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2012年02月07日

ボンド女と挫折


  
ボンド女と挫折








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『隠し砦の三悪人』予告編





デンマンさん。。。あんさんは、どうしてまた『隠し砦の三悪人』の予告編など持ち出してきやはったん? 「ボンド女と挫折」と関係あらへんやんかァ。



関係あるさかいに持ち出してきたのやがなァ。 めれちゃんは若林映子という女優さんを知らへんやろう?

名前を聞いたこともありしまへんわ。

わての世代の男には忘れることができへん女優さんなのやがなァ。

どないなわけで。。。?

ちょっと次の記事を読んで欲しいねん。


若林映子


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映画入りのきっかけは「隠し砦の三悪人」(黒澤明 ’58)の雪姫役に応募したことで、これには落選したが、これがきっかけで東宝に入社。
しなやかな肢体とエキゾチックな容姿を生かして、水野久美、浜美枝とともに東宝アクション映画に華を添えた。
といっても、いずれも彼女でなければできないという役柄でもなく、これといった印象はない。
むしろ彼女の魅力を生かしたのは外国映画ではないか。
長い黒髪のいかにも外国人受けする顔立ちから、多くの外国映画に出演。
伊映画「レ・オリエンターリ」(’59)では海女、
日伊合作映画「アキコ」(’61)では柔道の達者なヒロイン、
西独映画「遥かなる熱風」(’61)では日中混血のダンサー、
「007は二度死ぬ」(’67)では丹波哲郎扮する日本側の諜報員タイガーの秘書役を演じた。
残念なことに純粋な日本映画では実力が十分に発揮できなかった。
オリエンタルな魅力って日本では当たり前なことが、損をした理由か。

by 木全公彦




若林映子 (わかばやし あきこ)
昭和14(1939)年、東京生まれ。
「花嫁三重奏」(本多猪四郎 ’58)でデビュー。
「野盗風の中を走る」(稲垣浩 ’61)、
「暗黒街の牙」(福田純 ’62)など。
「007は二度死ぬ」(’67)の役は最初、浜美枝が演じるはずだったが、浜の英語力の問題から役が交換になったといういきさつがある。


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  浜美枝


(007japan.jpg)



赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




102ページ 『キネマの美女』
編者: 文藝春秋 
1999年5月30日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋




あらっ。。。若林さんは「隠し砦の三悪人」(黒澤明 ’58)の雪姫役に応募し、落選しやはったのやね。



そうやがなァ〜。。。人生はどないなところで幸運が待ち構えているか判らへん。。。
 
 
“人間万事塞翁が馬”
 
 
まさに災い転じて福となる、ということもあるもんなんやでぇ〜。。。

そやけど、浜美枝さんも「007は二度死ぬ」に出てますやん。

確かに、そうやァ。 上の説明だけでは言葉足らずやねん。 浜美枝も若林映子も「007は二度死ぬ」に出演してる。 そやけど、初め、若林映子が海女(あま)の「キッシー鈴木(Kissy Suzuki)」役で浜美枝が公安エージェントの「スキ(Suki)」役の予定だったのやァ。 そやけど、浜美枝の英語力では公安エージェント役は無理と判断されて、役柄が交換になったというわけやァ。 この時、原作の「スキ」という日本人にはなじまない名前が、若林映子(アキコ)の名前を取って「アキ」と変更されたという経緯(いきさつ)があるねん。

あんさんはボンド映画に詳しいのやねぇ〜。。。ボンド映画にハマッてはるのォ〜?

わてばかりではあらへん。。。世界には、よ〜けいボンド・ファンがおるのやでぇ〜。。。ジューンさんも次のように言うてたやないかいなァ。




こんにちはジューンです。

『スター・ウォーズ』(Star Wars)は、

多分、誰もが知っているのではないでしょうか?

ジョージ・ルーカスさんが生み出した壮大な宇宙SF物語です。

最初の映画は1977年5月25日に封切られました。

世界的な評判を生み出して

『スター・ウォーズ』カルチャーとも言える

オタク文化が広まりました。

現在までの、すべての『スター・ウォーズ』映画の興行収入は

約44億ドル($4.41 billion)と言われています。

『ハリーポッター(Harry Potter)』シリーズと

『ジェームズボンド(James Bond)』シリーズに続く

第3位の興行収入記録です。

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。




『あなたのための笑って幸せになれるサイト』




『砦の女』より
(2012年1月27日)




『ジェームズボンド(James Bond)』シリーズは興行成績で、これまでに世界で第2位やからなァ。 わてばかりでのうて世界には、よ〜けいボンド・ファンがおるのやァ。



さよかァ。。。でも、浜美枝さんも若林映子さんもボンドガールになりはったけど、べつに挫折してはおらへん。 どないなわけで「ボンド女と挫折」というタイトルにしやはったん?

あのなァ〜、浜美枝さんは英語力がなかったと判断されたばっかりに出番の多い公安エージェント役を降ろされてしまったわけやァ。

それで浜美枝さんが挫折したと。。。?

いや、ちゃうねん。 黒澤監督は誰もが認める世界的に名の知れた名監督やったけれど、英語力が無いばっかりに『トラ、トラ、トラ』の監督を降ろされてしまったのやァ。


黒澤明と『トラ・トラ・トラ!』



もともと本作は、英米仏独のスタッフを結集してノルマンディー上陸作戦を描いた大作『史上最大の作戦』が成功したことに気をよくした20世紀フォックスが、ラディスラス・ファラゴのノンフィクション『破られた封印』(The Broken Seal)を原作に、日米双方の視点から真珠湾攻撃を描こうとした企画であった。
豪腕で知られた当時の社長ダリル・F・ザナックは『史上最大の作戦』をまとめあげた実績を持つエルモ・ウィリアムズを起用して製作がスタートした。

アメリカ側、日本側双方の場面を別個に撮影して組み合わせる方針であったため、日本側シークエンスの監督に誰を起用するかという意見を求められたエルモは迷わず黒澤明の名をあげた。
この話を聞いた当時の黒澤明はそれほど乗り気でなかったというが、東宝の手を離れて黒澤プロダクション(以下黒澤プロ)を完全に独立させた直後という事情もあり、黒澤プロのスタッフにとってはハリウッドと組んで大作を撮るという話は願ってもないチャンスであった。
黒澤も当時力をいれて進めていた『暴走機関車』の製作が一時中断になったことから『トラ・トラ・トラ!』の製作にのめりこんでいく。

黒澤は膨大な資料を収集した上で、小国英雄、菊島隆三と共同で脚本を執筆し、1967年5月3日に準備稿『虎・虎・虎』を完成させた。
黒澤明は脚本執筆のため阿川弘之の『山本五十六』からも多くのアイデアを得たが、後に黒澤が降板したことから阿川の名前がクレジットに入ることはなかった。

1968年12月2日、京都の太秦にある東映京都撮影所でいよいよ『トラ・トラ・トラ!』日本側シークエンスの撮影が開始された。
ところがそのわずか三週間後の12月24日、20世紀フォックスは病気という理由で黒澤の降板を発表することになる。

この三週間の間、撮影はほとんど進まなかった。
その原因として黒澤の異常なセットへのこだわり(スタッフに作り直しや塗りなおしを命じる)や黒澤の精神的不安定(スタジオ内が危険だとしてヘルメット着用やガードマンの常駐を求める)、黒澤の独特のやり方(山本五十六役の俳優がスタジオ入りするたびにファンファーレの演奏とスタッフ全員による最敬礼を求めたことなど)にスタッフがついていけなかったこと、黒澤が選んだ素人俳優たちがスタッフを満足させる演技を行えなかったこと、あるいは黒澤が酒に酔った状態で何度もスタジオに現れたことなどがあげられている。
スタッフからの不満が常に耳に入っており、現場でも黒澤の状態を確認していたエルモだったが、なんとか黒澤をフォローしながら撮影を続けさせようとした。
しかし撮影がほとんど進まなかったため、12月24日苦渋の決断を下し、黒澤に直接会ってその監督降板を伝えた。

「病気による降板」(黒澤の「病気」の問題は後に映画にかけられていた保険の支払いに関する争いにつながる)という形で行われた監督降板劇の真相はいまだに不明な点が多いが、黒澤と20世紀フォックスの間の契約に関する詳細な問題や、撮影方針の食い違い、黒澤が自らの権限に関しての認識が不十分だったことなどさまざまな問題が背景にあったとされている。
この降板劇の経緯から以後日本では、黒澤の「気難しい完全主義者」というイメージが強くなったとも言われる。

黒澤が降板したことで20世紀フォックスは新たに舛田利雄と深作欣二を日本側シークエンスの監督として起用して撮影を続けた。
日本側シークエンスの脚本の大半は黒澤らが執筆したものがほとんどそのまま使われることになったが、黒澤の強い要望から製作会社との協定が結ばれ、本編では一切黒澤の名前がクレジットに出なかった。

また、黒澤が意欲的に抜擢した素人俳優たちは撮影遅延の一因となったことから、黒澤降板後に解雇され、あらためてプロの俳優たちが起用された(山本五十六役の山村聰など)。
源田実役が予定されていた山崎努も降板し、三橋達也と交代したが、近衛公爵役の千田是也、駐米大使館書記官役の久米明らは、黒澤解任後も降板することなく撮影を続けた。

この監督解任騒動は黒澤のキャリアに大きな傷を残すことになった。
それから3年後の1971年12月22日、黒澤明は自宅で自殺を図る。
「3年も熱中していた企画を突然打ち切られたら、監督は殺されるのと同じことだ。」と語った。

赤字はデンマンが強調のため)




出典: 「トラ・トラ・トラ!」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




そやけど、黒澤監督が英語力の無いために降板させられたとは上の説明の中には一言も出てまへんがなァ。



その通りやァ。

それやのに、あんさんは黒澤監督が英語力が無いために降板させられたと言わはるのォ〜?

あのなァ〜、上の説明にもあるように「真相はいまだに不明な点が多いが、黒澤と20世紀フォックスの間の契約に関する詳細な問題や、撮影方針の食い違い、黒澤が自らの権限に関しての認識が不十分だった」と言うことなのやがなァ。

つまり、「病気による降板」というのは黒澤監督の名誉のために建前としての理由で、本音のところでは降板の原因は黒澤監督の英語力不足にあったと、あんさんは言わはるのォ〜?

そうやァ。

そやけど、たとえ黒澤監督に英語力が無かったとしても、有能な通訳さんが居(お)れば問題は無いやんかァ〜。

その有能な通訳さんが居なかったのやがなァ。 アメリカ側との交渉は、ほとんどすべてを青柳哲郎プロデューサーがとりしきっていた。

その青柳さんの英語力がイマイチやったのォ〜?

英語力以前に青柳さんの性格にも問題があったようなのやァ。 もちろん、黒澤監督の性格にも問題があった。 人間は、結局、誰もが完璧やないさかいに。。。



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1968年12月24日の解任を境にして、黒澤の身辺で最も劇的に変化したことは、それまでフォックスとの連絡調整の要(かなめ)を握る自分の右腕として信頼してきた青柳哲郎プロデューサーが、監督にとって、突然「獅子身中の虫」になってしまったことである。
黒澤監督は、青柳に対して、クロサワの名において締結されたフォックスとの契約書を、すべて渡せと要求する。
青柳は言を左右にして、契約書をなかなか渡さない。
そうした中で、青柳に対する監督の疑念が次第に深まり、いつしか、青柳こそ自分を裏切り、『トラ・トラ・トラ!』から自分を降板させた“ペテン師たち”の首魁(しゅかい)であるに違いない、という“確信”に変わる。
監督解任から1ヶ月足らずの1969年1月下旬に相次いで開かれた黒澤と青柳の記者会見では、公然と互いを非難し合うという異常事態意に発展した。

赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)





402-403ページ
『黒澤明 vs. ハリウッド』
著者: 田草川 弘
2006年4月25日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋




つまり、黒澤監督は契約書を見てなかったん?



そうなのやァ。 英語力が無いさかいに、すべてを青柳哲郎プロデューサーにまかせきっていたのやァ。

それで、具体的に何が問題やったのォ〜?

要するに、黒澤監督も日本の黒澤ファンも「黒澤監督が総監督になって20世紀フォックスのお金で映画を作る」と思い込んでいたのやァ。



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黒沢明『虎・虎・虎』を総監督
(日本経済新聞)

黒澤明、フォックスと提携 『虎 虎 虎』総監督
日米二班で来春撮影開始
(読売新聞)

黒澤監督総指揮で『虎 虎 虎』
真珠湾攻撃がテーマ
ワシントンなどでロケ
(デイリースポーツ)




ところが、契約書には「黒澤監督が総監督」なんて書いてない。 あくまでも、黒澤監督は20世紀フォックスのプロデューサーであるエルモ・ウィリアムズの指示に従って日本側シークエンスの監督だけを務めるという文面になってるねん。



黒澤監督はその契約書を読まへんかったの?

撮影を開始してからも、解雇されてからも、一度も読まへんかった。 すべてを英語ができる青柳哲郎プロデューサーにまかせきっていたのやァ。 もし、黒澤監督に英語が理解できて読んでいたら、見苦しい降板劇は無かったかも知れへん。 挫折感にさいなまれて自殺を図るよなことも無かったかも知れへんなァ。


【レンゲの独り言】



ですってぇ〜。。。
英語力が無いということは、いろいろな問題を生むのですわね。
国際化はどうしようもなく、私たちを呑み込んでいます。
国際語を知らないということは、かなりのハンディーを背負うことになるようですわ。
あたしも、もう少し英語を勉強しようと思いますう。
あなたは、いかがですか?

とにかく、次回も興味深い話題が続くと思います。
また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。






ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

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こんにちはジューンです。

黒澤監督には『隠し砦の三悪人』で素人の上原美佐さんを

雪姫役に抜擢して成功させたという自信があり、

後に『影武者』でもオーディション公募を行なっています。

しかし、『トラ・トラ・トラ!』の撮影では以前と違って

社会人を俳優に起用したことで

思いの外に時間がかかってしまたそうです。

そのことで黒澤監督はストレスを溜め込んでしまい、

降板劇の一因になったとも言われています。

確かに、過去には素人の俳優さんだけを使って

名作を作った例があります。

1925年、ロシア革命の8年後、

当時全く無名だった27歳の新人監督・

セルゲイ・エイゼンシュタインは、オール素人俳優で

歴史に残る名作『戦艦ポチョムキン』を作りました。


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しかし、この映画は主役が居ない「群衆劇」であり、

無声映画でしたから台詞がうまくしゃべれなくても

問題にはなりませんでした。

1948年にはイタリアのヴィットリオ・デ・シーカ監督が

オール素人俳優の『自転車泥棒』を発表しました。

また、1955年にはフランスのロベール・ブレッソン監督が

オール素人のキャストで『スリ』を作りました。

しかし、『自転車泥棒』も『スリ』も出演者に対して

熱演や名演技は一切求めていません。

顔は無表情に近く、台詞は棒読みに近かったのです。

ところが、黒澤監督は素人俳優に対しての要求が高すぎて

そのために撮影に必要以上の時間がかかっていたと、

20世紀フォックスのプロデューサーである

エルモ・ウィリアムズ氏は言っていたそうです。

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とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ





2012年01月27日

砦の女


  
砦の女


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鼻息ジャンプ

高橋とよさんが生まれ付いての小津調名脇役なら、三好栄子さんは、欧風の灰汁(あく)の強い名演技者だった。



  高橋とよ

同じ新劇出身の俳優さんとも思えないが、灰汁の強い演出家であった私の師匠渋谷実監督は三好さんの方を好んだ。
きだみのる原作の映画「気違い部落」(渋谷実 ’57)は題名が災いしてヴィデオ化期待薄の渋谷作品である。

...さて、この作品に脇で出演した三好さんは、素顔と演技の落差の大きさで私をびっくり仰天させた。
待機中の俳優さんを撮影順に呼びに行くのも助監督の仕事のうちである。
ある時、三好さんを迎えに行くと、車の都合で大船到着が遅れたらしく、メイクがまだ終わっていなかった。
しかし、開始時間には余裕があったので、その旨を告げたが、彼女は今にも泣き出さんばかりに、済みません、済みません、本当に間に合いますか、間に合いますかの連続であった。
勿論、撮影時間には十分間に合って、スタジオに入ったときはまだ余裕があった。


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        三好栄子

三好さんは監督に静かに挨拶した後、セットの片隅に控えたが、まるで水を打ったようにひっそりと静かであった。
おとなしい農婦だが、いざとなると怖い女、といった役だったと記憶する。
なにしろ30年以上も昔のこと、台本もないのではっきりしないが、その日は彼女の怒りが大爆発する件(くだり)を撮影したのである。

テストが何回かあって、いよいよ本番である。
それ迄の迫力も大したものだったが、いざ本番は想像を絶して凄く、喚き散らしたあと、鼻息も聞こえんばかりの勢いで周りを睨み回し、最後の目線がカチンコを持ってカメラの脇に立っていた私に当たって動かなくなった時は、そのあまりの迫力に思わず後ろの誰かを睨んでいるのかと振り返ったくらいである。
勿論誰もいない。
怖さのあまりに遂に私は何か悪いことをしたみたいにうなだれてしまった。
本番は1回でOK、渋谷さんは大満足であった。

三好さんは腰が折れるくらいに深い最敬礼をしてセットを出て行き、私は監督の、丁重にお送りしての声を背にこわごわと控え室までお送りしたのである。
途中、三好さんは今にも泣き出さんばかりに、渋谷先生は本当にご満足なさったのでしょうか、と何度も何度も念を押される。
私も負けずに大丈夫です、凄かったです、最高ですと褒め称えながら、水がいきなり沸騰する湯に変化したようなものすごい落差に圧倒されていた。
いま目の前にいる三好さんは偽者で本物はは未だセットにいるのではないかという錯覚に捕らわれかけた。
映画界暮らしも長いが、三好さん以上に激しいジャンプ力の持ち主は未だに知らない。

今は、化けるという演技の原点を失った俳優ばかりだが、怖い、しかし最初の観客としての監督という存在が、すっかり権威を失ったことと無関係ではあるまい。

by 石堂淑朗

赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




三好栄子
明治27(1894)年、東京に生まれる。
夫、森田信義が東宝プロデューサーだったことから戦時中から東宝作品に顔を出す。
黒澤組の常連のほか、以後、あのギョロ眼と独特の口跡で各社を押しわたり主役を喰い続ける。
昭和38(1963)年歿。
代表作=「正義派」(渋谷実 ’57)
オススメ作=「或る剣豪の生涯」(稲垣浩 ’59)




85ページ 『キネマの美女』
編者: 文藝春秋 
1999年5月30日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋




デンマンさん。。。あんさんは「砦の女」というタイトルにしやはったけど、三好栄子さんが「砦の女」やのォ〜?



そうであるような。。。ないような。。。

はっきりしたらどうなん? 思わせぶりなタイトルを付けはってぇ、人を惑わせるようなことをして欲しくないねん。

あのなァ〜、実は、久しぶりに『隠し砦の三悪人』をバンクーバー市立図書館で借りてじっくりと観たのやがなァ。


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『隠し砦の三悪人』予告編





この映画に三好栄子さんが出てはるのォ〜?



出ておるのやがなァ。 次のシーンは上の予告編からソフトカメラで撮ったものやねん。 


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これは戦国時代の物語なのや。 山名家と秋月家が戦い、秋月家が敗れてしもうたのや。 それで敵の追っ手をかわすために「隠し砦」に避難しているシーンなのや。 上の写真の左に居る若い女が秋月家の一人娘の雪姫なのやがなァ。 男子が生まれなかったので秋月家の殿様は彼女を男のようにして育てた。 そやから、この雪姫は男勝(まさ)りな女になってしもうたァ。 その乳母役を写真の右に居る三好栄子さんが演じているのやがなァ。



。。。で、上の映画の中でも三好さんは「想像を絶して凄く、喚き散らしたあと、鼻息も聞こえんばかりの勢いで周りを睨み回」す演技を見せはるのォ〜?

いや。。。残念ながら上の映画では、そないな激しい演技はあらへん。

そやのに、どうして、あんさんは三好さんを持ち出してきやはったん?

三好さんは黒澤映画の常連なのやがなァ! すべて脇役で出演しているのやけど、黒澤監督に認められるのやから、やっぱり人を惹きつけるだけの何かがあるのやろうと、わても思うていたのやがなァ。 そのような時に、たまたま石堂淑朗さんの書いた上の小文に出くわした。 「なるほど。。。三好さんはこのような人柄なのか!?」と。。。納得したようなわけやァ。。。 つまり、ドラマチックな演技。。。インパクトのある演技を黒澤監督も期待していたと思うのやぁ。 しかも三好さんは監督の指導に従順に素直に従う。 黒澤監督もそういう役者を好んで使(つこ)うていたのやでぇ〜。

ただ、それだけの事を言うために、わたしを引っ張り出したん?

ちゃうねん。。。それだけで、めれちゃんを呼び出すかいなァ!

。。。で、他にどのような事をあんさんは言いたいん?

次のシーンを見て欲しいねん。


(toride005.jpg)



左の男は千秋実が演じている太平で、右側の男は藤原釜足が演じている又七。 二人とも同じ村に住んでいた百姓なんやけど、戦国時代やから、豊臣秀吉のように百姓をやっているよりも戦場に出て出世してみようという野望を抱いたわけやぁ。 それで、なけなしの金をはたいて鎧(よろい)や武器を買(こ)うて足軽になって戦(いくさ)に出て行ったというわけや。



それで、この上の写真は、どないな場面やのォ〜?

映画の最初の場面やぁ。 結果として負け戦の方に加わったようで、死人の墓堀をやらされた挙句、殺されそうになって命からがら逃げてきて、こうして荒野を彷徨(さまよ)っている最中の場面なのやがなぁ。 途方にくれた挙句、お互いに相手を罵(ののし)り合っているのやぁ。

そやけど、この二人は主人公ではないのやろう?

ヒロインは雪姫で、主人公は三船敏郎が演じる秋月家の武将・真壁六郎太やないかいなぁ。

。。。で、あんさんは、どうして太平と又七に注目しやはったん?

あのなぁ〜、この二人はあきらかに脇役なんやけど、見方によったら、この二人こそ物語の主役だと言うこともできるねん。

それは、あんさんの個人的な意見ですやろう?

いや。。。ちゃうねん。 実は、スター・ウォーズ(Star Wars)の生みの親であるジョージ・ルーカス(George Lucas)のインタヴューを見ていたら、あのユーモラスなロボットの R2-D2 と C-3PO の着想を得たのは『隠し砦の三悪人』を観たからだと、ルーカスさんは言うているのやないかいなぁ。


(toride007.jpg)

C-3PO and R2-D2





このロボットが太平と又七の成れの果てだと、あんさんは言わはるのォ〜?



ジョージ・ルーカスが言うているのやないかいなぁ〜!

マジで。。。?

ウソやと思うたら次のクリップを見たらええやん。。。


(lucas02.jpg)

George Lucas Interview





ルーカスさんは黒澤明・映画のファンやのォ〜?



そうやがなぁ〜! ルーカスさんばかりでなく、映画「E.T.」の監督・スティーヴン・スピルバーグ(Steven Spielberg)さん、それに『地獄の黙示録』(Apocalypse Now)の監督・フランシス・フォード・コッポラ(Francis Ford Coppola)さんも黒澤映画の大ファンなのやがなぁ。

あんさんは、見てきたようなことを言うけど、それってぇ、マジなん?

あのなぁ〜、1990年米アカデミー名誉賞を受賞したのも、ルーカス、スピルバーグ、それにコッポラの推薦があったためなのやがなぁ。

ホンマかいなぁ〜?

ウソやと思うならばその授賞式の模様を見たらええやん。

黒澤監督米アカデミー名誉賞を受賞


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なるほどォ〜。。。上の授賞式でルーカスさんとスピルバーグさんが、「現役の世界最高の監督です。“映画とは何か”に答えた数少ない映画人の彼にこの賞を送ります」と紹介してはるわぁ。



あれっ。。。めれちゃんにも英語が判るのか?

この程度の英語ならば、わたしにも判りますやん。

めれちゃんは、見かけによらず英語が分かるのやなぁ〜。。。

あんさんのおかげで、わたしも英会話を勉強しましたさかいに。。。うふふふふふ。。。

マジかいなァ〜?


そないなことは、どうでもいいやんかァ。 それよりもルーカスさんは、どないなわけで太平と又七に注目しやはったん?

あれっ。。。めれちゃんはルーカスさんのインタヴューを聞いたのやろう?

聞きましたわ。

そやったら、ルーカスさんはインタヴューの中でその理由を言うていたやないかいな。

聞き漏らしましたわァ。 (微笑)

あのなァ〜。。。太平と又七は百姓生まれで、言ってみれば下層社会に属している。 そういう二人が、偶然に「隠し砦」近くの沢に流れ出した軍資金の黄金の一部を発見するねん。 しかし、六郎太にみつかり、二人の欲に付けこんで黄金を背負わせ、雪姫の身を守りながらも敵地である山名領を通って、友好国の早川領へ抜ける作戦を決意するわけやァ。 ルーカスさんは、欲に動かされる下積みの人間から物語を見たら面白いと思うたと言うているのやがなァ。 それで『スター・ウォーズ』の物語に太平と又七ともいえるユーモラスなロボットの R2-D2 と C-3POを登場させたと言うわけやァ。

。。。で、『スター・ウォーズ』でも、太平と又七に当たるR2-D2 と C-3POは欲に囚(とら)われて軍資金の黄金を奪おうとしやはるのォ〜?

いや。。。コミカルなところは太平と又七と似てるけど、2人の百姓のように強欲ではあらへん。 そやけど、物語の中では重要な役を演じてるねん。 ダース・ベイダー(Darth Vader)が『隠し砦の3悪人』の雪姫を思わせるようなレイア姫(Princess Leia Organa)を捕らえる。

どうして。。。?

ダース・ベイダーが巨大な宇宙船(Death Star space station)を完成させようとしているのやけれど、レイア姫がその設計図を盗んで、それをメッセエージと共にR2-D2の体内に隠してしまう。 R2-D2 と C-3POは惑星・タトゥイーン(Tatooine)に逃げ出す。 そこで、この2人のロボットは主人公・ルーク・スカイウォーカー(Luke Skywalker)の家来になる。 ある時、ルークがR2-D2を分解して検査している時に偶然に設計図とメッセージを発見する。 そのメッセージはレイア姫が救援を求める SOSやった。。。そういう筋(すじ)になっているのやがなァ。

つまり、『スター・ウォーズ』は『隠し砦の三悪人』の影響を受けていると、あんさんは言わはるの?

そうやァ。 ルーカスさん自身もそう言うてる。 ダース・ベイダーの頭のデザインは日本の鎧兜と旧ドイツ軍のフリッツヘルメットがかかわっているねん。 アミダラ女王(Queen Padmé Amidala)の服装や化粧なども日本文化の影響が見られる。 着物や芸者の風貌が取り入れられてるねん。

それで、あんさんは何が言いたいねん?

つまりなァ、三好栄子さんは脇役を演じていたけど、石堂淑朗さんのように見る人によれば忘れがたいようなインパクトを三好さんの演技から受けた。 おそらく黒澤監督も同じようなドラマチックな演技力を三好さんの演技に見ていたに違いない。

そやから、黒澤監督は三好さんを数々の作品の中に使っていたと、あんさんは言わはるの?

そうやァ。。。それと同じように太平と又七は、いわば脇役のような演技を演じていたのやけれど、この2人の演技もジョージ・ルーカスさんにインスピレーションを与えた。 それによってルーカスさんはR2-D2 と C-3POを生み出した。 改めてR2-D2 と C-3POの登場するシーンを見ると、確かに太平と又七のコミカルな対話が思い出されてくるのやがなァ。

あんさんは、この事が言いたかったん?

いや。。。それだけではあらへん。 「砦の女」とは、もちろん雪姫のことや。 雪姫を演じた上原美佐さんはその後どうなったのか?

そう言えば、名前を聞いたこともあらへんわァ。

わても、名前を知らへんかったァ。 あれほどのインパクトを見せる演技をしたというのに、その後多くの映画に出ておらんのやァ。

何があったん?

彼女は文化女子短期大学に在学していた時に『隠し砦の三悪人』の黒澤監督にヒロイン役に抜擢されてデビューしたそうや。

黒澤監督が見つけやはったん?

いや、ちゃうねん。。。上原さんが短大在学中の学長が徳川義親さんやったらしい。 上原さんが師事していた徳川さんの家を訪れた時に、たまたま居合わせた東宝の社員の目に留まったと言うねん。 それで映画に出てみないかという話になったそうやァ。 黒澤監督は上原さんの「気品と野生の二つの要素がかもしだす異様な雰囲気」に魅せられて雪姫役に抜擢したと言うねん。 きりりとした顔立ちと躍動感溢れる演技で人気を博したにもかかわらず、本人は「私には才能がない」と2年間で引退してしまったそうや。

もったいないやんかァ! わたしにも、そないな人が現れてスカウトしてくれへんやろか?

現れたやんかア!

どこに。。。?

めれちゃんの目の前に。。。

もしかして。。。あんさんのことやのォ〜?

そうやァ! めれちゃんは三好栄子さんのようにドラマチックでインパクトのある次の手記をわてに向かって書いたのやがなァ。 覚えているやろう?


オマエと対話しないのは、

わたしはオマエが

嫌いやからです。




2005/01/09 08:56 編集 返信

オマエに暴言吐かれてバカにされて憶測でわたしを非難した。
オマエのコロコロ変わる態度も
不安感を与えてるんや、
今は耳障りのいい言葉を使ってるけど、
いつお気に召さないことがあって
コテンパンにやられるかって不安な相手と付き合いたかないやろ。

オマエと対話するって事は、
一か八かのバクチみたいなもんや。
わたしはおべんちゃら言う気はないからな。

でもオマエは自分の周りに、
耳ざわりのいい事ばかり言ってくれる
おべんちゃらの上手な、
オマエの思い通りになる、
ふぬけばっかり集めたいんやろ?
太鼓もちみたいな人間、
それでいて対話してて手応えのある
知性も兼ね備えた人材がほしいんとちゃうか?

甘いな。
そんなヤツおらへんわ。

頭のいいヤツは、そんなバカげた輪の中には、はいらへん。
入ってもすぐ気付いてどっかいってまうわ。
残ってるのは、かしこくない・気がついてない人間とちゃうか?

それに、何も裏づけもないのに、
わたしの事決め付けて余計なこと書くのもやめや。

オマエ、わたしに対話を申しこんでるんやろ?
あんだけクソミソに書かれて、
オマエのことなんか考えたくなくなるんちゃうん。
普通の神経やったらな。



あいかわらずの北風さんやな。
上着ぜったいぬがへんわ。
オマエの価値観、人に押し付けて洗脳でもしたいん?
オマエのせいで、「精神的な苦痛」を与えられ続けてるの、わかる?

告訴したろか?
さっきの不法アクセスの事も含めて。
 
 
by レンゲ




『わたしはオマエが嫌いやからです』より

『私生活と不正アクセス』に掲載
(2009年5月29日)




わてに向けられた上の手記を初めて読んだ時、わては、めれちゃんの想像もつかへんような「鼻息ジャンプ」を感じてマジでビックリしたのやがなァ。



それは大げさと言うものですう。

大げさではあらへん。 めれちゃんの優しそうな素顔と、内に込められた、ほとばしるばかりのムカつきの感情の落差の大きさに、わてはをビックリ仰天したのやがなァ。

わたしに対するあんさんの仕打ちを思えば、わたしがムカつくのも当然のことですう。

わては、まさか、めれちゃんがこないにキレてムカつくとは思いもよらなかったのやでぇ〜。。。

さよかァ〜。。。?

そうかと思うと、めれちゃんは虫も殺さんような心の優しい乙女の表情を浮かべるのやがなァ。 そして書いたのが次の手記やァ。


小さな赤い花
 
 

 
 
わたしをあなたの庭に咲く

小さな赤い花にしてください

そして、お水を注ぎながら

何かお話を聞かせてください

わたしは何も言えないけれど

あなたの言葉を聞きながら

いろんなことを思うのです

あなたに愛されるように

いつまでも綺麗に

咲いています

だからわたしのことを

忘れずにいてください

 

by merange (めれんげ)

2010.02.19 Friday 10:24




『即興の詩 小さな赤い花』より

『永遠の愛のコラボ』に掲載
(2010年2月22日)




わたしが書いた上の手記の「あなた」が、あんさんやと思いはったん?



そうやァ!

それで、あんさんがわたしをスカウトしやはったと言わはるのォ〜?

そうやァ!

そやけど、わたしはどの映画にも出演しておりませんがなァ!

映画には出演しておらんけどネットにデビューしたやんかァ!

ネットに。。。?

そうやァ! 次の検索結果を見てみィ〜なァ。


(gog20127.gif)



判るやろう!?  めれちゃんはネット詩人・歌人としてネットの存在感を日毎(ひごと)に高めているのやでぇ〜。。。



あんさんだけが、そう思い込んでいるのですやん。

いや。。。10年先を見てみィ〜なァ。。。20年先を見てみィ〜なァ。 きっと、めれちゃんの愛と即興の詩が夜空の天の川のようにネットにキラキラと輝くことになるねん。

『金色夜叉(こんじきやしゃ)』の間貫一(はざま かんいち)さんみたいな事を言うて欲しくないねん。 (苦笑)


【レンゲの独り言】



ですってぇ〜。。。
果たして、めれんげさんの詩や短歌がデンマンさんの言うようにネットで10年後、20年後に「夜空の天の川のようにネットにキラキラと輝く」ことになるでしょうか?
その時がくれば判るでしょうけれど、デンマンさんの思い込みにはついて行けませんわ。

とにかく、次回も興味深い話題が続くと思います。
また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。






ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

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『夢とロマンの横浜散歩』

『あんさんに会いたい』 

『愛とロマンの小包』

『下つきだねって言われて…』

『銀幕の愛』

『パリの空の下で』

『夢の中華パン』

『愛の進化論』

『漫画家と平和(2011年3月6日)』



『漫画家の壁(2011年3月10日)』

『漫画家と奴隷(2011年3月12日)』

『畳の上の水練(2011年3月15日)』

『パール判事とゴーマン(2011年3月18日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『あんさんに会いたい(2011年10月31日)』

『ロマンと夢とババア(2011年11月4日)』

『愛の地獄(2011年11月8日)』




こんにちはジューンです。

『スター・ウォーズ』(Star Wars)は、

多分、誰もが知っているのではないでしょうか?

ジョージ・ルーカスさんが生み出した壮大な宇宙SF物語です。

最初の映画は1977年5月25日に封切られました。

世界的な評判を生み出して

『スター・ウォーズ』カルチャーとも言える

オタク文化が広まりました。

現在までの、すべての『スター・ウォーズ』映画の興行収入は

約44億ドル($4.41 billion)と言われています。

『ハリーポッター(Harry Potter)』シリーズと

『ジェームズボンド(James Bond)』シリーズに続く

第3位の興行収入記録です。

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

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とにかく、今日も一日楽しく愉快に

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じゃあね。バーィ





2012年01月08日

他人の不幸は…

 
他人の不幸は…




『鑓の権三重帷子』

(やりのごんざかさねかたびら)




あらすじ

鳥取藩士の笹野権三は、若殿の祝言で茶を点(た)てることを命じられた。
権三は「鑓の権三」と異名をとる遣い手だったが、太平の世に剣術では出世できない。
そこで、茶道役での出世を狙う。

しかし、この手前は格式の高い「真(しん)の台子(だいす)」で行わなければならない。 ... これは茶道指南役・浅香市之進から伝授を受けたものしか扱えず、権三はまだ伝授を受けていなかった。
しかも市之進は現在、江戸詰めで鳥取にはいない。
そこで権三は、市之進の妻おさゐから、真の台子の伝授を受けようと考えた。

権三が目指す祝言の茶道役を彼の同僚・川側伴之丞も狙っていた。
権三は伴之丞の妹・お雪と縁談を進め、本来なら伴之丞と親しく付き合えるはずだったが、権三は、嫌味な性格の伴之丞が好きになれず、伴之丞も権三をライバル視し、やはり真の台子の伝授を受けようと、おさゐに近づいた。
伝授を望む権三の来訪を、おさゐは喜んだ。 美男の誉れ高い権三で、娘の夫になってもらいたいと、おさゐは権三に伝え、もし承知してくれれば伝授すると約束した。
権三は悩んだ。 自分にはすでに許婚(いいなずけ)がいる。 ここは恋を取るか、出世を取るかの選択となった。

悩む権三の姿を見て、おさゐはいらつく。 権三には許婚がいるのを知っていた。 権三が締めていた帯も許婚が贈ったもの。
このままでは権三が取られてしまう。
おさゐは忌々(いまいま)しい帯をを権三から取り、私のを締めればいいと自分の帯を解いた。 すると、この状況を伴之丞が目撃する。

伴之丞は夜這(よば)いをして、おさゐから伝授を得ようと企(たくら)んでいた。
しかし、権三に先を越されたと早合点し、二人の帯を持ち去り、それを証拠に不義密通を訴え出た。

権三とおさゐは、二人で鳥取から逃げ去るが、逃亡先の京伏見で、おさゐの夫・浅香市之進の手に掛かる。

ここを観て聴いて

二人に不義密通の事実はなかった。
しかし、解かれた帯を証拠にされては、もう言い逃れは出来ない。
権三はもう、武士が廃(すた)ったと切腹を覚悟するが、おさゐはそれを押し止め、そして権三に懇願する。
私の夫・浅香市之進は妻の不義で恥をかき、その上、不義相手を討ち果たす妻敵討(めがたきうち)が出来なければ恥の上塗り。
それでは妻としてあまりに不憫なので、「どうせ死ぬのなら夫に討たれてください!」。
理不尽とも思えるこの願いを権三は受け入れる。
これも出世を望み、許婚を捨てようとした罰か……。

印象的なラストシーン

二人は、おさゐの夫・浅香市之進以外の者に斬られないように国を出た。
その二人を見つけ手に掛ける市之進。
権三は何の弁明もせずに討たれるが、おさゐは夫に真実を告げたかった。
しかし市之進は何も聞かずにおさゐを斬った。

この後、刀をじっと見つめてから捨てた、市之進役の人形遣いがいた。
今までに見たことのない演出だったが、妻を斬った苦しさ、武士の空しさが痛いほどよく判った。

赤字はデンマンが強調のため。
読み易いように改行を加えました。
写真はデンマン・ライブラリーより)




102-103ページ 『名作文楽50』
著者: 高木秀樹
2005年7月1日 初版第一刷発行
発行所: 株式会社 世界文化社




デンマンさん。。。あんさんは古臭い文楽などに関心がありますの?



あきまへんか?

あっかァ〜ん!と言うつもりはないんやけど、どないなつもりで文楽など持ち出してきやはったん?

あのなァ〜、めれちゃんは文楽が古臭いというけど、この『鑓の権三重帷子』は、『堀川波鼓(ほりかわなみのつづみ)』と『大経師昔暦(だいきょうじむかしごよみ』と共に近松門左衛門の三大姦通劇と言われて現在でもよく知られてるゥ。 実際、1986年には映画化されてるのやでぇ〜。。。


鑓の権三



近松門左衛門原作の世話浄瑠璃『鑓の権三重帷子』の映画化で、1986年に作られた。
「卑弥呼」の富岡多恵子が脚色。
監督は「瀬戸内少年野球団」の篠田正浩。
撮影は同作の宮川一夫がそれぞれ担当。

あらすじは世話浄瑠璃『鑓の権三重帷子』とほぼ同じだが
おさゐは「どうせ冥土へ行くのなら、権三と夫婦の契りをかわしてから」と、旅篭(はたご)で激しく愛しあう。

宇治の川岸にかかる橋の上で、ふたりはついに市之進と出会った。
そして、彼の刀に倒れるのだった。
一件落着し、浅香家では遺児・虎次郎が亭主となり、茶を立てている。

配役:

郷ひろみ (笹野権三)
岩下志麻 (市之進女房・おさゐ)
火野正平 (川側伴之丞)
田中美佐子 (伴之丞妹・お雪)
加藤治子 (お雪の乳母)
津村隆 (浅香市之進)
水島かおり (市之進娘・お菊)
嶋英二 (市之進伜・虎次郎)
浅川奈月 (市之進娘・お捨)
大滝秀治 (岩木忠太兵衛)
三宅邦子 (忠太兵衛女房)
河原崎長一郎 (忠太兵衛伜・甚平)
竹中直人 (権三の同僚・文右衛門)
浜村純 (道具屋の主人)
小沢昭一 (船頭)




篠田正浩監督作品

『乾いた花』 『鑓の権三』







デンマンさん。。。あんさんは上の映画を観やはったん?



もちろんやァ。 『堀川波鼓』は1707年2月15日に、大坂竹本座で初めて演じられた。 1706年に起きた、鳥取藩士が妻敵(めがたき)を討った事件を基にして近松門左衛門が書いたものなのやァ。 そやから、『鑓の権三重帷子』も、実際に起きた事件を基にして近松が書いたものやと思うねん。

つまり、実際に起きた事件を基にして近松のおっさんが書いたものやさかいに、あんさんは観る気になりはったん?

そうやァ。。。そやけどなァ〜、次の箇所はドラマチックにするために付け足したと思うねん。



おさゐは忌々しい帯を権三から取り、

私のを締めればいいと自分の帯を解いた。

すると、この状況を伴之丞が目撃する。




この場面はあまりにも不自然やと思うねん。



どうして。。。?

このような見え見えの事をするかいな! これでは、「私たちが不義をしている所を見て!見て!」と宣伝しているようやないかいなァ! アホらしくて、観ているわての方が恥ずかしくなったでぇ〜。。。

なにも、あんさんが恥ずかしくなることはおまへんがなァ〜。。。

とにかく、観客の目に不自然やと思われるような事はせ〜へんこっちゃ!

。。。で、あんさんは、その事が言いたいために、わざわざ『鑓の権三重帷子』を取り上げはったん?

ちゃうねん。。。そのような些細な事で記事を書くかいなァ!

そやったら、どないな理由で『鑓の権三重帷子』を取り上げはったん?

あのなァ〜、このような不義密通をテーマにした作品は“姦通物(かんつうもの)”と呼ばれておるのやけど、戦後、姦通罪が無くなったのに、どうして未だに人気があるのか? その事をわては考えさせられたのやがなァ。

それで、記事のテーマにしようと思いはったん?

そうやァ。 江戸時代から太平洋戦争まで、この姦通罪は、不義をした妻と、その相手の男だけに適用されて、この二人が罰せられた。 つまり、夫が妻以外の女と浮気をしようが2号さんを持とうが罪とはならへん。

それは男女同権に反しますやん。

そやから、戦後、姦通罪は廃止されたのやがなァ。 それにもかかわらず、未だに『鑓の権三重帷子』が上演されたり 1986年には映画にもなった。 つまり、人気が続いているねん。

『忠臣蔵』が未だに人気があるのと同じ理由やと、わたしは思うわァ。 つまり、吉良上野介を悪者にして、悪い奴をみなで懲らしめはるゥ。 そういう場面を見て日本人は気分良く日常生活に戻ってゆきはる。 気分がすっきりして癒されますねん。

なるほどォ〜。。。言われてみれば分かるような気がする。 そやけどなァ、『鑓の権三重帷子』の場合はちょっと違うと思うねん。

どないに。。。?

実は、日本の家庭の主婦は、多かれ少なかれ「おさゐ」さんのような中年女性が多いと思うねん。

伝授を望む権三の来訪を、おさゐは喜んだ。

美男の誉れ高い権三で、

娘の夫になってもらいたいと、

おさゐは権三に伝え、

もし承知してくれれば伝授すると約束した。


つまり、たいていの主婦は打算的で、スーパーならば人よりも良い物を安く手に入れたいと思う。 夫に失望している妻は、せめて娘だけには夫よりも有望な若者を探して見合いでもさせたいと思うてる。 しかも、最悪の状態になっても、諦め切れない未練がましい気持ちにとらわれる。 そやから映画のような状況に共感する。



おさゐは「どうせ冥土へ行くのなら、

権三と夫婦の契りをかわしてから」と、

旅篭(はたご)で激しく愛しあう。




つまり、このような願望を日本の中年主婦が持っていると、あんさんは言わはるのォ〜?



夫に失望している妻ならば、当然やろう?

そうやろか?

そやけどなァ、おさゐも権三も殺されてしまうのや。 それを見定めて観客の中年主婦は、きっと次のように思うねん。



ああ〜  思えば、わたしだってぇ、

同じような状況であれば、

同じような事をするかも。。。

駄目な夫と生活しているけれど、

殺されるよりは

生きて旨い物でも食べていた方がええわァ。


ここで初めて常日頃不満タラタラの家庭の主婦は蜜の味を感じるのやァ。
 
 
“他人の不幸は蜜の味”
 
 


あんさん!。。。、これはかな〜り性格の悪い解釈ですぇ〜。。。



さよかァ〜。。。?


【レンゲの独り言】



ですってぇ〜。。。
デンマンさんは近松門左衛門の作品にハマっているようですわ。
かつて『心中天網島』(しんじゅうてんのあみじま)について次の記事を書きました。



『心中と切腹』

(2010年11月25日)


同名の人形浄瑠璃は1721(享保5)年に、大坂竹本座で初演されました。
実際に1721年に起きた、紙屋治兵衛と遊女小春の心中事件を基にして書いた作品です。
愛と義理がもたらす束縛が描かれており、近松の世話物の中でも、特に傑作と高く評価されています。
また、道行「名残の橋づくし」は名文として知られています。
後に歌舞伎化され、今日ではその中から見どころを再編した『河庄』(かわしょう)と『時雨の炬燵』(しぐれのこたつ)が主に上演されています。

とにかく、次回も興味深い話題が続くと思います。
あなたも、また戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。






ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』



■ 『軽井沢タリアセン夫人 - 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』



『夢とロマンの横浜散歩』

『あんさんに会いたい』 

『愛とロマンの小包』

『下つきだねって言われて…』

『銀幕の愛』

『パリの空の下で』

『夢の中華パン』

『愛の進化論』

『漫画家と平和(2011年3月6日)』



『漫画家の壁(2011年3月10日)』

『漫画家と奴隷(2011年3月12日)』

『畳の上の水練(2011年3月15日)』

『パール判事とゴーマン(2011年3月18日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『あんさんに会いたい(2011年10月31日)』

『ロマンと夢とババア(2011年11月4日)』

『愛の地獄(2011年11月8日)』




こんにちは。ジューンです。

『堀川波鼓(ほりかわなみのつづみ)』も

近松門左衛門の三大姦通劇の一つですが、

この人形浄瑠璃は1707年2月の初演以来、

上演が途絶えていたのです。

それが1964年にNHKで復活しました。

これを映画化したものが今井正監督による『夜の鼓』です。

新劇では俳優座が『つづみの女』として上演しました。

鳥取藩士小倉彦九郎の妻・たねは、

夫が江戸詰めで国許を留守にして間に、

酒席で飲みすぎて、そのはずみで

鼓師・宮地源右衛門と褥(しとね)を共にしてしまいます。

そして不義の子を身ごもるのです。

その噂のために、妹のお藤(ふじ)の縁談は

破談になってしまいます。

隠しきれなくなったたねは、

夫への忠節を示すため自分の胸を突き、

非を詫びながら夫の手で絶命します。

たねの妻仇(めがたき)を討つべく、

彦九郎は復讐に燃える妹らを連れて

宮地宅へ討ち入り、本懐を果たすという物語です。

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2011年12月28日

スケートリンクと乱歩(PART 1)

 
 
スケートリンクと乱歩(PART 1)







バンクーバーより

楽しいクリスマスを!


From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Date:Fri, Dec 23, 2011 10:50 am.
日本時間: 12月24日午前3時50分


小百合さん、元気ですか?
クリスマスは、すぐそこですね。
今、Joe Fortes Library でクリスマスのための記事を書いてますよ。
記事といっても、いつものような記事ではなくてグリーティング・カードのようなものです。

今年は去年のカードを基にして、面白い YouTube を埋め込んで愉快なカードにしました。
小百合さんもぜひ見てね。



『あなたも楽しいクリスマスを!』

Joe Fortes Libraryにやって来るには僕のマンションからハイスクールの脇の駐車場を横切ってウエストエンド・コミュニティ・センターの裏口へ回るのが近道なのですよ。



裏口から入ると、すぐにスケートリンクを右手に見ることができます。



「私、結婚する前、バンクーバーへ行った時、あのリンクでスケートしたんですよ」

小百合さんがそう言ったのをスケートリンクのそばを通るたびぬ思い出すのですよ。
今日は中央図書館からの帰りにスケートリンクを見たら小学生がアイスホッケーの練習をしていました。
どう見ても小学校1年生か2年生ですね。
もしかすると幼稚園の生徒も混ざっていたかも知れない。
とにかく、皆、身長が100センチから120センチぐらいですよ。

ところが大人も顔負けするぐらいにうまいのですよ。
とても小学生がやっているとは思えない。
まるでプロの選手のようですよ。
驚きましたねぇ〜。



僕も以前はアイスホッケーもやりましたが、最近はスケートするのがしんどいですよ。
とてもすべる気になりません。
スケートものんびり滑っているぶんには良いけれど、アイスホッケーなどやろうものなら、もう息切れがして大変です。

小百合さんも子育てが終わったら、バンクーバーにやって来てビキニでスノボしたらどうですか?
きゃははははは。。。



小百合さんは、まだまだ若いですよ。
高齢社会になっている現在、小百合さんも第2の青春を楽しんでくださいね。
僕も、そうしていますよ。 (微笑) ホッケーはやりませんけど。。。(爆笑)

21日の水曜日に町子さんが税金のことでやって来ましたよ。
日本でならば経理部長でお金のことはすべて町子さんがやっているのだけれど、カナダとなると英語なので全くお手上げのようです。
40代でカナダにやって来たから英語を投げ出していて、じっくりと勉強する気もなさそうです。
税務署から届いた書類を電話で僕に説明するのだけれど、
実際に町子さんに会って書類を見てみると、町子さんの説明のうち正確に僕に伝えたのは20%で、あとの80%は町子さんの主観と推測なんですよね。(微笑)
やっぱり、20年カナダにいても英語はやる気がないと身につかないし、
やる気があったとしても40代からの英語の勉強はたかが知れたものです。

珍しく町子さんが自分で焼いたジンジャークッキーを持て来てくれました。
料理は何でもこなして、町子さんは、こまめによく作ります。
ジンジャークッキーで思い出しましたよ。
いつだったかジンジャーブレッドを買ってきて欲しいと小百合さんが言ってましたよね。





「日本でも売ってるでしょう?!」



「いいえ。。。大きなものは売ってないんですよ」

セーフウェー(Safeway)では売ってなくて、時間がなかったからジンジャーブレッドを他の店で探すことができなかった。
それほど珍しいものとは思わないけれど、ジンジャークッキーを食べていたら、ふと思い出しましたよ。
生姜の入った甘いクッキーは、しばらくぶりに食べてみると、なかなか懐かしい味がするものです。

ジンジャークッキーと一緒に兵庫県明石市の大栄堂本舗の「たこせん」をお土産に持ってきました。
蛸とイカが入った「おせんべい」で、子供の頃食べた“日本の味”ですよ!
懐かしい味でした!





では、小百合さんも素晴らしいクリスマスを迎えてね。

Merry M'mas &

Happy New Year!




じゃあね。






デンマンさん...スケートリンクのことなどよく覚えていましたわね?



言われてみれば、確かに忘れてもいいような些細なことだけれど。。。スケートリンクのそばを毎日のように歩いて通らなければ、とっくに忘れていたでしょうね。。。

スケートリンクがそれほどデンマンさんの目にとまるのですか?

時々可愛い女の子がフィギュアの練習をしていたり。。。、小さな子供たちがプロも顔負けにホッケーの練習をしている姿を通りがかりに見かけると。。。ふいに小百合さんが漏らした言葉が思い浮かぶのですよ。

デンマンさんに言われるまで私は忘れていましたわ。。。でも、スケートリンクと江戸川乱歩がどのように関係しているのですか?

あのねぇ、たまたま上のメールを書き終えてからDVDで見た映画が "The Mystery of Rampo" だったのですよ。





また、バンクーバー図書館からDVDを借りたのですか?



そうです。





特に意識して借りたわけではなかった。 当然、バンクーバー図書館にはアメリカとカナダの映画のDVDが多いから、日本映画に出くわすと、つい手にとって説明を読んでしまう。 江戸川乱歩のことでは何度か記事に書いたことがあった。 そんなわけで観始めたわけなのだけれど。。。画面にタイトルが表れた時に、また、ふいに小百合さんがこの映画のことをメールで書いたことがあったのを思い出したのですよ。



日付: Fri, 17 Apr 2009 13:56:44 +0900 (JST)
(バンクーバー時間:4月16日 木曜日 午後9時56分)
差出人: "domini@yahoo.co.jp"
宛先: "デンマンさん" green@infoseek.jp



件名:4 月 17 日

町子さん帰ってしまった?



はい、こんにちは。
町子さん帰ってしまった?
足が悪いのに ダウンタウンまで 来たんだ。
私があの年齢で 元気にバス乗って 飛行機乗って 移動できるかな〜。

用事が終って 今 お昼食べました。
うーん ナスのオムレツ?
何味 ケチャップ? バター? 醤油?
デンマンさんの料理 いみふ だから、 こわい。

RANPO って映画化されて、でも 先に本で読まないとね。
アルファベットで RANPO ですって。

バンクーバーの図書館も 読みつくしちゃったでしょう?

昔 ジェームスさんがUBC (University of British Columbia:ブリティッシュ・コロンビア州立大学)を案内してくれた時、図書館で 日本の本の棚にいろいろありました。 
その後 食堂で何か食べたような。



飛行機から 外をながめて UBCの広さに 圧倒します。
ダウンタウンは海に囲まれて 東の方がバーナビーだって
しばらく あの景色をみてないなー 明日山小屋で
額に入ったダウンタウンの写真を見よう。

がらくた(何て言うの? サリ**トショップ) 日本でいう リサイクルショップ。
今のように 高層マンションでいっぱいにならない昔の
ダウンタウンの額入り航空写真を $1.50 で買って
子供達が「もう帰ろうよー ママ気が済んだでしょう」と
あの子たちは 3軒隣りの グロサリーで アイスとお菓子を買いたがっていた…
思いつくままに…

さゆりより






『ズロースおばさん』より
(2009年4月25日)




懐かしいですわ。 こんなことを書いていたのですわね。。。それにしてもデンマンさんは、よく覚えていますわね?



なんと言うか?。。。奇遇と言うか?。。。奇縁と言うか?。。。小百合さんがウェストエンド・コミュニティ・センターのスケートリンクでスケートをしたことがある、ということを思い出してメールを書いた後で "The Mystery of Rampo" を観た。。。それで、「ああ。。。そう言えば、この映画のことも小百合さんはメールで書いていたことがある」。。。僕は、なんだか不思議な“縁”を感じたのですよ。

デンマンさんは "The Mystery of Rampo" を初めて観たのですか?

そうなのですよ。。。いつか観たいと思っていた映画をよりによって小百合さんにメールを書いた後で観た。 意識してそうしたわけじゃないのですよ。 偶然だった。 3,4日前に借りていた DVD が、その日、Joe Fortes Library に持っていったバッグの中に入っていた。





北米向けに、すべて英語で紹介されている予告編なのだけれど、良くできていますよ。 小百合さんは日本で観ましたか?



観ましたわ。 でも、イマイチでしたわ。

感銘を受けませんでしたか?

男のファンタジーのような。。。現実とはかけ離れたストーリーで、しかも戦前の日本が舞台でしょう?! なんとなく自分とは、かけ離れた世界の物語で。。。正直言って退屈して見ただけですわ。。。デンマンさんは感銘を受けましたの?

初めの10分間観て、僕の好きなタイプの映画じゃないと思いましたよ。 フランスのブリタニア地方にあるようなシャトー、貴族の大邸宅が出てきて、マルキド伯爵のような人物を想わせる大河原侯爵が出てくる。 映画の中では平幹二郎が演じていましたよ。


『RAMPO』(らんぽ)



1994年(平成6年)5月25日公開の日本映画である。ミステリーおよびファンタジー映画。

「プロデューサーによる作り直し」、「ふたりの監督による2バージョン同時公開」、「劇中のサブリミナル効果」など映画内外の数々のエピソードが話題になった作品である。
「映画生誕100年・江戸川乱歩生誕100周年・松竹創業100周年記念作品」と銘打って公開された。

プロデューサーの奥山和由は監督の黛りんたろうが完成させた作品に納得できず自らメガホンを取って全体の70%を撮り直すなど映画を再構成、自分なりの作品を作り上げた。
それぞれは「黛バージョン」、「奥山バージョン」と呼ばれ同じ日に公開された。
上映時間はそれぞれ93分と98分。

1995年(平成7年)5月27日には「奥山バージョン」に未公開シーンを加えて更に再編集したものに、千住明による音楽(指揮:ヴァーツラフ・ターリヒ、演奏:チェコ・フィルハーモニー管弦楽団)を追加した上映時間100分の「インターナショナル・ヴァージョン」も公開された。




出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




僕が借りた DVD は101分の「インターナショナル・ヴァージョン」ですよ。 「未公開シーン」というのは、たぶん、ヌード変態シーンだと思うのですよ。 女装した大河原侯爵が亭主を殺した女を妾にし、その女を裸にしてポルノ映画に出てくるような変態シーンを繰り広げる。





こんなのが日本でよく許可されたと思ったほどですよ。 レベルの低いB級映画のような感じでした。 でも、ヒロインの静子を演じた羽田美智子さんは良かったですよ。 いい女優になりましたねぇ〜。。。



そう言えば、デンマンさんは羽田さんのことで記事を書いていましたわね。



『悩めるアラフォー』

(2011年9月18日)




。。。で、途中で観るのを止めにしてしまったのですか?



いや。。。絶対に最後まで見ようと思いましたよ。

でも、B級映画のようだったのでしょう?

あのねぇ、観ていると横浜のグランドホテルの、あの階段と、時計、それに2階のロビーが出てきた。 このホテルのことでも僕は何度か記事を書いたことがある。 小百合さんもこのホテルには懐かしいものを感じるでしょう?

私は横浜のグランドホテルよりも軽井沢のグランドロッジに郷愁のようなものを感じますわ。。。で、横浜のグランドホテルが出てきたのでデンマンさんは映画を最後まで観る気になったのですか?

いや。。。それだけではありませんよ。 僕は映画の中の乱歩に僕を重ね。。。、亭主を殺したという「静子」というヒロインの女に小百合さんを重ねながら観ていたのですよ。。。それで、結末がどうなるのか?。。。まるで、小百合さんと僕の将来を占うような。。。「神からのお告げ」でも聞くつもりになって最後まで観ようという気持ちになったのですよ。

私と映画のヒロインが似ているようには思えませんわ。

あのねぇ〜、正直言って "The Mystery of Rampo" のストーリーはバカバカしいのですよ。 江戸川乱歩先生と無関係な映画ならば最初の10分見たところで僕は他のDVDと取り替えましたよ。 でもねぇ、乱歩先生の『お勢登場』、『化人幻戯』、『火星の運河』という作品を基にして映画が作られている。 だから、バカバカしいでは済まされないものを感じたのですよ。 それに、考えてみたら、あまりにも偶然が重なりすぎていた。 小百合さんへメールを書くときに思い出したスケートリンクといい。。。この映画のことといい。。。それに映画の内容ですよ。。。

病弱の夫を「長持ち」に閉じ込めて殺すという、そのストーリーのことですか?

そうですよ。 この話は乱歩先生が『お勢登場(おせいとうじょう)』というタイトルで『大衆文芸』1926年7月号に書いた短編小説なのですよ。 肺病に侵された夫は、子供の将来を案じ、書生と不倫する妻おせいと離縁することが出来なかった。 


 (すぐ下のページへ続く)




2011年12月22日

おばさんのぱんつを探して

 
おばさんのぱんつを探して




小さな赤い花
 
 

 
 
わたしをあなたの庭に咲く

小さな赤い花にしてください

そして、お水を注ぎながら

何かお話を聞かせてください

わたしは何も言えないけれど

あなたの言葉を聞きながら

いろんなことを思うのです

あなたに愛されるように

いつまでも綺麗に

咲いています

だからわたしのことを

忘れずにいてください

 

by merange (めれんげ)

2010.02.19 Friday 10:24




『即興の詩 小さな赤い花』より

『めれちゃんと玲子さん』に掲載
(2011年12月19日)




デンマンさん。。。、あんさんは12月19日に書いたばかりの記事から、また上の詩を引用しましたなァ。



あきまへんか?

くどいやんかア〜!

そやけど、今日のタイトルに関係してるねん。

つまり、きれいな舞妓はんが、「おばさんのぱんつを探して」はるのォ〜?

いや、そないなことはないと思うでぇ〜。。。

そやったら、誤解を招くから舞妓はんの写真など貼り出さんで欲しいねん。

めれちゃんは、そないに言うけど、この記事の冒頭に「おばさんのぱんつ」を貼り出したら、めれちゃんの詩のイメージをぶち壊(こわ)してしまうねん。 そやから、わてはきれいな舞妓はんの写真を貼り出して、めれちゃんの詩の高尚な雰囲気を盛り上げようとしたと言う訳やァ。。。うししししし。。。

そのような、けなげな気持ちをもってはるなら、最初から「おばさんのぱんつを探して」なんてタイトルを書かんで欲しいわァ。

そやけどなァ、12月19日に書いた次の記事と関係あるさかいに、めれちゃんの詩を持ち出してきたのやァ。



『めれちゃんと玲子さん』

(2011年12月19日)


あんさんは、そないに言わはるけど「おばさんのぱんつ」など上の記事に出てきまへんでぇ〜。。。

出てくるやんかァ!

どのように。。。?

めれちゃんが涙を流して喜びたくなるように、わては次の検索結果を見せたのやァ。





『めれちゃんのパンツ』



こうして「めれちゃん」と入れて検索したら、なんとォ〜!。。。「めれちゃんのパンツ」が 82,500,000件中のトップやないかいなァ!



あんさん!。。。いい加減にしいやア〜! こないなことで喜べるかいなアぁ〜!!

さよかァ〜♪〜? でもなァ〜、世の中には「めれちゃんのパンツ」を見て喜びはる人もおるねん。

どこに。。。?

だから、今日のタイトルのように「おばさんのぱんつを探して」はる人がおるねん。

そやから、どこにおるのォ〜?

そないに言うなら、ここに貼り出すよってに、よく見たらええやん。





これは11月18日から12月17日までの30日間に、わてのアメブロのブログにやって来た人が、いったいどのページ(URL)からやって来たのかを調べたものなのやァ。



28番目は、Yahoo!で検索して、アメブロのあんさんのブログにやって来た人が 3人おると言うことやのォ〜?

その通りやァ。

。。。で、上の3人が「おばさんのぱんつ」を探してはったん?

そうなのやァ。 上のリストのYahoo!のリンクをクリックしたら次の画面が表示されたのや。





あらっ。。。マジで「おばさんのぱんつ」を入れてはりますなァ。



そやから言うたやないかいなァ。 「おばさんのぱんつを探して」喜びはってる人がおるねん。 こうして、検索結果の2ページ目が出てきよる。

そやけど、「おばさんのぱんつを探して」喜びはってるなんて、どこにも書いてはりませんがなァ。。。 そいで、検索しやはった人たちは、10番目の『ホットパンツおばさん』というページへ飛んで行きはったん?

いや。。。そうではないねん。 よく見ると確かにアメブロ(ameblo)のブログなのやけど、わてのブログ(http://ameblo.jp/barclay/)ではあらへん。 そのページへ行って見たけど、わてのブログへのリンクも貼ってないねん。 『おばさんパンツの軌跡』というタイトルで記事を書いたことがあるから、ひょっとしてと思って 7番目の記事も見たのやけど、これもわてが書いた記事ではないねん。 このページにも、わてのブログへのリンクは貼ってあらへん。

そんなら、どないなわけで上のページが表示されたん?

上の記録は12月19日のものやァ。 3人が検索したのは11月18日から12月17日。 つまり、11月18日に検索したとしたら、それから1ヶ月も経っているわけやァ。 当然、検索結果に表示されるページの内容は変わってる。

つまり、あんさんのアメブロのページは検索結果の2ページ目から1ページ目へ移りはったん?

そやから、わてもそう思って1ページ目を見たのやァ。





あらっ。。。1ページ目に、あんさんの書きはった『おばさんパンツが欲しいの?』という記事がありますやん!



確かに、わてが書いたものなのやァ。 そやけど、これはアメブロ(ameblo)の記事ではのうて http://denman705.wordpress.com に投稿した記事なのやがなァ。

そやったら、2ページ目から3ページ目に移りはったのやねぇ。

わても、そう思ったから 3ページ目を探したのや。





あらっ。。。3つも出てきましたやんかァ〜!



ところが、どれもアメブロ(ameblo)に投稿した記事ではないねん。

そやったら、4ページ目やねぇ?

残念ながら4ページ目にはなかった。 そやから5ページ目を探した。





あらっ。。。わたしのパンツが出てきましたやん。 うふふふふふ。。。



ところが、これもアメブロ(ameblo)に投稿した記事ではないねん。 http://denman705.blogspot.com/ に投稿したものやァ。

そんなら、6ページ目やな。

残念ながら6ページ目にもなかった。 そやから 7ページ目を覗いてみたのや。





あらっ。。。3つ出てますやん。



そやけど、どれもアメブロ(ameblo)に投稿した記事ではないねん。

そやったら、8ページ目やなァ?

あのなァ〜。。。もうしんどくなったわア。。。これまで見てきてあらへんのやから、このように探したとてきりがない。 時間の無駄やがなァ。

あんさんは、諦めはったん?

諦めへん。

そいで、どないしたん?

次のように検索してみたのやァ。





これはどういう検索やのォ〜?



サイト内検索やがなァ。 つまり、わてのアメブロのブログの中で「おばさんのぱんつ」だ出てくる記事を検索したのやがなァ。

あんさんは 291件も「おばさんのぱんつ」のことで記事を書きはったん?

めれちゃん!。。。そないに呆れたような表情を浮かべんで欲しいねん。  とにかく、上の3人は、この検索結果に出てきよる 291件の記事の中のどれかを読んだことは確かやねん。

どないなわけで、そないに断定しやはるのォ〜?

つまり、検索結果の2ページ目に 291件の内のどれかの記事が表示されていたに違いない。 どのような理由か断定できへんけど、3人が検索した日から日数が経ったので検索内容が変わってしもうた。 それで12月19日に、わてが検索した時にはアメブロの記事は2ページ目にはあらへんかった。 それ以外に考えられへん。

ところで、あんさんは12月19日の記事『めれちゃんと玲子さん』の中で検索キーワードのリストを出しはりましたなァ?

そうや。 この下のリストのことか?



http://ameblo.jp/barclay/



そうですう。



これは11月15日から12月14日までの1ヶ月の間に、わてのアメブロのブログ (http://ameblo.jp/barclay/) に、どのような検索キーワードを使って読みにやって来たかを調べたものなのやァ。

この時のリストでも「おばさんのぱんつ」で検索した人は 3人ですやん。

そうやァ。

その後、どうなりましたん?

そやから、3日後に調べたら次のよになったのやァ。





あらっ。。。「おばさのおぱんつ」は同じですやん。



「小笠原玲子」は 12人から 13人に増えてるねん。

そやけど、他の検索キーワードに比べて「おばさんのぱんつ」は少ないやん。

そうやァ。。。アメブロには、たくさんの常連さんがいて GOOGLE や YAHOO! の検索エンジンからやって来る人が少ないねん。

どうして判るん?





11月18日から12月17日の1ヶ月に 「お気に入り」と「ブックマーク」からやって来た常連さんが 4,529人。 検索エンジンからやって来た人は上のリストで見る限り Yahoo!からやって来た 3人だけやねん。



他のサイトでは違うの?

たとえば Denman Blog では、アメブロと違って常連さんは少ないねん。 ほとんどの人は GOOGLE と YAHOO!の検索エンジンからやって来る。 次の統計を見ると、よう判るでぇ〜。。。





これは12月17日の統計やけど、この日 121ページが読まれたのやァ。 そのうち110ページは、ほとんど検索エンジンからやって来た人が読んでるねん。 しかも「おばさんパンツ」の記事がよく読まれてる。



要するに、アメブロの常連さんは「おばさんパンツ」に興味のない人が多いのね。

そういうことやなァ〜。。。(微笑)


【レンゲの独り言】



ですってぇ〜。。。
あなたはどうですか?
「おばさんパンツ」に興味がござ〜♪〜ますか?
うふふふふふ。。。

とにかく、次回も興味深い話題が続くと思います。
あなたも、また戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。






ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

小曽根 真さんのように音楽で

海外で活躍している方も多くなりましたが、

日本のアニメや漫画も海外へ進出していますわ。

わたしは「かぐや姫」のお話が好きですけれど、

あなたはいかがですか?

1987年に確か日本で「竹取物語」という映画が作られましたよね。

わたしも観た覚えがありますわ。

かぐや姫の別れ


 
 
なんだか平安時代のサイエンス・フィクションのようで見ごたえがありました。

アニメでも素晴らしい作品がありますわ。

とにかく日本は漫画とアニメの国ですから。。。

アニメ竹取物語



カナダでも日本のアニメや漫画が人気があります。

バンクーバー図書館にも漫画の本がたくさんあるのですよ。 (微笑)

日本のアニメや漫画は世界の文学界とアニメ界にも影響を与えています。

ええっ。。。英語に訳されたかぐや姫のアニメもあるのかって。。。?

それがあるのですわよ。

ちゃんと国際語である英語を使ってアニメが作られています。

あなたも、目の玉をムキムキしてじっくりと観てくださいね。

「かぐや姫」アニメ in English



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とにかく、今日も一日楽しく愉快に

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じゃあね。バーィ





2011年11月27日

また、かぐや姫?

 
また、かぐや姫?

 
 


めれちゃん。。。今日もかぐや姫のことについて話したいんか?

『かぐや姫異聞』

(2011年11月19日)




デンマンさん。。。あんさんは、すぐ上にリンクを貼りはった『かぐや姫異聞』を書きましたけど、わたし、ちょっと気になる事があるねん。

ん。。。? 気になる事。。。? それってぇ、いったい何やねん?

あんさんは「竹取物語」を書いたんは紀貫之よりも大伴家持の方だと言いましたな?

そうやァ。 その事が気になるのんか?

そやかてぇ、ウィキペディアを見たら次のように書いてありましたでぇ〜。。。




「竹取物語」は成立年は明らかになっていない。
原本は現存せず、写本は室町時代初期の後光厳天皇の筆と伝えられる「竹取物語断簡」が最古といわれ、完本では安土桃山時代の天正20年(1592年)の奥付を有する「武藤本」が最古といわれる。

しかし、10世紀の『大和物語』、『うつほ物語』や11世紀の『栄花物語』、『狭衣物語』などに『竹取物語』への言及が見られ、また『源氏物語』「絵合」巻に「物語の出で来はじめの祖なる竹取の翁」とあることから、遅くとも10世紀半ばまでに成立したと考えられている。

通説は、平安時代前期の貞観年間 - 延喜年間、特に890年代後半に書かれたとする。

作者についても不詳である。
作者像として、当時の推定識字率から庶民は考えづらく、上流階級に属しており、貴族の情報が入手できる平安京近隣に居住し、物語に反体制的要素が認められることから、当時権力を握っていた藤原氏の係累ではなく、漢学・仏教・民間伝承に精通し、仮名文字を操ることができ、和歌の才能もあり、貴重であった紙の入手も可能な人物で、性別は男性だったのではないかと推定されている。
以上をふまえ、源順、源融、遍昭、紀貫之、紀長谷雄など数多くの説が唱えられているが、いずれも決め手に欠けるのが現状である。



最近の研究では作者は紀貫之である可能性が高く、文才があり時代的にも合い、藤原氏に恨みを持つ要因を持っているゆえに有力視されている。
紀氏は応天門の変(貞観8年、866年)により平安時代初期に一躍頭角を現したが藤原氏の謀略により失脚し、以後政界から遠ざかり文人の道へと進んだ経緯があり、それがゆえに藤原氏に対して恨みを持っていた可能性は否定できない。




出典: 「竹取物語」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




通説では、延喜年間、特に890年代後半に書かれたと書いてありますやん。



そうやなァ。

そうやなァじゃありませんがなァ。。。調べたら大伴家持は718年に生まれ、785年に亡くなっておりますねん。 つまり、「竹取物語」が890年代後半に書かれたとする通説に従えば、大伴家持は物語が書かれた100年以上も前にあの世へ逝ってしもうてますねん。

そうやなァ。

あんさんは他人事のように言うてますけど、890年代に「竹取物語」が書かれたとするならば、大伴家持には書けへんかったという事ですう。

そやから、「竹取物語」が890年代に書かれたという仮説が間違っておるねん。

そやけど、ウィキペディアには「竹取物語」が890年代に書かれたと書いてありますやん。

ウィキペディアに書いてあるからといって、それが絶対真理ではあらへん。 しかもウィキペディアにも「竹取物語は成立年は明らかになっていない。。。作者についても不詳である」と書いてあるやん。 つまり、890年代に「竹取物語」が書かれたとするのは、あくまでも仮説なのやでぇ〜。。。

そやかてぇ、それが通説で通っているという事ですやん。

そやから、その通説が間違っておるねん。

わたしは、あんさんの方が間違っていると思いますねん。 なぜならば、「竹取物語」に登場する5人の貴公子のモデルは、大伴家持が亡くなった時には、まだ生まれてなかったと思いますねん。

いや。。。そのように決め付けるのは、めれちゃんがよう調べてないからやァ。

つまり、5人の貴公子のモデルは、大伴家持が亡くなる以前に存在していたと、あんさんは言わはるのォ〜?

もちろんやァ。。。5人のうち、阿倍御主人、大伴御行、石上麻呂は実在の人物で、車持皇子のモデルは藤原不比等、石作皇子のモデルは多治比嶋だと推定できるのやァ。 この5人はいずれも壬申の乱の功臣で天武天皇・持統天皇に仕えた人物やァ。 天武天皇が亡くなったのが686年。 持統天皇が亡くなったのが703年。 つまり、5人とも持統天皇が亡くなる以前に存在していたということやがなァ。 大伴家持が亡くなったのが785年やさかいに、この5人をモデルに大伴家持が「竹取物語」を書いたという、わての仮説も、そやから十分に成り立つわけや。 めれちゃんにも、わての言う事が分かるやろう?

確かに、そのように言われてみれば可能性が全く無いわけでもないねんなァ。

そうやろう? わての仮説も十分に成り立つねん。

そやけど紀貫之さんは『土佐日記』というひらがなの日記を書きはったのやでぇ〜。。。





女文字と言われていた平仮名の日記を書いたことがあるので紀貫之が「竹取物語」も書いたと、めれちゃんは言うのんか?



そやかて「竹取物語」もひらがなで書いてありますのやでぇ〜。。。





よ〜く見ておくれましな。 この上の「竹取物語」の一部と、その上の「土佐日記」のコピーは、よう似てますやろう?



あのなァ〜、平仮名で書いてあるさかいに似てるのやでぇ〜。。。平仮名で書いてあるという事だけで紀貫之が「竹取物語」を書いたと言うのは飛躍のしすぎやでぇ〜。

そやけど、ひらがなは平安時代になってから流行したので、大伴家持さんの時代よりも紀貫之さんの時代の方が相応(ふさわ)しいねん。

いや、そうではあらへん。 調べてみると、仮名はもっと前から実際に使われていたのや。 奈良時代の末ごろ、仏教の経典を講読する僧侶の間で、経典の行間に漢字の意味や音をある種の表音文字でもって書き加える例が見られるのやァ。 この文字は漢字の一部や画数の少ない漢字などから作られ、要するに借字である漢字の形を変えたものやねん。 これが現在の片仮名の源流になってるねん。 都が平城京から平安京に遷される794年頃に、現在の平仮名の源流となるものが現れたという事になってる。

つまり、大伴家持さんが生きている頃にも平仮名が使われていたと、あんさんは言わはるのォ〜?

そうやァ。 家持さんが亡くなったのは785年やさかいに、ひらがなが使われ始めた頃とさほどのずれはないねん。 つまり、家持さんがひらがなで「竹取物語」を書いたとしても、ちっとも不思議ではあらへん。

そやけど、ウィキペディアには次のようにも書いてありましたでぇ〜。。。


最近の研究では作者は紀貫之である可能性が高く、文才があり時代的にも合い、藤原氏に恨みを持つ要因を持っているゆえに有力視されている。
紀氏は応天門の変(貞観8年、866年)により平安時代初期に一躍頭角を現したが藤原氏の謀略により失脚し、以後政界から遠ざかり文人の道へと進んだ経緯があり、それがゆえに藤原氏に対して恨みを持っていた可能性は否定できない。


あのなァ〜、めれちゃん、わてがすでに言ったように藤原氏に対する怨念ならば、紀貫之よりも家持さんの方がよっぽど強烈な怨念を持っていたのやでぇ〜。

マジかいな?

確かに、紀氏は「応天門の変(貞観8年、866年)」により藤原氏の謀略で失脚してしもうたァ。 以後、政界から遠ざかって紀氏は文人の道へと進んだのやがなァ。

あんさんも、そう思うてるん?

そうやァ。 そやけどなァ、前にも言うたとおり、家持さんは『万葉集』の中でも政治批判をしておるねん。



『万葉集は政治批判の書か?』

(万葉集の謎と山上憶良)

【2006年7月1日】




つまり、大伴家持は藤原氏に紀貫之以上に恨みを持っていると、あんさんは言わはるのォ〜?



もちろんやァ! 大伴家持は天平宝字元年(757年)に発生した橘奈良麻呂の乱には参加しなかったものの、藤原良継・石上宅嗣・佐伯今毛人の3人と藤原仲麻呂暗殺計画を立案したと藤原氏から睨まれた事があるねん。 暗殺計画は未遂に終わり、天平宝字7年(763年)に家持を含めて4人は逮捕されてしまう。

それど、どうなったん?

藤原良継一人が責任を負ったことから、家持は罪に問われなかったのや。 そやけど、翌年、薩摩守への転任と言う報復人事を受けてしもうた。

それで大伴家持は藤原氏に恨みを持ちはったん?

そうや。。。そればかりではあらへん。 桓武天皇の時代、つまり天応2年(782年)正月には氷上川継の乱への関与を疑われてしもうたのやァ。

それで、どうなったん?

一時的に解官されて都を追放されてしもうた。 でもなァ、同年4月には罪を赦され参議に復帰したのやァ。 3年後(延暦4年8月28日)に家持は亡くなってしまうねん。 そやけど災難は死亡後にもやってきた。

どないな災難やのォ〜?

家持が亡くなってまもなく、9月23日の夜に藤原種継暗殺事件が起きたのや。 造営中の長岡京で発生、家持も関与していたと疑われてしもうた。 そのため、家持の死体の埋葬も許されぬままに除名されてしもうた。 子供の大伴永主も隠岐国に配流になってしもうたのや。 家持は大同3年(806年)に、死後20年近くたってから一応、罪を赦されて従三位に復帰したけど、これだけの事件を見ても家持が政治家として藤原氏に対する反骨精神を持っていたことがよう判るねん。 そうでもなければ、藤原氏に、これほどまでに事件の関与を疑われることはなかったのやァ。

つまり、文学の書だと思わせながら大伴家持は『万葉集』にも『竹取物語』にも藤原氏の批判を込めたと、あんさんは言わはるのォ〜?

その通りやァ。 中国の歴史を見ても文学は政治とは切っても切れないものなんやァ。 しかも決定的な理由がある。

それってぇ、何やのォ〜?

あのなァ〜、竹取物語の中に出てくる5人の貴公子のモデルは、いずれも壬申の乱の功臣で天武天皇・持統天皇に仕えた人物やねん。 そやから奈良時代初期が物語の舞台に設定されている。 つまり、紀貫之が生きていた時代よりも大伴家持が生きていた時代に近いねん。 要するに、「竹取物語」は家持さんが怨念を晴らすのは、この時とばかりに書いたものやねん。


【レンゲの独り言】



ですってぇ〜。。。
デンマンさんの独特の史観ですわ。
あなたは、どう思いますか?
かぐや姫のお話に、このような政治批判が込められていたと考えてみたことがありますか?

ところで、紅葉(もみじ)狩りに出かけましたか?
もう見ごろを過ぎているでしょうか?
あなたの地方ではいかがですか?
紅葉を見て癒されてくださいね。

あたしは久しぶりに京都の法然院を訪ねてみました。







紅葉が見ごろでしたわ。
あなたもお近くの森に紅葉狩りに出向いてはいかがですか?

とにかく、次回も興味深い話題が続くと思います。
あなたも、また戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。






ィ〜ハァ〜♪〜!

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こんにちは。ジューンです。

わたしも「かぐや姫」のお話は大好きですわ。

1987年に確か日本で「竹取物語」という映画が作られましたよね。

わたしも観た覚えがありますわ。

かぐや姫の別れ


 
 
なんだか平安時代のサイエンス・フィクションのようで見ごたえがありましたわ。

アニメでも素晴らしい作品がありますわ。

とにかく日本は漫画とアニメの国ですから。。。

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カナダでも日本のアニメや漫画が人気があります。

バンクーバー図書館にも漫画の本がたくさんあるのですよ。 (微笑)

日本のアニメや漫画は世界の文学界とアニメ界にも影響を与えています。

ええっ。。。英語に訳されたかぐや姫のアニメもあるのかって。。。?

それがあるのですわよ。

ちゃんと国際語である英語を使ってアニメが作られています。

あなたも、目の玉をムキムキしてじっくりと観てくださいね。

「かぐや姫」アニメ in English



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『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

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