吟遊詩人トーマス (ハヤカワ文庫FT)数年越しの積読本「吟遊詩人トーマス」、やっと読了しました。
普段の私ならまず手に取らない類の本なのですが、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの「九年目の魔法」が好きで、そのベースとなっているのが「吟遊詩人トーマス」と「妖精の騎士タム・リン」のバラッドだというので興味を持ったのです。
タム・リンはともかく、エルシルダウンの詩人トーマスは13世紀に実在した人物で、詩人としてより予言者として名高かったそうです。
これは、そのトーマスの伝承を小説にしたもの。
妖精の女王に愛された美貌の吟遊詩人トーマスは、エルフランドで七年間女王に仕えた後、人間界に戻ってきます。
その七年の間、女王がトーマスに約束させたことは、エルフランドの食べものを口にしないことと、女王以外の者とは話さないこと。
トーマスがほかのエルフたちの前で声を出せるのは、吟遊詩人として歌う時だけです。
(※前者は、エルフランドの食べものを食べると二度と人間界に戻ることができなくなるからです。なので、トーマスにはいつも人間界で作られた食べものが用意されていました。さて、後者は…?) トーマスの七年間の奉仕と沈黙に対して、女王から与えられた褒美は「嘘をつけぬ舌」
なんの罰ゲームだよ!?…と思いますね。普通は。
「九年目の魔法」でも、ヒロインがそれを聞いて「そんなのちっともご褒美じゃないじゃない!」と言っていたような。
どうして「嘘をつけぬ舌」が褒美になるのか?
真実しか口にできなくなった吟遊詩人がその後どうなったのか?
その辺りに興味があったので、トーマスがエルフランドで過ごした日々よりも帰ってきてからのほうが面白かったです。
一連の出来事が、ゲイヴィン、トーマス、メグ、エルスペス それぞれの視点で語られます。
ゲイヴィンとメグは、流れ者のトーマスが立ち寄るたびに息子のように迎えてくれた、気の好い羊飼いの夫婦。
エルスペスは、トーマスがエルフランドから帰った後、彼の妻となった女性。
初めて出会った時からトーマスが姿を消すまでをゲイヴィンが、
エルフランドでの日々をトーマスが、
トーマスが帰ってきてから結婚するまでをメグが、
結婚してからその21年後までをエルスペスが語ります。
エルフランドから7年ぶりに帰還したトーマスが、出迎えたメグに発した第一声「なんてきれいなんだ」のところでコケそうになりました。
…嘘はつけないんじゃなかったっけ?
メグはトーマスの母親ほどの年齢で、この時はちょうどパンをこねていて、顔にはベーキングパウダーがついていたんですよ。
一般的に見ると美人ではないはずですが、トーマスにとっては7年ぶりに見る人間の女性、しかも母親のように慕う働き者のメグが、ただただ懐かしく、ほんとうに心からそう思ったのでしょう。
つまりは、トーマスが本心からそう思って発した言葉なら「嘘」ではないわけです。
ちょっとホッとしますね。
「嘘をつけぬ舌」の真の意味は、間もなくわかりました。
トーマスは、どんな質問にも必ず正しい答えを返せるのです。
例えば、王様に「敵国がいつ、どこから攻めてくるのか?」と尋ねられれば迷いなく答え、必ずその通りになります。
お陰でトーマスは、吟遊詩人としてだけでなく、予言者として王侯貴族に重用されるようになりました。
人は好いものの少々軽薄だったトーマスは、「嘘をつけぬ舌」のせいで、思慮深く、言動には慎重にならざるを得なくなり、そうなると夫婦のなんでもない日常会話でさえ常に緊張を孕むことに。
妻のエルスペスは、うっかり余計なことを聞いて、トーマスも自分も知りたくないことを知ってしまわないように気遣わなければならず、油断しているとどんな質問にも答えてしまうトーマスもまた然り。
日常会話がこんなにスリリングだと疲れますよねぇ…。
私だったらきっと、何にも喋れなくなってしまう。
エルスペスは賢いひとで、子どもたちの未来についてトーマスに尋ねることは、決してありませんでした。
この結末、清水玲子さんの漫画「輝夜姫」のラストシーンを思い出します。
でも、「輝夜姫」で最後にひとり残された彼に比べ、エルスペスがそんなに不幸に見えないのはなぜだろう?
エレン・カシュナーの原文は、英語の書き方の授業の教科書にしたいくらい、洗練されていて美しいそうです。
「ピュアでつめたく澄みきっていて、一言一句をのみほしたいほど」と、オースン・スコット・カードが評したと訳者あとがきにありますが、井辻朱美さんの訳文もまた綺麗です。
1991年度世界幻想文学大賞受賞作。
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