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2011年10月18日

足袋御殿

 
 
 
足袋御殿
 
 










Subj:あの足袋御殿はでた?

From: sayuri@hotmail.com
To: denman@coolmail
Date: 2011年10月16日 16:22:25


こんにちは。。。
久しぶりに実家に帰って
のんびりと癒されていますか?



デンマンさんとご一緒にいただいた「田舎っぺきのこ汁うどん」はメチャ美味しかったですよ。
手打ちなのですね。
“こし”があって、なかなか噛み応えのある手打ちウドンでした。
いつか子供を連れて、また食べてみようと思います。



「行田のグルメ20」に選ばれただけのことはありますね。



「きんぴら」は栃木の「きんぴら」とは違って、とても大きく切ってあるのでビックリしました。
埼玉県では、あのように大きな「きんぴら」を食べるのですか?

水城公園ではゆっくりとお話ができて気分がすっきりとしました。
今まで気づきませんでしたけれど、
「ホテイアオイ」の花がたくさん咲いていたのには驚きました。





「ホテイアオイ」の花

ところで次の記事を読みました。
 

 
『タリアセン夫人と再会』

(2011年10月13日)


デンマンさんは私のメールをそのまま記事の中で使ってしまうのですね。
それってぇ、かなりムカつくのですよ。
名前や地名がすぐにでるんだから。。。
んもお〜〜。

。。。と書いても、またこのメールも記事の中で使うのでしょうね。
半ば諦めていますが、ほどほどにしてください。
私の堪忍袋がブチ切れないうちに止めてくださいね。(苦笑)





水城公園から見た「足袋御殿」は昭和の古い時代を垣間(かいま)見せているようでした。
「足袋御殿」のオリジナルの建物の写真はネット上で公開されていますか?

また水城公園でのんびりとお会いしたいですよ。
そのうち電話します。
では。。。

小百合より








Subj:小百合さん、おはよう!

ゆったりとした気分で

コーヒーを飲みながら

「足袋御殿」の応接室に居る

気分に浸ってね。

きゃはははは。。。






From: denman@infoseek.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: 2011年10月18日
(火曜日)午前10時39分


アイリッシュ クリーム コーヒー ビーンズを調べてみましたか?
日本ではあまり人気がないようで
このコーヒー豆を売っている店は極めてまれです。



10日ほど前にYAHOO!で検索した時にゲットした Irish Cream Coffee Beans の画像は10月16日に画像検索した時には見つけることができませんでした。

今日調べてみたら次の画像が見つかりました。



『ハワイ島のコナ地区から生まれた

世界の名品コナコーヒー』
より

バンクーバーで売っているアイリッシュ クリーム コーヒー ビーンズと比べると約2倍の値段ですよ!

それにしても小百合さんがアイリッシュ クリーム コーヒー ビーンズにハマっているのはちょっと不思議な気がします。
やっぱりカナダの思い出と強く結びついているのだろうね。

僕にとってはとりわけ印象に残るコーヒーではないけれど、
小百合さんが選んだコーヒー豆ということだけが記憶に残っていますよ。

しいて言えば、甘いコーヒー豆の香りが強烈で、
この香りを嗅ぐと小百合さんを思い出すようにになりました。
きゃはははは。。。

僕にとってアイリッシュ クリーム コーヒー ビーンズは小百合コーヒー・ビーンズになりましたよ。

「足袋御殿」をじっくりと調べてみました。
今では御殿は懐石料亭になっています。






足袋御殿で食べる国産黒毛和牛懐石
昭和の初め、足袋の産地として栄えた行田。
その行田に”足袋御殿”と呼ばれた邸宅があります。
彩々亭はその足袋御殿を懐石料亭として生かしたもの。
洋館と日本家屋からなる和洋折衷造りは、何か懐かしさの漂う落ちついた雰囲気です。



昭和天皇がご覧になられた庭園を眺めながら、国産黒毛和牛の、そして、季節の懐石料理をお楽しみください。
きっと普段の喧騒さを忘れて料理を堪能し、往時のゆっくりした時の流れもお楽しみいただけます。




『彩々亭ご紹介』より


「足袋御殿」の建物と歴史も調べてみましたよ。




水城公園と南大通りの間にある懐石料亭「彩々亭」。
南大通りの入り口正面から。



上の写真は、水城公園の散策路からの様子です。
元々は、足袋製造業者であった新井八郎氏が大正14年に現在地(佐間)に工場を建設するとともに、昭和元年頃に写真のようにモダンな緑色の洋風瓦が特徴的なスクラッチタイル貼りの外壁を持つ2階建ての事務所兼住宅を建設し、その後西側に3階建ての離れ等を増築したと言われています。

往時には政財界で活躍した八郎氏の迎賓館的な役割を果たし、昭和天皇をはじめとする多くの名士が訪れており、「足袋御殿」と称されていました。
歴史あるこの建物は、平成19年に国の「登録有形文化財」に登録されています。




『行田市内の見所』より


調べた限りでは、あの建物は建てられたまま改築されたということが書いてない。
おそらく僕の記憶違いだとしか思えない。

しかし,僕の記憶の中にある建物は、もっと荘厳な石造りの建物で、印象的には国会議事堂のような厳(いかめ)しい感じを与えたものでした。
小学生の目にはそのように見えた。

現在建っているようなちゃちな物とは大違いでした。

それにしても小百合さんがどうして「足袋御殿」にこだわるのか?

小百合さんとの思い出を手繰(たぐ)り寄せながら考えてみて判りましたよ。



あの軽井沢タリアセンの中に建っている「睡鳩荘」に小百合さんはこだわりを見せたけれど、ちょうど同じような気持ちで「足袋御殿」に強く惹かれるのだろうね。

心の中に軽井沢タリアセン夫人としての上流志向があるのかもね?
きゃはははは。。。

では、今日もアイリッシュ クリーム コーヒー ビーンズをドリップして、ゆったりとした気分でコーヒーを飲みながら「足袋御殿」の応接室に居る気分に浸ってね。



明日も、また会えるといいね。
今度は「さきたま古墳公園」で“ゼリーフライ”でも食べましょう。
じゃあね。






私が「足袋御殿」にこだわるのは軽井沢タリアセンにある「睡鳩荘」にこだわるのと同じだとデンマンさんは考えているのですか?



その通りですよ。。。いわゆる「昭和の上流社会」を覗いてみたいという気持ちが小百合さんにはあるのではありませんか?

そうかしら。。。?

だから小百合さんは無意識のうちに「軽井沢タリアセン」に惹かれるのですよ。


軽井沢タリアセン
 
 

 
 


デンマンさんとご一緒に出かけた時には閉まっていましたわね。



 レストラン 湖水



小百合さんは、このレストランを知っていたのですか?

私は軽井沢タリアセンには子供をつれて何度か行ったことがありましたから知っていますわ。




 
 
 睡鳩荘(すいきゅうそう)


 
 


小百合さんと一緒に行った時には睡鳩荘(すいきゅうそう)を見て、それからレストラン・ソネットへ行ったのですよね。



 レストラン ソネット
(1階がレストランで2階は「深沢虹子・野の花美術館」)







そうでしたわ。 チーズケーキをいただきながらコーヒーを飲んだのでしたわね。



そうでした。 寒い日で、園内には数えるほどの人しか居なかった。 「レストラン湖水」 が閉まっていたのも納得がゆきましたよう。 確か11月の寒い日で、季節外れだったのですよね。

でも、またいつか行く機会があると思いますわ。

じゃあ、来年の秋に、小百合さんと一緒にブイヤベースを食べましょう。





ブイヤベースはないと思いますわ。 うふふふふ。。。



マジで。。。?

デンマンさんは、何かといえばブイヤベースですわね? 他に気のきいた料理の名前を覚えてないのですか?

もちろん、他にも料理の名前ぐらい覚えていますよう。。。でもねぇ、ブイヤベースの響きが、なんとなく格調高くありませんか?

そうでしょうか?




『しんみりした曲ですね』より
(2010年12月27日)




こうして読み返してみると、小百合さんには「昭和の上流社会」を覗いてみたいという気持ちがあると僕には思えるのですよ。



私自身はそのような事を考えたこともありませんけれど。。。

そういうものですよ。。。自分では分からないものです。

。。。で、デンマンさんは現在の懐石料亭「彩々亭」の建物は改築されたものだと思うのですか?

そうですよ。。。僕の記憶の中にある建物は現在建っている建物とは全く違っているのですよ。

何十年かの間にデンマンさんの記憶が変化してしまったのではありませんか?

う〜ん。。。確かに、その可能性がないわけじゃないけれど、現在の建物のと僕の記憶の中の建物を比べてみると、なんだか狐に鼻をつままれた感じですよ。

でも、どうしてそれほど印象深く昔の建物がデンマンさんの思い出の中に強く残っているのですか?

あのねぇ〜、それには訳がある。。。

どのような。。。?

僕は小学校5年生と6年生の時、理科クラブでプランクトンの研究をしていたのですよ。

マジで。。。?

毎朝、職員会議が行われる自習時間に水城公園へ出かけて採集ネットでプランクトンを集めた。


忍沼のプランクトンの研究





その当時の小学校の僕の担任の先生が志保田先生だった。この先生は理科クラブの部長だった。それで、僕も理科クラブに入っていた。



何を研究したのですか?

今でもあるけれど行田市の水城公園に忍沼があるのですよう。



この忍城は1988年(昭和63年)に本丸跡に再建されたものですよう。僕が小学生の頃は、この城が建っている場所はグラウンドになっていて少年野球の会場になっていた。忍沼は、昔は城を巡る外堀だったところです。そこへ毎朝、先生が職員会議をしている自習時間に、同じクラブのメンバーの二人と3人でプランクトンを取りに行ったものですよう。

それで、そのプランクトンをどうするのですか?

放課後、理科実験室で顕微鏡で覗いてプランクトンが泳いでいる様子を写生するのですよう。そうやって研究した訳ですよう。

何か賞でももらったのですか?

もらいましたよう。当時、オリンパスが理科の全国コンクールをやっていたのですよう。

オリンパスってあのカメラのオリンパスですか?

そうですよう。オリンパスは顕微鏡も作っていたのですよう。多分、その関係で理科のコンクールを開いていたのでしょうね。

それで、入選したのですか?

そうですよう。3人(山田君、松本君、それに僕)で取り組んだ「忍沼のプランクトンの研究」が優秀賞に選ばれて、カメラ3台と顕微鏡3台をもらったものですよう。

一人それぞれ1台づつもらったのですか?

カメラと顕微鏡は学校に寄付ですよう。その代わり、当時の田高校長先生から水銀の寒暖計をもらいましたよう。

それで、その事と工学部と関係があるのですか?

志保田先生の話で電子頭脳というのが面白かった。僕が小学校5年生の頃は電子計算機と言わずに電子頭脳と呼ぶ人の方が多かった。とにかく、その電子頭脳が東京の丸ビルぐらい大きい、と志保田先生が言ったのですよう。

それで、デンマンさんは電子計算機の道へ進んだ訳ですか?

そうなのですよう。




『光さす庭 (2008年6月20日)』より




これってぇ、マジですか?



もちろん真面目な話ですよ。 嘘や“でまかせ”ではありません。 当時は、今のようにきれいな公園になっていなかった。 葦(アシ)が茂る広大な沼地だった。 その沼地の向こうに石造りの「足袋御殿」が聳(そび)え立っているように見えたものですよ。 子供の目には国会議事堂のような尊厳な建物に見えたものです。

それだけのことですか?

いや、それだけじゃない! 小学校を卒業して行田中学に入学した。 それで僕は1年2組に入ったのですよ。 そのクラス50人の中に新井久代さんという名前の頭の良い可愛い女の子が居た。





この女の子が足袋御殿と関係あるのですか?



ありますよ。。。大有りですよ。 その久代さんは「足袋御殿」に住んでいたのですよ。

あらっ。。。「足袋御殿」のお嬢様だったのですか?

そうなのですよ。

デンマンさんは、小学生の時には久代さんのことを知らなかったのですか?

僕は中央小学校だった。 久代さんは南小学校だったのですよ。 だから小学生の頃、僕は彼女に一度も会ったことがない。

。。。で、中学1年生の頃に新井久代さんの住んでいる「足袋御殿」に遊びに行ったことがあるのですか?

小百合さんも、そう考えるでしょう? でもねぇ、残念ながら一度も彼女の住んでいる「足袋御殿」に遊びに行ったことがないのですよ。 今から考えると本当に残念なことをしました。 僕がクラスの委員長で彼女がクラスの副委員長というようなこともあった。 それなのに僕は純情可憐な男の子だったから久代さんの家に遊びに行きたいなんてとても言い出せなかった。

信じられませんわ。 デンマンさんならば、何が何でも押しかけてゆきそうじゃありませんか!

だから、当時の僕は気の小さい控(ひか)えめな少年だったのですよ。

信じられませんわ。

人間は年とともに変わるものなのですよ。

そうでしょうか。。。?


【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
小学生時代のデンマンさんは気の小さい控(ひか)えめな少年だったと、あなたは信じることができますか?
あたくしには想像もつきませんわ。(微笑)

確かに、時と共に、性格は多少は変わってゆくと思いますけれど、“三つ子の魂百までも”と申しますわ。
性格は極端には変わらないものでござ〜♪〜ます。

あなたの小学生時代を思い浮かべてくださいまし。
現在のあなた自身と性格が変わっていますか?
それほど変わってないでしょう?

ええっ。。。あたくしですか。。。?

考えて見れが、ずいぶんと性格が変わりましたわ。

どうしてかってぇ〜。。。?

だってぇ、あたくしはビートルズの熱烈なファンなのでござ〜♪〜ますわ。
ビートルズの影響だと思うのですわ。



“キャ〜 素敵ィ〜♪〜”





お分かりでしょう!?
ビートルズのファンは熱烈なのですわ。
だから、性格までも変わってしまうのですわ。
うふふふふふ。。。



でも、日本も含めて世界中にビートルズの熱狂的な嵐が吹き荒れたのは、あたくしが生まれる以前のことでしたわ。
ところが何度も何度も、あたくしはビートルズの夢を見るのでござ〜♪〜ますう。
軽井沢の万平ホテルに行くと
ジョンレノンとあたくしがカフェテラスで会うような気が、マジでするのでござ〜♪〜ますう。




滞在中のジョン・レノンは朝9時半ごろ、

このカフェテラスに下りてきたのですよ。

わたしたちに「おはようございます」と

日本語であいさつしたものですわ。

いつも庭に面した一番奥の席にすわって、

他のお客様には背を向けるような格好で

腰掛けていました。

ジョン・レノンのお気に入りは

ローヤルミルクティーでしたわ。



『幸福の谷』より
(2008年4月6日)


あたくしは万平ホテルのカフェテラスでマジでジョン・レノンとローヤルミルクティーをいただいている記憶が鮮明に甦ることがあるのでござ〜♪〜ますゥ。
あなたは信じられないでしょう?
あたくしだって信じられないのですから。。。
おほほほほほ。。。

とにかく次回も面白くなりそうですわ。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあ、また。。。






ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

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『アナクロニズム(2011年3月27日)』





こんにちは。ジューンです。

あなたは軽井沢に出かけたことがありますか?

私はデンマンさんとご一緒に

一度だけ訪れたことがあります。



この湖は“Swan Lake”という

英語名がついているのですわ。

昔、宣教師の方が軽井沢に

別荘を持っていたのですって、

その家族の人たちが名づけたらしいのですわ。

10月でしたが、紅葉が見ごろになっていました。
 
 
軽井沢・雲場池の紅葉


 
 
まだ冬景色には程遠かったのですけれど、

湖にしては小さなその池のほとりに立ったら、

どこからともなく白鳥が飛んできそうな

感じがしましたわ。



そう言えば、バンクーバーの

クイーン・エリザベス・シアターで

デンマンさんとご一緒に

バレー『白鳥の湖』を見たことがありましたわ。
 
 

 
 

 
 
あの時のチャイコフスキーの曲が

聞こえてきたものですわ。

それで、私はいつになく

感傷的になったことを覚えています。

ところで、日本に帰省してから

デンマンさんが小百合さんのことで

次のような記事を書いています。

時間があったら覗いてみてください。

『白鳥はどこに?(2011年10月8日)』

『思い出の軽井沢(2011年10月7日)』

『日本は汚染される(2011年10月4日)』

『おばんざい(2011年10月4日)』

『バーナビーと小百合さん(2011年10月3日)』

『杜の都で食べる PART 1(2011年10月2日)』

『杜の都で食べる PART 2(2011年10月2日)』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。





2011年10月15日

悔恨の気おくれ (PART 2)


  
悔恨の気おくれ (PART 2)





あらっ。。。。この上の写真は左が原節子さんで右が、その娘役の司葉子さんですわね?



あれっ。。。小百合さんは良くわかりましたね?

確か、この映画を見た覚えがありますわ。 。。。で、そのお母さんという人は、この写真の原節子さんのようなイメージの人だったのですか?

そうなのですよ。 ちょっと近寄りがたいような上品な人だったのです。

。。。で、その夫人が脇玄関の前で何か迷っていたのですか?

あのねぇ〜、当時は月に1回ぐらいの割合で廊下に油を塗る習慣があった。 その日はその掃除のあった翌日なのですよ。 だから、廊下は油でギタギタ光り輝いていて、スリッパを履かずに歩いたら白足袋は、ぐっしょり油を吸い込んで、その後、洗濯しても使い物にならないほど油で汚れてしまうのですよ。

。。。で、そのお母さんは、なぜ迷っていたのですか?

脇玄関にはスリッパがない。 そこは学生用の玄関ですよ。 正面玄関に行けば来客用のスリッパがあるのですよ。

その上品な夫人は、なぜ正面玄関へ行かなかったのですか?

あのねぇ〜、小百合さんにも経験があると思うけれど、学校の正面玄関というのは生徒にとって入りにくいのですよ。 そのような習慣が身についているから、そのお母さんにとっても正面玄関は入りにくい。

つまり、その夫人はスリッパか何かを探しているような風情だったのですか?

そうなのですよ。 そのお母さんが正面玄関に行かない理由が僕にもなんとなく分かった。 だから、この場合、僕が正面玄関へ行ってスリッパを取ってきて、そのお母さんに差し出すべきだと思ったのですよ。

そうすれば良かったではありませんか?

ところが、その夫人のいでたちは僕にとってまぶしいような、とっても上品過ぎて、近寄りがたいオーラが滲み出ているのですよ。。。あたかも、そこに原節子さんが立っているような、そのような眩(まぶ)しさを感じたものです。

それで、デンマンさんはどうなさったのですか?

僕は、思い切ってお母さんのところに走って行って、「スリッパを正面玄関からとってきますから、ここでお待ちください」と言おうと思いましたよ。

それで、デンマンさんは、そのようになさったのですか?

ところが、その勇気かでない。 どうしようか。。。? どうしようか。。。? 授業時間は刻々と迫っている。。。 思い切ってその夫人のところに走ってゆこうか。。。? 

走ってゆけばいいではありませんか!

そうなのですよ。 そうすべきだったのですよ! ところが、迷っているうちに、そのお母さんは思いを決めたように草履(ぞうり)を脱いで白足袋のまま廊下を職員室の方へ歩いていったのですよ。 あああ〜〜〜。。。廊下に塗られた、あの汚い油のことを想うと、僕の胃袋は締め付けられたような痛みを感じましたよ。 「ああ〜〜、どうして勇気を出して、あのお母さんのところに走って行けなかったのだろうか!?」 僕は授業を受けながらも、先生の声は一向に耳に入ってこない。 後悔の念だけが僕の胸を締め付けたのですよ。。。そう言う訳で、未だにその事を、高校時代の事を思い出す時に、ふいに思い出すことがあるのですよ。

どうして走って夫人の所に行けなかったのですか?

だから、それが「悔恨の気おくれ」なのですよ。。。。で、たまたま本を読んでいたら同じような状況に出くわした人の文章に出くわしました。


志集



2008年12月のある晩、東京にある別のターミナル駅前で中年女性を見かけたのだが、慌しい人ごみの中、女性は歩道橋下の柱の前に静かに立ち、「私の志集を買ってください」と書いた、汚れた広告板を手にして、詩集を1冊300円で売っていた。

彼女を見てびっくりしたのは、東京でも路上で詩集を売る人が珍しいからではない。 四半世紀前に、私がその駅を使って日本語学校に通っていた時に、同じ女性が同じ広告板を持って同じ落ち着いた顔つきで詩集を売っていたからである。 当時、彼女の詩集を何回も買おうと思ったが、勇気は出なかった。

しかし、年をとるメリットの一つは、知らない人に話しかけようとすると怖じ気づく気持ちが減っていくことである。 今回は躊躇なく彼女の「志集」を買った。 謄写版のような簡易印刷で刷られ、手作業によりホッチキスで止めたようなその小冊子は、もう第40号に達していた。

その晩は帰りの電車で、また次の日以降は大学の研究室で何回も詩集を読み返して、その詩人のことを思い返した。 この25年間、その駅の周辺は再開発と再々開発ですっかり様子が変わったのに、彼女がそこで自分の言葉を都会人に提供し続けていることは感慨無量である。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーより
赤字はデンマンが強調)




150ページ 『英語のあや』
著者: トム・ガリー(Tom Gally)
2010年10月25日 初版発行
発行所: 株式会社 研究社

『共感脳の話(2011年6月3日)』に掲載




そうなのですよ。 現在の僕ならば、ガリーさんが「志集」を買ったように、迷わずに、あの上品な夫人のところへ歩み寄って、「お待ちください、スリッパを持ってきてあげますから。。。」と言えるのですよ。



そうでしょうか? 。。。その根拠でもありますの?

ありますよ。 思い立った事をその場ですぐに実行できなくて悔やんだ僕は、2度と、そのような後悔をしてはならないと、その後は心に決めたことは実行するようになったのですよ。 それで一度も口をきいたこともない恵美子さんに僕のピアノの演奏を聞いてもらったのですよ。



『ん? クラシック興味ある?』

(2006年6月13日)




上の記事が、その時のエピソードですか?



そうなのですよ。 (微笑)




初出: 2011年7月25日


【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
それにしても、脇玄関前の上品な夫人と恵美子さんのことは、あまり関連性がないと思うのでござ〜♪〜ます。
あなたは、どう思いましたか?

とにかく、次回も興味深い話題が続くと思います。
あなたも、また戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。 うふふふふふ。。。






ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

ためになる関連記事





■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』



■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』


■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』



『夢とロマンの横浜散歩』

『愛とロマンの小包』

『下つきだねって言われて…』



『銀幕の愛』



『パリの空の下で』

『夢の中華パン』

『愛の進化論』

『漫画家と平和(2011年3月6日)』



『漫画家の壁(2011年3月10日)』

『漫画家と奴隷(2011年3月12日)』

『畳の上の水練(2011年3月15日)』



『パール判事とゴーマン(2011年3月18日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『士風と「葉隠」(2011年3月23日)』





こんにちは。ジューンです。

後で後悔するような思い出も、

思い出すと、ついつい浮き浮きしてしまうような思いでも、

思い出って、いろいろとありますよね。

わたしの楽しい思い出といえば、

デンマンさんが久しぶりに

ご馳走してくれた時のことですわ。。。

イングリッシュベイを散歩しながら

シルビアホテルの近くの

イタリア・フランス料理専門レストランへ行きました。









デンマンさんが、何が食べたいの?ときくので、

ちょっとおねだりして仔牛と

フォアグラのローストをリクエストしました。



う〜♪〜ん。 期待していた通りですう。

仔牛は、フランス語で「ヴォー」veau、

英語では「ヴィール」vealですよね。

まだ脂肪が少なくて赤い色も薄い感じです。

特徴は香りやクセがなく、

とても柔らかいのですわ。

その分、バターなどコクのある食材と

あわせる場面が多いようです。

今回は春キャベツで包んだ乳飲仔牛と

フォアグラのローストです。

マルサラ酒とリコッタチーズのソースが

とっても合っていました。

2色のアスパラガスが添えてあって、

落ち着いた感じを与えています。

フレッシュでクセの無い乳飲仔牛に合わせるのは

贅沢にも濃厚なフォアグラですう。

やわらかな春キャベツと季節のアスパラは、

お肉とぴったりと相性が合っていましたよ。

ソースはしっかり目に全体をまとめていました。

普段、口にする機会がないヴィールと

フォアグラなので、とっても期待していました。

デンマンさんが特別に注文してくれた

カクテル「楊貴妃」が、まず出てきました。



わたしが首を長くして待っている間

デンマンさんは楊貴妃の大理石像を見るために

わざわざ中国の西安に行ったときの事を、

いろいろと話してくれました。



料理が出てくるのを待ちながら、

わたしは「楊貴妃」をチビリチビリお口に運びました。

いつものようにデンマンさんは、

かなり詳しい歴史のお話をしてくれましたが、

わたしは半分、上の空で聞いていました。

うふふふふ。。。



次に出てきたのはイタリア料理の

バヴェッティーネでした。

焼穴子、あさりと松茸に、たっぷりの

芽葱(ネギのスプラウト)があしらってありました。

食べた瞬間、京都の老舗(しにせ)で味わうような

上質の和食を連想させる優しい味わいでした。



そして、デザートにはクレームエペスでした。

クレームエペスと言うのは、

フランス・ノルマンディー地方の

生クリームの一種です。

乳酸発酵させた爽やかな

酸味と芳醇なコクが特徴です。

クリーミーなヨーグルトといった感じの味わいですわ。

エペス(epaisse)とはフランス語で

「厚い」「濃い」という意味の形容詞で、

その味わいを表現しています。

なぜか、どこか懐かしいキュートなテイストでしたわ。

フレッシュな巨峰との相性が抜群でした。

お酒を絶対に口にしないデンマンさんが、

その場の雰囲気にすっかり酔ってしまったように、

わたしにちょっとベタベタした一幕もありましたわ。



「ジューンさん、ボーイフレンドと別れてから、

寂しくない?」

「あらっ。。。、どうして別れたことを

ご存知なのですか?」

「僕は地獄耳を持っているからね、

うへへへへ。。。ちょっと、このあと、

僕のマンションに寄らない。。。?」

「ええ。。。そうしたいのですけれど。。。

わたし、明日は仕事で朝が早いのですわ」

「僕が起こしてあげるから。。。うしししし。。。」

「でも、デンマンさんのところには

目覚ましがないから、

わたし、やっぱり自分のマンションに

まっすぐに帰りますわぁ」

デンマンさんはガッカリしていましたわ。

でも、思慮分別のある心の広い方ですから、

キレることもなく、ムカつく事もなく、

私のマンションまでエスコートしてくださいました。

ただし、お休みのキスは、

かな〜♪〜りディープになって長かったのですわ。

あまり長くなるとちょっと問題ですので、

「もうやめて」と言うつもりで、

舌を咬ませてもらいましたわ。

うふふふふ。。。



ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。

楽しいですから、ぜひ読んでみてくださいね。

■ 『笑って幸せな気分になれるサイト』



では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





2011年10月13日

タリアセン夫人と再会

 
タリアセン夫人と再会







Subj:ゆっくりとお話ができて

楽しかったです


From: sayuri@hotmail.com
To: denman@coolmail
Date: Wed, 12 Oct 2011 22:16:41 +0900


こんばんは。。。
今日は久しぶりにゆっくりとお話できました。
ありがとう。

本当に良いお天気でした。
このところ良いお天気が続いているので気分が爽快です。
デンマンさんにいただいたIrish Cream Coffee Beansを飲みながらバーナビーの山の家を懐かしみました。



ところで9月7日にいただいたメールを最後に、その後メールをいただいてません。
デンマンさんの事ですから他にもメールを送信したのだと思います。
どうなっているのでしょうか?
10月にも送ったよね?

また明後日お会いしたいと思います。
朝、電話しますね。
では。。。

小百合より








Subj:小百合さん、おはよう!

きのうは油蝉が鳴いて

呆れましたよ!

きゃはははは。。。




From: denman@infoseek.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: Thu, Oct 13, 2011 10:53 am


Infoseekのメールシステムがリニューアルしたので、うまく送信ができなくなってしまったのですよ。

それでAOLのメールシステムを使って送信したのだけれど、これも、うまく送ってくれなかったようです。

このメールはINFOSEEKの旧システムで送ってます。

昨日は小百合さんと会えて十分に楽しみましたよ。
9月30日、館林では時間的なゆとりがなかったのでガストでも、なんとなくせわしい気持ちでダベッたので、なかなか落ち着けなかったようですよね。

昨日は盛りだくさんな1日だったけれど、小百合さんが気分的に落ち着いていたようで、僕ものんびりとできました。





大長寺の大仏様の前でHよりも感じるハグをしてから東屋(あずまや)でダベッていたら油蝉が飛んできて鳴いたのには驚きましたよ。
ロマンチックというよりも呆れましたよ!
10月12日なのに、夏の気分になって蝉が飛んできたようです。(爆笑)

確かに昨日は10月にしては暑かった。
実家に4時に戻った時には汗ばむほどの陽気でした。23度。
でも、油蝉が鳴くほど暑くはなかった。



「かねつき堂」のゼリーフライは久しぶりに食べてうまかったですよ。
水城公園で小百合さんがIrish Cream Coffee Beansで入れてくれたコーヒーを飲みながら食べたので一味うまかったのでしょうね。
それにしてもガチョウの“チョウ助”が居ませんでした。
僕がバンクーバーで暮らしている1年の間に、可哀想にも一人で寂しく亡くなってしまったのでしょう?!



小百合さんが久しぶりにマクドでシナモンロールが食べたいと言ったので行田イオン(eaon)モールに行ったのだけれどマクドナルドが無くなっていたんだよね。
行田市内は寂れる一方ですよ。
どうしてもお客さんが郊外のショッピングモールへ行ってしまうんだよね。たぶん。。。

そう言う訳で17号バイパスのケーヨーD2吹上店へ行きました。



敷地の南東の隅にマクドナルドがあった。
でも、シナモンロールは、もうやってないとのこと。。。
NHKの「おはよう日本」では、最近、キッシュが日本で流行っているというようなことを言っていたけれど、
ガストにもマクドでもキッシュは置いてない。


キッシュ(仏語 Quiche)



キッシュは、卵とクリームを使って作るフランス、アルザス・ロレーヌ地方の郷土料理。

パイ生地・タルト生地で作った器の中に、卵、生クリーム、ひき肉やアスパラガスなど野菜を加えて熟成したグリュイエールチーズなどをたっぷりのせオーブンで焼き上げる。
ロレーヌ風キッシュ(キッシュ・ロレーヌ)では、クリームとベーコンを加える。
ナッツ類を加える場合もある。
生地ごと三角形に切って皿に出す。
地中海沿岸の地域でも一般的な料理である。
語源はドイツ語のKuchen(クーヘン)である。




出典: フリー百科事典
ウィキペディア(Wikipedia)』




仕方なく、マックナギットを頼んでコーヒーを飲みながら一緒につまみました。

“マクドでコーヒーのお代わりなんてできないわよ!”
と小百合さんはいつも言っていたけれど、D2のそばのマクドでもコーヒーのお代わりが無料でできました。
きゃはははは。。。



明日も、また会えるといいね。
今度は「さきたま古墳公園」で“田舎っぺうどん”を食べましょう。
じゃあね。






10月12日に油蝉がやって来てジージー鳴き始めたのには呆れましたよ。 まさか、突然変異のセミではないと思うのだけれど。。。



私も驚きましたわ。 9月初旬ならば分かりますけれど10月の中旬になってセミの声を聞くなんて初めてでしたわ。

今年の日本は異変続きだからセミまでが異変をきたしているようですよ。

まさか。。。?

でもねぇ〜、なんだか最近、日本は災害続きですよ。 台風12に続いて15号。。。それに東日本大震災、そして福島原発事故。。。セミも10月に鳴きたくなるくらい異変が続いているのですよ。

タイでも台風の影響でずいぶんと水が溢れて、アユタヤでもバンコクでも街が水浸しになっているようですわね。

そうですよ。。。これも地球温暖化のせいでしょう。

でも、地震は地球温暖化とは関係ないでしょう!?

いや。。。関係あるかも知れませんよ。。。地球が温まると地殻活動も、たぶん活発になるのですよ。 それで地震が起こる可能性が増えるのですよ。

そうかしら。。。?

ガチョウの“チョウ助”も、災害続きの日本に住むのが嫌になってあの世に行ってしまったのですよ。

まさか・・・?

とにかく、可哀想でした。 小百合さんも“チョウ助”のことを覚えているでしょう?

もちろんですわ。



件名:おはよう!昨日はお袋を見舞った後で、

叔母と「つるや」で手打ち蕎麦を食べました。

きゃはははは。。。♪┌(・。・)┘♪




日付: Sun, 01 Nov 2009 12:32:49 +0900
差出人: "denman@coolmail.jp"
宛先: "sayuri@hotmail.com"
CC: "barclay1720@aol.com"


10月30日の金曜日は盛りだくさんの一日になりました。
僕の実家の近くにある「とんでん」で食べた“茶蕎麦”はメチャうまかった。
10年ほど前に親父がまだ生きていた頃、両親と一緒に食べた茶蕎麦の味でした。



本当に懐かしかった。
小百合さんは伝統的な昔ながらの蕎麦を食べたけれど、今度は、ぜひ僕の好物の茶蕎麦を食べて行田の思い出を懐かしんでね。

蕎麦を食べてから「古代蓮の里公園」へ行って直売店で行田市で取れるいろいろな野菜やお土産物を見たけれど、改めて行田の豊かさを感じましたよう。

“ふるさとは遠くにありて思うもの”

うん、うん、うん。。。室生犀星の言葉だけれど、
こうして故郷にやって来ると改めて故郷の豊かさに気づきます。
小百合さんと一緒に古代蓮の神秘的な花を見ながら語り合えたら、さらに幸せな気分に浸ることができたかもしれません。
残念ながら古代蓮の花は咲いてなかった。
8月だけでなく、秋にも咲く古代蓮を作れないものか?





もし、秋に古代蓮が咲いているなら、
今度は古代蓮を見ながら“Hよりも感じるハグ”をして
再会を喜び合いたいものです。


\(^ヮ^)/ ギャハハハハ。。。

「古代蓮の里公園」でのんびりと散策した後で「水城公園」へ行きました。
まさか小百合さんがまた“とうもろこし”を焼いてくれるとは思いませんでした。
簡易コンロを持ってきて、刷毛(はけ)でタレを塗りながら旨そうに焼けた“とうもろこし”は小百合さんの真心の味がしました。
マジで。。。!

\(*^_^*)/ キャハハハ。。。





公民館の前の池の端(はた)で、何も知らない人が見たらホームレスのカップルが貧しい夕食を取っているように見えたかもしれません。
ちょうで池に住む一匹のガチョウのために近所で暮らす30代の女性が餌をやりにやって来ていました。
パンの耳とレタスをガチョウにあげていたけれど、とうもろこしの焼ける旨い匂いがガチョウの食欲をそそるのか?小百合さんがコンロでとうもろこしを焼いている池の端(はた)に寄ってくるのでした。



“チョウ助”も、とうもろこしが食べたいの?”

その女性はそんなことを冗談で笑いながら言っていたけれど、小百合さんが答えて言いました。

“このガチョウは、とうもろこしを食べませんよね(笑)”



そうなんだよね。10月16日に小百合さんが初めて水城公園にやって来た時、Pure Whiteのとうもろこしを僕に焼いてくれたけれど、その前に、生のとうもろこしを COB からとって僕は“チョウ助”に食べさせようとしたのでした。
でも、食べなかった。
たぶん、量が少なかったのでガチョウには良く見えなかったのかも?

水城公園で黄色い“とうもろこし”を食べてから小百合さんと一緒にイオン(eaon)モールへ行きました。
“シナモンメルツが食べたいわ。”
小百合さんは、かなりこだわっているようでした。
僕は、別に食べたいとは思わなかったけれど。。。

でも、モールの中にあるマクドナルドの店でのんびりと語り合うことができました。
カナダで食べるシナモンメルツとは形や感じがちょっと違うんだよね。
ほんの少しだけシナモンメルツを小百合さんが食べさせてくれたけれど、
味はシナモンロールとあまり変わらなかった。



小百合さんによると、サワークリームに砂糖を混ぜてあるらしい。
そう言われて味わってみると、確かにサワークリームのすっぱさが舌に感じられたような。。。
でも、言われなければ分からないすっぱさでした。

マクドナルドでコーヒーを飲んだ後で小百合さんと一緒にお袋を見舞いに行田中央総合病院へ行きました。
小百合さんと再会してお袋も喜んでいましたよう。
小百合さん、ありがとう!
お袋は、小百合さんと再会して元気をもらったようでした。

昨日(10月31日)は、叔母と一緒にお袋を見舞いました。
その後で「つるや」で手打ち蕎麦を食べました。
小百合さんも手打ち蕎麦にこだわっているけれど、叔母も蕎麦にはかなりのこだわりを持っています。



それで、10月30日に小百合さんと一緒に見つけた手打ち蕎麦の「つるや」に行ったのですよう。
蕎麦屋らしい昔ながらのインテリアに、日本に居る事を実感させられました。

「つるや」のあとで行田中央総合病院の近くのBelc の敷地内にある Mos Burger でコーヒーとコロッケを食べながら2時間ほど粘(ねば)って積もる話をしたのでした。

ところで、昨日、行田観光協会のフライマップには出ていないゼリーフライの店を見つけました。
お袋を見舞いに小百合さんと行田中央総合病院へ行ったけれど、まだ小百合さんの記憶にあると思います。
国道125号線からそれて病院の駐車場へ行く、その道の角。
つまり、駐車場の前の道に進入する角のすぐ近くの肉屋さんでゼリーフライを作っていますよ。
一枚60円です。
買って食べなかったけれど、多分、衣(ころも)にはパン粉が入っているかも?
今度、行田へ行く機会があったら食べてみたらいいよ。

大体書き終わったので、これから「ネットカフェ・ミルミル」で牡蠣フライカレーを食べ、その後でウィンナコーヒーを飲みながらブログの記事を書きます。
記事のタイトルは「心のぬくもりを感じさせる医療」
小百合さんと再会した幸せを噛み締めながら。。。



ヽ(´ー`)ノ きゃはははは。。。

ありがとう。

じゃあね。

(V__/)
(+'.'+)
(")_(")







『心のぬくもりを感じさせる医療』より
(2009年11月2日)




デンマンさんは次のように書いてましたわね。

今度は古代蓮を見ながら

“Hよりも感じるハグ”をして

再会を喜び合いたいものです。




確かに、このように書きました。

それでデンマンさんはハグにこだわるのですか?

いけませんか?

だってぇ、デンマンさんのハグは、まるでプロレスの胴締めのように肋骨をギュッと締め付けるのですわ。

まさか。。。?

私はいつも死ぬかと思うほど呼吸困難に陥ってしまうのですわ。

それは、ちょっとオーバーではありませんか?

とにかく、いつ会ってもハグをっするのは、いったいどういうつもりなのですか?

やだなあああァ〜、小百合さんが「ハグは素敵ですね」と言ったからですよ!

私がですか?

そうですよ!。。。もう忘れてしまったのですか?

そのような事を言ったかしら?

言いましたよ。。。次の写真を見ながら小百合さんはしみじみと言ったのですよゥ。。。





つまり、白熊の真似をしてデンマンさんは私に会うとベアハグをするのですか?



いや。。。ちがいますよ!。。。白熊が人間のハグを真似したのですよ!

とにかく、デンマンさんのハグは肋骨が折れると思うほど締め付けが激しいのですわ。

まさか。。。?

だってぇ〜、今年も肋骨の1本がボキッと音をたてましたわ。。。肋骨が折れたと私は思いましたわ。

あのねぇ〜、僕はプロレスラーじゃありませんよ。 小百合さんの肋骨が折れるほど強烈なベアハグをしませんよ。

でもとにかく、肋骨がボキッと音を出すようなハグだけは止めていただけませんか!?

だから、それ程に僕は小百合さんとの再会を喜んだわけですよ。

でも、肋骨が折れるのが心配ですわ。

分かりました。 今度は白鳥を優しく抱きしめるようなハグをしますよ。 うししししし。。。


【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
どうして、あたくしにもデンマンさんは強烈なベアハグをしてくださらないのかしら。。。?
肋骨の1本や2本、折れてもよいから激烈なベアハグをして欲しいものですわ。

ええっ。。。マジかってぇ。。。?

マジですわよ。
私は強烈なものが好きなのですわよ。

どうしてかってぇ〜。。。?

だってぇ、あたくしはビートルズの熱烈なファンなのでござ〜♪〜ますわ。



“キャ〜 素敵ィ〜♪〜”





お分かりでしょう!?
ビートルズのファンは熱烈なのですわ。
だから、なまぬるいベアハグなど屁のツッパリにもならないのですわ。
うふふふふふ。。。



でも、日本も含めて世界中にビートルズの熱狂的な嵐が吹き荒れたのは、あたくしが生まれる以前のことでしたわ。
ところが何度も何度も、あたくしはビートルズの夢を見るのでござ〜♪〜ますう。
軽井沢の万平ホテルに行くと
ジョンレノンとあたくしがカフェテラスで会うような気が、マジでするのでござ〜♪〜ますう。




滞在中のジョン・レノンは朝9時半ごろ、

このカフェテラスに下りてきたのですよ。

わたしたちに「おはようございます」と

日本語であいさつしたものですわ。

いつも庭に面した一番奥の席にすわって、

他のお客様には背を向けるような格好で

腰掛けていました。

ジョン・レノンのお気に入りは

ローヤルミルクティーでしたわ。



『幸福の谷』より
(2008年4月6日)


あたくしは万平ホテルのカフェテラスでマジでジョン・レノンとローヤルミルクティーをいただいている記憶が鮮明に甦ることがあるのでござ〜♪〜ますゥ。
あなたは信じられないでしょう?
あたくしだって信じられないのですから。。。
おほほほほほ。。。

とにかく次回も面白くなりそうですわ。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあ、また。。。






ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

タリアセン夫人と言うのは小百合さんのことです。

どうしてタリアセン夫人なの?

小百合さんは軽井沢に別荘を持っていて

よく軽井沢タリアセンに出かけるのですって…。

それでデンマンさんが小百合さんのことを

軽井沢タリアセン夫人と呼ぶようになったのです。

あなたは軽井沢に出かけたことがありますか?

私はデンマンさんとご一緒に

一度だけ訪れたことがあります。



この湖は“Swan Lake”という

英語名がついているのですわ。

昔、宣教師の方が軽井沢に

別荘を持っていたのですって、

その家族の人たちが名づけたらしいのですわ。

10月でしたが、紅葉が見ごろになっていました。
 
 
軽井沢・雲場池の紅葉


 
 
まだ冬景色には程遠かったのですけれど、

湖にしては小さなその池のほとりに立ったら、

どこからともなく白鳥が飛んできそうな

感じがしましたわ。



そう言えば、バンクーバーの

クイーン・エリザベス・シアターで

デンマンさんとご一緒に

バレー『白鳥の湖』を見たことがありましたわ。
 
 

 
 

 
 
あの時のチャイコフスキーの曲が

聞こえてきたものですわ。

それで、私はいつになく

感傷的になったことを覚えています。

ところで、日本に帰省してから

デンマンさんが小百合さんのことで

次のような記事を書いています。

時間があったら覗いてみてください。

『白鳥はどこに?(2011年10月8日)』

『思い出の軽井沢(2011年10月7日)』

『日本は汚染される(2011年10月4日)』

『おばんざい(2011年10月4日)』

『バーナビーと小百合さん(2011年10月3日)』

『杜の都で食べる PART 1(2011年10月2日)』

『杜の都で食べる PART 2(2011年10月2日)』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。





2011年10月02日

杜の都で食べる PART 1

  
杜の都で食べる PART 1


 

[694]小百合さん!楽しい思い出をありがとう!
Name: 伝万 (HOME) E-MAIL
Date: 11/28/2008 19:56
(バンクーバー時間: 11月28日 午前2時56分)

命の洗濯ができました。
 

 


しかも“山の家”で入った露天風呂は最高でした。



ちょっと小さくて小百合さんと一緒に入る事が出来ませんでしたが、
山深い里の木立の中で、せせらぎの流れを聞きながら命の洗濯をした思いでした。
月は出ていなかったけれど、
2つの大きな照明灯が、まるで夜空の中に浮かんだ2つの月のように見えて格別でした。
大自然の中で、あんな贅沢な気分に浸(ひた)ったのは久しぶりでした。

その翌日のバーベキューも格別でした。
僕はあまり肉は食べないのだけれど、
あのバーベキューの焼肉は食欲をそそる匂いに包まれて、
衝動的に食べてしまうほど旨い物でした。





(中略)

とにかく、小百合さんのおかげで、楽しい思い出深い日本滞在になりました。
ありがとう。






『小百合さん!楽しい思い出をありがとう!』より

『山の家と露天風呂 (2008年12月6日)』にも掲載




デンマンさん。。。どうして、また露天風呂を持ち出してきたのでござ〜♪〜ますか?



露天風呂って、やっぱりイイですよう。

カナダにも露天風呂って、あるのでござ〜♪〜ますでしょう?

あるけれど、カナダの露天風呂って、まず例外なく水着着用ですよう。しかも、日本の温泉と比べるとぬるくて、まるで温水プールですよう。だから、日本の露天風呂の気分なんて全く味わえない。



そういうものでござ〜♪〜ますか?

銭湯もカナダにはありませんからね。

それで、仙台の銭湯・「開福湯」が、とりわけ懐かしいのでござ〜♪〜ますか?

そうなのですよう。でも、この「開福湯」も2003年の12月で廃業してしまったから、仙台を訪れても、もう、入る事ができません。


明治の面影残す銭湯消える

仙台の「開福湯」廃業


2003(平成15)年12月26日 金曜日



仙台市内でただ一つ、明治時代から営業してきた銭湯「開福湯」(青葉区五橋)が廃業を決め、このほど市に届けを出した。
建物の入り口の屋根などは明治時代のままで、天井も高い。
古き良き時代の薫りを漂わせてきた銭湯の廃業に、常連客や同業仲間から惜しむ声が寄せられている。

SOURCE: 宮城県仙台市 河北新報ニュース




『懐かしい杜の都 (2009年2月28日)』より


。。。んで、今日のタイトルは『杜の都で食べる』ですけれど、また五右衛門ラーメンのお話でござ〜♪〜ますか?

■ 『仙台辛味噌ラーメン (2009年2月24日)』

■ 『愛のラーメンと杜の都 (2009年2月26日)』


五右衛門ラーメンは、すでに上の記事で充分に語りつくしたから、今日は「公孫樹(いちょう)食堂」について話しますよう。


■ 『思い出の曲とふるさと (2009年1月9日)』

【 仙台での学生時代の思い出 】

昼ごろ片平丁に出かけ公孫樹食堂で定食か、カレーか、うどんを食べ、
研究室へ行って机の上に置いてある洗面器と手ぬぐいを持って近くの風呂屋へ行く。
帰ってくると研究室の壁に貼り付けたヌードが迎えてくれる。
そのヌードは僕がFORTRANで文字を重ね打ちして描いた等身大のものだった。


上の記事でも書いたけれど、お昼は、たいてい片平丁キャンパスにあった公孫樹(いちょう)食堂で食べたものです。

どのようなものをいただいたのでござ〜♪〜ますか?

定食か、カレーか、うどんでしたね。それから研究室へ行って机の上に置いてある洗面器と手ぬぐいを持って「開福湯」へ行ったものですよう。

午前中は。。。?

僕は夜型の人間だから、試験以外の時には午前中は寝ていますよう。昼ごろ起き出してバイクでキャンパスに向かい、それから僕の一日が始まるのですよう。うしししし。。。

。。。んで、お昼ご飯を食べたあとにお風呂ですか?

いけませんか?

学校に居る間にお風呂屋さんに行く人なんて聞いた事がござ〜♪〜ませんわア〜!

卑弥子さんが「日本文化と源氏物語」を講義している京都の女子大学の学生は昼ごろにスーパー銭湯に行かないのですか?

行きませんわよう。聞いた事も見た事もござ〜♪〜ませんわア。

卑弥子さんが知らないだけですよう。最近の女子学生はずいぶんと飛んでいると言うじゃありませんかア〜

あたくしが教えている女子学生には、そのような変わり者、飛んでいる者は居ないはずでござ〜♪〜ますわ。。。んで、公孫樹(いちょう)食堂は、デンマンさんが居た研究室から近いのでござ〜♪〜ますか?



僕は上の地図の下の方に見える電気通信研究所の大泉・野口研究室に居たのですよう。そこから歩いて5分です。

デンマンさんは、しばしば公孫樹(いちょう)食堂で食べたのでござ〜♪〜ますか?

とりわけ旨くは無かったけれど、とにかく安かった。だから、よく食べに行きましたよう。でもねぇ、初めのうちは公孫樹(いちょう)食堂で食べる気がしなかった。

どうしてでござ〜♪〜ますか?



公孫樹(いちょう)食堂

この写真で見ると、けっこうきれいな建物に見えるのだけれど、前の通りを歩いてみただけでも古い建物だと言うことがすぐに見て分かった。しかも、食堂と言う感じではないのですよう。建物の表情がいかめしい。どう見ても古い校舎を改造して食堂にしたような印象を受けたのですよう。

それで、入る気が起こらなかったのでござ〜♪〜ますか?

そうですよう。昼飯(ひるめし)を食べるのに、わざわざ講義室のような建物で食べる気が起きなかったのですよう。しかも古くて旧式な建物で、入れば黴(カビ)臭い匂いが漂ってくる気がして、ルンルン気分になれなかった。

いつ頃に建てられた建物なのでござ〜♪〜ますか?

明治か大正時代に建てられたと思っていたのだけれど、調べたら太平洋戦争中と、それに続く戦後、昭和30年代の中頃まで、中央講堂として使われていたのですよう。おそらく1935(昭和10)年頃に建てられたのでしょう。。。案の定、講堂として使われていたのですよう。。。そんな所で昼飯(ひるめし)を食べる気になれないのも無理ないですよう。卑弥子さんだって、そう思うでしょう?

それで、なぜ公孫樹(いちょう)食堂で食べるようになったのでござ〜♪〜ますか?

理由の一つは、その名前ですよう。僕は公孫樹を“いちょう”と読むとは思っていなかった。

デンマンさんは、なんと読んでいたのでござ〜♪〜ますか?

僕のオツムの中では“こうそんじゅ”と読んでいたのですよう。もちろん、その漢字が銀杏(いちょう)と同じものだとは夢にも思わなかった。

それで。。。?

公孫樹という漢字から、なぜか魯迅が連想されたのですよう。

どういう訳で。。。?

魯迅の本名は周樹人なのですよう。どちらも“樹”を含んでいる。公孫樹と言う呼び方は魯迅を尊敬して、記念して、そう読んでいるのではないか?!僕は、そんな風に連想していたようです。しかも、建物も明治時代に造られたのだと思われるぐらいに古い。壁の白いペンキなどが古くなって、灰色に変色して剥(は)げ落ちそうになっていた。僕は魯迅先生にハマッていたので、もしかすると、この建物は魯迅先生に関わっていたのではないだろうか?

中に入って調べてみようと思ったのでござ〜♪〜ますか?

そうですよう。もしかすると 『かつて、この建物で魯迅が講義を受けました。。。』 なんて言う説明が壁に貼ってあるかもしれない。そう思ったのですよう。

でも、時代が違うのでしょう?

それは調べてみて分かった事で、僕がこの食堂で食べていた当時でも、明治時代に建てられたと言われたら、なるほど、と思うほど古い建物だったのですよう。魯迅と公孫樹食堂の建物は、僕のオツムの中では同時代のモノとして共存していたのですよう。


魯迅 (ろじん)



簡体字表記:鲁迅
ピンイン: Lǔ Xùn
1881(明治14)年9月25日に浙江省紹興市で生まれる。
1936(昭和11)年10月19日に亡くなる。
中国の小説家、翻訳家、思想家。
本名は周樹人(ピンイン:Zhōu Shùrén)
字は豫才。
ペンネームの魯は母親の姓だという。
4歳下の弟にやはり文学者・日本文化研究者の周作人がいる。
代表作に『阿Q正伝』、『狂人日記』など。

特に狂人日記は、文語主体の旧来の中国文学を口語主体とする点で画期的だった他、被害妄想に駆られている狂人の心理を実にリアルに描写する点においても、わずか15頁の短編作ではあるが近代中国文学の最高傑作ともいわれ、日本のみならず欧米諸国の中国文化研究者間では高く評価されているようである。
なお、魯迅自身が若い頃日本の仙台医専(現在の東北大学医学部)に留学した経験もあるが、彼の親戚に、本物の被害妄想患者が存在し、彼を見聞したことが、この作品を着想するヒントとなったと言われている。

【人物・経歴】

松本亀次郎の下で日本語を学び、1904(明治37)年9月から仙台医学専門学校(現在の東北大学医学部)に留学する。
当時は日露戦争の最中であり、町で戦争報道のニュース映画を観る機会があった。
その映画では、ロシア軍スパイの中国人が日本人によって、間諜(軍事スパイ)として処刑され、さらに同胞である中国人が処刑される様を喝采して見物する姿があった。
それを見て、中国人を救うのは医学による治療ではなく文学による精神の改造だと考えたのだという(『吶喊自序』『藤野先生』)。

当時の官立の学校では中国からの留学生の入学は清国公使の推薦状で入学が許され、周は無試験で入学している。
このため学力不足の留学生は途中で挫折している。
特に医学のような学問修得に特別の忍耐と努力を必要とする分野では、卒業にまで漕ぎ着けるのは至難の技であった。
当時周には多額の奨学金が支給されており、授業についていけず町で遊興に耽ることもあり、やがて学問に対する興味も薄れていったと考えられる。
ニュース映画の場面は多感な年代の彼に大きな影響を与えたことは否定できないが、医学に挫折する自分に対する心理的な合理化(言い訳)としての側面も否定出来ないであろう。

1906(明治39)年3月に仙台医専を退学し、東京での生活を経て帰国。
杭州・紹興などを経て、1912年、南京において中華民国臨時政府教育部員となる。
さらに政府の移転に伴い北京へ転居。
1918(大正7)年雑誌『新青年』に『狂人日記』を発表する。
以来、「魯迅」およびその他多くのペンネームを用いて文筆活動を本格化した。

【魯迅と仙台】

紹興市から仙台市に送られた魯迅像(仙台市博物館)仙台医専時代の魯迅を描いた作品に太宰治の『惜別』がある。
この「惜別」ということばは、仙台医専時代に、魯迅に個別添削を授けるなど何かと気を配っていた恩師、藤野厳九郎が最後に魯迅に渡した写真の裏に書いたことば。
藤野との関係は、小説『藤野先生』にも書かれている。

魯迅は、1904(明治37)年9月から1906(明治39)年3月までの約1年半しか仙台にいなかったが、仙台市や東北大学では、様々な面で魯迅を通じた交流を中国と行っている。
中国人にとっては、東北大学・片平キャンパスにある(旧)仙台医専の「階段教室」が観光地となっており、1998年11月29日には江沢民・中華人民共和国主席も訪問している。
訪問した中国人は、魯迅がいつも座っていたとされる同教室の中央帯、前から3番目の右端近くでの記念撮影をしている。
その他、同キャンパス内に「魯迅先生像」(1992年10月19日設置)、仙台城三の丸の仙台市博物館敷地内に「魯迅の碑」(1960年12月設置)と「魯迅像」(2001年設置)がある。
また、「魯迅旧居」が片平キャンパス正門近くに残されている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


デンマンさんは魯迅先生に、それ程ハマッテいたのでござ〜♪〜ますか?

そうですよう。僕は英語で魯迅が出て来る小説を書いたほどですよう。

マジで。。。?

大真面目ですよう。そのうちネットでも公開するつもりです。そのために僕は10年ほど前に上海にも行って魯迅が住んでいたという旧居も訪ねましたよう。太平洋戦争前には“日本人街”のようになっていた虹口(ほんこう、ホンキュー)と呼ばれる地区の北のはずれのところに魯迅が奥さんと子供の3人で住んでいたアパートがあって、そこが博物館のようになっていました。

魯迅先生は、そのアパートで亡くなったのでござ〜♪〜ますか?

そうですよう。当時の中華民国の秘密警察に追われて隠れるように住んでいたのだけれど、確か、癌だと思うけれど病気で亡くなっていますよう。魯迅がしばしば訪れたと言う内山書店の跡にも行ってみました。当時、確かその建物は銀行として使われていましたよう。

デンマンさんは、かなり魯迅先生にハマッテいたのでござ〜♪〜ますわね?

そうですよう。魯迅先生にあこがれて東北大学で勉強してみようと思ったほどですからね。

マジで。。。?

半分マジですよう。うしししし。。。

。。。んで、魯迅先生も公孫樹食堂でお昼ごはんをいただいてから、デンマンさんのように手拭をぶら下げて「開福湯」でお風呂に入ったのでござ〜♪〜ますか?うふふふふ。。。

実は僕も、そう想ったのですよう。でもねぇ、調べてみると公孫樹食堂、つまり、かつての中央講堂は昭和10年代に造られた。「開福湯」は明治43年に開業したのですよう。魯迅先生が清国(現・中国)に戻ったのは明治39年だから、どちらの建物も先生は知らないのですよう。

デンマンさんと魯迅先生の歴史的な接点は無かったという事でござ〜♪〜ますわね?

そうですよう。考えてみると、現在の東北大学医学部は公孫樹食堂のある片平丁キャンパスから、北へ2キロ以上離れているのですよう。だから、魯迅先生は片平丁をそぞろ歩いた事はないだろう、と僕はすぐに思ったのですよう。

でも、違うのですか?

地図を見て僕は驚いたのですよう。魯迅の「階段教室」が片平丁キャンパスにあったのですよう。昔、その場所が仙台医学専門学校だったとは僕は全く知りませんでした。

現在の医学部の前身でござ〜♪〜ますか?

そうなのですよう。つまり、魯迅先生は、現在の片平丁キャンパスの付近をそぞろ歩いていた事があるのですよう。

デンマンさんも知らずに魯迅先生が歩いていた道を通って、公孫樹食堂へ行ったり、「開福湯」へ行ってお風呂に入っていたのでござ〜♪〜ますわね?

そうなのですよう。うしししし。。。やはり、僕と魯迅先生には歴史的な接点があったのですよう。しかも、僕は魯迅先生が実際に住んでいた上海のアパートにも足を踏み入れたのですからね。。。

でも、それはデンマンさんが特別だと言うことではござ〜♪〜ませんわ。あたくしが仙台へ行って片平丁キャンパスを歩いて、それから上海へ飛んで虹口の魯迅記念館へ行けば、同じ体験ができるのでござ〜♪〜ますわ。

何も知らずに、そのような経験をしていた、と言うところが重要なところですよう。そして、こうして歴史的ロマンとして記事に書く。うへへへへ。。。

。。。んで、公孫樹食堂と小百合さんが何か関係あるのでござ〜♪〜ますか?

実は関係あるのです。

どのように。。。?

小百合さんは中学生時代、花も恥らう乙女の頃に『エマニエル夫人』を観たのですよう。

それで。。。?

普通の女の子であれば、それで終わりです。

小百合さんは違うのでござ〜♪〜ますか?

社会人になってから、小百合さんはエマニエル夫人が過ごしたバンコクへ行ったのですよう。



■ 『エマニエル夫人と山の家 (2008年2月6日)』

■ 『ブルックリンのエマニエル夫人 (2008年5月26日)』

■ 『エマニエル夫人とチャタレイ夫人 (2008年9月9日)』


エマニエル夫人と公孫樹食堂が関係しているのでござますか?

いや、残念ながらエマニエル夫人は仙台にやってきた事はないのですよう。うしししし。。。

だから、どのように関係しているのでござ〜♪〜ますか?

小百合さんは、以前、僕に次のメールを書いて寄越したのですよう。


お酒好きですよう



投稿日時: 2008/06/20 02:01 (ロンドン時間)
日本時間: 6月19日 午前10時1分
バンクーバー時間: 6月18日 午後6時1分



はい デンマンさん
夕べ 遅く開いて ブログを見てたけど、
今思うと どこ みてたのか 酔っていてわからない。

■ 『雨よ去れ (2008年6月18日、日曜)』

でも、上の記事、読みました。
短歌を3首、デンマンさんの日曜が見えて
嬉しいですよ。 つまらないなんて 批判しませんよ。




はげしさに

夢破るとも

妹(いも)のこと

思い煩(わずら)う

あじさいの花

 
 



五月雨(さみだれ)は

すでに遠のき

六月の

梅雨にぬれたる

妹(いも)の黒髪






ひさびさの

妹(いも)の言(こと)の葉

なつかしみ

うれし涙に

梅雨(つゆ)も忘れて



何かを作るって 楽しいですね。人それぞれで、
思い出、歌、料理、木工(これ大好き)、服(これダメ)

ヒノキのお風呂はつくれませんよ。
でも岩風呂とか タイルだったら できるかも、
たのしそ〜。
けど 山仕事はしばらく 休みます。

一度 山に来ると 私が何して 遊んでるか
わかるでしょう。マキのことだけでなく
川に 小さい橋  山の斜面に階段 かまどを粘土で
作ったり、 たのしいよ〜
そんなの くたびれて ヤダ! と思うかも
こんな 正反対の デンマンさんと私は 何が
共通してるのかな?




小百合より

Fuji & Kato Private Forum 『気になる記事』スレッド
“Beaverland e-XOOPS”




『赤提灯、ヌード、山仕事 (2008年6月23日)』より


小百合さんは“こんな正反対のデンマンさんと私は何が共通してるのかな?”と書いていますわね?

その通りですよう。

。。。んで、共通するものが分かったのでござ〜♪〜ますか?

分かったのですよう。

その共通点とは。。。?

夢とロマンを食べる事ですよう。うしししし。。。だから僕に“仙台辛味噌ラーメン”を送ってきてくれたのですよう。






お元気ですか?

昨年の暮れに

年越しそばのつもりで

送るつもりでしたが

遅くなりました。

日本はカップ麺の

種類も多く

生めんに近いもの カレー味

おそば 焼きそば 等々

デンマンさんの好きそうな

辛口を見つけ

仙台という事も

なつかしく思うだろうと

パックしました。

今回 チョコの方が おまけ。

私の好きなキャドバリーの

デイリーミルク。

それから 粉末ソース

10個入れました。

サッポロ一番で

焼きそばを作るときに

使ってみてね。

「かどや」風味に近くなるかも…。

船便で何日かかるのかしら…?

では。。。

小百合より



2009年1月17日


『愛のラーメンと杜の都』より
 (2009年2月26日)


小百合さんはバンコクで『エマニエル夫人』のシーンを思い浮かべながら現地の食べ物を飽きるほど食べて、夢とロマンの思い出を作ってきたのですよう。

。。。んで、デンマンさんは。。。?

だから僕は、小百合さんが“仙台辛味噌ラーメン”を送ってきたおかげで公孫樹食堂を思い出しながら歴史ロマンに浸(ひた)っているのですよう。僕は小百合さんに、さっそくお礼のメールを書きました。

。。。んで、公孫樹食堂と小百合さんがどのように関係しているのでござ〜♪〜ますか?

とにかく、まず、僕のお礼のメールを読んでくださいよう。それから、ゆっくりと説明しますから。。。

(すぐ下のページへ続く)

 



初出: 2009年3月2日

2011年10月02日

杜の都で食べる PART 2


 
杜の都で食べる PART 2





[603]Re:「かどや」の定休日は

日曜日と書いてあるよう。

気をつけて行ってきてね。





Name: さゆり E-MAIL
Date: 2009/02/26 09:53 AM
(バンクーバー時間: 2月25日 水曜日 午後4時53分)



火曜でなく 昨日の水曜日に 行きました。
母の用事があり 終わった後 ゼリーフライを、と思っていたら
午前中から 2時過ぎまで 用事が長引いてしまいました。

2時30分に実家から かどやに電話して 「3時ごろ取りにいきます」
途中 鐘つき堂にも注文して「3時10分ごろ取り行きます」
時間どうり お店に寄って 最後 エコスでも 買って 帰りました。

3時40分ごろ薬局に寄り 4時にまた 母の所の先生と話があって。
ゆっくり 大長寺でも寄ろうかと思っていたのに
駆け足 駆け足で お土産の はしご でした。
先生の話が終って また 大急ぎで三男坊の保育園にお迎え行きました。

おいしかったよ〜
全部 味が違い 今朝も冷たい かどやを
食べて 菊ちゃんのぞうり と思う。
おいしい ぞうり でした。

三男坊は昨日 パクパクと片手に持って食べながら
「一緒に行きたかった」と言うのです。
春休み 桜の時でも連れてドライブしてきます。
まだ つぼみも無い、行田市の大長寺の桜。

さゆりより






『Re:かどやの定休日は… (2009年2月26日)』より






「鐘つき堂」のゼリーフライも、「かどや」のゼリーフライも僕の舌にはイマイチ。
子供の頃の思い出が蘇(よみがえ)ってきません。

今まで食べたうちでは「珈琲苑」のが、子供の頃食べた“銭フライ”に一番近いよう!
形も似ていた。
店の名前も気に入りました。
いつかまた、「珈琲苑」へ小百合さんと一緒に行きたいね。



こうして、また、ルンルン気分で差し向かいでゼリーフライを食べましょうね。
うしししし。。。



ところで、「鐘つき堂」のゼリーフライの形は、
まるで、ラグビーのボールを小さくしたようだったね。
あれは、おかしな形でしたよう。



小百合さんがどうして菊ちゃんと共感するのか?
それは、子供の頃、喧嘩で負けて、小百合さんにも菊ちゃんと同じような悔しい経験があるからだよね?
たぶん。。。
そのような事を小百合さんがどこかで書いていたよね。

■ 『菊ちゃんと小百合さん (2007年12月8日)』

■ 『毘沙門堂と菊ちゃん (2008年1月7日)』

■ 『白無垢の菊ちゃんと山の家 (2008年1月13日)』

■ 『菊ちゃんと八ツ橋 (2008年4月14日)』

■ 『菊ちゃんを旅する (2008年4月26日)』

■ 『菊ちゃんの一つ覚え (2008年6月25日)』

あの菊ちゃんが泣きべそかきながら、ムカついて下駄を片一方、5メートルから10メートル飛ばすエピソードは、小百合さんにウケたのかもしれないよね。
うへへへへ。。。

小百合さんは、悔しさをどのように処理していたのだろうか?

まさか、憎い相手の人形を作って、五寸釘を心臓に打ち込んでいた訳じゃないよね?
うしししし。。。




三男坊は昨日 パクパクと片手に持って食べながら
「一緒に行きたかった」と言うのです。
春休み 桜の時でも連れてドライブしてきます。
まだ つぼみも無い、行田市の大長寺の桜。








大長寺の桜が咲くのは、いつも4月になってからですよう。
小百合さんと一緒に見た2羽の白鳥は、もう、その頃にはシベリアへ帰って居ないだろうね。
今年の秋、縁があれば、また会えますよね。
もちろん小百合さんにも。。。
 


“仙台辛味噌ラーメン”は、旨かっただけに、いろいろな思い出を甦(よみがえ)らせてくれました。
仙台の記事が、これからたくさん書けそうですよう。

2月28日の記事は、題して『懐かしい杜の都』。
明治43年からやっている銭湯の話があります。
残念ながら、2003年の12月に廃業になりました。
面白い話をたくさん書きました。

掲示板にコピペするから読んでみてね。

小百合さんからの贈り物は、半分ほど食べました。
まだ半分、楽しみが残っていますよう。
じっくり味わいながら、充分に楽しみますよう。
もちろん、記事を書きながら。。。
贈り物をもらったおかげで、記事が20件ぐらい書けそうです。

今までの内では、“仙台辛味噌ラーメン”が僕に最も多くの思い出を甦(よみがえ)らせてくれました。
ありがとう!
感謝感激、雨あられ! 

では、風邪を引かないように。。。
インフルエンザにかからないように。。。
頭痛がひどくなったら、また『ロマンポルノ第5部』を読んでね。
そうすれば、頭痛の虫がビックリして、どこかへ飛んでゆくからねぇ〜。
うしししし。。。

『軽井沢タリアセン夫人』も、一生懸命に時間があるときに書いていますよう。
60%ほど書き進みました。

とにかく、軽井沢タリアセンだから、格調高いのですよう。
もちろん、卑弥子さんがひっくり返って喜ぶようなヤ〜らしい事も書いてあるけれど、
小百合さんが読んでもルンルン気分になれるような楽しい事が書いてあります。





とにかく、睡鳩荘が出てきて、
白いレースのカーテンの前で小百合さんがレースのランジェリーを身につけて
格調高く登場するのですよう。

『日活ロマンポルノ・軽井沢夫人』の高田美和さんもビックリしますよう!
おそらく高田美和さんは“タリアセン”の意味を知りませんよう。
でも、小百合さんは僕の記事を読んでいるから、意味を知っているよね?
。。。ん? もう忘れてしまったの?
しょうがないなぁ〜
じゃあねぇ、次の記事を読んで思い出してよねぇ〜。

■ 『タリアセンの思い出 (2008年12月14日)』

もう忘れないでね。
。。。ん? なぜ忘れちゃダメかってぇ〜?
なぜならば、同じ質問を高田美和さんもされるのだよう。
そうすると、小百合さんは答える事ができるけれど、美和さんには答えられない。
それで、美和さんは『日活ロマンポルノ・軽井沢夫人』よりも『軽井沢タリアセン夫人』の方が芸術的に、文学的に価値があることを知るのですよう。
美和さんは悔しがって睡鳩荘の前の池に飛び込んで死のうとするのだよう。
でも、死ねない!
なぜ?
あの池は浅すぎて泳げない人でも助かってしまう。
うへへへへ。。。

それがどうなの。。。?

『日活ロマンポルノ・軽井沢夫人』では美和さんの相手役は最後に頭を切り取られて死んでしまう。
残酷だよねぇ〜!!
それに、キモい!

『軽井沢タリアセン夫人』では、死ぬ人は一人も居ない。
登場人物の誰もが、以前よりも幸せになって結末を迎える。
八方美人的に終わるのが気に喰わないけれど、
でも、そのうちで一番幸せになるのが小百合さんなのですよう。
うしししし。。。

分かるでしょう?
幸せで、ルンルン気分で終わるのです。
そして、小百合さんは、その続きがまた読みたくなんるのですよゥ。

どうして。。。?





僕の創作だと思っていたラヴィオリカレーは、他にも誰かが作っていたらしい。
そのような事を小百合さんが言ったので、
今度は誰も作ったことのない創作カレーを僕が作りました。
それが、『軽井沢タリアセン夫人 第2部』の中に出てくるのです。
だから、小百合さんも絶対に読みたくなるのです。

読んでどうなるの。。。?

だから、読んだら、また小百合さんが僕と山の家で会いたくなるのですよう。
今度の創作カレーは、ラヴィオリカレーの2倍旨いから。。。
うへへへへ。。。

いつまでも、書いているときりがないし、
朝になってしまうので、これぐらいにします。
では、小百合さんもよい夢を見てね。
そして、今夜、夢の中で会いましょうね。。。
じゃあ、お休みィ〜〜〜。



日本時間: 2009年2月26日 午後6時36分
バンクーバー時間: 2009年2月26日 (木曜日) 午前1時36分




『今度の創作カレー (2009年2月26日)』より


それで、“仙台辛味噌ラーメン”のお礼のお返し物が小百合さんをヒロインにして書く、夢とロマンの『軽井沢タリアセン夫人』でござ〜♪〜ますか?

そうですよう。いけませんか?うしししし。。。

あたくしがいけないと言ったところで、デンマンさんは、どうせ書くのでしょうから。。。んで、公孫樹食堂と小百合さんがどのように関係しているのでござ〜♪〜ますか?

つまり、夢とロマンですよう。小百合さんは食べる事によって夢とロマンの思い出を作る。僕は小百合さんからの心のこもった贈り物をもらって、その中から“仙台辛味噌ラーメン”を食べて思い出が甦(よみがえ)る。その思い出の中に公孫樹食堂が現れたのですよう。思い出を食べるグルメの小百合さん。その小百合さんがもたらした公孫樹食堂の思い出。。。それで、こうしてブログを書く事によって、僕は歴史の夢とロマンに浸(ひた)るのですよう。公孫樹食堂と小百合さんは、このようにして結びついているのですよう。

なんだか、いつものようにデンマンさんは理屈で無理やり結び付けているのですわ。そうゆうのを世間では“こじつけ”と申し上げるのでござ〜♪〜ますう。。。ところで、公孫樹食堂は、今でもあるのでござ〜♪〜ますか?

残念ながら1994(平成6)年に取り壊されてしまったのですよう。公孫樹食堂があった所には、現在、「さくらホール」が建っていますよう。



一番手前の建物が「さくらホール」です。

では、もう公孫樹食堂の建物は見られないのでござ〜♪〜ますか?

卑弥子さんのために、また、この記事をここまで読んでくれたネット市民の皆様のために珍しい映画を紹介します。


50年前の片平キャンパスで撮影された人々

2007年吉日

いまから半世紀前の1957(昭和32)年6月22日、東北大学の創立五十周年を祝う式典が片平キャンパスで行われました。
式典の会場は片平地区の中央体育館。
当時県下最大規模の体育館として、国民体育大会の会場などとしても使われていたこの施設に来賓と職員学生代表あわせて約2000人が参加して行われた半世紀前の祝典について、フィルムには式典前の来賓控室の様子から式典終了後の祝賀会に至るまでの一切が記録されていました。
 
 (中略)

さて、フィルムでは学長式辞の後、文部大臣や当時東大総長であった矢内原忠雄、初期の卒業生でこの直後に東大の総長となる茅誠司(日本学術会議会長)といった人々による来賓祝辞があり、さらにやはり本学草創期からのメンバーである熊谷岱蔵元総長が特別功労者として挨拶をしています。
瀧川幸辰京大総長による万歳三唱のあとは、当時の中央講堂(のちの公孫樹食堂。現在のさくらホール南方付近)で行われた祝賀会に場面が変わりますが、ここでも日本初の女子学生・黒田チカさん(当時お茶の水女子大名誉教授)など卒業生や関係者のスピーチがありました。
映像の最後には、会場から出てくる参加者の背景に、当時の片平キャンパスの風景が映し出されています




『創立五十周年記念式典』より


すぐ上のリンクをクリックすると、上映時間10分程の50年前の映画を見る事ができます。公孫樹食堂(当時の中央講堂)での祝賀会。日本初の女子大学生・黒田チカさん(当時お茶の水女子大名誉教授)を見る事ができます。

日本初の女子大生は東北大出身でしたの?

東大も京大も女子の入学を認めなかったのですよう。

あ〜♪〜ら、女性差別でしたのねぇ〜!!んも〜〜。。。東北大学は男女平等の思想の下に大学教育を行っていたのでござ〜♪〜ますわね。

実は、当時、東北大の入学者が少なくて、それで女子の入学も認めたと言う裏話が伝わっていましたよう。うしししし。。。で、映画の最後に、当時の片平キャンパスの風景が映し出されます。

ぜひ見てみたいですわ。

でもねぇ、ブロードバンドでなく、モデムでネットにつながっている場合には、ダウンロードに1時間以上かかるかも知れません。もちろん、一度ダウンロードしてしまえば、何度でも繰り返し、すぐに見る事ができますが。。。

特に興味深い事でもあるのでござ〜♪〜ますか?

あの“滝川事件”を起こした滝川さん本人が50年前の映画に出てきますよう。この事件を基にして黒澤明監督が映画を作っているほどです。


瀧川 幸辰(たきがわ ゆきとき)

1891年2月24日生まれ。
1962年11月16日に亡くなる。
日本の法学者。専門は刑法。
岡山県出身。京都帝国大学教授だった1933年、滝川事件で大学を追われるが、第二次世界大戦後、大学に復帰、京都大学総長を務めた。
 
【人物】

旧岡山藩士の子として生まれる。滝川家は戦国期の武将滝川一益の末裔とされている。
鳥取の瀧川家によると一益の三男辰政は岡山池田家に御預けになっており、これが幸辰の先祖とされている。

【学説】

瀧川は、東京学派の小野清一郎とほぼ同時期にドイツ刑法学における構成要件の理論を日本に初めて紹介し、犯罪を構成要件に該当する違法有責な行為であるとする現在の刑法学の基礎を築いた。
瀧川は、違法性の実質について、当初国家的条理違反としていたが、その後生活利益の侵害であるとして結果無価値論をとり、前期旧派・古典学派の立場を明らかにした。
その立場は佐伯千仭、中山研一、平野龍一らに継承されている。

京都帝国大学時代の1933年、中央大学法学部での講演がきっかけで、その刑法学説が自由主義的な内容であったため文部省(当時の文部大臣は鳩山一郎)から休職処分を下されたのち退官した(滝川事件)。
退官後は大学に属さず法律研究を行い、1939年(昭和13年)以降弁護士となった。

第二次世界大戦の終戦後には、大内兵衛らと共に論壇に復帰。
GHQの方針により1946年、京都大学に復帰し法学部長となった。
1951年法学博士(京都大学)(学位論文「刑法における構成要件の機能」)。

その後1953年に総長に就任したが、学生運動との対立事件を繰り返した。
特に「第2次滝川事件」と呼ばれる学生による滝川への「暴行」事件は有名である。
1957年、総長の任期を満了し退官した。



映画『わが青春に悔なし』 (黒澤明監督作品)

『わが青春に悔なし』は滝川事件とゾルゲ事件をモデルとした黒澤明監督の映画である。
GHQの奨励したいわゆる民主主義映画の一つである。
なお、本作と同時期に同じ題材の映画が企画されていたため、「新人監督をつぶすつもりか」との労働組合の圧力を受けて、黒澤の意図に反して映画後半の展開を大幅に変更せざるをえなかった。
農村シーンに込められた異様な気迫は、この圧力に対する反感があったからと黒澤は述懐している。

公開 1946年10月29日
上映時間 110分

【あらすじ】

日本が戦争へと歯車が狂い始めていた昭和8年、京都の吉田山。京大教授の八木原の娘として何不自由無く活発に育った幸枝と、父の教え子である、糸川と野毛を含む、7人の前途有望な学生達がいた。

全てに慎重で常識と立場を重んじる糸川、正しいと信じた事は立場に関係なく主張する野毛の二人は幸枝に好意を持っていた。
幸枝は好対照な二人それぞれにひかれる。

八木原教授への弾圧により、わき上がった学生運動をきっかけに、糸川と野毛はより生き方が別れていく。

幸枝は自らの満たされた生き方に疑問を感じていた。
時代が戦争へと流れていく中、自分を自制し安心感のある穏やかな普通の人生を送るのか、それとも、自分の意志に忠実に生き、波乱の人生を送るのかという選択に迫られる。

【キャスト】

八木原幸枝:原節子
野毛隆吉:藤田進
八木原教授:大河内伝次郎
八木原夫人:三好栄子
野毛の母:杉村春子
野毛の父:高堂国典
糸川:河野秋武
糸川の母:原緋紗子
毒いちご:志村喬
筥崎教授:清水将夫
文部大臣:深見泰三

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 


なんだか、すごいですわねぇ〜。デンマンさんは映画会社の宣伝マンもしているのでござ〜♪〜ますか?

うしししし。。。まさかぁ!残念ながら、映画会社からもDVD配給会社からもギャラをもらってませんよう。




初出: 2009年3月2日


【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
とにかく、ワクワクしてきましたわ。

滝川先生って、どんなお顔をしていらっしゃるのでござ〜♪〜ましょうか?
でも、映画になる場合、そのモデルになる人には、あまりハンサムな人は居ないのですわよね。
うふふふふ。。。
とにかく、50年前の映画をあなたも見てみてねぇ〜。
無料ですから。。。

いづれにしても、まだまだ興味深いお話が続きますゥ。
どうか、あなたもまたあさって、読みに戻って来てくださいね。
じゃあ、またねぇ。。。






ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

デンマンさんの『軽井沢タリアセン夫人』をわたしも

読んでみたいですわ。

『日活ロマンポルノ・軽井沢夫人』を

残念ながら、わたしは見た事がありません。

でも、デンマンさんが書いたあらすじを読むと、

あまり見たくないような

残酷なシーンが最後にあるようですよね。



■ 『熱いロマン (2008年7月23日)』

■ 『陳腐な接吻 (2008年7月25日)』

 
確かに、ラストシーンは日本人には

あまり馴染みの無いキスシーンで終わるようです。

その事をデンマンさんは

「陳腐だ」と言っているのですけれど、

デンマンさんが書き直したラストシーンは

日本人女性の繊細さが表れているかも知れません。

でも、死体置き場という設定を

変えた方が良いのではないでしょうか?

あなたも、時間が会ったらぜひ上のリンクを

クリックして読んでみてくださいね。

ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら覗いてみてください。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。






2011年09月13日

あんさんに会いたい

  
あんさんに会いたい
 
 

 
 




件名:バンクーバーは3連休でした

きゃはははは。。。




Tue, Sep 6, 2011 2:22 pm.
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 9月7日(水曜日)午前6時22分
From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
CC: barclay1720@aol.com


小百合さん元気ですか?
今日、月曜日(9月5日)はLabor Day で土、日、月と3連休でした。
バンクーバー図書館は、土日は開いていたけれど今日は閉館で、だからパソコンもネットも使えません。
それで、今朝はクロワッサンとカフェオレで朝食を済ませてからイングリッシュ・ベイを散歩したのですよ。

雲一つない快晴で、これ以上すばらしい天気は望めないほどにカラッとした青空がどこまでも続いていました。
気温は午前10時で20度。









スタンレーパークのSeawall のベンチに座って『ヨーロッパ・カルチャーガイド イギリス』(株式会社トラベルジャーナル)を読み始めました。
33ページに面白いことが書いてあった。
イギリスの映画界には「映倫カット」がないとか。。。
ビクトリア朝時代には椅子の脚を露出させることもワイセツだとされて曲線を隠さねばならなかったとか。。。
どうりでビクトリア朝の時代の女性は足を見せないように長いスカートをはいていた。



しかし、椅子の脚の曲線がなぜワイセツなのか?
マジで理解できませんよ。

でも、思い当たることがありました。
そう言われてみると『裸はいつから恥ずかしくなったか』(新潮社)の31ページに次のように書いてあった。
「ピアノの足に小さいスカートを巻き付けて、その曲線を隠した」
しかもビクトリア時代の男の中には
「初めて見る新妻の恥毛に腰を抜かした」新郎が居たとも書いてある。
マジかよう!?



とにかく、その反動で映画界では「映倫カット」がないのだそうです。

読んでいて呆れたと言うか、バカバカしくなったので本を閉じてハイキングでもしようと思いたちました。
10数年ぶりにスタンレーパークを一周しようと歩き出したのです。
午前11時に歩き出してマンションに戻ったのが午後5時。
ゆっくり歩いて途中で1時間休憩して昼食代わりにバナナを二本食べたけれど、結構しんどかった。
右足の親指に小さなマメができた。
最高気温は午後2時に26度。



コペンハーゲンにある「人魚の像」と瓜二つのように見える“Girl in Wetsuit”というブロンズ像が岸辺の岩の上に座っているのですよ。
その辺りに人だかりがしていたので何かな?と思って近寄ったら、
なんとカワウソの一家(両親と子ども2匹)が岸壁の石段に上がって来て、じゃれているのですよ。
よく見ると通行人から餌をもらったようで、それを取り合うようにして食べているところでした。
野生のはずだけれど人に馴れてしまって餌をねだったりしている。
子どもたちは「かわいい、かわいい」といいながらデジカメで写真を取りまくっていました。


 
 
Otters holding hands
 
 

 
 
今年の夏はいつもより日焼けしました。
例によって秋には行田に帰省する予定です。
また小百合さんと会いたいですね。
たぶん、僕があまりに日焼けして黒くなったので小百合さんは驚くことでしょう!?
 
  

 
 
また、「さきたま古墳公園」の休息パビリオンで“アイリッシュ・コーヒー”を飲みましょう!
SAFEWAYで Irish coffee beans を一袋買ってゆきます。
今度はパビリオンの向かいにある「田舎っぺうどん」を小百合さんと一緒にぜひ食べたいですね。

小百合さんもたまには息抜きをするつもりで、
癒しも兼ねて、
それに、思い出を作るためにも愉快なプランを考えておいてください。
楽しみにしています。
じゃあね。






『放射能に汚染される山河』より
(2011年9月10日)




デンマンさん。。。あんさんは今年の秋も小百合さん会うのォ〜?



あきまへんか?

アカンとは言わへんけど、わたしにも会(お)うてくれはるのォ〜?

めれちゃん。。。何を言うてんねん。。。会うたやないかいな!

いつのことやのォ〜。。。?

いつのことってぇ。。。この前の縁日やないかいな。。。


縁日
 
 

 
 
縁日に

歩く人ごみ

笑顔がはじけ

ふと手をつなぐ

胸がさわいだ

 

 
   
by めれんげ
 
2009.08.07 Friday 23:13




『即興の詩 縁日』より

『仲直りの接吻』に掲載
(2010年1月23日)




こうして、めれちゃんは短歌を詠んでいたやないかいなァ〜!



この短歌が、どうやというのォ〜?

縁日の夜のことやないかいなァ〜。

縁日の夜ってぇ。。。あんさんは、いつのことを言ってるねん?

いつのことってぇ、めれちゃんと初めて結ばれた縁日の夜やないかいなァ〜?

あんさんとわたしで初めて結ばれたァ〜?

そうやがなァ〜。。。7月25日の夜やった。

あんさんは天神祭のことを言うてるのォ〜?

そうやでぇ〜。 忘れようとしても忘れられんがなァ〜。。。本宮の夜やがなァ〜。大川(旧淀川)に多くの船が行き交って船渡御(ふなとぎょ)が行われたんやでぇ〜。
 
 
天神祭 2011 船渡御
 
 

 
 


あんさんは船渡御(ふなとぎょ)を見たことがありますのォ〜?



ありますがなァ〜。。。なにを言うてんねん!。。。わてとめれちゃんと二人して見たやんかァ〜。。。奉納花火があがってぇ、大川に映る篝火や提灯あかりで、ごっつうきれいやったがなァ〜。。。

それっ。。。いつのことォ〜。。。

いつのことってぇ〜、めれちゃんが桜の花びらを散らした花も恥らう16歳のときのことやないかいなァ〜。 めれちゃんは、その時の思い出を短歌に詠んでいたでぇ〜

わたしがァ〜。。。?

そうやがなァ〜。。。もう忘れてしもうたのか?。。。次の短歌を詠んでいたやないかいなァ!


夏祭り





夏祭り

見上げる花火

人ごみの

中でふたりは

固く手つなぎ

  
 

 
 
by めれんげ

2009.07.25 Saturday 10:01




『即興の詩 夏祭り』より

『夏祭り』に掲載
(2009年7月31日)




あんさんは、なんでも、よう覚えていますのやなァ〜?



もちろんやでぇ〜、天神祭の本宮が7月25日やでぇ〜。。。めれちゃんが上の短歌を詠んだのも7月25日やでぇ〜。。。

でも。。。、でも。。。、わたし。。。、16歳のときに、あんさんと結ばれたのですやろかァ〜?

めれちゃん!。。。何を言うてんねん!。。。めれちゃんは初めての男と熱い契りを交わしたことを忘れてしもうたのかァ〜?

もちろん、覚えてますがなァ〜。。。

そ〜やろう!。。。めれちゃんは、忘れるはずないねん。。。あの夜、めれちゃんも、ごっつう萌えあがったからなア〜

わたし、それほど萌え上がりましたんかァ〜?

めれちゃんは、感動のあまり、涙ながらに次の詩を詠んだのやでぇ〜


心から愛を込めて



浪速の空に咲く
大輪の火の花
こんなにあなたを想ってるのに
待ちきれないこの気持ちを
あなたは分かってくれるだろうか

焦がれる心が痛い・・・
でも、わたしには何もできない

わたしの言葉も
わたしのしぐさも
ありのままでいいと
あなたは教えてくれた

夜は日毎に長く
眠れない時間の
思いは過去をまさぐるだけ



幸せであるはずなのに
かわかない涙
しあわせと呼べる時間は
今どこをさまよっているの

終わることなく愛されている
そう思いたい。
でも、思えない。

すべての記憶
あなたの笑顔
あのよろこび
あの感動の涙
楽しくてしあわせだった
天神祭の日々

ずっとあなたに愛されている
それはけっして終わりなど来ない
そう思いたい
でも、思えない。

ああ、この熱い思い
このやるせない気持ち
あなたに分かってほしい
 
 
by レンゲ

本宮の夜にて




あんさん!。。。あんさんは、名前を間違えておるやんかア〜!



ん。。。名前を間違えとるゥ〜?

そうですう。。。レンゲと書いてありますねん。

あれっ。。。ホンマやァ〜。。。わてとしたことがァ〜。。。うししししィ〜。。。

だから、あんさんの広い愛は信用できへん。

あのなァ〜。。。レンゲさんにはレンゲさんのすばらしさがある。。。めれちゃんには、めれちゃんのすばらしさがあるねん。。。たまには、わてだって、思い違いということがあるねん。

あんさんは、やっぱり、わたしよりも、レンゲさんの方がいいのですやん!

めれちゃん!。。。どっちがええというもんとちゃゥねん。。。レンゲさんにはレンゲさんのすばらしさがある。。。めれちゃんには、めれちゃんのすばらしさがあるねん。

だから、わたしとレンゲさんの二人を広い愛で愛しているとあんさんは言わはるのォ〜?

そうやでぇ〜。。。広い愛というのんは、そういうもんなんやでぇ〜。。。

でも。。。、でも。。。、あんさんは名前を間違えているのでおますう!

あのなァ〜。。。それ程、名前が気になるのなら、レンゲの前に「め」をつければいいやんかア!

あっか〜♪〜ん!

だ「め」かァ〜?

あっか〜♪〜ん!

分かった。。。分かった。。。じゃあ、今夜も無難に夢で愛し合おうなァ。
 
 
\(^o^)/ うしししし。。。
 
 

【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
あたくしも夢で星の王子様と愛し合いたいのでござ〜♪〜ますわ。
でもねぇ〜。。。この残暑の厳しさのために夢で愛し合うどころではないのですう。
9月になっても、この十二単を着ていると、クソ暑いのよねぇ〜。
京都は盆地なので残暑も茹(う)だるような暑さなのですわ。
そのようなわけで、あたくしは今日も冷し中華を食べたくなったのでざ〜♪〜ますう。



あああァ〜。。。「冷し中華」を思い浮かべただけで汗がタラタラと滲み出てきましたわ。
もういけません!
十二単を脱ぎ捨てて、すぐ近くの中華料理店へ走ってゆこうと思います。
うふふふふふ。。。

とにかく、次回も興味深い話題が続くと思います。
あなたも、また戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。






ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

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■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』



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『パリの空の下で』

『夢の中華パン』

『愛の進化論』

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『漫画家の壁(2011年3月10日)』

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『畳の上の水練(2011年3月15日)』



『パール判事とゴーマン(2011年3月18日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『士風と「葉隠」(2011年3月23日)』





こんにちは。ジューンです。

お尻は大きくもなく、小さくもなく

ほどほどがよろしいようですわね。

お料理も甘すぎず辛すぎず

ほどほどのお味が良いようです。

デンマンさんは四川料理の辛いのが好きなのですわ。

私には辛すぎるのです。

そのような訳で、デンマンさんが久しぶりに

ご馳走してくれると言ったので

四川料理ではなく、シルビアホテルの近くの

イタリア・フランス料理専門レストランへ行きました。









デンマンさんが、何が食べたいの?ときくので、

ちょっとおねだりして仔牛と

フォアグラのローストをリクエストしました。
 
 
フォアグラ料理
 
 

 
 


う〜♪〜ん。 期待していた通りですう。

仔牛は、フランス語で「ヴォー」veau、

英語では「ヴィール」vealですよね。

まだ脂肪が少なくて赤い色も薄い感じです。

特徴は香りやクセがなく、

とても柔らかいのですわ。

その分、バターなどコクのある食材と

あわせる場面が多いようです。

今回は春キャベツで包んだ乳飲仔牛と

フォアグラのローストです。

マルサラ酒とリコッタチーズのソースが

とっても合っていました。

2色のアスパラガスが添えてあって、

落ち着いた感じを与えています。

フレッシュでクセの無い乳飲仔牛に合わせるのは

贅沢にも濃厚なフォアグラですう。

やわらかな春キャベツと季節のアスパラは、

お肉とぴったりと相性が合っていましたよ。

ソースはしっかり目に全体をまとめていました。

普段、口にする機会がないヴィールと

フォアグラなので、とっても期待していました。

デンマンさんが特別に注文してくれた

カクテル「楊貴妃」が、まず出てきました。



わたしが首を長くして待っている間

デンマンさんは楊貴妃の大理石像を見るために

わざわざ中国の西安に行ったときの事を、

いろいろと話してくれました。



料理が出てくるのを待ちながら、

わたしは「楊貴妃」をチビリチビリお口に運びました。

いつものようにデンマンさんは、

かなり詳しい歴史のお話をしてくれましたが、

わたしは半分、上の空で聞いていました。

うふふふふ。。。



次に出てきたのはイタリア料理の

バヴェッティーネでした。

焼穴子、あさりと松茸に、たっぷりの

芽葱(ネギのスプラウト)があしらってありました。

食べた瞬間、京都の老舗(しにせ)で味わうような

上質の和食を連想させる優しい味わいでした。



そして、デザートにはクレームエペスでした。

クレームエペスと言うのは、

フランス・ノルマンディー地方の

生クリームの一種です。

乳酸発酵させた爽やかな

酸味と芳醇なコクが特徴です。

クリーミーなヨーグルトといった感じの味わいですわ。

エペス(epaisse)とはフランス語で

「厚い」「濃い」という意味の形容詞で、

その味わいを表現しています。

なぜか、どこか懐かしいキュートなテイストでしたわ。

フレッシュな巨峰との相性が抜群でした。



ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。

楽しいですから、ぜひ読んでみてくださいね。

■ 『笑って幸せな気分になれるサイト』



では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





2011年09月13日

余ったカレー

 
余ったカレー



こんにちは。ジュンコです。
お元気ですか?
たまには旅行をして命の洗濯をしてくださいね。
もし旅行の計画を立てるなら
次のサイトを参考にしてください。

■ 『あなたも、たまには旅行して

命の洗濯をしてくださいね ガイド』


ところで、カレーの嫌いな人って、まず居ないですわよね。
だから、料理の献立に困ってしまったときなど、手っ取り早くカレーにしてしまう事ってよくあるでしょう?
結構、簡単にできますものね。



それで、今夜もあなたはカレーを作る訳ですわ。
でも、つい作りすぎてしまうのよね。
そう言う事って良くあるでしょう?

そうなると明日の朝もカレーになってしまうのよね。
でも、いくらカレーが好きでも、朝カレーを食べるのって、ちょっと抵抗がありますわ。

やっぱり、朝ごはんには、炊き立てのほっかほっかご飯に卵とか、
あるいは納豆をかけて食べるのが朝ご飯らしいですよね。



でも、余ってしまったからと言って、カレーを食べずに捨ててしまうのはもったいないでしょう。
。。。で、明日の晩もカレーにしようか?
あなたは考えますよね。

でも、続けてカレーを食べるのが嫌な子供も居ますわよね。
またかよう。。。んも~~

そういう呟きがあなたのオツムの中に聞こえてくるでしょう?

あたしだったら、余ったカレーをスープ仕立てにして
クロワッサンと一緒にいただきますわ。



でもね、あたし朝はパンでもよいのだけれど、朝はどうしてもご飯じゃないとダメだという人も居るのよね。
だから、カレーが余ると本当に困ってしまうのよ。

カレースープにご飯という組み合わせはパッとしないのよね。
それならば、カレーライスで食べた方がいいでしょう?

そういうわけで、大量に作りすぎたカレーをどうしたらよいのか?
ちょっと工夫すれば、こんなお料理に変身しちゃうんですよ!

あなたも興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

■ 『余ったカレーの上手な活用法』

これで余ったカレーを毎日無くなるまで続けて食べる必要がなくなります。
いろいろな工夫がありますよね。
あなたも、ぜひ試してみてくださいね。



Good luck!

バ~♪~イ


あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク



■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』



■ 『ブログに記事を書いてお小遣いをもらおう!』

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■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』



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■ 『笑って楽しめる 私版・対訳 慣用句・熟語辞典』



■ 『辞書にのってない英語スラング』

■ 『オンライン自動翻訳利用法』



■ 『漢字馬鹿の再来 (2009年2月13日)』

■ 『漢字馬鹿の悦楽 (2009年2月15日)』

■ 『漢字馬鹿の自己矛盾 (2009年2月17日)』

■ 『あなた、おかえり (2009年2月19日)』

■ 『脳内漢字馬鹿 (2009年2月21日)』

 『あなたもワクワクする新世代のブログ』



■ 『動物感動物語』

■ 『他人の不幸は蜜の味 (2009年2月23日)』

■ 『漢字馬鹿の恋 (2009年2月25日)』

■ 『馬鹿のモデル (2009年2月27日)』

■ 『漢字馬鹿さん元気?(2009年3月25日)』




おほほほほ。。。

卑弥子でござ~♪~ますわよ。

くどいようですけれど、

また現れましたわ。

やっぱり、ジュンコさん

ぱっかりに任せていると

退屈するのよねぇ~。

それで。。。つい、つい、

出て来てしまうので

ござ~♪~ますわよ。

ええっ、余計な事は言わなくてもいいから、

さっさと言いたいことを言って消えろ!

あららあああぁ~

あなたはそのような厳しいことをあたくしに

言うのでござ~♪~ますか?

いけすかないことォ~♪~

分かりましたわ。

では、今日の一言を。。。

うふふふふ。。。

Do not follow

where the path may lead.

Go instead where there is no path

and leave a trail.

--- Anonymous (詠み人知らず)

人のやらない事をやりなさいね。


あたくしは、このように訳しました。

もっと素晴しい訳があったら教えてくださいませ。

えっ?他になんか面白い話はないのかって。。。?

ありますわよ。

次のリンクをクリックして読んでみてね。

■ 『あなたが笑って幸せになれるサイト』



気持ちがくさくさしていたら、

あなたも覗いてみてね。

笑えるわよ。

本当に面白いのよ。

騙されたと思って覗いてみてね。

うふふふふ。。。

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね、バ~♪~イ。






2011年07月30日

思い出のパリ


思い出のパリ






【デンマンの独り言】

僕は完全にマリアさんの体の下敷きになって倒れてしまったのですよ。



サテンの感触を通してマリアさんの体温がもろに感じられて僕はゾクッとしましたよ。
しかも、強烈な香水の匂いが僕の鼻腔をくすぐるのですよ。

今から思えば、あの香水はイヴ・サンローラン(Yves Saint LAURANT)の「リヴ・ゴーシュ(rive gauche)」だったと思うのです。
1970年代に、それまでになかったフレッシュな香りの香水としてパリの若い女性たちの間で大人気になったのです。
爽やかな甘さの中にキリッとした青葉の香りが漂い、日本では今でも根強い人気があるとレンゲさんが言っていましたよ。



このリヴ・ゴーシュという名前は「左岸」という意味なのです。
パリを流れるセーヌ川の右岸(お金持ちの住むセーヌ川の北側区域)に住む人々のドレス姿に似合う香りではなく、
左岸(南側)に住む働く女性、つまり伝統にとらわれない若い女性のために作られた香水だそうです。



マリアさんもそのような庶民的な香水のイメージが気に入ったのでしょう。
でも、僕はマリアさんの下敷きになってその香水が強烈な刺激になって鼻腔をくすぐったのですよ。
うしししし。。。




『芸術とブルックリン(PART 1)』より
『芸術とブルックリン(PART 2)』
(2011年7月26日)




シルヴィーはどうして僕の独り言などを持ち出してきたのさ?



私は7月26日の記事『芸術とブルックリン』を読み返していたら、パリのことが懐かしく思い出されてきたのよ。

あれっ。。。シルヴィーはパリにも行ったことがあるのかい?

オランダに要る時に友達に誘われて行ったのよ。

それで、どうして急にパリが懐かしくなったわけ。。。?

ケイトーの独り言の中でイヴ・サンローラン(Yves Saint LAURANT)の「リヴ・ゴーシュ(rive gauche)」と書いてあるじゃない。 





まさか、シルヴィーもこの香水を使ってるわけじゃないだろう?



私の友達が使っていたわ。

それで、この香水のことが懐かしくなったわけ。。。?

違うのよ。。。「リヴ・ゴーシュ(rive gauche)」が左岸という意味だということで思い出したのよ。

何を。。。?

左岸といえば、友達と二人で左岸をブラブラ歩きながらカルチェラタンにさしかかると、ふいにインドネシア・レストランが目の前に見えてきたのよ。 なんだか不思議な気持ちがしたわ。

それほど不思議なことでもないでしょう! パリは国際都市だから、いろいろな国の料理が食べられるのは、むしろ当たり前だと僕には思えますよ。

でもねぇ〜、あとで友達から聞いたら、パリのインドネシア・レストランは私と同じようにインドネシアの動乱を避けるようにしてパリにやって来た人が開いたということなのよ。

マジで。。。?

友達はそう言ってたけれど、もちろん、私は確かめたわけじゃないわ。

あのねぇ〜、僕が調べてみましたよ。 ちょっと次の画面を見てよ。





あのねぇ〜、左岸にあるA点にシルヴィーは入ったのだと思うよ。 でもねぇ〜、説明を読むとスカルノ大統領が1967年に追放された時に、パリ駐在の外交官もクビになって、その子孫が始めたレストランだと書いてある。 右岸にあるB店の店主がその子孫の一人なのですよ。 多分、シルヴィーの友達はB店の事を誰かから聞いて、A店がその店だと勘違いしたのだと僕は思うよ。



そうかしら?

。。。でA店の料理はどうだったの?

間違いなく本場のインドネシアの料理が食べられたわ。 ケイトーはインドネシアの料理を食べたことがあるの?

いや、ないよ。 パリまで行ってインドネシア料理を食べるのは僕の趣味じゃないからね。

。。。で、ケイトーのお気に入りは、どのレストランなの?

レストランというよりもパリならば、やっぱりカフェですよ。 カルチェラタンのねぇ。。。



QUARTIER LATIN

Saint-Germain-des-Prés






サンジェルマン地区のカフェは作家や芸術家の溜まり場だったから、なんとなく芸術の香りがするじゃないですか?



そうかしら。。。?

19世紀の終わりには、ヴェルレーヌ や ランボー。。。彼らがよく行ったカフェが"レ・ドゥマゴ" や "ル・カフェ・フロール" 1920年代にはピカソやサンテグジュペリやヘミングウェイがたむろしていた。 1950年代には、ジャンポールサルトル や シモーヌドボーヴォワールが毎日カフェに通って書いていたらしい。

つまり、芸術の香りがケイトーの気に入ったの?

インドネシア料理や日本料理を食べるよりも、やっぱり、パリに居るのならば、そういう芸術の香りに触れたほうがいいでしょう!? そう思いませんか?

それで、ケイトーはパリに行くとサンジェルマンデプレ界隈を散歩するの?

やっぱり、パリらしさに僕は惹かれますよ。 僕だけじゃなくて本を読んでいたらフジ子さんもサンジェルマンデプレ界隈のカフェでカフェ・オレを飲むのが好きらしいですよ。


サンジェルマン・デ・プレの思い出



パリで、「ジブレ」と呼ばれる春のにわか雨がふる日、私はサンジェルマン・デ・プレのカフェに座っていた。
寒い日で、温ったかいカフェ・オレを二杯もお代わりしたわ。

外はにわか雨が本降りになって、誰も歩いていなかった。
ぼんやり外を眺めていると、耳の垂れた犬を二匹連れ、マンドリンを持ったお婆さんが店に入ってきた。
古びたオーバーを着ていて、お婆さんも犬もずぶ濡れだった。

見ていると、私から少し離れた席に座り、犬の体を拭いてやったあと自分も髪を拭いている。
70歳ぐらいだったかしら。
サンジェルマン・デ・プレに多い大道芸人だった。
犬はおとなしく、二匹とも、毛布でこしらてた寒さよけの腹巻をしっかり巻かれていた。
そして、注文取りのギャルソンが来ると、ホットミルクを二つとカフェ・オレ、軽食を頼んでいた。
犬が二匹いても、ギャルソンは嫌な顔なんかしなかった。
パリでは普通だから。
やがて飲み物がくると、お婆さんは荷物の中から取り出した犬用の容器に温かいミルクを入れてやり、食べ物もあげていた。
犬はうれしそうにビチャビチャなめている。

お婆さんも、かじかんだ両手でカフェ・オレのカップを抱えて、大事そうに飲んでいた。
私もなんだかほっとして、ちらちら横目で犬を眺めていた。
30分もしたらお婆さんが財布を出していたけれど、そのうち、ギャルソンを呼んで何か頼んでいる。
可哀想に、お金が足りなかったのね。

私は見かねて立って行き、足りない分払ってあげた。
ほんの少しだったから。
お婆さんはとても感謝して、夕方までに稼いで返すと言ったけれど、「いいのきにしないで、犬へのご褒美よ」と言ってあげた。
私は動物が好きだから、それでよかったの。
その頃は貧乏と不幸がいっしょに来ていて、生きるのに大変だったけど、とても見て見ぬふりはできなかった。

別れ際、犬は兄弟だって教えてくれた。
サンジェルマン・デ・プレを通ると、懐かしく思い出すの。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)




57ページ 『我が心のパリ』
著者: フジ子・へミング
2005年2月25日 初版発行
発行所: 株式会社 阪急コミュニケーションズ




ちょっと、しんみりとする、いい思い出話だと思いませんか?



そうねぇ〜。。。パリは他人には無関心だし、また余計なおせっかいを焼かれるのを拒む人が多いから、フジ子さんのように足りない分を払ってあげる人って多くないわよ。

シルヴィーも、そう思う?

だってぇ、そうなのだもの。。。

確かに、できるようで、なかなかできないものですよ。

。。。で、ケイトーにも、しんみりとした思い出話があるのォ?

いや。。。とりわけ語るような思い出はないけれど、僕が"ル・カフェ・フロール(Cafe de Flore)"でカフェ・オレを飲んでいたらジュリエット・グレコが入ってきて僕の隣に座ったのですよ。





あらっ。。。マジで。。。? すごいじゃないの!。。。で、それから、どうしたのよ?



「あなた、もしかして、日本人?」 僕をマジマジと見つめながら、そう尋ねたのですよ。

フランス語で。。。?

もちろんですよ。 ジュリエット・グレコは日本語がしゃべれませんからね。

。。。で、ケイトーはなんて答えたの?

もちろん、日本人だって答えましたよ。 でも、僕はカナダに住んでいる日本人です、と言ったら、「それで、あなたはフランス語がしゃべれるのね!?」 そう言いましたよ。 カナダではフランス語と英語が公用語ですからね、うへへへへ。。。と言ったら、「カナダのどこ?」とさらに尋ねたのですよ。

それで。。。?

「バンクーバーですよ。 いいところです。 行ったことがありますか?」 そうしたら、“良いところだとは聞いているけれど、雨がよく降るみたいね?” そう言うのですよ。

それで、どうしたの。。。?

いや。。。そう言う人もいるけれど、カナダの夏は素晴らしいですよ、と言ったら、“ぜひ一度行ってみたいわ” そう言ったので、「ぜひ来てくださいよ」と僕は言ったのですよ。

マジで。。。?

もちろん、夢の中ですよ。

馬鹿馬鹿しい! 夢の中の話などしないでよ! んもおお〜〜!

でもねぇ〜、ジュリエット・グレコはマジでサンジェルマンデプレ界隈で過ごすことが多かった。 だから、その界隈のカフェにもたびたび出入りしていたのですよ。 それで、僕は言葉を交わしたことはないけれど、マジで見かけたことがありました。

それもあやしいわねぇ。

とにかく、その時の様子をシルヴィーにも見て欲しいからビデオ・クリップを貼り付けますよ。 いい機会だからシルヴィーも、じっくりと見てね。

Juliette Greco at

Saint-Germain-des-Prés






でも、ケイトーが出てこないじゃないの!?



僕が作ったビデオではないから、僕は出てきませんよ。 でもねぇ、ジュリエット・グレコはサンジェルマンデプレ界隈がマジで好きなのですよ。

それで、ケイトーはサンジェルマンデプレの、どういうところが気に入っているの?

なんと言っても芸術家の卵たちがウヨウヨ居ますからね。 面白いですよ。

Live Young Street Artists at

Saint-Germain-des-Prés










ケイトーはパリへ行くとサンジェルマンデプレ界隈で大道芸人たちを見て過ごすの?



カフェで座っているのが退屈するとブラブラ歩きながら大道芸人たちを眺めるのですよ。 30分もじっと動かずに銅像の真似をしている大道芸人を見るのは面白いですよ。

そうかしら? じっと動かずに居る人間を見るのって考えただけでもウザイわよ。

あのねぇ〜、たまにはのんびりとパリの空の下で、30分もじっと動かずに銅像の真似をしている大道芸人の心の内を考えてみるのもいいものですよ。

そうかしら。。。?

そうするとねぇ、どこからともなく『パリの空の下(Sous le Ciel de Paris)』が聞えてくるのですよ。



Sous le Ciel de Paris

by Hideshi Kibi(日本人)






あらっ。。。この演奏者はパリに居る日本人じゃないの?



そうですよ。。。素晴らしいでしょう?! フジ子さんはエディット・ピアフのシャンソンが好きだと言うような事をどこかで書いていましたね。

Sous le ciel de Paris

by Edith Piaf






ケイトーもエディット・ピアフのシャンソンが好きなの?



いや。。。僕はジュリエット・グレコの歌う『パリの空の下』の方がいいですよ。

Sous le Ciel de Paris

by Juliette Greco






私は、何と言ってもイヴ・モンタンが歌う『パリの空の下』が最高だと思うわ。

Sous le Ciel de Paris

by Yves Montand






なるほど〜。。。イヴ・モンタンが歌う『パリの空の下』もいいね。



ケイトー。。。いっそのことパリへ一緒に行ってみない?

シルヴィー!。。。、よりによって何を言ってるんだい! 僕らはこうして世界でも5本の指に入るくらい素晴らしいバンクーバーに居るんじゃないか!













パリに行くよりもバンクーバーでのんびりとする方が素晴らしいと思うよ。



そうかしら。。。?

灯台下暗し

日本にはこういう諺があるんだよ。 シルヴィーも聞いたことがあるでしょう?

あるわ。

だったら、バンクーバーの良さを見直したらどう?


【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
そうですわね。
あたくしもバンクーバ−に行ったのでござ〜♪〜ますわ。
本当に良いところです。

ところで、私の生まれ故郷である京都の夏はとっても暑いのよね。
ここは盆地ですから暑い空気がわだかまっているのですわ。
夏は蒸し風呂に入っているような気がします。

でもねぇ、海外を旅行していると、京都が無性に懐かしくなることもあるのです。

“住めば都”

昔の人は良いことを言ったものですわ。
やっぱり、ふるさとが一番よろしいようでござ〜♪〜ますわ。
あなただってぇ、そう思うでしょう?

もし、シルヴィーさんのことをもっと知りたかったら次の記事を読んでくださいまし。



『シルヴィー物語(2011年4月27日)』

『波乱の半生(2011年4月29日)』

『シルヴィーとネット革命(2011年5月6日)』

『シルヴィーとデヴィ夫人(2011年5月30日)』

『シルヴィーとケネディ夫人(2011年6月15日)』

『バンクーバー暴動と平和(2011年6月25日)』

『ビルマからの手紙(2011年7月3日)』

『ブッシュの戦争(2011年7月7日)』

『国際的愚か者(2011年7月11日)』

『あばたもえくぼ(2011年7月14日)』

『あなたも国際市民(2011年7月18日)』

『リビエラ夫人のハンバーグ(2011年7月22日)』

『芸術とブルックリン(2011年7月26日)』


とにかく次回も面白くなりそうですわ。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。






ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

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『畳の上の水練(2011年3月15日)』



『パール判事とゴーマン(2011年3月18日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『士風と「葉隠」(2011年3月23日)』





こんにちは。ジューンです。

わたしも、たまにはフランスへ行ってみたいのですわ。

でも、暇ができるとお金がないし、

お金がある時には暇がないし、

なかなか思うようにゆかないものですわよね。

仕方がないので、バンクーバーで

フランス料理を食べて我慢しています。

先日、デンマンさんが久しぶりに

ご馳走してくれると言うので

イングリッシュベイを散歩しながら

シルビアホテルの近くの

イタリア・フランス料理専門店へ行きました。









デンマンさんが、何が食べたいの?ときくので、

ちょっとおねだりして仔牛と

フォアグラのローストをリクエストしました。



う〜♪〜ん。 期待していた通りですう。

仔牛は、フランス語で「ヴォー」veau、

英語では「ヴィール」vealですよね。

まだ脂肪が少なくて赤い色も薄い感じです。

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とても柔らかいのですわ。

その分、バターなどコクのある食材と

あわせる場面が多いようです。

今回は春キャベツで包んだ乳飲仔牛と

フォアグラのローストです。

マルサラ酒とリコッタチーズのソースが

とっても合っていました。

2色のアスパラガスが添えてあって、

落ち着いた感じを与えています。

フレッシュでクセの無い乳飲仔牛に合わせるのは

贅沢にも濃厚なフォアグラですう。

やわらかな春キャベツと季節のアスパラは、

お肉とぴったりと相性が合っていましたよ。

ソースはしっかり目に全体をまとめていました。

普段、口にする機会がないヴィールと

フォアグラなので、とっても期待していました。

デンマンさんが特別に注文してくれた

カクテル「楊貴妃」が、まず出てきました。



わたしが首を長くして待っている間

デンマンさんは楊貴妃の大理石像を見るために

わざわざ中国の西安に行ったときの事を、

いろいろと話してくれました。



料理が出てくるのを待ちながら、

わたしは「楊貴妃」をチビリチビリお口に運びました。

いつものようにデンマンさんは、

かなり詳しい歴史のお話をしてくれましたが、

わたしは半分、上の空で聞いていました。

うふふふふ。。。



次に出てきたのはイタリア料理の

バヴェッティーネでした。

焼穴子、あさりと松茸に、たっぷりの

芽葱(ネギのスプラウト)があしらってありました。

食べた瞬間、京都の老舗(しにせ)で味わうような

上質の和食を連想させる優しい味わいでした。



そして、デザートにはクレームエペスでした。

クレームエペスと言うのは、

フランス・ノルマンディー地方の

生クリームの一種です。

乳酸発酵させた爽やかな

酸味と芳醇なコクが特徴です。

クリーミーなヨーグルトといった感じの味わいですわ。

エペス(epaisse)とはフランス語で

「厚い」「濃い」という意味の形容詞で、

その味わいを表現しています。

なぜか、どこか懐かしいキュートなテイストでしたわ。

フレッシュな巨峰との相性が抜群でした。

お酒を絶対に口にしないデンマンさんが、

その場の雰囲気にすっかり酔ってしまったように、

わたしにちょっとベタベタした一幕もありましたわ。



「ジューンさん、ボーイフレンドと別れてから、

寂しくない?」

「あらっ。。。、どうして別れたことを

ご存知なのですか?」

「僕は地獄耳を持っているからね、

うへへへへ。。。ちょっと、このあと、

僕のマンションに寄らない。。。?」

「ええ。。。そうしたいのですけれど。。。

わたし、明日は仕事で朝が早いのですわ」

「僕が起こしてあげるから。。。うしししし。。。」

「でも、デンマンさんのところには

目覚ましがないから、

わたし、やっぱり自分のマンションに

まっすぐに帰りますわぁ」

デンマンさんはガッカリしていましたわ。

でも、思慮分別のある心の広い方ですから、

キレることもなく、ムカつく事もなく、

私のマンションまでエスコートしてくださいました。

ただし、お休みのキスは、

かな〜♪〜りディープになって長かったのですわ。

あまり長くなるとちょっと問題ですので、

「もうやめて」と言うつもりで、

舌を咬ませてもらいましたわ。

うふふふふ。。。



ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。

楽しいですから、ぜひ読んでみてくださいね。

■ 『笑って幸せな気分になれるサイト』



では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





2011年07月25日

悔恨の気おくれ (PART 2)


  
悔恨の気おくれ (PART 2)





あらっ。。。。この上の写真は左が原節子さんで右が、その娘役の司葉子さんですわね?



あれっ。。。小百合さんは良くわかりましたね?

確か、この映画を見た覚えがありますわ。 。。。で、そのお母さんという人は、この写真の原節子さんのようなイメージの人だったのですか?

そうなのですよ。 ちょっと近寄りがたいような上品な人だったのです。

。。。で、その夫人が脇玄関の前で何か迷っていたのですか?

あのねぇ〜、当時は月に1回ぐらいの割合で廊下に油を塗る習慣があった。 その日はその掃除のあった翌日なのですよ。 だから、廊下は油でギタギタ光り輝いていて、スリッパを履かずに歩いたら白足袋は、ぐっしょり油を吸い込んで、その後、洗濯しても使い物にならないほど油で汚れてしまうのですよ。

。。。で、そのお母さんは、なぜ迷っていたのですか?

脇玄関にはスリッパがない。 そこは学生用の玄関ですよ。 正面玄関に行けば来客用のスリッパがあるのですよ。

その上品な夫人は、なぜ正面玄関へ行かなかったのですか?

あのねぇ〜、小百合さんにも経験があると思うけれど、学校の正面玄関というのは生徒にとって入りにくいのですよ。 そのような習慣が身についているから、そのお母さんにとっても正面玄関は入りにくい。

つまり、その夫人はスリッパか何かを探しているような風情だったのですか?

そうなのですよ。 そのお母さんが正面玄関に行かない理由が僕にもなんとなく分かった。 だから、この場合、僕が正面玄関へ行ってスリッパを取ってきて、そのお母さんに差し出すべきだと思ったのですよ。

そうすれば良かったではありませんか?

ところが、その夫人のいでたちは僕にとってまぶしいような、とっても上品過ぎて、近寄りがたいオーラが滲み出ているのですよ。。。あたかも、そこに原節子さんが立っているような、そのような眩(まぶ)しさを感じたものです。

それで、デンマンさんはどうなさったのですか?

僕は、思い切ってお母さんのところに走って行って、「スリッパを正面玄関からとってきますから、ここでお待ちください」と言おうと思いましたよ。

それで、デンマンさんは、そのようになさったのですか?

ところが、その勇気かでない。 どうしようか。。。? どうしようか。。。? 授業時間は刻々と迫っている。。。 思い切ってその夫人のところに走ってゆこうか。。。? 

走ってゆけばいいではありませんか!

そうなのですよ。 そうすべきだったのですよ! ところが、迷っているうちに、そのお母さんは思いを決めたように草履(ぞうり)を脱いで白足袋のまま廊下を職員室の方へ歩いていったのですよ。 あああ〜〜〜。。。廊下に塗られた、あの汚い油のことを想うと、僕の胃袋は締め付けられたような痛みを感じましたよ。 「ああ〜〜、どうして勇気を出して、あのお母さんのところに走って行けなかったのだろうか!?」 僕は授業を受けながらも、先生の声は一向に耳に入ってこない。 後悔の念だけが僕の胸を締め付けたのですよ。。。そう言う訳で、未だにその事を、高校時代の事を思い出す時に、ふいに思い出すことがあるのですよ。

どうして走って夫人の所に行けなかったのですか?

だから、それが「悔恨の気おくれ」なのですよ。。。。で、たまたま本を読んでいたら同じような状況に出くわした人の文章に出くわしました。


志集



2008年12月のある晩、東京にある別のターミナル駅前で中年女性を見かけたのだが、慌しい人ごみの中、女性は歩道橋下の柱の前に静かに立ち、「私の志集を買ってください」と書いた、汚れた広告板を手にして、詩集を1冊300円で売っていた。

彼女を見てびっくりしたのは、東京でも路上で詩集を売る人が珍しいからではない。 四半世紀前に、私がその駅を使って日本語学校に通っていた時に、同じ女性が同じ広告板を持って同じ落ち着いた顔つきで詩集を売っていたからである。 当時、彼女の詩集を何回も買おうと思ったが、勇気は出なかった。

しかし、年をとるメリットの一つは、知らない人に話しかけようとすると怖じ気づく気持ちが減っていくことである。 今回は躊躇なく彼女の「志集」を買った。 謄写版のような簡易印刷で刷られ、手作業によりホッチキスで止めたようなその小冊子は、もう第40号に達していた。

その晩は帰りの電車で、また次の日以降は大学の研究室で何回も詩集を読み返して、その詩人のことを思い返した。 この25年間、その駅の周辺は再開発と再々開発ですっかり様子が変わったのに、彼女がそこで自分の言葉を都会人に提供し続けていることは感慨無量である。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーより
赤字はデンマンが強調)




150ページ 『英語のあや』
著者: トム・ガリー(Tom Gally)
2010年10月25日 初版発行
発行所: 株式会社 研究社

『共感脳の話(2011年6月3日)』に掲載




そうなのですよ。 現在の僕ならば、ガリーさんが「志集」を買ったように、迷わずに、あの上品な夫人のところへ歩み寄って、「お待ちください、スリッパを持ってきてあげますから。。。」と言えるのですよ。



そうでしょうか? 。。。その根拠でもありますの?

ありますよ。 思い立った事をその場ですぐに実行できなくて悔やんだ僕は、2度と、そのような後悔をしてはならないと、その後は心に決めたことは実行するようになったのですよ。 それで一度も口をきいたこともない恵美子さんに僕のピアノの演奏を聞いてもらったのですよ。



『ん? クラシック興味ある?』

(2006年6月13日)




上の記事が、その時のエピソードですか?



そうなのですよ。 (微笑)


【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
それにしても、脇玄関前の上品な夫人と恵美子さんのことは、あまり関連性がないと思うのでござ〜♪〜ます。
あなたは、どう思いましたか?

とにかく、次回も興味深い話題が続くと思います。
あなたも、また戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。 うふふふふふ。。。






ィ〜ハァ〜♪〜!

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こんにちは。ジューンです。

後で後悔するような思い出も、

思い出すと、ついつい浮き浮きしてしまうような思いでも、

思い出って、いろいろとありますよね。

わたしの楽しい思い出といえば、

デンマンさんが久しぶりに

ご馳走してくれた時のことですわ。。。

イングリッシュベイを散歩しながら

シルビアホテルの近くの

イタリア・フランス料理専門レストランへ行きました。









デンマンさんが、何が食べたいの?ときくので、

ちょっとおねだりして仔牛と

フォアグラのローストをリクエストしました。



う〜♪〜ん。 期待していた通りですう。

仔牛は、フランス語で「ヴォー」veau、

英語では「ヴィール」vealですよね。

まだ脂肪が少なくて赤い色も薄い感じです。

特徴は香りやクセがなく、

とても柔らかいのですわ。

その分、バターなどコクのある食材と

あわせる場面が多いようです。

今回は春キャベツで包んだ乳飲仔牛と

フォアグラのローストです。

マルサラ酒とリコッタチーズのソースが

とっても合っていました。

2色のアスパラガスが添えてあって、

落ち着いた感じを与えています。

フレッシュでクセの無い乳飲仔牛に合わせるのは

贅沢にも濃厚なフォアグラですう。

やわらかな春キャベツと季節のアスパラは、

お肉とぴったりと相性が合っていましたよ。

ソースはしっかり目に全体をまとめていました。

普段、口にする機会がないヴィールと

フォアグラなので、とっても期待していました。

デンマンさんが特別に注文してくれた

カクテル「楊貴妃」が、まず出てきました。



わたしが首を長くして待っている間

デンマンさんは楊貴妃の大理石像を見るために

わざわざ中国の西安に行ったときの事を、

いろいろと話してくれました。



料理が出てくるのを待ちながら、

わたしは「楊貴妃」をチビリチビリお口に運びました。

いつものようにデンマンさんは、

かなり詳しい歴史のお話をしてくれましたが、

わたしは半分、上の空で聞いていました。

うふふふふ。。。



次に出てきたのはイタリア料理の

バヴェッティーネでした。

焼穴子、あさりと松茸に、たっぷりの

芽葱(ネギのスプラウト)があしらってありました。

食べた瞬間、京都の老舗(しにせ)で味わうような

上質の和食を連想させる優しい味わいでした。



そして、デザートにはクレームエペスでした。

クレームエペスと言うのは、

フランス・ノルマンディー地方の

生クリームの一種です。

乳酸発酵させた爽やかな

酸味と芳醇なコクが特徴です。

クリーミーなヨーグルトといった感じの味わいですわ。

エペス(epaisse)とはフランス語で

「厚い」「濃い」という意味の形容詞で、

その味わいを表現しています。

なぜか、どこか懐かしいキュートなテイストでしたわ。

フレッシュな巨峰との相性が抜群でした。

お酒を絶対に口にしないデンマンさんが、

その場の雰囲気にすっかり酔ってしまったように、

わたしにちょっとベタベタした一幕もありましたわ。



「ジューンさん、ボーイフレンドと別れてから、

寂しくない?」

「あらっ。。。、どうして別れたことを

ご存知なのですか?」

「僕は地獄耳を持っているからね、

うへへへへ。。。ちょっと、このあと、

僕のマンションに寄らない。。。?」

「ええ。。。そうしたいのですけれど。。。

わたし、明日は仕事で朝が早いのですわ」

「僕が起こしてあげるから。。。うしししし。。。」

「でも、デンマンさんのところには

目覚ましがないから、

わたし、やっぱり自分のマンションに

まっすぐに帰りますわぁ」

デンマンさんはガッカリしていましたわ。

でも、思慮分別のある心の広い方ですから、

キレることもなく、ムカつく事もなく、

私のマンションまでエスコートしてくださいました。

ただし、お休みのキスは、

かな〜♪〜りディープになって長かったのですわ。

あまり長くなるとちょっと問題ですので、

「もうやめて」と言うつもりで、

舌を咬ませてもらいましたわ。

うふふふふ。。。



ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。

楽しいですから、ぜひ読んでみてくださいね。

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2011年06月19日

Kiddo & Gumbo

 
 
 
Kiddo & Gumbo








I hope you enjoyed

chicken gumbo at Kerrisdale




From: barclay1720@aol.com
To: diane03760@vancouver.ca
Date: Date:Wed, Jun 1, 2011 4:19 pm.




Hi, Diane.

How's it going?
I hope you enjoyed the sunshine, chicken gumbo, and chatting at the dinner party at Kerrisdale.
Oh yes! You need a nice change from the westend living once in a while.



By the way, I read the "Jane Eyre" book and found out some interesting passages.
And, as usual, I wrote an article about those.
Please click the following link:


こんちわ、ダイアン。
元気でやってるゥ?
ケリスデールのディナー・パーティで日光浴をしながらチキン・ガンボを食べ、おしゃべりを楽しんだ!?
うん、うん、うん。。。たまにはウェストエンドから離れて気分転換するのも必要ですよ。

ところで、僕は『ジェーン・エアー』を読んだのだけれど、ちょっと興味深い小文に出くわしたよ。
それで、いつものように、その事で記事を書きました。
次のリンクをクリックして読んでみてね。




"Sexy Jane Eyre"

(June 1, 2011)




"Jane Eyre Special"

(June 5, 2011)


...hope you'll enjoy the entertaining, enlightening yet amusing vide clips in the article.
Have a nice day!

Ciao with a lot of love.



Kato










Yes, I love Kerrisdale.



From: diane03760@vancouver.ca
To: barclay1720@aol.com
Date:Thu, Jun 2, 2011 4:49 pm.




Hi Kato,

Wow! I think you're going to corrupt me kiddo.
Actually, the word ejaculate has several meanings in English.
One, of course, is the sexual connotation of ejaculation, but one of the others means to "exclaim."
so when Ms. Ingram ejaculated "go", she was saying it as if in this context.
Similarly, when we jump up suddenly, we call it ejaculation.
Ah, English, such a complicated language.

Glad to know I was missed.
... sure do love Kerrisdale, though highly civilized.
Not as fun as the west end, probably, but very quiet and peaceful.


こんにちわ、ケイトー。
"Sexy Jane Eyre"を読みました。
その中のYouTubeも観ましたよ。
もしかしてケイトーは、私を堕落させるつもりじゃないの!?(微笑)

実は、“ejaculate”という単語には、いくつかの意味があるのよ。
もちろん、日本語に訳されると“射精”という意味になるけれど、それだけじゃないのよ。
例えば、英語では“exclaim”としても使われるのよ。
だから、イングラム嬢が"ejaculate"した、という意味は“射精”したわけじゃないのよ。

“female ejaculation”という事がかつて話題になったから、
女性が“射精”するという事実も認められているけれど、
この場合はイングラム嬢が“射精”したのじゃなくて歓喜して"go"と叫(さけ)んだのよ。

同じように、私たちが突然ジャンプするような場合にも、その行為を“ejaculation”と呼ぶことがあるの。
この場合、日本語で“射精”と訳したらマジで間違いよ!
“飛び跳ねて喜んだこと”を“ejaculation”とも言うの。
分かった? 英語ってぇ、混乱させるような単語もあるわよね。

会えなくって寂しかったなんて言われると、ちょっといい気持ちよね。(微笑)
ケリスデールは素敵なところだわ。
かなり文化程度が高すぎるところもあるけれど。。。
ウェストエンドほど面白いところじゃないけど、のんびりと平和な気分に浸(ひた)れるわ。




Love, Diane ~






SOURCE: "Hallelujah!"
(Friday, June 10, 2011)




デンマンさん。。。最近、ダイアンさんと熱々ですわねぇ〜。。。



ん。。。? ダイアンさんとアツアツ?

そうですわ。。。上のメールを読むと熱々なのが良く分かりますわ。

それはジューンさんの考えすぎですよ。

。。。で、どうして上のメールを持ち出してきたの?

あのねぇ、ダイアンが“kiddo”という単語を使ったので調べてみたのだよ。

あらっ。。。デンマンさんは“kiddo”という意味が分からなかったの?

いや。。。直感的にclose friend だと言う事は分かっていたけれど、最近、辞書で調べてみた記憶がない。 それで僕が高校の時に使っていた三省堂の『コンサイス英和辞典』で調べてみたら出てない。

それでネットで調べてみたの?

そうなんだよ。 次の画面に出くわしたよ。





上の画面だと“a friend” “a buddy”となっているけれど、ちょっとニュアンスが違うような気がするわ。 “chum”に近いと思うわ。 かなり砕けた間柄の友達というような意味だわよ。



あのねぇ〜、僕がカナダで学生だった時に使っていた英英辞典では次のように出ていたよ。


kiddo

A form of familiar address as to a close friend




SOURCE:
"The Random House College Dictionary"




“close friend”と言うよりも、“kiddo”は、もっと愛着を込めて呼ぶときに使われるような感じがするわ。。。で、“kiddo”という単語に出くわしたのでこの記事を書く気になったの?



いや。。。実は gumbo を知らなかった。 何度か聞いたような気がするのだけれど、chicken gumbo を食べたことがない。 チキンバーガーのようなものだと思っていたのですよ。 それで、この際、調べてみようと思ったわけ。。。


ガンボ (Gumbo)



Chicken Gumbo

ガンボは、アメリカ合衆国ルイジアナ州を起源とするシチューあるいはスープ料理であり、アメリカ合衆国南部メキシコ湾岸一帯に浸透している。
ガンボは基本的には濃いスープストック、肉または甲殻類、とろみ成分、および「聖なる三位一体」と呼ばれる野菜(セロリ、ピーマン、タマネギ)で構成される。
伝統的に、ガンボ・スープは、米にかける形で供される。四旬節の際のガンボ・ザーブ(gumbo z'herbes)というルーでとろみをつけた緑色のガンボも存在する。

ガンボは、ルイジアナ州のクレオールの人々の間で一般的であるのを始め、テキサス州南東部、ミシシッピ州南部、アラバマ州、サウスカロライナ州のチャールストン周辺のロウカントリー、ジョージア州ブランズウィックなどの地域で食されている。
一年を通じて食されるが、通常は寒い時期の料理として知られている。
スープストックは、シーフード・ガンボであれば魚介類で、チキン・ガンボであれば鶏肉を使って可能な限り濃く作る。



Chicken, Shrimp, Sausage Gumbo

典型的なガンボは、鳥肉類、甲殻類、豚肉の燻製のいずれかひとつもしくは複数を使う。
鳥肉類としては、鶏、アヒル、ウズラなど使われるのが通常である。
地元の甲殻類としては、淡水産のザリガニ、メキシコ湾産のカニ、エビなどが使われることが多い。
タッソ(ケイジャン・ハム)、アンドゥイユ(燻製ソーセージ)を入れることにより、料理にスモークの香りが加わる。

ガンボはとろみをつけるのにオクラを使うか、フィレ・パウダーを使うかによって分けることができる。
いずれの場合においてもルーを加えることも可能だが、近年はルーは単体で使うのが通例である。
ルイジアナでは、オクラとフィレを混ぜるのは一般的ではない。

ケイジャンとクレオールのスタイルで分けることもできる。
クレオールのガンボで使うルーは、通常ある程度茶色付いているものの色は浅めで、トマトを入れることもあるが、ケイジャンのガンボはより濃い色のルーを使用、トマトを入れることはない。




出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




なりほどねぇ、確かに、書いてある通りだわ。 でも、ルイジアナ州を起源とするものだとは、わたしも知らなかったわ。



“クレオールの人々”ってなんだい?

あらっ。。。デンマンさんは知らないの?

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。 うへへへへへ。。。

本国ではなく、中南米やカリブ海の植民地生まれのヨーロッパ人のことよ。 特にスペイン人のことを言うの。 スペイン語ではクリオーリョ(criollo)と言うわ。 でも、この場合はルイジアナ州生まれのフランス人のことだと思うわ。

うん。。。そう言われてみれば、ルイジアナ州は昔フランスの植民地だったよね。

歴史馬鹿のデンマンさんだけのことはあるわね。。。やっぱり知っているじゃない。

その程度のことは知っているんだよ。。。で、ジューンさんはガンボをしばしば食べるゥ?

わたしはめったに食べないわ。

どうして。。。?

シチュー料理は、あまり好きでないし、普通のスープの方が口に合うから。。。

ところで“ケイジャン”ってなに?

あらっ。。。デンマンさんは知らなかったの? Cajunのことよ。 「アカディア人」を意味する「アケイディアン」("Acadian")の訛り。。。フランスの植民地に居住していたフランス語系の人々のうち現在のルイジアナ州に移住した人々とその子孫のことね。

つまり、フランス系のクレオールのことだね。

まあ。。。そういうことね。 ケイジャン料理って田舎っぽいのよ。


ケイジャン料理

ジャンバラヤケイジャン料理とは、基本的に地元で手に入る食材を生かした、素朴でシンプルな庶民の料理である。
タマネギ、セロリ、ピーマン(合わせて「聖なる三位一体」(Holy Trinity)と呼ばれる)を炒めたものを料理のベースとすることが多く、これはフランス料理のミルポワ (Mirepoix)と関係がある。




パンやコーンブレッドも食べられるが、主食には米を多用する。
ケイジャン料理の中では、肉や野菜などの具が入り、チリペッパーなど香辛料が効いた炊き込みご飯「ジャンバラヤ」や刻み野菜と魚介類、鶏肉、ソーセージ(特にアンドゥイユ、Andouilleなど)を煮込み、フィレパウダー(filé powder、ササフラスの葉を粉にしたもの)またはオクラでとろみをつけた「ガンボ(gumbo)」などがよく知られている。
エビやカキ、カニを中心に魚介類がふんだんに使われることが多く、またケイジャンは長い間自給自足せざるを得なかったため、ザリガニやアメリカアリゲーター、カエルといった土着の食材もよく使われる。

より都会的で洗練されたニューオリンズの伝統料理「クレオール料理」とは、基本的な素材や「聖なる三位一体」をはじめジャンバラヤやガンボなどいくつかの料理を共有するため、ルイジアナ州の外ではケイジャン料理はしばしばクレオール料理と混同されることが多い。
ケイジャン料理の方がやや辛めであり、伝統的なケイジャン料理には高価な材料やフランス料理の技法が使われることはまずない。
トマトの使用など、イタリア料理の影響も少ない。
ケイジャン料理はだいたいにおいて庶民的であり、主菜を料理する鍋、主食(米やコーンブレッドなど)を調理する鍋、旬の野菜を調理する鍋の3つがあれば食事ができるといわれる。




出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




ジューンさんは料理に詳しいんだね?



別に詳しいわけじゃないわよ。 食べるのが好きなだけだわ。 うふふふふふ。。。



Good luck!

バ〜♪〜イ


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『畳の上の水練(2011年3月15日)』



『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『アナクロニズム(2011年3月27日)』





おほほほほ。。。

卑弥子でご

ざ〜♪〜ますわよ。

くどいようですけれど、

また現れましたわ。

やっぱり、ジューンさんとデンマンさん

ばっかりに任せていると

退屈するのよねぇ〜。

それで。。。つい、つい、

出て来てしまうので

ござ〜♪〜ますわよ。

ええっ、

何で英語の記事に

顔を出すのかって?

あたくしも、英語を勉強して

ついにバンクーバーへ行って来ました。

本当はもっと長く居たかったのですけれど、

デンマンさんに説得されて

日本に戻ってきたのでござ〜♪〜ますわ。

それで、またこのダサい十二単を

着ることになったのです。

あたくしは、もう着るのがイヤなのですけれど、

デンマンさんが、頼むから我慢して着て欲しいと

土下座して頼むので

仕方なく着ることにしたのでござ〜♪〜ますわ。



おほほほほ。。。

ええっ?なんか面白い話はないのかって。。。?

ありますわよ。

次のリンクをクリックして読んでみてね。

『おばさんパンツ』



あたくしもおばさんパンツを

穿いてしまったのでござ〜♪〜ますわよ。

ええっ?どうしてかって。。。?

上のお話を読めば分かりますわよ。

本当に面白いのよ。

騙されたと思って覗いてみてね。

メチャ笑えるわよ。

うふふふふ。。。

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね、バ〜♪〜イ。






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