評伝ものが好きです。

ただし世阿弥(ぜあみ)は室町時代の能役者。著作は残っているものの、2007年の今では調べても分からない部分が多いわけです。


秘花 秘花
瀬戸内 寂聴 (2007/05)
新潮社

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たとえば最相葉月【星新一 一〇〇一話をつくった人】は、関係者に取材し膨大なデータを駆使して、著者自身の感情を排除して書かれたノンフィクション。

星新一 一〇〇一話をつくった人 星新一 一〇〇一話をつくった人
最相 葉月 (2007/03)
新潮社

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かたや本書はデータを踏まえたうえに著者の想像を広げて書かれ、ノンフィクションというより小説の香りが強い。



まずは世阿弥の基本データ。

観阿弥(かんあみ)を父にもち、幼いころから芸を仕込まれて育ちました。ときの将軍・足利義満がパトロンになり、若く美しい世阿弥は都のスターになります。

しかし72歳のとき、六代将軍の足利義教によって、何の罪もないのに島流しにされてしまいます。



物語は漆黒の闇で始まり、著者の生みの苦しみと作品に対する執念、そして世阿弥の芸に対する執念が絡まり合うかのようです。

つづく一章では、序章の闇をざっくり切りひらくかのように、広々とした海の景色がぱーっと広がります。

とても映像的なオープニング。



世阿弥は佐渡へ向かう船に揺られながら、これまでの人生をゆっくりと振り返ります。

若いころは絶世の美少年で、義満将軍に一目で気に入られます。



……足利義満って両刀遣いなんですね、ええ。

このとき世阿弥はわずか12歳。現代ならば義満公は間違いなく逮捕されるでしょうが、なにせ室町時代です。将軍こそがルールブック。誰にも止めようがない。

また、一座をひきいる観阿弥が芸で都を制覇するためには、将軍のお墨付きがどうしても必要で、それを勝ち取るための武器が、息子の世阿弥の美しさだったわけです。

将軍と世阿弥が寄り添うシーンは妖しく芳しい色香が漂い、毒気にあてられて目まいがするようです。



足利尊氏という偉大な祖父を持ち、地位も財力も生まれながらにして備わった義満。きれいな男や女を常に身の回りにはべらせ、その日その日の気分で選んだ一人を寝室に「お持ち帰り」しちゃう。

かたや芸事ひとつで生きる観阿弥・世阿弥親子。将軍をはじめとする高貴な人々に気に入られるためには、芸だけ磨けばいいってものじゃない。漢詩や和歌など基本的な教養を身につけ、蹴鞠(けまり)をおぼえ、酒の席での礼儀作法や気配りを忘れない。



そうやって懸命に心を尽くしても、将軍が代替わりすると状況は一変。世阿弥に代わる新しいスターが将軍の寵愛を受けます。いっぽう家庭内では跡継ぎを誰にするかという問題も浮上します。

その挙句、まるで石ころがポーンと蹴り飛ばされるように都を追われる。

華々しい過去を持つ世阿弥だけに、島での生活が始まった当初は苦悩しますが、やがて苦悩を超越して悟りの境地に入っていきます。このへんの描き方は仏門に入られた寂聴先生らしい感じがします。



本書の一章から四章のうち、三章までは世阿弥の視点で書かれますが、四章は島で世阿弥の世話をした女性の視点です。

世阿弥が島でどんな晩年を送ったのかは、データ的にはよくわかっていないんですね。だからこそ寂聴先生はご興味をもたれ、その心中を探ってみたいとお思いになられたのでしょう。

この「四章」のために、一章・二章・三章があると言ってもいい。

それはそれは美しいです。せつないです。



もうねぇ……ラストはただただ泣きました。

横尾忠則さんによる装幀と題字もすごくいい。書店で表紙だけでも眺めてみてください。


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