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2010年02月15日

いっぺんさん 朱川湊人

評価:
朱川 湊人
実業之日本社

<願いは必ず叶う。ただし、いっぺんだけなあ>

久々にノスタルジックホラーの名手、朱川さんの新作を(ちょっと遅れましたが)読みました。まさにノスタルジックホラーという感じの作品で、やはり、いいなあ。ホラー嫌いの人にもこんなホラーなら読めるのでは。懐かしい香りのする8つの話です。

『花まんま』の直木賞作家が描く命と友情と小さな奇跡の物語。田舎で出合った8つの不思議ストーリー。【BOOKデータベースより】

何といっても表題作「いっぺんさん」がいいですね。友人のしーちゃんといっぺんしか願いを叶えない神様を探しに山に向う。やっとたどり着いた先で願い事をする二人だが。そこから急展開します。二人は、どんな願い事をするのかというところが、この話のキモなんですが、主人公の少年の願い事が、予期せぬことで叶うことになります。そこが、感動するんですねー。短編なので、それもホラーとミステリの融合している作品なので、このぐらいしか書けないのが残念。

鳥がおみくじをする手伝いをする少年。ヤマガラのチュンスケとの交流を描く「小さなふしぎ」もいい。これ昔、どこかで見た鳥の芸だよなー。そして、時代の背景がとっても朱川さんらしいんです。『わくらば日記』にも同じ様な感想を持ったんですが、戦争が終わってからの時代をしっかり、背景にしています。そういう背景だからこそ、チュンスケと少年の交流が心に沁みるんですね。

ホラーだから当然怖いです。『コドモノクニ』の四つの話の怖さ。これ恐怖の四季ですよね。決して、子供達に聞かせられない。昔話をモチーフに朱川流のホラーです。
その他、不思議な村にたどり着き、快楽にふける青年の話「逆井水」。とっても不気味な話「蛇霊憑き」。一転、悲しい物語「八十八姫」など、まさに朱川ワールド全開です。

やっぱり、朱川ホラーは心に沁みる。「いっぺんさん」があまりに良くて、他の作品が少しかすむ気もしますが、様々に楽しめました。
あっ、裏表紙にもちゃんと仕掛けが。これがまた感動するんです。

ぜひぜひ、このノスタルジックホラーの秀作を読まれることをオススメします。
また『花まんま』を読みたくなりました。

2010年01月13日

100冊文庫の20冊追加

SNS「やっぱり本を読む人々。」の投票企画、「100冊文庫」にこのほど、20冊が追加されました! メンバーの推薦、投票を経た結果は以下の通り。

「博士の愛した数式」小川洋子
「風が強く吹いている」三浦しをん
「夜は短し歩けよ乙女」森見登美彦
「それからはスープのことばかり考えて暮らした」吉田篤弘
「一瞬の風になれ」佐藤多佳子
「人間失格」太宰治
「国盗り物語」司馬遼太郎
「悲しみよこんにちは」フランソワーズ・サガン
「イン・ザ・プール」奥田英朗
「流星ワゴン」重松清
「贖罪」イアン・マキューアン
「マシアス・ギリの失脚」池澤夏樹
「一九八四年」ジョージ・オーウェル
「雪沼とその周辺」堀江敏幸
「裏庭」梨木香歩
「料理人」 ハリー・クレッシング
「泣き虫弱虫諸葛孔明〈第1部〉」酒見賢一
「赤い竪琴」津原泰水
「八朔の雪―みをつくし料理帖」高田郁
「千年の黙 異本源氏物語」 森谷明子

私の既読率は半数弱。「雪沼とその周辺」が面白そうだなあ。

2009年12月11日

「下りの船」佐藤哲也

下りの船 (想像力の文学)
下りの船 (想像力の文学)
  • 発売元: 早川書房
  • 価格: ¥ 1,680
  • 発売日: 2009/07/09
  • 売上ランキング: 139150


日本SF大賞の候補になったのではじめて名前を知った本。
(日本SF大賞は故伊藤計劃氏の「ハーモニー」に決定したようです。
おめでとうございます。改めてご冥福をお祈りいたします)
で、この本をきっかけに、ハヤカワ書房が「想像力の文学」というシリーズを
刊行しているのも知り、他にも1冊読んでみました(津原泰水氏の「バレエ・メカニック」)
どちらも私の陳腐な想像力など軽く飛び越えて、見たこともない世界に連れて行ってくれました。
すごいですねこのシリーズ。今後も読みたいです。

装丁、イラスト(写真?)部分は帯なんですかね。
図書館で借りた本は真っ白でした。いいですね、この装丁・・・。

2009年10月29日

「激しく、速やかな死」佐藤亜紀

激しく、速やかな死
激しく、速やかな死
  • 発売元: 文藝春秋
  • 価格: ¥ 1,400
  • 発売日: 2009/06
  • 売上ランキング: 52671
  • おすすめ度 4.0


短編集は初めて読むような気がします。佐藤亜紀さん。
読む前にどなたかの感想を読んで、「時代背景がわからず知識不足で」
あまり理解できなかったようなことが書かれていたので、
ちらっとネットで、例えば「サド伯爵」とか検索してはだらだら読んで、
それから読んでみたのだけれど、そんなにわか勉強でとても理解できる
レベルではなく、私も時代背景とかさっぱりわかりませんでした。
日本史専攻の私は、世界史は全く門外漢で、一般的な知識もあるかないかで、
もうここまでわからないといっそ清々しいね、と開き直れるくらいで。

それでも面白く読みました。わかんない話もあったけど、
すんごく面白いのもあって、全体的にはやっぱりすごい本だった。

2009年09月10日

「廃墟に乞う」

 山本は苦しげに息を吐いてから言った。
「そうだ。はずみだ」
仙道は、不意に自分の肩が重くなったことを意識した。巨人が肩に両の手を置いたかのようだ。どうだ、おれの重さに耐えられるかと、そう問うているように。

「廃墟に乞う」佐々木譲著(文藝春秋) ISBN: 9784163283302

捜査に関わったある事件がもとでPTSDを患い、休職中の道警刑事、仙道。「個人的に」相談を受けて、事件に関わっていく連作短編集。

気になっていた作家を初読み。大評判だった「警官の血」はうっかり先にテレビドラマで観てしまい、ほかのシリーズ物も面白そうだけれど順に読んでいくと時間がかかると思って、まずは最近出た短編集を手にとった。
謎解きも事件を取り巻く人間関係も淡々と描かれていて、はじめのうちは読みやすい筆致と相まって、なんだかあっけない印象を受けた。けれど読み進むうち、味わいが深まる。自らも心に傷を抱える仙道は、人の罪、人の愚かさに対して敏感だ。一見クールにふるまっているけれど、その陰には刑事でありながら、あたかも罪の直視を避けるような、震える思いが潜んでいる。

1作ごとに、舞台は北海道の各地を転々とする。観光地、炭坑跡、漁港、牧場…。経済の閉塞を背景にしているのだろう、モノクロの、どこか殺伐とした風景が通奏低音となっていて余韻を残す。(2009・9)

書評「廃墟に乞う」 佐々木譲  身勝手な書評たち

2009年07月10日

佐藤亜紀「雲雀」

雲雀 (文春文庫)雲雀 (文春文庫)
(2007/05)
佐藤 亜紀

商品詳細を見る


「王国」「花嫁」「猟犬」「雲雀」の四編から成る、「天使」の姉妹編です。
以前書いた「天使」の記事はこちらから。


「天使」では詳しく書かれていなかったジェルジュの両親の事情や、
ジェルジュの実父グレゴールと養い親であるスタイニッツ男爵との因縁も明らかにされます。


とはいえ、「天使」を読んでからずいぶんと経っているので、覚えていないことも多々あり。

最初の「王国」で挫折しそうになりましたが、「いやいや、せめてジェルジュが登場するまでは頑張ろうぜ、自分!」
…と思って読んでいるうちに、夢中になりました。


そうそう、こういう文章を書くひとだった!
説明というものをぎりぎりまで削ぎ落としたような文章なんですよ。
時代背景や、作中では「感覚」と呼ばれる特殊能力、果ては人物の容姿に至るまで、説明がほとんど無い。
でも、読んでいるうちに慣れてきて、見覚えのない人物名に「前に出てきたっけ?」と焦って、いちいち前のページに戻って読み返すなんてこともなくなります。


ところで、前から思ってたんですが、「天使」のアオリ文句「堕天使たちのサイキック・ウォーズ」っていうの、なんとかならないんでしょうか。
あまりに語弊がありすぎる…。
サイキック・ウォーズなんて言うと、ド派手な超能力バトルが繰り広げられるSFアクションみたいに聞こえるじゃありませんか。
いや、超能力者が暗躍するならジャンルはSFになるのかもしれないけど。

でも、例えば梨木香歩さんの「家守綺譚」を、河童や桜鬼や竜が出てくるからといって「ファンタジー」とは呼びたくないのと一緒で、「天使」や「雲雀」を「SF」とは呼びたくない。
なんだか、そういうジャンル分けが似合わないんですよ。
寧ろ、硬質な文体は純文学に近いような気がする。

それに、ジェルジュをはじめとする超能力者たちは、堕天使ではないでしょう…。



閑話休題。

「王国」は「天使」の時間軸の中のお話で、
「花嫁」は「天使」より前、ジェルジュが生まれる前の、父グレゴールと母ヴィリの物語。
そして、「猟犬」と「雲雀」は「天使」の後です。

ひどい父親だと思っていたグレゴールですが、「花嫁」を読むと、ちょっと同情してしまう。

「あなたが好きよ、グレゴール」
「おれが出て行くから言うんだろ」
「そうだけど、でも好きよ」


この辺りの、ふたりの会話が好き。


「猟犬」では、ジェルジュがかつてボスニアで出会ったヨヴァンが、「狂犬」なんて物騒な異名をぶら下げて登場。

もっとも、ヨヴァンがジェルジュに向ける憎悪は「可愛さ余って憎さ百倍」の類だったようで。
負けを認めてからのヨヴァンは「君には勝てないのかな」なんて、妙に可愛いことを言ってくれて潔い。

そして「雲雀」

1話目の「王国」でジェルジュに拾われたオットーとカールの兄弟が、ここで再び登場します。
前線の兵士だった彼らが、ジェルジュの部下になって内勤に精を出してる!
しかも、兄のオットーはなかなかの切れ者です。


養い親のスタイニッツ男爵を看取り、全ての後始末を終えたら消えるつもりのジェルジュ。
スタイニッツの仕事をそのまま引き継ぐこともできたけれど、彼にそのつもりはありません。
ただ、ジェルジュが今までやっていた「仕事」の内容が内容だけに、辞めるなんて言ったら別の意味で消されかねない。
スタイニッツには死ぬ間際まで心配され、今はオットーやカールを心配させているというのに、当のジェルジュは焦るそぶりもなく。


ここでギゼラが出てきたのは意外でした。
大公の姪だっけ?というくらいしか記憶にありませんでしたよ。
およそ何に対しても執着のなさそうなジェルジュが、まだギゼラを好きだったというのも意外。


ようやく自由になったジェルジュとギゼラの道行きを助けてくれたのはオットーとカール。
なるほど、あの有価証券はガソリン代か(笑)


タイトルの「雲雀」は、ジェルジュのことですね。
「感覚」という翼があっても決して自由には飛べなかった彼が、やっと羽ばたいた夏の空。

真夏の小鳥は木漏日のように輝くのだそうです。


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2009年07月05日

「永遠の森 博物館惑星」菅浩江

永遠の森  博物館惑星 (ハヤカワ文庫JA)
永遠の森 博物館惑星 (ハヤカワ文庫JA)
  • 発売元: 早川書房
  • 価格: ¥ 798
  • 発売日: 2004/03/09
  • 売上ランキング: 129172
  • おすすめ度 4.5


地球の芸術品が一堂に会している衛星アフロディーテでは、自分の脳とコンピューターとに
直接接続した学芸員がいる。
メインコンピューターに接続できる上位学芸員の田代孝弘は、美術部門や音楽部門、
植物部門という組織のいざこざへの対応をいつも任されてうんざり。
例えばピアノだって、芸術的価値が高いと美術部門が出しゃばり、木材だからと植物部門まで
しゃしゃり出て、どこが担当するか収集つかない。
そんな場所にやってくる数々の有形無形の芸術たちに対峙しながら、
人と芸術の関わりについて考えたりしながら、温かい雰囲気に包まれる連作短編。

2009年07月03日

■ ロードムービー 辻村深月

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辻村 深月
講談社 2008-10-24

by G-Tools

誰もが不安を抱えて歩き続ける、未来への“道”。子どもが感じる無力感、青春の生きにくさ、幼さゆえの不器用…。それぞれの物語を、優しく包み込んで真正面から描いた珠玉の三編を収録。涙がこぼれ落ちる感動の欠片が、私たちの背中をそっと押してくれます。はじめましての方にも、ずっと応援してくれた方にも。大好きな“彼ら”にも、きっとまた会えるはず。《出版社より》
「冷たい校舎の時は止まる」をすっかり忘れてしまってから読んだので、ああ、確かにこの人はどっかに出てきたような名前だが全然思い出せない…というような事の連続で(^_^;)。もう一度、「冷たい〜」を再読してから、この本を読み返そうと思います。でも、この本単独でも、わりと好きだったなあ。

○ ロードムービー
ワタルと友達になったことで、今まではクラスの人気者だったのに、いじめられっ子に転落してしまったトシ。いじめはエスカレートしますが、トシとワタルは友情を深めていきます。トシも、ワタルも、それぞれに素敵な子でした。あと、うん、どんでん返しにはまんまとやられました!

□ 道の先
塾講師のアルバイトになった俺は、先生いじめが趣味で、今まで数々の先生を辞めさせてきた千晶という少女に、なぜか気に入られてしまいます。教室では女王様のようにふるまう彼女ですが、彼女には彼女なりに悩みがありました。優しい…というよりは、押しに弱くて優柔不断な「俺」は、いい教師とは言えないかもしれませんが、彼もまた成長途中の学生さん。彼の優しさに触れた事が、千晶にとって、長い目で見て良い経験になるといいなあ、と、思いました。

△ 雪の降る道
自分と同じ名前の親友が死んでしまい、その後寝込む事が多くなったヒロと、毎日見舞いにくるみいちゃん。ある日ヒロは苛立ちに任せて、みいちゃんに酷い言葉を浴びせてしまったのですが…。すごくいい話で、感動的な話だったんだけど、なぜか印象が薄い…。この短編は、おそらく奥が深いの少けれども、ちょっと残念。

2009年07月03日

星虫年代記1 星虫/イーシャの舟/バレンタイン・デイツ(岩本隆雄)

さて、死ぬほど時間がないのでさっさと内容に入ろうと思います。睡魔が僕の読書時間をあっさり奪っていくのです…。
本書は、かつて単行本として出版されていた「星虫」(こちらは第一回日本ファンタジーノベル大賞最終候補作)・「イーシャの舟」の合本に、「バレンタイン・デイツ」という書き下ろしの短編を収録した作品です。

「星虫」
地球環境はあと100年で崩壊してしまうと予測されている世界で、宇宙飛行士になりたいと思っている高校生の氷室友美。世界では、宇宙空間に人工の居住環境を作り出すプロジェクトが始まろうとしていて、きっといつか宇宙飛行士の需要があるはずなのだ。
しかし、宇宙飛行士になりたいというと、笑われるか猛反対されるかのどちらかだったこれまでの人生を振り返って、友美は優等生のフリをして過ごすことにした。学校では優等生だが、宇宙飛行士になるためのとレーニングは欠かさない。
そんなある日のこと。世界中の人々の大半にとんでもないことが起こった。
夏休み最後の日。後に<星虫>と名付けられることになる宇宙生物に多くの人が寄生されることになったのだ。この生き物は人間の額に吸着することで、宿主のあらゆる感覚を増幅させるという能力を持っていた。
人体に害はなさそうだということでそのままにしている人が多かったが、しかし次第に状況は変化していく。<星虫>に振り回される一週間を描いた作品。

「イーシャの舟」
廃品回収を営む偏屈婆に奴隷としてこき使われている年輝は、ある日山で美女の頼みを聞いて池に向かったところ、そこで恐るべき怪物を目にしてしまう。友人に話をすると、それは天邪鬼ではないか、という。何にしても妖怪だ。妖怪は場所に憑く。年輝に憑くということはないだろう、ということだった。
しかし年輝は、家にいる時もその怪物を見てしまうことになる。
年輝に頼みごとをした美女は、その怪物は幻覚だという。池に幻覚物質が埋め込まれていたのだ、と。しかしそうではないことは年輝が一番よく知っている。
年輝はその怪物と一緒に暮らすことにしたのだ。
暴れん坊で困った奴だが、どうにも憎めない。まるで昔飼ってた犬みたいだ。世話は焼けるけど、毎日が楽しい。
しかし、年輝が初めて怪物を見かけた池からとんでもないものが発見されて、事態はどんどんおかしな方向へ進んで行き…。

「バレンタイン・デイツ」
星虫事件で有名になった氷室友美と相沢広樹は、バレンタインデーのこの日、<初デート>をすることになった。しかしぎこちない。そんな時、ある夫婦に出会うことになるのだが…。

というような話です。
売場に置いててそこそこ売れていたのと、「星虫」という作品が第一回日本ファンタジーノベル大賞最終候補作だと知って読もうと思いました。第一回日本ファンタジーノベル大賞と言えば、新人賞のレベルを桁違いに超えていると言われた(それぐらい高い評価だったと思う)、酒見賢一の「後宮小説」が大賞受賞だった回で、その最終候補に残ったというならなかなかレベルは高いんじゃないか、と思ったわけなんですね。
期待がちょっと高すぎたのかもしれないけど、全体としてはまあまあという感じでした。
どちらの作品も、結構面白いんですけど、うまく説明できないけど、なんか足りないよなぁという感じがしてしまうんですね。
でそれは、ライトノベルを読んだ時に感じるような物足りなさなんです。ライトノベルも、まあ悪くないかなというレベルのものもあるけど、それでも何か物足りないと感じることが多いです(そんなに読んだことはないんだけど)。本書は、僕が読んだ合本版では表紙がライトノベルっぽい感じになってるけど、元々は新潮社が単行本として出しているので、ライトノベルっぽい感じではなかったと思います。本の作り(表紙とか挿絵とか)がライトノベルっぽかったからそんな風に感じたのかもしれませんけど。
「星虫」にしても「イーシャの舟」にしても、異形の存在が出てきます。「星虫」の場合は<星虫>という謎の生物、そして「イーシャの舟」の場合は天邪鬼と呼ばれる変な妖怪です。どちらの話も、この異形に人類が振り回されていく、という感じの話です。あ、一応ですけど、「星虫」と「イーシャの舟」というのは話としては関連性のある物語です。
どちらも異形の存在があれこれ振り回す話なんだけど、でもがっちがちのSFという感じでもないんです。というかSFっていうかファンタジーですね、やっぱり。人間関係とか仲間同士でのやり取りとか、そういう部分が結構面白い作品で、それもやっぱりちょっとライトノベルっぽいかもとか思いました。
キャラクターは、いろいろと違和感を感じる部分がないではないけど、でもなかなか魅力的なのがいたなと思います。「星虫」の方では、やっぱり氷室友美と相沢広樹でしょう。友美は本当の自分を隠して優等生を振舞っているオテンバ娘で、段々と地が出てくる。藍沢は、<寝太郎>と言われるくらいいつも寝てばっかりの適当な男だったのに、これもどんどん変わっていく。その二人の変わりっぷりはなかなか面白いです。この二人が、信念を持って<星虫>と対峙する辺りはなかなかいいなと思いました。
「イーシャの舟」の方では、年輝と天邪鬼がよかったですね。年輝は巨漢で怪力なんだけどお人好しの馬鹿で、なんだかいろいろヤキモキしますね。もう少しずるく生きてもいいだろう、と何度も思います。まあでも最終的には、そのお人好しの部分がよかったんだろうなぁ。天邪鬼は、まあこれはこれで困った奴ですけど、どんどん変わっていくんでその成長っぷりが面白いですね。まあ、ちょっと違和感を感じる部分もないではないですけどね。
あと、ツンデレの和美とか、スーパー小学生の純とか、なかなか面白いキャラクターが揃っていたなと思います。
時間がないのでこれぐらいにしますが、全体としては普通に面白く読める作品だと思います。すごく絶賛というわけでもないので、期待しすぎないで読めば結構面白いと思います。

岩本隆雄「星虫年代記1 星虫/イーシャの舟/バレンタイン・デイツ」

2009年06月27日

僕たちのミシシッピ・リバー 季節風・夏(重松清)

今「すべらない話」を見ながらこれを書いています。やるって知らなかったんですけど、やっぱ見ちゃいますね、これ。普段テレビを見るのって、週に2時間弱なんだけど、こういう時、テレビってあってよかったな、と思います。デジタル放送になったらどうしようかなぁ。テレビを買い替える気力がないんだけど。
昨日はしかし大変でした。バイトの話です。僕は文庫の担当をしているんですけど、毎年恒例の夏の100冊と呼ばれる文庫のフェアを展開しました。ただし、集英社と角川書店だけですけど。
元々、新潮社のフェアが今日入ってくるという予定の元で昨日集英社と角川書店を出したわけです。夏の100冊というのは、集英社・角川書店。新潮社が毎年行う規模の大きなフェアですが、入荷するタイミングが微妙に違うんですね。大体新刊が出るのに合わせて入ってくるんですけど。まあもし同時に入ってくるとしたら、運送会社が大変なことになっちゃうだろうから、そういう配慮もあるんだろうけど。
で、いろいろあって今日新潮社が入ってくると思ったんですね。で、昨日は遅番のスタッフも結構たくさんいたということもあって、新潮社が揃わない段階で出してみることにしました。まあ予想は外れましたけど。
しかしまあこれが大変でした。
いや、僕はそのフェアの展開はまったくやってないんです。遅番のスタッフ二人に完全に任せて、僕は一切ノータッチでした。文庫の陳列からPOPやポスター付けまで完全に任せました。
んじゃあ僕は一体何をしていたのか。
夏の100冊を出すスペースには、もともといろんな文庫が置いてあるわけです。夏の100冊を出すスペースを作るために半分ぐらいは返品したわけですけど、残りの半分はまだ売場に残したかったわけです。
僕がやっていたのは、その残したかった文庫を通常の文庫の売場に組み込む、ということを僕はずっとやっていたわけです。
これはキツかった。残したかった文庫は100点弱。これを、フェア台ではない通常の文庫の売場のあちこちに割り振って収めないといけないわけで、これは大変なんてもんじゃありませんでした。
最終的に、1日で10箱弱くらいの返品を作ることになりました。売り場も大幅に変えました。書店は力仕事だと言われるけど、昨日ほどそれを実感することはありませんでした。体力を絞りつくされた感じでした。
しかしまあ、この夏の100冊のフェアを出して、あと半年分の年間フェアを考えれば、しばらく楽になれそうな気がします。ここのところとにかくひたすら忙しかったので、早く一息つきたいなと思います。
「すべらない話」を見ながら書いているのでちょっと適当すぎますかね。すいません。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は12編の短編が収録された短編集です。12個もちゃんと感想を書くのはかなり大変なんで、いつもよりは省略すると思います。

「親知らず」
実家にしばらく滞在して東京へと戻るその帰りの新幹線の中。私はいつもの予感を捉えた。親知らずが痛くなる兆候だ。
子供の頃から、歯医者に行きたくなかった。怖かったのは確かだ。でも、それだけじゃない。歯医者にあったポスター。虫歯のキャラクターがつるはしで歯を打っているあの絵が、どうしても好きになれなかった…。

「あじさい、揺れて」
僕と姉貴は有美さんとレストランにいた。おめでたい話を聞くためだ。おめでたいはずの話を。
有美さんは、僕らの兄の奥さんだった。交通事故で兄が死んでしまうまでは。
有美さんの再婚が決まったのだ。おめでたい話、のはずだ。

「その次の雨の日のために」
不登校になった子供たちに勉強を教えるフリースクールでボランティアをしているノブさんは、残念ながら亮平が戻ってくるという報告を受けたばかりだ。
教師から好かれている子供ではない。生意気で、大人をナメているところがある。
ある日、フリースクールの教師の一人が、亮平を殴った、という話を聞き…。

「ささのは さらさら」
七夕に短冊を書くのが恒例だった。少し前は楽しいイベントだった。お父さんが病気になってからは、何だか悲しいイベントになった。
お父さんが死んで、母と弟の三人暮らしになった。
しばらくして、お母さんが再婚の話をするようになって…。

「風鈴」
カップルばっかり住んでいるアパート。僕らも住み始めた。苗字は別々だったけど。
ある日隣に越してきたカップル。これから結婚をするんだという。僕らは二人で、ギリギリの会話をしながら、それでも相変わらず関係性が変わらなかった。
隣のカップルが部屋に風鈴をつけたみたい。僕が弾くギターの音に重なる…。

「僕たちのミシシッピ・リバー」
転校するトオルに、海を見に行こうと誘われた。僕らは、マーク・トウェインの本にはまっていたのだ。僕たちのミシシッピ・リバーへ向かって自転車を走らせた。
ずっと仲のいい親友だった。トオルが転校してしまうんだと思うと、どうしていいのかわからない…

「魔法使いの絵の具」
田舎で農作業をしながら、幸せな生活を送っていたわたし。夏休みに子供たちのラジオ体操のお手本をしていると、懐かしい人を見かけた。幼馴染みだった。東大に合格した秀才だ。目が合ったと思ったんだけど、向こうはこっちに気付かなかったかな…。

「終わりの後の始まりの前に」
夏が終わった。甲子園を目指して頑張ってきた三年間が終わった。
予選一回戦、強豪と当たった試合の最後の打席が僕だった。
見逃しの三振。ただ、あれは絶対ボールだったと思う…。

「金魚」
久々に実家に戻ると、懐かしい名前を聞いた。ケンちゃん。三十三回忌だ、という。
小学五年生の時、ケンちゃんは川で溺れて死んだ。一緒に祭に行った日の翌日だった。祭りの時にすくった金魚を川に戻そうとして川に落ちたらしい。
息子と祭に行くことにした。あの時と同じで、金魚すくいをした…。

「べっぴんさん」
おばあちゃんは大往生だった。曾孫までいて、100歳には届かなかったけど、おばあちゃんの葬儀はよく頑張ったという感じで半分お祝いだった。
いとこや親戚もたくさん集まって話をした。おばあちゃんの思い出で出てきたのが、ベビーパウダーだった…。

「タカシ丸」
お父さんのお見舞いに行っても、なかなか話すことがない。お母さんは、お父さんは雅也を待ってるんだっていうんだけど、二人きりになるとお父さんが困ったような顔をしているのは気のせいじゃないと思う。
もうお父さんがダメだという時、お父さんが一時帰宅することになった。その日、雅也はお父さんと、夏休みの宿題で船を一緒に作ることになった…。

「虹色メガネ」
メガネだけはどうしても嫌だった。お母さんも店員さんも似合ってるっていうけど、そういう問題じゃない。
クラスメートの川野さんに、メガネちゃんってあだ名をつけたのは私だ。あんなあだ名、つけなきゃよかった…。

というような感じです。やっぱり12編も感想を書くのは厳しいですね。
やっぱり重松清は相変わらず素晴らしい話を書きますね。
全体的にまとまったテーマがあるというわけではないけど、やっぱり重松清の作品だなという感じの、まさに重松清にしか書けない作品を書くなという感じでした。
僕が好きな話は、「あじさい、揺れて」、「ささのは さらさら」、「タカシ丸」、「虹色メガネ」です。
「あじさい、揺れて」は、死んでしまった兄の元奥さんが再婚をする、という微妙な舞台を、実にうまく描いていました。最後の最後に、主人公が有美さんの息子に教えるエピソードなんて大好きです。
「ささのは さらさら」は一番好きかもしれません。前半は、死んでしまったお父さんの話、そして後半は再婚相手の男性との話。その揺れ動く娘心をすごくよく描いているなと思いました。
「タカシ丸」は、まああんな話を書かれたら誰でも泣くだろみたいな話で、まあベタなのかもしれないけど、ベタな話を書いて感動させる作家では重松清はトップクラスなんで、やっぱりいいですね。
「虹色メガネ」は短い話で、しかも人が死んだり家族が大変なことになったりするわけではないんだけど、結構よかったです。視力が弱くなってメガネを掛けなくてはいけなくなったんだけど、クラスメートにメガネちゃんってあだ名をつけてしまったがためにどうしてもメガネを掛けたくない女の子の心情がよかったなと思います。
他の作品もよかったんですが、あれこれ書くと長くなるんでこれぐらいにしておきます。
しかし、作品自体は素晴らしかったんですけど、でもちょっと書きたいことがあるんです。
重松清の作品は、一つ一つはもちろん素晴らしいんだけど、これだけたくさん読んでいると、どうしても感動が薄れつつあるなという感じがあります。
これはどうしてかと考えた時、短編集だからだろうなという気がするんです。
長編の場合、もちろん随所に重松清らしさが出てくるし、似たようなテーマの作品もたくさんあるんだけど、それでも長編という長い話の中でいろいろ書きこんでいくと、作品ごとの特徴というのが出やすくなってくると思うんで、いいと思うんです。
でも、短編の場合って、どうしても作品自体が似てくると思うんですよね。家族という結構広いテーマで作品を書いているんだけど、数が数なだけに、短編同士がどうしても似てきてしまうと思うんです。一つ一つのレベルは高いんだけど、数が飽和してきてしまっているというか。だから、重松清の長編まだ新鮮な感じで読めるんだけど、短編の場合はどうも初めて読む作品なのに新鮮さが薄れてしまう感じがあるな、と本書を読んでちょっと思いました。
重松清は相変わらず好きだし、素晴らしい作家だと思うんだけど、ちょっとしばらく読むのを止めて、また新鮮な感じで読めるようになるのを待とうかなと思ったりしました。
いろいろ書きましたが、作品自体は相変わらず素晴らしいです。いい話を書きます。ぜひ読んでみてください。

重松清「僕たちのミシシッピ・リバー 季節風・夏」

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