さて今日は、スタッフから又聞きした社員のアホな話を書いてみようと思います。
連休中にとあるお客さんから電話があったそうです。それはコミックのフェアに関する問い合わせで、小冊子はまだあるかというものでした。
現在あるサンデーGXコミックとサンデーGX本誌を買ったお客さんに先着順で特別小冊子を配るというフェアをやっているんだそうです。これはあるフェアを注文した書店のみで展開しているそうなのですべての書店でやっているわけではないんですけど、そのお客さんは出版社か何かのHPにウチの名前が載っているのを見て電話を掛けてきてくれたようです。
結果としてウチの店もそのフェアを注文していたし、小冊子も入っていたわけなんですけど、その電話があった時点でウチのスタッフは誰もそのことを把握していませんでした。恐るべきは、コミックの担当者さえもそれを把握していなかったということです。しかも連休中はコミックの担当者は休みで、電話があった時点で店にはいなかったわけです。
とにかくすぐには分からない話だったようで、一旦お客さんの名前と電話番号を控えて、分かったら連絡するという形にしたようです。でそれから、あれこれ調べたり店内にある箱を開けたりして、ようやくウチでもやっているということが判明し、小冊子も見つけたようです。
さて、アホなのはここからです。
スタッフの一人(僕にこの話をしてくれたスタッフ)が、ウチでもやっていて小冊子もあるよとそのお客さんに電話連絡をしようとして、そして社員に、そのお客さん用に小冊子を一部取っておかないとね、と言ったわけです。
するとその社員は、先着順なんだからそんなことしちゃダメでしょ、と言ったようです。
すごくないですか?確かに小冊子は先着順に配布するということになっていますけど、そのお客さんの問い合わせがなかったらウチでも配ってるなんてことは分からなかったわけです(恐らくコミックの担当者が自力で気づくことはなかったでしょう)。それに、今からお客さんに、ウチでも小冊子を配っていましたよ、という連絡をしようっていうのに、そこでお客さんに、でも申し訳ないですけど先着順なのでお早めにご来店ください、とか言えますか?普通に考えれば、お待たせして申し訳ないです。お客様の分は一部取り置いておきますのでレジにてお申し付けください、となるでしょう。
結局そのスタッフが、そんなのはおかしいと言って取り置きすることになったようですが、この話を聞いた時、やっぱりウチの社員ってすごいなと思いました。発想がおかしいんですね。正直こんな話はざらで、ウチのスタッフでまともな人間はみんな、はいはいまたおかしなこと言ってるね、ぐらいなもんです。もうそれぐらい、社員の判断についてはおかしいという認識が浸透しています。
この話を教えてくれたスタッフが、もう一つ別の話もしてくれました。
僕は普段遅番で入っているんだけど、土曜日だけは朝番で入ることにしています。で、最近ようやく遅番の時間にも社員が残るようになったわけなんですけど、そのスタッフが社員の組んだその日のスケジュールはおかしくないか、と朝番で入ってた僕に言ってきたわけです。そのスタッフの意見は半分間違っていましたけど、半分は正しい指摘でした。
で、その話をしている最中に、その日遅番に残る社員がやってきて、僕らの会話に入ってきました。
さてその日、そのスタッフは別の社員からメールが来たそうです。内容は、スケジュールについて言いたいことがあるなら、遅番に社員がいるんだから○○君(僕の名前)じゃなくて社員に言わないと。○○(遅番に残ってた社員の名前)が気にしてたよ、という感じだったようです。
そのスタッフは適当に返信したそうですけど、まあこの状況は致し方ないんですね。結局社員が信頼されていないし、僕の方がまともな判断が出来るとみんなが思っているということなんです。それに、スケジュールの組み方について言えば、僕を含め遅番の人間は散々文句を言っているのに、相変わらず何も考えずにスケジュールを組むので、そういう部分にムカツクという部分ももちろんあったでしょう。
ちょっと前にも、お客さんとのトラブルがあった時に、それに当たったスタッフが社員ではなくて僕に助けを求めるというケースがありました。それがあった日僕は終礼で、何かトラブルがあった時、僕ではなく社員に言わないといけないと思わせないといけない、という話をしましたが、まあ時間がかかるでしょうね。少なくとも、社員より僕の判断の方がまともだと思われている現状では、社員が社員としての存在感を出すのはかなり難しいだろうなと思います。
まあホント、もっと常識的な判断・発想・決断が出来ればいいんですけどね。それが出来ない限り、社員が信頼されるということはないでしょう。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、古典SFの傑作と呼ばれる作品で、僕が今回読んだ古典新訳版が、二年ぐらい前に大学読書人大賞だかを受賞したような気もします。
物語は、突如地球に異星人がやってくるところから始まります。やってくると言っても、姿は一向に見せません。地球の上空に巨大な宇宙船が現れ、そして異星人たちは、その圧倒的な力によって地球を支配しました。
支配したと言っても、具体的に手を出すことはほぼありません。戦争や貧困などを解決できるように、なるべく手を出しすぎない形で人類を統治し、地球に平和で理想的な社会をもたらした。
彼らはオーヴァーロードと呼ばれ、大抵の地球人からは歓迎された。しかし、一部の人間は、オーヴァーロードに反発した。地球にやってきてから一度も姿を見せていないことも不信だし、そもそも最終的に何を目的としているのかがまったく分からない。
長い年月を経て、オーヴァーロードの存在は人類にとって当り前のものになっていったが、しかし相変わらず彼らの目的が分からない。一体異星人たちは、どんな目的で地球を統治しているのだろうか…。
というような感じの作品です。
僕はそもそもそんなにSFが得意ではないんです。それに、SFに限らず古典作品全般があんまり得意ではないです。でも時々古典作品もSFも読みたくなるわけなんですけど。
本書は、やはり古典新訳というだけあって、文章は非常に読みやすかったです。前に、同じくSFの傑作と言われる「星を継ぐもの」を読みましたが、これはストーリーは抜群に面白かったですけど、文章がちょっと読みにくかったです。昔の訳のものを読んだわけではないですけど、やっぱり新訳というのはいいですね。なので、古典作品があんまり得意ではない僕でも割とスムーズに読むことができました。
ただ、SF的な部分というのはあんまり興味が持てなかったです。本書は古典SF作品の傑作として名高いんですけど、僕にはどう傑作なのかあんまり分かりませんでした。やっぱり、これが出た当時に読んだらまた違ってたのかな、という感じはあります。古典作品というのは結局、それが出た当時の背景とセットじゃないと、なかなか入り込めないのかもなぁ、と僕は勝手に思っているんですけど。
人類が異星人に出会い、初めは戸惑い、次第に慣れ、しかしその目的にいまいち納得がいかない、という描写はなかなか面白いなと思いました。実際僕らが本書に出てくるようなオーヴァーロードに出会った時どういう風に対処するのか、それは現実になってみないと分からないけど、でもかなりリアリティのある描写なんじゃないかなと思いました。オーヴァーロードが現れて以降の長い年月の話を描いている作品で、その間の人類の変遷みたいなものを追っていくのは興味深いです。
ただ僕としては、最後がなんかしっくりこなかったんです。本書の最後の最後で、オーヴァーロードたちの目的が明かされるわけなんだけど、何だよそれって感じでした。正直よく分からなかったし、僕が理解できたと思っている部分だけから判断しても、イマイチ納得いかないですね。オーヴァーロードの目的としてはそれでいいかもしれないけど、小説のストーリーとしてそれで面白いのかなぁという感じでした。うまく説明できないんだけど、どうもあんまり納得出来ないなぁ、という感じでした。
まあでも本書を読んで、光文社の古典新訳はまた時々読んでみようかなと思いました。どの作品もそうなのか分からないけど、やっぱり文章が読みやすくなってるだろうからいいなと思います。前に読んだ「飛ぶ教室」とかも面白かったし。まあそんなわけで本書は僕としてはまあそれなりという感じの作品でした。たぶん作品自体がどうこうというわけではなくて、僕に合わなかっただけだと思いますけど。
クラーク「幼年期の終わり」
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