東京の輸入元の代理店として、全国に代理店を1000店以上構築し、最後の成果として4年がかりで沖縄のK社長を成功者にした。その4年間の経費は当然のごとく私の自己負担だった。どのくらい経費を使ったか改めて当時計算してみた。
驚くことに4年間トータルで2000万円も経費が掛かっていた。
これから育てた代理店から利益が少しずつ入るはずであったが、この輸入元の社長はよく心が変る社長で、折角私が全国に自己資金で構築した代理店からはほとんどマージンが来なくなってしまったのである。
私は、自分の参謀の代理店ともよく相談し、独立することにした。
今まで輸入元から製品を仕入れていたが、今度はアメリカから製品を自分で輸入するのである。あちこちの輸入元が国内には様々の会社があった。
私は何処から見つけたかは記憶は定かではないが、天下のエジソンが創立者である世界の「GE]ジェネラルエレクトリック社のアメリカの代理人と知り合うことが出来た。先方の専任通訳者があまりビジネス的な知識に乏しく、よく理解できないままに自社でGE製を輸入することに決定。しかもGE社はディスポーザーを製造して65年の実績を誇る老舗だった。
しかし、自社が輸入元となるために、製品のオーダーは1000台単位で、しかも前金を全額支払、しかも納品は3ヵ月後にアメリカの港を出発し、福岡に届くのはそれから1ヵ月後だ。
資金繰りに大変往生したのを覚えている。
しかも販売方法は、代理店に無料で希望台数を納品し、しかも製品は日本人にはあまり知られていないため、無料でお客様の台所に取り付け、1週間のお試し後に購入してもらう、代理店にとっては全く資金無しで事業が可能なビジネスモデルであった。
その為、4ヶ月も前に支払った製品は、販売した製品の代金が入るまでに早くても6ヶ月の時間が必用であった。
しかし利益率がいいことと、当に円高傾向にあった為に、仕入れいるたびに利益率は高まった。一番円高だったのは今でも覚えている、1ドル85円くらいであった。このまま50円位まで円高になったら、製品の仕入れ代金はただみたいだなー・・・・と思ったくらいだった。
しかしそれから為替は思い通りには行かず、この数値を最高値に徐々に円安傾向になっていくのである。
独立後は全く新規からの代理店構築で全国を又走り回り、2年目には年商5億円ほどになった。以前は最高年商50億円ほどであったから当時に比べると10分の一であるが、代理店には世界の企業で久留米に本社のある、B社も取引してくれ、この会社では、1週間に18万円もするこの製品を1000台も売ってくれた。
この事業を始めた年に妻が他界し、10年間は儲けに儲けた事業だった。
しかしその売上好調が行政を動かしてしまうのである。それから5年後に悲劇が又来るのである。
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