いつものように仕事を終えて部屋に戻ると、郵便受けに一通の封筒が入っていた。表に『招待状』と大きく書かれている以外白紙の封筒で、差出人が誰かも分からない。後で気づいたのだけど、切手も貼っていなかった。明らかに怪しいのだけれども、その時は疲れていたこともあって見逃してしまったのだ。
なんとはなしに封筒を開けて見る。それは、ある大会の予選会への招待状であった。
『エア格闘技全国大会』
「エア格闘技」というのは聞いたことがないけど、要するに「エアギター」みたいなものなのだろう。そこまでは分かるが、しかしやはり実際に想像は出来ない。
僕は小学校の頃からずっと空手をやってきて、それなりの有段者である。空手には型というのがあって、対戦相手がいない状態でその型を披露するというのがある。要するに、それの応用版だと考えればいいだろうか。ありとあらゆる格闘技の攻撃スタイルを一同に介して審査する。その型の良し悪しで、勝敗を決める、というような。ある意味で総合格闘技と言えないこともないだろう。
実は後で気づいたのだが、その招待状の末尾にURLが記されていて、詳しい情報はここにアクセスするように、という注意書きがあったのだ。そこには、エア格闘技のなんたるかということがちゃんと説明されていたのだけど、僕はそのURLにまったく気づかなかったために、自分なりの解釈のみで参加を決めてしまったのだった。ずっと続けている空手の型なら、練習を怠りさえしなければそれなりのものを披露することは出来る。それで大会に臨んでみよう、とそんな風に思っていたのだ。
そして予選会当日の日がやってきた。
会場は、普段参加する空手の大会とはちょっと違った雰囲気を醸し出していた。僕はそれを、様々な格闘技の人間が集っているからだろう、と考えていたのだけど、大会の本当の姿を目の当たりにした時、その解釈が間違っていることを知った。しかし大会が始まるまでは呑気なのもで、どこかに知り合いでもいないかなぁと探す余裕さえあったほどだ。
そして大会が始まった。
会場には畳敷きのスペースやプロレスリングなど、ありとあらゆる格闘技で使用されるステージが組まれていた。そしてそのそれぞれに一人ずつ参加者が立ち、合図を待っている。
合図と共に、すべての参加者が同時に動き出した。それを見て、僕はようやくエア格闘技のなんたるかを知ることになった。
参加者は皆、一人で動き回っている。それぞれの格闘技の型を見せている者はいない。フットワークでパンチを避けている風だったり、寝技を掛けられている風だったりする動きをしている。凄い人なんかは、背負い投げを掛けられている様子を一人で演じている。
そう、エア格闘技とは、いかに相手に技を掛けられているかを演じる競技だったのだ。それに気づいた瞬間、僕はいかにこの場から一刻も早く立ち去るかということしか考えていなかった。

一銃「エア格闘技」

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、直木賞作家である桜庭一樹の初期の作品です。元々はライトノベルレーベルであるファミ通文庫から出ていたもので、それが再度角川文庫から文庫化されたということです。
廃校になった小学校を舞台に、夜「ガールズブラッド」が開かれる。それは、少女達によるプロレスのようなもので、お客さんを入れて見世物として成立している。
そのガールズブラッドでファイターとして毎夜戦っている三人の少女。不安定で頼りなげな「まゆ十四歳」、SMクラブで女王様のバイトをしている「ミーコ女王様」、空手少女で女と一緒に着替えるのを嫌がる「皐月」。この三人が物語の主要な少女達だ。
彼女達は、何かを求めるようにしてここガールズブラッドまで辿り着いた。それぞれに抱えているものがあり、それぞれに悩んでいることがあり、そんな中で毎日やってくるガールズブラッドに一瞬の安らぎを見出している。
こういう生き方しか出来ない少女たちの、それでも必死に生きている少女達の日常の物語。
ここ一年ほどですっかり人気作家に登りつめてしまった桜庭一樹の初期の作品です。常に何らかの形で『少女』を題材にして描き続けてきた著者らしい作品かなと思いました。
「”まゆ十四歳”の死体」「ミーコ、みんなのおもちゃ」「おかえりなさい、皐月」という三つの章で構成されていて、そこでそれぞれの少女を中心に話が進んでいきます。全体的な雰囲気は違いますが、「ブルースカイ」にちょっと構成が似てるかな、という感じはしました。
それぞれの少女は、何とも言えない悩みを抱えています。まゆは不安定で拠り所がないところが、ミーコは誰かの願いを叶えてあげることばっかり考えていて自分の望みがないところが、そして皐月は性の問題に。それぞれが抱えている問題は大きく解決されることはありませんが、しかしガールズブラッドと出会うことで何かを得、何かが変わり、新しい方向へ一歩を踏み出すことが出来る。そんな展開になっています。
ストーリー的に一番驚いたのは、やっぱり「”まゆ十四歳”の死体」ですね。このラストの展開はあまりに唐突でちょっとびっくりしました。こんなんアリかよー、とか思いました。このまゆだけが、不安定さが正しい方向にならないままフェードアウトしてしまう印象があるので、その後がすごく気になりますね。
ミーコの話が一番普通だったかな。展開としては一番分かりやすいでしょうかね。ラストもなかなか順当だと思います。
皐月は、ちょっとした驚きのあるストーリーですね。なるほど、という感じと、でも何だかイマイチ違和感があるという感じとが程よく交じり合っていて、割と好きな展開でした。皐月の印象が結構ガラリと変わるので面白いです。
全体的にはまあまあかな、という感じはしました。桜庭一樹の小説というのは結構好きなんだけど、基本的に『少女』を題材にしているために、男にはどうにも入り込めない部分があるんですよね。「私の男」や「少女七竈と七人の可愛そうな大人」みたいに、基本的に少女を描きつつも、その周辺に否応なく男が密着してくるようなストーリーなら男でも入っていけるんだけど、「少女には向かない職業」とか本作みたいに、ストーリー全面が少女で彩られていると、どうしても男が入り込む隙間がなくて物語に入れないようなイメージがあります。まあそれでもそこそこは面白いんですけどね。
女性が読んだらまたどういう印象になるのか分かりませんが、僕としてはまあまあいいかなという感じの作品でした。でも相変わらず思うのは、桜庭一樹って言うのは昔からラノベ作家っぽくなかったんだなぁ、ということです。本作も、ライトノベルのレーベルで出てはいましたが、内容的には文芸の方で分類されててもおかしくないですからね。昔からやっぱり実力があった、ということでしょうね。

桜庭一樹「赤×ピンク」


赤×ピンク文庫

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