教科書のタイトルを見ればその程度の推測はできるものですわよう。

僕は数年後に仙台商業高校で教育実習することになるのだけれど、「教育原論」がきっかけになって、僕は恵子さんと話すようになったのですよう。

。。。んで、デンマンさんは工学部なのになぜ教育原論などを選択したのですか?

高校の先生になれる免許が取れるというので、それならば取っておこうと思ったのですよう。人生の間口を広げるためですよう。教員免許を持っていれば喰いっぱぐれが無いと思ったのですよう。授業料は変わらないのだから免許を取れるものなら取っておいた方が得でしょう。ウへへへへ。。。

。。。んで、今日のタイトルは映画ですから、恵子さんをデイトに誘ってポルノでも見に行ったのでござ〜♪〜ますか?

あのねぇ〜。。。、いくらなんでも、初めっから日活ロマンポルノは無いでしょう!

冗談ですわよう。。。んで、何を見に行ったのでござ〜♪〜ますか?

『ベンハー』ですよう。







あたくしも DVD で観ましたわ。感激いたしました。デンマンさんは、この映画を恵子さんに見せて女心を射止めようとなさったのでござ〜♪〜ますか?



そこまで計算していた訳ではありませんよう。とにかく有名な映画ですからねぇ。これならば、恵子さんと一緒に見ても問題ないと思ったのですよう。

それで、恵子さんの反応は。。。?

でもねぇ、問題が生じたのですよう。

どのような。。。?

前の晩に僕に電話がかかってきたのですよう。

行けないと。。。?デイトのキャンセルでござ〜♪〜ますか?

違うのですよう。「クラスメートを一人連れて行きたいのだけれどいいでしょうか?」。。。そう、言うのですよう。

つまり、映画を見終わった後でデンマンさんがヤ〜らしい事をするかもしれないと思ってボディーガードですわね?ォほほほほ。。。

違いますよう。んも〜〜。。。そんなんじゃないのですよう。一緒に映画を見たいと言うのはクラスメートでも、親友だと言うのですよう。映画を見に行く日に、その親友からも一番町のブティックに行こうと誘われ、断わる理由に僕とのデートのことを正直に話したと言うのですよう。そうしたら、一緒に見に行きたいと言ったらしいのです。

。。。んで、デンマンさんは承知したのでござ〜♪〜ますか?

仕方が無いでしょう。。。正直言うと、僕はイヤだと言いたかったのですよう。せっかく、恵子さんとの初めてのデートですよう。僕だって期待にワクワクしているのですよう。映画を見終わった後で、いろいろと予定がありましたからね。。。

ラブホに行くとか。。。?うしししし。。。

卑弥子さん!悪い冗談を言わないでくださいね。相手は花も恥らう高校3年生ですよう。

最近の高校3年生は、ラブホなど平気でござ〜♪〜ますわ。中学生の頃からラブホに行くミーハーも居るほどでござ〜♪〜ますから。。。

あのねぇ〜。。。20年前は、高校3年生は純情だったのですよう。宮城三女の校訓を見てくださいよう。

宮城三女 校訓

自立 聡明 敬愛

そうゆう校訓は、最近のミーハーにとって、キモい以外の何モノでもないのでござ〜♪〜ますわ。屁のツッパリにもならないと考えているのでござ〜♪〜ますわ。ォほほほほ。。。

あのねぇ〜。。。卑弥子さんは京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している准教授ですよう。女子大学でも宮城三女の校訓を教え込んでくださいよう。これからの日本を背負う子供たちの母親になる人たちですよう。屁のツッパリにもならないと、ラブホに行って遊んでいたら、日本の将来がありませんよう。

分かりましたわ。デンマンさんが日本の将来について、それ程までに心配なさるのであれば、あたくしもせめて屁のツッパリになる程度に女子大生に教えようと思いますわ。うしししし。。。んで、当日、恵子さんの親友は現れたのでござ〜♪〜ますか?

僕はねぇ、恵子さんの親友が風邪でもひいて寝込むか。。。朝、腐りかけた卵でも食べて、下痢がひどすぎて出てこれないか。。。彼女が乗ったバスが途中で事故を起こして間に合わないとか。。。そういう事を願っていたのですよう。

でも、そうゆう時に限って、すべての事がうまく運んでデンマンさんと恵子さんは二人きりになれないものなのでござ〜♪〜ますわよねぇ〜。

そうなのですよう。彼女がやって来た時には、僕はうんざりしましたよう。

つまり、恵子さんと二人だけの大切なデートが、もう一人の女学生によって台無しになったのでござ〜♪〜ますわねぇ。

ところが、そうではなかったのですよう。

どう言う事ですか?

やって来た彼女を見て僕はちょっと信じられないような驚きで心臓がドキドキしてきたのですよう。

どうしてでござ〜♪〜ますか?

僕のアイドルのアグネス・ラムちゃんに良〜く似ていたからですよう。





デンマンさんはボインな女の子が好みなのでござ〜♪〜ますわね?





そんな事はありませんよう。小百合さんは均整の取れた魅力的な肢体を持っているけれど、決してボインではありませんよう。



。。。んで、ラムちゃんのどういうところがイイのでござ〜♪〜ますか?

健康的なセクシーさがあふれている。何よりもかわゆいでしょう。

。。。んで、恵子さんの親友という女性もラムちゃんのように健康的なセクシーさがあふれていて、かわゆいのでござ〜♪〜ますか?

そうなのですよう。奈緒子さんと言うのだけれど、僕よりは背が低い。でも、かわゆい感じでムッチリしている。

「頭の一女・顔の二女・身体の三女」

誰が言い始めたのか知らないけれど、宮城三女の女生徒は、確かに「身体の三女」で見事なプロポーションを持った女性が多いのでしょうね。恵子さんといい、奈緒子さんといい。。。、“両手に花”とは、この事ではないだろうかと。。。僕は幸運を女神に感謝しましたよう。うしししし。。。

デンマンさんがちょっと魅力的な女性を見て、馬鹿の一つ覚えのように“女神だ。。。女神だ。。。”とおっしゃるのは、この頃から始まったのでござ〜♪〜ますわね。




『杜の都の映画』より
(2009年3月8日)




確かに、このような健康そうな二人の女子高生とデイトしたら、デンマンさんはルンルン気分でスキップしたくなってしまうでしょうね。 それで、デンマンさんは、二人の女性に挟まれながら『ベンハー』をルンルン気分で鑑賞したのですか?



ところが。。。、ところが、そのようにはならなかったのですよう。

どうしてですか?

すでにその事は記事に書いたから主要な部分だけをここに書き出します。 読んでみて下さい。

 (すぐ下のページへ続く)

2011年07月13日

白痴と同窓会

 
白痴と同窓会



『冷し中華と思い出堂』

 (2011年7月9日)




デンマンさん。。。上の記事の中に出てくる島澤さんという女の子も、白いドレスに身を包んで、パリで生まれ育ったようなハイカラな雰囲気をかもし出していたのですか?



そうなのですよ。 僕は行田でも、どちらかといえば下町の庶民暮らしの中で育った。 だいたい、単行本を読むなんて柄(がら)じゃなかったのですよ。 それだけに、なぜか島澤さんの存在が気になった。 つまり、僕には小さい頃から海外志向があったのですよ。 パリとかロンドンとかニューヨークといった言葉に妙に惹かれたのです。

でも、「三省堂」はパリとかロンドンとかニューヨークと関係ないじゃありませんか?

だけど、パリで生まれ育ったような島澤さんが「三省堂」の包み紙でカバーをして単行本を読んでいるのですよ。 要するに連想ですよ。

つまり、島澤さんを介して、デンマンさんのオツムの中で「三省堂」の包み紙がパリとかロンドンとかニューヨークといったハイカラな雰囲気と結びついたわけなのですわね?

その通りですよ。 それで僕も、そのハイカラな雰囲気を身に着けようとして高校1年生の夏に「三省堂」の本店へ行ってPenguin Booksの単行本、つまり、ペーパーバックのドフトエフスキー原作・英語版の『白痴(Idiot)』を買ってきた。





どうしてドフトエフスキーの『白痴』なのですか? ドフトエフスキーはパリ、ロンドン、ニューヨークとは全く関係ないロシアの作家ではありませんか!



とにかく、日本以外の有名な海外の作家であれば誰でもよかったのですよ。 ドフトエフスキーという有名な作家の名前は僕にとってハイカラな雰囲気と充分に結びついていた。 違和感がなかった。

それで英語で『白痴(Idiot)』を読んだのですか?

夏休みに読むつもりだったのですよ。

それで読みきったのですか?

それがねぇ〜。。。とても僕の英語力で読めるような作品ではなかったのですよ。 とにかく、400ページ近くあったと思うのですよ。 普通の単行本を3冊ぐらい合わせたほどの分厚い本だったのです。

でも、高校1年生でそれにチャレンジするなんて、すごいではありませんか!

そうなのですよ。 意気込みだけはすごかったのですよ。 ところが読み始めたのはいいけれど、初めの1ページに知らない単語がズラズラと出てきて訳語をページに書き込んでいたら、やがて、もう足の踏み場もないというようにページが真っ黒になってしまったのですよ。 言葉を逐語訳するだけにエネルギーを使い果たして、段落の意味を理解するだけの気持ちのゆとりもなかった。 5ページか6ページを辞書と首っ引きで訳したら、もう、それ以上読む気がなくなってしまって、ウンザリしてしまったのですよ。

そのまま投げ出してしまったのですか?

高校2年生になれば英語力が格段についているだろうから、「来年の夏休みに読もう」というわけで、本箱の片隅にしまったのです。

それで翌年の夏に読みきったのですか?

それがねぇ〜、ウンザリした気持ちがあまりにも強すぎて翌年の夏になってもPenguin Booksの単行本を手に取る気持ちが起こらない。

結局、2度と手に取らなかったのですか?

その通りですよ。 実家の物置小屋の中に埃をかぶったまま今でも眠っていると思うのですよ。

つまり、それ以来、英語版の『白痴(Idiot)』を読んでないのですか?

英語版であろうが日本語版であろうが僕のオツムは『白痴(Idiot)』に拒否反応を示すのですよう。

でも、Charlotte Brontë の "Jane Eyre"を原語で読んでDiane さんと本の内容について英語で意見の交換をしているではありませんか?



"Complicated Love"

(Tues. July 5, 2011)




そうです。 今ならば『白痴(Idiot)』を3日あれば読めますよ。



でも、もう読まないのですか?

あのねぇ〜、実はバンクーバーの図書館でDVDを借りて『白痴(Idiot)』を観てしまった。

英語版のDVDですか?

いや、黒澤明監督が作った『白痴(Idiot)』ですよ。


白痴 (The Idiot)



監督: 黒澤明
製作: 小出孝
脚本: 久板栄二郎
出演者: 森雅之、三船敏郎、原節子
配給: 松竹
公開: 1951年5月23日
上映時間: 166分

『白痴』(はくち)は、ドストエフスキーの小説 『白痴』を原作とした日本映画である。
監督は黒澤明で、1951年(昭和26年)に公開された。
原作はロシア文学であるが、本作では舞台が昭和20年代の札幌に置き換えられている。
当初4時間だった作品であるが、松竹の意向で大幅にカットされた。

あらすじ

亀田と赤間は北海道へ帰る青函連絡船の中で出会った。
亀田は沖縄で戦犯として処刑される直前に人違いと判明して釈放されたが、そのときの後遺症で癲癇性の白痴にかかってしまったのだった。
札幌へ帰ってきた亀田は狸小路の写真館のショーウィンドーに飾られていた那須妙子の写真に心奪われる。
しかし彼女は愛人として政治家に囲われていた。

逸話

キネマ旬報で、珍しくベストテンに入らなかった作品。
ドストエフスキーを敬愛する黒澤にとっては、念願の仕事であったと同時にプレッシャーも非常に大きかった。
撮影がなかなか思うように進まず、精神的重圧のあまり近くにあったナイフで手首を切ろうとしたところ、三船敏郎にナイフを取り上げられたという。



原節子(那須妙子役)

(デンマン注: 赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)




出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




黒澤監督が作った『白痴(Idiot)』を観たといっても、映画と小説では違うでしょう?



もちろん違うでしょう。 でもねぇ、大筋で大きな違いがあるはずがないし、大して面白い話ではなかったのですよ。

期待はずれだったのですか?

その通りですよ。 原節子さんが出ているのを知って、かなり期待して観たのだけれど期待はずれでした。

どうして。。。?

小津安二郎監督作品に出ている原さんのイメージがあったから、『白痴(Idiot)』の中の原さんがまるで別人のように感じられたのですよ。

なにも原さんという女優さんにこだわらなくてもよいではありませんか? 物語として楽しめばいいのですわ。

あのねぇ〜、あの映画に原さんを起用したのは失敗だったと思いますよ。

どうしてですか?

小津安二郎監督が作った『東京物語』と『晩春』を観て原節子さんの性格女優の素晴らしさを観た後で、黒澤明監督の『白痴』を観るのは、まるで真冬に「冷し中華」を食べさせられたようなウンザリした気分になりましたよ。 消化不良を起こしたのです。 原さんに無理やり嫌な性格を出させたような演出ですよ。 あの役は原さんではなく、京マチコさんがふさわしと僕は思いましたね。

デンマンさんは原節子さんにハマッているのではありませんか!?

そうかもしれません。 でもねぇ、黒澤明監督の作品はほとんど好きだけれど、僕にとって『白痴』だけはダメですね。 真冬の冷し中華です。 消化不良を起こすのですよ。 うししししし。。。

。。。で、その後、島澤さんとデンマンさんはどうなったのですか?

いや。。。どうなったってぇ、別に何もなかったのですよ。

いいえ。。。そのような事は信じられませんわ。

どうして。。。?

島澤さんとは行田中学の2年生のときに一緒のクラスだったのでしょう?

そうですよ。

中学生の時に聴いた「乙女の祈り」にハマッてしまい、デンマンさんが大学の1年生の時にピアノを独習して、その演奏を恵美子さんに聴いてもらいたくって、実家まで押しかけて行ったのでしょう?

小百合さんはよく覚えていますね?

次の小文を読みましたもの。。。




中学校に入学して間もなくだった頃だと思いますが、全校生徒が体育館に集まった時に同学年の恵美子さんが“乙女の祈り”をピアノで独奏したのです。
僕はその時初めてこの曲を聴いたのですが、すばらしいと思いました。
感動しました。
曲も良かったけれど、あの恵美子さんが弾いたのだという事も感動的でした。
この恵美子さんは小学校のとき6年間隣のクラスに居た可愛い女の子だったのです。

よく目にした事はあっても口をきいたことが一度もなかったのです。
初恋の人ではなかったのですが、僕の気に入った女の子でした。
遠くから見ていて、可愛い女の子だなぁ~と思っていたのです。



小学校ではクラス替えがなくて6年間同じメンバーだったのですが、中学校では学年毎にクラス替えがあったので、この恵美子さんと同じクラスになる事を期待していたのです。
しかし、とうとう同じクラスになる事はありませんでした。
(こういう思い通りにならない事って、人生にはずいぶんとあるものですよね?)

とにかく、僕が気に入っていた“乙女”が弾いた“乙女の祈り”が忘れられなくて、僕はどうしてもこの曲が弾きたくなった。
大学に入学して下宿から通うようになった頃、下宿にピアノがあったので楽譜を買ってきて、独習で弾き始めたのです。
とにかく、一生懸命に独習したので、何とか全曲を弾けるようになったのです。
自分では結構マシに弾けると思ったので、ぜひ恵美子さんに聞いてもらいたいなぁ~と思い始めたんですよ。

そう思ったら、何が何でも恵美子さんに聞いてもらいたいと思うようになった。
それで、夏休みに帰省した時に思いきって恵美子さんに電話したのです。
当時、恵美子さんは音楽大学に通っていました。
恵美子さんはビックリするだろうと思ったのですが、極めて落ち着いて冷静に受け答えしていたので僕のほうがその落ち着き方に内心ビックリしたほどでした。




『ん? クラシック興味ある?』より
(2006年6月13日)




上の箇所を私は印象的に覚えていましたわ。



ほおォ〜。。。それほど印象的でしたか。

だから、中学生の時に一緒のクラスになった島澤さんとその後何もなかったというのが可笑しいのですわ。

あのねぇ〜、同じクラスで毎日顔を合わせているから、かえって印象が薄らぐのかもしれません。 僕は島澤さんのことを思いつめるようなことはなかったのですよ。

つまり、島澤さんはピアノを弾かなかったのですか?

たぶん、ピアノを習ったとは思うけど、恵美子さんほどうまくはなかったようですよ。 島澤さんがピアノを弾いたのを聴いたことがない。

でも、島澤さんはフランス人形のような可愛らしいお嬢さんだったのでしょう?

う〜ん。。。可愛い感じと言うよりも知的で美しいという女の子でしたよ。 恵美子さんは小学校ではずっと3組。 僕は2組で、島澤さんは1組でした。

小学校の時には組み換えがなくって6年間そのままだったのですか?

そうです。 島澤さんは元気がよくって、はきはきしていて、どちらかというとボーイッシュなところがあったのですよ。 それとは対照的に恵美子さんは、とっても女の子らしくて静かな控えめな女の子でしたね。

つまり、そういう、おしとやかな所にデンマンさんは惹かれたのですか?

今から思い返せば、多分、そういうことになるのでしょうね。 恵美子さんも島澤さんも頭の良い子で中間試験や期末試験では1学年350人の内で15番以内に入っていましたよ。

成績順に名前が貼り出されたのですか?

そうです。 だから二人とも県立熊谷女子高校に入学したのです。 埼玉県の県北で頭のいい女の子は、当時、熊谷女子高校に行くものと決まっていたようなものでした。

絹子さんやデンマンさんがオナペットにしていた悦子さんはどうだったのですか?

やだなァ〜。。。小百合さんは、そんなことまで覚えているのですか?

だってぇ、ネットでそこまで告白する人は居ませんもの、覚えていますわよ。

あのねぇ〜、絹子さんと悦子さんというのは家が近かったせいもあって親友同士だったのですよ。 頭も悪くなかった。 学年で20番以下に下がったことはなかったのだけれど、二人とも行田女子高校に入学したのですよ。 受験すれば熊谷女子高校にも受かっていたはずです。

どうして熊谷女子高校を受験しなかったのですか?

熊谷女子高校は進学校だったから両親に負担をかけたらいけないと思って、卒業すれば就職することの多い行田女子高校に入学したようですよ。

それで絹子さんも悦子さんも高卒で就職したのですか?

絹子さんは高卒で埼玉銀行に入行し、悦子さんは夜間部の大学に通いながら働いて東京都の公務員の試験を受け、現在は東京都庁で上級幹部になっているようですよ。

あらっ。。。すごいではありませんか!

悦子さんは行田女子高校時代には生徒会長をやって、絹子さんは言わば“副会長”として悦子さんの右腕として、当時の学生紛争の時代にだいぶ騒いだらしいのですよ。

あらっ。。。全学ストなどやらかしたのですか?

詳しいことは知らないけれど、クラス会をやった時に絹子さんが、そのような事を話していました。

それで島澤さんは熊谷女子高校を卒業されてから、どうなさったのですか?

もちろん大学にいったのだけれど、音楽大学ではなくて普通の大学だったらしい。

。。。で、その後どうされたのですか?

あのねぇ、そのクラス会のときに島澤さんの事が話題になったのですよ。 実は室田さんと島澤さんは親しくしていたらしい。

あらっ。。。行田の「とんでん」で開かれたというクラス会ですか?

そうです。。。小百合さんは良く覚えていますね。

私もデンマンさんと一緒に行田の「とんでん」でおそばを食べたことがありますわ。 懐かしいのでよく覚えていますわ。







これが「とんでん」の店内の概略図なのですよう。 絹子さんは店の一番奥の畳席Aを確保してくれたのですよう。



デンマンさんと私でお蕎麦を食べたのはちょうど反対側のテーブルでしたわね。

おおォ~。。。小百合さんも覚えていましたか? 忘れているだろうと思って、僕は手間をかけて上の概略図を描いたのですよう。 覚えていたのなら、描く必要はなかったのだけれど。。。

デンマンさんが“B”とマークしたテーブルですわよねぇ。

そうですよう。。。小百合さんが覚えているなら、描くことはなかったなあァ~。。。上の図を描くのに1時間もかかったのですよう。。。でも、日時までは覚えてないでしょう!?

覚えてませんわ。

小百合さんにも懐かしいだろうから、その時のメールをここに書きだしますよう。



件名:おはよう!昨日はお袋を見舞った後で、

叔母と「つるや」で手打ち蕎麦を食べました。

きゃはははは。。。♪┌(・。・)┘♪




日付: Sun, 01 Nov 2009 12:32:49 +0900
差出人: "denman@coolmail.jp"
宛先: "sayuri@hotmail.com"
CC: "barclay1720@aol.com"


10月30日の金曜日は盛りだくさんの一日になりました。
僕の実家の近くにある「とんでん」で食べた“茶蕎麦”はメチャうまかった。
10年ほど前に親父がまだ生きていた頃、両親と一緒に食べた茶蕎麦の味でした。



本当に懐かしかった。
小百合さんは伝統的な昔ながらの蕎麦を食べたけれど、今度は、ぜひ僕の好物の茶蕎麦を食べて行田の思い出を懐かしんでね。

蕎麦を食べてから「古代蓮の里公園」へ行って直売店で行田市で取れるいろいろな野菜やお土産物を見たけれど、改めて行田の豊かさを感じましたよう。

“ふるさとは遠くにありて思うもの”

うん、うん、うん。。。室生犀星の言葉だけれど、
こうして故郷にやって来ると改めて故郷の豊かさに気づきます。
小百合さんと一緒に古代蓮の神秘的な花を見ながら語り合えたら、さらに幸せな気分に浸ることができたかもしれません。
残念ながら古代蓮の花は咲いてなかった。
8月だけでなく、秋にも咲く古代蓮を作れないものか?





もし、秋に古代蓮が咲いているなら、
今度は古代蓮を見ながら“Hよりも感じるハグ”をして
再会を喜び合いたいものです。

\(^ヮ^)/ ギャハハハハ。。。

じゃあね。

(V__/)
(+'.'+)
(")_(")







『心のぬくもりを感じさせる医療』より
(2009年11月2日)




去年(2009年)の10月30日だったのですよう。



それはそうと。。。デンマンさんの隣に座っていたのは金沢さんですよね。

そうですよう。

デンマンさんのことですから両手に花だと思うのですけれど、デンマンさんを挟んで金沢さんと反対側に座っていたのが絹子さんなのですか?

いや、違いますよう。 反対側には誰も居なかったのですよう。





僕は、こうして隅っこに座りながら同窓会を楽しんでいたのです。 絹子さんが今年(2010年)の10月11日に電話をかけて寄こしたのです。



デンマンさんに絶交を言い渡すために電話したの?

まさか!。。。「今年もまた、幾人かで集まってぇクラス会をやりませんか?」。。。そう言ったのですよ。。。2年前にやったばかりだと思っていたけれど、もう3年前になる。。。月日の経つのは早いものだなァ、と思いました。

。。。で、またデンマンさんの実家の近くの“とんでん”でクラス会をやることにしたのですか?






そうなのです。 10月23日の土曜日に、僕も含めて8人が顔を合わせたのです。



3年前と同じ顔ぶれでした?

いや。。。畳屋の古田君と絹子さん以外は皆、違う顔ぶれだったのです。 僕を含めて男は3人。 残りの5人は女性。

。。。で、中学生時代の、デンマンさんの恋人は出席したのですか?

いや。。。残念ながら恋人と呼べるような人は、女性陣の中に居なかった。 僕の隣に座った女性の顔が思い出せなくって「どなたでしたっけぇ〜?」と尋ねたほどですよ。

それは失礼ですわ!

しかたがないですよ。 全く見覚えのない顔なのですよ。 20年以上会ってないのだから。。。

多分、デンマンさんが不躾に尋ねたものだから、その女性は内心では気分を害していたと思うわ。。。それで、その女性は何と答えたのですか?

「金沢ですぅ」と言ってニコッとしたのですよ。。。僕は中学時代のクラスの女性の中から“金沢”と言う名前とイメージを結び付けようと必死で記憶の中から手繰(たぐ)り寄せた。

。。。で、すぐにイメージが浮かんできました?

僕の知っている金沢さんというのはテニス部に入っていたのです。





上の写真の中のどの人が金沢さんですの?



下の列の向かって左から2番目の女性ですよ。

あらっ。。。可愛い感じの人ですわね!?

でしょう!?。。。澄ましている時の写真は次のような表情ですよ。





この上の写真が澄ましている時の金沢さんですか?



そうです。。。きれいな人でしょう!?

この写真、わたし、どこかで見たことありますわ。。。確か。。。確か。。。小笠原玲子さんと同じ写真でしょう?

あれっ。。。案外記憶が鋭いのですねぇ。。。そうですよ。 玲子さんの写真ですよ。。。でもねぇ、金沢さんが澄ましている時の顔ってぇ、マジで玲子さんに似てるのですよ。

。。。で、デンマンさんは金沢さんのことが好きでしたの?

いや。。。好きだと言うよりも、金沢さんは言わば“グラドル”的存在でした。。。僕以外にも金沢さんをアイドル的に慕っていた男子学生がたくさん居たと思うのですよ。 僕は2年6組の時にも、3年5組の時にも金沢さんと一緒のクラスだったのです。 しかも、2年6組のときの教室の目の前がテニスコートでした。 今でも金沢さんが颯爽(さっそう)と白いユニフォームを着てラケットを振る姿が目に鮮明に浮かぶのですよ。

マジで。。。?

もちろんです。。。風が吹いてスカートがフワッと浮いて白いパンツが見えたりすると、僕はもう胸をときめかせながら、瞬(まばた)きもせずに見とれたものです。 うししししし。。。





デンマンさん!。。。デンマンさんは、やっぱりパンツフェチですわねぇ〜!



小百合さん!。。。人聞きの悪い事を言わないでくださいよ。 ただ、それだけのことでパンツフェチと決め付けて欲しくないですね。。。男なら誰だってぇ、お気に入りのアイドルのパンツが見えたりすれば、胸がドキドキしてくるものですよ。

それで、デンマンさんの隣に座った人が、その金沢さんでしたのォ〜?

だから、その時、僕は白日夢から現実に引き戻されたように、隣の女性をマジマジと見詰めたのですよ。。。イメージ的には何もかも違っているのですよ(苦笑)。。。体の大きさといい、プロポーションといい、何から何まで違っているという印象なのですよ。

つまり、金沢さんという名前の人はたくさん居たという事ですか?

僕の立場に居たら、誰でも、そう思ったにちがいない!

。。。で、実際にはどうでしたのォ〜? 金沢さんという名前の女性は4,5人居たのですか?

僕も、当然そう思ったのです。。。だから、一生懸命になって遠い昔の記憶から金沢さんという名前の女性を思い出そうと必死になった。

それで。。。実際は、どうでしたのォ〜?

いくら考えたところで埒(らち)が開かないと思ったから、僕は隣の女性に、また尋ねたのですよ。

なんてぇ〜。。。?

「あのォ〜。。。もしかすると。。。ひょっとして。。。テニス部に居た金沢さんですか?」 僕は、思い切ってこのように聞いたわけですよ。

そしたら、その女性はなんと答えたのですか?

ニッコリしながら頷(うなず)いたのですよ。

マジで。。。?

僕はマジでビックリしましたよ! だけど、絶対に表情に出さないようにと細心の注意を払いました。。。それが、女性に対する最大の思いやりだと思ったから。。。(微笑)




『足袋とまんじゅう』より
(2010年11月27日)




小百合さんは、どうでもよい事を本当に良く覚えていますねぇ〜!



この時のお話はとっても印象に残りましたから。。。それで室田さんから島澤さんの事でどのようなお話が聞けたのですか?

あのねぇ〜、金沢さんがグラドルから、小太りのごく普通の中年のおばさんになっていたというのは僕にはマジで驚きでしたよ。

。。。で島澤さんは、もっと変わってしまったのですか?

そうなのですよ。 

どのように。。。?

それがねぇ〜。。。亡くなったというのですよ。

マジで。。。?

癌だったそうです。 何癌だったか忘れてしまったけれど。。。

あらっ。。。本当に。。。?

やっぱり。。。何と言うか。。。運命というか。。。月日の流れというか。。。人の世は判らないものだと、しみじみと感じましたよ。。。


【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
そうですわよね。 20年以上も会わなければ、人それぞれにさまざまな人生模様を織り成していますわよね。
あたくしにも想像がつくのでござ〜♪〜ますわァ。
でも、亡くなった方が出てくるというのは悲しいことですわね。

あたくしの同窓会でも亡くなった方のお話が出てきましたが、
今のところ病気で亡くなった方はおりませんわ。
飛行機事故で亡くなった方が一人おります。

とにかく、あなたはご病気にもならず
交通事故にもあわずに元気でお過ごしくださいね。

次回も興味深いお話になりそうですわ。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ。






ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』



■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』


■ 『今すぐに役立つホットな情報』

『夢とロマンの横浜散歩』

『愛とロマンの小包』

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『銀幕の愛』



『パリの空の下で』

『愛の進化論』

『畳の上の水練(2011年3月15日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『アナクロニズム(2011年3月27日)』





こんにちはジューンです。

“蓼食う虫も好き好き”

日本語にはこのような諺がありますよね。

他に草があるにもかかわらず

辛い蓼(タデ)を食べる虫も居るように、

人の好みは様々で、

一般的には理解しがたい場合もある。


このような意味ですわ。

確かに、そうですわよね。

「冷し中華」を1年中食べても飽きない人も

いると思いますわ。

わたしは「冷し中華」はイマイチです。

どちらかと言えばフランス料理や

イタリヤ料理の方が好みに合います。

映画もそうですわよね。

人によって好みはさまざまです。

さて、英語で上の諺は何と言うのでしょうか?

考えてみたことがありますか?

次のように言います。

There is no accounting for tastes.

分かりますよね。

味の好みについては

誰にでも理解できる

決まった説明などないのよ。


意訳すればこのような意味です。

その通りだと思うでしょう!?



ところで、英語の面白い記事を集めてみました。

時間があったら次のリンクをクリックして

読んでみてくださいね。

■ 『あなたのための愉快で楽しい英語』



 『あなたもワクワクする新世代のブログ』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





2010年04月26日

懐かしい別れの朝

   
懐かしい別れの朝





Subj:小百合さん、おはよう!

今日も地球は生きている!

きゃははははは。。。




Date: 20/04/2010 11:20:57 AM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間:4月21日(水)午前3時20分
From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
CC: barclay1720@aol.com



件名:はい 間があきました

体調は マズマズです。

でも、良くはない




差出人: "sayuri@hotmail.com"
受取人: "denman@coolmail.jp"
日付: 10/04/19 09:57


誰にでも長い人生には起伏があるものですよう。

人間万事塞翁が馬!

よい事があれば悪いこともある。
でも、悪いことばかりは続かないものです。

じっくりと考えてみれば、悪いことも、不幸なことも、
その後にやって来る良い事、幸せな事をもたらすために必要なものです。
そう考えれば、頑張る気持ちがわいてきます。

そういう考えが日本人の多くの人に持てないから、12年連続で
日本には自殺者が3万人以上いるのです。




そうですね、後で話しますけど、
次男坊の高校の件で
気持ちが今までとは違う、


分かります。分かりますよう。
日本では“ゆとり教育”が失敗したからね。

そもそも、“心にゆとり”のある先生が居ないから、“ゆとり教育”ができるわけがない!
そのようなしわ寄せが、小百合さんの次男坊に降りかかる。
それで、先生方が次男坊を煙たがる!

次男坊だけの問題ではないのですよう!
日本の問題です!!!
先生の質の問題です!




心配や不安でパソコンも開かなくなり。
色々言うとブログになるし
誰にも相談できず愚痴も言えなかったです


でも、こうして僕に返信を書いてくれたので、僕は天にも昇る幸せな気持ちですよう!



きゃはははははは。。。
小百合さん、万歳!

小百合さんと家族の幸せを考え、心配しているデンマンが居るということを心に留めておいてね。
小百合さんは自殺するようなことは99%無いと信じていますけれど。。。(微笑)

“災い転じて福となす!”

何事もこれに尽きます!
すべてのことを人生の肥(こ)やしにして、一度しか生きられない人生をルンルン気分で送るべきです!
きゃははははは。。。




いい方行にむかっていればと願うけど、
私の運は使い果たしたようで
まあ 生きていますから
今年の桜は観ていない
デンマンさんも元気でね
また後で…


はい、はい、はい。。。
愚痴を言っても始まりません!

たまには、小百合さんも自分にご褒美を上げてね。
そして、大長寺の桜でもゆっきり、のんびり、まったりと、僕の分まで見てきてね。
僕と一緒に眺めると思って、きゃははははは。。。と言いながら楽しく眺めてきてね。

“笑う門(かど)には福来る!”

小百合さんがルンルン気分にならないと、家族もランラン気分になれないものですよう!
そう言う訳だから、時間があったら4月20日の記事を読んでみてね。





『愛の小包とはてなダイアリー』

(2010年4月20日)


きゃははははは。。。
じゃあね。






デンマンさんは、また私のメールを持ち出してきて、私生活を晒すのですか?



あのねぇ〜、この記事に出てくる小百合さんのメールには、小百合さんの私的な生活が映し出されているのではなくて、日本の病んでいる姿が映し出されているのですよう。

つまり、私の家庭も病んでいるとデンマンさんはおっしゃるのですか?

あのねぇ〜、腐ったリンゴのカゴの中に入っているきれいで旨そうな一個のリンゴは、たくさんの腐ったリンゴの中に混ざっていると、遅かれ早かれ腐ってくるものですよう。

要するに、日本全体が「腐ったリンゴのカゴ」だとデンマンさんは断定なさるのですか?

いけませんか?

そのような過激な事をネットで公言すれば、国粋主義的な右翼の殺し屋にデンマンさんは殺されますわよう。

あのねぇ〜、僕は決して過激なことを言っているのではないのですよう。

つまり、根拠に基づいて、そのような共産主義にかぶれたような事をデンマンさんは、おっしゃるのですか?

僕だけじゃなくて、ジューンさんも次のように言っていたのですよう。




こんにちは。ジューンです。

確かにカナダには

個性的な人が多いと思います。

私が日本に滞在したのは

これまでのすべての日数を合計しても

1年にはなりませんけれど、

日本で一番印象に残っているのは、

制服ですよね。

女子高生も男子高校生も

制服を着ているでしょう。

カナダでも一部の私立学校が

制服を義務づけていますが

きわめてまれです。

圧倒的に個人の自由です。

わたしは制服を見た時に、

日本とカナダの教育の違いに

気づいたものでした。

つまり、日本では画一化された学生を

多数育てているように思えたのです。

カナダ人が金メダルを14個も獲得した

背景には個性的な人間を育てる教育が

あるのではないでしょうか?



個性的な教育とは?

本当の“ゆとり教育”とは?

無気力な人には

やる気を起こさせるような教育。

やる気のある人には、

その人の才能と技術を伸ばしてあげる教育。

わたしは、そんな風に考えていますが、

あなたは、どう思いますか?

ところで、英語の面白い話を集めました。

時間があったら覗いてみてください。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。







『軽井沢タリアセン夫人の憂鬱』より
(2010年4月8日)




つまり、日本の「ゆとり教育」が完全に失敗したと、ジューンさんに言わせるようにして、デンマンさんは右翼の殺し屋の弾丸から逃れようとするのですか?それは卑怯だと思いますわ。



やだなあああァ〜。。。、今度は、小百合さんは僕を卑怯者呼ばわりするのですか?

だってぇ〜、デンマンさんは、まるで日本を愛している国粋主義者に断固として挑みかかろうとする態度を見せているのですわ。

小百合さんは、ちょっとばかり過激に反応していますよう。僕は、穏やかに話を進めたいのですよう。

でも、日本を愛している国粋主義者や右翼の人たちが聞いたら、デンマンさんの言い方にマジでムカつくと思うのですわ。

ムカついて、僕を殺そうとする。。。小百合さんは僕を脅(おど)して口を封じようとするのですか?

いいえ。。。私はデンマンさんのためを思って言っているのですわ。

でもねぇ、言論の自由は大切ですよう。僕は自分が正しいと思っている事を、日本語が分かる世界のネット市民の皆様に広く伝えたいのですよう。それに、次のような格言だってありますよう。


 
 
“言論は武器に勝る武器である!”
 
 
涼しい顔をなさって、デンマンさんが得意げに、そのような事をおしゃっても国粋主義的な右翼の殺し屋に一発弾丸を打ち込まれれば、デンマンさんの命など簡単に消えうせてしまうのですわァ。



やだなあああァ〜。。。、小百合さんは。。。、小百合さんは。。。、どうしても国粋的な右翼の殺し屋を持ち出してきて、僕を脅そうとするのですね?

いいえ。。。私はデンマンさんを脅そうとしているのではありませんわ。デンマンさんのお命を大切にしてくださいと申し上げているのですわ。

だから、それが脅しですよう。。。小百合さんは、いつから国粋主義的な右翼の味方になったのですか?

このような殺し屋のことよりも、デンマンさんは何がおっしゃりたいのですか?

小百合さんへのメールに書きました。読んでみてください。



Subj:小百合さん、

元気でお目覚めですか?

きゃははははは。。。




Date: 21/04/2010 12:33:32 PM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 4月22日(木)午前4時33分
From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
CC: barclay1720@aol.com


気持ちの持ちようですよう!
母親がビビッテいたり、心配していたり、冷たい表情を浮かべていたら、子供たちは萎縮してしまうからね。
母親は、大きな気持ちで、どっしりと構えて、いつもニコニコしていた方が絶対に子供たちには好い影響を与えることができます。

僕は漱石の孫の房之介さんが書いた本を読んで漱石夫人の鏡子さんを見直しました。
鏡子夫人は物に動じない、おおらかな気持ち、どっしりとした気持ちを持っていたというのを読んで、知られざる鏡子夫人の一面を見たと思いましたよう。
彼女は悪妻で通っていた人だからね。

漱石は精神的にはかなり不安定な人で、子供にも暴力を振るったことがあった。
今で言えば児童虐待ですよう。
そのような場面が本の中に幾度も出てくるのです。
鏡子夫人は、どっしりと構えた慈母のような、大地の母のような人だったからこそ夏目家はもったのだと孫の房之介さんは書いている。

母親と言うのは、いつも、そうであって欲しい。
子供をいつも守ってあげる存在であって欲しい。

カラスの巣で母カラスが今日も辛抱強く卵を温めていますよう。
父カラスが、ついさっき餌を運んできたのか?飛んできたけれど、餌を運んできたようには見えなかった。
嘴(くちばし)には餌のようなものは何も無かった。
母カラスの様子を見にやってきたのか?
餌がなかなか来ないと心配しないように、報告のために、途中で母カラスの様子を見にやってきたのかな?

カラスのような小動物でも、本能的に子供のために一生懸命なのですよね。
あと10日もすれば雛が孵(かえ)るような気がします。
僕も、なんだか応援しながら見ていて、楽しみにしているのですよう。
きゃははははは。。。

小百合さんが子供のために頭を痛め、心を痛めているのがよく分かります。
でもねぇ、腐ったりんごのカゴの中に居たら、他のりんごだって腐ってゆくのですよう。

だから、小百合さんだけは、最後まで子供の味方でなければならない!
「ゆとり教育」は失敗して、現在の教育制度は、言ってみれば腐ったりんごがいっぱい詰まったりんごのカゴです。
むしろ、小百合さんの次男坊こそ、正常な神経も持っているのかもしれない!
きゃははははは。。。
そう考えてあげてね。



では、いつものように、小百合さんが軽井沢タリアセン夫人として、ぼくと“今一つの世界”で大長寺の桜を見ながら、あの白いテーブルに座って、楽しく笑いながら過ごせるように祈っていますよう。
きゃははははは。。。

たまには気分を変えるために僕が書いた4月21日の記事でも読んでみてね。



『愛に萌える肌 (2010年4月21日)』

じゃあね。






Subj:小百合さんのために書いた

「愛のしおり」を読んで

癒されてね。

きゃははははは。。。




Date: 22/04/2010 1:09:41 PM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 4月23日(金)午前5時9分
From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
CC: barclay1720@aol.com


カラスの雛がそろそろ孵(かえ)ると思うのですよう。
今朝起きて巣を見たら母カラスがせっせと巣の中を整えていましたよう。
おそらく卵の周りに小さな木屑(きくず)を集めて、なるべく暖かい空気が逃げないようにしているのでしょうね。
本当にせっせ、せっせと言う感じで、一生懸命でしたよ。
本能とはいえ、母カラスは生まれてくる子カラスのために一生懸命になっているのですよう。
母性本能ってすごいよね。

小百合さんが次男坊のために、いろいろと心を痛め、心配しているのも、うなづけるのですよう。



でもねぇ、バンクーバーには、このような都会にも街路樹がたくさんあって、すぐそばにはスタンレーパークがあって、自然には恵まれているのですよう。
東京の六本木に巣を作っているカラスが見えるマンションがあるのか?
無いでしょうねぇ。

つまり、バンクーバーのカラスは幸せなのですよう。
なぜなら、巣を作れるような街路樹がたくさんあるから。。。

小百合さんの次男坊はどうか。。。?

日本のゆとり教育は失敗して、心にゆとりのある先生も居なければ、心にゆとりのある生徒も居ない。。。

そのような、すさんだ環境の中では、山の家で自然に恵まれながら、すくすくと個性的に育った次男坊は、腐ったりんごのかごの中に居るような違和感を感じる。
それで、心にゆとりの無い先生や、心にゆとりの無い生徒に疎外されてしまう。

つまり、問題は次男坊の個人的なものではなくて、学校そのもの、教育そのもの、教育環境に問題があるのですよう。

そう考えて、小百合さんは次男坊を温かく見守ってあげる必要がありますよう。







小百合さんはバーナビーの山の家の生活を忘れてしまっているので、問題の本質がなかなか見えないようだけれど、日本の教育に問題があるのです。
腐ったりんごのカゴの中に居たら、遅かれ早かれ、かごの中のりんごはみんな腐ってしまうのです。

次男坊の個性をカラスの母親のように一生懸命に大切にしてあげてね。
きゃははははは。。。

じゃあねえ。

5月になったら、小百合さんは、自分にご褒美を上げて、大長寺の桜でもゆっくりの眺めに行ってね。
そして僕の分まで眺めて、大仏の前の白いテーブルに座って、僕と一緒にいるつもりになって(きゃはははは。。。)夢とロマンのある軽井沢タリアセン夫人の人生のことを考えてね。

うしししししし。。。

では、小百合さんのために書いた記事を読んでね。



『愛のしおり (2010年4月22日)』

バ〜♪〜イ!






「愛のしおり」を読ませてもらいましたわ。



小百合さんはマジで読んだのですか?

ウソなど言いませんわ。。。で、早い話がデンマンさんは何がおっしゃりたかったのですか?

あれっ。。。小百合さんは上の記事を読んだのでしょう?

でも、いつものように記事が長すぎてぇ、最後まで読むうちに最初の部分を忘れてしまいましたわ。うふふふふふ。。。

あのねぇ〜。。。、僕の記事は最後まで読むうちに最初の部分を忘れてしまう程長くはないのですよう。大河小説ではないのだから。。。

確かに、大河小説ほど長くはありまえんけれど、一般の読者にはデンマンさんの記事は長すぎるのですわ。長い記事を書けば良いと言うものではありませんわ。

分かりました。じゃあ、僕の思っていることを端的に言います。日本の「ゆりと教育」は完全に失敗してしまったけれど、小百合さんまでが“ゆとり”を失う必要はないのですよう。

私が“ゆとり”を失ったと、デンマンさんはおっしゃるのですか?

そうですよう。最近の小百合さんは、子供のことで余りにも心配するあまり“心のゆとり”を忘れていますよう。

そうでしょうかしら?

そうですよう。今から2年前。。。。小百合さんには、もっと心にゆとりがありました。次のメールを読んでみてください。
 




Subj:3月19日

あの曲を聴いたら

寂しくなりました。


Date: 18/03/2008 5:49:34 PM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 3月19日 午前9時49分
From: fuji@adagio.ocn.ne.jp
To: barclay1720@aol.com


映画音楽っていいですね。
本当にデンマンさんが歌ってくれてるようでした。

あの日本の景色が動画になってる曲は
日本人もカバーして 昔 歌ってましたね。

私があまりにも子供の頃で良く覚えてない。
デンマンさんは大人で素敵な人と映画でもいってたでしょうね。

でもあの曲を聴いたら寂しくなりました。
今 朝なのに気持ちは夕方 

朝 コーヒーを飲み、YAHOOファイナンス外国為替情報で
カナダ$ をチェックして
100円を割らないで欲しいと願って!

メールの返信を打って、
1日のスタートが始まるのだけど、

ところで、たらの芽 ふきのとう が出始めました。
クレソンは まだでした。

山には4本桜があります。
1本は 色の濃い 八重桜です。



ぜひ この次 山小屋に来てください。

時間があったら 軽井沢にも…


今日は税金の事、実家の相続の事で出かけます。

ノー天気? 脳転記?
主人が私に良くいうけど何なの?
どうゆう字を書くのか 知らない全然

いい意味でないのは分かってますが・・・

小百合より






『別れの朝 (2008年3月21日)』より




どうですか?。。。思い出したでしょう?



そうですわね。このようなことを書いていたのですわね。

このメールを書いていた時には、小百合さんは、結構ロマンチックな気分だったのでしょう?

いいえ。。。とりわけロマンチックな気分ではありませんでしたわ。。。第一、私はデンマンさんからロマンチックなメールをもらったことがありませんものォ〜。

やだなあああァ〜。。。、小百合さんは忘れてしまったのですか?

何を。。。?

何おってぇ〜、僕の“心のゆとり”を小百合さんにみせたのですよう。うしししし。。。

いつのことですか?

いつのことですかってぇ〜。。。つい最近の事ですよう。。。。確か、今年の3月31日ですよう。

デンマンさんが私に“心のゆとり”を見せてくれたのですか?

見せましたよう。

私は、そのような不真面目なモノを見ていませんわ。

やだなあああァ〜。。。何を言ってるんですか!。。。不真面目なモノではありませんよう。僕は真面目になってぇ、萌える“心のゆとり”を。。。この溢(あふ)れるような“愛のゆとり”ちを小百合さんに告白したのですよう。

いやですわァ。。。また、デンマンさんは夢を見たのですか?うふふふふふ。。。

やだなあああァ〜。。。、夢ではありませんよう。。。。妄想でもありませんよう。

だったら、その証拠を見せてくださいな。

分かりました。じっくりと、読んでみてください。



 
 
白銀の


ロマン舞い散る


軽井沢


きみの面影


シャレードの中に




 
 
by デンマン
 
 
2010-03-31 14:41




『軽井沢タリアセン夫人と麺職人』より
(2010年4月2日)




あらっ。。。これってぇ、短歌でしょう?



そうですよう。。。“愛のゆとり”の短歌ですよう。。。つまり。。。、つまり。。。、僕の溢れるような心のゆとりが短歌になったのですよう。うししししし。。。だから、小百合さんも、もっと心にゆとりを持ってくださいね。


【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
あなたは、マジで白けたでしょう?
あたくしも半分呆れましたわ。
でも、デンマンさんは、自分では真面目なつもりでやっているのでござ〜♪〜ますわ。
笑えるでしょう?
うししししし。。。

とにかく、あさっては興味深い話題になるとおもいますわ。
だから、あなたも、これに懲りずに、また明後日、読みに戻ってきてくださいましねぇ。
では。。。



 
メチャ面白い、

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『また、オマエか! (2009年7月3日)』

『成りすまし馬鹿 (2009年7月5日)』



『バンクーバーの寒中水泳』

『大阪の歴史馬鹿(2009年9月22日)』
 
『「蒲団」と「田舎教師」(2009年9月24日)』

『卑弥子さんの存在感(2009年9月26日)』

『ロマンとデジャヴ(2009年9月28日)』

『夫婦風呂(2009年9月30日)』

『露悪趣味(2009年10月2日)』

『カプリ島と香水(2009年10月10日)』

『小百合さんの香水10月14日)』



『プッタネスカ(2009年10月18日)』

『国敗れて山河あり(2009年10月22日)』

『鰻重と阿波踊り(2009年10月26日)』

『人のための医療(2009年10月30日)』

『病める日本(2009年11月5日)』

『住めば都(2009年11月15日)』

『猫ちゃんの出迎え(2009年11月17日)』

『名物先生(2009年11月19日)』

『ぶんぶく茶釜(2009年11月21日)』



『ゴダイヴァ夫人のチョコ』




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RSSリーダーがどういうものなのか?

よく分からない人は次の記事を

ぜひ読んでみてください。

『床上手な女とRSS』



ところで、英語の面白いお話を集めてみました。

もし、時間があったら読んでみてくださいね。

■ 『あなたのための 楽しい英語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

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じゃあね。





2010年04月08日

軽井沢タリアセン夫人の憂鬱

   
軽井沢タリアセン夫人の憂鬱





Subj:小百合さん、おはよう!

夕べは小百合さんの肉声を聞いて

生きていることの喜びを

かみしめましたよう!

きゃはははは。。。




Date: 01/04/2010 12:52:37 PM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 4月2日(金)午前4時52分
From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
CC: barclay1720@aol.com


小百合さんの声を聞いて生きていることの喜びをかみしめた、と僕が言うと、次のような返事が返ってくるでしょうね。




いつもオーバーですね。

「ルンルン気分で、

きゃはははは。。。」と言うのと

変わりがないわよう!

日本に居ると、

毎日ルンルン気分でなんて

居られないわ。


小百合さんは、そう思ってしまうかもしれないけれど、でもねぇ、3月31日の「軽井沢タリアセン夫人とどん兵衛鴨だしそば」それに、4月1日の「軽井沢タリアセン夫人と麺職人」を読んでみてね。
小百合さんは生き生きとルンルン気分で生きていますよう。

『軽井沢タリアセン夫人と

どん兵衛鴨だしそば』


(2010年3月31日)



『軽井沢タリアセン夫人と麺職人』

(2010年4月1日)


今の小百合さんは、役所のヤらしいおっさんのために、うんざりとした生活を送っている。
まさに日本の腐った社会の中に、どっぷりと浸(つ)かって暮らしている。
小百合さんは選択の道がないので、仕方なく日本に居ると思っているようだけれど、どの人の人生にも、必ず問題があるものです。
そういう問題や“しがらみ”を何とか片付けて、自分の生活の場を定めている。
それが僕にとってバンクーバーなのです。

バンクーバーに暮らしている日本人をたくさん知っているけれど、やっぱり、誰もが、それなりの“しがらみ”を持っている。
でも、人生は一度だ!と決心してバンクーバーに生活の場を決めている。

僕の目には、小百合さんが、わざわざ腐ったりんごのカゴ(日本)の中に戻ってしまったように思える。
そして、役所のヤらしいおっさんにいじめられている!

日本の教育制度やスキーやスケートや、スノボをするにも金がかかる仕組み。
好きなことが自由にできない日本の社会。





カナダの人口は、おそらく日本の5分の1以下でしょう!
でも、好きなことができる社会になっている。
いい学校を出ていなくても、まともに暮らせる社会になっている。

スノボが好きな人は、十分に時間をとって、お金もかからずにスノボをすることができる。
日本のように、いい学校に行き、いい会社に勤めようとすれば、そうはゆかない!

カナダには自由がある。
だから、日本の人口の5分の1ぐらいしか人が居ないのに、冬季オリンピックで金メダルが14個も取れる!
そういうカナダ人が育っている。



日本はどうか?
経済的にはカナダよりも豊かかも知れないけれど、文化的にも、精神的にも、スポーツの面でも、教育の面でも貧困ですよう!
しかも、生き生きのびのび暮らせる生活の場がない!
小百合さんがカナダに居れば、ルンルン気分で暮らせるのに、今の小百合さんは過呼吸になって、うんざりしている!

最近の小百合物語の中の小百合さんを見てください。
生き生きしている小百合さんだ出てくる!

でも、小百合さんと夕べのように電話で話ができる幸せが残っていることを僕は本当に喜んでいますよ。
これも、神様が居るならば、神様が僕を小百合さんに回(めぐ)り逢わせてくれたのですよ!
その感謝の気持ちで小百合物語を書いているのです!
きゃはははは。。。



だから、小百合さんも時間があったら小百合物語を読んでみてね。
僕の感謝の気持ちを感じ取ってね。

小百合さん、ありがとう!
軽井沢タリアセン夫人、万歳!






デンマンさんは、マジで感謝しているのですか?



もちろんですよう。

だったら、あまり日本の悪口を言わないでくださいな。

どうしてですか?

日本が大好きな日本人もたくさん居るのですわ。

もちろん、分かっていますよ。僕だって日本が好きなのですよう。

そうでしょうか?

やだなあああァ〜。。。、小百合さんまでが、僕が日本を破壊しようしている、と思っているのですか?

だってぇ、腐ったりんごのカゴ(日本)なんて書いたら、誰もデンマンさんが日本を愛しているなんて思いませんわァ。

あのねぇ〜、日本を愛しているから、僕は批判しているのですよう。

マジで。。。?

もちろんですよう。小百合さんも僕の座右の銘を知っているでしょう!?

“批判のないところに進歩なし!”

“愛なき批判は空虚にして

 批判なき愛は盲目なり”


ええ。。。目にタコができるほど読まされていますわ。うふふふふふ。。。

だったら、僕が日本を愛していると言うことを分かってくださいよう。僕は次のように書いていたのですよう。小百合さんも読んだでしょう!




件名:おはよう!久下橋から

富士山がきれいに見えました。

すばらしい!

きゃはははは。。。♪┌(・。・)┘♪




日付: Tue, 27 Oct 2009 12:00:17 +0900
差出人: "green@infoseek.jp"
宛先: "domini@yahoo.co.jp"
CC: "barclay1720@aol.com"


今朝は8時半に行田中央病院へお袋の入院手続きに行ってきました。
昨日午後3時半頃、お袋の様態が急に悪くなったのです。
遅い昼食を食べきらないうちにテーブルにうつぶせになっていたのでした。
食べることしか生きる楽しみがなくなったお袋にしては異常なことだと思って、うつ伏せてじっとしているお袋の肩を揺らしたのでした。
意識はあった。
でも、顔色が悪く、いつもと違うメチャゆっくりとした言葉遣いに、脳障害でも起こしているのではないかと思って。。。
最悪、脳梗塞の前兆か?
そう思ってすぐに救急車を呼びました。
マジでビックリしましたよう。
今年に入って3度目の救急車。
今回は帰省していた僕が生まれて初めて、付き添いで救急車に乗ったのでした。

命に別状は無さそうだけれど、お袋はいつ逝ってもおかしくない年です。
検査の結果、特に異常は認められないと言う事でした。
「ネット喫茶ミルミル」でブログを書き終えたら再度病院へ行って診断結果を詳しく聞こうと思います。

病院を8時50分に出て久下橋に向かいました。
台風20号の影響(後遺症)かどうか?風が強かった。
でも、上空には雲はほとんどなかった。
西の甲府方面にも雲はほとんどなく富士山がくっきりと見えました。
今回、帰省して初めて見る富士山でした。
素晴らしい!

真っ白に雪をかぶって、白一色の富士が肩から上をのぞかせているという風情でした。
やっぱり、富士山のきれいな姿を見ると、ホッとしますね。
お袋も、また元気に回復するような気がしました。
吉兆です。

今度は小百合さんときれいな富士山の姿をぜひ一緒に見たいですよう。
\(@_@)/ キャハハハ。。。



“国敗れて山河あり!”
 
富士山はいいね。
やっぱり日本の自然は素晴らしい。
日本の政治が駄目でも、日本は僕のふるさとですからね。
ふるさとは、やっぱり素晴らしい。
この素晴らしさだけは、政治が駄目でも存続してほしい。

残念ながら、現在の日本は歪(ゆが)められ、病(や)んでいる。
テレビを見ていても悲惨なニュースは後を絶ってないよね!

自殺者は1年に3万人以上!

平成20年の自殺者は、

3万2249人と

11年連続で3万人を超えた。




10月19日には、18歳の少女がヨットスクールの屋上から飛び降り自殺した。
派遣切りに合い、仕事がなくなって、生活保護も受けられず
30代の男が一人さびしく餓死をした。

この男のことを10月8日にNHKの「クローズアップ現代」が取り上げていましたよう。
「“助けて”と言えない〜いま30代に何が」
見ていて本当に悲惨な事件だと思いましたね。
働き盛りの30代が餓死している現状。

昨日(10月26日)の鳩山首相の所信表明演説の中でも、若者の自殺について触れていた。
首相が8月に衆院選の応援演説で青森県を訪問した時、職に就けずに息子が自殺した老母から
「毎年3万人以上の命が絶たれているのに政治には実感が乏しい」
と訴えられたエピソードを鳩山さんは紹介していました。

所信表明演説の中で鳩山さんは次のように言ったのでした。




おばあさんのその手の感触。
その目の中の悲しみ。
私には忘れることができないし、
断じて忘れてはならない。

(中略)

『最も大切なこと』をおろそかにし続けた政治と
行政への痛烈な批判。
その声に謙虚に耳を傾ける。





『自殺者が少ない、愛がいっぱいの日本にしたいよね』より
(2009年10月29日)




でも、腐ったりんごのカゴ(日本)なんて書いたら国粋主義者の右翼の殺し屋に殺されますわよう。



小百合さん。。。やだなあああァ〜。。。僕は意外に小心者なのですよう。。。そのように怖い事を言って脅さないでくださいよう。

“口は災いの元!”

“沈黙は金!”

デンマンさんだって、このような日本の諺をご存知でしょう?

もちろん知ってますよう。でもねぇ、日本国民が、皆おとなしく黙っていたら、日本は良くならないのですよう。

日本はそれほど悪いのでしょうか?

あのねぇ〜、上のメールでも書いたけれど、バンクーバー冬季オリンピックで、カナダは金メダルを14個もとったのですよう。日本はいくつの金メダルを獲得したのですか?

一つもとれませんでしたわ。

日本の人口はどれほどですか?

1億2700万人ですわ。

カナダは3200万人なのですよう。

1億2700万人 ÷ 3200万人 = 約4倍

つまり、もし、日本がカナダと同じような生活レベル、社会環境と自然環境を持っていたら、日本人はバンクーバー冬季オリンピックで4倍の 48個の金メダルを獲得してもおかしくないのですよう。。。もう一度小百合さんに聞きますよう。日本はいくつの金メダルを取ったのですか?

一つもとりませんでしたわ。

でしょう!!!

でも、金メダルの数で日本が駄目だと言うのは言い過ぎだと思うのですわ。

じゃあねぇ、日本は経済大国になってカナダを経済的には追い越したけれど、世界で住みやすい国の順位は、どうなっていると小百合さんは思いますか?

分かりませんわ。

じゃあねぇ、僕が調べたものを見てください。


世界の暮らしやすい国は?



GDPの代案として出てきた指標のうち代表的なものが国連開発計画(UNDP)の「人間開発指数」(Human Development Index・HDI)。
UNDPは毎年1回ずつ「人間開発報告書」でHDI数値と国家別順位を発表している。
1人当たりのGDPをはじめ、教育水準・平均寿命など人間らしい生活に必要な要素を総合的に評価している。




カナダは2005年も2007年も4位ですわね。



そうですよう。

つまり、デンマンさんは、そのような素晴らしい国に住んでいる事を自慢したいのですか?

違いますよう。僕のふるさとである日本がカナダを追い抜いてより素晴らしい国になるように僕は愛の気持ちを込めながら批判しているのですよう。うししししし。。。

マジで。。。?

冗談で、これだけ長い記事は書けませんよう。うへへへへへ。。。

。。。で、何が日本を悪くしたのですか?

ゆとり教育の失敗でしょうね。


ゆとり教育

ゆとり教育とは、従来の教育を詰め込み教育であるとして、時間と内容を縮小した教育のこと
ゆとり教育は1980年度、1992年度、2002年度から実施された学習指導要領に沿った教育のことである。

日本教職員組合 (日教組) が「ゆとりある学校」を提起をし、国営企業の民営化を推し進めた中曽根内閣の主導のもとにできた臨時教育審議会(臨教審)で、「公教育の民営化」という意味合いの中で導入することでゆとり教育への流れを確立し、文部省や中教審が「ゆとり」を重視した学習指導要領を導入し、2002年度から実質的に開始された。
詰め込み教育に反対していた日教組や教育者、経済界などの有識者などから支持されていたが、学力低下が指摘され、批判されるようになった。

中山成彬文部科学大臣は、中央教育審議会に学習指導要領の見直しを要請し、さらに安倍内閣の主導のもとに、ゆとり教育の見直しが着手され、2008年には、今までの内容を縮小させていた流れとは逆に、内容を増加させた新学習指導要領案が告示され、マスコミからは「脱ゆとり教育」と称されている。

しかし、ゆとり教育は終焉を迎えたように見えるが、実際はそれを実施できていなく、ゆとり教育を断ち切ったとは言いがたいという意見もある。

ゆとり教育中での変化

1970〜1980年代の詰め込み教育、管理教育、受験戦争によって発生した、校内暴力、いじめ、登校拒否、落ちこぼれなど、学校教育や青少年に関わる数々の社会問題を背景に、1996年(平成8年)7月19日の第15期中央教育審議会の第1次答申が発表された。

答申は子どもたちの生活の現状として、ゆとりの無さ、社会性の不足と倫理観の問題、自立の遅れ、健康・体力の問題と同時に、国際性や社会参加・社会貢献の意識が高い積極面を指摘する。
その上で答申はこれからの社会に求められる教育の在り方の基本的な方向として、全人的な「生きる力」の育成が必要であると結論付けた

この提言を受けて、週5日制など「ゆとりの教育」が始まったとされている。
具体的に週5日制に移行したのは2002年(平成14年)4月である。
なお、この提言の具体策は筑波大附属や学芸大附属などの国立学校で実験されて導入されたものである。

ゆとり教育の結果

ゆとり教育(ここでは平成10年度から11年度にかけて告示された指導要領を指す)は学力低下を引き起こすと心配されていたが、成果については(文部科学省内においてすら)定まってはいない。
学力の上昇を示すもの、低下を示すという両方の例が見られる。

例えば、ゆとり教育見直しの機運が高まるきっかけとなった国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2003 2003年にIEA(国際教育到達度評価学会)が実施)では中学2年生の数学は前回のTIMSS1999年よりも9点、前々回のTIMSS1995よりも11点、いずれも有意に低くなっており(順位は5位のまま)、数学が楽しいと思う者の割合も減少している。

一方で、平成15年度 小・中学校教育課程実施状況調査(2003年に国立教育政策研究所が実施)では多くの学年、教科で、前回調査と同一の問題については正答率が有意に上昇した設問が、正答率が有意に下降した問題よりも多かった。
特に、小学生と中学3年生の学力向上が顕著で、理科では前回より正答率が上昇し、アンケートで「勉強が好き」「どちらかというと好きだ」と答えた子の割合は増加傾向にある。

しかし2007年12月に発表されたPISA2006では、読解力は14位→15位へ(統計的には9〜16位グループ)、数学的リテラシーは6位→10位へ(同4〜9位)、科学的リテラシーは2位→6位へ(同2〜5位)へと全分野で順位を下げる結果となっている。

これについて、PISAは2003年度が41ヵ国、2006年度が56ヵ国と、年々調査対象国を増加させており、日本の順位低下の理由は調査参加国が増えていることも原因であると主張する「ゆとり教育」擁護派が存在しているものの、実際には以前から参加していた国に追い抜かれる。
さらには問題の正答率平均値が下がるという事実が存在し、統計的に見て学力低下があったと見なされている。
2003年と2006年で共通に実施された(同一)問題48題について、平均正答率は2003年が56.1%、2006年が53.4%であり、約2.7%低下していた。
正答率の比較では、2006年は2003年より、上回った問題が8問、下回った問題が40問だった。
そのうち5ポイント以上、上回った問題が1問、下回った問題が10問であった。

社会的な見解の推移

【支持】

知識偏重の詰め込み教育を批判していた教師や保護者などの他にも、経済同友会などの経済界や、学者、弁護士をはじめとする識者などの民間人が参加した「21世紀日本の構想」懇談会(小渕恵三内閣総理大臣の私的諮問機関)でも、ゆとり教育を支持していた。
「21世紀日本の構想」懇談会の第5分科会は2000年(平成12年)1月に提出された最終報告書の中で、教育への市場原理導入の観点から、義務教育週3日制と教科内容を5分の3にまで圧縮することを提案した。

【批判】

学力低下の心配から批判された。

総合的な学習の問題

ゆとり教育によって導入された「総合的な学習の時間」は教員や児童・生徒の力量・意欲が高い場合は成功しやすく、そういった要素に左右されるという欠点を持つとされる。
ただし、基本的に総合的な学習時間の何を成功・失敗の評価基準とするのかという問題も存在する。

実際、総合的な学習の時間を有意義に使う学校もある一方で、単に不足している授業時間の補完など評価基準のはっきりした伝統的科目の学力向上に使うなどという所も少なくなかったとされる。
また、基礎学力が低い生徒は「総合的な学習の時間」の目的とされる、「主体的に考える力」なども低くなる傾向があるという指摘もある。

受験産業の反応

改訂された学習指導要領の内容が明らかになると、学習塾や進学予備校などの受験産業は活発な営業活動を行った。
マスコミなどを使い「ゆとり教育」に対する危機感を訴えることによって、親の不安を煽り、活発に児童・生徒の勧誘活動を行ったのである
折込チラシ、CMなどの広告活動や、自らがスポンサーとなっているテレビ番組内などで、「小学校では円周率をおよそ3として教えている(日能研)」「ゆとり教育で学力低下を引き起こす」「あなたの子供の将来が危ない」という正確性にかける情報で、実際には円周率を3と教えているわけではないのに危機感を煽り、営業活動を行った事例もある。

学習塾などがこういった営業活動を行った背景には少子化で子供が減る中で、学習塾間で「パイの奪い合い」が発生していたことが挙げられる。

また、一部私立小学や私立中学の募集広告にも「公立小学や公立中学に通うと学力低下、本校は独自カリキュラムで学力低下とは無縁」といった謳い文句での営業活動も見られる。

一般的に、学習塾や進学予備校、さらには半ば進学予備校と化している一部私立学校の教育は本来、日本教育が世界よりも立ち遅れていて、解決すべき課題である「自ら考える、解決する力」を補足的に伝授するというよりも、上位校や有名進学校の受験突破のための「暗記」「受験テクニック」を教えることが多く、偏差値上での学力向上はするが、「考える力」が身につくかどうかは不明であるとの声もある。

一部の公立校は塾の教師やスタイルを取り入れて学校教育を変えようという試みもみられている。
一例としては杉並区立和田中学校(校長は民間出身者)にて2008年(平成20年)1月に行われた「夜スペシャル」があり、これは成績上位者のみを対象に、名門進学塾の講師を派遣して有料(1万円〜2万円)で授業を行う(学校が運営しているわけではなく、保護者の有志団体による運営形式)。

脱ゆとり教育

新学習指導要領のことを脱ゆとり教育と呼ぶ者もいる。

小学校では2009年度に一部前倒しで行われ、2011年度に完全に行われる。
中学校では2009年度に一部前倒しで行われ、2012年度に完全に行われる。
高校では2012年度の入学者から一部前倒しで行われ、2013年度の入学者からは完全に行われる。

脱ゆとり教育では、今までのゆとり教育による授業時間・内容の削減とは逆に増加させる教育となっている。
具体的には、小学校では278時間、中学校では105時間ゆとり教育の授業時間よりも増加し、47都道府県の名称や位置や台形の面積の公式やイオンなどの内容が追加された。

文部科学省は、2010年3月30日に2011年度から使われる小学校の教科書検定の結果を発表した。
2011年度から使われる教科書は「脱ゆとり」を掲げており、全教科で前回(2004年の検定)よりも25%、ゆとり全盛期(2001年の検定)より43%ページ数が増えた。

さらに国は依然として週5日制堅持の方針は変えていないが、東京都などでは、新学習指導要領実施に合わせて、一般の公立小中学校での土曜授業の復活容認など、学校週5日制についても見直す動きが出ている。

脱ゆとり教育は、ゆとり教育での問題を解決するために作られたのだが、うまく対応できなければついていけない子どもが増えるのではないかと懸念するものもいる。

受験産業の反応は、学習内容が多くなる、難しくなるという部分を押し出しており、ゆとり教育時の反応とは違う反応を示している。



赤字はデンマンが強調したいために色付けしました。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




カナダはゆとり教育が成功しているのですか?



日本みたいに“ゆとり教育”という錦の御旗(にしきのみはた)を高々と掲げて教育しているわけではないけれど、“ゆとり教育”が成功しているのは金メダルの獲得数を見れば明白ですよう。

どうして明白なのですか?

あのねぇ〜、カナダでは好きなことに熱中しても、それがやれる社会的環境ができている。

日本はできていないのですか?

できていないでしょう!小百合さんの子供は好きな事に熱中していたら、それが原因で退学処分になってしまった。どこも受け入れる学校がなくて小百合さんが悩んでいる。

そうなのですわ。本当に困ったものですわ。だから、デンマンさんが“ルンルン気分でねぇ!きゃはははは。。。”とメールに書いてあるのを見るとムカつくのですわ。

あのねぇ〜、日本でスノボばかりしていたら、日本でなら、さしずめ“スノボ馬鹿”と呼ばれて落ちこぼれの仲間に入ってしまう。

カナダでは違うのですか?

違いますよう。勉強など2の次で、スノボにハマッている人はたくさん居ますからね。日本でならば、おそらく落ちこぼれになるかもしれないけれど、カナダでは、そういう人に誰も“落ちこぼれ”というレッテルを貼らない。むしろ、そういう人の中からオリンピックで金メダルが取れる選手が育ってくる。カナダでは、オリンピック選手強化対策などやってないと思いますよう。僕は聞いたことがない。

つまり、自分の好きな事、熱中している事を伸ばすことができる教育的、社会的環境ができているとデンマンさんはおっしゃるのですか?

そうですよう。個性を伸ばす教育は日本よりも、よっぽど進んでいると思いますよう。そうでなければ、人口が日本の四分の一で、金メダルを14個も取れませんよう。


【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
あなたは、どう思いますか?
カナダの教育的、社会的環境ってぇ、それほど日本と違うのでござ〜♪〜ましょうか?

あたくしは、バンクーバーにクリスマスとお正月だけお邪魔したことがありましたが、確かに元日の寒い朝、寒中水泳をするのですわよね。
東京で言えば、さしずめ、お台場で寒中水泳をするようなものですわ。



これが、マジで、その時の写真なのでござ〜♪〜ますわ。
2008年の元旦でござ〜♪〜ました。

どうですか?
あたくしってぇ、かな〜♪〜りボインでしょう?
あたくしのボーイフレンドになりたいと言う個性的な男性はおりませんか?
うふふふふふ。。。

とにかく、あさっても興味深い話題が続くと思いますわ。
あなたも、またあさって読みに戻ってきてくださいましねぇ。
では。。。



 
メチャ面白い、

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『プッタネスカ(2009年10月18日)』

『国敗れて山河あり(2009年10月22日)』

『鰻重と阿波踊り(2009年10月26日)』

『人のための医療(2009年10月30日)』

『病める日本(2009年11月5日)』

『住めば都(2009年11月15日)』

『猫ちゃんの出迎え(2009年11月17日)』

『名物先生(2009年11月19日)』

『ぶんぶく茶釜(2009年11月21日)』



『ゴダイヴァ夫人のチョコ』




こんにちは。ジューンです。

確かにカナダには

個性的な人が多いと思います。

私が日本に滞在したのは

これまでのすべての日数を合計しても

1年にはなりませんけれど、

日本で一番印象に残っているのは、

制服ですよね。

女子高生も男子高校生も

制服を着ているでしょう。

カナダでも一部の私立学校が

制服を義務づけていますが

きわめてまれです。

圧倒的に個人の自由です。

わたしは制服を見た時に、

日本とカナダの教育の違いに

気づいたものでした。

つまり、日本では画一化された学生を

多数育てているように思えたのです。

カナダ人が金メダルを14個も獲得した

背景には個性的な人間を育てる教育が

あるのではないでしょうか?

個性的な教育とは?

本当の“ゆとり教育”とは?

無気力な人には

やる気を起こさせるような教育。

やる気のある人には、

その人の才能と技術を伸ばしてあげる教育。

わたしは、そんな風に考えていますが、

あなたは、どう思いますか?

ところで、英語の面白い話を集めました。

時間があったら覗いてみてください。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。






2009年12月21日

黒い霧に包まれて(PART 1)

  
黒い霧に包まれて(PART 1)







[793]RE:夢とロマンの女神、万歳!
Name: さゆり
Date: 2008/12/10 15:46
Pacific Standard Time
(バンクーバー時間:2008年12月9日 午後10時46分)
 


小さい頃 小学生時代は ケンカは負けが多く くやしかった。
菊ちゃんなんて 大人になっても くやしい事 多かったかも。
高校生 になると ガがつよくなり ケンカをして
負けても くやしい などと 顔にも 出さない。
冷たい冷淡な子 に成ろう と思っていた。

そんな 高校時代を経て 
今 大人。 子供や大切な人に 愛情をそそげる自分になった。





『ほっかほっかパンツ (2008年12月20日)』より

 


小百合さんが出てきましたけれど、“行田の黒い霧”と関係あるのでござ〜♪〜ますか?



もちろん、小百合さんは“黒い霧”とは関係ありません。

。。。んで、上のメールの何が関係あるのでござ〜♪〜ますか?

菊ちゃんですよう。

菊ちゃんが“行田の黒い霧”に巻き込まれたのでござ〜♪〜ますか?

いや。。。菊ちゃんは40代で奇病にかかって亡くなってしまいましたからねぇ、横田さんが市長になった時には、すでにあの世の人でした。

それなのに、どうして菊ちゃんが登場するのでござ〜♪〜ますか?

菊ちゃんはとてもユニークな女性なのですよう。小百合さんは実際に菊ちゃんと会ったこともないのに、僕が話したエピソードを聞いて、他人事とは思えないような一体感を感じた。それほど感情移入して小百合さんは菊ちゃんのエピソードを聞いたのですよう。

もしかして横田・前市長も菊ちゃんを知っていたのでござ〜♪〜ますか?

もちろんですよう。

あらっ。。。菊ちゃんは、これまでに『小百合物語』に何度となく登場しましたけれど、その菊ちゃんと横田・前市長が面識があったなんて、ちょっと予想外の事でござ〜♪〜ますわ。

菊ちゃんの家と僕の実家の間に“ヨシヤ長屋”があったのだけれど、横田さん一家はその長屋の住人だったのですよう。

菊ちゃんはデンマンさんのお母様になついて、デンマンさんのご実家にはちょくちょく遊びに行ったのでしょう?

そうなのですよう。かつてレンゲさんから返信をもらって菊ちゃんの事を書いたのだけれど、小百合さんにも話した面白いエピソードなので卑弥子さんも読んでみてね。



女の夢



久々にレンゲさんから意味のある返信をもらって、すばらしい「クリスマスプレゼント」をもらった気分ですよ。
かなり、しんどい思いをして書いたと言うことですが、この「しんどい」というのが医者に無縁の僕には理解が難しいところですよ。
それで、「デンマンさんは冷たい人」だと言う印象をもたれるんでしょうね。

僕は子供の頃から精神障害者とは触れ合っているんですよ。
精神障害者といってもレンゲさんとは比べ物にならないほど症状が進んでいますから、全く比べることは出来ないんですよ。
いわゆる、本当のバカと言われる人なんですね。

その一人に“菊ちゃん”という女性がいました。
もう亡くなりましたよ。
僕が中学生の頃に26歳ぐらいでした。

この人は本当に精神年齢が7歳なんですよ。
だから小学校も行っていなければ、中学校も行ってないんですよ。
つまり、放置されていましたよ。
でも、面倒見のいい家族がいて、菊ちゃん自身は幸せな人でした。

僕の母親は、とても人に信頼され好かれる人なんですよ。
だから、この「ばか」も僕のお袋になつきましてね。
お袋が手内職の仕事を菊ちゃんに教えました。
だから、よく僕の家に遊びに来ましたよ。

とにかく、人から馬鹿にされることが多い人だから、僕のお袋のように、まともな「女性」として扱い仕事を教えてくれる人に何か感じるモノがあったんでしょうね。
人間の尊厳を認め合う、ということは僕のお袋の「教え」でしたからね、僕も菊ちゃんのことを一人の7歳の「女性」として見ていました。
だから、この菊ちゃんが僕に対しても親近感を覚えましたよ。

僕の家が近所のかみさんたちの溜まり場のようになっていて、時々集まっては「井戸端会議」をするわけですよ。
もちろん、僕のお袋は菊ちゃんも仲間に入れるわけですね。

ある時、5人ぐらいのかみさんの一人が、こういうことを言ってからかったんですよ。
「菊ちゃん、アキラ(僕の名前)さんもそのうちお嫁さんをもらうからね、アキラさんのお嫁さんになりたかったら、今のうちにお母さんに頼んでおきな」
そしたら、菊ちゃん真に受けて、すぐに家へ跳んで帰りましたよ。

かみさんたちは爆笑でした。
僕は中学生でしたからね、爆笑が聞こえましたが、話の内容までは分からない。
後でお袋から聞かされました。

つまり、僕が何が言いたいかというと、
7歳の「女性」でも、お嫁さんになることは「夢」なんですよね。

その時は笑い話でしたが、7歳の「女性」でも「女の夢」を持っていた、ということを今から思い出すと考え深いですよ。
別に、レンゲさんと菊ちゃんの関連性はほとんどないんです。
ただ、「冷たい人」と言うレンゲさんの言葉を見た時に、この菊ちゃんのエピソードが思い出されたんですよ。

「いや、レンゲさん、デンマンは結構心の暖かい人なんですよ」ということが言いたかったんでしょうね。




『愛は希薄になっていませんわ。セックスで埋め合わせてもいませんわ』より
(2006年3月6日)




ああ〜♪〜らァ、菊ちゃんはマジでデンマンさんのお嫁さんになりたかったのでござ〜♪〜ますか?



うしししし。。。そうなのですよう。

。。。んで、どうしてこのエピソードを持ち出してきたのでござ〜♪〜ますか?

あのねぇ〜、“ヨシヤ長屋”は菊ちゃんの家と僕の実家に挟まれているので、当然の事だけれど、“ヨシヤ長屋”は菊ちゃんの行動半径に入っていたのですよう。

つまり、菊ちゃんは“ヨシヤ長屋”の横田家の人たちとも仲が良かったのでござ〜♪〜ますか?

少なくとも、当時の横田青年は菊ちゃんとも何度となく顔を合わせていたはずです。菊ちゃんの方が年上だったけれど、横田青年とはあまり年が離れてなかったはずです。

菊ちゃんは、それ程活発に動き回っていたのですか?

そうなのですよう。人の話はある程度分かりますからね。菊ちゃんは良く理解できないながらも噂話を聞くのが楽しみで、井戸端会議にはたいてい出席していましたよう。難しい話は分からないけれど、理解できる話は、バカの一つ覚えのように、同じ話を何度も何度も他の人に話すので、しまいには嫌がられました。

。。。んで、“ヨシヤ長屋”の住人の中には、デンマンさんのお母様と井戸端会議をなさる人も居たのでござ〜♪〜ますか?

居たのです。たいてい同じ内職をする人たちが仕事を持ち寄って僕の実家の縁側に集まって井戸端会議をするのだけれど、どこにでも、怠け者は居るものですよう。何もすることがなくて噂話をしにやって来る人もその仲間には居ました。

横田青年のお母様はどうでしたのォ〜?

当時、働きに出ていたようですよう。だから、僕は横田青年のお母さんを何度か目にした事はあったけれど、井戸端会議にやって来たのを一度も見ませんでした。

つまり、それ程働き者だったと言うことですか?

そうなのですよう。確か、僕が小学校の5年生か6年生頃に、肉屋さんを始めたのですよう。



上の地図で愛宕神社の上の青丸でござ〜♪〜ますか?

そうです。現在はもう、その店はありません。“ヨシヤ長屋”は愛宕神社の右に見える青い芋虫がそれです。横田夫婦は一生懸命に働いてお金をためて店を出し、借金を返すために家族の皆が一生懸命に働いていましたよう。

そう言う状況の中で横田青年は行田高校へ進学したのでござ〜♪〜ますか?

おそらく横田青年は熊谷高校に進学したかったのかもしれません。

なぜ、そうしなかったのでござ〜♪〜ますか?

たまたま、横田・前市長の話をお袋としたら、“ヨシヤ長屋”のおかみさんから聞いた話だと言って僕に話してくれたのだけれど、横田青年の父親は実の父親ではないと言う事でした。

つまり、お母さんが再婚した時の連れ子なのでござ〜♪〜ますか?

そうらしいのですよう。横田青年は経済的に負担をかけられないと思い、父親に遠慮して、歩いて通える行田高校に決めたのではないか?僕は、そう思ったのですよう。

でも、電車通学ぐらい、たいした経済的な負担にはならないでしょう?

あのねぇ、当時、高校進学は経済的に余裕がなければ諦めて、定時制に行くか、中学卒業で働きに出るのが当たり前な時代だった。日本はまだ経済大国になる前だったから。。。

デンマンさんが中学卒業の頃は、どうだったのでござ〜♪〜ますか?

経済大国をめざしてまっしぐらで、僕が中学生の時に東京オリンピックがありましたからねぇ。。。経済的に日本が良くなっているときでした。でも、50人のクラスで中学卒業で就職した人は10人ぐらい居ましたよう。とにかく、中学校の先生が、校長先生をはじめとして、みな自転車通勤でしたよう。その中で大学を出てまだ5,6年の若い先生が自家用車を買ったのですよう。

自家用車を持つ事が珍しかったのですか?

もちろんですよう。生徒の間では、7万円の超中古の自動車だとウワサされて、その先生はバカにされていましたよう。

じゃあ、“ヨシヤ長屋”から大学へ進学した人は居なかったのでござ〜♪〜ますか?

横田青年の世代では、誰も大学へは行きませんでしたね。僕の同級生で一人だけ“ヨシヤ長屋”から大学へ進学しました。

つまり、横田青年が市役所に就職した時には大学卒の職員は少なかったのでござ〜♪〜ますか?

横田青年が大学に進学していたとすれば、順調に卒業したのは1964年ですよう。大学進学率を調べたら次のような結果をゲットできました。


大学進学率の推移

1957(昭和32)年 16.1%

1960(昭和35)年 17.2%

1965(昭和40)年 25.4%

1970(昭和45)年 24.2%

1975(昭和50)年 34.2%

1980(昭和55)年 31.9%

1985(昭和60)年 30.5%

1993(平成5)年 34.5%

2003(平成15)年 48.6%

『男女別大学進学率の推移』より


横田青年が高校を卒業した年が1960年。当時、大学に進学した人は100人のうちわずかに17人。

少なかったのですわねぇ〜。今年の春には進学率が初めて5割を突破したそうでござ〜♪〜ますわ。二人に一人が大学に行くようになったのですわ。


大学進学率、初めて5割超す

2009年8月7日

今春の大学への進学率が現役・浪人合わせて初めて5割を突破したことが6日、文部科学省の学校基本調査(速報)でわかった。

短大を含めた進学率も56・2%と過去最高を更新。
志願者に対する入学者の割合は92・7%に達したが、「大学全入」時代には至らなかった。

同調査によると、今春の大学への進学者は60万8730人となり、昨春より約1500人増え、進学率は1・1ポイント上昇して50・2%だった。
進学者数は、調査項目に加わった1954年度(13万5833人)の4・5倍。進学率は、94年度に30%を超えてから徐々に増加し、この15年間で20ポイント増えたことになる。
短大を含めた進学率は、昨春より0・9ポイント増の56・2%。現役だけでも53・9%となり、過去最高となった。

また、大学卒業後、進学も就職もしなかった人は前年度比約8000人増の6万7888人となり、6年ぶりに増加に転じた。
文科省は、昨秋からの景気の悪化が原因とみている。
 
出典:読売新聞(2009年8月7日)




つまり、横田青年が行田市役所に就職した時には大学卒が少なかったから、昇進にはそれ程問題がなかったのでござ〜♪〜ますわね?



いや、そうとも言えないのですよう。

行田市役所では大学卒をたくさん雇ったのでござ〜♪〜ますか?

実際にどれだけの大学卒が入所したのか分からないけれど、大学卒業者も居た事は確かです。ちなみに、地区の自治会長をしている僕の叔父は『人間の証明』を書いた森村誠一さんと同じ年の生まれです。1933年。

叔父様は大学を出たのでござ〜♪〜ますか?

そうなのですよう。実の姉の僕のお袋は小学校だけしか出てないのですよう。生まれが貧乏農家で子沢山だったから女学校にも行けず、遠縁の親戚の寿司屋で女中奉公をして、弟たちや妹たちを喰わせた。暮らしが良くなってきたのはお袋の父親が南河原村(現在は行田市に合併)の収入役についた頃からだった。

つまり、デンマンさんのお母様は一番貧乏していた時に女学校へも行けずに弟たちや妹たちのために女中奉公をなさったのですわね。

そうなのですよう。もちろん、叔父だって、のうのうと大学へ行ったわけではなく、野良仕事を手伝いながら、夜、熊谷高校の定時制に通って、それから法政大学だったか?明治大学だったか?僕は名前を忘れてしまったけれど、大学の定時制に通って2年生のときに、就職のことを考えて全日制に変わったそうです。

。。。んで、叔父様は行田市役所に就職したのでござ〜♪〜ますか?

いや。。。埼玉信用金庫に就職したのですよう。鴻巣支店の次長まで登り詰めたのは、同僚に大学卒業者が少なかったと言ってましたね。

どうして支店長にならなかったのですか?

前の次長から、ある資産家の隠し定期(無記名定期)を引き継いだらしいのですよう。それがバレて国税庁の捜査官が入って、それで昇進の道を絶たれてしまった。その事件がなかったら、やり手の人だから叔父は取締役になっていたかもしれません。

その事と横田青年の昇進と、どのような関わりがあるのでござ〜♪〜ますか?

つまりねぇ、横田さんの世代でも苦労して大学を出て行田市役所に就職した人が居たのですよう。そのような人たちと横田青年は肩を並べて仕事をした。

でも、市役所で新規に採用になった人たちは、大多数が高校卒業でしょう?

そうです。でもねぇ、高校を卒業して行田市役所に就職した人たちの間でも競争があった。その人たちの間で実力を発揮して、大学卒業者も追い抜いて助役まで登り詰めるには相当な努力と処世術が必要ですよう。

横田青年は、それをやり遂げたとデンマンさんは感動なさったのでござ〜♪〜ますか?

あのねぇ、横田青年は行田高校を卒業して、当時、よりレベルの高い高校と見なされていた深谷商業、熊谷商業を出てきた人を追い抜き、大学卒業者も追い越し、市長に次いでナンバーツーのポジションである助役にまで登り詰めた。そして、選挙で市長の椅子をつかんだ。行田市で20年以上暮らして事情に明るい人ならば、最終学歴が行田高校卒業の横田青年の快挙は感動に値する出世物語なのですよう。

マジで。。。?

だから、僕以外にも横田青年の経歴を見て、最終学歴が行田高校(「行高」)卒業という事を知ると、ビックリしている人が居る。次の2ちゃんねるの書き込みなども、その驚きを示しているのですよう。


260 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage
[2006/10/22(日) 22:28:33 ID:???]

横田wwwwwwwwww
最終学歴「行高」だったの?w




261 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage
[2006/10/23(月) 07:29:08 ID:???]

市内で一番の進学校だろwwwwwwwwwwwwwwww




262 名前:薄教養
[2006/10/23(月) 09:06:20 ID:IZ1lyOyt]

横ちゃん、ご立派、 俺なんか小学校もろくに行かなかった。だけど高卒で中途半端に社会的地位が高いと次に求めるのは 金 の 次は 女 だって。
261 確か市内には進学校一校しかなかったよ。一番とは間違っているのでは?
 訂正をお待ちしています。




263 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage
[2006/10/23(月) 09:47:56 ID:???]

偏差値60未満は進学校とちゃうわ




264 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage
[2006/10/23(月) 11:28:20 ID:???]

女 → 金 → 学歴 じゃないw
首長会議で恥かいて→どうしても欲しくなるが→手に入らないw




265 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage
[2006/10/23(月) 11:48:48 ID:???]

低学歴重用は山口からの流れだ罠。
行田しかしらない叩き上げの行田土着民で
当時金庫番として何でもやってたからな。
市議、県議ならともかく、
首長はもともと器的に無理だったんじゃねえの。





『行田市の不思議ばなし』より
【オリジナル】:
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/mayor/1135922887/l50




横田昭夫

横田 昭夫(よこた あきお)
1942年生まれ。
2008年2月12日に死亡。
 
行田高等学校(現・埼玉県立進修館高等学校)を卒業後、行田市役所に入庁。
1992年に同市企画部参事兼秘書課長、翌1993年に教育次長となる。
その後、助役を経て前市長・山口治郎の後継者として2003年の市長選挙に出馬。
市の職員組合や医師会などの支持を得て当選し、同年5月1日から2007年4月30日まで1期4年にわたり行田市長を務めた。

市長に就任後は、市民への調査結果などから羽生市や南河原村との合併協議に吹上町を加える事を主張し、市長など三役と教育長の給与を減額する条例を提出した。
また、2003年8月には行田市が教育特区に指定され、小学生の英語教育や30人学級のモデルケースとなった。
2006年には赤字となっていた西武園競輪場での年1回の競輪開催の見直しを決めている。

2007年の市長選挙にも当初は立候補を表明していたが、「相手陣営からの攻撃に疲れた」として最終的に出馬を断念した。
一説には公共事業を巡る確執があったという。
なお、2003年の選挙の際にも怪文書が出回ったとして行田警察署に告訴状を提出し、受理されている。

2008年2月12日、群馬県みなかみ町の温泉旅館の客室で首を吊って自殺。

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 




でも、上の書き込みの中で横田市長は、“市長の器ではない”と書いている人が居ますわね?



確かに次のような痛烈な批判を書いている人が居る。

低学歴重用は山口からの流れだ罠。

行田しかしらない叩き上げの行田土着民で

当時金庫番として何でもやってたからな。

市議、県議ならともかく、

首長はもともと器的に無理だったんじゃねえの。


確かに、そのような見方もできる。行田高校を出て助役まで登りつめるには、良いとか悪いとかは別にして、それなりの手腕と処世術とコネと努力が必要ですからねぇ。。。妬(ねた)まれたり、嫉(そね)まれたり、嫌がらせを受ける立場にあった。でもねぇ、上の経歴にも書いてあるように次の4つの案件を見ると、行田の将来を見据えて盆暗(ボンクラ)ではできないような政策を横田さんはやろうとしていた。


○ 羽生市や南河原村との合併協議に吹上町を加える事を主張

○ 市長など三役と教育長の給与を減額する条例を提出

○ 2003年8月には行田市が教育特区に指定され、小学生の英語教育や30人学級のモデルケースとなった。

○ 2006年には赤字となっていた西武園競輪場での年1回の競輪開催の見直しを決めている。


行田市には借金が500億円もあるのですよう。つまり、この負債をいくらかでも減らすには市長を含め副市長や教育長などの給与を減額して、市長が率先して取り組む姿勢を見せない限り、誰もマジで言うことを聞かない。横田さんは、将来を見つめてマジで市政に取り組んでいたと僕には思える。

一般の行田市民の反応はどうでござ〜♪〜ますか?

前にも書いたけれど、上の2ちゃんねるのスレッドは現市長・工藤さんの支援者が当時の横田市長を誹謗中傷するために立ち上げたのですよう。この事実は新聞でも取り上げられた。


「主戦場」は、2ちゃんねる

(2007年4月)22日に投開票された埼玉県行田市長選で、現職の横田昭夫市長(当時)が告示直前に立候補を取りやめる騒ぎがあった。
「誹謗中傷に疲れ果てた」からだという。
「主戦場」は、ネット上の匿名掲示板の2ちゃんねる。
1年以上前から「横田、逮捕だ」「ポーカーフェースの悪代官」などと書かれ、支援者や家族にまで中傷が及んだ。
さらに、ネットを印字した紙を全自治会長に郵送されたという。
横田前市長は「政治家に中傷はつきものかもしれないが、ネット選挙を解禁すれば、ますます悪用する人が出てくるのではないか」と語る。




『ネット選挙、解禁へ機運 政見放送流出…政党も議論本腰』より
asahi.com


。。。んで、どのような誹謗中傷がなされたのでござ〜♪〜ますか?

ちょっと読んでみてください。


402 名前:駄目市長
[2006/12/26(火) 12:29:18 ID:xT0Pcwsy]

市長選でまた駄目横田が市長になったら行田市の恥だ(`ε´)
小倉って言う女(「女帝」)とくっついてマルで金魚の?みたいに馬鹿じゃない(o^∀^o)
まぁ〜ワシは、市長選にはアホの横田には投票しないし工藤さんに投票します。




403 名前:名無しさん@お腹いっぱい。
[2006/12/26(火) 16:13:30 ID:fUU7qBcJ]

夕張が630億の借金で破綻。
行田市の今の借金、530億だって聞いてたまげたよ!




404 名前:工藤賛成派
[2006/12/27(水) 00:03:30 ID:OBqF5YjN]

俺も工藤さんに一票入れる。




405 名前:名無しさん@お腹いっぱい。
[2006/12/27(水) 12:19:59 ID:kk85P5SP]

市役所職員人数多すぎです。
ITの時代、機会が管理している時代なのに現市長を支持又は動かされている弱虫な職員を整理すべきだ。
2チャンネルを取り上げて、騒いでいるようでは役職降りたほうがいいよ。
530億の謝金抱えて、女性センター、茶室建設を賛成している方々、市の破綻に力を貸してるんですよ!
貴方方の賛成の力が腐敗の行田市をつくっている事わかっていますか?




「女帝」と組んで、横田さんが行田市の借金を530億円に膨らませたように書いている。



この事は誹謗中傷なのですか?

そうです。。。横田さんは負債を減らすように努力したのですよう。市長など三役と教育長の給与を減額する条例を提出した事からも分かるのですよう。

。。。んで、現市長・工藤さんの支援者が当時の横田市長を誹謗中傷するために立ち上げたスレッドである事がバレてしまったのでござ〜♪〜ますか?

バレてしまったのですよう。読んでみてください。


519 名前:AMUAMU
[2007/04/18(水) 16:27:14 ID:8b3J+04W]

なあんだ、この1年のレスをバカバカシイが暇があったので目を通したよ。
消防庁の工藤が市長選挙に出る為の小細工板だったんだな。
あほらし、工藤には悪いけど投票はしないよバカドモが。




520 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage
[2007/04/18(水) 16:38:42 ID:???]

>>519

そうなんだよ。Y(横田)叩きをしてたこのスレで
今は本人が叩かれてるのが哀れで(つ_;)





521 名前:なぞを解くパート2
[2007/04/18(水) 16:40:18 ID:lGnUC7M7]

もしかして、名無しさんは・・・元JRの狭井さん?




522 名前:利根大堰の野良猫
[2007/04/18(水) 16:41:44 ID:7G5xPuZL]

>>506
>>507

>野良猫さんて、K1郎さんですか?ひろボーん家の?

意味が分かりません。
福祉関係に勤めてる、至って普通の一般市民ですよ。

>ちょっと前までY(横田)の取り巻きやってたのが、
>抜け抜けとK(工藤)ののぼり立ててるな。

昨日、Y田(横田)の後援会の方がお詫びに来ましたね。菓子折り持って丁重に。
その方からは「誰かれを推してくれ」って言う話はなかったですね。
お詫び行脚でそれどころじゃないって感じ。
今回は、私も色々文句はありますが、
取り敢えずY田(横田)さんに入れようと思ってたんで、
かわいそうに思えましたね。

ウチの地区はY田(横田)支持で固まってましたが、
今のところは皆誰に入れるか流動的ですね。
でも、「反K藤(工藤)」の姿勢は、彼の出馬の噂が立った頃から、
皆変わらないみたいですよ。
「K藤(工藤)を当選させるな!!」という気概でウチの地区は燃えてましたから、
あの一件は、皆ショック受けてましたね。




523 名前:AMUAMU
[2007/04/18(水) 16:42:24 ID:8b3J+04W]

工藤も”身から出た錆”だわな。
あのトレードマークだかのカバ?面が笑える(笑)。




524 名前:AMUAMU
[2007/04/18(水) 16:49:36 ID:8b3J+04W]

工藤を当選させるなという正義派の地域があるって?
行田も捨てたもんじゃない。





525 名前:おばーあ
[2007/04/18(水) 17:27:15 ID:qtVd75KT]

おばーあは、実績を作ったY田(横田)が良かった。
支援のS議長も長年の市議でりっぱだった。教育特区はすばらしい実績でした。
でも、茶室?あれはよくなかった。
K藤(工藤)に何ができる?S学会利用の○須加元市議 防○団ではなく消○団まで連れ出し!
バカヒロシもいたっけ?
K藤(工藤)よ!中傷もいいがお前も長年の市職員ダロー
ごーすと多雨運(ゴーストタウン)の新町商店街、蔵作りで第二の川越になれず?
お坊ちゃん青年会議所のつら汚し
活気のない行田


その上にあぐらかく2代目お坊ちゃん社長(ばが青年会議所)ども
N沼(永沼)は、市長の器ではない!
前回toP当選でいいきになっているパパたすけて?
おばーあは、I井(石井)が市長にふさわしいと思う。
がんばれI井(石井)!




『行田市の不思議ばなし』より
【オリジナル】:
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/mayor/1135922887/l50





。。。んで、一般の行田市民の反応はどのようなものだったのでござ〜♪〜ますか?



読んでみてください。


485 名前:利根大堰の野良猫
[2007/04/16(月) 14:47:08 ID:IY8dnVzh]

>>480
>>483
K藤(工藤)陣営の幟の文句「子供につけをまわさない」って思わず笑ってしまった。
今まで大規模なハコものを次々とつくり(VIVAぎょうだ除く)、
市の負債を膨大にしたのは、K藤(工藤)候補の親戚である彼のボスY口(山口)(賄賂ではない。彼自身は賄賂が大好物なようだが)前市長。
K藤(工藤)候補が当選してまず取り掛かるのが、長年のY口(山口)氏の懸案である「ごみ焼却場の建設」。
これがなされれば、Y口(山口)氏とK藤(工藤)候補で賄賂を山分け。
それを皮切りに、再び大型ハコものの建設ラッシュとなるでしょうね。
フライや焼きそば?の「博物館」とか作りかねないよ。
K藤(工藤)候補、力入れるって言うことだから・・・。
新横浜のラーメン何とかみたいにね。
やるんだったら、既存の施設の一角でやって欲しいね。

Y口(山口)の後継でK藤(工藤)、それに今回の故N川(中川)元市長と今回の息子の立候補。
世襲制にでもしたいんかね?

Y田(横田)市長については、こんなにヘタレな奴だとは思ってもみなかった。
誹謗中傷は、選挙戦においては当たり前のことでしょ?
因果応報って言う言葉を身に沁みて感じているんじゃないのかな?




486 名前:利根大堰の野良猫
[2007/04/16(月) 15:24:35 ID:IY8dnVzh]

I井(石井)候補って、あまりしゃべるのは得意ではないんだろうな。
選挙カーが通った際、言っている事がちょっと、しどろもどろって云う感があった。
市長候補のうち、一番最初にウチの前を通った候補者(道に迷ってたりして)。
ウチの前は、市議候補もあまり通らない細い田んぼ道(舗装はされてる)。
しかし、2番目に通りしは、N川(中川)候補。
「止むに止まれず立候補しました」と仰っていました。
まあ、子どもと一緒に居たんで、
どちらにも一応笑顔で手を振ってあげましたけど。
誰に入れるかは、マニフェスト見てからだね。




487 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage
[2007/04/16(月) 15:54:48 ID:???]

今回の市長選の見所は、現在浮動票化している現職支持層が
どの候補に流れるか、だよね。

現職辞退で面白みが無くなったと思ってたけど、
N(中川)ジュニア氏とN新(デンマン注:永沼?)氏の参戦で分からなくなってきたぞw




488 名前:名無しさん@お腹いっぱい。
[2007/04/16(月) 22:06:37 ID:X2Xbr7g2]

市長が選挙にでれなかったのは女帝がN沼(永沼)氏に乗り換えたからだとききました。
供託金も市長のお金をそのままN沼(永沼)氏に名前を変えただけだそうです、誰か情報を。




496 名前:利根大堰の野良猫
[2007/04/17(火) 10:31:22 ID:VdzYzJDW]

>>493
>>494
怪文書、誹謗中傷や「暴」の方々を有効活用する作戦は、
前回選挙でのY田(横田)市長、今やK藤(工藤)氏のボスであり親戚のY口(山口)前市長の常套手段。

Y田(横田)氏は前回選挙でY口(山口)氏の操り人形として、裏のことを何も知らないまま市長になった。
その後、Y田(横田)氏自身が意思を持ち始めたのか、「女帝」の差し金か知らんが、Y口(山口)氏の切望していた「羽生市との合併」「ごみ焼却場の建設」を反故にし、Y口(山口)氏に回るはずだった賄賂が帳消しとなり、対立関係となった。

Y田(横田)氏に付いているとされる「女帝」に関してはよく知らないが、「VIVAぎょうだ」や「茶の湯施設」を除けば、
在任中の教育・子育て・介護予防事業の各施策等の進捗状況を見れば、たった一期の間だけだが善政はしいていたと評価できる。




しかし、行田が抱える最大の問題は、忍城三階櫓(博物館)・総合運動公園
・古代蓮の里・商工センター・みらい等、
Y口(山口)前市長がつくりし数々のハコものにかかる維持費が膨大な額となっていること。
建設にあたっての賄賂でY口(山口)は儲けたが、
大きな「つけ」を行田市民に残していった。

K藤(工藤)氏が市長になれば、Y口(山口)時代の再来となり、
「ごみ焼却場」を始めとするハコものが際限なく建設されること間違いなし。
当然、それで生じる賄賂で儲けるのはY口(山口)氏とK藤(工藤)氏の一族のみ。
結果、Y田(横田)時代より膨大な「つけ」が、子どもにどんどんまわるばかり。

「女帝」が付いている候補者の方が、今後も子育て・教育・高齢者施策をY田(横田)氏の時と同様に、充実させてくれると思いますよ。
まあ、K藤(工藤)よりはずっと「まし」と言えると言うことです。


 (すぐ下のページへ続く)

2009年11月25日

女の火花

 
女の火花





件名:おはよう!昨日はお袋を見舞った後で、

叔母と「つるや」で手打ち蕎麦を食べました。

きゃはははは。。。♪┌(・。・)┘♪




日付: Sun, 01 Nov 2009 12:32:49 +0900
差出人: "green@infoseek.jp"
宛先: "domini@yahoo.co.jp"
CC: "barclay1720@aol.com"


10月30日の金曜日は盛りだくさんの一日になりました。
僕の実家の近くにある「とんでん」で食べた“茶蕎麦”はメチャうまかった。
10年ほど前に親父がまだ生きていた頃、両親と一緒に食べた茶蕎麦の味でした。



本当に懐かしかった。
小百合さんは伝統的な昔ながらの蕎麦を食べたけれど、今度は、ぜひ僕の好物の茶蕎麦を食べて行田の思い出を懐かしんでね。

蕎麦を食べてから「古代蓮の里公園」へ行って直売店で行田市で取れるいろいろな野菜やお土産物を見たけれど、改めて行田の豊かさを感じましたよう。

“ふるさとは遠くにありて思うもの”

うん、うん、うん。。。室生犀星の言葉だけれど、
こうして故郷にやって来ると改めて故郷の豊かさに気づきます。
小百合さんと一緒に古代蓮の神秘的な花を見ながら語り合えたら、さらに幸せな気分に浸ることができたかもしれません。
残念ながら古代蓮の花は咲いてなかった。
8月だけでなく、秋にも咲く古代蓮を作れないものか?





もし、秋に古代蓮が咲いているなら、
今度は古代蓮を見ながら“Hよりも感じるハグ”をして
再会を喜び合いたいものです。

\(^ヮ^)/ ギャハハハハ。。。

「古代蓮の里公園」でのんびりと散策した後で「水城公園」へ行きました。
まさか小百合さんがまた“とうもろこし”を焼いてくれるとは思いませんでした。
簡易コンロを持ってきて、刷毛(はけ)でタレを塗りながら旨そうに焼けた“とうもろこし”は小百合さんの真心の味がしました。
マジで。。。!

\(*^_^*)/ キャハハハ。。。





公民館の前の池の端(はた)で、何も知らない人が見たらホームレスのカップルが貧しい夕食を取っているように見えたかもしれません。
ちょうで池に住む一匹のガチョウのために近所で暮らす30代の女性が餌をやりにやって来ていました。
パンの耳とレタスをガチョウにあげていたけれど、とうもろこしの焼ける旨い匂いがガチョウの食欲をそそるのか?小百合さんがコンロでとうもろこしを焼いている池の端(はた)に寄ってくるのでした。

“チョウ助”も、とうもろこしが食べたいの?”

その女性はそんなことを冗談で笑いながら言っていたけれど、小百合さんが答えて言いました。

“このガチョウは、とうもろこしを食べませんよね(笑)”



そうなんだよね。10月16日に小百合さんが初めて水城公園にやって来た時、Pure Whiteのとうもろこしを僕に焼いてくれたけれど、その前に、生のとうもろこしを COB からとって僕は“チョウ助”に食べさせようとしたのでした。
でも、食べなかった。
たぶん、量が少なかったのでガチョウには良く見えなかったのかも?

水城公園で黄色い“とうもろこし”を食べてから小百合さんと一緒にイオン(eaon)モールへ行きました。
“シナモンメルツが食べたいわ。”
小百合さんは、かなりこだわっているようでした。
僕は、別に食べたいとは思わなかったけれど。。。

でも、モールの中にあるマクドナルドの店でのんびりと語り合うことができました。
カナダで食べるシナモンメルツとは形や感じがちょっと違うんだよね。
ほんの少しだけシナモンメルツを小百合さんが食べさせてくれたけれど、
味はシナモンロールとあまり変わらなかった。



小百合さんによると、サワークリームに砂糖を混ぜてあるらしい。
そう言われて味わってみると、確かにサワークリームのすっぱさが舌に感じられたような。。。
でも、言われなければ分からないすっぱさでした。

マクドナルドでコーヒーを飲んだ後で小百合さんと一緒にお袋を見舞いに行田中央総合病院へ行きました。
小百合さんと再会してお袋も喜んでいましたよう。
小百合さん、ありがとう!
お袋は、小百合さんと再会して元気をもらったようでした。

昨日(10月31日)は、叔母と一緒にお袋を見舞いました。
その後で「つるや」で手打ち蕎麦を食べました。
小百合さんも手打ち蕎麦にこだわっているけれど、叔母も蕎麦にはかなりのこだわりを持っています。



それで、10月30日に小百合さんと一緒に見つけた手打ち蕎麦の「つるや」に行ったのですよう。
蕎麦屋らしい昔ながらのインテリアに、日本に居る事を実感させられました。

「つるや」のあとで行田中央総合病院の近くのBelc の敷地内にある Mos Burger でコーヒーとコロッケを食べながら2時間ほど粘(ねば)って積もる話をしたのでした。

ところで、昨日、行田観光協会のフライマップには出ていないゼリーフライの店を見つけました。
お袋を見舞いに小百合さんと行田中央総合病院へ行ったけれど、まだ小百合さんの記憶にあると思います。
国道125号線からそれて病院の駐車場へ行く、その道の角。
つまり、駐車場の前の道に進入する角のすぐ近くの肉屋さんでゼリーフライを作っていますよ。
一枚60円です。
買って食べなかったけれど、多分、衣(ころも)にはパン粉が入っているかも?
今度、行田へ行く機会があったら食べてみたらいいよ。

大体書き終わったので、これから「ネットカフェ・ミルミル」で牡蠣フライカレーを食べ
その後でウィンナコーヒーを飲みながらブログの記事を書きます。
記事のタイトルは「心のぬくもりを感じさせる医療」
小百合さんと再会した幸せを噛み締めながら。。。



ヽ(´ー`)ノ きゃはははは。。。

ありがとう。

じゃあね。

(V__/)
(+'.'+)
(")_(")







『心のぬくもりを感じさせる医療(2009年11月2日)』より




デンマンさん。。。上のメールは11月2日の記事の中で持ち出したものでござ〜♪〜ますわ。



卑弥子さんはよ〜く覚えていますねぇ〜?

まだ今月のことでござ〜♪〜ますから、あたくしの記憶にも鮮明に焼きついておりますわ。

あのねぇ〜、メールの中に書いてある通り、僕と小百合さんは一緒にお袋のお見舞いに行ったのですよう。

どうして小百合さんがデンマンさんのお母様の病院まで行く必要があるのでござ〜♪〜ますか?

小百合さんは僕のお袋に何度か会っているのですよう。

ただそれだけの理由で小百合さんはお見舞いに行かれたのでござ〜♪〜ますか?

あのねぇ〜、僕のお袋はジャガイモが大好物なのですよう。

ジャガイモなど関係ないでしょう!

いや。。。関係あるのですよう。そのジャガイモをフライに揚げた“イモフライ”も好きだということを小百合さんと話したのですよう。実は、イモフライのことでは、これまでにも記事に書いたことがある。


イモフライが運んできた思い出




From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp
Date:Thu, 1 Nov 2007 12:06





行田の名物で おいなりさん ってありますか?
佐野は ふみきりずし っていう 駅の近くの
昔からのおいなり 専門の店 おいしいとこあります。
そして イモフライ、 ソースがきめて
是非 一度ご賞味あれ。持って行きます。


(2007年)10月30日、6時間パックでミルミルでメールや記事を書きました。
6時間で1500円です。
昼食がついて、飲み物は飲み放題ですよ。
ウィンナコーヒー(Vienna coffee)が僕のお気に入りです。



ここは挽(ひ)き立てですよ。
注文を聞いてから挽き立てでコーヒーをドリップします。
生クリームの冷たさが自転車をこいで温まった体にはメチャすがすがしいのですよ。
昼食は“具沢山の中華丼”を注文しました。
単独で注文すると税込みで525円です。
もちろん、1500円の中に含まれています。
そのあとで、クリームソーダを飲んで、
一休みして。。。

当然ですが、記事を書きながらアメリカンを飲みます。
それから、ホットミスク。。。
その後でダージリン。。。
ネットやり放題で、昼食がついて飲み放題で。。。
これで1500円ですからね。
チョー得をした気分で帰宅できます。
いま、ウィンナーコーヒーを飲みながら書いています。
\(⌒∀⌒)ノキャハハハ。。。



ところで、30日に帰宅してからテレビを見たら、
6時のNHKの“首都圏ネット”で佐野の“イモフライ”を取り上げていましたよ。
佐野の高校生がオリジナルなソースを開発するというレポートをやっていました。
佐野市にある醤油屋を訪ねて“ピリカラ”のソースを開発したという話です。
実は、子供の頃の神社のお祭りで、よく“イモフライ”を食べました。
多分、佐野市あたりで作っていた人がやって来て屋台を出していたのかもしれませんね。
多分、食べれば、その頃の思い出がよみがえってくるはずですよ。




日光の らっきょ や
こっぺパンの店(すごく噛みごたえのあるパン)
行田にも昔からの老舗 があると思うけど。


行田には“十万石の饅頭”がありますよ。






人間 におい や 食べ物で 覚えてるところが あります。
目より、鮮明にはっきりその時を思い出させてくれて。


そうですよ。
確かに、思い出を食べるのでしょうね。






とろけるように甘〜いエッグタルト

あの あま〜い タルト。ジンジャーのクッキー。
Vancouverに着くと、すぐ思い出の甘い物の店にいきます。
私が年老いて、行ける時までVancouver に行きたいな。


そうですよね。
バンクーバーは良い所ですよゥ。
僕にとってはパラダイスです。

\(^Д^)/ ギャハハハハ。。。。




たいして高いものでもなく、贅沢な食べ物でもなく。
ただ の思い出の 食べ物。これを食べたくて。 
私はいつも思い出を食べている。


なるほど。。。なるほど・・・
よ〜♪〜く分かりますよ。

♪┌(・。・)┘♪




高校の時、館女(館林女子高校)にかよって、
今もある 山屋のうどん家
ここのを 食べると 時間もタイムスリップする。
あの時、あの味 そのまま。
館女のすぐ近くの川魚のすりみ、ごぼうあげ
今もやっていて たまに食べます。

おいしいとかでなく
思い出を口に入れるのです。
父もよく食べました家族の共通の味。

デンマンさんもある?
行田に帰ると かならず食べるもの。


ありますよ。ありますよ。
“行田のフライ”をいつも食べますよ。
夕べも食べました。



ところで、佐野市の“イモフライ”のルポルタージュを見終わったら、
なんと!行田中学校の3年5組の時のクラスメート(女性)から電話がかかってきたのですよ。
名前を聞いた時には全くイメージが思い浮かばなかったのですよね。
彼女が去年、僕の家に電話したときに、“毎年10月か11月に帰省する”という事を僕のお袋から聞いたので、帰っているだろうか?と思って電話したと言うのです。
1時間半ぐらい話し込んだのですが、30分ぐらい話した頃に急にイメージが思い浮かんだんですよ。
“悦子さんの親しい友達です。南小学校時代からの友達です”、と言われて初めて絹子さんの顔を思い出したのです。

この悦子さんが極めてユニークな女性で僕の思い出の中では忘れる事ができない女性です。
その友達だと言ったものだから、絹子さんの顔を思い出すことができた。
この二人はいつも一緒に居たものです。二人とも実に仲が良かった。



悦子さんも絹子さんも美人ですよ。
悦子さんは現在でも都庁に勤めています。
僕は初恋の人が他のクラスに居たので二人に必要以上に接近しなかったのですが、
当時、初恋の人が居なかったら、どちらかを恋人にしていたかもしれません。

そうですよ。
中学校3年の時に僕の家に二人がやって来て白久(秩父市荒川白久)のスケートリンクに行く計画を立てたことを思い出しました。
絹子さんの話を聞いて30年以上忘れていた思い出がよみがえってきました。
30年以上も封印されていた思い出です。

“思い出を食べる”
“イモフライ”がもたらした奇妙な思い出でした。
では、お目にかかることを楽しみに。。。




『懐かしい思い出 (2007年11月5日)』より




。。。んで、デンマンさんのお母様が好きなイモフライを小百合さんは、お土産に持ってきてくださったのでござ〜♪〜ますか?



そうなのですよう。(2009年)10月16日の金曜日に小百合さんがお土産にと、イモフライを持ってきてくれたのですよう。それで、水城公園から家に戻ってから僕はお袋とイモフライを食べたのですよう。

つまり、お母様がそのイモフライのお礼が言いたいだろうと思って、デンマンさんは小百合さんを10月30日に病院へお連れしたのでござ〜♪〜ますか?

いや。。。ただ、イモフライだけではないのですよう。

他にも何か食べ物を小百合さんは差し入れしたのでござ〜♪〜ますか?

食べ物ではないのです。小百合さんの子供の学校の問題ですよう。この事については卑弥子さんとも話したのですよう。思い出してくださいね。


学校の問題



。。。んで、小百合さんの次男の問題はどうなったのでござ〜♪〜ますか?



あのねぇ〜、明らかに担任の先生が悪いのですよう。

つまり、その担任の先生は小百合さんの次男を勉強嫌いにさせ、学ぶ意欲を引き出さず、やる気を起こさせないで、学ぶことの大切さも教えなければ、楽しさも教えない。。。そのような教師失格の先生だとデンマンさんはおっしゃるのですか?

僕が小百合さんの立場であれば、先生と面談して、この記事を読ませますよう。

それでデンマンさんは小百合さんに何と助言なさったのでござ〜♪〜ますか?

そのような学校は辞めてしまえと言いましたよう。

でも、それは言い過ぎでござ〜♪〜ますわ。

実は、僕の弟も同じような問題に突き当たって、結局、埼玉県の不動岡高校を辞めてしまいましたよう。

それで。。。?

それをバネにして頑張って、大学入学検定試験を独学でパスして早稲田大学の商学部に入って修士課程まで進んで卒業しました。

あらっ。。。それはすごいですわね。でも、小百合さんの次男に学校を辞めてしまえと言うのは、あまりにも無責任だと思いますわ。

ダメな先生の下で勉強させる方が親として無責任ですよう。

そうでござ〜♪〜ましょうか?

あのねぇ、最近の先生の中には比較的安定した職業として先生の道を選んだ人が圧倒的に多いのですよう。教えることに熱意を燃やして先生になる人が少なくなった。それで、学校でも先生と生徒の間でいろいろな問題を起こすようになった。僕には、そう思えるのですよう。

そうでしょうか?

だからねぇ、橋本先生のように本心から教えることに熱意を燃やしている人に学校の先生になって欲しいと思いますよう。




『名物先生 (2009年11月19日)』より




僕のお袋も弟のことで同じような問題を抱えていたのですよう。



それでデンマンさんは小百合さんをお連れしたのでござ〜♪〜ますか?

そうなのですよう。小百合さんも僕のお袋の苦労話を聞けば、少しは心の重荷が軽くなるだろうと思ったのですよう。

。。。んで、お母様は何とおっしゃったのでござ〜♪〜ますか?

僕はあまり覚えていないのだけれど、小百合さんは次のように言ってましたよう。




デンマンさんのお母さんも苦労したのですわね。

“いつも子供の味方であげてね”

そう言われて、わたし、ちょっとハンセ〜しました。


ところで、デンマンさん。。。“女の火花”はどこに出てくるのでござ〜♪〜ますか?



やっぱり気になりますか?

気になりますわよう。これまでにも、かなりの次数を使ってきたのですわ。もう、この対談も終わりに近づいておりますゥ。でも、今出てくるか?今出てくるかと期待していたのに、ちいっとも出てきませんわ。あたくし、痺れを切らしてしまいましたわ。んも〜♪〜。。。

あのねぇ〜、上の話に続けて小百合さんは次のように言ったのですよう。


ところで、デンマンさんのお母さんが

さりげなく言ったのですけれど…、

デンマンさんは覚えてますゥ?

“小百合さんの額は狭いのねぇ〜”

額が狭いのは「意地っ張り」とか

「我が強い」ことの証(あかし)ですってぇ…。

デンマンさんのお母さんは私の性格を

見抜いていたのかも…。




小百合さんはマジで気にしていたのでござ〜♪〜ますか?



いや。。。写真を見ても分かるように、小百合さんの額がとりわけ狭いわけではない。気にしていたと言うよりも女同士の会話の中に小百合さんは“女同士の品定め”、“女の視線の鋭さ”。。。そのようなモノを感じ取っていたようですよう。

デンマンさんも、そのモノを感じ取ったのでござ〜♪〜ますか?

いや。。。僕は小百合さんが上のように言うまで全く思い当たらなかった。お袋は、確かに“小百合さんの額は狭いのねぇ〜”と言ったのだけれど、ただ、その事を思いつくままに言ったという感じで他意はなかった。額が狭いのは「意地っ張り」とか「我が強い」ことの証(あかし)だというのは、小百合さんが自分で判断して僕に言ったことで、僕のお袋は、その事については何も言わなかった。僕にとって二人の会話は、ごくありふれた世間話をしているようで、始終和(なご)やかムードだったのですよう。お袋と小百合さんの会話の中には、どこにも“鋭さ”だとか“厳しさ”を僕は感じなかった。

でも、女の火花が二人の間で散っていたのですか?

もし、火花が散っていたとしたら、僕には全く見えなかった。でも、ありそうなことだとは思った。

どうして。。。?

以前、僕は次のエッセーを読んだことがあったからですよう。


なんかにおう

「女子校育ちの女たち」


2008年1月3日

「女子校育ちのにおい」というのがあります。
いえね、私も小学校から高校まで、かれこれ12年間女子校に通っていましたから、同じ種族の者どもを見分ける目は確かなんです。

女社会で生きていくのは大変です。
嫌われ者にならないために、浮いちゃったりしないために、女の子たちが身につけた鎧(よろい)みたいなもんがあるんだな。
それが同じ女子校育ち同士、透けて見えることがあるのです。

たとえば…

● 女の子のランクを一瞬で見分ける

  鋭い「目」を持っている


「はじめまして〜」とお互いペコリと挨拶するとき、女子校女はすでにその1秒で、女性を観察しつくします。
自分より年上か年下か、セレブなのかアンセレブなのか、ぶっちゃけ女なのか鉄仮面女なのか。
もろもろの証拠を集めて瞬時に「敵か味方か」を判断することができるのです。
その目の確かさはけっこうなもんだと思います。

● 女の子の本音に

  敏感な「鼻」を持っている


「え〜、それかわいいっ」
「今日のA子超キレイ」
「やさしそうな彼だねえ」など、女の子は綿菓子のように甘い言葉で社交します。
が、女の巣窟、あけすけトークの連続技にまみれて生きてきた女子校女は、その言葉の真実度がピピッとわかっちゃうのです。
うわ〜、かなり上辺だけで言ってるよねえ。
うわ〜、かなり上から目線だよねえ……。
衝撃的な本音を受け止めつつ、私ら女子校育ちも負けじと、綿菓子にチョコレートを盛りつけたような甘い言葉で女友だちと仲よくしております。

● では男に対してはどうなのか?

ようやく女の牢獄から抜け出した19歳の春。
予備校に通いはじめた私は、男性とうまく話せませんでした。
照れてるんじゃなくて、口開くとよだれが出ちゃうから。
男性に対しては、2パターンあるようで、
不自然にサバサバっとして「私男みたいってよくいわれるのぉ」というタイプになるか、
妙にかたくなになり、男の人におごってもらうと翌日プチプレゼントを渡さないと気がすまなかったり、
いつまでたっても男の人を「さん付け」でしか呼べないような不器用タイプになるかです。
どちらも意識しすぎですな。
青春時代、男の子が日常風景にいなかった結果でしょう。

女子校育ちというと、意味なく「お嬢さんね」などと言われますが、いえいえとんでもない。
みんなかなりシタタカで、不器用なところを抱えています。
ま、そういうところがかわいらしさでもあるんですけどね。
最近では、同じ女子校育ちを見つけると、なんとなく親愛のまなざしを注いでしまうのです。

(霊屋たま/studio woofoo)




『20代働く女子の実態』より

『女の学園 (2008年6月19日)』に掲載




つまり、小百合さんには女子高育ちの“嗅覚”が備わっているとデンマンさんは思ったのでござ〜♪〜ますか?



そうですよう。確かに女同士の見方って、男が女を見る見方とは全く違っているように思いますよう。

そうでしょうか?

そうだと思いますよう。女が女を見る時には、確かに品定めをするような鋭い視線があるように感じます。

男が女を見る時には「鋭さ」はないのでござ〜♪〜ますか?

あのねぇ〜、男が女を見る時には「額の狭さ」というような些細な事など、ほとんど気にしないものですよう。

。。。んで、どこに注目するものなのでござ〜♪〜ますか?

もっと大局的な見方をするものですよう。

大局的な。。。とおっしゃいますとォ〜。。。

だから、僕は以前にも書いたでしょう。思い出してくださいよう。


男の見方



英文法の先生で、とてもユニークな先生が居ましたよ。ユニークと言っても、このエピソードがあったから、僕はこの先生がユニークだと思うようになったのですよう。寺田先生と呼ぶ事にします。僕は名前を忘れてしまったのですよ。思い出せません。まだ入学して日の浅い頃でした。春から夏になる頃の話です。



その寺田先生は女性でござ〜♪〜ますか?

もちろん、男の先生ですよ。女性の先生は一人も居ませんでした。当時、埼玉県の有名校は別学だったのですよ。熊校(県立熊谷高校)は男子校でした。

その先生は、どのような感じの先生でござ〜♪〜ますか?

山岳部の顧問をしている先生でした。また、油絵を描くのが趣味でしたよ。どちらかと言えば寺田先生は、あまりパッとしない先生なのですよ。40代だったでしょうか。。。山岳部の顧問と言う響きから山男か?というと、そういう印象でもない。がさつな感じでもない。そうかと言って繊細で洗練されている印象でもない。ざっくばらんで自然体、と言う感じでしたね。

。。。んで、どのような事があったのでござ〜♪〜ますか?

いつものように、とりわけ変わった事もなく授業は進んでいったのですよ。僕は、寺田先生の教え方がうまいと思った事もなく、とりわけ魅力的な授業をする先生だ、と思ったこともない。いわば、いつもどおりにマンネリ化した、興味のあまり感じられない授業を進めていましたよ。

それで。。。?

ふと、先生は窓の外に眼をやったのですよ。当時の校舎は木造で、僕のクラスは学校で最も古い昭和の初期に建てられた木造平屋の教室だったのですよ。寺田先生は、しばらく黙って外を見ていた。生徒の幾人かは、オヤっと思って先生の目線の行き着くところを見定めるような風でした。でも、ほとんどの生徒は無関心に教科書を見たりノートに落書きをしているようでした。僕は先生が何を見ているのだろか?と思って窓の外を見たのだけれど、僕の座席からでは窓の外の風景は垣根と空だけしか見えない。

それで。。。?

先生は、感極まったように言ったものですよ。

“う〜〜ん。。。いい尻をしているなあぁ〜”

つまり、先生は窓の外を通る女性を眺めていたのですか?

そうですよ。生垣(いけがき)の向こうは砂利道になっていて、そこを女性が歩いてゆくのが見えたのでしょうね。僕の座席からでは人が通る様子は全く見えないのですよ。先生は窓辺に立っていたから見えたのでしょう。

それで。。。?

“オイ、いいケツだとよォ〜” クスクスっと笑って、僕の後ろに居た原島君などは、ポルノ雑誌を見たようなエロい笑いをもらしながら、僕の背中を小突(こづ)いたものですよ。教室の、そこここで、くすくす笑いが起こりました。先生も皆に聞こえるような声を出した事に初めて気づいたかのようにニヤニヤしながら、教壇の方に歩いてゆきました。

デンマンさんは、どう思ったのでござ〜♪〜ますか?

女性の尻を見て、その素晴しさに感極まるような感嘆を漏らす人が僕以外にもやっぱり居るものだ、と僕は半ば同志に巡り会ったような気持ちでしたよ。

つまり、高校1年生のデンマンさんは、すでに女性のお尻を見て“う〜〜ん。。。いい尻をしているなあぁ〜。。。”と、感嘆したことがあったのでござ〜♪〜ますか?

ありましたよ。声には出さなかったけれど、まさに声に出てしまうほど感嘆したことが何度もありましたよ。

。。。んで、そのように感嘆してしまう素晴しいお尻って、一体、どのようなお尻なのでござ〜♪〜ますか?

これは個人、個人によってだいぶ違うと思うのですよゥ。美意識の問題ですからねぇ。でも、卑弥子さんが僕にマジで尋ねるのならば、僕はシャロンさんの次の写真を見せる他に思い浮かびませんよう。



うふふふふ。。。このようなお尻が素晴しいのでござ〜♪〜ますか?

卑弥子さんは、同性として何か感じるものはないのですか?

確かにシャロンさんは、きれいな方だとは思いますわ。でも、特にお尻に魅力を感じる事はござ〜♪〜ませんわ。

そうですかぁ〜。。。でも、着こなしがセクシーだとか。。。そのように思うことはありませんか?

う〜♪〜ん。。。確かに、着こなしが洗練されていると思いますわ。でも、芸能人の写真を見るようで、身近な美しさを感じませんわ。

なるほどねぇ〜。。。そういうものですかぁ〜。。。確かに人体の一部に感じる魅力は人によって違うのでしょうね。寺田先生も、クスクス笑う生徒を見て次のように言ったものですよ。

“まだ、君らには分からないかもしれないなぁ〜”

「いえ、先生、僕には分かりますよ」 僕は手を上げて寺田先生に、そう言いたい衝動に駆られたものですよう。

そのようなエピソードがあったので、デンマンさんは寺田先生がユニークだと思うようになったのでござ〜♪〜ますか?

そうですよ。思っていても、なかなか生徒の前で口に出せるものではないですよ。それを自然体で感嘆し、自然に口に出す。凡人には、なかなかできない事だと僕はその時に思ったものですよ。考えてみたら、寺田先生は油絵をやりましたからね、当然デッサンなどで女性のヌードを描いていたと思うのですよ。

つまり、生垣の外を歩く女性を、寺田先生はヌードをデッサンするような目で眺めていたと。。。デンマンさんは、そう思うのでござ〜♪〜ますか?



そうですよ、常日頃から美術的に女性の美しさを見出そうとしているような習慣ができていない限り、授業中に窓から見えた女性の尻の美しさに感嘆できる人はまず居ないですよ。しかも、生徒の前で、自然に感嘆の言葉を漏らすのですからね。

その事がデンマンさんには、とっても感動的だったのでござ〜♪〜ますか?

そうですよ。




『名物先生 (2009年11月19日)』より


つまり、男はヤ〜らしい見方をするのでござ〜♪〜ますわね!?

違いますよう。。。ヤ〜らしい見方ではありませんよう。男は女性の美しさを追い求めるのですよう。


【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
デンマンさんは大局的な見方だとおっしゃいましたけれど、額がお尻になっただけのことですわ。
確かにお尻のほうが額よりも大きいですけれど、五十歩百歩でござ〜♪〜ますわよう。
そうでしょう!?
あなたは、どう思いますか?

とにかく、面白いお話がまだ続きますわ。
あなたもどうか、また、あさって読みに戻ってきてくださいましね。
では、またぁ〜。。。




メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

日本では公立高校でも別学がありますが、

カナダでは公立高校は共学と決まっています。

わたしは幼稚園からずっと共学でしたから、

「女の学園」って、全く経験した事が無いのです。

なんかにおう

「女子校育ちの女たち」


この記事を興味深く読ませてもらいました。

女ばかりの学園で育つと

いろいろと面白い経験もするのでしょうね。

あなたはいかがでしたか?

高校は共学でした?

それとも別学?

面白いエピソードがあったら、

ぜひコメントに書いてくださいね。



ところで、卑弥子さんが面白い話をまとめました。

興味があったら読んでみてください。

■ 『あなたも笑って幸せになりませんか?』



では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





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