谷間の小さな村で雑貨屋を営むおばあさんは、お店に来る人には誰彼となく、息子のことを話すのが癖でした。
遠くの村に住むという息子夫婦や孫たちのことを話す時、おばあさんの顔はとても生き生きと輝くのです。
でも、村の人たちはみんな知っていました。
おばあさんには息子なんかひとりもいないということを。
何もかも、ひとり暮らしのおばあさんの空想なのです。
何やら物悲しい始まりですが、
ある日ほんとうに、おばあさんのお店に、思い描いていた通りの孫娘が訪ねてきます。
「千枝」と名のるその子は、お父さんが作ったせっけんをお店に置いてほしいと言うのですが…。
ちょっと切なくて、でも、胸が芯からあたたかくなるお話です。
空想の中にしかいないのに、人に話しているうちに本当にいるような気がしてきて、孫娘のためにゆかたを縫い始めるおばあさんが切なくて。
そしたら本当にそんな女の子が訪ねてきて、
孫の名まえは、千枝でしたっけ……。
おばあさんは、うれしくて、ふっと涙が出そうでした。ここのところを読むと、いつも胸がぎゅうっとなります。
20個のせっけんを置いて
「一週間たったら、また来ます」
と言って帰った千枝の次の訪れが、おばあさんには待ち遠しくてたまりません。
ゆかたを縫い上げて、おはぎを作ろうと、もち米と上等のあずきを用意して。
約束の日より一日早くやって来た千枝は、今度はふたりの弟を連れていました。
この子どもたちが、もう、ほんとに可愛いんです!
「あずきとお米が、すぐやわらかくなるように、わたしがおまじないしてあげる」
小さなばらの花びらを、あずきの桶ともち米のお釜に浮かべ、千枝が唱えた呪文は
「のんのんのん」のんのんのん、ですよ!
なんて可愛いおまじない!!!
こうして、ひと晩水につけておかなければやわらかくならないはずのあずきも、もち米も、ふっくりとふくらんで、おはぎはその日のうちに出来上がりました。
おはぎでおなかがいっぱいになって、眠ってしまった子どもたちは、
翌朝にはいなくなっていて、もう二度と会えないのでは…とはらはらしますが、そんなことはなく(^^)
思いもよらぬかたちで、おばあさんが再会した三人の子どもたちは、絵に描いて額に入れて飾っておきたいような可愛らしさです。
(このお話を読み聞かせた後、実際うちの娘は絵に描いてました。)
おばあさんの帰り道を明るく照らすちょうちんのように、読み終えた後、自分の胸の中にもオレンジ色の灯りがほうっとともるような気がします。
私が今手にしている筑摩書房の単行本には、ほかに、
マントの裏地にする赤い生地を求めて手芸店にやって来た猫の話「ひぐれのお客」や
まじめで働き者なのに、それがちっとも報われない料理人見習いの青年が、ふしぎなひらめに出会ったことから道が開けていく「海の館のひらめ」
娘の嫁入り道具のふとんを縫ってほしいと、仕立て屋の女性を呼びとめるカエルの話「秘密の発電所」など全9話が収録されています。
筑摩書房の「遠い野ばらの村」は絶版ですが、偕成社の安房直子コレクション2に「遠い野ばらの村」「ひぐれのお客」「海の館のひらめ」「ふしぎなシャベル」「猫の結婚式」「秘密の発電所」が
6に「野の果ての国」が
7に「初雪のふる日」「エプロンをかけためんどり」が
それぞれ収められています。
何度も同じことを書いたような気がしますが、安房直子さんのお話は、どれも目の前に鮮やかな色彩が浮かんでくるようです。
挿絵は要らないんじゃないの?と思うほど。
例えば、「ひぐれのお客」の猫が語る様々な「赤」や
「秘密の発電所」の百合の花に灯るあかりや、カエルが差し出す青地に八重桜のちりめんなど。
誤解のないように付け加えますが、安房さんの作品の挿絵はどれも素敵です。
ただ、あの文章をカラーの絵にするのは、画家さんにとってかなりのプレッシャーなのでは…と、時々思うのです。
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