さて今日は、昨日書いた返品の話とちょっと関連付けて、何故新刊はこんなにたくさん出るのか、という話を書こうと思います。もしかしたらこの話は一度書いてるかもしれませんけど。
昨日僕は、返品が多くなる原因の一つに、既刊を売ることで配本ランクが上がり、結果新刊がたくさん入ってくる、でも新刊は残念ながら売れない、というような話を書きました。そこで書いたのは、一点一点の入荷数が増えるという話ですが、今日は、じゃあ新刊の点数がどうしてこんなに多いのか、というような話です。
例えばですが、講談社文庫や文春文庫なんかは毎月25点くらい、新潮文庫は20点くらい出ます。他の大手出版社も毎月大体10~15点くらいは新刊を出すし、大手ではない出版社でもそこそこの新刊を出します。
何でこんなに新刊を出すのか。今日はそんな話です。
今日書く話は、もしかしたら間違っている部分もたくさんあるかもしれません。僕がこれまでに聞いた話を総合して、たぶんこういう理由だろうというようなことを書きます。
出版業界というのは、出版社→取次→書店という流通になるんですが、出版社は書店に本を送品すると、その総額分のお金が入ってきます。で書店が出版社に返品をすると、返品した分だけお金が戻ってくる、という仕組みになっています。
例えば出版社が書店に10万円分の本を送ったら、書店は出版社に10万円支払います。その後5万円分の返品をしたら出版社が5万円支払う、という形です。まあそのやり取りすべてを取次が仲介してるんだろうけど。
さてここで問題になるのは、書店が返品した時に支払わなくてはいけない5万円です。大手はそうでもないでしょうが、小さな出版社の場合(そして出版社は小さなところの方が圧倒的に多い)運転資金が多くないのでこの5万円を払えないということが起こります。
そういう時にどうするかというと、こういう手があります。何か本を作って、それを5万円分書店に送ればいいわけです。そうすると、現金で5万円支払う分を相殺することが出来るんです。
これが、新刊が増える仕組みです。出版社は、新刊を作って送りさえすればとりあえず現金を手に出来るし、あるいは書店からの返品分を相殺出来る。もちろんその送った新刊が売れなければまた返品がたくさん来るわけだけど、でもそれもまた新刊を作って送っちゃえば誤魔化せる。出版業界というのは、こんな自転車操業で成り立っている業界なわけです。
なので、出版社としては、書店からの返品が少なくなれば新刊だって少なく出来る、なんていう主張をするかもしれません(僕はそんな主張は聞いたことないですが)。ただ書店としては、新刊を減らしてくれれば返品は減るというしかないわけで、もはや卵が先かニワトリが先かという話に近いものがあります。
まあそんなわけで書店には売れない新刊がたくさん入ってくることになるわけです。売るための本ではなくて、現金を手に入れたりあるいは返品分を相殺するための本なわけです。実際以前ある大手出版社の方から話を聞いたことがありますが、新刊で入ってきた内半分は1、2週間ですぐ返していいよ、と言っていました。どうせ売れないから。出版社の人も売れないと思っているんですね。
まあそんなわけで、新刊は減らず、返品も減らずという悪循環はなくならないわけです。まあしょうがないという感じですね。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、「Story Seller」といタイトルの雑誌をそのまま文庫にしたものです。7人の作家の作家の書き下ろし中編作品を集めたアンソロジーです。
伊坂幸太郎「首折り男の周辺」
とあるアパートに住む老夫婦はある時、テレビで紹介された凶悪犯の似顔絵が隣人に似ているということに気づく。好奇心旺盛な妻がいろいろと探りを入れようとするが…。
小笠原稔は増えすぎた借金から目を逸らすために街を歩いていると、大藪という男と間違われる。結局その大藪という男になり済ましてちょっとした仕事を引き受けることになるのだが…。
中島翔はいじめられている。ほんのささいな出来事がきっかけだ。金を持ってこいと脅されたんだけど、その時体の大きな大人が話しかけてきて…。
近藤史恵「プロトンの中の孤独」
スペインのロードレースのチームに所属していたが目が出ず、ある時日本から誘いが来てそれに飛びついた赤城は、しかしそのチームのエースである久米がどうしても気に食わない。エースであることを笠に着て威張り腐っているのだ。
しかも赤城と同じ時期に入った石尾豪という新人がチームの空気を不穏なものに変えている。山岳コースのプロフェッショナルみたいな男で、ツール・ド・ジャポンでも新人とは思えないような活躍をした。それで久米がいら立っているのだ。
赤城は監督から、石尾の相談相手になってやれ、と頼まれた。オーナーから、石尾を手放すなという命令が出たらしい。確かにこのままだと、来年石尾はチームからいなくなってしまうかもしれないが…。
有川浩「ストーリー・セラー」
世界でも例のない難病だと妻は診断された。致死性脳劣化症候群。思考することで生命に必要な脳の領域が奪われていくという病気。まさかこんなことになるなら、あの時あんなこと勧めなかったのに…。
デザイン事務所で働く同僚だった。他の多くのアシスタントが、アシスタントを足掛かりにデザイナーになろうとしているのに、彼女はアシスタントのプロとして仕事をしていた。会話の端々に出てくる言葉が聞きなれなかったり、おじさん転がしがうまかったりとで、ちょっと気になる存在ではあった。
ある日たまたま、本当にたまたま彼女が隠していることを知った。それを知って、余計に好きになった。こんなことが出来るなんて本当にすごいと思った。
だから、やってみればと勧めた。まさかそれがこんなことになるなんて…。
米澤穂信「玉野五十鈴の誉れ」
純香は旧家に生まれたお嬢様。その家では祖母が絶対的な権力を持っており、誰もそれには逆らえなかった。何人もの使用人を抱えた家で純香は、男児の生まれなかった家で次期当主として育てられていった。
ある日純香には贈り物として、一人の使用人がつくことになった。それが玉野五十鈴だった。これまで祖母の命により学校でも友達がまったく出来なかった純香は、同じ年の友人が出来たことを喜んだ。お嬢様と使用人という立場ではあったけれども、彼女は玉野と共に様々なことを楽しみ、笑い、喜び、素晴らしい時間を過ごした。
しかしある時、その幸せはもろくも崩れ去った。一瞬にして。玉野も、離れていった…。
佐藤友哉「333のテッペン」
東京タワーのてっぺんで死体が発見された。その謎めいた事件に人々は飛びつき、大ニュースになった。
東京タワーの売店「たいもん商会」で働くオレ(土江田)は、そんな周囲の喧噪とは真逆の反応を示した。脛に傷を持つ身としては、周囲に警官がいる状況は喜ばしいとは言えない。
事件にはほとんど興味がなかったし、関わりたくもなかったのだが、何故か探偵がやってきてオレを連れまわすし、否応なく事件に関わらざる負えなくなったりしていく。しかしどうやって東京タワーのてっぺんで人を殺したんだろう。
道尾秀介「光の箱」
童話作家になった圭介は、同級生から連絡のあった同窓会に顔を出すことにした。予定より早く会場についてしまった圭介は、来る間ずっと弥生も来るのだろうかと考えていたこともあって、昔のことを思い出していた。
貧しかった家庭。それを理由にからかわれた子供時代。そんな圭介を救ってくれたのは、小説とも物語ともつかないようなお話を書くことだった。
ある日圭介は、弥生という女の子と出会う。弥生は圭介の書いたお話に絵をつけてくれた。二人で絵本を作った。そのまま付き合うような感じになった。
あの日まで。
あの事件についてお互いに口に出さないからこそ、会っても気まずいだけだ。
しかしふとひらめいた。もしかしたら…。
本多孝好「ここじゃない場所」
高校生で受験生の私(リナ)は、何だかよく分からないで生きている。今が大切な時間だとも思えないし、さほど楽しいわけでもない。みんな、どうしてそうやって普通の人生を生きていられるの?
仲のいいつぐみと綾香に、「バレバレ」だと突っ込まれる。なんの話かと思えば、私が秋山のことが好きだと誤解しているらしい。確かに最近私は秋山のことばっかり見ている。しかしそれは好きとかそういう理由じゃない。私は見たのだ。秋山が消えるのを。
トラックに轢かれそうになった少年を秋山が助けた。どう考えても、テレポーテーションでもしない限り不可能な状況だった。実際秋山が消えるのを私は見た。それから私にとって秋山は興味の対象になった。
消える瞬間を見てやる。そう思いながらずっと秋山のことを見続けていた。しかしなかなかしっぽを現さない。その内私の周囲で不穏な出来事が起こるようになるのだが…。
こんな感じの作品です。アンソロジーは内容紹介を書くのが疲れます。
一冊のアンソロジーとして見た場合、水準以上の作品だと思います。表紙には、『読み応えは長編並、読みやすさは短編並』とあるけど、確かにその通りの作品で、どれも中編と呼べるような分量だけど、長編を読んだような満足感があるし、それでいて短編のように読みやすい。いいアンソロジーだと思います。
ただ残念なのは、これだけの豪華なラインナップを揃えてこれか、と思ってしまったところです。普通アンソロジーというのは、一人か二人くらいメジャー級の作家がいて、後は大した作家ではないというようなものが多いんだけど、本書は7人の内ほとんど全員がアンソロジーの主役を張れるような作家ばかりです。そんな超豪華なラインナップにしては、作品のレベルはそこそこかなぁという気がしました。作品全体の水準は一定以上のラインを超えているんですけど、この豪華な作家陣のアンソロジーであることを考えるとちょっと物足りない気がします。
伊坂幸太郎の「首折り男の周辺」は、伊坂幸太郎のレベルからするとそこそこという感じの作品です。アンソロジーに収録された作品では、「I LOVE YOU」という作品の中の「ポーラーベア」という作品が素晴らしいです。「首折り男の周辺」も悪くはないですけど、伊坂幸太郎にしてはさほどでもないかなという感じでした。
近藤史恵の「プロトンの中の孤独」は、本屋大賞2位を受賞した「サクリファイス」より時系列的に前の話だと思います。「サクリファイス」の中でチームのエースとして登場した石尾豪がまだ入りたての新人の頃のことが描かれています。まあこれもまあまあと言ったところでしょうか。そもそも僕的に「サクリファイス」はそこまで評価が高くないので。
余談ですが、この「Story Seller」の元本である雑誌は去年の本屋大賞(伊坂幸太郎が「ゴールデンスランバー」で本屋大賞を受賞した回)の直後に発売されました。その回の本屋大賞は、1位が伊坂幸太郎、2位が近藤史恵だったので、このアンソロジーも話題になりました。ちなみにですが、このアンソロジーを作った編集者は、伊坂幸太郎の「ゴールデンスランバー」を作った人と同じで、かつ恩田陸の「夜のピクニック」を作った人でもあるようです。一人で二度本屋大賞を受賞した編集者として有名なんだそうです。
有川浩の「ストーリー・セラー」は面白かったです。相変わらず有川浩は恋愛を描くのがうまい。人間の描き方も素晴らしいし、ストーリーもいいです。まあ、勝手に作った「致死性脳劣化症候群」はちょっとどうかなと思いましたけど。でも、穏やかとは言えない形で始まった恋愛が、いかにしてその「致死性脳劣化症候群」に至ることになるのかという流れは見事で、さすが有川浩健在という感じがしました。
米澤穂信の「玉野五十鈴の誉れ」は、正直読んでいる間さほど面白いとは思えなかったんだけど、最後の一文が見事だなと思いました。ストーリー自体はさほどでもないですが、このラストの落ちを感じるために読むというのも悪くないかもです。さすが米澤穂信、相変わらず爽やかにダークです。
佐藤友哉の「333のテッペン」は、うーんちょっとなぁという感じです。最後もやもやのまま終わる、という部分は別にそれはそれでいいと思うんだけど、やっぱり読んでてそんなに面白くないんです。佐藤友哉はこれまでもそこそこ読んでるけど、一番面白かったのはやっぱりデビュー作かな。
道尾秀介の「光の箱」は素晴らしいです。このアンソロジーの中で一番好きです。やっぱり道尾秀介は巧いなといつも感心します。ちょっと前に「七つの死者の囁き」というアンソロジーを読みましたけど、その時も道尾秀介が一番いいと思いました。
ストーリーもいいし、サプライズも相変わらずなんだけど、それよりも何よりも人物描写がどんどん巧くなって行きます。デビューしたての頃は、ストーリーの驚きだけで突き進んでいた感じがありましたけど、作品を出すにつれてどんどん人物描写が巧くなって行きました。ストーリー上のどんでん返しが魅力の作家ではあるけど、恐らくそれだけではここまでやっていけなかったでしょう。その裏に、ストーリーを邪魔しない読みやすい文章によって描かれる見事な人物描写があることは間違いありません。道尾秀介はやっぱり凄いと思う。タイトルも秀逸ですし。
本多孝好の「ここじゃない場所」は、まあこんなものかなという感じでした。「チェーン・ポイズン」や「真夜中の五分前」なんかよりは全然よかったと思いますけど、やっぱり本多孝好はデビュー当時の煌めきがなくなってしまっている気がします。デビュー当時はあんなに素晴らしい作品を書いてくれたのに…と思わずにはいられません。
ストーリーを読む分にはさほど問題はないですが、どうも文章が女子高生っぽくない気がしました。だって今時の女子高生が「つっかけを履く」なんて言葉使うわけないと思うんですよね。ものすごく気になったのはそこだけですけど、全体的に女子高生っぽい感じじゃなかったんで、なんとなく違和感を感じました。
まあそんな感じのアンソロジーです。道尾秀介と有川浩が秀逸。伊坂幸太郎が次点。近藤史恵と米澤穂信と本多孝好がその次で、佐藤友哉が最後という感じです。道尾秀介と有川浩の作品を読むために買うのでも十分お得だと思います。
新潮社ストーリーセラー編集部編「Story Seller」
昨日僕は、返品が多くなる原因の一つに、既刊を売ることで配本ランクが上がり、結果新刊がたくさん入ってくる、でも新刊は残念ながら売れない、というような話を書きました。そこで書いたのは、一点一点の入荷数が増えるという話ですが、今日は、じゃあ新刊の点数がどうしてこんなに多いのか、というような話です。
例えばですが、講談社文庫や文春文庫なんかは毎月25点くらい、新潮文庫は20点くらい出ます。他の大手出版社も毎月大体10~15点くらいは新刊を出すし、大手ではない出版社でもそこそこの新刊を出します。
何でこんなに新刊を出すのか。今日はそんな話です。
今日書く話は、もしかしたら間違っている部分もたくさんあるかもしれません。僕がこれまでに聞いた話を総合して、たぶんこういう理由だろうというようなことを書きます。
出版業界というのは、出版社→取次→書店という流通になるんですが、出版社は書店に本を送品すると、その総額分のお金が入ってきます。で書店が出版社に返品をすると、返品した分だけお金が戻ってくる、という仕組みになっています。
例えば出版社が書店に10万円分の本を送ったら、書店は出版社に10万円支払います。その後5万円分の返品をしたら出版社が5万円支払う、という形です。まあそのやり取りすべてを取次が仲介してるんだろうけど。
さてここで問題になるのは、書店が返品した時に支払わなくてはいけない5万円です。大手はそうでもないでしょうが、小さな出版社の場合(そして出版社は小さなところの方が圧倒的に多い)運転資金が多くないのでこの5万円を払えないということが起こります。
そういう時にどうするかというと、こういう手があります。何か本を作って、それを5万円分書店に送ればいいわけです。そうすると、現金で5万円支払う分を相殺することが出来るんです。
これが、新刊が増える仕組みです。出版社は、新刊を作って送りさえすればとりあえず現金を手に出来るし、あるいは書店からの返品分を相殺出来る。もちろんその送った新刊が売れなければまた返品がたくさん来るわけだけど、でもそれもまた新刊を作って送っちゃえば誤魔化せる。出版業界というのは、こんな自転車操業で成り立っている業界なわけです。
なので、出版社としては、書店からの返品が少なくなれば新刊だって少なく出来る、なんていう主張をするかもしれません(僕はそんな主張は聞いたことないですが)。ただ書店としては、新刊を減らしてくれれば返品は減るというしかないわけで、もはや卵が先かニワトリが先かという話に近いものがあります。
まあそんなわけで書店には売れない新刊がたくさん入ってくることになるわけです。売るための本ではなくて、現金を手に入れたりあるいは返品分を相殺するための本なわけです。実際以前ある大手出版社の方から話を聞いたことがありますが、新刊で入ってきた内半分は1、2週間ですぐ返していいよ、と言っていました。どうせ売れないから。出版社の人も売れないと思っているんですね。
まあそんなわけで、新刊は減らず、返品も減らずという悪循環はなくならないわけです。まあしょうがないという感じですね。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、「Story Seller」といタイトルの雑誌をそのまま文庫にしたものです。7人の作家の作家の書き下ろし中編作品を集めたアンソロジーです。
伊坂幸太郎「首折り男の周辺」
とあるアパートに住む老夫婦はある時、テレビで紹介された凶悪犯の似顔絵が隣人に似ているということに気づく。好奇心旺盛な妻がいろいろと探りを入れようとするが…。
小笠原稔は増えすぎた借金から目を逸らすために街を歩いていると、大藪という男と間違われる。結局その大藪という男になり済ましてちょっとした仕事を引き受けることになるのだが…。
中島翔はいじめられている。ほんのささいな出来事がきっかけだ。金を持ってこいと脅されたんだけど、その時体の大きな大人が話しかけてきて…。
近藤史恵「プロトンの中の孤独」
スペインのロードレースのチームに所属していたが目が出ず、ある時日本から誘いが来てそれに飛びついた赤城は、しかしそのチームのエースである久米がどうしても気に食わない。エースであることを笠に着て威張り腐っているのだ。
しかも赤城と同じ時期に入った石尾豪という新人がチームの空気を不穏なものに変えている。山岳コースのプロフェッショナルみたいな男で、ツール・ド・ジャポンでも新人とは思えないような活躍をした。それで久米がいら立っているのだ。
赤城は監督から、石尾の相談相手になってやれ、と頼まれた。オーナーから、石尾を手放すなという命令が出たらしい。確かにこのままだと、来年石尾はチームからいなくなってしまうかもしれないが…。
有川浩「ストーリー・セラー」
世界でも例のない難病だと妻は診断された。致死性脳劣化症候群。思考することで生命に必要な脳の領域が奪われていくという病気。まさかこんなことになるなら、あの時あんなこと勧めなかったのに…。
デザイン事務所で働く同僚だった。他の多くのアシスタントが、アシスタントを足掛かりにデザイナーになろうとしているのに、彼女はアシスタントのプロとして仕事をしていた。会話の端々に出てくる言葉が聞きなれなかったり、おじさん転がしがうまかったりとで、ちょっと気になる存在ではあった。
ある日たまたま、本当にたまたま彼女が隠していることを知った。それを知って、余計に好きになった。こんなことが出来るなんて本当にすごいと思った。
だから、やってみればと勧めた。まさかそれがこんなことになるなんて…。
米澤穂信「玉野五十鈴の誉れ」
純香は旧家に生まれたお嬢様。その家では祖母が絶対的な権力を持っており、誰もそれには逆らえなかった。何人もの使用人を抱えた家で純香は、男児の生まれなかった家で次期当主として育てられていった。
ある日純香には贈り物として、一人の使用人がつくことになった。それが玉野五十鈴だった。これまで祖母の命により学校でも友達がまったく出来なかった純香は、同じ年の友人が出来たことを喜んだ。お嬢様と使用人という立場ではあったけれども、彼女は玉野と共に様々なことを楽しみ、笑い、喜び、素晴らしい時間を過ごした。
しかしある時、その幸せはもろくも崩れ去った。一瞬にして。玉野も、離れていった…。
佐藤友哉「333のテッペン」
東京タワーのてっぺんで死体が発見された。その謎めいた事件に人々は飛びつき、大ニュースになった。
東京タワーの売店「たいもん商会」で働くオレ(土江田)は、そんな周囲の喧噪とは真逆の反応を示した。脛に傷を持つ身としては、周囲に警官がいる状況は喜ばしいとは言えない。
事件にはほとんど興味がなかったし、関わりたくもなかったのだが、何故か探偵がやってきてオレを連れまわすし、否応なく事件に関わらざる負えなくなったりしていく。しかしどうやって東京タワーのてっぺんで人を殺したんだろう。
道尾秀介「光の箱」
童話作家になった圭介は、同級生から連絡のあった同窓会に顔を出すことにした。予定より早く会場についてしまった圭介は、来る間ずっと弥生も来るのだろうかと考えていたこともあって、昔のことを思い出していた。
貧しかった家庭。それを理由にからかわれた子供時代。そんな圭介を救ってくれたのは、小説とも物語ともつかないようなお話を書くことだった。
ある日圭介は、弥生という女の子と出会う。弥生は圭介の書いたお話に絵をつけてくれた。二人で絵本を作った。そのまま付き合うような感じになった。
あの日まで。
あの事件についてお互いに口に出さないからこそ、会っても気まずいだけだ。
しかしふとひらめいた。もしかしたら…。
本多孝好「ここじゃない場所」
高校生で受験生の私(リナ)は、何だかよく分からないで生きている。今が大切な時間だとも思えないし、さほど楽しいわけでもない。みんな、どうしてそうやって普通の人生を生きていられるの?
仲のいいつぐみと綾香に、「バレバレ」だと突っ込まれる。なんの話かと思えば、私が秋山のことが好きだと誤解しているらしい。確かに最近私は秋山のことばっかり見ている。しかしそれは好きとかそういう理由じゃない。私は見たのだ。秋山が消えるのを。
トラックに轢かれそうになった少年を秋山が助けた。どう考えても、テレポーテーションでもしない限り不可能な状況だった。実際秋山が消えるのを私は見た。それから私にとって秋山は興味の対象になった。
消える瞬間を見てやる。そう思いながらずっと秋山のことを見続けていた。しかしなかなかしっぽを現さない。その内私の周囲で不穏な出来事が起こるようになるのだが…。
こんな感じの作品です。アンソロジーは内容紹介を書くのが疲れます。
一冊のアンソロジーとして見た場合、水準以上の作品だと思います。表紙には、『読み応えは長編並、読みやすさは短編並』とあるけど、確かにその通りの作品で、どれも中編と呼べるような分量だけど、長編を読んだような満足感があるし、それでいて短編のように読みやすい。いいアンソロジーだと思います。
ただ残念なのは、これだけの豪華なラインナップを揃えてこれか、と思ってしまったところです。普通アンソロジーというのは、一人か二人くらいメジャー級の作家がいて、後は大した作家ではないというようなものが多いんだけど、本書は7人の内ほとんど全員がアンソロジーの主役を張れるような作家ばかりです。そんな超豪華なラインナップにしては、作品のレベルはそこそこかなぁという気がしました。作品全体の水準は一定以上のラインを超えているんですけど、この豪華な作家陣のアンソロジーであることを考えるとちょっと物足りない気がします。
伊坂幸太郎の「首折り男の周辺」は、伊坂幸太郎のレベルからするとそこそこという感じの作品です。アンソロジーに収録された作品では、「I LOVE YOU」という作品の中の「ポーラーベア」という作品が素晴らしいです。「首折り男の周辺」も悪くはないですけど、伊坂幸太郎にしてはさほどでもないかなという感じでした。
近藤史恵の「プロトンの中の孤独」は、本屋大賞2位を受賞した「サクリファイス」より時系列的に前の話だと思います。「サクリファイス」の中でチームのエースとして登場した石尾豪がまだ入りたての新人の頃のことが描かれています。まあこれもまあまあと言ったところでしょうか。そもそも僕的に「サクリファイス」はそこまで評価が高くないので。
余談ですが、この「Story Seller」の元本である雑誌は去年の本屋大賞(伊坂幸太郎が「ゴールデンスランバー」で本屋大賞を受賞した回)の直後に発売されました。その回の本屋大賞は、1位が伊坂幸太郎、2位が近藤史恵だったので、このアンソロジーも話題になりました。ちなみにですが、このアンソロジーを作った編集者は、伊坂幸太郎の「ゴールデンスランバー」を作った人と同じで、かつ恩田陸の「夜のピクニック」を作った人でもあるようです。一人で二度本屋大賞を受賞した編集者として有名なんだそうです。
有川浩の「ストーリー・セラー」は面白かったです。相変わらず有川浩は恋愛を描くのがうまい。人間の描き方も素晴らしいし、ストーリーもいいです。まあ、勝手に作った「致死性脳劣化症候群」はちょっとどうかなと思いましたけど。でも、穏やかとは言えない形で始まった恋愛が、いかにしてその「致死性脳劣化症候群」に至ることになるのかという流れは見事で、さすが有川浩健在という感じがしました。
米澤穂信の「玉野五十鈴の誉れ」は、正直読んでいる間さほど面白いとは思えなかったんだけど、最後の一文が見事だなと思いました。ストーリー自体はさほどでもないですが、このラストの落ちを感じるために読むというのも悪くないかもです。さすが米澤穂信、相変わらず爽やかにダークです。
佐藤友哉の「333のテッペン」は、うーんちょっとなぁという感じです。最後もやもやのまま終わる、という部分は別にそれはそれでいいと思うんだけど、やっぱり読んでてそんなに面白くないんです。佐藤友哉はこれまでもそこそこ読んでるけど、一番面白かったのはやっぱりデビュー作かな。
道尾秀介の「光の箱」は素晴らしいです。このアンソロジーの中で一番好きです。やっぱり道尾秀介は巧いなといつも感心します。ちょっと前に「七つの死者の囁き」というアンソロジーを読みましたけど、その時も道尾秀介が一番いいと思いました。
ストーリーもいいし、サプライズも相変わらずなんだけど、それよりも何よりも人物描写がどんどん巧くなって行きます。デビューしたての頃は、ストーリーの驚きだけで突き進んでいた感じがありましたけど、作品を出すにつれてどんどん人物描写が巧くなって行きました。ストーリー上のどんでん返しが魅力の作家ではあるけど、恐らくそれだけではここまでやっていけなかったでしょう。その裏に、ストーリーを邪魔しない読みやすい文章によって描かれる見事な人物描写があることは間違いありません。道尾秀介はやっぱり凄いと思う。タイトルも秀逸ですし。
本多孝好の「ここじゃない場所」は、まあこんなものかなという感じでした。「チェーン・ポイズン」や「真夜中の五分前」なんかよりは全然よかったと思いますけど、やっぱり本多孝好はデビュー当時の煌めきがなくなってしまっている気がします。デビュー当時はあんなに素晴らしい作品を書いてくれたのに…と思わずにはいられません。
ストーリーを読む分にはさほど問題はないですが、どうも文章が女子高生っぽくない気がしました。だって今時の女子高生が「つっかけを履く」なんて言葉使うわけないと思うんですよね。ものすごく気になったのはそこだけですけど、全体的に女子高生っぽい感じじゃなかったんで、なんとなく違和感を感じました。
まあそんな感じのアンソロジーです。道尾秀介と有川浩が秀逸。伊坂幸太郎が次点。近藤史恵と米澤穂信と本多孝好がその次で、佐藤友哉が最後という感じです。道尾秀介と有川浩の作品を読むために買うのでも十分お得だと思います。
新潮社ストーリーセラー編集部編「Story Seller」


