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2009年04月29日

『芸術新潮』は「トーヴェ・ヤンソンのすべて」特集

芸術新潮 2009年 05月号 [雑誌]芸術新潮 2009年 05月号 [雑誌]

新潮社 2009-04-25
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『芸術新潮』5月号は「トーヴェ・ヤンソンのすべて」。
先週の金曜日に、冨原真弓訳の「ムーミン」のコミックスを借りている。
なぜか、ムーミンに呼ばれることが多かった先週から今週。

芸術新潮
http://www.shinchosha.co.jp/geishin/

◆ムーミン展が開催中

タンペレ市立美術館・ムーミン谷博物館所蔵 ムーミン展】
会期と会場
・4月29日〜5月18日 大丸ミュージアム・東京
・8月5日〜17日 大丸札幌店7階ホール
・9月5日〜10月25日 おかざき世界子ども美術博物館
・2月12日〜2010年1月11日 長島美術館
・2010年1月16日〜2月7日 みやざきアートセンター
・2010年2月16日〜3月28日 広島県立美術館

2009年04月29日

「きのうの世界」恩田陸

きのうの世界発売元: 講談社価格: ¥ 1,785発売日: 2008/09/04売上ランキング: 147737おすすめ度 posted with Socialtunes at 2009/04/29 普通の会社員市川吾郎がある日突然失踪し、1年後に、遠くの関係ない町で殺された。 その町には塔が3本建っていて、1本は壊れ...

2009年04月28日

Presents(角田光代)

さて本日二つ目の感想。先ほどの続きで、雑誌担当者と遅番との対立の話。今度は雑誌抜きの話を書こうと思います。
雑誌抜きというのは、翌日発売される雑誌の前の号を遅番が売場から抜くという仕事です。元々は朝雑誌開けをするのと一緒にやっていたようなんですが(その時代のことを僕は知りませんが)、いつしか遅番の仕事になったようです。
さて雑誌担当者はよく、遅番は雑誌抜きをきちんとやっていない、と文句を言っているようです。抜き漏れが多い、と不満を垂らしているようです。しかし遅番からすればいろいろと反論があります。
まず雑誌抜きというのをどういう風にやっているのかというのを書きましょう。
まず、雑誌抜きのデータというのを出します。これは、翌日発売される雑誌の前の号が一覧で出てきます。これを元に売場を見ながら雑誌を抜いていく、という形になります。
しかし雑誌抜きには様々な問題があります。
まず、在庫のデータが狂いまくっているという点があります。雑誌抜きのデータには、今店内に何冊あるはずなのか、という在庫数が載っているんですが、この数字が実際の数字と全然違う。1冊2冊見つからないなんていうのは普通で、時には5冊10冊単位でズレがあったりすることもあります。そうなると、雑誌を探している方としては、これですべて抜ききったのか、あるいはまだどこかに隠れているのかという判断が非常にしにくい、ということがあります。
また返品の問題もあります。雑誌は基本的に遅番が抜きますが、雑誌の担当者がこれはもう要らないという判断で返品したり、あるいは雑誌売り場の整理中に汚いからと言って返品されるようなものもあります。問題は、それらの返品をしても、在庫データにすぐ反映されない、という点です。例えば3日前ぐらいにAという雑誌を在庫分すべて返品したとしましょう。しかし在庫のデータに反映されるのが遅いので、雑誌抜きのデータには載ってしまうんです。すると遅番のスタッフは、もう売場にはないはずのAという雑誌を探さなくてはいけないという状況になるわけです。
また雑誌抜きのデータ自体にも問題があります。何故か雑誌抜きのデータに載らないものが結構あるわけなんです。これについては理由はよく分からないんですけど、季刊(3か月に一回とかしか出ない雑誌)は雑誌抜きのデータに載らないことが多いです。この、『雑誌抜きのデータに載らない雑誌があるから、それについては遅番では抜くことが出来ない』という話は以前雑誌担当者に僕が直接言ったことがあるのに、昨日雑誌担当者が遅番のあるスタッフに、『もしかして季刊の雑誌とかは雑誌抜きのデータには載らないですか?』と聞いてきやがったんだそうです。俺が昔その話をしているってのに、お前はそんなことも把握しないでこれまで遅番に文句を言ってたのか!と激しくムカツキますね。
とまあいろいろありますが、正直ここまでのことはまあいいです。システムの問題がほとんどなので、仕方ない部分がある。でも、僕がどうしても許せない点が一つあるわけです。
それは、ストックにしかない雑誌が多すぎる、ということです。
これは完全に雑誌担当者の怠慢なんだけど、売場に一冊も出ていなくてすべてストックにしまわれている雑誌というのが本当に多いんです。もちろん状況としては、売場に出ていた分がその日売り切れてしまって売場になかった、という可能性もありますが、僕なんかはそういう雑誌を見つけるとデータを見るようにしているんです。するとその雑誌はもう2週間くらい一冊も売れていなかったりするんです。つまり、少なくとも二週間はずっとストックにしまわれたままで売場には出ていなかったということになるわけなんです。本当にそういう雑誌がたくさんある。一体雑誌担当者は担当の時間に何をしているんだ、と疑いたくなります。
だから雑誌抜きの時に、売場を探しても全然見つからない。遅番はもう慣れているから、もしかしたら全部ストックにあるかも、と思ってストックもチェックするようにしていますが、こんなメンテナンスも出来ないような雑誌担当者に、雑誌抜きがどうこうとか言われたくない、と僕なんかは思います。
僕のブログを読んでくれている書店員の方からすれば、なんてレベルの低い店なんだろう、と思われることでしょう。もう、まさにその通りです。顔から火が出るほど恥ずかしい。社員は相変わらず担当者の管理をしないので、この売場に出ていないなんていう問題ももちろん把握していないでしょうし、もし万が一把握していたとしても何もする気はないでしょう。そりゃあ雑誌も売れないよ、と思います。
まあそんなわけで、ここ最近様々なことがあり、雑誌担当者と遅番はもう完全に決裂しました。こういう人間に関わるとロクなことがないので、僕はもう一切関わらないようにしようと決意した次第であります。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は今事情があって売らなくてはいけない本で、それでちょっと読んでみることにしました。読む前から予想はしていましたが、やはり僕には合わない作品でした。これは作品のせいというより、合う合わないの問題です。やはり本書は女性向けの作品だなということを確認しました。
12編の短編が収録された短編集です。タイトル通り、どれもプレゼントに関わる話になっています。それぞれの短編のタイトルが、もらったプレゼントになっています。

「名前」
自分の名前が嫌いだった女性の話。子供の頃からずっと嫌で、別の名前になりたかった。大人になって結婚して子供が生まれるという時、名前を考えることになったけど…。

「ランドセル」
他の子供が普通に出来ることが出来ない子供だった。幼稚園から小学校に上がる時も嫌だった。逃げたかった。またどうせきちんと出来ないのは分かっていた。そんな時にもらったランドセル。何でも入りそうなほど大きかった…。

「初キス」
それまで話したことなんてほとんどなかった男子から一緒に帰ろうと言われた。渡したいものがあるんだ、って。今日は私の誕生日。何かくれるつもりなんだろうけど…。

「鍋セット」
田舎から出てきて東京で一人暮らし。狭くて古い家に住まなくてはいけない不安から、上京して引っ越しを手伝ってくれた母に当たってしまう。母は突然、鍋セットを買わないとと言って店に向かうが…

「うに煎餅」
大学時代付き合っていた彼氏に冷たくされて、私は合コンに走った。そこで知り合った百点満点の男。高いレストラン、ホテルのバー、大人な振る舞い…。でもなんか違うような気がする…。

「合い鍵」
八年間付き合った彼に振られた。まさか振られるとは思っていなかった。この八年間、様々なことを乗り越えてきた。このままずっと続くと思っていたのが私だけだなんて恥ずかしい…。

「ヴェール」
結婚式当日。ヴェールだけがまだ届かない。高校時代の友人が作ってくれることになっていた。高校時代、席が近かったからというだけの理由で仲良くなって15年。これからも彼女たちと同じ時を過ごしていくのだろう…。

「記憶」
夫が浮気した。家事のストライキを始めて一週間。もうなんだかどうでもよくなってきた。そんな時、夫が温泉に行こうと言ってきた。付き合って初めて二人で行ったところだ…。

「絵」
結婚後の理想の生活とはほど遠い。私は毎日息子に怒っている。息子は泣くのをこらえたような眼で私を見る。夫に相談してもなしのつぶて。学校からも何度も呼び出しを受けているんだけど…。

「料理」
風邪を引いた。起きていられない。とにかく横になっていると、息子も娘も私の心配なんかまるでせずに夕飯の心配ばかりしている。夫よ、お前もか…。

「ぬいぐるみ」
一人娘の結婚式の朝。結局いつもと変わらない。バタバタしながら式場へと向かう。これでいいのかな、と夫は言う。娘のことではない。私たちのことについてだ…。

「涙」
目が覚めた時、自分がどこの誰で何をしていたのか、最近よく分からなくなる。過去の人生のあらゆる場面が時間続きのようにして目の前に現れることがある。そうか、もう夫は死んだし、幼馴染みもいないのか。形見分けはどうしたらいいだろう…。

というような感じです。
先ほども書きましたけど、ちょっと僕には合わない作品でした。角田光代の作品を読むのは三作目ですが、本書はちょっと合わないです。江國香織なんかは好きなんだけど、恋愛っぽい小説を書く他の女流作家はあんまり合わない。角田光代は別に恋愛に特化している作家というわけでもないんだけど、あんまり合わないです。「対岸の彼女」は結構よかったけど、評判の高い「八日目の蝉」はそこまで言うほどかなぁという感じだったし。だからこの作品も、僕にはダメだったけど、女性が読んだらわかるわかるというような作品なんではないかなと思います。
とにかく装丁が綺麗ですね。中の絵も素敵です。ジャケ買いしていく人も多いんだろうなと思います。
事情があって売らなくてはいけない本なんですが、ウチではなかなか順調に売れています。4/22から昨日(4/27)までで13冊売れています。まあ店の規模がどれくらいか分からないと判断できないでしょうが、ウチの店としてはかなりいいスタートという感じです。
本書を読んでいない時にPOPを作りましたが、しかしそのPOPが超適当なんです。僕が10分で作りました。読んでないから内容に触れられないので、POPの文章はこんな感じです。

『僕からのプレゼントです。
あ、でもお金は払ってください。すいません…』

まあこのPOPがついてるから売れてるなんてことはまずあり得ないでしょうけど、これからもバリバリ売れてくれればいいなと思います。
というわけで、僕はダメでしたが、女性受けする作品ではないかなと思います。装丁も可愛いので目を惹くんではないかと。気になったら読んでみてください。

角田光代「Presents」

2009年04月28日

ZOKURANGER(森博嗣)

今日は感想を二つ書く予定。まず一つ目。
今日の本屋の話は、雑誌担当者と遅番の完全なる決裂の話を書こうかなと思います。また文句ばっかりの文章になりますがお許しを。
前にも書いたことがあるかもしれませんが、雑誌の担当者と遅番スタッフは少し前から険悪な関係になっていたんですけど、ここ最近でそれが完全に決裂してしまいました。いや、雑誌の担当者の側はその完全なる決裂には気づいていないかもしれませんが。本当に、こんなどうしようもない人間がいるのだなと心底感心しました。
経緯はこんな感じです。ある時雑誌担当者が遅番にある仕事を振りました。しかしその仕事について雑誌の担当者から具体的な指示はまったくありませんでした。雑誌の担当者が、「これからは遅番でやってね」という内容を連絡ノートに書いただけで、何をどうしてほしいのかというようなことについては一切何も言われませんでした。
なので遅番のスタッフは毎日試行錯誤をしながらその仕事をすることになりました。どういうやり方が一番効率的か、そして雑誌担当者の意図がまったくわからないなか、こういう感じがいいだろうかというようなことを日々頑張っていたわけです。
その間、雑誌担当者からは一切何の反応もないわけです。こういう感じでやってほしいということも、ここはちょっと直してほしいというようなこともなく、もちろんやってくれてありがとうというような言葉さえも一切なかったわけです。
そんなある日、遅番のスタッフの一人が雑誌担当者にキレられました。理由は、
『勝手に変えないでくれ』
というものでした。その前日、このやり方が最も効率がいいのではないか、というやり方を見出してそれを実行したところ、そういう反応が返ってきたわけです。
勝手に変えないでくれも何も、雑誌担当者からは一切具体的な指示はなかったわけです。その指示に違反しているならともかくも、指示のまったくない状態で日々試行錯誤してやっている人間が怒られるいわれはありません。
そこで、さすがにこれは黙っているわけにはいかないと思い(基本的に僕はこの、雑誌担当者が遅番に依頼した仕事に関してはノータッチだったんですけど)、雑誌担当者に抗議をしましたが、雑誌担当者は自分が悪いということがまったく理解できず、さらに逆ギレというような状況でした。
まずこの段階で大きな溝が生まれます。
それ以降も細かな部分でいろいろとあったわけなんですけど、つい最近こんな話がありました。遅番に依頼した仕事について雑誌担当者が、
『遅番はこんなことをしている。こんなことをするくらいならもっと仕事をしろ』
というようなことを言ったわけです。この、こんなこと、の内容が分からないから何とも反応しづらいでしょうが、それは遅番としては良かれと思ってやっていることだし、まったく文句を言われる筋合いのものではありません。もしそれが文句を言われる筋合いのことであっても、例えば雑誌担当者から一度でも、そういうことはやらなくてもいい、というような指示が出ているのならばそんな言われ方をしても仕方ないですけど、相変わらず雑誌担当者からの反応は一切ないわけで、そんな状況の中でそんなことを言われてもう遅番としては無理だという判断になったわけです。デリケートな問題があって表だってこれを問題に挙げることが難しいんだけど、今はいかにその仕事を遅番がやらなくて済むかという思考に切り替わっています。
もう一つ雑誌抜きの問題もあるんですけど、それはこの次に書く感想へ続く、ということにしたいと思います。
というわけでそろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、「ZOKU」「ZOKUDAM」と続く「ZOKU」シリーズの第三弾(で確か最終巻)です。「ZOKU」は二人の人間がお金を掛けてお互いにイタズラを仕掛け合うという話、「ZOKUDAM」は某有名テーマパークの地下で秘密裏に巨大ロボを作っているという話、そして今回は大学のある委員会のメンバーが戦隊ヒーローのようなユニフォームを着る、というような話です。
研究環境改善委員会のメンバーは、ロミ・品川(イエロー)、永良野乃(ピンク)、ケン・十河(ブルー)、バーブ・斎藤(グリーン)、揖斐純弥(レッド)の五人に、委員長の木曽川大安だ。本書は5つの章から成っていて、各章の主人公が委員長を除く研究環境改善委員会のメンバーになっている。
ロミ・品川は民間企業から大学にやってきた異色の人物だ。大学については右も左も分からない状態だが、実に奇妙な場所であるということはなんとなくわかってきた。委員会もその一つだ。大抵委員長が喋っているだけで議論はない。他のメンバーがいる必要性が感じられないが、しかしそんな委員会がたくさんある。ロミ・品川もいくつもの委員にさせられた。
その一つが研究環境改善委員会だ。この委員会も他の委員会とさほど変わらないと思われた。しかしどこか違う。何かがおかしい。永良野乃が体のサイズを測りに来た。ユニフォームがあるという。ユニフォーム?それを着て一体何をするというのだ。いくら大学が奇妙なところだからと言っても、この奇妙さはおかしいのではないか…。
というのが第一章の話で、それから続く章で他のメンバーの語りになる。永良野乃はちょっと変わった趣味がある。ケン・十河もちょっと変わった趣味がある。バーブ・斎藤にはちょっと変わった能力がある。揖斐純弥にもちょっと変わった能力があり…。
というような話です。
いやはや実に面白い。僕はこの「ZOKU」シリーズは大好きなんですけど、「ZOKU」よりも「ZOKUDAM」の方が、そして「ZOKUDAM」よりも「ZOKURANGER」の方が面白いなぁと思うわけなんです。
とにかく、実に馬鹿馬鹿しい話です。ここまでシュールな展開もないでしょう。大学の委員会の一つが、戦隊ヒーローのような格好をして何か奇妙なことをするだけ、基本的にそれだけの話なんですけど、何でこんなに面白いんでしょう。
本書の面白さの理由はいろいろあるでしょうが、まず大学というのが舞台になっているのが面白いですね。多少誇張している部分もあるんでしょうけど、本書を読むと大学というのは本当に変なところなんだな、というのがよく分かります。実際に国立大学の助教授(今は准教授というらしいですけど)だった著者だからこそ、この雰囲気が出せるのだと思います。いかに変わった人種が揃っているか、いかに無駄な仕事が多いか、というようなことがすごく良く分かるし、また大学に対する森博嗣のスタンスみたいなものも何となく透けて見える気がして(まあ森博嗣に言わせたら、小説に自分の主張や意見を盛り込んでいるつもりはない、となるでしょうが)、面白いと思います。
それに加えて、登場人物が非常に面白い。基本的にストーリーに関わるのは研究環境改善委員会のメンバーくらいですけど、実に多彩なメンバーです。ロミ・品川は研究環境改善委員会の奇妙さに健全な反応をしますが、他のメンバーは既に慣れ切っているために疑問を抱くことはありません。そればかりか、メンバーはもう妄想家ばかりで、その妄想力を駆使してとんでもないことばかり考えるような連中です。ネタばれになるので詳しいことは言えませんが、その妄想がとにかくすごい。しかもその妄想がそれぞれのキャラクターをよく表しているわけで、委員会のメンバーのキャラクターを楽しむという読み方も面白いです。
ストーリーは正直あってないようなものですけど、ラストに行くにしたがってどんどんと荒唐無稽な展開になっていきます。常識的な判断をするロミ・品川の章から物語に入った読者としては、初めと終わりのあまりの落差に驚くのではないでしょうか。あれ、いつの間にこんな話になったんだっけ?というような展開です。まったく変な話を書く作家ですけど、本当に本書も変な作品だなと思います。
実に脱力的な設定・展開の作品ではありますが、舞台となる大学の描写が実にリアルなので、そのギャップも面白い作品です。「ZOKU」シリーズの三作は一応シリーズではありますが、話自体はまったくつながっていないのでどれから読んでも問題ありません。森博嗣のミステリーを読んでダメだったという方も、再チャレンジしてみてはどうでしょうか。ユルユルの作品で面白いですよ。

森博嗣「ZOKURANGER」

2009年04月27日

咀嚼できない

4月27日(月)


朝から喉が痛い。

花粉症はおさまったと思っていたが、鼻をかむペースがものすごく早い。そして自分でも意識しないうちに鼻から流れてくるものが非常に困る。

これは風邪だと思って毛布を1枚よけいに出し、早めに寝た。


でも眠れないのでレンタルDVDを見ることにした。だからって『姑獲鳥の夏』というチョイスは間違っていると自分でも思う。

堤真一さん演じる「京極堂」の理屈っぽい長ゼリフが冒頭から来た。

誤解のないように申し添えておくが、堤真一さんは良い役者さんである。作品のよさがどうとかいう話をするつもりもない。

ただ、見る側の体調が悪いと作品を充分に咀嚼できないのだ。


DVDをテレビに切り替えた。芸人さんがテンション高く喋っているのを聞きながら、「おやすみタイマー」を設定して寝る。


姑獲鳥の夏 プレミアム・エディション [DVD]姑獲鳥の夏 プレミアム・エディション [DVD]
(2005/11/25)
堤真一永瀬正敏

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文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)
(1998/09)
京極 夏彦

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2009年04月27日

「京都文学散歩」京都新聞出版センター

評価:
---
京都新聞出版センター
「京都文学散歩」京都新聞出版センター
142p京都新聞出版センター

目次
洛中(檸檬―梶井基次郎・寺町二条界わいなど;高瀬舟―森鴎外・高瀬川 ほか)
洛北(古都―川端康成・北山杉の里と室町;金閣寺―三島由紀夫・金閣寺ほか ほか)
洛東(虞美人草―夏目漱石・比叡山など;天の夕顔―中河与一・神楽岡界わい ほか)
洛西(街道をゆく 嵯峨散歩―司馬遼太郎―嵯峨・水尾など;あだし野―立原正秋―嵯峨野・化野念仏寺 ほか)
洛南(浄瑠璃寺の春―堀辰雄・加茂町・浄瑠璃寺)

京都を舞台とする小説の紹介。

ああ あそこが舞台だったのか〜と、思いつつ読んだ。
未読も たくさんあったので、読みたい本が また増えてしまった。

2009年04月27日

「恋する韓流」田代 親世

評価:
田代 親世
朝日新聞出版
「恋する韓流」田代 親世
245p朝日新聞出版

目次
1 「韓流」というお仕事
2 スター二十人の素顔
3 田代的韓流ウォッチング
4 韓流ナビゲーターへの道
5 韓流を振り返る


韓流スター(男優)を 知らなかったら さっぱり わからないだろうなという本。

読みながら 中途半端ファンの(ヨン様、イビョンホン、ウォンビン、くらい?しか ぱっと思い出せない)私は 思わずネットで検索。
画像を見て、ああ、この人かと。
写真が あったらなぁ。残念。

2009年04月27日

「アインシュタイン・セオリー 」アルパート マーク

評価:
アルパート マーク
早川書房
「アインシュタイン・セオリー 」アルパート マーク
600p早川書房

クラインマン教授は、何者かに襲われ、瀕死の重傷を負った。かつての教え子デヴィッド・スウィフトが病院に駆けつけると、息を引き取る前に 16桁の数字を ささやいて頼むといった。そのことから今度は、FBIとなぞの組織から終われることになった。


別に、物理を知らなくても大丈夫。
まるで 映画のように速い展開で、激しいカーチェイスあり銃撃戦ありで 映画を見るようだった。
なかなか面白かったわ。

2009年04月25日

DVD 【グーグーだって猫である】

小泉今日子が独身の漫画家を演じます。

猫好きのかたには、登場人物の気持ちが分かりすぎて辛い部分があるかも。私はペットを飼う趣味がないので、そのへんは割りと平静な気持ちで見ましたが。

アラフォーなどともてはやされることなく、静かに暮らしてる30代~40代の女性の方々には(猫好きかどうかに関わらず)、じわじわくるものがあります。

《満足度=☆☆☆☆☆》



グーグーだって猫である ニャンダフル・ディスク付き [DVD]グーグーだって猫である
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(2009/02/06)
小泉今日子 上野樹里

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グーグーだって猫である 1(角川文庫 お 25-1)グーグーだって猫である 1
(角川文庫 お 25-1)

(2008/06/25)
大島 弓子

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2009年04月24日

「白洲次郎 占領を背負った男」北 康利

「白洲次郎 占領を背負った男」北 康利
405p講談社

白洲次郎だけでなく 祖父退蔵 父文平、の話も。

日本国憲法のできる様子とかスリリング。
アメリカ人が 日本をもてあそんでいる様子に カチンと来る。
でも そういう 歴史も知らない自分が 恥ずかしい。
昭和という歴史も こうやって読むと また味わいが違う。

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