「最も私に似た絵を描いた者に、すべての遺産を与えよう」
実業家であり経済評論家でもあった竹中一郎氏が、自身がコメンテーターを務めるテレビ番組の中でそう宣言したのは、今から一ヶ月前のことであった。
竹中氏は銀行員からベンチャー企業を興した変わり者で、しかも一代で巨万の富を築いた立身伝中の人物であった。一方でその豊富な知識から経済評論家としても活躍し、テレビで目にしない日はない、という人であった。
その竹中氏が、テレビを通じてこう宣言したのだ。
世間はこの宣言に狂喜した。何せ、親族でなくても絵さえ描けば莫大な遺産を手に入れることが出来るチャンスがあるのだ。世界中の人々が、世界中の芸術家にアプローチし、誰もがこの賭けに勝ってやろうと意気込んでいた。誰が遺産を手に入れるか賭けまで行われる始末で、そのあまりの熱狂振りに、他局でも特集番組が組まれる程であった。
さてそんなわけだったから、それなりに名の通った芸術系の大学にいる僕の周りも、この話でもちきりだった。もちろん絵の巧い奴がゴロゴロいるわけで、誰もが山師になった気分で、自分が遺産を手に入れて見せると意気込んでいるのだった。
かく言う僕もその一人であるのだが、僕には勝算があった。そもそも多くの人はこのゲームの本質を見極めていない、と僕は感じていた。重要なことは、絵の判断をするのは竹中氏本人である、ということだ。
僕は、あらゆる伝手を辿って、あらゆる人の手を介しながら、目標へと少しずつ迫っていった。それを手に入れることが出来るかどうかで、ほぼ勝敗が決すると言っても言い過ぎではないだろう。僕は自分では一切絵を描かなかったし、誰かに絵を依頼することもなかった。それでも、僕には間違いなく勝てるだろうという目算があった。
そして発表当日の日がやってきた。会場として指定された場所は、人で一杯だった。それもそのはずで、日本のみならず世界中からありとあらゆる人間が詰め掛けているのだった。
するべきことは単純だった。順番に竹中氏に絵を見せる。これだけ多くの人がいるのだから、見せる時間はほぼ一瞬と言っていい。そして最後まで絵を見終わった後、竹中氏が一枚の絵を選ぶのである。
審査が始まった。ほとんどの時間は待つしかない。退屈でもあり、同時に緊張もしていた。自分の賭けが当たるかどうかの分かれ目なのである。
長い時間を経て、ようやく僕の番がやってきた。僕の絵を見た竹中氏の表情が変化した。そして、これまでそんなことは一度もなかったのだが、竹中氏は付き人の一人と何やら話をし始めたのだった。
僕が見せたのは、竹中氏の一人娘が小学生の頃に描いた父親の顔である。多くの人を介してこれを手に入れることが出来た。どれだけ似た絵を描こうとも、竹中氏の心を掴むことが出来ないのでは仕方がない。
中断していた流れが再会される気配はない。しばらくすると僕のところに、先ほど竹中氏と話をしていた付き人がやってきた。
「恐れ入りますが、その絵をこちらにお渡しいただきたい」
僕は心の中でガッツポーズをした。これはつまり、僕が勝者となったということだろう。
「ありがとうございます」
「勘違いされては困ります。その絵は、竹中氏が小学生の頃に描かれた、お父上の絵です」
なるほど。僕はまったく違うものを掴まされたというわけか。心の中で一人苦笑し、賭けに負けたことを悟った。
「最近、竹中氏のお父上が殺されたというニュースをご存知でしょうか」
彼がそう言った瞬間、サイレンの音が聞こえてきた。まさか。
「警察もあなたにお話を聞きたい、とのことです」

一銃「似顔絵ゲーム」

そろそろ内容に入ろうと思います。
舞台は19世紀末のニューヨーク。ロウソクの灯りから電球への灯りへと移行し始め、街中では馬車と共に車も走るようになった、そんな時代。写真が発明され、下層の人々でも気軽に自分の肖像を手に入れることが出来るようになったため、逆に上流階級の人々の間で肖像画を描いてもらうことが流行した。そんな時流の中にいる、一人の画家ビアンボが物語の主人公です。
ビアンボは元々芸術派の画家でしたが、お金の誘惑もあって肖像画家として歩むことになり、その世界で多少名の知られた存在になっていた。しかし、以前のような芸術的な絵をまた描きたいという想いも燻っていて、イマイチ落ち着かない日々を過ごしている。
そんなある日、ビアンボの元にある依頼が舞い込んできた。自画像を描いて欲しいというのはいつも通りであるが、その報酬と内容が常軌を逸していた。こちらの条件をきちんと満たしてくれれば、現在ビアンボが受けているすべての依頼を合わせた総額の三倍の値段を支払うと依頼人は言います。そしてなんと、自分の顔を見せることは出来ないというのです!依頼人はビアンボに、想像だけで私の完璧な自画像を描くように依頼してきたのです。
依頼人はビアンボに、自分のことはシャルビューク夫人と呼ぶようにと言い、そして想像のよすがとなるようにと、自身にまつわる様々な話をすることになります。子ども時代に父親の手伝いをしていた話から、彼女がどうやって成功するに至ったのかまで。ビアンボは、それらの話を聞き、シャルビューク夫人の姿を想像している内に、すっかりこの依頼の虜になってしまいました。付き合っている美人舞台女優のサマンサをほったらかしにしてまで、シャルビューク夫人の肖像画を描こうとします。
目から血を流して死んでいく女性や、ビアンボの手伝いをしてくれる知人画家、師匠であるサボットとの思い出、シャルビュークと思われる人物からの襲撃など、様々な要素に囲まれながら、ビアンボはシャルビューク夫人の狂気にとりつかれていき…。
というような話です。
ネット上でなかなかいい評判だったのを見かけたのでちょっと読んでみました。
冒頭、ビアンボがシャルビューク夫人に出会うまで(40ペ^ジぐらいですけど)は結構きつかったですね。なかなか物語を読み進められなくて、どうしようかと思いました。ただ、ビアンボがシャルビューク夫人と出会ってからはかなり面白い展開で、全体的にはなかなか面白い作品だと思いました。
圧巻なのが、シャルビューク夫人が語る生い立ちですね。その生い立ちを聞きながらビアンボはシャルビューク夫人の姿を想像しなくてはいけないのですが、この生い立ちがなかなかとんでもない話なわけです。要するに、特殊な占い師であった父親の手伝いをしている内に自分は予言者になってしまい、それによって成功したという話なわけですけど、細部の緻密なこと緻密なこと。よくもまあこんな与太話をこれだけリアルな話として語ることが出来るものだなぁ、と感心しました。彼女の子どもの頃の姿や、成長していくに連れ屏風の後ろに隠れてしまうようになってしまうまでの姿が思い浮かんでくるのではないかと思えてしまうくらい、シャルビューク夫人の語る生い立ちは真に迫っていたと思いました。
それに、全体的に謎めいたストーリー展開なのもなかなかいいですね。顔を見ることなく肖像画を描くというのがもちろん一番の謎になりますが、目から血を流して死ぬ女性や、シャルビュークの登場など、外野でもなかなかいろんなことが立て続けに起こったりします。
しかし、要素だけ見るとなかなかミステリ的なお膳立てがされるのだけど、物語自体はミステリっぽい展開はしないですね。なので本作を読みながらミステリっぽい展開を期待するとちょっと裏切られるかもしれません。ラストの展開はちょっとイマイチかなと思わなくもないですけど、ミステリだと思わなければまあ悪くないかなと思える、そんな感じでした。
ビアンボの恋人であるサマンサや、ビアンボに協力して手を尽くしてくれる知人画家であるシェンツなんかがなかなかいい味を出しているわけです。特にサマンサの存在はピリリと利いていて、物語を小気味に展開するのに大いに役に立っています。ビアンボとサマンサの関係の展開についても不満がないではないですけど、まあ仕方がないかもしれないな、と思ったりもします。
この著者は、デビュー長編である「白い果実」で世界幻想文学大賞を受賞したようで、本作でも同じ賞にノミネートされたのだそうです。また、「ガラスのなかの少女」という作品でMWA最優秀ペーパーバック賞を受賞し、ミステリ作家としても高い評価を受けているようです。本作も、なかなかいい作品だと思いました。外国人作家の作品が苦手という人でも割と読めるのではないかと思います(何故なら登場人物がそんなに多くないからです)。物語全体がどう展開するかよりも、ビアンボがいかにしてシャルビューク夫人の語りによって囚われていくのかというのを追っていくのがなかなか楽しいと思います。

ジェフェリー・フォード「シャルビューク夫人の肖像」


シャルビューク夫人の肖像文庫

シャルビューク夫人の肖像文庫
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