時は昭和30年代末から40年代。東京の下町、アカシア商店街。
レコード屋のスピーカーからは「アカシアの雨がやむとき」が流れ、「幸子書房」という名の古本屋の店の奥では、芥川龍之介似の老店主がいつも煙草をふかしている。
商店街にほど近い「覚智寺」というお寺のどこかはあの世に繋がっているらしい。
「ですから昔から、この寺の近くでは奇妙なことが、ちょくちょく起こるとか起こらないとか……きっと何かが、ねじくれてしまっているのでしょうね」 古本屋の店主の言葉通り、アカシア商店街とその周辺で起きる不思議なできごとを描く連作短編集。
私の記憶にある「昭和」はもう少し後なのに、なぜかほのぼのと郷愁を誘われる。
何もかもが今ほど便利ではなくて、誰もがもっとのんびりしていた時代。
世間を騒がせた大事件から、当時の流行歌、ドラマなど、時事風俗を絡めつつ、生者と死者のほんの一時の交流や、時空を超えた恋の行方など、作者の語りの巧さに引き込まれ一気に読んだ。
「紫陽花のころ」「夏の落し文」「栞の恋」「おんなごころ」「ひかり猫」「朱鷺色の兆」「枯葉の天使」の全7編。
「夏の落し文」は、重い小児喘息を患う小学3年生の弟 啓介と、歳に不釣合いなほど聡明な小学5年生の兄 秀則のお話。
ある年の夏、アカシア商店街のあちこちに、奇妙な貼り紙が見つかる。
全てがカタカナの筆文字で書かれたそれは、どうやら啓介がこの夏の間に死ぬという予言らしい。
どう考えてもこの世の者ではない貼り紙の主の正体もさることながら、この あまりにも出来過ぎた兄はいったい何者だったのかと思う。
「優しくされて嬉しいと思ったら、お前も誰かに優しくしてあげろよ。そしたらいつか、世界中のみんなが優しくなるから」 こんな言葉をさらりと言える兄を、弟が自慢に思わないわけがない。
世の中の悲しいことのすべてを見たようなあんな目が、わずか十歳の少年だった兄になぜできたのだろう。 難病を患う子どもの中には、歳不相応に達観した目をした子どもがいて、聞き分けがよくて我慢強いのが、周りの大人にしてみると余計に不憫で切ない。
この兄は、そういう子どもたちを思い出させる。
勉強もスポーツも何でもよくできて、弟思いで、健康な少年が、そんな目をしていたのだ。
啓介にとって、兄 秀則は、永遠のスーパーヒーローに違いない。
最後の一文に、あやうく泣きそうになった。
「栞の恋」は、ジャック・フィニイの短編「愛の手紙」を髣髴とさせる。
あちらはアンティークの机、こちらは戦時中に出版された稀覯本。
けれど、こちらの結末のほうが より切ない。
「ひかり猫」は、漫画家を夢見て上京してきた「私」の部屋を訪ねてくる 魂だけの猫のお話。
生きている猫の仕草そのままに、「私」にじゃれつく光の球のような猫がかわいらしい。
世の中には―――寂しい思いをしているものが、たくさんいる ひかり猫の正体を知った「私」は、しみじみとそう思う。
自分だけが寂しい、辛いと自分自身を哀れむことは、とても簡単で心地良い。
でも、それだとそこで行き止まってしまう。
郷里に帰って、ほかの仕事をしながらも夢を諦めずに漫画を描き続けた「私」は、辛くなる度にひかり猫を思い出す。
そうして、もう少しがんばってみようと思う。
良いお話だった。
謙虚で努力家で、心優しい彼が ちゃんと報われる結末だったことにほっとする。
ひとつ前のお話が、どうにもやりきれない結末だったもので…
そういう意味でも、話の順番って大事だなぁと思った。
最終話の「枯葉の天使」では、ようやく幸子書房の店主の過去が明らかになる。
時系列がバラバラだということに今更ながら気付き、一話目の「紫陽花のころ」で、店主が額に入れて眺めていた桜の枯葉はこれだったのか!と納得。
最終話は、「おんなごころ」の事件の数年後で、「紫陽花のころ」よりも前の出来事ということになる。
「難解な言葉なんか一言たりとも使っちゃいないのに、この豊かな詩興はどうだろう」という感想、そして辿った生涯からも、金子みすゞを連想させる夭折の詩人と 幸子書房の店主の繋がりはすぐに察しがつくが…
予想外の展開が待ち受けている。
後年、寂れてしまったアカシア商店街の描写がところどころに見られるが、その物悲しさも、最終話で時間がぐるりと過去へ戻ってしまうので、不思議とやわらぐ。
最終話から第1話へと話が繋がるため、あたかも時間の環の中に昭和の一時期が閉じ込められ、ずーっとそこに存在するかのような。
ちょっと怖いけど郷愁を誘われる、良い作品だった。
ただ、帯のあの
「涙腺崩壊」というでっかい文字はやめて欲しいと思った(笑)
さあ泣け!と言わんばかりの惹句を見ると、読む前から構えちゃって素直に泣けません。
さくらさんのレビューを読んでなかったら、書店で見かけても、あの帯にドン引きして手に取ることはなかったと思う。
さくらさん、ありがと~^^


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